Ⅴ 放射線防護

Ⅴ
放射線防護
第1章 放射線被曝一般
放射線を利用した医療において、常に患者さんが受ける利益が損失を上回ることが第一
前提となっている。いわゆる「被曝の最適化」を心掛けると同時に放射線を取り扱う我々
の安全も担保されたものでなければならない。放射線の安全取り扱いついて法的には「放
射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(障防法)」や「医療法施行規則」に
よって規制されている。放射線による無駄な被曝を避けるために放射線防護の三原則があ
る。
放射線防護の三原則
距離(放射線源より距離をとる。距離の逆二乗で線源強度が減弱する)
時間(作業時間の短縮を心掛ける)
遮蔽(線源の近傍で遮蔽をする)
以上を遵守することで無駄な被曝を避けることができる
職業被曝については国際防護委員会の勧告を受けて F 線量限度が定められている(表
Ⅴ.1.1)。
表Ⅴ.1.1 職業人に対する線量限度
100mSv/5年 最大50mSv/年
5mSv/3月
妊娠と診断されたときから出産までの間、内部被曝1m
Sv
実効線量
等価線量
水晶体
皮膚
妊婦の腹部表面
150mSv/年
500mSv/年
2mSv 妊娠と診断されたときから出産までの間
*平成13年4月1日以後
*4月1日を始期とする
実効線量、等価線量は被曝の影響をすべての放射線に対して同一尺度で評価するための指
標として用いる
実効線量:人を直径30cmの組織等価物質の球体として球表面から深さ1cm位置での
吸収線量で評価する
等価線量:球表面から1cm、30mm、70μmの深さにおける吸収線 j 量で評価する。1
cmは人体表面から臓器までの深さ、30mmは水晶体、70μmは皮膚の真皮までの深
さとしている
PET 検査従事者の被曝について
ポケット線量計、ガラスバッチを用いて職種別に被曝量を測定した(表Ⅴ.1.2)
表Ⅴ.1.2 PET 検査従事者の被曝
職
種
ポケット線量計
ガラスバッチ
8時間平均積算値
月平均積算値
(最小値ー最大値)
医
師
18.5(2-42)
μSv
0.2
mSv
薬剤師
8.2(3-17)
μSv
0.1
mSv
放射線技師
16.9(8-30)
μSv
0.2
mSv
15.2(1-121) μSv
0.2
mSv
サイクロトロ
ン専任技術者
業務に携わった医師5名、技師4名、薬剤師1名、サイクロトロン専任技術者1名でポケ
ット線量計では平均値ならびに最小、最大値を示した。ガラスバッチの値は3ヵ月の平均
値を示した。サイクロトロン専任技術者の高値は装置トラブル時の緊急修理であった。
PET 検査時の放射線量について
18
F-FDG 9mCi 投与1時間後検査時の患者さんからの放射線量を計測した。単位は
(μSv/hr)である(図Ⅴ.1.1)。
図Ⅴ.1.1
PET 検査時の放射線量
放射線を用いた主な検査による患者被曝について
国連科学委員会の報告書による世界平均の被曝量を参考に我々のデータも加えて掲載す
る(図Ⅴ.1.2)。
実効線量当量(mSv)
50
職業人の限度
40
心カテ
43
30
20
ブラジルのある地域の年間自然放
射線
胃透視検査
12
8~9
10
5
自然からの放射線
腹部 CT 検査
8
頬部 CT 検査
5
2.4
PET 検査
1
2.2
腫瘍シンチグラム
骨シンチグラム
胸部 X 線検査
0
0.12
0.01
0.01
第2章
PET における放射線被曝と防護
1.FDG-PET による被験者の被曝
ICRP Publication 53 (1988)によると、FDG による被曝(実効線量)は 2.7x 10-2mSv/MBq
と記載されている。実効線量とは、放射線被曝に際して全身が受けた生物学的影響を表す
指標である。この値は、欧米人の体格を元に、投与後 3.5 時間目に排尿したと仮定して計算
されている。実際の FDG 集積を臓器毎に PET で実測し、これを元に日本人の体格にあわせ
て、被曝線量を求めた。
Table 1 に、静脈投与された FDG の体内分布を示す。脳、心臓、腎臓、肝臓、肺、卵巣、
膵臓、赤色骨髄、脾臓、精巣、膀胱(尿)に 25.6%、それ以外の体組織に 74.4%が集積する。
表 V.2.1. FDG の体内分布(%)
脳
6.9%
心臓
3.3%
腎臓
1.3%
肝臓
4.4%
肺
0.9%
卵巣
0.01%
