6 食品中非ヘム鉄のin vitroにおける生体利用効率評価

食品中非ヘム鉄のin vitro における生体利用効率評価
-酵素処理後の溶出挙動についてIn vitro Estimation for the Bioavailability of
Non-heme Iron in Foods
-On the Solubility and Distribution of Iron
after Enzymic Digestion-
佐藤 千鶴子
Chizuko Sato
鉄は栄養学的に必須な元素であるが、我が国ではその欠
乏がしばしば問題とされる。平成6年国民栄養調査成績に
外ろ過膜により分別された鉄について若干の知見を得たの
で報告する。
おいても、鉄の平均摂取量では栄養所要量を充たしている
対象とする食品は、国民栄養調査成績に記載された鉄摂
が、全世帯の17%、一人世帯の32%が充足率80%以下であ
取比率の大きな植物性食品群、すなわち種実類,豆類,野
った1)。食品に含まれる鉄の吸収効率に影響を及ぼす因子
菜類,海草類の中から一回使用量(食事において一回に摂
は個人の鉄栄養状態が最も大きいが、摂取される鉄の化学
取される標準的な分量)あたりの鉄摂取量の多いもの8)を
形態も重要であり、食品中の鉄の含有量とともに生体利用
選択した。
効率( bioavailability )2)を評価することが必要である。
食品中の鉄はヘム鉄と非ヘム鉄に分類される。ヘム鉄は
非ヘム鉄よりも生体利用効率は高いが動物性食品にしか存
対象食品、試料調製法および全鉄含有量の測定結果を表
1に、 pH調整と酵素処理を組み合わせた(Ⅰ)∼(Ⅳ)の
実験の概略を図1に京す。
在せず、日常食物から摂取している鉄の大部分が非ヘム鉄
ペプシン溶液およびパンクレアチン胆汁酸混合液は前回7)
である。したがってこの非ヘム鉄の生体利用効率を知るこ
と同じものを用いた。pHの調整は1M塩酸および1M水酸
とは食生活との関連で有用である。
化ナトリウム溶液で行った。
Narasinga-Rao3), Miller , Schricker5) らは食事を
各処理後、液量を固形物も含めて脱イオン水で50 mlに定
対象とし、ヒトの消化吸収系を模した処理によって可溶化
容し、試料溶液とした。この試料溶液を0.45μm フィルタ
される鉄、あるいは透析によって分別される可溶性低分子
ーに通し、得られたろ液を溶解性鉄測定用試験溶液とした。
化合物に含まれる鉄の、全鉄に対する割合が生体利用効率
同様に限外ろ過膜ミリポアモルカットUFPITGC(分画分
の評価に有効であると提案し、これらが上下やラットによ
るin vivo の実験で得られた生体利用効率と高い正の相関を
示すことを報告した。
また、 Hazellら6)は34種の植物性食品を対象にMillerら4)
と同様の実験を行い、食品の種類により可溶性低分子化合
物に含まれる鉄の割合に差があること、これらの食品の内
in vivoの実験による文献値が報告されていた11種の食品に
ついては、結果がよく一致することを明らかにした。
先に著者は食品に含まれる鉄の生体利用効率評価法に係
わる研究の一環として、 Millerらの方法1)を一部改良し、
ヒトの消化吸収系を摸した処理によって可溶化される小麦
胚芽中の鉄の挙動を報告した7)。今回8種の食品について、
酵素処理を含む4通りの実験を行い、溶出した鉄および限
表1 試料調製法および全鉄含有量
子量10000)で加圧ろ過して得られたろ液を低分子画分鉄測
定用試験溶液とした。ろ液には7M硝酸を100分の1容量
添加した。各操作について空試験を同時に行った。
鉄の定量はそれぞれの試験溶液について、炭素炉原子吸
光法(GFAAS)あるいは誘導結合プラズマ発光法(ICPAES)によって行った GFAASでは島津AA6500原子吸光
光度計、 GFA6500アトマイザー、 ASC6000オートサンプ
ラー、パイロコートチューブを用い、標準添加法を採用し
た。一方、 ICP-AESではセイコーSPS4000 ICP発光装置、
