中堅・中小企業の事業承継とM&A 報告書

中堅・中小企業の事業承継とM&A
報告書
平成20年3月
財団法人
岐阜県産業経済振興センター
目次
第1章
2
はじめに
1
調査研究の背景
2
調査研究の目的
第2章
2−1
子息等親族内承継
2―2
従業員への事業承継
2−3
M&A(第三者への譲渡)
第3章
7
世代交代期の会社の承継方法
16
事業承継のためのM&A
3−1
企業評価
3−2
株主(売手企業の社長)の手取額
3―3
M&Aのメリット・デメリット
第4章
27
(1)
M&Aの具体的な手順
M&Aの相談窓口
(2)アドバイザーの選任
(3)アドバイザリー契約
(4)アドバイザーによる買い手企業探し
(5)売り手企業と買い手企業の商談
(6)基本合意書の締結
(7)買収監査
(8)最終契約
(9)M&Aの発表
(10)ポストM&A
第5章
32
M&Aの事例紹介
(1)M&Aによる事業承継の成功事例
事例1
(株)伊藤利一商店
事例2
(株)クリップコーポレーション
事例3
&
事例4
松井総合経営事務所
事例5
(株)NITTOH
A食品(株)
&
(株)千田悦三郎商店
&
&
&
(株)螢雪ゼミナール
藤山会計事務所
セブンハウス(株)
B冷菓(株)
(2)最終契約に至らなかった事例
(3)M&A後に問題が生じた事例
第6章
45
おわりに
-1-
第1章 はじめに
現在、中小企業は人口の高齢化に伴い「団塊世代の引退」と高度経済成長期に大量に創
業した「創業者世代の引退」という2つの世代交代の波が重なり合い、事業承継と技能承
継のいずれも重大な局面を迎えている。そこで、中小企業支援のため「創業者世代の交代」
という局面における事業承継の問題に着目し調査研究を行うものである。
1調査研究の背景
(1) 中小企業の社長の高齢化
中小企業の社長の高齢化が進んでいる。全法人企業の代表者の平均年齢は1985年に
53歳であったが、2004年には59歳と上昇している。資本金別にみると、資本金が
5,000万円以上の企業の代表者の平均年齢は、ほぼ横ばいで推移しているのに対して、
資本金5,000万円未満の企業の代表者の平均年齢は、全社長の平均年齢と同様に高齢
化している。つまり、中小企業の代表者の高齢化が我が国の企業全体の代表者の平均年齢
を押し上げている。(図表1)
資本金規模別の代表者の平均年齢の推移
64
62
全社長平均
1,000万円未満
5,000万円未満
1億円未満
5億円未満
10億円未満
10億円以上
60
58
56
54
52
50
48
1984
1989
1994
1999
2004
(図表1)中小企業白書2006年版
-2-
(2) 年間約7万社が後継者問題により廃業
我が国の開業率は、1970年代から1990年代半ばまで長期にわたり低下傾向にあ
ったが、近年、開業率はわずかであるが上昇に転じている。
それに反して、廃業率に関しては、近年は上昇傾向にあり、中でも2001年から20
04年の期間においては過去最高の水準となっている。この結果、廃業率が開業率を大き
く上回り、その差は1947年以降最大となっている。(図表2)
こうした開廃業の動向を実際の企業数ベースで見ると、開業企業数は1994年から1
996年に年平均14.3万社まで減少した後増加に転じ、2001年から2004年に
は年平均16.8万社となっている。一方、廃業企業数は同じ期間で年平均17.2万社
から29万社に増加しており、2001年から2004年をみるとその差は実に12.2
万社にのぼっている。この結果、1986年のピーク時には535.1万社を数えた我が
国企業数も、2004年では433.8万社にまで減少している。同じく1986年から
2004年の間に、中小企業数も532.7万社から432.6万社まで減少した。(図表
3)
このような近年の廃業率の上昇は、前述したように中小企業の社長の高齢化が、大きな
原因と考えられる。中小企業の社長の高齢化とともに企業数が減少するという事実は、円
滑な事業承継がなされていないと推測できる。
開廃業企業数
35
万 30
平均開業企業数
20
04
20
01
∼
20
01
19
99
∼
19
99
19
96
∼
19
96
19
91
∼
19
91
19
86
∼
19
86
19
81
∼
19
81
19
78
∼
19
75
∼
19
78
25
20
15
10
5
0
平均廃業企業数
(図表2)総務省「事業所・企業統計調査」
-3-
企業数
内中小企業数
企業数の推移
万
600
500
400
300
200
100
0
1981
1986
1991
1996
1999
2001
