8 ホタテガイ中腸腺摂取によるカドミウム曝露の可能性

道衛研所報
第45集(1995)
ホタテガイ中腸腺摂取によるカドミウム曝露の可能性
Possibility of Cadmium Exposure by Ingestion of
Scallop Hepatopancreas
中山 憲司 神 和夫 都築 俊文
Kenji Nakayama, Kazuo Jin and Toshifumi Tsuzuki
カドミウムは、代表的な有害重金属の一つであり、過剰
いる主要な重金属濃度を、表1に示す。コントロール群に
摂取は人体に重度な障害をもたらすことが認められてい
使用した飼料中には、カドミウムは検出されなかったが、
る1)。しかし、ある種の海産軟体動物は、汚染とは無関係
実験群に使用した混合飼料中には、34.2μg/gものカドミ
に、有害なカドミウムを体内に蓄積することが知られてお
ウムが含まれていた。また亜鉛及び銅とも中腸腺の添加に
り2,3)、北海道近海に於いて養殖されているホタテガイの
より、コントロール群よりそれぞれ1.24及び1.41倍増加し
中腸腺内にも、そのカドミウムが多量に蓄積していること
ていた。
が明らかとなった4)。市場に出荷されているホタテガイの
中には、少なからず中腸腺や、同じくカドミウム蓄積が認
表1 市販飼料(CMF)及び中腸腺添加混合飼料中の重金属濃度
められる腎臓の付着した状態で販売されているものもあり、
それらを摂取する可能性は十分に考えられた。しかし現在
までにホタテガイの中腸腺摂取による、ヒトに於けるカド
ミウム曝露の可能性に関する報告は行われていない。我々
はこの点に着目し、ラットを用いて検討を行った。
7週齢の雄のウイスターラット12匹を、6匹ずつコント
これらの飼料を、11日間摂取させたラット肝臓中の重金
ロール群と実験群に分け実験に使用した。給水に関しては、
属濃度を、表2に示す。コントロール群の肝臓中にはカド
水道水を自由摂取させた。コントロール群に使用した飼料
ミウムは検出されなかったが、中腸腺を含む混合飼料を摂
は、オリエンタル社の特殊系繁殖用飼料CMFを用いた。
取させた肝臓中には、0.51μg/gのカドミウムが検出され
実験群に使用した飼料は、中腸腺と等量のCMF、そして
た。また亜鉛及び銅に関しても、ほぼ飼料中の添加割合に
半量の蒸留水を加えた後、ミキサーで破砕・撹伴し、均一
相当する増加が認められた。
化したペーストを、適当な大きさにして、100℃で乾燥さ
せた混合飼料を調製して使用した。用いた中腸腺は、北海
表2 コントロール群及び実験群ラット肝臓中の重金属濃度
道近海で養殖されたホタテガイから採取し、飼料調製まで
−80℃で保存した。これらの飼料を、ラットに11日間自由
摂取させた後、カドミウムの初期標的臓器である肝臓1)を
摘出した。
飼料及びラットより摘出された肝臓(約5g)は、硝酸−
過塩素酸−硫酸によって湿式灰化し、カドミウム濃度と、
以上の結果から、ホタテガイ中腸腺を比較的長期間にわ
亜鉛及び銅濃度をバリアンSpectrAA−300原子吸光光度
たって摂取した場合、カドミウムがラット体内に吸収及び
計を用いて測定した。全重金属の検出限界は、0.01μg/g
蓄積されていく可能性が示唆された。吸収及び蓄積の機構
(湿重量)であった。
は、中腸腺内カドミウム結合物質の化学的特性から理解す
コントロール群及び実験群に使用した飼料中に含まれて
ることが可能であると思われた。即ち、中腸腺内でのカド
ミウムの結合性を参考にすると5)、カドミウムは酸処理に
文 献
よって遊離される特性を有していることから、摂取された
中腸腺由来のカドミウムは、胃でのpHの低下に伴い結合
1) Webb,M. : Experientia Suppl., 52, 109 (1987)
している物質から遊離し、小腸より吸収され、肝臓に蓄積
2) Martin,J.H.et al. : Mar.Biol., 30, 51 (1975)
されていくと推測された。
3) Evtushenko,Z.S.et al. : Mar.Biol., 104, 247
一般に日本人のカドミウムの1日摂取量はおよそ30∼50
(1990)
μg6)とされており、日本国内の高度に汚染された地域で
4) 中山憲司他:道衛研所報, 45, 13 (1995)
は、食事と水から150μgものカドミウムが毎日摂取されて
5) 作田庸一他:道工試報告, 292, 9 (1993)
いた7)。ホタテガイ中腸腺1個あたりのカドミウム量はお
6) 茅野充男他:重金属と生物,博友社,東京, 213
よそ百数十μgに達していることから、1個の中腸腺を摂
取するだけで、その摂取量は汚染地区の1日摂取レベルに
(1988)
7) Underwood, E. J.: Trace Elements in Human
達する可能性が考えられた。また消化管からのカドミウム
and Animal Nutrition, 4 th ed., 243, Academic
の吸収率は、動物種により異なり、本実験に於いて用いた
Press, Inc., New York (1977)
ラットでは0.3%と比較的吸収されにくい8)が、ヒトでは
ラットのおよそ83倍の25%が吸収されるとされている9)。
8) Kello, D. et al. : Toxicol. Appl. Pharmacol.,
40, 277 (1977)
更に、ヒト体内に吸収されたカドミウムの半減期は比較的
9) Suzuki,S.et al. : Ind.Health, 14, 53 (1976)
長期間におよび、30年にまで達するとの報告10)がなされて
10) Friberg, L. et al. : Cadmium in the
いる。従ってヒトにおいては、ラットを用いた本実験で認
Environment, 2nd ed., 23, CRC Press,
められた濃度以上のカドミウム蓄積が認められる可能性は
Cleveland (1974)
極めて高いと思われた。