東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2013 年度秋輪講書 多糖類を用いた吸水性ポリマーの 作製および吸水能の評価 水曜班 D. Ikeda(1K),R. Katoh(1K),T. Goda(1C),K. Satoh(1K),T. Suzuki(1OK), S. Nakagami(1K),A. Nakamura(1K),R. Hosono(1K),R. Masuda(1K),T. Miyazaki(1OK), M. Murakami(1C),N. Yosinaga(1K),D. Inoshita(2K),D. Katoh(2K),A. Katogi(2K), K. Saitoh(2C),Y. Handa(2K),J. Maekawa(2K),T. Yamada(2K),R. Doi(2K),K. Niwa(2K), S. Aoki(2C) 1. 要約 多糖類としてカルボキシメチルセルロースおよびセルロースを用いて,これらをカル ボン酸二無水物である 1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸二無水物(BTCA)と 3,3’,4,4’-ジフ ェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA),およびビフェニルテトラカルボン酸 二無水物(BPDA)で架橋することで吸水性ポリマーを作製しその吸水度を比較した. BTCA を架橋剤として用いたポリマーは反応当量倍数 20 で吸水度 141 g g-1 を示し, DSDA および BPDA を用いたポリマーは反応当量倍数 10 でそれぞれ吸水度 58.7 g g-1,44.6 g g-1 を示した.これより親水基を多く持ち,かつ分子量が小さい架橋剤を用いる ことで吸水能を向上させることができると考えられる.一方でセルロースは溶媒への溶 解量が少なかったため生成したポリマーの量が非常に少なくその作製に失敗したが,撹 拌時間を長くするなどして溶解量を増やすことで吸水能を示すポリマーを作製すること ができると思われる. 2. 背景 吸水性ポリマーは紙おむつなどの私たちの生活における身近な製品や,土壌の改良剤 に用いられるなどその用途は多岐にわたっており,現在用いられている吸水性ポリマー としてはポリアクリル酸塩系のものが主流を占めている.しかし,これは廃棄の際に燃 焼処理され,それには多大なエネルギーを必要とし,また難分解性であるため埋め立て による処理を行ったとしても環境に大きな負担がかかる.だが,天然物由来のポリマー が広く普及すれば,これらは自然環境下で分解されるので環境への負担を軽減すること ができる.現在研究されている生分解性を有する吸水性ポリマーとしては,多糖類やポ 1 リアミノ酸などがあげられるが,これらは重合や架橋を放射線で行うことが多く,それ には複雑な装置が必要でコストも掛かり価格も高くなってしまうので,広く普及するに は至っていない 1).そこで,天然に大量に存在する天然高分子を用いて簡便な方法で架橋 することができれば,環境に与える負担が小さくより実用的な吸水性ポリマーになるの ではないかと考えられる.そこで本実験では天然高分子として多糖類を用いて,それを カルボン酸二無水物によりエステル架橋して吸水性ポリマーを作製する.この実験では 多糖類としてセルロースおよびその誘導体を用いて吸水度を測定し,架橋剤や架橋剤量 の最適化を行う. 3. 原理 3.1 吸水の原理 吸水性ポリマーは親水基を持つモノマーを重合し架橋したことによる三次元網目構造 を持っており,この網目の中に水が取り込まれることにより吸水能を示す.親水基とし てカルボキシ基を用いた場合,水酸化ナトリウムを用いて中和しこれを水の中に入れる と,ナトリウムイオンが解離しポリマー外部に出ていこうとする.このとき,カルボキ シイオンとの間に静電気的な引力がはたらくことにより網目が広がる.しかし,ポリマ ーは架橋されていてその大きさは制限されるので,カルボキシイオンは網目上に固定さ れる.カルボキシイオンの静電気的な引力によりナトリウムイオンはポリマー内部に保 持されるためポリマー内部と周囲の水との間に濃度差が生じ,平衡に達するまで浸透圧 により水がポリマー内部に取り込まれる.また水と親水基のカルボキシ基の間には親和 力がはたらくので,水を網目に保持することができる.一方で架橋することにより分子 鎖の広がり,つまり網目の大きさが制限されてしまうので,架橋密度が高いほど吸水力 は低下する.架橋密度は架橋剤量を増やすと高くなる.