教育課程とメディアの関わり 一般社団法人日本教育工学振興会会長 白鴎大学教育学部長・教授 赤堀 侃司(あかほり かんじ) 始めに学習指導要領とメディアの関わり に、計算がすぐにできる子どももいれば、記 についての変遷を概観し、これからの教育の 憶が苦手な子どももいる。このような個々の 情報化について述べる。 子どもの特性にあった教育をするためには、 一斉授業ではなく、コンピュータ室で子ども 1.メディアの変遷 の学習進度に応じた個別学習が重要ではな 図1は、1970 年代から今日までのメディ いかと考えられて、教えるよりも学ぶことに アと教育の関わりを示した図である(赤堀侃 比重が移った。1 人 1 人にあった学習の実現 司、2011 年)。1970 年代は、映像、ビデオ、 を目指したが、それには、コンピュータが最 OHP などの視聴覚機器と放送が中心の時代 適な道具であった。 であった。OHP は文字通り、頭を通り越して 1990 年代に入って、インターネットが教 投影する機器で、スクリーンに大きく映し出 育に導入され、100 校プロジェクトに代表さ すことができる。それは、一斉授業でクラス れる協同学習が見られるようになった。プロ 全員に情報を伝える道具で、そのキーワード ジェクトであるから個人ではない。インター は効率化であった。より大きく、より鮮明に、 ネットで調べ学習をする総合的な学習が盛 よりわかりやすい映像で教育するという考 んになったが、その情報源は他人の知恵や知 えは、1970 年代の高度成長時代に、誰にも 識であるから、個人が学習するというよりも 受け入れられた。 協同で学習する形態であり、お互いの知識を 1980 年代に入って、コンピュータが教育 集めて問題を解決するという方向になった。 に導入された。コンピュータは、入力・処理・ それは、プロジェクト X のように、皆で知識 出力によって、情報を処理する機械である。 を出し合い新しい知識を創りだすことであ ラメルハートが、人間の情報処理という用語 った。企業や社会の仕組みが、学校教育に導 を用い世界に広がった。確かに、人は目や耳 入されたが、そこではインターネットが最適 から情報を受け取り、脳で処理し、手や口で のメディアであった。生きる力とは、学校で 表現する有機体と考えることができる。コン 生きることではなく、学校を卒業して世の中 ピュータの処理速度や記憶容量が違うよう に出ても生きられる力、生きて働く力のこと 1 であった。つまり社会の仕組みがモデルであ 主体 形態 学習 った。 2000 年代に入って、教室にプロジェクタ 教師 学習者 コミュニティ 一斉 個別 協同 教える 学ぶ 創る (Instruction) (Learning) (Construction) 系統性重視 教育の現代化 ーと電子黒板が導入された。プロジェクター や電子黒板は、一斉授業で使う道具であるが、 (1950年~1970年) ゆとりと充実 新しい学力観 自己学習力 1970 年代に導入された視聴覚機器とは考え (1970年~1990年) 方が違った。それは、効率的に情報を伝達す 生きる力 確かな学力 授業時数 ることよりも、教師と子どもたちの対話を実 現することを目指した道具であった。電子黒 生きる力 総合的な学習 教科「情報」 (1990年~2000年) (2000年~2010年) K. Akahori, 2010 1 板に投影されたデジタル教材は、単に投影さ れているだけではなく、書き込むことができ 図2 教育課程の変遷 た。書き込むとは、その情報に自分の意見を 重ねることである。子どもたちは、教材と対 このメディアの変遷は、教育課程と密接に 話し、教師と対話し、子どもたち同士と対話 結びついている。その変遷を図2に示すが、 することを可能にした道具になった。1970 図1と図 2 を比較すると、メディアの機能と 年代と似ているが、さらに進化した道具であ 教育課程の考え方が一致しており、社会の変 った。 化やニーズに応じてメディアは教育に活用 2010 年代に入って、デジタル教科書が盛 されることがわかる。但し 1990 年代のイン んに議論されるようになった。デジタル教科 ターネットの時代から、メディアの考え方が 書は、紙の教科書に対応した、デジタルでマ 変わった。それまでは中心が教科教育にあっ ルチメディアの教科書であり、普通教室で子 たので、視聴覚教育・放送教育・コンピュー ども 1 人 1 人の机に置く道具のイメージであ タ教育のように、メディアを冠につけた教育 り、学習者用デジタル教科書と呼ばれている。 という呼び方をした。つまりメディアは手段 であり、中心は教科の学習にある。 しかし、1990 年代にインターネットが教 主体 形態 学習 映画、放送 映像、OHP アナログ (一方向) 1970年代 デジタル 育に導入されると、インターネットは情報手 教師 学習者 コミュニティ 一斉 個別 協同 教える 学ぶ 創る (Instruction) (Learning) (Construction) 2000年代 であったので、その知識をどう活用するかと コンピュータ (コンピュータ室) いう活かし方という能力に比重が移った。そ 1990年代 インターネット こでインターネット教育とは呼ばないで情 (情報活用能力) デジタル教科書 タブレットPC (普通教室) 報教育と呼ぶようになり、その目標を、多様 2020年代 な情報をいかに正しく活用するかという情 モバイル機器 クラウド技術 2010年代 教科学力 ことに気がついた。巨大な情報つまり知識源 1980年代 プロジェクター 電子黒板 (双方向) 段であるというよりも情報そのものである 報活用能力の育成に置くことになった。