2008年度 第24回「消費者問題 わたしの提言」 佳作 「安心・安全な情報通信技術(ICT)の使いこなしのために -ユーザーが、インターネットを安心・安全に使うための取り組み-」 花王株式会社勤務(千葉県松戸市在住) 伊東 美樹 1)インターネット活用の現状 情報通信白書によると、平成19年末現在、インターネットの利用人口は 8,811 万人(前年比 100.7%)、人口普及率は 69.0%と推定されている。特に中学生から40代まででは、すでに利用 率は 9 割を超え、さらに高齢者や小学生の利用率も増加している*1。 また、携帯電話でのインターネットの利用も、各世代で増加。ウェブサイトの利用状況を見てみる と、映像や音楽の視聴など「メディア」としての利用は年代により差が見られるが、メールや調べも のなどはもちろん、インターネットショッピングなど「ツール」としての利用が全世代に浸透してきて いる実態が確認できる*1。 (%) 100 80 60 40 20 0 ウェブサイト( パソコン、携帯電話)で利用する機能・ サービス(複数回答) 767673 60 4749 35 19 ショ ッ ピング 若年層 勤労者層 家庭生活者層 高齢者層 65 オークショ ン 29 42 47 2830 金融取引 36 21 映像・音楽 の 視聴 29 43 1912 20 9 SNS閲覧 ・ 書込み 12 6 オンライン ゲーム (出典)「ユビキタスネット社会 における情報接触及び消費 行動に関する調査研究」 現在、政府は今後の本格的な少子超高齢社会の到来を迎えるにあたり、インターネットをはじめ とする情報通信技術(ICT)を社会的課題の切り札として捉え、「いつでも、どこでも、何でも、だれ でも」ネットワークに簡単につながる「ユビキタスネット社会」を実現すべく、「u-Japan 政策」を推進 している。個人や企業のみならず、地域経済の活性化や行政などでもICTの活用が進められてお り、今後さらなる浸透・活用・定着が期待されるであろう。 (1) 2)現在のインターネット教育体制と問題点 ICT活用の増加に伴い、インターネットに関連したトラブルやサイバー犯罪も増加している。都道 府県警察のサイバー犯罪相談窓口等に寄せられた相談、特に「詐欺・悪質商法」、「名誉毀損・誹 謗中傷」、「迷惑メール」などの相談件数が増加している*2。また、最近は「闇サイト」といわれる有 害サイトに青少年がアクセスして犯罪に巻き込まれるなどの事件もが社会問題になっている。 このような状況の中、トラブルを防ぐために、現在さまざまな取り組みがされている。 1.青少年に対する取り組み 現在、学校教育において、子供たちが情報社会に主体的に対応できる「情報活用能力」の育成 が非常に重要と位置づけられている。小中高を通じて「総合的な学習の時間」等でコンピューター やインターネットの積極的な活用を図るとともに、中・高等学校において、情報に関する教科・内容 を必修とし、情報モラルも含めた教育指導がなされている。 また、平成19年度から内閣府で進められていた「生活安心プロジェクト」の緊急に講ずる具体的 な施策(4つの国民運動)の一つ「青少年を有害情報から守る国民運動」として、トラブル未然防止 のためのさまざまな取り組みがなされている。なかでも、中核的な活動と位置づけられている「eネットキャラバン」により、教育現場と家庭との両方に対して、インターネットの安心・安全に向けた 啓発を行う講座が全国規模で開催されている。 また、闇サイトや出会い系サイトによ る被害などを防ぐためは、フィルタリング ソフトの導入が効果的であるが、現在官 民一体で、パソコン、携帯電話ともにフィ ルタリングソフトの利用を推進している。 (%) フィルタリングソフト・サービスの認知・利用状況 100 80 60 40 20 0 その結果、フィルタリングソフトの認知率、 実施率とも増加し、徐々に普及しはじめ 聞いたことはある よく知っている 現在利用 H18年 H19年 H18年 H19年 パソコンの フィルタリング 携帯電話の フィルタリング 総務省「通信利 用動向調査」によ り作成 てきている。 