つまりポリマー内部の濃度が高 いことにより生じる浸透圧が大きく,高分子電解質と水の親和力が高い方が吸水力は大 きくなり,架橋密度が高いほど吸水力は小さくなる 2). 吸水前 吸水後 Fig. 1 ポリマーの膨潤のイメージ 2 3.2 架橋反応 多糖類のヒドロキシ基とカルボン酸無水物が求核アシル置換反応を起こすことにより エステル架橋が形成される.多糖類としてセルロース,架橋剤として BTCA を用いる場 合を考える.まずセルロースを塩化リチウムを加えた N-メチルピロリドン溶液に溶解す る.塩化リチウムはセルロースのヒドロキシ基と溶媒の N-メチルピロリドンに相互作用 することでセルロースの溶解性を向上させる.そこに架橋剤としてカルボン酸二無水物 を加えると,セルロースのヒドロキシ基がカルボン酸無水物の立体障害の小さい方のカ ルボニル炭素に求核攻撃し,四面体中間体を形成する.さらに N,N-ジメチル-4-アミノピ リジンが塩基性触媒としてはたらいて脱プロトン化が起こる.この四面体中間体からよ り弱い塩基が脱離することでエステル結合が形成され,同様の反応がもう片側でも起こ ることによりセルロース間にエステル架橋が形成される 3).セルロースの架橋反応の反応 機構を以下に示した. Fig. 2 セルロースの構造式 3 Scheme 1 セルロースの架橋反応 このエステル架橋反応で得られた反応物をアセトンで沈殿させることにより,吸水性ポ リマーが得られる 4). 4. 実験方法 4.1 器具 ビーカー,三角フラスコ,シャーレ,試薬びん,パスツールピペット,マグネチックス ターラー,撹拌子,アスピレーター,ブフナーろうと,ろ紙,ティーパック 4.2 試薬 カルボキシメチルセルロース, セルロース,N-メチルピロリドン,塩化リチウム,N,Nジメチル-4-アミノピリジン, 1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェ ニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,アセ トン 試薬の構造式および分子量を以下に示した. ・カルボキシメチルセルロース ・N-メチルピロリドン C5H9NO=99.13 4 ・N,N-ジメチル-4-アミノピリジン (CH3)2NC5H4N=122.17 ・1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸二無水物(BTCA) C8H6O6=198.13 ・3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA) C16H6O8S=358.28 ・ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA) C16H6O6=294.22 5 ・アセトン CH3COCH3=58.08 5. 実験操作 多糖類としてカルボキシメチルセルロースおよびセルロースを,架橋剤として BTCA, DSDA および BPDA を用いてそれぞれの吸水度を測定した. 加える架橋剤量は反応当量倍数を用いて決定した.このとき反応当量倍数は以下のよ うに求めた. 反応当量倍数 = カルボン酸無水物のカルボキシ基の数 多糖類のヒドロキシ基の数 (1) すなわちセルロースを用いた場合,架橋点として 1 つのモノマー単位,すなわちグル コース単位当たり 3 つのヒドロキシ基をもち,架橋剤として BTCA を用いた場合,加水 分解によりブタンテトラカルボン酸になるので,架橋点として 1 分子当たり 2 つのカル ボキシ基をもつ.したがって反応の当量はセルロースのグルコース 1 単位:BTCA=3:2 と なり,これとセルロースおよび BTCA の物質量により,反応当量倍数を求めることがで きる.ただしこの反応当量倍数はセルロースをグルコース 1 単位あたりに換算したもの に対する値となる. 5.1 概略 各実験で用いた多糖類および架橋剤を以下にまとめた.いずれの実験においても反応当 量倍数は 1.0,5.0,10,20 として吸水度を測定した. Table 1 各実験で用いた多糖類および架橋剤 実験番号 多糖類 架橋剤 5.2.1 カルボキシメチルセルロース BTCA 5.2.2 カルボキシメチルセルロース DSDA 5.2.3 カルボキシメチルセルロース BPDA 5.3.1 セルロース BTCA 5.3.2 セルロース DSDA 5.3.3 セルロース BPDA 6 5.2 カルボキシメチルセルロースを用いた吸水性ポリマー 多糖類としてカルボキシメチルセルロース,架橋剤として BTCA,DSDA および BPDA を用いた.