図2 (人間力) 能力 K. Akahori, 2010 1 に示すように、この 1990 年代に高等学校の 教科「情報」が構想され、2003 年に新設さ 図1 メディアと学習形態の変遷 れた。メディア、特にコンピュータやインタ 2 ーネットを中心とする情報通信技術である クラウド技術が普及するに伴い、学校にお ICT を道具として用いながら、その目標を人 ける成績処理、通知表の作成、出欠席の管理、 間の能力育成に置くことになり、教科として 保健体育データの管理、教材の管理、公的文 の位置づけができた。したがって、教科「情 書の保管など、標準化が進み、地方自治体単 報」は、ICT を手段として活用しながら、今 位で情報の共有化が促進されるであろう。学 日の情報社会を生きるための必須の能力と 校や教育委員会が独自に個人情報の管理や しての情報活用能力の育成を、目標にした。 運営を行うことは、セキュリティ上困難なこ とが多く、信頼できる専門機関に移管する方 2.これからの教育の情報化の方向 向になるであろう。 図 1 に示したように、教育課程はまるで振 (3) 児童生徒一人に 1 台の情報端末の試行 り子のように揺れ動いている。それは、日本 フューチャースクールのような児童生徒 だけでなく海外の国でも同じ傾向にある 一人に 1 台の情報端末を持たせ、いつでもど (Bain, J.D. 2003)。これからの教育の情報 こでも学習できる環境が多くの地方自治体 化の方向について、以下のように私見を述べ で試行されるであろう。その光と影について る。 は予想が難しいが、軽量、ネットワーク接続、 (1) 個別学習や協働学習の導入 大容量の記憶装置、親しみやすいインターフ 今後の学習指導では、教科学力をベースに ェイス、マルチメディアなどの特性を持った、 しながらも、人間力や主要な能力(キーコン モバイル系情報端末が普及するであろう。そ ピテンシー)の育成が重要視されるであろう。 れは、大学のキャンパスに近い光景になるで OECD が提案したように、コミュニケーシ あろう。昼休みでも放課後でも、図書館や休 ョン能力や情報活用能力、自分で計画し評価 憩室など、時間と場所を選ばないで情報にア する能力などが必要となる。それらの能力は、 クセスし学習するスタイルが実験的に実施 教科の内容を受け入れるだけではなく、それ される。それは大学のキャンパスモデルであ らの知識を活用して自分で整理判断し表現 るが、小中高等学校に普及するかどうかは予 できることを要請しており、一斉授業のよう 測できない。 な効率的に情報を与える形式よりも、個別学 (4) 情報モラル教育の重要性の加速 習や協働学習のような自ら情報を活用する 現在以上に情報モラル教育はますます重 形式の比重が高くなるであろう。ただし、こ 要になり、教育課程に位置づけられて指導す の学習形態の変化は発達段階に依存してい ることが求められるであろう。児童生徒が学 るので、小学校では個別学習や協働学習に比 校でも家庭でも自由に情報端末に触れるこ 重が高く、中学校では一斉授業の形式が中心 とで、自律的に学習する機会が増える一方、 であろう。授業の形式に依存した ICT の活 情報の影にアクセスする頻度も高く、光と影 用のあり方は、これからの課題である。普通 の影響が児童生徒に大きく作用するであろ 教室で個別学習や協働学習を実施するため う。総合的な学習の時間、道徳、各教科など には、学習者用デジタル教科書が必要になる を通じて情報モラルを身につける必要があ かもしれない。 る。情報モラル教育は、自律的な人間の育成 (2) ラウド技術による校務の情報化の推進 とうらはらの関係にあり、禁止だけの方向で 3 は定着しないので、指導の仕方が重要になる ワークで接続し、安心して仕事を自宅で継続 であろう。 することができる情報環境は整備されてい (5) デジタル教科書や教材の内容の重要性 るが、勤務時間の問題など制約が多く現在で デジタル教科書や教材は、写真、映像など は実現されていない。この課題を解決するこ のマルチメディアで表現することができる とは、教育の情報化の推進にとって極めて重 ので、紙教科書や教材に比べてはるかに豊富 要である。 な情報量を持っている。そのようなデジタル 情報が、記憶、比較、整理、精緻化、構造化 参考文献 などの認知過程に、紙に比べてどのような特 赤堀侃司(2011 年)教育課程におけるデジ 性を持っているかを基礎的研究によって明 タル教科書の役割と今後の課題、日本カリキ らかにする必要がある。デジタル情報だから ュラム学会第 22 会大会発表要旨集録、 認知において優れているというわけではな pp.127-128 く、その特徴を明らかにした上で学習指導に 活かす必要がある。少なくとも、その単元の 本質的な内容を伝えるにはどのような情報 提示が求められるかを明らかにする必要が あろう。 (6) 自己のあり方・生き方との関連性 社会の変化や日本経済などの厳しい状況 から、先行きを不安に思い自分の殻に閉じこ もる児童生徒が増えている。ニート・フリー ターの増加、いつまでも減らない不登校・引 きこもりの数の増加などから、現在の児童生 徒たちは自分たちがどう生きていくかを模 索していると思われる。このためキャリア教 育などの重要性が叫ばれているが、自律的な 人間の育成と強く関連づけられている。自ら 主体的に学び、自ら正しく情報を扱う情報活 用能力とも関連している。以上から広い意味 での人間力の育成が求められるが、ICT とい う道具とどのように関わるかは、今後の課題 である。 (7) 教員の指導力の支援と多忙さの削減 現在の教員は多様化する児童生徒の指導 に翻弄されると同時に、多量の事務処理のた め自宅で教務や教材準備などの仕事をせざ るをえない状況にある。自宅と学校をネット 4
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