膵臓
0.3%
赤色脊髄
1.7%
脾臓
0.4%
精巣
0.04%
膀胱(尿)
6.3%
その他
74.4%
*投与された FDG の各臓器の時間放射能曲線の積分値
実効線量を求めるためには、まず、個々の臓器の吸収線量を求める。脳を例にとると、
脳はそれ自身に集積した FDG、および他臓器に集積した FDG により被曝する。脳自身に集
積した放射能濃度、および集積の高い臓器の放射能濃度、その臓器の大きさ、その臓器と
脳の距離などをもとに脳の被曝線量を求める。MIRD Committee の panphlet には、各臓器に
単位当たりの放射能が存在する時、全身各臓器がどれだけ被曝するかを示した S 値が記載
されている。これを元に、各臓器の吸収線量を求め加算して全身の被曝線量(実効線量)
を求める。表 V.2.2 に、主要臓器の積算放射能(実測値)を示す。
表 V.2.,2. 主要臓器の cumulated activity per unit of administered activity
脳
6.57 MBq・h
心臓
3.15 MBq・h
腎臓
1.26 MBq・h
肝臓
4.14 MBq・h
肺
0.86 MBq・h
膵臓
0.30 MBq・h
脾臓
0.38 MBq・h
卵巣
0.01 MBq・h
精巣
0.04 MBq・h
赤色骨髄
1.62 MBq・h
膀胱(尿) 1時間排尿
3.12 MBq・h
2時間排尿
6.01 MBq・h
それ自身へ集積した FDG による被曝、膀胱(尿)からの被曝、自身および膀胱以外の FDG
集積からの被曝線量を主要臓器ごとに計算する。積算放射能を元に計算した個々の臓器の
吸収線量を Table3 に示す。
表 V.2.3. FDG 投与による各臓器の吸収線量(1x10-3 mGy/MBq)
source
その他の
総計
自身から 膀胱から
organ
臓器
副腎
0.086
15
2.6
18
膀胱壁
110
10
0.013
120
骨
0.75
11
2.9
15
脳
29
29
乳房
0.0052
9.3
0.75
10
胃壁
0.12
14
1.4
15
小腸
0.96
15
0.71
17
大腸(上部)
0.87
15
0.98
17
大腸(下部)
2.6
15
0.2
18
心臓
45
45
腎臓
23
0.14
6.1
1.3
30
肝臓
16
0.1
5.7
0.55
23
肺
4.2
0.01
5.5
0.81
11
膵臓
11
0.096
6.8
2.3
20
骨髄
6.7
0.19
4.3
1
12
脾臓
14
0.084
7
1.4
22
精巣
4.4
1.9
9.1
0.046
15
甲状腺
0.0035
12
0.86
13
子宮
5.5
14
0.22
19
その他の組織
0.0052
9.3
0.75
10
日本人と欧米人では体格が異なるので、臓器間の距離、臓器の大きさが若干異なる。Table
3 を元に、日本人の体格を考慮して MIRD(Medical Internal Radiation Dose)Committee の方
法に従って計算された日本人の実効線量は、24x10-3 mSv/MBq(0.89mSv/mCi)であった(FDG
投与1時間後に排尿した場合)。なお、膀胱へ集積した尿を線源とする被曝が大きいが、FDG
投与後 40 分に排尿すると被曝線量を最小にすることができる。
放射線の人体への影響は、確定的影響(ある閾値以下では表れず、閾値を越えると表れ
るもの、脱毛、皮膚の発赤、不妊、白内障など)と確率的影響(DNA 損傷に由来するもの。
線量に依存する。発ガンと遺伝的影響)がある。PET 検査では、確定的影響を引き起こす
閾値よりもはるかに低い被曝線量であり、確定的影響は問題にならない。確率的影響は、
少ない被曝でも起こりうると仮定されたものでり、PET 検査による被験者のメリットを十
分考慮し、十分な説明をし合意のもとに検査を行う(参考資料、検査説明書)。
Mejia AA, Nakamura T, Ito M, Hatazawa J, Matsumoto M, Watanuki S. Estimation of absorbed
doses in humans due to intravenous administration of fluorine-18-fluorodeoxyglucose in PET studies.
