第17回創造経済研究会

第17回創造経済研究会
テーマ:
「緊急提言、ミスター円が語る日本再生へのシナリオ」
講
師
慶應義塾大学教授
榊 原 英 資 氏
(目次)
1)日本の政策のあり方
2)世界の大競争時代
3)世界的デフレの到来
4)中国経済の現況
5)日本の不況の原因
6)不良債権処理に必要な手立て
7)日本のシステムを変える事が重要
8)結び
日
時
平成14年12月11日(水)午後12:00∼13:30
場
所
八重洲富士屋ホテル2階「桜の間」
この表題は私がつけたんじゃなくて、テレビの出演のときの表題みたいになっています
けれども、特に緊急提言というようなことはございませんで、今の日本の政策のあり方が
どういう方向であるべきかというようなお話をしていきたいと思います。
小沢先生の方からも話があったかもしれませんが、僕は小沢先生と若干意見を異にして
おりまして、それが1つの大きなポイントではないかというふうに思っております。私が
常々言っておりますことは、世界経済が 100 年に1回か、恐らく 200 年に1回の大きな構
造変化の時代に入ってきたということなんですね。構造改革ということがはやり言葉にな
っていますけれども、実は大きく構造改革しているのは世界経済の方なんですね。それに
政策的にどう適応していくかということでありまして、政策的に言うと、政策パラダイム
を変えていかなきゃいけないですね。ビジネスで言うと、ビジネスモデルを変えていかな
きゃいけないですね。
個人のレベルで言うと、個人の生き方を変えなきゃいけないという、
そういう大きな時代の分水嶺に実は入ってきているんだという認識が余りないんですね。
そこが僕は非常に大きな問題だと思っていまして、黒田君という私の後任の人が、この
間、
「フィナンシャルタイムズ」に河合さんという副財務官と一緒に書きまして、この間も
黒田君に会って、前半は賛成だと、後半は反対だと。後半は小沢さんと同じことを言って
いますけれどもね。黒田君が言っているのは、このデフレというのは日本に特有な現象じ
ゃありませんよと言っているのね。実はドイツはもう1年ぐらい物価が下がっているんで
すね。中国も物価が下がっていますね。シンガポール、台湾も下がっている。アメリカも
製品価格がもう下がっていますね。サービス価格が3%以上伸びていましたけれども、そ
れも3%切ってきたということですから、これは明らかに世界的なデフレーションなんで
すね、グローバルデフレーションなんです。
それにどう対応するかという話は、いろんな意見がありますし、また後で議論するとし
て、まずそれを認識しなきゃいけないよと。日本で非常にポピュラーな議論は、日本で財
政政策とか金融政策に失敗したからデフレになったんだ、あるいはバブルの処理を失敗し
たからデフレになっているんだ、あるいは不良債権問題でデフレになっているんだという
んですけれども、
そうじゃないですよね。これは明らかに何が今起こっているかというと、
19 世紀の末と似ているんですけれども、非常に速いスピードでの技術革新ですよね。これ
は情報通信革命と言われていますけれども、情報通信だけではなくて、いろんなところで
速いスピードで技術革新が起こっている。
速いスピードで技術革新が起こるというのは、ポジティブな側面からいうと生産性が上
がるということですね。生産性が上がるということを逆から言うと、要するにコストが下
がるということですから、物価が下がるということなんですね。ですから、強烈な生産性
の向上が実はありますと。これは恐らく 100 年に1回の技術革新なんですよね。19 世紀
の末に第1次情報通信革命があって、飛行機ができ、大型の船舶ができということですか
ら、あのときは巨大な流通革命もあったんですね。それと同じような、今の情報通信革命
というのは、事実上、情報コストをゼロにしちゃっているわけですからね。インターネッ
1
ト電話を使うとほとんど電話料は要らないというような、そういう世界ですから、これは
強烈な技術革新が一方で起こっている。
もう1つ起こっていることというのは、これは中国、インド、東欧、ロシアという巨大
な幾つかの国が世界経済に再参入してきたんですね。再参入といいますのは、1800 年代の
初め、200 年前までは世界最大の経済大国は中国、第2の経済大国はインドですから、こ
れは再び世界経済に登場してきたということですね。それが起こっている。これも 19 世
紀の末と非常に似ているんです。19 世紀の末に世界経済に参入してきたのはアメリカであ
り、アルゼンチンであり、オーストラリアです。そういう形で非常に大きな構造改革、構
造変化が起こっている。
1つは、巨大な 100 年に1回の技術革新。技術革新というのは、例えば戦後でもいろい
ろあった、あるいは戦前でもあったんですけれども、これが大きく違うというのは、やっ
ぱり情報通信、コミュニケーションのパターンを変えるということですよね。ですから、
社会のあり方とか、企業のあり方とか、あるいは経済のあり方を変えてしまうようなある
種の革命なんですね。それが起こっていますよということですよね。
それから、中国、インド、東欧、ロシアまで入れますと、これは世界の人口のほぼ半分
近い人たちが再び市場経済の中に入ってきたということなんです。これも商売をやってお
られる方はわかるでしょうけれども、中国のインパクトというのは強烈ですよね。その情
報通信革命とダブっていますから、基本的に今の技術を使えば同じクオリティーのものは
中国でつくれるわけですよね。これは情報通信革命が一方でなければ、なかなかそうなり
ませんよ。
しかし、
工場なんていうのは基本的にコンピューター制御できるわけですから。
コンピューター制御できるということは、こっちでオペレートできるということですよね。
ですから、そういうことが実は起こっているんだよと。
これは明らかにコストを下げるわけです。ですから、少なくとも製造業の分野、サービ
スのある分野、つまり、サービスでも、例えばバックオフィスオペレーションといいます
けれども、会計とか、経理とか、あるいはいろんな書類のオペレーション、こういうのは
コンピューター化できますから、コンピューター化できれば、これはアウトソースできる
わけですね、インドとか中国に持っていけるわけですよ。それから消費者とつなぐ場合に
も、コールセンターみたいのをつくりますよね。コールセンターオペレーションというの
も、これも完全にアウトソースできるわけですね。例えば大連とか上海に持っていけば、
日本のコストの5分の1でできるわけです。
ですから、サービスといっても、もちろん床屋さんみたいなものはだめですよ。本当に
物理的にやらなきゃならないサービスは別ですけれども、コンピューター化できる、機械
化できるようなサービスというのはアウトソースできるわけです。ですから、そういうこ