2004
(図表3)総務省「事業所・企業統計調査」
「中小企業白書2006年版」が、後継者がいないことを理由とする廃業企業数とそれ
によって失われる雇用者数を推定している。「承継アンケート」によると、現時点で「自分
の代で廃業したい」と回答した企業のうち、24.4%は「適切な後継者が見当たらない」
ことが第一の理由であると回答している。(図表4)この数値を前提とすれば、年間廃業社
数約29万社のうち、約7万社は「後継者がいない」ことを理由とする廃業であると推定
され、これだけの雇用が完全に喪失された場合を仮定すると、失われる従業員の雇用は毎
年約20万人∼35万人に上ると推定している。
自分の代で廃業を検討する理由(%)
7
27.9
経営状況が厳しい
市場の先行きが不透明
適切な後継者がいない
その他
24.4
40.7
(図表4)中小企業白書2006年版
-4-
(3) 先代経営者と後継者の関係の変化
先代経営者と後継者との関係が近年になって大きく変化している。20年以上前は、経
営者の子息・子女による事業承継が79.7%であったが、最近では41.6%にまで減
少している。
(図表5)これは親族内における後継者の確保が困難になっていることを表し
ている。
先代経営者との関係の変化(%)
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
子息・子女
その他親族
親族以外
20年以上前
10∼19年前
5∼9年前
0∼4年前
(図表5)中小企業白書2004年版
(4)岐阜県内の事業所数の推移
岐阜県内の事業所数の推移をみると、1996年には事業所数が11,459事業所あ
ったのが、2005年には8、087事業所と約30%減少している。(図表6)これは、
全国の傾向と一致しており、事業主の高齢化や円滑な事業承継が行われていないことが推
測される。
県内事業所数
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
20
05
20
04
20
03
20
02
20
01
20
00
19
99
19
98
19
97
19
96
0
(図表6)経済産業省「工業統計」
-5-
2
調査研究の目的
中小企業においては、高度経済成長期に大量に創業した「創業者世代の引退」という重
大な局面を迎えている。すなわち、社長の高齢化が毎年進展している。また近年は廃業率
が上昇しており、その内の多くが後継者問題による廃業と推定され、この廃業により多く
の従業員の雇用が失われている。また先代経営者との関係の変化を見ると近年は子息・子
女が事業承継する割合が大幅に減少しており後継者難を浮き彫りにしている。
岐阜県内の事業所数も平成8年から平成17年を比較すると約30%減少しており、全
国と同じ傾向となっている。
このような現状は、日本経済を支えている中小企業の技能が喪失して、日本経済に悪影
響を与えていると考えられ、今後もますます深刻化していくと思われる。
このような背景により、本調査研究は、世代交代期の中小企業の事業承継について円滑
な承継の方法の調査研究を行い、特に最近増加している中小企業の事業承継の手段として
の「M&A」について調査研究し、その事例を紹介し中小企業の円滑な事業承継に役立て
ることを目的とする。
-6-
第2章 世代交代期の会社の承継方法
世代交代期の会社の承継方法の主なものは、第一に子息等の親族へ承継する、第二に従
業員へ承継する、第三にM&A(第三者への譲渡)を行うという方法が考えられる。
2−1
子息等親族内承継
子息等の親族内の承継は、内外の関係者から心情的に受け入れられ易く、中小企業経営
者にとっては理想的な事業承継である。
親族内承継の問題点としては、人的承継である後継者育成問題と物的承継である相続問
題があると考えられる。後継者育成問題と相続問題の対策について検討を行う。
(1) 後継者育成問題
後継者育成のための対策として考えられることは次のとおりである。
① 経営者も後継者も覚悟を持つ
近年の後継者不足の原因の一つとして、経営者が子息に後継者になってほしいという明確
な意思表示がなされていないケースがあると考えられる。
やはり、子息を後継者とするならば、経営者は子息に明確な意思表示を行い、覚悟を持
って子息を後継者として育成しなければならない。それが後継者自身も経営者になるとい
う決断ができ、自ら育つ原動力となる。
② 自社の歴史を認知させる
自社の創立時からの年表を作り、後継者に自社の歴史を認知させる。その歴史が自社の
信用を築いてきたことを認知させ、後継者にその信用を引き継ぐということを自覚させる。