カルボキシメチルセルロースはセルロースの誘導体であり,セルロースのヒ ドロキシ基とカルボキシメチル基がエーテル結合したものである.よってポリマーと架 橋剤の反応当量は 1:1 となり,これと用いるカルボキシメチルセルロースおよび BTCA の物質量により,反応当量倍数を求めることができる. 5.2.1 BTCA を用いた吸水性ポリマー 架橋剤として BTCA を用いた.反応当量倍数が 1.0,5.0,10,20 となるように,3)で 架橋剤を 1.54 mol,7.70 mmol,15.4 mmol,30.8 mmol ずつ用いた. 1) N-メチルピロリドン 50 mL に塩化リチウム 2.50 g を溶解させた. 2) カルボキシメチルセルロースを 0.340 g 加え,マグネチックスターラーで撹拌し,溶解 させた. N,N-ジメチル-4-アミノピリジン 0.600 g および BTCA を上記の架橋剤量だけ加えて撹 3) 拌し,1 週間静置した. 4) アセトンを 100 mL 加え沈殿を析出させ,吸引ろ過により分離した. 5) 試料をティーパックに入れて重量を測定した. 6) 試料を入れたティーパックをイオン交換水を 250 mL 入れた試薬びんの中に 1 週間浸 漬した後引き上げて 1 分間水滴がしたたり落ちないことを確認して重量を測定した. このとき空のティーパックも同様の操作を行った. 5.2.2 DSDA を用いた吸水性ポリマー 架橋剤として DSDA を用いた.3)で 5.2.1 と同じ反応当量倍数となるように DSDA を 加え,それ以外は 5.2.1 と同様の操作を行った. 5.2.3 BPDA を用いた吸水性ポリマー 架橋剤として BPDA を用いた.3)で 5.2.1 と同じ反応当量倍数となるように BPDA を 加え,それ以外は 5.2.1 と同様の操作を行った. 5.3 セルロースを用いた吸水性ポリマー 5.3.1 BTCA を用いた吸水性ポリマー 架橋剤として BTCA を用い,それぞれの反応当量倍数が 1.0, 5.0,10,20 となるよ うに架橋剤量を変えて吸水量を比較した.すなわち BTCA を 2.32 mmol,11.6 mmol,23.2 mmol,46.4 mmol ずつ用いた. 1) N-メチルピロリドン 50 mL に塩化リチウム 2.50 g を溶解させた. 2) セルロースを 0.250 g 加えマグネチックスターラーで撹拌し,溶解させた. 7 3) N,N-ジメチル-4-アミノピリジン 0.600 g および BTCA を上記の架橋剤量だけ加えて撹拌 し,1 週間静置した. 4) アセトンを 100 mL 加え沈殿を析出させ,吸引ろ過により分離した. 5) 試料をティーパックに入れて重量を測定した. 6) 試料を入れたティーパックをイオン交換水を 250 mL 入れた試薬びんの中に 1 週間浸漬 した後引き上げて,1 分間水滴がしたたり落ちないことを確認して重量を測定した.こ のとき空のティーパックも同様の操作を行った. 5.3.2 DSDA を用いた吸水性ポリマー 架橋剤として DSDA を用いた.3)で 5.3.1 と同じ反応当量倍数となるように DSDA を 加え,それ以外は 5.3.1 と同様の操作を行った. 5.3.3 BPDA を用いた吸水性ポリマー 架橋剤として BPDA を用いた.3)で 5.3.1 と同じ反応当量倍数となるように BPDA を 加え,それ以外は 5.3.1 と同様の操作を行った. 5.4 評価方法 ポリマー1 g が保持する水の重量,すなわち吸水度によって各ポリマーの吸水力を評価 する.測定方法としてティーパックに試料を封入し,試験液中に浸漬して所定時間後に 引き上げ,増加した重量を測定するティーパック法を用いる 5).吸水前のポリマーの重量 を a [g],吸水後のポリマーとティーパックを合わせた重量を b [g],空のティーパックの 重量を c [g],吸水度を W [g g-1]とすると,吸水度は次の式で表すことができる. = W b−c−a a (2) 6. 実験結果 以下 BTCA を用いて作製したポリマーをポリマーBTCA,DSDA を用いて作製したポリ マーをポリマーDSDA,BPDA を用いて作製したポリマーをポリマーBPDA とする. 6.1 カルボキシメチルセルロースを用いた吸水性ポリマーの吸水度 架橋剤を変えて吸水度を測定したところ,各架橋剤の吸水度は Table 2 および Fig. 3 の ようになった. ポリマーBTCA は反応当量倍数を大きくするにつれて吸水度が増加し,吸水度は反応当 量倍数 20 で最大となった.