さらに、平成20年6月に「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に 関する法律」が公布された。今後、青少年に対する取り組みは、行政、関連事業者、保護者、教育 現場などの連携協力のもと、より体系化されて推進されていくであろう。 ただし、情報通信技術の進歩により魅惑的なコンテンツも増え、青少年が巻き込まれるトラブル も複雑化・高度化してきており、小学生のインターネット利用も増加している。今後もトラブル防止 のためには、教育現場や家庭を含め、全力で取り組んでいかなければならないであろう。 2.一般の成人に対しての取り組み 情報通信技術の進歩は著しく、 ショッピングや申請・取引、人とのコ ミュニケーションなど内容もユーザ 世帯におけるインターネット利用で感じる不安(複数回答) 67 個人情報の保護に不安 ウイルスの感染が心配 どこまでセキュリティ対策を行えばよいか不明 電子的決済手段の信頼性に不安 違法・有害情報が氾濫している セキュリティ脅威が難解で理解できない (2) 総務省「通信利用動向調査」により作成 71 67 66 40 28 31 0 20 37 35 40 57 60 44 平成1 8 年末 平成1 9 年末 60 (%) ビリティーも進化、欠くことができない道具として定着しつつある。一方、個人情報の漏洩やウイル ス感染等、セキュリティについての不安は増大している。 インターネット空間上には基本的な情報通信技術のリテラシーから、ネットショッピングのときの 注意点、具体的な防御対策の実施など啓発・注意 総務省 国民のための情報セキュリティサイト トップページ 喚起を含む情報も多く掲載され、法律や自主基準 による規制や保護も行われている。また、総務省 の「国民のための情報セキュリティーサイト」のよ うに、トータルな情報提供・啓発サイトもある。さら に、成人に対しての総合的なリテラシー教育・啓 発活動として、平成15年度から経済産業省と日 本ネットワークセキュリティー協会が主催の「イン ターネット安全教室」などが開催されているが、ま だ国民全体に浸透するには程遠い現状である。 新しい家電のように気軽に生活に浸透してきた インターネットは、マニュアルを見て『使い方』を理 解すればよい道具ではなくなってきている。しかし、 何となく不安に思いながらもそのまま使えてしまい、気づくのはトラブル時のみということが多い。 一般ユーザーのなかでも勤労者層、家庭生活者層、高齢者層などにより、情報モラルやリテラ シーの格差が広がっていると思われる。勤労者層はパソコンの利用頻度が高いが*1、職場での 利用時にはセキュリティ対策や利用モラルの考慮が必要であり、おのずと知識も向上してくると考 えられる。一方、家庭生活者には、ICTの危険性についての情報は入りにくいのではないだろうか。 また、インターネットは高齢者生活にも浸透してきているが、今後、超高齢化が進むなか、訪問販 売や振り込め詐欺などさまざまなトラブルに加えてインターネットを利用したトラブルもより深刻に なってくると思われる。 3.私の提言 現在、国を挙げて青少年に対する取り組みは進められているが、成人に対して体系づけた取り 組みがとられていない。「一般の成人が、情報通信技術を安心・安全に使うために、どのような取り 組みが必要であるか?」について、1)インターネットの基本リテラシーの普及、2)トラブル時のサ ポートに対してコミュニティの活用の2点から提言を行う。 提言1.インターネットの基本リテラシーの普及 一般の成人ユーザーは、情報リテラシーの未熟から、トラブルに遭遇して初めて危険を理解する 人や、事件報道から受ける必要以上の不安感から便利なツールを使いこなせないでいる人などが 数多く存在する。 前述の「e-ネットキャラバン(e-ネット安心講座)」は、平成18年度から3年間を予定とし、全国規 (3) 模で実施されている啓発講座である。子供を守るため保護者や教育関係者を対象として、インター ネット上のトラブル事例、その回避方法などを実社会の常識と対比させながらわかりやすく解説し ている。この内容は、一般の成人ユーザーにとっても、最低限知らなければならない内容である。 