ウェディング・ドレスから火星探査機へ ~飛躍するオランダのハイテク複合材料~ 風車と酪農の国オランダは、航空機産業先進国としての顔も持っている。その一端を垣 間見せるセミナーが 10 月初旬、オランダ総領事館によって、ヒルトン名古屋を会場に開催 された。テーマは複合素材。ボーイングと共同研究機関を立ち上げ、エアバスや NASA(ア メリカ航空宇宙局)に採用実績を持つオランダの熱可塑性樹脂複合材メーカーRoyal TEN CATE(ロイヤル・テン・カーテ)社のルーク・デ・ヴリース社長が、同社事業についてプ レゼンテーションをおこなった。 ↑オランダ航空機産業の実力を示す一例、マーストリヒト郊外にある MRO(航空機受託整 備産業)クラスター、「メンテナンス・ブールヴァール」での重整備作業の様子。 ★ボーイング、エアバスと共同研究コンソーシアム 熱可塑性樹脂複合材料とは、加熱すると変形しやすくなり、形状加工が容易になる樹脂 複合材のこと。 電気自動車の軽量化などの観点から注目を集めているほか、カーボン複合材に予想以上 に手を焼かされているためか、ボーイングも新たな複合材料として関心を示しており、09 年6月、テン・カーテ、航空機構造部材メーカー大手 Stork Fokker(ストーク・フォッカ ー)社、軽量化素材の研究などで産業界と連携している Twente(トウェント)大学といっ た オ ラ ン ダ 勢 と と も に 、 同 複 合 材 料 の 研 究 機 関 TPRC ( Thermoplastic Composites Research Centre=サーモプラスティック・コンポジット・リサーチセンター)を、同大学 内に設立する協定を交わしている。 エアバスはそれより早く、テン・カーテなどとともに TAPAS(Thermoplastic Affordable Primary Aircraft Structure=航空機の主要構造部材に適した熱可塑性樹脂)コンソーシア ムを形成し、将来の機体および翼素材に関する共同研究を展開している。 軽量熱可塑性樹脂複合材の技術では、オランダは世界でも最高水準にある。テン・カー テ社は航空機産業以外でも、アメリカ軍の兵士が着用する防護服で 100 万人分の供給実績 があり、世界一の耐火性を誇っているという。同社製品はまた、サッカー競技場の人工芝 の素材にも用いられており、「日本での市場シェアは 90%に達する」(デ・ヴリース社長) とのことだ。 ↑テン・カーテ社製品のエアバス A380 への導入実例。主翼のほか内装品などさまざまな箇 所に投入されている。 ★火星探査機の耐熱シールドにも テン・カーテ社の歴史は長く、最も古い資料は 1704 年にさかのぼる。1852 年にオラン ダ国王の勅許を示す「ロイヤル」の称号を受けた。長らく織物メーカーとして事業を営ん できたが、1998 年にハイテク産業への転換を決意した。 同社製品は炭素、アラミド、ガラスの各繊維を、熱可塑性プラスティックに編み込んで 造り出す。エアバス A380 の主翼に採用された際には、従来素材に対し 30%の軽量化を達 成するなど、熱硬化性プラスティックが主流だった航空機素材の世界に大きなインパクト を与えた。また、2007 年に NASA が火星に送り込んだ着陸探査機フェニックス・マーズ・ ランダーでは、火星の大気圏突入時の耐熱シールドをはじめとする複合材部分の 65%に、 同社製品が用いられており、わずか 10 年で目覚しい成果を挙げてきたことになる。 消費者向けテキスタイルの技術を、航空宇宙産業の世界に応用した成果についてデ・ヴ リース社長は「ウェディング・ドレスが航空機に生まれ変わった」と表現しており、ボー イングとの共同研究コンソーシアムの設立についても「ボーイングがオランダに関心を寄 せ、技術可能性についてアドヴァイスを求めてきたことについては、非常に大きな意義が あると考えている」と話している。 ↑火星の北極における水と表層土の採集を目的に送り込まれた、フェニックス・マーズ・ ランダー。右は、同探査機に採用されたテン・カーテ社製品のアップ。講演者がデ・ヴリ ース社長。 なお、このセミナーは「ワークショップ・航空機産業における複合素材の動向」と題し、 素材メーカーや商社、航空機部品メーカーなど招待客限定で開催された。テン・カーテ社 のプレゼンのほか、複合材研究の専門家である飯塚テクノシステム社の飯塚健治社長によ るヨーロッパの複合材料開発動向の紹介もおこなわれた。筆者も、冒頭の写真で紹介した メンテナンス・ブールヴァールと、欧州最大級の風洞施設 DNW の取材レポートの発表の 場を与えていただいた。この場を借りて、オランダ総領事館様にお礼を申し上げたい。 ↑09 年9月に英国で開催された、高機能複合材の研究発表会 SETEC 09 での体験などを踏 まえて、ヨーロッパの複合材開発の最新動向をレポートする飯塚社長 文責:石原達也(ビジネス航空ジャーナリスト)
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