Annex-4 人材育成について

Annex-4 人材育成について
Annex-4
人材育成について
原子力の平和利用戦略に係る調査研究委員会では、原子力研究開発そして安全な維持管
理の中心的な役割を担う研究者と技術者の人材育成体制について東京工業大学原子炉工
学研究所長藤井靖彦教授にお話頂いた。ここにはその講演の要旨と要約をまとめておく。
講演要旨
① 大学の原子力教育体系が脆弱化している。
・ 大学院重点化政策の結果、教育体系が量子エネルギー分野に広がり、修士課程修了
者と原子力関連技術者の求人数の量的なミスマッチが明らかになってきている。
・ 大学での原子力教育体制の維持にとって厳しいのは、原子力工学研究にフロンティ
アが無いと思っている専門家がいる点である。
・ 国立大学の法人化に伴い、予算配分の決定の流れが変化するため、学内で原子力関
連の予算獲得が厳しくなると予想される。
② 原子力教育の体制は、福井県や茨城県のような原子力関連施設立地地域が、地域の原
子力関連産業および研究機関と連携して整備していく方向に変っていくだろう。
③ 海外の情勢
・ OECD の「Nuclear Education and Training」において、日本のみならず OECD 諸国にお
いても原子力教育が脆弱化しており、近い将来に人材が問題視されることが指摘さ
れている。
・ 原子力教育体制が整備されているフランスでは、INSTN(フランス国立原子力科学
技術機構)において原子力教育を受けた後の就職先は確保されており、卒業が合理
的なキャリアパスになっている。
・ 原子力が不人気だったアメリカでは、2000 年を境に人気が回復し、現在では原子力
関連学科は人気のある学科になっている。
④ 原子力教育システムのネットワーク組織を構築し、各事業者ができるところをシェア
しながら教育を行っていくべきである。基幹技術者の育成も、現場のニーズと合致し
たコースを目的に応じて整備し、自主努力で維持していかなくてはならない。
講演の要約
人材育成の重要性
原子力の開発、そして原子力施設の運転を継続していくために必要な人材を育成し、確
保することは今後の原子力政策を支えるための基礎であり、如何に実現していくかは重要
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な課題である。しかし、大学の原子力教育体系は壊れかけている。
原子力研究開発における大学の位置付け
日本の原子力研究開発は、導入した外国技術を商業化することから始まったため、当初
から民間主導で進められ、大学の位置付けは限定的なものであった。原子力基本法成立時
に、国の原子力開発プロジェクトに大学を入れないという方針(矢内原原則)が決まり、
大学の関連研究は旧文部省が支援することになっていた。しかし、原子力の研究が進み、
大学以外の研究体制(日本原子力研究所、核燃料サイクル開発機構)が整備されると、矢
内原原則に従っていては大学に回る研究費は年々少なくなるという状況に陥った。
1980 年代は核融合研究によって大学の原子力研究開発は活気付いたが、1990 年代になる
と状況はまた厳しくなり、多くの大学の原子力関連学科が名称から「原子力」という言葉を
外すようになった。
最近の状況では、実質的に矢内原原則は適用されなくなったと思われる。そのことを示
す例として、電源特会の資金が大学にも流れるようになったこと、そして経済産業省の公
募研究に大学も含められたことなどが挙げられる。
大学院重点化とミスマッチ
90 年代以降、旧文部省の大学院重点化政策によって、旧制帝大を中心に大学院生の定員
が拡大された。原子力関連学科の修士課程修了者数が年間 200∼300 人であるのに対し、主
要な原子力関連機関の必要人数は 40∼50 人であり、量的なミスマッチは明らかである。
原子力工学研究のフロンティア
教育体制を維持する者にとって最もつらいのは、今後の原子力工学研究にフロンティア
があるかと問われることである。研究者の立場からすればある。しかし、旧文部省の学術
政策の方向性は旧制帝大、特に東大の動きに左右される。東大が原子力開発研究をやめて
いるという現状を反映し、旧文部省の原子力研究開発の必要性に対する意識は厳しい。
国立大学法人化の影響
法人化後の大学の経営を考えると、原子力講座の充実は採算に合わないという見方が強
くなり、教育体制を維持することは難しくなってくるだろう。今までは、旧文部省の中で
も大学の学術研究を担当する部局と原子力などを担当する学術機関課(旧研究機関課)が
あり、関連講座は機関課のサポートを受けていた。しかし、今後はそのようなサポートを
受けること難しくなるかもしれない。大学に配分された予算は学長に一括して預けられ、
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学内で分配するという構図になる。大学内で政治力のある部局は予算が取れるが、政治力
