平成25年9月12日 第一東京弁護士会 総合法律研究所 知的所有権法部会 担当 弁護士 片山史英 “日航機墜落事故”ノンフィクション事件 東京地裁判決(民事47部:高野裁判長)平成25年3月14日 (平成23年(ワ)第33071号) 第1.事案の概要 日航機墜落事故の被害者の妻(原告)が執筆した『雪解けの尾根 JAL123便の墜落 事故』 ( 「原告書籍」 )をもとに、ノンフィクション・ライター(被告Y)が執筆し、㈱集 英社(被告集英社)が発行した『風にそよぐ墓標』 (「被告書籍」 )の内容の一部(「第3章 マスコミとして、遺族として」 )が、原告書籍の複製または翻案にあたることから、被告 書籍の複製・頒布が、原告著作権の侵害、及び著作者人格権の侵害として、被告書籍の複 製、頒布の差止め、及び廃棄を求めるとともに、著作権侵害損害金(168万円)、慰謝 料(300万円) 、弁護士費用(50万円)を求めた事案である。 本判決は、被告ら両名に対し連帯して、第3章における一部の記述につき著作権侵害を 認め、第3章を含む原告書籍の複製、頒布の差止め、廃棄、及び58万1416円の損害 賠償を認めた。 第2.当事者 原告:日航機墜落事故の被害者の妻(ご高齢) ・原告書籍: 『雪解けの尾根―日航機事故から 11 年』平成8年7月20日発行 被告Y:門田隆将1。ノンフィクションライター。 原告書籍に依拠して、被告書籍の第3章を著述。 ・被告書籍: 『風にそよぐ墓標-父と息子の日航機墜落事故-』平成22年8月12日 発行。 日航機事故のいくつかの犠牲者家族を取り上げたノンフィクション。 第3章において、原告とその家族を取り上げられている。 1 『甲子園への遺言』 (第 16 回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞、NHK 土曜ドラマ『フ ルスイング』原作) 、 『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の 3300 日』 (WOWOW ドラマ W スペシャル原作) 、 『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』 (集英社。 2010 年 9 月。第 19 回山本七平賞受賞) 。 1 なお、本件で問題となった第3章を割愛し、構成を変え、タイトルを変え たもの( 『尾根のかなたに 父と息子の日航機墜落事故』)が、文庫本とし て小学館から販売されている。 被告集英社:被告書籍を平成22年8月12日発行。現在も販売されている模様。 第3.事実 被告Yは、 ・本件事故が犠牲者の妻や母という女性の視点から語られることが多かったことから、 犠牲者の息子という男性の視点から本件事故を著述しようと考えていた。 ・そんな折り、原告とその夫(事故の被害者)Bの息子であるCを知り、本件事故に 関して原告書籍の外、原告著述の「なにか云って」との書籍を閲読。 ・平成22年5月21日、Cに対し、本件事故に関する取材を8時間ほど実施。 ・同月24日、取材内容の補強のため、原告に対しても、本件事故に関する取材を3 時間ほど実施。 原告は、 ・本件事故から25年弱が経過するとともに、上記両書籍の著述によって本件事故を 自分なりに終結させていたので、当時の状況を思い出せなかったり、上記両書籍や 原告に関する放送等を収録したDVD映像の各該当部分を示して説明したりした上、 被告Yに対し、上記両書籍とDVD2本を提供した。 これに対し、被告Yは、 ・原告に対し、原告の説明や上記両書籍や両DVDを基にして正確に著述する旨約束。 原告は、 ・同月29日ころ、被告Yに対し、手紙を送り、同月24日の取材で話題になった原 告とBが出会った経緯等につき、訂正を申し入れた。 (本判決・第3・1(2)イ。なお、被告ブログ2にも同様な記述あり。) 第4.問題となっている記載 判決「別紙対比表」記載の通り(原告第1記述~第26記述・被告第1記述~第26記述) 第5.争点 原告指摘の26か所の被告書籍記述に関し ・著作権侵害の成否 -被告書籍は原告書籍の複製物ないし翻案物に当たるか -利用許諾の有無 ・著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)侵害の成否 2 被告ブログ(http://www.kadotaryusho.com/blog/cat30/) 。 2 ・被告ら(とりわけ被告集英社)の故意又は過失の有無 ・原告の損害 第6.結論(原告一部勝訴) (被告ら控訴の模様) ) 以下を認容 ・被告両名に対し、第3章を含む被告書籍の複製、頒布の差止め、及び廃棄。 ・被告両名に対し連帯して、58万1416円及び遅延損害金の支払い。 (内訳)-著作権法114条3項に基づく損害賠償:2万8560円 -慰謝料:50万円 -弁護士費用:5万2856円(合計額の1割) 第7.当事者の主張 1.被告書籍は原告書籍の複製物ないし翻案物に当たるか (1)原告 ・原告各記述は、別紙対比表の原告の主張欄記載のとおり著作物である。 ・被告各記述は、主語を『私』から『X』に換えたほかは、原告各記述をほぼ引き写し ており、原告各記述の複製ないし翻案されたものである。 (2)被告 ・被告書籍は、実際に起きた出来事とそれに関係する当事者が抱いた思想や感情を取り 扱うノンフィクションに属し、創作性を発揮する余地が少ない。 ・被告各記述は、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体で ない部分又は表現上の創作性がない部分において、 原告各記述と同一性があるにすぎ ない。 2.利用許諾の有無 (1)被告 ・被告Yは、被告書籍を著述するために、平成22年5月24日、原告宅を訪ね、原告 に対して本件事故に関する取材を行った。 ・しかし、原告は、本件事故から約25年という長い年月が経過し、記憶が多々曖昧に なっていたので、 「ここ見て下さい。」 、 「(ここに)書いてあります。」などと述べて原 告書籍の該当部分を示し、記憶を喚起しながら回答していた。 ・そこで、被告Yは、 「今日のお話とここ(本)に書かれている事実を正確に記述させ てもらうので、ご安心ください。」と述べて、原告の了解を得るとともに、原告から 原告書籍を贈られた。 (2)原告 ・原告は、平成22年5月24日、被告Yから本件事故に関する取材を受け、原告書籍 3 に書いたことについては「書いてあるとおりである。」などと述べたが、それだけで 原告各記述を引き写してよいことにならない。 ・原告は、被告Yから要望を受け、社交的な儀礼として、被告Yに原告書籍を贈ったに すぎない。 3.著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)侵害の成否 (1)原告 ・原告氏名を著作者として表示していない(氏名表示権侵害)。 ・意に反する改変(同一性保持権侵害) 。 (2)被告 ・複製や翻案ではない。 ・仮にそうだとしても、参考文献欄等に原告氏名を表示している。また改変の程度もご くわずかであり同一性保持権を侵害した程度もごくわずかである。 4.被告ら( (とりわけ被告集英社)の故意又は過失の有無 (1)原告 ・被告らは、原告書籍の各記述に依拠して著述されており、侵害を知っていた。 ・仮に知らなかったとしても、被告Yは文筆業を行う者、被告集英社は大手出版社、い ずれも侵害の有無について注意すべき義務を負っているがこれを怠った。 (2)被告 争う。 5.原告の損害 (1)原告 ・114条3項:定価1680円×1万部×利用料率10%=168万円 ・慰謝料:300万円(著作権や著作者人格権の侵害行為による精神的苦痛の慰謝。本 件事故で夫を失うという壮絶な体験をもとに遺族として受けた苦しみや悲 しみ、悔しさを原告書籍の表現一つ一つにまで刻み込んだ。 ) ・弁護士費用:50万円 (2)被告 ・原告は原告書籍を販売していないから損害がない。 ・原告からの抗議により多額の広告費を支出したが積極的な販売活動ができず、未だ利 益を受けていない。 ・仮に損害賠償が認められるとしても、問題とされる部分は、310頁のうち8頁程度、 売上のへの寄与度は2.5%にすぎない。 4 第8.判断 1.争点〈1〉 (原告の著作権の侵害の成否)について 「 ア 複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製す ることをいうところ(著作権法2条1項15号参照)、後記の最高裁判所の判例に照ら すと、言語の著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、 又は、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表 現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存 の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為を いうと解される。また、言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に 依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、 増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接 する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作 物を創作する行為をいう(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一 小法廷判決・民集55巻4号837頁参照) 。