とが実際可能になってきているし、企業もそういうことをやらなきゃ今生き残れないわけ
ですね。少なくとも競争している企業は。政府に徹底的に守られている企業もありますけ
れども、そういうのは別にして、競争している企業はそれをやらなきゃ、やっぱり競争に
2
勝てないわけです。
ですから、今、津波のように中国に進出していますけれども、これは企業が生き残るた
めにやっているわけですね。これはもう名前を言ってもいいと思いますけれども、横河電
機というのは非常に日本的な経営をなさっている会社ですよね。終身雇用。1年ぐらい前
に社長さんにお会いしたら、榊原さん、横河というのはもう相当前から、20 年前から中国
に進出しているんですよと。結構うまくいっています。だけれども、輸出用のものは全部
中国でつくっていますけれども、日本国内市場用のものは日本国内でつくっております。
ただ、同じクオリティーのものが3分の1のコストで中国でできます。でも、我々が日本
で工場を維持しているのは、雇用が経営者の使命だからだと思うからですと。やっぱり経
営の一番重要なことは雇用の確保だ。だから、日本国内の工場で日本の需要を賄うために
生産してきたんだと。
だけれども、1年ぐらい前に、もうそれじゃ会社が生き残れなくなりましたというよう
なことをおっしゃっていた。たしか何カ月か前に、日本で 15 工場閉めるという発表をな
さっていますよね。ですから、非常に雇用を大事にする、古典的な経営者といったら悪い
ですけれども、いい意味での日本的な経営者であります。もうそういうことをやらないと
生き残れないというところに来ている。
そういう大きな波がこれは日本だけじゃなく起こっている。ドイツでデフレと申し上げ
ましたけれども、ドイツで何が起こっているかというと、やっぱりドイツの工場がチェコ
に移っているんですね、ポーランドに移っているわけです。あるいはルーマニアに移って
いるわけです。チェコとかルーマニアとかポーランドというのは、もともと先進国です。
社会主義国をすることによってずうっと遅れてきた。しかし、今やドイツの工場と同じこ
とが、労働組合は強くないですから、相当安い賃金でできるということが起こってきてい
る。ドイツはある意味で空洞化が起こっているんですね。日本と同じように製造業の空洞
化が起こっているわけです。ですから、ドイツの物価が下がっているんですね。これはし
ばらく続くわけです。そういうことがドイツで起こっている。アメリカも同様、やっぱり
中国であり、インドであり、メキシコですよね、そういうことが起こっている。これは世
界的な現象なんですね。
19 世紀の末というのは、小沢さんの質問の中で、小泉さんが経済財政諮問委員会でこん
な議論があったと紹介しておりますけれども、ああ、総理も少しは勉強したなと思って僕
は読んでいたんです。実は、インフレの時代というのはごく短期間ですよと彼は言ってい
るんですが、そうなんですね。インフレの時代というのは、歴史的に見ると第1次世界大
戦以降なんですね。第1次世界大戦以前はデフレの時代だった。あるいは 19 世紀の前半
から中ごろについては、デフレとインフレが交互に来ていたというようなことで、構造的
インフレの時代というのは、第1次世界大戦以降で 20 世紀の現象なんですね。
それから、また総理がデフレと不況は分けなきゃいけないと言っているのも、これもそ
うなんですね。デフレというのは物価が下がることですね。不況というのは生産が落ちる
3
ことです。ですから、物価が落ちても生産が上がるということは可能なわけで、19 世紀の
末から 20 世紀の初めというのは、物価が落ちたけれども、生産が上がっていたんですね。
1人当たりのGDPの成長率からいうと、19 世紀の末から 20 世紀の初めというのは、戦
後の高度成長期、つまり 1950 年代から 70 年代というのは異常に成長率が高かった時です
が、それを省くと一番成長率が高いんですよ。ですから、物価が落ちても生産が落ちない
ということは十分可能なわけですね。
ですから、やっぱりデフレと不況というのを分けて考えなきゃいけない。少なくとも不
況の時代だとは言いません。ですけれども、デフレの時代であることは間違いないんです
ね。その認識をまずしなきゃだめですよというんですね。こういうことを言うと、小沢先
生は反対するか、大体大方の経済学者が反対するんです。君、経済学を勉強してないねと。
僕はしていますよと言っている、博士号を持っていますよと。少なくとも竹中さんは持っ
ていないけれども、僕は持っていますよと言っているの。ですから、別に博士号がどうの
こうのというんじゃなくて、僕の言いたいのは、今のマクロ経済学が時代遅れになったん
じゃないかという認識をお持ちですかということなんですね。
今のマクロ経済学というのは、1960 年代から 70 年代にできているんです。これはイン
フレの時代にできているんですよ。理論というのは、ヘーゲルも言ったようにミネルバの
フクロウなんですね。現実が大きく展開して、展開し切った後で頭のいい人が出てきて、
展開したことを整理して理論にするわけですよ。現実が繰り返し繰り返し同じように起こ
れば理論で現実を予測することはできますけれども、現実が大きく構造的に変わるときに
は、理論というのは役に立たないです。今のマクロ経済学というのは、まさにそうなって
いるんじゃないかというふうに私は思っているわけです。
私は理論経済学者じゃありませんから、新しい経済理論をつくるわけにはいきませんけ
れども、しかし、そういう動きがいろんなところで起こっていますね。恐らく日本でノー
ベル経済学賞をとるとすれば、1人ぐらいしかいないと思いますが、まず最初にとるのは
青木昌彦さんというスタンフォードの先生で、今、通産省の研究所の所長をやっておられ
ますね。この人は比較制度分析というのをやっていまして、むしろ重要なのは制度だと。
ちょっと難しくなりますけれども、制度というのはゲームの均衡だというようなことを言
って、ゲームの理論を使って比較制度分析をやっておられる方ですね。これは明らかに従
来のマクロモデルとか、新古典派モデルから出ておられる方ですね。
もう1人そういうことをやっているので、いろんな人がやっているんでしょうが、私が
知っている人は、この間ノーベル経済学賞をとったジョセフ・スティグリッツという人で
すけれども、これは明らかに今の金融理論が間違っていると彼は言っているわけですね。
問題なのは信用だと。銀行が貸し出しするかどうかだと。だから、銀行が貸し出しするか
どうかということに焦点を絞らないと、マネーが増えたとか減ったとかいって議論しても
だめだと。今の日本なんかはその典型ですけれども、金融を幾ら緩和しても銀行貸し出し
が増えないわけですよ。銀行貸し出しは 1995 年から減り続けているわけです。少なくと
4
もこのところずうっと金融緩和しているわけですよ。それでも銀行貸し出しが増えない。