のない部局の予算は圧縮されていくことになりかねない。原子力関係の部局に政治力があ
るかどうかが問題になる。多くの大学において原子力関係の部局は工学部の一学科に過ぎ
ず、発言力を維持するのは難しい。
地域分散型の原子力研究開発体制
今までのように、大学も人材育成に協力せよという決定を国が行うような体制は持続し
ない。今後は地域分散型の原子力研究開発体制を構築していくことになろう。すなわち、
大学は地方の原子力産業あるいは研究機関と協力して(密着して)研究および人材育成を
進めていくことが重要になる。一例を挙げれば、福井大学が原子力工学科を新設するとい
う動きや茨城大学が原子力研究所と連携した大学院専攻を新設するという動きが挙げられ
る。国立大学の法人化によって、既存の旧制帝大などを主体とする原子力教育体系は脆弱
化が予想される。そして、地方の原子力産業や研究機関と結びついている大学では、その
メリットを活用して教育体制を構築していくことになるだろう。
諸外国の原子力教育
OECD の「Nuclear Education and Training」によると、日本以外の OECD 諸国においても原
子力教育が脆弱化していることが指摘されている。近い将来、原子力関連の人材育成が問
題視されることは日本以外の国でも同様である。
一方、フランスの原子力教育体制は確立されている。フランスの原子力教育では、INSTN
(フランス国立原子力科学技術機構)が重要な役割を占めている。INSTN の入学者は他大
学の卒業者だが、フランスの各大学には原子力コースがないため、それぞれの専門学科を
修了した学生が INSTN において原子力の専門教育を受けるという体制になっている。特筆
すべきことは、INSTN を卒業した後の就職先は確保され、さらに合理的なキャリアパスと
なっていることである。
アメリカの大学でも、日本と同様に原子力関連学科が不人気という時代が続いていた。
しかし、2000 年を境に底を打ち、その後は回復基調にある。原子力発電所のリプレイスの
時期と、ベテラン技術者のリタイアの時期に入ってきているため、リプレイスのための人
材が必要であるということから、現在では原子力関連学科はむしろ人気のある学科になっ
てきている。
今後の原子力教育について
原子力産業会議から原子力教育システムのネットワーク組織を作るという提案をした。
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原子力施設の保守あるいは保修にかかる技能等の教育は民間事業者が責任を持つこととし、
各事業者が持っている施設を活用し、ネットワークを組み、お互いに得意分野をシェアし
ながら進めていくべきである。
基幹技術者は研究機関と大学が連携して教育体制を維持していくべきである。基幹技術
者を育成するコースにも、学術的な技術開発を行う先端的な分野、レベルの高い技術者を
育成する分野、安全規制等の専門家を育成する分野など、色々レベルがありうる。現場の
ニーズに合致するように目的に応じていろいろなコースを整備し、自主努力で維持してい
くことが重要である。
討論の要旨
原子力関係学科は人気がないと言われているが、京都大学原子炉実験所の利用者数は変
らず、全利用者に占める学生の割合はむしろ増えている。しかし、多くの場合、原子炉は
中性子源として学術研究に使われており、原子力そのものの研究には関係しないものが多
い。すなわち、原子炉を利用する学生の増加が、必ずしも、原子力の設計・製作、そして
安全性と経済性等に関する研究者の育成に繫がっていると判断してはならない。
日本の現状は、80 年代のアメリカと同じ状況にあると思われる。当時、アメリカでは原
子力工学科は維持し、研究炉を用いた研究だけは維持したが定員は減らした。
日本の原子力関連予算は少ないとは言えず、必要度に見合った配分と使い方をする必要
がある。後継者育成が緊急課題であるといわれている現在、大学の原子力教育研究の充実
を図る必要がある。人材育成の問題は欧米でも問題になっている。米国エネルギー省
(DOE)の原子力関連予算は核兵器の技術継承を重点に配分されているが、平和利用にか
かる技術者の養成は米国でも問題になっている。OECD の「Nuclear Education and Training」
は、DOE が議会への予算要求をする際に、国内事情だけでは説得力がないため OECD に
作成を依頼し、作成されたレポートである。米国がレポートを受け取り、議会工作を始め
てから、実際に予算が配分されるまで 7∼8 年かかっている。この間、施策を継続している
のは、担当行政官が 2 年∼3 年で配置換えされる日本のシステムとは大きく異なる。
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