そして、著作権法は、思想又は感情の創 作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照) 、既存の著作物に依拠 して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件な ど表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、 既存の著作物と同 一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないというべきである。 被告書籍の第3章は、原告書籍に依拠しているから、本件において、被告各記述が 原告各記述を複製又は翻案した3というためには、原告各記述のうち被告各記述と同一 性を有する部分が思想又は感情を創作的に表現したものであり、かつ、被告各記述が、 原告各記述と同一であるか、又は、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これ に接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるもの であることが必要である。 」(下線は発表担当者による) (1) 被告各記述は原告各記述を複製又は翻案したものか否かについて → レジュメ別紙 ・26か所の記述中、17箇所の記述につき、複製又は翻案に当たるとした。 3 本判決は「被告書籍の第3章(113頁ないし160頁)には別紙対比表の被告書籍欄記 載の記述(以下「被告各記述」といい…) 」と定義しており、 「被告各記述」は著作物(無 体物)である。上野教授は、 「複製」は有形的に再生することを示す(著2条1項15号) ことから、 「Y著作物はX著作物の複製又は翻案にあたる」との表現は誤りであり、「Y著 作物はX著作物又はその二次的著作物に当たる」と表現するのが妥当であるとする(上野 達弘『著作権法における侵害要件の再構成』パテント 2012 Vol.65 No.12 .http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201212/jpaap atent201212_131-161.pdf) 。これに従えば、 「被告各記述が原告各記述を複製…した」とす るのは誤用ということになる。著作権法の文言に忠実に従えば、もっともな指摘ではなか ろうか。 5 (2) 利用許諾の有無 ・明示の利用許諾は認められない。 ・原告は、被告Yに対し、原告書籍等を用いて事実の正確な著述をするよう求めたもの の、 原告各記述の複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を黙示にしたということは できない。 2 争点〈2〉 (原告の著作者人格権の侵害の成否)について (1) 氏名表示権侵害:肯定 ・被告書籍において、原告の氏名は、あとがき欄には協力者として、参考文献欄には参 考文献である原告書籍の著者として、それぞれ表示されている。しかし、氏名表示権 は、 「著作者名として」表示し、又は表示しないこととする権利であり(著作権法1 9条1項) 、協力者や参考文献の著者として表示されるだけでは足りない。 (2) 同一性保持権侵害:肯定 3 争点〈3〉 (被告らの故意又は過失の有無)について ・被告Y:肯定 ・被告集英社:肯定。 被告集英社は、被告書籍の参考文献欄に原告書籍が掲げられていたことから、原告 の著作権や著作者人格権を侵害するおそれがあることを容易に予見することがで きたのであり、 原告の著作権や著作者人格権を侵害しないような書籍を発行すべき 注意義務があった 4 争点〈4〉 (原告の受けた損害の額)について (1) 著作権法114条3項による損害額 2万8560円 ・1万部販売 ・原告各記述の利用料率は、定価の10%が相当 ・原告各記述を複製又は翻案した部分は合計約4.8頁(86行÷18行/1頁)で あり、本文290頁のため、1.7%ほど。 (計算式)1680 円×0.1×0.017×1万部=2万 8560 円 (2) 慰謝料 50万円 ・原告は、520名という単独機では史上最大の死者数を出した本件事故に夫が巻き 込まれ、 離断するとともに焼損して腐敗した遺体の中から夫の遺体を捜し出すとい う壮絶な体験を経て、遺族として受けた戸惑いや驚がく、悲しみ、恐怖の感情等を 原告書籍に著述したことが認められる。 