このような教材を有効に活用した、成人 e-ネットキャラバン基本テキストより ユーザーに対するインターネットの基礎 リテラシーの徹底普及が必要であろう。 まず、常識を押さえておけば、今後さら に高度化するトラブルに対しての自己防 衛方法や対処方法なども理解しやすくな り、その結果、青少年を指導し、守る立 場になることも可能である。 そのためには、①リテラシーの市民権 「ネットシチズン」の設置と②リテラシー 啓発活動の強化の両面からの活動が求 められる。 1)リテラシーの市民権『ネットシチズン(仮称)』の設置 今回、必要最低限なリテラシーを徹底させるために、『インターネットを利用・活用するための許 可』として最低限のリテラシーをICT利用の市民権のように位置づけ、取得を普及させることを提案 したい。現在、ICT関連ではパソコン検定や情報処理技術者試験など多くの資格があり、知識やス キルのアピールのために役立っているが、これらの資格とは異なり、個人の意識により取得可能 な権利としてとらえたい。この市民権を『ネットシチズン(仮称)』と以下称して述べる。 具体的には次のとおりである。 内 容 :インターネットの常識のような内容を理解させ、本人の宣言により取得が可能。高度な 知識理解者は、サポーターとして他人に指導をすることを可能とする。 取得方法:インターネット上から、または啓発講座時などに取得 活用方法:インターネット上でID取得や商取引時に資格の有無を確認。インターネット利用者は必 ず取得するように徹底させる 推進団体:国を中心とし、行政や通信事業者、他関連企業などが一体となって推進する 『ネットシチズン』という考えを導入することにより、インターネットを利用するときにはルールやリテ ラシーが必要であるということを認識させることができるのではないか。また、国全体をあげて推進 することにより、国民全体に普及させ、成人のみでなく、青少年も含めたトラブル回避と情報モラル の徹底に効果を上げることができると思われる。 (4) 2) 『ネットシチズン』普及を中心としたリテラシーの啓発活動 前節にて『ネットシチズン』の設置を提言したが、実際にリテラシーを身につけさせるためには、 称号を付与するだけではいけない。ネットリテラシー向上を市民活動として盛り上げることが必要 である。それを『ネットシチズン』に働きかけたい。具体的には A)活動の中心となるサイトの立ち 上げ、B)啓発講座などでの普及促進、C)インターネット上での啓発のしくみ開発である。 2-A) 「ネットシチズンサイト」の立ち上げ 現在、CO2削減のために国を挙げて取り組んでいる「チームマイナス6%」のように、国民全体 に普及させるためには、インターネット上で『ネットシチズン』サイトを立ち上げ、そこで活動を盛り上 げていくことが非常に効果的である。 サイトは、啓発情報や安全情報のポータル窓口としての機能をもたせるとともに、メンバー『ネッ トシチズン』のモチベーションのアップにつなげられる内容にしていくことが求められる。 具体的には ・さまざまな教育・啓発サイトへのリンクをわかりやすくもたせる ・啓発のための資料提供のほか、具体的な講座の成功事例などを共有化する ・『ネットシチズン』どうしの情報交換ができる ・危害情報や失敗事例の共有化や通報などが可能 などのコンテンツを含むことが望ましい。 2-B 啓発講座での普及 「e-ネットキャラバン」のような活動を、さらに幅広く浸透・普及させるための活動を、『ネットシチズ ン』に働きかけたい。『ネットシチズン』宣言をし、さらにもう一歩進んで内容を理解したサポーター が講師となり、インターネット上に掲載されている一定のツールを使って簡単に開ける講座にすれ ば、普及も広がるのではないか。講座は、地方自治体の開催する講座などはもちろん、地域活動 やPTA活動の中の一環、老人会、さらには職場内や家庭内など、気軽な取り組みで広げていくこ とが定着のためには必要である。また、講座受講者に対して『ネットシチズン』の認定を行えば、 『ネットシチズン』の裾野も広がっていくであろう。 2-C インターネット上での啓発のしくみと実践 インターネットを利用するためのリテラシーは、インターネット上で獲得しながら使いこなすのが、 本来もっともスムーズな方法であろう。