③ 経営理念を共有する
経営理念を共有することが重要である。経営者が後継者を直接指導することにより、い
ままで先代が、経営において大切にしてきた信念、理念を共有することができる。
④ 事業承継の時期を明確にする
後継者に経営を引き継ぐ時期を明確に示すことが重要である。これにより、後継者は事
業承継の時期に向けた準備や覚悟をすることができる。
⑤ 会社全体を理解させる
後継者に自社の現場も含めた各部門を経験させ、会社全体の仕組みを理解させる。それ
により、会社全体の仕組み、現場を理解した上での経営判断ができるようになる。
-7-
⑥ リーダーシップを発揮する機会を与える
自社の新しい取り組みの責任者を任せるなど、リーダーシップを発揮する機会を与える。
それにより、本人に自信を持たせることができ、また周囲からも認められ、後継者として
受け入れられ易くなる。
(2) 相続問題
事業承継における相続問題は、第一に遺産分割の問題として、自社株をいかにして円滑
に後継者に引き継がせるかという問題がある。すなわち会社の所有権の引き継ぎ問題であ
る。また第二に中小企業のオーナー経営者は、個人の財産のほとんどを会社に投入してい
る場合が多く、そのために自社株以外の個人財産はそれほど多くない場合が多い。その上
自社株の相続税評価額は優良企業になればなるほど高額になり、しかも売却や物納がむず
かしいので、相続税の納税資金が不足するという問題がある。
事業承継における相続問題について、中小企業の事業承継の円滑化のための対策を、近
年改正された制度をまじえて検討する。
①
遺産分割の問題
A.「議決権制限株式」
通常の株式、いわゆる普通株式に対して、権利内容の異なる株式を種類株式という。平
成13年の商法改正から平成18年の新会社法の施行により、会社はいろいろな権利を持
った種類株式を発行できるようになった。
議決権制限株式とは、株主総会での議決権が制限されている株式のことをいう。配当期
待権や残余財産分配請求権などの経済的価値を受け取る権利は、普通株式と変わらず付い
ているか、場合によっては優遇されているケースもある。
後継者である長男に父親である経営者は保有している株式の全てを譲りたいと考える。
会社を運営する以上、議決権を確保することは、安定的な経営に必要である。
一方、父親の相続財産に占める自社株式の金額的割合がかなり高い場合、自社株式の全
てを長男に譲ることは、ほかの子供達に父親として心の痛む思いがする。また、相続人間
に遺留分の減殺請求権(全相続人に保証された最低限の資産承継の権利で、法定相続分の
半分が原則)を残し、相続紛争を招きかねない。
ここで議決権制限株式を活用することができる。一般的には、経営上極めて重要な人事
に関する議決権(取締役の選任・解任権)を制限することが多い。
すなわち、長男に対しては、普通株式を付与し、ほかの子供達には普通株式を議決権制
限株式に変更して与える。人事権のみを与えずに財産的な価値である配当期待権や残余財
産分配請求権を付与するといった形で、うまく自社株式を子供達に移転することができる。
-8-
B.「取引相場のない株式等に係る相続時精算課税制度の特例」
平成19年度税制改正において、中小企業の事業承継対策の新手法として、「取引相場の
ない株式等に係る相続時精算課税制度の特例が新設された。
この制度は60歳以上の親が20歳以上の子に自社株を贈与した場合、3、000万円
を限度として非課税とできる制度である。この制度を利用して贈与した財産は、最終的に
は相続財産に取り込まれ、相続税を計算することとなるが、相続税の計算上、その財産は
贈与時点の価格で評価できるので、株価が今後上昇していく見込みの会社では、相続時精
算課税制度を利用することで、贈与時点の低い株価で相続税を計算することができる。
この特例を適用するためには、4年後に以下の要件を満たしていることが必要となる。
第一に贈与をうけた者が発行済み株式総数の50%超を所有していること、第二に議決権
の50%超を所有していること、第三に代表者として会社経営に従事していることである。
4年後にこれらの要件を満たしていないと、自社株贈与特例は取り消されるので注意が必
要である。
この制度を利用し後継者に自社株を生前に贈与すれば、円滑な自社株の承継に役立ち遺
産分割の問題解決の一つの方法と考えられる。
C.「遺言の作成」
自社株を後継者に優先的に相続させるために、遺言の作成が有効である。たとえば、自
社株と自社工場の敷地となっている経営者所有の土地を後継者に相続させ、その他資産を
後継者以外の相続人に相続させるという遺言書を作成するのである。