また反応当量倍数を大きくするごとにグラフの傾きが緩やか 8 になっていることから吸水度の増加率は小さくなっているとわかった. ポリマーDSDA およびポリマーBPDA は反応当量倍数を大きくするにつれて吸水度は 増加し,反応当量倍数 10 で吸水度は最大値を示したが,反応当量倍数 10 から 20 の間で 減少した. また, ともに反応当量倍数 20 のポリマーはゲル化せず粉末状のままであった. ポリマーBPDA は反応当量倍数 1.0 の吸水度が他のポリマーに比べ大きく,また反応当量 倍数を大きくしたときの吸水度の変化が他のポリマーに比べ緩やかであった. Table 2 カルボキシメチルセルロースを用いた吸水性ポリマーの吸水度 反応当量倍数 1.0 5.0 10 20 BTCA /g g-1 14.1 61.9 98.8 141 -1 9.53 40.8 58.7 8.92 -1 27.2 35.7 44.6 8.45 DSDA /g g BPDA /g g 140.0 120.0 吸水度 /g g-1 100.0 80.0 60.0 40.0 20.0 0.0 0.0 5.0 10.0 反応当量倍数 15.0 20.0 Fig. 3 カルボキシメチルセルロースを用いた吸水性ポリマーの吸水度 6.2 セルロースを用いた吸水性ポリマーの吸水度 セルロースと各架橋剤を用いてポリマーを作製したが,いずれもゲル化せず粉末状の ままであり,その吸水度は低く有意な値を示さなかった.その要因について考察で述べ る. 9 7. 考察 7.1 反応当量倍数による吸水度の変化 反応当量倍数を大きくすると,架橋度が増加し親水基であるカルボキシ基の数が増え るのでポリマーの水に対する親和性が上がり,またポリマー内部と周囲の水との間のイ オン濃度差が大きくなるため浸透圧が大きくなる.また,吸水性ポリマーは架橋剤量が 少なく架橋が不十分であるとゲル強度が弱まり水をポリマー内部に十分に保持できない. したがってポリマーBTCA の吸水度は反応当量倍数を大きくするにつれて増加したと推 察される.しかし架橋度が大きくなりすぎるとポリマーの膨潤が妨げられるので吸水度 が低下してしまう.それゆえ反応当量倍数が大きくなるにつれて吸水度の増加率が減少 したと思われる. DSDA と BPDA の構造中にはベンゼン環が 2 つ含まれているが,架橋したベンゼン環 の間に疎水性相互作用が強くはたらくのでベンゼン環どうしが引き付け合い網目が小さ くなってしまう.すなわち疎水基が水の中に存在すると水分子はかご状の構造をとりそ の中に疎水基を押しやろうとするが,排除された疎水基は近接する疎水基間のファンデ ルワールス相互作用により安定化する 6).また,架橋度が大きくなりすぎると加えた架橋 剤の分ポリマーの重量も増加することに加えて,架橋によりポリマーの膨潤が妨げられ るのでポリマー1 g 当たりの吸水量,すなわち吸水度が低下してしまうと考えられる.ベ ンゼンは分子量が非常に大きいため架橋剤量を増やすとポリマーの重量も大きく増加し てしまう.これらは反応当量倍数が大きく,より多く架橋されているときに大きな影響 を与えると考えられる.そのため,ポリマーBPDA とポリマーDSDA の反応当量倍数を 大きくしすぎるとポリマーの吸水度が減少したと示唆される. ポリマーDSDA とポリマーBPDA の吸水度は反応当量倍数 10 において最大となり,ポ リマーBTCA は反応当量倍数 20 において最大となった.しかしポリマーDSDA とポリマ ーBPDA は最大の吸水度を反応当量倍数 5.0 から 10 の間で,ポリマーBTCA は反応当量 倍数 20 以上で示すと思われるので,吸水度の極大値は本実験で得られた値を上回るもの とみられる. 7.2 架橋剤による吸水度の変化 BPDA は以下の Fig. 4 のように構造中にカルボキシ基以外に親水基をもたないため, DSDA よりも疎水性相互作用が強くはたらき,架橋した部分どうしがより強く引き付け あうと思われる.それによりポリマーの網目の広がりが制限されてゲル強度が強くなり, 架橋剤量が少なくてもある程度のゲル強度を有していたと考えられる.そのため,他の ポリマーに比べて反応当量倍数 1.0 での吸水度が大きくなり,また架橋剤量を増やしても ゲル強度の増加率があまり大きくならなかったので反応当量倍数を大きくしても吸水度 があまり増加しなかったと考えられる. 10 Fig. 4 BPDA の構造式 DSDA は以下の Fig. 5 のように構造中に親水基のスルホニル基を有している.