利用者に対して必ず知って欲しい内容を知らせるためには、 下記のような取り組みが必要である。 (a)クリックして中身をみさせる積極的な仕掛けづくり パソコンや携帯電話からインターネットに接続をさせる際に「必ず利用者がクリックして確認しな ければいけない内容」として『ネットシチズン』サイトへのリンクをさせることなど、システム的にも可 (5) 能ではないだろうか。また、ネットショッピングやオークションの場合、伝えたい大切な情報を確認し た者には、ポイント付与などの特典を与えるのも効果的であろう。さらには、コミュニティーサイトな どに参加する場合、『ネットシチズン』の宣言を確認してからの入会させるようなしくみを運営会社 が共同で作ることも非常に効果的だと思われる。このようにユーザーに必ずさせる行為の一部とし て、啓発情報を組み込んでいくことが求められる。 (b)理解しやすく最後まで読める内容の工夫 インターネット上では動画や音などを盛り込むことにより、紙面よりもよりインパクトを与える情報 が提供できる。実際に前述の「インターネット安全教室」では、教材としてトラブルの疑似体験をさ せた上でその解説を行っているが、単なる解説より利用者に深く印象づけ、しっかりと伝えたいこと を伝えることができる。 だれもが最後まで理解でき、みずから学習後の成果を確認できるような「読みたくなる情報」の 工夫と開発が啓発としても求められているが、個別の開発には手間も時間もかかる。『ネットシチ ズン』サイトなどで一元管理して有効活用することが望ましい。 提言2.トラブル時のサポートに対しての『ネットシチズン』の活用 ネット利用者が犯罪被害に巻き込まれた場合は、サイバー犯罪相談窓口のような相談窓口があ る。しかし、機械の故障なのか、設定ミスかウイルスなのかの区別もつかないようなトラブルに遭 遇することは非常に多い。解決するためにFAQなどを見て自己解決できる場合もあるが、人に聞 かなければ解決しないことも多い。 その場合、相談窓口などでの1:1の相談対応が最後の手段となるが、その前にネット上でQ& Aコミュニティーサイトなどに相談を投げかけ、他人から意見をもらい、解決をするのも非常に有効 な手段である。 Yahoo!知恵袋や、教えて!goo などのQ&Aサイトは利用率も非常に高い*3。『ネットシチズン』 サイト内でも、ネットシチズンが情報交換をしながら解決をできる場を提供することはできないだろ うか。その中で切磋琢磨された内容は、行政や関連企業・団体などでも共有・利用することにより、 危害情報の発信や今後のシステム改善につなげることが可能となっていくであろう。このように善 良なる市民の声が社会に反映していくことにつながっていけば、『ネットシチズン』のメンバーのモ チベーションもあがり、サイト内の情報の質も上げることができるようになると思われる。 4.おわりに インターネットをだれでも安心・安全に使うための取り組みは、「電気を上手に使う」ことと似てい る。電気はどうして流れるのかを知らなくても使えるが、その便利さやトラブルについて皆知ってい る。また、上手に節電してエコに努めることが大切だということも、かなり浸透してきている。これは、 電力会社だけでなく、行政や家電メーカーやその他さまざまな機会での啓発活動の結果である。イ ンターネットの場合も同様であろう。どのようなしくみで情報を伝えているのかを知る必要はないが、 (6) とても便利で欠くことが出来ない便利なものである一方、トラブルにあいやすく、みずからも加害者 になってしまう危険性を理解して利用しなければいけない。日常生活での配慮と同様に、一人ひと りのユーザーが、相手を思いやり、危険な場所(サイト)に近づかず、自分の安全を自分で守りな がら、「判断力」「自制力」「責任力」を持って接していかなければならないのだ。 <参考資料> *1 平成20年度版情報通信白書 *2 平成20年8月21日警察庁広報資料 平成20年上半期のサイバー犯罪の検挙状況等について *3 2008年4月22日ネットレイティングス株式会社プレスリリース (7)
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