そうすると、スティグリッツさんみたいな人は、やっぱり貸し出しに焦点を当てなきゃだ
めだろうと。マネーが幾ら増えたとか、減ったとかいっても意味がないだろうというよう
なことを言い出して、新しい理論を展開しています。
いずれ本が出るようです。私の昔の後輩の内藤君という、今、財務省から名古屋大学に
出向している人が翻訳を終えて、もうあと二、三カ月で出ると思いますけれども、少なく
とも理論経済学の第一線ではもう新しい展開が起きているんですね。新たな壮大な理論は
まだできていません。いろんなところで新しい試みが、本当に最先端にいる人によってな
されている。
私もしょっちゅうテレビに出ますから、そういうことを言うと自分にあれするようです
けれども、テレビに出るような人は最先端の話はわかっていないですよね。大体余り勉強
していない人がテレビに出るんだと思って間違いない。私もそうかもしれませんけれども。
ですから、60 年代とか 70 年代に確立した議論で経済を切ってみるとこうなりますよとい
う議論が非常に多いですね。ですけれども、明らかに現実は変わっております。中国とか
インドが再び経済に入ってくれば、これは大きく変わるのが当たり前なんですよね。こう
いうときは理論から何か物事を言うということよりも、機能的な分析、演繹的な分析じゃ
なくて、むしろ現実の体験から物事を切るという方向に行かないといけないわけですね。
だから、
現実を知らない人、竹中さんのことを僕はペーパードライバーと言うけれども、
やっぱりみんなペーパードライバーになっちゃいます。ペーパードライバーじゃ困るんで
すね。まずどういう道路の状況になっているか。道路の状況は大きく変わっちゃったわけ
ですから、それを知らないと運転できないわけです。ですから、そういう意味でもう1度
現実を見てみよう。恐らく現実を一番知っているのは、実際に事業をやっておられる経営
者ですよね。あるいは、実際にファイナンスならファイナンスをしている人たち。そうい
う物の中から何か抽出できないか、新しい経済が出てこないか。そういうことを考えてい
かなければいけないんだろうと思いますね。
それを非常に簡単に切っちゃうものですから、特にエコノミストと言われる人たちの罪
は僕は重いと思うんですね。自分の学んだ古い経済学ですよ。僕の学んだのも古い経済学
ですけれども、1960 年代からずっとあった経済学で、それで経済を切ろうとするんだけれ
ども、要するに切れないんですね。これはケインズが言ったことですが、経済学者が5人
いると6つ意見があるみたいな話がありますが、みんな違うことを言いますよね。ですか
ら、そこら辺のことをもう1度じっくり考えてみる必要があるんじゃないかなと。
現実を見てみると、これはもう明らかに世界的なデフレが起こっているわけですね。日
本だけだったら日本の政策は失敗したと言えるわけですよ。ところが、そうじゃなくて、
スティーブン・ローチというような人に言わせると、アメリカのデフレの局面に入ったと
言っているのね。アメリカはまだ2%強で物価が上がっているんですね。これはさっき言
いましたように、製品の価格は下がっていますけれども、サービス価格の上昇が3%以上
5
ですから。だけれども、そのサービス価格がいよいよ下がり出したとスティーブン・ロー
チは言っているのね。それはさっき言ったように、バックオフィスオペレーションとか、
コールセンターオペレーションとか、コンピューター化できるようなサービスがコンピュ
ーター化されて、しかもアウトソースされている。
例えば、日本でいうと新生銀行がそれをやっていますよね。八城さんがやっぱり新生銀
行のシステムをつくるときに、インド人のCIO(チーフ・インフォメーション・オフィ
サー)を雇ってきて、五、六人インド人を連れてきて、彼らにプログラムをつくらせて、
そのプログラムをアイ・フレックスというインドの金融ソフト専門の会社があるんですけ
れども、そこにアウトソースしてシステムをつくりましたね。八城さんに言わせると、新
生銀行のシステムにかかったコストは、ほかの銀行の 10 分の1だと言っているんですけ
れども、10 分の1かどうかは知りませんけれども、相当コストを切り詰めたはずですね。
本当は今問題になっているような銀行はそれをやるべきなんですよね。システムを大き
く変えてアウトソースして、コストを安くすることは今可能なんですよね。しかも、いろ
んな既存のプログラムを使う、あるいはウェブを使うとかいうことでそれが可能になって
きていますね。日本はまだ余りそれをやっていないですよね。ですから、それをやり始め
るとまた物価が下がるわけですよ。そういうことが実はアメリカで広範に起こっています
よということをスティーブン・ローチなんかが言い始めていますね。金融機関だけじゃな
くて、製造業なんかもそれをやり始めているということなんですね。そういうことでどう
コストを切っていくかということを皆さん考えざるを得なくなったし、考え始めていると
いうことですね。
ですから、むしろ来年の経済を考えたときに、少なくともドイツとか、日本とか、アメ
リカとかは、デフレ現象が起こってくる可能性がある。中国なんですけれども、中国は本
来はポテンシャルな需要があるじゃないかという議論はあるんですね。私もこの間、北京
に1カ月ぐらい前に行って人民銀行の人たちと話してきたんですけれども、人民銀行の総
裁なんかは、榊原さん、やっぱり中国はすべての分野で供給過剰だというわけですね。も
ちろん中国にはポテンシャルな需要はあります。ポテンシャルな需要は農村にあります。
ですから、中国の今の政策は農村に有効需要をつけることなんだ。だけれども、これはそ
う簡単じゃありませんと。今の農民は非常に貧しい。10 億。今の農民が何で生活している
かというと出稼ぎなんですね。1億 5000 万の農民がそばの都市の工場に出てきているわ
けです。その人たちの仕送りで農村がもっているという世界なんですね。
ですから、中国の工場に行かれた方はわかるでしょうけれども、あるいはテレビなんか
でもこのごろよくやっていますけれども、若い女の子がわあっとたくさんいて、あれはみ
んな農村から出てきているわけですね。寮に入って、それで3年ぐらいやって、嫁入り資
金を稼いで、その間にも仕送りをして、それで帰る。それが順番に出てくるという形に今
中国はなっているわけですね。ですから、生産だけがどんどん沿海州で出てきている。外
資が入ってくる、合弁でやる、テクノロジーはある。それから労働力はある。少なくとも
6
トレーニングすれば一生懸命働くわけですから、非常に優秀な労働力ですよね。トレーニ
ングすれば、トレーニングできるだけのポテンシャルな能力を持っている。そういうとこ
ろですから労働力があります。
もちろん資本も外資を中心に入ってきていますということですから、生産はどんどんど