差止や損害賠償等では償うことができない 程度の精神的苦痛を被った。4 4 財産権たる著作権侵害による慰謝料と著作者人格権侵害による慰謝料とを分けることな 6 (3) 弁護士費用 5万2856円 ・ (1) (2)の合計額の1割 5 その他 ・被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄に係る仮執行の宣言は、相当でない 第9.検討 1.総論 (1)以下の箇所の判示理由に疑問あり 11、18、21(いずれも同様な理由による) (2)以下の記述箇所の侵害有無の判断に疑問あり 5、15、16、21、22、23、24、25、26 2.複製製権侵害や翻案権侵害の判断手法5(一般論) (1)判断手法 ①2段階テスト 原告作品の著作物性を認定 ↓ 被告作品に原告作品の創作的表現があらわれているか? ②濾過テスト 原告作品と被告作品の共通(同一性を有する)部分を抽出(濾過)し、それが創作的な 表現にあたるか? (2)江差追分事件(最高裁平成13年6月28日判決)判示部分の理解 【要旨1】 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,か つ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減, 変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接す る者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著 作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を 保護するものであるから(同法2条1項1号参照) , 【要旨2】既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア, 事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分に く認定している。この点で、両者は訴訟物を異にすることからそれぞれの慰謝料を特定し て請求すべきであるとして、更に求釈明をして審理を尽くすよう差し戻したパロディ事件 第2次上告審(最判昭和61年5月30日)との関係が問題になり得る。 5 高部眞規子『実務詳説 著作権訴訟』P.247 ほか。 7 おいて,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらない と解するのが相当である。 【要旨1】の意義について、理解が別れる。 ①「創作的表現の共通性」に一元化する見解(当初の有力見解)6 要旨1は、パロディ事件(最判昭和55年3月28日)の判断基準を踏襲したものであ り、判例法理として連続性を保つため挿入した文言に過ぎない。 「本質的な特徴」とは「創作的表現」のことを指す。 ②「本質的特徴の直接感得性」を独自の基準とする見解(近時有力になりつつある見解) (高 部眞規子『実務詳説 著作権訴訟』P.261~) 要旨1には独自の意味があり、 「創作的表現の共通性」に加え「本質的特徴の直接感得 性」も充足する必要あり。 「翻案権侵害における『表現上の本質的な特徴』は、もう少しレベルが高いもののよう に思われる。 」 (前掲高部 P.262) ②’ 「色あせ論」 (高部) 「既存の著作物に修正、増減、変更を加えた結果、新たに高度に創作的な表現が加わっ たことによって、新しい著作物の中では付加された部分に特徴が現れ、同一性ある部 分が新しい著作物の中で埋没してしまい、表現上の本質的な特徴を直接感得すること ができないほど色あせた状態になる場合があり得よう。」 (前掲高部 P.262) 3.本件について (1)判断手法について 本件は、全般に「濾過テスト」によるものと思われるが、記述番号11、18、21後 半については、上記②(または②’ )の判断手法が用いられているようである。 ア.疑問その1 記述番号11、18、21後半における手法は、 ①共通する部分についての創作性判断 ②原告記述における「表現上の本質的な特徴」がどこであるか ③被告記述から上記「表現上の本質的な特徴」が直接感得できるかを判断 という判断手法と思われるが、 ・ 「表現上の本質的な特徴」とはどういうものなのか? 6 田村善之『著作権法概説』 (第2版)P.60~P.61、同『著作権の保護範囲に関し著作物の 「本質的な特徴の直接感得性」基準に独自の意義を認めた裁判例(1)―釣りゲータウン 2 事件― 』知的財産法政策学研究 41 号 P.98。 8 ・判断手法が迂遠ではないか?