J Nucl Med 32;699-706:1991
Wu TH, Liu RS, Dong SL, Chung YW, Chou KL, Lee JS. Dynamic evaluation of absorbed dose to
the bladder wall with a balloon-bladder phantom during a study using [(18)F]fluorodeoxyglucose
positron emission imaging. Nucl Med Commun 23;749-755:2002
2.FDG-PET による医療従事者の被曝
医師、放射線技師、看護師などの医療従事者の PET 検査による被曝に関してはまだ十分
に検討されていない。西台クリニックからの報告によれば、月~1000 例の FDG-PET 検査を
行った場合、放射線技師の被曝線量は 0.2~0.4mSv/month 程度であった(平成16年核医学
春季合同セミナー報告)
。なお、管理区域外に勤務している場合(受付)でも、~0.2mSv/month
の被曝があった。
FDG を投与された患者は、医療従事者および公衆にとっては、被曝線源である。したが
って、ひとりひとりの医療従事者の被曝線量を少なくする努力が必要である(患者は、十
分水分補給し排尿後退出する、検査はなるべく多くの医療従事者が交代で行う、検査後の
医師による結果説明は医師の被曝の原因)。
医療従事者の職業被曝に関して、以下のように放射線障害防止法および電離則・人事院
規則に定められている。
実効線量限度
100mSv/5 年間
かつ
50mSv/年
女子は 5mSv/3ヶ月(妊娠する意志がないことを本人が書
面で申し出た場合を除く)
妊娠中の内部被曝は 1mSv(使用者が妊娠の事実を知ってか
ら出産まで)
等価線量限度
眼の水晶体
150mS/年
皮膚 500mSv/年
妊娠中の女子の腹部皮膚表面は 2mS/妊娠中
3.PET-CT による放射線被曝
PET 装置には、吸収補正のための外部線源(68Ge)が装着されている。68Ge は半減期 287
日で、1~2 年に一回新しい線源を購入しなければならない。そのため、X 線 CT で吸収補正
を行うために、PET に X 線 CT を組み込んだ PET-CT が開発された。さらに、CT の形態画
像と PET の代謝画像を重ね合わせることにより、診断能が著しく改善することから、空間
解像度の高い CT 画像が撮像可能な PET-CT 装置が開発された。多列検出器 CT が装着され、
吸収補正のための撮像時間が短縮され、高精細空間解像度の形態画像と代謝画像の融合画
像が診断に用いられている。
CT による吸収補正は今後主流のひとつになると思われるが、それによる被曝線量につい
ての研究報告は少ない。Wu らは、PET-CT(Discovery LS; GE Medical Systems, Milwaukee, WI,
USA)で CT による被曝線量を評価した。この装置の PET は Advance Nxi
(GE Medical Systems,
Milwaukee, WI, USA)、CT は Light-Speed Plus(同)である。なお、68Ge による吸収補正の
被曝線量は、ECAT EXACT HR+(Siemens/CTI, Knoxville, TN, USA)で測定している(表 V.2.4)。
表 V.2.4. 吸収補正による被曝
実効線量
68
Ge-based
ECAT EXACT HR+ (576MBq in 3 rods, 20rpm, 35min)
0.20mSv
Advance Nxi
0.26mSv
(740MBq in 2 rods, 20rpm, 35min)
CT-based
140kV, 80mA, 0.8s/rotate, 3:1 pitch (low table speed)
18.97mSv
140kV, 80mA, 0.8s/rotate, 6:1 pitch (high table speed)
8.81mSv
140kV, 10mA, 0.5s/rotate, 6:1 pitch (high table speed)
0.72mSv
これらの結果から、低電流の撮像により CT による被曝が軽減できることがわかる。なお、
実際的には 10mA での撮像で充分な吸収補正が可能であること(Kamel E,
et al.)、および
10mA の CT でも診断能に大きな差がないこと(Hany TF, et al.)が示されている。
Wu TH, Huang YH, Lee JJS, Wang SY, Wang SC, Su CT, Chen LK, Chu TC. Radiation exposure
during transmission measurements: comparison between CT- and germanium-based techniques with
a current PET scanner. Eur J Nucl Med Mol Imaging 31;38-43:2004
Kamel E, Hany TF, Burger C, et al. CT vs 68Ge attenuation correction in a combined PET/CT
system: evaluation of the effect of lowering the CT tube current. Eur J Nucl Med Mol Imaging
29;346-350:2002
Hany TF, Steinert HC, Goerres QW, Buck A, von Schulthess GK. PET diagnostic accuracy;
improvement with in-line PET-CT system. Initial results. Radiology 225;575-581:2002