んどん伸びている。しかし、ポテンシャルな国内需要というのは、上海なんかで明らかに
出てきています、北京でも出てきています。中産階級というのは少しずつ出てきています
けれども、これは生産の上昇率に比べたら全然小さいわけですね。ですから、農村のある
意味での工業化、あるいは農村地帯の周辺の都市化、そういうことが進まない限りはポテ
ンシャルな需要はなかなか出てこないというのが今中国の現状ですよね。だから、今、西
部開発とか、今の後進地域の開発とかいうことが中国の政策の柱になっていますけれども、
これはなかなか難しいですよね。
よく言うんですけれども、中国というのは今完全な分権国家ですよね。経済的には完全
な分権国家ですよね。これは特区制度でやったんですけれども、日本でも今特区という話
が出ていますけれども、特区で完全に上海は上海でインディペンデントですよね。それか
らシンセン、香港、珠江デルタもそれなりにインディペンデントですね。大連を中心とす
る華北、これもインディペンデントですね。北京が支配しているという状況では全くない
ですよね。それぞれの省、あるいはそれぞれの市、そういうところが極めて独立的にいろ
んなものを運営しているということですから、明らかに中国の経済成長というのは分権的
なシステムの中でできていったわけですね。
ところが、農村に需要をつけるとか、貧困層にということになると、これは要するにあ
る意味での分配政策ですから、中央が強くなきゃ分配政策ってできないんですよね。日本
は高度成長以降やったんですよ。非常に中央の政治が強くて、
地方にお米の補助金だとか、
公共事業だとか、そういうことで実は分配をしたんですけれども、中国はそれをそう簡単
にできないですね。今度の政権交代になっても、そうそう簡単にはできないです。という
のは、成長力というのは分権した中から出てきているわけですから、それを潰すわけには
いかない。成長がとまった途端に中国はおかしくなりますから、それは止められない。そ
れを止めないで今度は分配しなきゃいけないという非常に難しい課題に中国は今直面して
いるわけですね。
ですけれども、いずれにせよ、中国の生産過剰というのは、これはしばらく止まらない
ですね。ですから、当然のことながら、それは輸出に向いてくるということですよね。外
資がどんどん入ってきますし、中国は外資を歓迎しなければ、あの経済がもたないですか
ら、中国経済の生命線は外資ですから。ですから、外資が入ってきて膨大な生産力を持つ
ようになる。インドだって似たようなことですね。インドというのはやっぱり 10 億国民
がいますけれども、8億は貧困層ですから。ですから、1億ちょっと中間層がいるという
ような世界ですね。
ですから、そういう膨大な人口を抱えた国が、少なくとも製造業あるいは情報産業のフ
7
ロンティアに躍り出てきたということなんですね。この事実の重さというのを考えなきゃ
いけませんよと。そういうふうに考えてきたときに、実は日本人が気がつかなきゃいけな
いのは、日本というのは非常に閉鎖的な国なんです。製造業が世界的に伸びていったこと
によってグローバル化したような幻想を持っていますけれども、こんな閉鎖的な国はない
ですね。ですから、それを今後どうしていくんだという問題が非常に大きいんですね。い
や応なくグローバリゼーションの波は日本に来ているわけです。グローバリゼーションと
いうとすぐアメリカとお考えになるかと思うんですけれども、そうじゃなくて、グローバ
リゼーションというのは中国だと思っていただいた方がいいです。
ですから、中国のインパクトというのは避け得ることができないんですね。鎖国すれば
別ですよ。だけれども、鎖国したら日本の輸出関連大企業はやっていけないですよ。とな
ってくると、日本のシステムそのものをグローバライズするしかないわけですよね。ある
いは中国を受け入れるしかないわけです。それがみんなわかってきたんです。だから三洋
がハイアールと組むんですよ。だから松下がTCLと組むんです。だから新日鐵が宝山と
組むわけです。そういう状況になってきたということなんですね。
日本というのは今までは非常にハッピーな状態で、10%の輸出関連製造業です。これは
雇用で言うと日本経済の 10%しかないですね。それが大きく伸びて、世界的な競争力をつ
けるというプロセスがあって、それで経済全体を引っ張るわけですね。そういう企業が地
方に工場をオープンする。あるいは工場をオープンして、そこに中堅中小企業のネットワ
ーク、クラスターをつくる。そのことによって全国が産業的にも発展していくという話な
んですね。
ところが、今問題なのは、そういうところは地方の工場は閉め始めているんですよ。今
やっぱり不況で、非常に特徴的なのは地方が疲弊していることですよね。東京でサラリー
マンをやっていますと、余り不況という感じは受けないですよね。大学の教師なんかをや
っているとますます受けないですけれども。ですけれども、地方が疲弊しているわけです
ね。ある意味では、地方に工場を持ち、それで地方を活性化させたそういう企業が日本か
ら出ていっているという話なんですね。
それじゃ、アメリカだってそういうプロセスがあったじゃないかというんですけれども、
アメリカはそのプロセスの中で必ずしも空洞化しなかったんですね。何で空洞化しなかっ
たかというと、1つ1つの企業を見ればよくわかります。例えばジェネラル・エレクトリ
ック(GE)という会社を見れば、GEというのはもともと家電の会社ですよね、冷蔵庫
をつくり、洗濯機をつくっていた会社ですね。そのGEの家電部門というのは今非常に小
さいと思います。今何をやっているかというと金融をやっていますよね。エジソンなんて
いうのはあれはGEの会社です。それから医療機器をやっていますよね。最先端の医療機
器というのはGEがつくっているのが非常に多いです。医療機器と同時に医療サービスを
やっているわけですね。いろんなところで病院経営に入ったり、医療サービスに入ったり
している。だから、家電のGEが大きくサービス産業に入っているわけです。
8
GMも同じですよ。GMも相変わらず自動車はつくっていますよ。しかし、GMACと
いう金融をやるところがあって、恐らくGMの中の自動車生産の比率というのは非常に小
さくなっています。だから、恐らくトヨタだって、10 年たったら自動車生産の比率が半分
以下になるはずなんですよ。半分以下にならなきゃ、あの会社は滅びますよ。だから、当
然今のトヨタはどこに進出しようかということを考えているわけです。そのうち銀行を買
うかもしれませんしね。それはどうか知りませんけれども、少なくともそういうことを考
えているはずです。あるいは医療分野に入っていこうということを考えているはず。
ところが、今の日本は、金融は基本的に自由化されましたけれども、サービス産業は今