この場合、後継者以外の相続人の遺留分に注意しなければいけない。この遺留分とは相
続人の生活保障の観点から、一定範囲の相続人に一定額の相続財産を保証する制度であり、
この制約によって、いくら遺言書で決められたことでも後継者以外の相続人の請求によっ
て変更を余儀なくされる場合があるからである。
現在、この遺留分に特例の導入が検討されている。すなわち、オーナー経営者の生前に
自社株の相続の方法を確定する「事業承継契約スキーム」の創設を前提として、オーナー
の生前に当事者間で自社株の相続に関する合意がなされ、家庭裁判所が合意を許可した場
合は、相続人が個別に遺留分放棄の許可を家庭裁判所から受けなくても遺留分の請求を放
棄できるというものである。
D.「代償分割」
相続財産の大半が自社株の場合、それを後継者に相続させる方法として、代償分割を利
用する方法がある。後継者が相続財産の大半を取得するかわりに、自己の固有の財産を、
他の相続人に渡す方法である。代償交付する財産は、現金や不動産等資産の種類を問わな
い。
代償分割を行うためには、後継者が代償交付できる財産を所有していなければならない。
-9-
代償交付財産を準備する方法の一つとして、生命保険への加入が考えられる。経営者が契
約者(保険料負担者)および被保険者となり、保険金受取人を後継者にする方法と、後継
者が契約者および保険金受取人となり、経営者を被保険者とする方法がある
また、後継者が金融機関より代償交付する金額を借り入れする方法も考えられる。
②
納税資金の問題
A.「金庫株の活用(会社に株式を譲渡する)
」
金庫株制度とは自社の発行した自社株式を自社が買い取ることである。相続税の納税資
金とするため、相続により取得した自社株式を会社に買い取らせることも納税資金対策と
しては有効である。
平成16年の税制改正で相続税の納税義務者が、相続等により取得した自社株を金庫株
として発行法人に譲渡した場合は、以前はみなし配当課税として税率が高かったが、改正
により、通常の株式の譲渡と同様の税率による分離課税となり税率が低くなった。
また、平成18年に施行された新会社法では、臨時株主総会かつ原則として普通決議に
より、会社は一定の範囲内で自己株式を取得することができるようになり、相続時の自社
株の機動的な取得が可能となった。
この方法の留意点としては、他の株主の持ち株比率との関係で、金庫株により後継者の
持ち株比率の低下や会社の余裕資金や内部留保の減少に注意して実行することである。
B.「相続税納税資金を借り入れる」
後継者が納税資金を金融機関または会社から借り入れる方法も考えられる。この場合後
継者は役員報酬の手取額から借り入れ返済を行う。さらにこの借り入れにかかる金利は会
社の経費にはならない。
C.「物納」
相続税を金銭で納付することが困難と認められる場合、一定の厳格な物納要件を満たし
た場合、金銭による納付でなく、自社株による納付も可能である。この場合、国は現金化
するため競売などで売却することから、誰が株主になるのかわからない、将来買い戻すこ
とを想定しなければならない等のリスクが考えられる。
D.「延納」
一定要件を満たせば相続税の延納が可能となる。しかし延納利子税と呼ばれる利息が生
じ、後継者に利息負担が生ずることになる。
E.「相続財産の売却」
相続財産に現金や換金が容易な金融資産が少ない場合は、不動産を売却して相続税を納
付する方法もある。もっとも、不動産を処分する場合は、譲渡に要する費用や譲渡所得税
- 10 -
の負担が生じる。しかし、時価が相続税評価額より高い場合は、物納するよりも不動産を
売却して納税するとメリットがある場合もある。また、相続財産を譲渡した場合、譲渡所
得税の計算上、相続税の一部をその不動産の取得費に加算できる相続税の取得費加算制度
が適用でき譲渡所得税の負担を軽減できる。
③
「取引相場のない株式等にかかる相続税の納税猶予制度」の新設
現在、「特定同族会社株式等の課税価格の計算の特例」という制度がある。これは、一定
の要件を満たせば、未上場株式を相続で取得した場合、その会社の発行済株式総数等の3
分の2以下に相当する部分について、10億円を限度として、その課税価格の10%が減
額できる特例がある。
この特例の改正として、平成20年度税制改正大綱で「取引相場のない株式等にかかる
相続税の納税猶予制度」の創設が発表された。これは、事業を承継する相続人が、被相続
人から相続により取得した自社株式(その会社の発行済株式総数の3分の2に達するまで
の部分)に係る課税価格の80%に対応する相続税の納税を猶予するものである。
その事業承継相続人が納税猶予の対象となった株式等を死亡の時まで保有し続けた場合