U-5000AT超音波ネブライザーを用い、イットリウムを内
標準元素とする検量線法により定量を行った。全鉄は試料
を乾式灰化した後1 M塩酸溶液とし、フレーム原子吸光法
で定量した。
図2に全鉄に対する溶解性鉄および分子量10000以下の
画分に含まれる低分子画分鉄の割合を示す。
(Ⅰ)はpH2 塩酸酸性)における溶出挙動であり、解離
しやすい化学形態を反映し、この画分では溶解性鉄と低分
子画分鉄の割合がほぼ一致した。切り干し大根、パセリ、春
図1 試験溶液調製法
図2 鉄の溶出挙動
菊、ひじき、すりごまにおいて(Ⅰ)における割合が(Ⅱ)
∼(Ⅳ) に比べ、溶解性鉄、低分子画分鉄とも同等以上で
表2 酸素処理(Ⅲ)による低分子画分鉄の各食品におけ
る割合
野ら9)によると非へム鉄の腸管吸収は分子量10000∼13000
以下でおこり、 100000以上では吸収されない。 (Ⅲ)の消化
吸収系を模した実験による、各食品についての分子量10000
以下の低分子画分鉄の割合を表2に示す。これらの結果で
は標準偏差が大きいが、これはpHの調整をする際に水酸化
ナトリウム溶液を直接滴下して行ったことも一因と思われ
る。 Millerら4)らも透析による方法に比べ、アルカリ溶液
の直接の添加によるpHの調整は再現性が悪くなる傾向があ
ったと指摘している。
表3 一回使用量あたりの鉄含有量および低分子画分鉄量
平均値を比較すると、今回の対象食品の中でははうれん
そう、切り干し大根、きなこ、パセリで高い値がみられた。
これらの低分子画分鉄の割合が生体利用効率を反映して
いるとみなし、日常の食生活における食品の利用を考慮し
た1回使用量8)あたりの鉄含有量に乗じて低分子画分鉄量
を算出した。結果を表3に示す。個々の値を合算した総鉄
含有量は鉄の平均所要量10.7mg1の80%であり、総鉄含有
量に対する低分子画分鉄量の割合は約8 %であった。これ
は5 %程度と言われている食事中非へム鉄の腸管吸収率2)
に比べ、少し高い結果であった。
今後は低分子画分鉄の割合を高める加工処理や共存成分、
また、逆に阻害する要因を検討する予定である。
あった。
文 献
(Ⅱ)はpH2で溶出を行った後、続けてpH7.5 とした時
の鉄の溶出挙動である。ここで特徴的なことは、きなこお
1 )厚生省保健医療局健康増進栄養課監修:平成8年版国
よび凍り豆腐について(Ⅰ)、 (Ⅳ)に比べ溶解性鉄が増加
民栄養の現状 -平成6年度国民栄養調査成績-,第一出
したことである。化学形態は不明であるが低分子画分鉄の
版,東京(1997)
増加は見られないことからアルカリ可溶性の高分子鉄化合
物の存在が示唆される。
(Ⅲ)はpH2でペプシンと反応させた後、 DH7.5でパン
クレアチン胆汁酸混合液と反応させた時の鉄の溶出挙動で、
ヒトの消化吸収系をシュミレー上した実験である。
(Ⅳ)はpH2でペプシンを加えた時の溶出挙動である。
2)鈴木継美他:ミネラル・微量元素の栄養学,第一出版,
東京(1994
3 ) Narasinga-Rao, B. S. etal. :Am. J. Clin. Nutr., 31,
169 (1978)
4) Miller, D. D. etal. : ibid., 34, 2248 (1981)
5) Schricker, B. R. etal. : ibid, 34, 2257 (1981)
(Ⅰ)に比べ、切り干し大根、ほうれんそうで溶解性鉄,低
6 ) Hazell, T∴ Br. J. Nutr., 57, 223 (1987)
分子画分鉄とも多少の増減が見られた。
7)佐藤千鶴子:道衛研所報, 40, 100 (1990)
Millerら4)およびHazellら6)は半透膜を利用した実験に
おいて、それぞれ分子量6000-8000以下、分子量12000以
下の画分に含まれる鉄量を生体利用効率の指標とした。吉
8)香川綾監修:四訂食品成分表1986,女子栄養大出版部
9)吉野芳夫他:栄養と食糧, 26, 53 (1973)