台湾における医療供給体制の階層性と公平性 - J

台湾における医療供給体制の階層性と公平性
100016
Hierarchical health care supply system for equal access to health care in Taiwan
中村 努(高知大)
Tsutomu NAKAMURA (Kochi Univ.)
キーワード:医療、公平性、階層性、台湾
Keywords: Health care, Equality, Hierarchy, Taiwan
Ⅰ.はじめに
台湾において,日本と同様の社会保険制度のもと,フリ
った。他の医療従事者もタイヤル族出身である。看護師は
13 人で,1 村に 1 看護師の体制を維持している。
ーアクセスを基本とした医療サービスが供給されている。
さらに,衛生所で撮影されたレントゲン画像は,近隣の
しかし,医療供給体制の態様は,台湾と日本で異なる。台
政府直轄の桃園病院へ読影依頼のために転送し,読影結果
湾では全住民の医療データが電子化されるとともに,それ
を即座にフィードバックする仕組みが構築されている。こ
ぞれの医療機能に基づいて,センター病院を中心とした階
の遠隔画像診断ネットワークは台湾の山間部や離島に立地
層的な医療供給体制が構築されている。同時に,政府のト
する 19 の衛生所向けに構築されている。2008 年 11 月に試
ップダウンで僻地医療対策が実施されている。2012 年 12
験的に稼働して,2010 年 5 月に本格稼働した。画像判読セ
月には,遠隔医療の手段として,クラウド医療情報システ
ンターは月に 200~300 枚の画像判読を行っており,結核や
ムが試験的に運用されるなど,医療機関への物理的なアク
骨折など緊急の場合には,復興郷から桃園病院など大型病
セシビリティの改善が図られている。そこで,本発表では
院へ衛生所が患者を転送する。利用者数は 2010 年の 5,291
台湾を事例に,階層的な医療供給体制における公平性の維
から 2012 年の 12,206 と順調に増加している。このように
持に向けた取組みを明らかにするとともに,日本と異なる
して,政府は衛生所の運営を中心とした遠隔医療をはじめ
展開を示す地域的要因を検討する。本発表は僻地医療の事
とする医療の地域格差是正に向けた実効性のある施策を進
例として桃園県復興郷を取り上げ,各医療供給主体の行動
展させている。
についてヒアリングを通じて分析した。
Ⅲ.台湾の医療供給体制の特徴
Ⅱ.復興郷における巡回診療
台湾では,医療機関の情報技術利用行動において,市場
復興郷には 1.1 万人が住んでおり,うち 7 割が原住民タ
部門が中心の都市部における消極的な姿勢と,公的部門が
イヤル族である。復興郷は山間部にあり,平地に下りるた
中心の地方や島嶼部における積極的な態度といった二極化
めには自動車で最低でも 2 時間を要する。漢民族の主な疾
が認められた。台湾の医療分野における ICT の急速な普及
病は高血圧や糖尿病である一方,原住民は過剰飲酒による
は,単一の医療保険制度であるという制度的要因,面積や
痛風,糖尿病,重労働による関節炎が多く,平均寿命が低
人口が相対的に小さく,僻地医療の展開が容易であったと
い。かつての患者は自己負担で平地の医療機関を受診する
いう地形的,人口学的条件,旧植民地時代に日本政府によ
必要があったが,現在,医師は政府運営の衛生所における
って設置された衛生所を中心としたこれまでの僻地医療の
診察に加え,点在する少数民族が住む 10 の集落への定期的
歴史的経緯,そして台湾政府のトップダウンによる政策の
な無料巡回を通して,診察と健康管理に努めている(図)。
実施という政治体制によって可能になったといえよう。
巡回先の診察室では,衛生所に蓄積された診療情報がクラ
ウドシステムを通じて共有されるため,紙カルテを持ち出
す必要がなく,パソコンと必要な医薬品を積載すればよい。
現在は①医薬品使用履歴,②検査履歴,③入院・退院時サ
復興郷
マリ,④レントゲンの情報のみに限定して公開されている。
巡回先の衛生室には無料で接続できる Wifi が備わってい
る。復興郷がメディカルクラウド計画の対象地域に選ばれ
0 40km
た理由は,①人口に対して医療機関が少なく,需要がある
こと,②48 の IDS(Integrated Delivery System)のうち,台
北に近く,タイヤル族の林医師が積極的に僻地医療に取り
復興郷衛生所
衛生室
組んでいること,である。林医師は 80 年代~90 年代,研
修で山村医療の格差に驚き,地元に貢献したいという思い
で,原住民出身の医師を育成する奨学金を用いて医師にな
図 研究対象地域