自由化されていませんから、そういうところに入っていけないんですね。GEと同じよう
に、医療サービスにトヨタなり、ソニーが入っていけるかというと入れないですよ。今の
医療サービスというのは社会主義で、株式会社は入れませんから。そういうことで、日本
の場合には大きく製造業が引っ張ってきたけれども、その後のサービス化がおくれている
わけですね。だから、そういう問題が実は起こっていますよと。
日本の不況の最大の原因は何かということで、マクロ経済学者はいろんなことを言いま
すね。バブルの処理を間違ったんだ、三重野さんが悪いんだとか、大蔵省が悪いんだとか、
金融監督が悪かったんだとか、あるいは財政政策の打ち方が遅れたんだとかいうんですけ
れども、それは全部マクロから物を見ているんですね。ですけれども、僕は財務省、大蔵
省にいましたから、若干バイアスがあると思って聞いていただいても結構ですけれども、
個別の財政政策、金融政策が間違った部分はあるんですけれども、大きく間違ったとは言
えないと思うんですね。少なくとも今ゼロ金利なんです。だから、徹底的な金融緩和をや
っているわけです。この 10 年間、膨大な財政資金をつぎ込んでいるんですね。これは遅
れたという批判はあるかもしれないけれども、財政政策も打っている、金融政策も打って
いるんです。アメリカに言わせると、ツーリトル・ツーレイトだというけれども、全部足
すとツーリトルじゃないんですよ。大変なことになっているわけですね。
それでもなぜ日本経済がよくならなかったかというと、それはどこの日銀総裁が悪いん
だという話じゃないんですよね。非常に単純に言うと、収益の上がる事業機会がなくなっ
たということなんです。リターン・オブ・エクイティーといいますけれども、自己資本収
益率というのは 90 年代に入ってゼロに近いんです。80 年代は5%から 10%ぐらいあった
わけです。それから生産性もほとんど伸びていない。つまり、単純に言えば儲かる商売が
なくなったということです。今までの商売はもうからなくなった、あるいは輸出関連産業
なんかでいうと、日本で投資しても儲からないという話。海外で投資しなきゃもうからな
いという話ですね。設けるためには中国に行かなきゃいけない。
じゃ、そのかわり何か儲かる商売があるかというと、ない。それはポテンシャルにはあ
るんですよ。例えば株式会社が農業に入っていけば、これは相当儲かると思いますよ。株
式会社が生産から流通から販売まで全部できるというようなことで、加工食品業まで入っ
ていくというようなことだったら、これは相当ポテンシャルが多くなる。医療サービスだ
9
って儲かりますよ。介護だって民間ができれば儲かりますよ。ポテンシャルに儲かるとこ
ろは山ほどあると思います。建設だって 60 万もある会社が整理されて、自由にあそこで
テクノロジーを使って事業を展開できるとすれば、これは儲けるチャンスがあります。
しかし、そういうものは規制されている。そういうところに入っていけない。今まで儲
かってきたところは、少なくとも国内で投資しても儲からない。そういう状況になってい
るんですね。それが不況の原因なんです。例えば銀行貸し出しなんかから見ても、95 年か
ら銀行貸し出しは減っているんですよ。95 年、96 年に不良債権問題はこんな大きな問題
に少なくとも意識されてないんです。だから、95 年、96 年、97 年は不良債権問題で貸し
出しが減ったとは言えないです。少なくとも 97 年の危機になるまでは。ところが、95 年
から減っているわけです。なぜ減っているかというと、前向きに儲かる商売がなくなった
から、銀行だって必死になって優良中小企業に貸し出したわけです。ところが、いい貸し
出し先がないわけです。それがやっぱり日本経済の問題なんだ。
よくこういう議論をすると幾つかの反論はあるんですよね。これは先ほどにちょっと戻
りますけれども、1つはマクロ経済学者からの反論で、榊原さん、インフレというのは貨
幣的な現象ですから、貨幣をばらまきゃ、必ずどこかにお金は行くはずですと。日銀の政
策でできないなら、ヘリコプターマネーといいますけれども、
財政でやればいいんですね。
財政でみんなに地方振興券でも何でもいいからお金をばらまきゃ、どこかに使えますよと。
だから、必ず金融政策を緩めればインフレになるんですよと言いますね。ですけれども、
これはやっぱり一種のトートロジーですよね。
間違ってはいないんですよ。ですけれども、
今のマクロ経済学というのは、実はストックの分析とフローの分析ががちゃがちゃになっ
ちゃっているんです。金をばらまけばどこかに使えますよ。
今だって使っているんですよ。今、どんどんどんどん日銀が金融緩和していますでしょ
う。お金がどこに行っているんだといったら国債市場に行っているわけです。今日本で、
この2年間ぐらいでどんどんどんどん価格が上がった商品というのは唯一国債なんですよ。
価格という概念で議論しないから皆さん気がつかないだけで、金利が下がっているわけで
す。国債の金利が下がるというのは国債の価格が上がるということです。今どんどんどん
どん価格が上がっているのは国債なんです。つまり、お金が国債市場に行っているわけで
す。銀行の国債の保有高というのはこの2年ぐらいで倍になっているはず。そこにお金が
行っている。
99 年から 2000 年にアメリカがやっぱり金融緩和をずっとしたわけですね。グリーンス
パンが根拠なき熱狂だと言ったときのダウが 6600 ぐらいですから、その後もずうっと金
融緩和を続けた。そのお金がどこに行ったというと株式市場に行ったんです。だから、株
式バブルになったわけです。ですから、供給が限られているようなもののところに行くわ
けですね。中国でがんがんがんがんつくられるようなものは、これはどういったって価格
が下がらないわけですよ。
ところが、供給が比較的限られているようなもの、例えば土地なんかはそうですね。だ
10
から、簡単に土地バブルというのはつくれるわけですよね。お金が土地に回れば、それは
不動産価格が上がるわけです。株式に回れば株式価格が上がる。それから国債に回れば国
債の価格が上がる。だから、どちらかというとストックで、供給が必ずしも一定じゃない
ですね。国債や何かは新規発行というのがありますから、株だって新規上場がありますか
ら。しかし、相対的にどんどんどんどん生産できないようなもの。これは比較的ストック
なんですね。そういうところにお金は行きますよと。
よく、榊原、不動産価格が上がれば、株が上がれば、日本の問題はみんな解決するんだ
と言う人がいるんですよ。これは絶対違います。理論的には、株というのは将来の企業の
収益を反映して価格が決まるんですよ。将来収益も上がらないのに株価が上がるというの
は、これはバブルというんですよ。どこかで崩壊します。まさにアメリカの株式バブルが
そうだったでしょう。そのときは収益は上がるとみんな言っていたわけです。ニューエコ