第3章 放射性廃棄物
PET 検査の際に発生する放射性廃棄物は、放射性同位元素等による放射線障害の防止に
関する法律(昭和三十二年法律第百六十七号、以下放射線障害防止法)によって、他の半
減期の長い放射性同位元素と同様の厳重な管理を必要としてきた。しかし、平成 16 年 3 月
に放射線障害防止法施行規則の一部を改正する省令により、特定の条件を満たせば、放射
性同位元素等ではないものとすることができるようになった。
(1)放射性廃棄物の発生
PET 検査の際に発生する放射性廃棄物には、注射筒や針、手袋、ろ紙などの固体廃棄物、
放射性薬剤の品質確認検査のために使用する有機廃液などがある。また、人以外の生物(動
物、植物、細胞など)に投与した場合は、上記の放射性廃棄物の他に投与した生物自体が
放射性廃棄物として発生する。
(2)放射性固体廃棄物の取扱い
PET診断薬には放射性同位元素が含まれているため、PET 診断薬が付着した器具や投
与された動物等は放射性廃棄物として放射線障害防止法の適用を受ける。このような廃棄
物を廃棄する場合には、放射性同位元素の半減期が極めて短いにもかかわらず(15O; 2.07 分,
13
N; 9.96 分,
11
C; 20.4 分,
18
F;109.7 分)、現在、半減期の長い放射性同位元素と同様の管理
を行っているため、各施設において保管廃棄するか有料で廃棄業者に引き渡すことになっ
ていた。
(3)動物の取扱い
放射性同位元素を投与された動物は、永久に放射性汚染物としての管理を行うこととな
っている。従ってこのような動物は、管理区域の中で飼育するか、管理区域から出す場合
は放射性廃棄物としているのが現状であった。このため大型動物を用いた研究や、PET 診
断後の長期間の飼育や繁殖を続けることは非常に困難で、この面で諸外国に比べ大きな障
害となっていた。
文部科学省においては、これらの現状を踏まえ、一定の方法で製造された PET 診断薬で、
かつ、製造された量が文部科学省告示において定める上限値以下の場合、他の物の混入を
防止し、又は付着しないように封及び表示をし、同告示に定める一定期間以上保管した陽
電子断層撮影用放射性同位元素等については、放射性廃棄物として取り扱わないこととす
る関係省令等の改正を行った。(平成16年3月25日)
ただし、短半減期核種を減衰後に非放射性とするためには、3H(半減期 12 年)などの超
半減期の放射性異核種が存在しないことが確認されなければいけない。これに関して省令
では、サイクロトロン及び化学的方法により不純物を除去する機能を備えた装置(更新、
改造、又は不純物を除去する方法の変更をした都度及び一年を越えない期間ごとに不純物
を除去する機能が保持されていることを点検しているものに限る。)により製造される放射
性同位元素に限ると定められた。
また、既に PET 診断薬製造等の許可を持っている事業所においては、PET 検査に伴い発
生する廃棄物の取扱いを本改正に基づき行う場合には、改めて変更許可(承認)申請及び
放射線障害予防規定の変更が必要となるため注意が必要である。
参考
文部科学省令第 11 号、文部科学省告示第 40 号、事務連絡
文部科学省令第十一号
放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(昭和三十二年法律第百六十七
号)第六条第三号、第七条第三号、第七条の二第三号、第十五条第一項及び第十九条第一
項の規定に基づき、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則の一
部を改正する省令を次のように定める。
平成十六年三月二十五日
文部科学大臣
河村
建夫
放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則の一部を改正す
る省令
放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則(昭和三十五年総理府
令第五十六号)の一部を次のように改正する。
第十四条の十一第一項第八号中「場合」の下に「第十九条第一項第十三号ニの規定によ
り保管廃棄する場合を除く。)」を加える。
第十五条第十号の次に次の一号を加える。
十の二
陽電子断層撮影用放射性同位元素(放射性同位元素を用いて行う陽電子放射断
層撮影装置による画像診断に用いるため、サイクロトロン及び化学的方法により不純
物を除去する機能を備えた装置(更新、改造又は不純物を除去する方法の変更をした
都度及び一年を越えない期間ごとに不純物を除去する機能が保持されていることを点
検しているものに限る。
)により製造される放射性同位元素であつて文部科学大臣の定
める種類ごとにその一日最大使用数量が文部科学大臣の定める数量以下であるものを
いう。以下同じ。)を人以外の生物に投与した場合においては、当該生物及びその排出
物については、投与された陽電子断層撮影用放射性同位元素の原子の数が一を下回る
とみなすことができる期間を越えて管理区域内において保管した後でなければ、みだ
りに管理区域から持ち出さないこと。
第十九条第一項第十三号に次のように加える。
ニ
陽電子断層撮影用放射性同位元素又は陽電子断層撮影用放射性同位元素によつて
汚染された物(以下「陽電子断層撮影用放射性同位元素等」という。)については、
当該陽電子断層撮影用放射性同位元素等以外の物が混入し、又は付着しないように
封及び表示をし、当該陽電子断層撮影用放射性同位元素の原子の数が一を下回るこ
とが確実な期間として文部科学大臣が定める期間を越えて管理区域内において保管
廃棄すること。
第十九条第一項に次の一号を加える。
十六
第十三号ニの規定により保管廃棄する陽電子断層撮影用放射性同位元素等につい
ては、同号ニの文部科学大臣が定める期間を経過した後は、放射性同位元素等ではな
いものとする。
附
則
この省令は交付の日から施行する。