架橋す るとスルホニル基の数が増えてポリマーの水に対する親和性が増加するため,ポリマー BPDA よりも反応当量倍数 1.0 以外の箇所ではいずれも吸水度が大きくなったと思われる. これより親水基の数が多くなると吸水能が向上することを確認することができた. Fig. 5 DSDA の構造式 Fig. 4 および Fig. 5 からわかるように BPDA と DSDA の構造中には疎水基のベンゼン 環が含まれているので架橋剤量を増やしてもあまり水との親和性が大きくならず,逆に ベンゼンの分子量が非常に大きいため架橋剤量を増やすとポリマーの重量も大きく増加 してしまう.それゆえこれらのポリマーはポリマーBTCA に比べ吸水度が大きくならなか ったと推察される. したがって親水基を多く有し,かつ分子量が小さい架橋剤を用いることでポリマーの 吸水度をさらに向上させることができると考えられる. 7.3 多糖類による違い 今回の実験ではセルロースを用いたポリマーはゲル化したことを確認できなかったが, これはセルロースの極性が小さいため溶媒に溶解しきらず,架橋反応が進まなかったた めであると思われる.カルボキシメチルセルロースも溶解しきらず一部が沈殿していた が,カルボキシメチルセルロースの方が構造から分かるように極性が大きいため,その 多くは溶媒に溶解して架橋反応も進んだと考えられる. 11 溶解性を増加させるためそれぞれ 100 ℃と 130 ℃で加熱して撹拌してみたが,撹拌途 中で溶液が茶色く変化したので加熱によりセルロースおよびカルボキシセルロースはと もにが変性してしまったとみられる.加えてセルロースおよびカルボキシメチルセルロ ースはそれでも溶けきらず,吸水させてもゲル化しなかった.撹拌時間を長くすること ができれば溶媒に対する溶解量を上昇させることができ,そのことによりセルロースを 用いた吸水性ポリマーも作製することができると思われる.あるいは溶媒量を増やすこ とも溶解量を増加させることができる方法としてあげられる.また,塩化リチウムはセ ルロースのヒドロキシ基と溶媒の間に相互作用すると考えられているので,セルロース の溶解性を向上させるために塩化リチウムをより多量に加えることも有効であると考え られる 7). また本実験の架橋方式において,多糖類としてカルボキシメチルセルロースを用いた ポリマーに関する実験はまだあまり行われていないようなので,新規性のある吸水性ポ リマーを作製することができたといえる. 7.4 アクリル酸を用いた吸水性ポリマーとの吸水度の比較 本実験では試験液としてイオン交換水を用いた.多糖類を用いたポリマーのイオン交 換水に対する吸水度は最大で約 140 g g-1 であったが,昨年度のアクリル酸を用いたポリ マーの最大の吸水度は約 60 g g-1 であったので,昨年度を上回る吸水能をもつ吸水性ポリ マーを作製することができた.昨年度の実験結果を以下に示した. Table 3 アクリル酸を用いた吸水性ポリマーの吸水度 電解質濃度 / wt% 0 0.1 0.3 0.5 1.0 吸水度 /g g-1 61.8 29.8 14.8 13.0 11.3 60.0 吸水度 /g g-1 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0 0.0 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 電解質濃度 Fig. 6 アクリル酸を用いた吸水性ポリマーの吸水度 12 これはカルボキシメチルセルロースが親水基であるヒドロキシ基とカルボキシ基をそ の構造中に多く有し,また架橋によりさらにカルボキシ基の数が多くなるので,水との 親和性がアクリル酸に比べて高く,ポリマー内部と周囲の水との間のイオン濃度差が大 きくなり浸透圧もより大きく生じるためであると推察される.昨年度の実験ではポリマ ーを作製する過程で水を使用しており,それが乾燥しきらずに内部に残っていたとみら れるが,本実験ではポリマーの作製過程で水ではなく有機溶媒を使用したのでそのこと による影響も大きいと考えられる. カルボキシメチルセルロースは多糖類であり生分解性を有するため,多大なエネルギ ーを必要とする燃焼処理ではなく環境への負担が少ない埋め立てにより処理できるため 廃棄が容易であるので,こういった面からみてもアクリル酸を用いたポリマーより実用 性があるといえる.本実験では電解質水溶液に対する吸水能を測定していないが,吸水 性ポリマーはその用途から電解質水溶液に対して用いられることが多いので,それに対 する吸水能を測定し向上させることは実用上必要であると思われる. 