ノミーだと、IT革命だと。もう倍々ゲームで、ああいうところの収益は増えていくんだ
と言ったわけですよね。マイクロソフトもインテルも、あるいはシスコも。ところが、あ
けてみたらそうじゃなかった、収益はそんなに増えませんよと。それで株価がだーんと下
がったわけですね。
不動産だって同じことです。その不動産を買って商売をやって収益が上がらなければ、
そんなものを買う人はいないわけです。だから、収益構造にバックアップされないような
資産価格の上昇というのはバブルなんですよ。かつてのように資産価格がずうっと上がる
んだという幻想があれば別ですよ。かつては資産価格というのは、インフレの時代ですか
らずっと上がったんですよ。ですから、当然フローで上がりますから、財の価格とかサー
ビス価格が上がりますから、それはストックの価格も上がる。だけれども、もうキャピタ
ルゲインの時代は終わっているんですよね。私が言うように、フローのところでデフレの
時代に入っていれば、
個別価格は上がるかもしれないですね、
個別の株はもちろん上がる。
全体として株価がどんどん上がるという時代は終わったわけですよ。全体として不動産価
格が上がるという時代も終わったわけです。
じゃ、
今自民党の人が何を言っているかというと、
金をつぎ込んで土地の価格を上げろ、
株の価格を上げろと言っているわけですね。バブルをつくれということじゃないですか。
バブルをつくるということは一番ヤバイんですね。どこかで崩壊しますから、崩壊すると
きに、どーんと不動産価格なり、株価が下がる。それとフローのデフレが重なるところは
恐慌になりますよね。1930 年代の恐慌というのは、1920 年代のバブルの反映なんです。
ですから、僕は、小泉さんの政策も間違っているけれども、自民党の言っているのはおか
しいと。バブルをつくれというようなことを言ったってしようがないじゃないかという話
なんですね。
やっぱり過去のマクロ政策の失敗、マクロ政策は別に失敗していないよと言いましたけ
れども、その失敗があったとすれば何かといえば、要するにいろんな問題を先延ばしした
わけです。当面株価を支えるとか、当面財政を打って何とかする。だけれども、問題は、
11
企業の収益のところを直さなきゃどうにもならないわけですよね。それは構造問題なんで
すよ。企業がもうかるような環境がなければ、マクロで何をやったって、それは一時的カ
ンフル剤にしかならないわけです。ケインズは確かに財政政策と言いましたよ。だけれど
も、財政政策をなぜやれということをケインズが言ったかというと、これは呼び水効果だ
と言った。財政で支えているうちに消費なり投資が出てくる。呼び水効果としてやれと言
っているわけです。
リチャード・クーが言っているように、財政で未来永劫経済を支えることなんかできな
いです。今民間が落ちているんだから、財政が出なきゃいけない。これは非常に単純なマ
クロ経済分析ですよね。だけれども、ずうっと財政が出るということは、これはできない
わけです。一時的に出ることはできますよ、2年、3年出ることはできますよ。今ずうっ
と 10 年出続けているわけですよ。それでもよくならない。なぜよくならないかというと、
民間がよくならないからよくならないわけです。政治家も役人もそこのところをずうっと
間違ってきたわけですよ。
不良債権処理を先送りしたというふうに言われていますけれども、確かにかつての大蔵
省は先送りしたんです。何で先送りしたかというと、サボっていたということでは必ずし
もない、銀行局は一生懸命やっていたんです。しかし、彼らはいずれ不動産価格が上がる
だろうと思ったわけですよ。93 年、94 年、95 年ぐらいですよね。榊原、土地の価格は4
年下がった、5年下がったんだ。どこかで反転するはずだと。反転させるまでもたせれば
いいんだと言ったんですね。それまで何とかしのげば不良債権問題は終わるということを、
6年前、7年前に銀行局の連中は思ったわけです。銀行もそう思ったんです、政治家もそ
う思ったんです、マスコミもそう思ったんです。ところが、ずうっと下がり続けているわ
けです。ですから、これは明らかに構造的な変化なんです。
そこのところを意識しなきゃすべて間違えますよという、政策を間違える、経営も間違
える。あのときやっぱり住宅ローンを借りた個人はひどい目に遭っているわけですね。で
すから、デフレの時代というのは余り借金をしちゃいけないんです。だから、これは非常
に大きな問題ですよね。要するに、例えば不良債権問題というのを1つとっても、一般的
な議論は、あれはバブルのときにできたんだと。あるいはバブルの処理を間違えたからで
きたんだというんですけれども、そうじゃないですよね。例えば銀行の人に聞くと、バブ
ルのときの処理というのはほとんど終わっていますよと。
むしろ、今の不良債権問題というのは何かというと過剰債務問題なんです。日本の企業
が非常に多くの債務を抱えているわけです。これは特定大企業だけじゃないですよ、木村
何とかリストで 52 とか何とか言っていますけれども、そうじゃなくて、むしろキャッシ
ュフローと債務の比率で、債務が非常に多いのは中小企業なんです。キャッシュフローと
の比率で見ると、大企業は債務が比較的少ないです。ですから、中小企業、中堅企業を初
め日本の企業の多くが過大な債務を抱えています。
これはインフレの時代はいいんですよ。例えば 70 年代、80 年代、4∼5%のインフレ
12
があったわけです。4∼5%のインフレがあるということは、20 年たつと借金はチャラに
なるということなんです。そうですね。だから、相当な借金をしていても、そこそこちゃ
んとキャッシュフローが入ってくる仕組みになっていれば、借金はいずれチャラになるん
です。そういう時代に銀行がどんどん預金をとって貸し出して、企業は借りて設備投資を
して、それで地価も上がる。そういうプロセスの中で日本は高度成長してきたんです。こ
れは過去 40 年、50 年の仕組みなんですよ。
だから、今不良債権問題、過剰債務問題を解決しようというのは、過去 40 年、50 年の
仕組みを変えようと言っているんですよ。これはすごい革命なんですよ。何かちょっと公
的資金を入れれば、それでいいというものじゃないですよ。どこかの銀行とどこかの銀行
が合併すればそれで終わるというような、そんな話じゃないんです。日本の企業の相当部
分が抱えている過剰債務をどうするんですかという話。これは非常に大きな問題なんです。
もちろん政策的にインフレにできるんなら、こんないいことはないんですよ。小沢先生を
初め政治家は割に楽観的ですから、そうすればすべて解決する。これは間違いないんです
よ。解決するんですけれども、そうなりませんよと僕は言っているわけです。
無理にそうしようとすると、バブルになりますよということなんですね。20 年バブルだ