(2段階テストになっている?) イ.疑問その2 ・本件記述番号18の判断では、原告が類比判断を特定した被告書籍の被告記述部分1 8に、 「遺族は余計我慢がならなかった。」という部分を付加して判断しているが、そ のようなことが許されるのか? ・許されるとするならば、周辺部分も取り込んだ比較となろうが、どの範囲まで取り込 んで良いのか?基準はどうなるのか?(田村善之『著作権の保護範囲に関し著作物の 「本質的な特徴の直接感得性」基準に独自の意義を認めた裁判例: 釣りゲータウン2 事件』知的財産法政策学研究 2013-03、2013-04 参照) →記述番号11、18、21後半について言えば、いずれも共通部分について創作性を否 定すれば十分ではなかったか。 (2) .個別の判断について 事実の描写を行う上で、比較的短い文章が類似するのは、 本件被告書籍がノンフィクションであり、取材元から知り得た事実を、忠実に再現しよ うとするものであり、表現しようとする事実が重なることは当然のことである。 同じ事実を表現する上で、 両者記述の共通部分がありふれたものとなることの方が一般 的ではなかろうか。 とりわけ、 記述番号:5、15、16、21、22、23、24、25、26 などの共通部分は、 事実や感情をありふれた表現で表したものにすぎないのではなかろう か。侵害を肯定する結論に疑問を感じる。 また記述番号24について、判示は、この部分が「副社長や原告らが抱いた感謝や悲し みの感情を創作的に表現したもの」とするが、副社長の発言自体は原告の著作物ではない と考えられることからすると、この部分を除いて検討することになるのではなかろうか (22後半の判示参照) 。そうすると、この部分は事実をそれ通りの順番でありふれた表 現で表しているものに過ぎず非侵害となるのではなかろうか。 9 【参考】 1.箱根富士屋ホテル事件 (1)原告表現 のちに孝子は、スコットランド人実業家メートランドと再婚し、メートランド・孝子 となる。 (中略) 二度と結婚しなかったのは、 正造が富士屋ホテルを結婚相手だと考えていたからでは ないかと私は思う。そう、正造が結婚したのは、最初から孝子というより富士屋ホテ ルだったのかもしれない。 (2)被告表現 のちに孝子はスコットランド人実業家と再婚したが、正造が再婚することはなかっ た。彼は富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。 (3)東京地判平成22年1月29日 ・2段階テスト 「原告書籍記述部分は,上記①のエピソードを経て,婿であった正造が孝子と離婚後 も富士屋ホテルにとどまり,生涯再婚することなく,富士屋ホテルの経営に精力を注い だ事実について, 「富士屋ホテル」を正造の結婚相手に喩えて,正造が「結婚した」の は「富士屋ホテルだったのかもしれない」と表現した点において,筆者の個性が現れて おり,創作性が認められる。 」 「被告書籍記述部分は,上記(ア)①のエピソードを経て,婿であった正造が孝子と 離婚後も富士屋ホテルにとどまり,生涯再婚することなく,富士屋ホテルの経営に精力 を注いだ事実について, 「富士屋ホテル」を正造の結婚相手に喩えて,正造が「富士屋 ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない」と表現したものであり,原告書籍 記述部分(下線部分)と実質的に同一の表現であるといえる。」 (4)知財高判平成22年7月14日 ・濾過テスト 「 (ア) この箇所の被控訴人書籍記述部分(対比文章。 「正造が結婚したのは,最初か ら孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない。」 )と控訴人書籍記述部分の前 段(本件文章。 「彼は,富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。」 ) とは,いずれも,正造と富士屋ホテルとの関係を, 「(富士屋ホテル)と結婚したよう なもの」 「だったのかもしれない」との用語で記述している点が共通する。 」 「 (イ) しかしながら, 「 (特定の事業又は仕事)と結婚したようなもの」との用語は, 特に配偶者との家庭生活を十分に顧みることなく特定の事業又は仕事に精力を注ぐ さまを比喩的に表すものとして広く用いられている,ごくありふれたものといわなけ ればならない。しかも, 「だったのかもしれない」との用語も,特定の事実に関する 自己の思想を婉曲に開陳する際に広く用いられている, ごくありふれた用語である。 」 以上 10
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