8. 結論 架橋剤量を多くすると親水基が増える一方で,疎水基を有する架橋剤では疎水基も増 えてしまい疎水性相互作用がはたらいてポリマーの膨潤を妨げ,かつその分ポリマーの 重量を増加させてしまう.親水基を多くもつポリマーは水との親和性が大きくなるので 吸水度を向上させる.また分子量が大きい架橋剤を用いるとポリマーの重量が大きく増 加してしまうので吸水度を低下させてしまう.よってこれらの兼ね合いを考えた上で親 水基を多く有し,かつ分子量が小さい架橋剤を用いることでより高い吸水度をもつポリ マーを作製することができると考えられる. 一方でセルロースを用いた吸水性ポリマーは溶媒への溶解量が少なかったため生成し たポリマーの量が非常に少なくその作製に失敗したが,撹拌時間を長くするなどしてセ ルロースの溶解性を向上させることができればカルボキシメチルセルロース同様吸水能 を示すと考えられる. 9. 展望 9.1 セルロースの溶解量の増加 考察においても述べたがセルロースの溶解量を増加させることができれば吸水性ポリ マーを作製することができると考えられ,撹拌時間を長くすることは 1 つの方法である. また,溶媒を変更することもその対策として考えられる.セルロースを溶解することが できる溶媒は限られているが,ジメチルアセトアミドやジメチルスルホキシドはその溶 13 媒として知られている.また,前処理として溶媒中で還流加熱する,もしくは溶媒置換 法を用いることでも溶解量を増やすことができる 8). 9.2 電解質水溶液に対する吸水能の評価 本実験では時間が不足し実験を行うことはできなかったが,吸水性ポリマーはその用 途から電解質水溶液に対して用いられることが多いので,電解質水溶液に対する吸水能 を上昇させることでより実用的なものとなる.一般に合成高分子電解質は解離度が小さ く,多くの対となるイオンがポリマー中のイオンに固着している.したがって電解質溶 液中ではポリマー表面の電荷密度が非常に高くなり,収縮してしまう.一方多糖類はそ の鎖の剛直性のために分子が比較的曲がりにくく,表面の電荷密度が小さくなるため対 となるイオンを吸引する力が弱まり解離度が大きくなる.したがって多糖類は電解質水 溶液中でも高い増粘性をもちうるので,高い吸水能を示すことが期待される 9). 9.3 架橋剤の変更 多糖類に対する架橋剤としては分子量が小さく親水基をより多くもつものを用いるこ とが望ましいと本実験で分かった.親水基にはスルホニル基の他にも多くの種類がある のでこれらの中から分子量との兼ね合いを考えて,最適なものを用いる必要がある.ま た,本実験では多糖類の架橋剤としてカルボン酸二無水物を利用したが,他にもジビニ ルスルホンやエピクロロヒドリン,あるいはエチレングリコールジグリシジルエーテル などの多官能エポキシ化合物なども架橋剤として用いることができることが知られてい る 10). 9.4 多糖類の変更 本実験では多糖類としてセルロースとカルボキシメチルセルロースを用いたが,多糖 類は天然に数多くの種類が存在しておりそれらを用いて吸水性ポリマーを作製すること も可能である.キチンやキトサンなどは多糖類として広く知られており,また親水基を 構造中に有しているので,高い吸水能を示すことが期待される. 参考文献 1) 柴山充弘他,高分子ゲルの動向,2004 年,シーエムシー出版,p.175-178 2) 増田房義,高吸水性ポリマー,1987 年,共立出版,p.21-23 (以下高吸水性ポリマー) 3) Paula.Y.Bruice,富岡清訳,ブルース有機化学第 5 版(下),2009 年,化学同人, p.815 4) 特開 2012-12462,2012 年 1 月 19 日公開,独立行政法人国立高等専門学校機構 5) 高吸水性ポリマー,p.52-54 6) Trudy Mckee 他,福岡伸一監訳,マッキー生化学第 4 版,2010 年,化学同人,p.76 14 7) セルロース学会,セルロースの事典(新装版),2008 年,朝倉書店,p.130 8) 越島哲夫他,機能性セルロース,シーエムシー出版,2003 年,p.117-118 9) 高吸水性ポリマー,p.63 10) 特開 2008-280429,2008 年 11 月 20 日公開,細谷俊介他 謝辞 東京理科大学理学部化学科河合英敏研究室河合英敏先生,ならびに斎藤慎一研究室武藤雄 一郎先生には研究に関する助言を頂きました.深く感謝いたします. 15 16
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