って、しばらくもてばいいですよ。だけれども、恐らくそんなものは1年か2年で崩れる
バブルですから、そんなことをしたらもっとひどい目に遭いますよということなんですね。
ですから、そこのところの現実をちゃんと見なきゃいけませんよ。やっぱり壮大なシステ
ムチェンジなんですね。韓国である程度やりましたよね。債務比率が 500%ぐらいのを2
年間で 250%までにする。あれはちょっとめちゃくちゃですけれども、そういうことをや
ったりする。だけれども、基本的には過剰債務の問題なんです。
過剰債務を抱えているとき、普通歴史的にどうやってきたかというと、室町時代とか江
戸時代とかいうのは幾つかありまして、1つは徳政令ですよね、借金棒引きというやつで
す。実は不良債権処理というのは徳政令なんですよね。債権放棄なんて格好いいことを言
っているけれども、銀行が貸したものをまけてやるという話ですね。それから、会社更生
法とか産業再生法とか言っていますけれども、あれも要するに、会社がつぶれれば借金棒
引きということですよね。だから、ある意味では、不良債権処理というのは現代の徳政令
なんですよ。会社をつぶすにしても、再生するにしても、あるいは債権放棄するにしても。
徳政令の対象に個人がならないから不公平だよというだけで、僕は本当に徳政令をやる
なら住宅ローンもまけてやらなきゃだめよと言っているんですけれどもね。本当にそうな
んですよ。どうして大企業だけ棒引きしてくれるのという話で、中小企業が怒るのは当た
り前ですよね。おれのところだって同じだと。個人だってそうですよね。あの時期に住宅
ローンして抱えている人は大変ですよね。ですから、ある種の徳政令をどうやってやるか
ということの世界なんですね。実は今の不良債権処理は非常に難しい問題ですよ。
それからもう1つは、そういうときに江戸時代や何かにやってきたのは貨幣の改鋳です
よね。これはヘリコプターマネーなんですね。だから、貨幣改鋳みたいなことをしてもい
13
いんですよ。僕はあるところで、政府紙幣を発行しろというようなことを言ったんですけ
れどもね。政府紙幣の発行というか、日銀券の発行というのは借金になりませんから、借
金にならない形でヘリコプターマネーを使って、それで徳政令をやる。実は今の不良債権
問題というのは、そういうことだと理解しなきゃいけないですね。
それじゃ、どうして国民が銀行に対する公的資金の投入に反対するかというと、それは
不公平だからですよ。大企業だけ救うという話だからです。中小企業も個人もどうするん
だという話を考えなきゃいけないです。そうでしょう。だけれども、徳政令があることは
間違いないです。つまり、過去の過大な借金を背負ったままじゃ日本経済はどうにもなら
ないです。そこのところをどうするかという非常に大きな問題で、そこのところをまだ余
り意識されていない。産業再生法みたいなものをつくって、産業再生機構をつくってやろ
うと言っているんですけれども、あれも非常に難しいですよね。政治が下手に介入すると
政治に強い企業だけ残るみたいな話になっちゃって、あれは政治関連企業再生機構じゃな
いかというような話になりかねないですよね。ですから、非常に難しいことになっている
と思いますけれども、そういう非常に大きなオペレーションだという意識が必要じゃない
かなという気がするんですね。
さらに言えば、やっぱり政治システムを含めて、高度成長期からできたシステム、ある
いはもっと言えば、1930 年代、40 年代ぐらいからできたシステム、そういうシステムを
大きく変えなきゃいけない時期に入ってきているということだと思うんですね。もっと大
きな話で言えば、20 世紀型の世界経済の枠組みが変わりつつあるということなんですね。
そういうところですよという意識を持たなきゃいけない。
これは小沢先生の前でそういうことを言うのはあれですが、民主党というのも本当の意
味でもっとラジカルにならなきゃいけないですね。大体おとなし過ぎると。私の言ってい
るのは共産的ラジカリズムじゃないですよ。だけれども、もうがらがらぽんしろというこ
とを徹底的に言うべきなんですね。がらがらぽんするときに痛みが少なくなるような方法
というのを提案すべきなんですね。
もう今までのシステムはもたないんです。今までの戦後的なインフレのシステムで一番
成功したのが恐らく日本なんですよね。日本というのは、第2次世界大戦で大変な失敗を
しますけれども、アジアの中で唯一先進国になるわけでしょう。戦後の高度成長というの
は奇跡ですよね。1人当たりGDPでは、少なくとも数字的にはアメリカを抜いたんです
よ。今でも1人当たりGDPでヨーロッパの国と大差があるんです。だから、高度成長の
プロセスから 30∼40 年の間に日本は奇跡を成し遂げて、恐らく世界で一番平等で、一番
豊かな国をつくったわけです。つまり、過去のそういうインフレ型のシステムの中で大成
功した国なんです。だからこそ今一番ひどい目に遭っているわけです。
僕は、アメリカのエコノミストとかアメリカの連中が来ると言うことは、おれたちはお
まえたちの1周から2周前を走っているんだよと。アメリカもどうせ日本と同じことにな
るよと言っているんですよ。日本が政策で失敗したとか何だとか言っていますけれども、
14
そうじゃないよと。これは大きな構造変化だよと。製造業や何かでは我々はあなた方の先々
を走っていたんだと。なものだから、逆にデフレの時代でも先に走ることになる。たまた
ま中国という国が隣だということもありました。そういうこともありますけれども、そう
いう大きな時代なんだと。
だから、
そういう大きなシステム改変というのをやらなきゃいけないんですね。
通常は、
こういうシステムの変更というのは、なかなか政策的にはできないですね。歴史的には、
こういうときには大体恐慌になるか戦争になっているんです。ですけれども、なかなかそ
ういうわけにもいかないですし、戦争はなかなかできないですし、恐慌になるだろうとい
うのもちょっとひどい話ですから。そうすると政策的にやっていくことが必要なんですが、
非常に難しいですよね。大きなシステムの改革を政策的にやっていく。だけれども、そう
いうプロセスにあるんだということと、個別のあれでいっても、やっぱりある種の革命を
やらないと、企業も個人も今のままのパターンではやっていけないよということを意識す
る必要が恐らくあるんだと思いますね。
そういう意味では、
非常に難しい時代ですけれども、非常におもしろい時代なんですね。
やっぱり新しいパラダイムというか、新しいモデルをつくって、それを実験するという時
代に入っているんだと思うんですね。先ほど言いましたように、すべてを包括するような
理論というのはありませんから、経済理論でも、もう既存の理論は腐っちゃっていますか
ら。新しい試みはいろんなところにありますけれども、まだ部分的な試みですから、そう
なってくるともう自分で考えざるを得ないですよね。失敗したら退却するという非常にフ
レキシブルなやり方をとらざるを得ない。
そこでやっぱり問題なのは、日本というのは失敗が許されない社会だということですよ
ね。アメリカなんかが比較的強いのは失敗が許される社会だからですよね。よく言われま
すけれども、シリコンバレーや何かへ行くと特にそうですけれども、会社を倒産させたと
いうのは勲章だというふうに言われますよね。ベンチャーなんかを選ぶときに、むしろ倒
産をした方のオーナーを選ぶということをする。1度やっていると非常に物がわかってい
るからというようなことでね。
日本の場合にはそうじゃないですよね。それはやっぱりこれは日本の金融の形を変えて
いかなきゃいけないと思うんですけれども、日本の金融の形がプロジェクトファイナンス
じゃないですよね。リコースローンですから、要するに会社にお金を貸すという話になっ
ちゃっているんですね。特定の会社の事業に貸すということになっていない。会社に貸す
という形になっていて、大企業の場合は別ですけれども、中堅中小企業の場合には事実上
オーナーとか個人が無限に保証するみたいな形になっちゃっているわけですよね。有限責
任になっていないですよね。そうすると、企業が倒産すると本当に悲劇になっちゃうわけ
ですよね。
本来、資本主義的株式会社というのは、倒産しても悲劇にならないはずなんですよ。株
の範囲内だけのはずなんですよね。それが株式会社なんですよね。金融の形が過去そうだ
15
ったからだめなんですけれども、だんだんだんだんそういう形に変えていかないと。だか
ら、これはアメリカ型に何でもすればいいというものじゃないですけれども、そういうふ
うに変えていかないと、これはなかなかうまくいかないですよね。ゴールがきちっと見え
ていて、何をやればということがわかっている時代、そういう時代に僕は入ってきたよう
な気がするわけですね。
ですから、これから小沢先生にもぜひ頑張っていただきたいと思うんですけれども、恐
らく海図のない航海に我々が入っているんだということと、それから、やっぱり世の中で
一番信用できない人たちの名前はエコノミストというんだと思っていただいた方がいいの
で、大体エコノミストなんて称する人の言うことを聞いたらほとんど間違えますよね。僕
はある意味では大変傲慢な男ですけれども、やっぱり知的謙虚さというのを持たなきゃい
けないと思うんですね。つまり、絶対正しい理論なんかあり得ないわけですよ。絶対正し
い物の見方とか、絶対正しい政策なんてあり得ないわけです。必ず間違う可能性があるわ
けです。間違ったらすぐ改めるというのは非常に大事なんですね。
ところが、特に大学にいる人たちとかエコノミストと称する人たちは、自分が間違った
って、自分が間違ったと言わないんですよ。予測をみんな間違っているんですよね。本当
にプロフェッショナルなら、予測を間違ったらおまえやめろと言いますよね。つまり、そ
の予測を信じてやってきた人は会社をつぶしているかもしれない。だけれども、みんな予
測を間違って平気な顔をしているわけでしょう。何か政策が悪いだとか言っているわけで
すよね。
やっぱり現実が非常に豊かなので、物の考え方とか経営方針とか、あるいは政策のあり
方とか、そういうものは状況によって変えなきゃいけないですよね。失敗から学ばなきゃ
いけないんですよね。そういうことが日本人は非常にないものだから、経済論争はすぐけ
んかになっちゃうんですよね。一方が 100%正しくて、一方が全く間違っているというこ
とは普通はあり得ないんですよね。一方が 60%ぐらい正しくて、他方が 40%ぐらい正し
いとか、両方とも間違っているとか、そういう世界なんですね。ところが、すぐ人格的な
けんかになっちゃうんですね。そうじゃないでしょうと。
いろんな形のエクスペリメントをしていって、それが成功するか、失敗するかだという
ことで、政策がくるくる変わること自体、僕はそんなにおかしなことじゃないと思うんで
すね。人間の原理原則は変わっちゃだめですよ。ですけれども、政策が変わるとか、経営
方針が時々ぽんぽんと変わるとかいうこと、これはしようがないですよね。状況が変わる
し、状況から学ぶわけですから。こういう時代というのは、新しい展開があればまた新し
く変わっていくという世界ですから、そういうエクスペリメントをしていかなきゃいけな
い時代に入ってきている。ですから、やっぱりそこで重要なのは、実務であり、マーケッ
トであり、情報でありということだと思うんですね。理論じゃないんですね。型にはまっ
た物の考え方じゃないんですよね。
『正論』というところの投稿で、産経新聞が審査をして幾つかの入選作を決めるという
16
ようなのがあって、僕は今日たまたまそれを読んできたんですけれども、平成というのは
どういう時代だみたいな非常に難しい題だったんですけれども、やっぱり読んでいると女
性の議論の方がいいんですね。なぜかというと、あの人たちは現場に沿った議論をするん
ですよね。男の人で変に本を読んでいたり、変に新聞を読んでいたりする人は全然だめで
すよ、空理空論ですよね。言っていることに全然重みがない。だから、やっぱり現場に足
をつけて、いや、私はこういうことは知らないけれども、私の知っている限りではこうだ
というようなことを言っているのが、言説としても非常に重みがありますよね。
そういう謙虚さを知識人が持たないということは非常に不幸なことだと。知識人と言論
人が日本は持っていないですよね。言論人も持っていないということは非常に不幸なこと
だと思いますけれども、やっぱり人間の知り得ることなんて少ないし、一番知っているの
は自分が持っている現場ですよね。それは広ければ広いほどいいんですけれども。そうい
うことを大事にするある種の現場主義みたいなものにもう1回日本人が帰らなければいけ
ない。
政治家も現場主義にできるだけ帰っていただいて、現場主義というのは別に選挙で票を
大事にしろということじゃないですから、政治の世界にいる人というのは、いろんなとこ
ろでやっぱり経営者なんかと話しているわけですから、役人とはまた違うパースペクティ
ブを持っているはずですよね。税の話なんかでも、やっぱり政治家の言う税の話というの
は主税局の人とは全然違うパースペクティブを持っているというケースがありますから、
そういう現場を持っているというのは政治家の強みだろうと思いますので、小沢先生と大
分意見の違うところもありましたけれども、かつての私の教え子でございまして、ぜひ小
沢先生のような方に頑張っていただきたいと思っておりますので、皆さんもよろしく応援
をしていただきたいと思います。
あと 15 分ぐらいありますので、大分過激なことも申し上げましたので、ご批判があっ
たりご質問があるかと思いますので、それにお答えしたいと思います。
どうもありがとうございました。
(拍手)
17