など一定の場合には、猶予税額が免除される。また、事業承継相続人が5年の間に、代表
者でなくなる等、事業を継続していないと認められる場合には、その時点で、猶予税額の
全額を納付しなければならない。この改正案は、平成21年度の税制改正で創設予定であ
り、平成20年の通常国会に提出される「中小企業の事業の継続の円滑化に関する法律(仮
称)」の施行日以後の相続等に遡って適用される。施行されれば相続税の大きな減免となり
事業承継の円滑化に役立つことになる。
2−2
従業員への事業承継
従業員への事業承継は、社内で長期間勤務している従業員への承継となり、経営の一体
性を保ちやすいというメリットがあるが、デメリットとして、親族内承継の場合以上に、
後継者候補が経営意欲を有することが重要だが、適任者がいない可能性があることである。
そして最も重要なことは、第一にその従業員が会社の借入金に対する担保物件を所有し
ているのか、そして第二に承継する会社の自社株を買い取る資金があるのかということで
ある。
①
担保物件の問題
会社に借入金があると、経営者は個人所有の土地や建物の物的担保を金融機関に差し入
れる。さらに経営者はその借入金に対して、人的担保として、個人保証をしている。
従業員に、現在の借入金に見合う物的担保としての不動産がある場合は良いが、通常は、
多額な不動産を持っていない。それでも無理に従業員に会社を引き継がせると、今の経営
者の不動産への担保や個人保証は残ったままとなる。もし従業員による会社の経営が失敗
- 11 -
すると、今の社長は担保物件を失い、個人保証の負担がかかってくる。
②
自社株購入資金の問題
自社株の価格は優良企業になればなるほど、高額になっている。当初の1,000万円
の資本金が、10倍とか20倍になっている場合もある。従業員に資金力がないと、経営
者は自社株を売却することができない。従業員に経営者が自社株を売却できないと、経営
者の相続時に相続人が相続税を支払うのが困難になるという問題がある。
後継者に適任である、経営意欲・経営手腕がある従業員が社内にいても、以上の問題を
クリアできるケースはまれである。すなわち、会社が無借金経営で、借入金の担保提供や
経営者の個人保証がなく、経営者の自社株式の評価額があまり高くないならば従業員に事
業承継することができる。しかし、このような、ケースはほとんどなく、従業員に事業承
継することは困難である。
2−3
M&A(第三者への譲渡)
M&A(Mergers
and
Acquisitions)とは直訳すると「合併
と買収」という意味である。
通常は企業全体の合併・買収だけでなく、営業譲渡や株式譲渡、資本提携など広い意味
で使われている。M&Aは企業に不足している経営資源を補うために、あるいは事業の再
構築やリストラを行うために、経営権や事業資産の譲り受けや譲渡することをいう。
以前はM&Aと言えば、大企業だけの話であるとか、企業の乗っ取り、という悪いイメ
ージが持たれた時代もあったが、最近では、企業の規模や業種を問わず、中小・零細企業
においても、売り手と買い手の双方にメリットのある有効な経営戦略の一つとして、積極
的に活用されている。
(1)M&Aの形態
M&Aには、様々な形態があるが4つの方法がよく用いられる。すなわち、「合併」「株
式譲渡」「営業譲渡」「新株引受」である。中小企業のM&Aにおいて、最もよく用いられ
る方法は「株式譲渡」である。(図表7)
① 合併
合併を行う場合の分類としては、吸収合併と新設合併の区別がある。
吸収合併とは、合併の当事者となる会社のうち一つの会社を存続会社として残し、もう
一方の会社の権利義務を存続会社に承継させて消滅させるものをいう。例えば、A社とB
社が合併するケースで、A社がB社の権利義務を承継し、B社は消滅することになる。
新設合併とは、合併の当事者となる各会社を解散して、新たに設立する会社に全て承継
させる方式をいう。例えば、新たに設立されたC社に、A社及びB社の権利義務を承継さ
- 12 -
せることになる。
実際の企業合併では、吸収合併によることがほとんどである。これは、新設合併では、
事務手続きの処理が非常に煩雑となることが理由である。
中小企業同士の合併はあまり多くはない。その理由は、手続きが煩雑なことや、合併後
の社内体制の整備や企業文化の統合などに手間がかかることなどである。また、吸収合併
では、吸収される会社の株主に存続会社の株式が交付されるが、未公開企業の株式は現金
化が難しく、創業者利益が実現しにくいという理由もある。
②
株式譲渡
株式譲渡は、売り手企業が既存の発行済株式を譲渡することによって、会社の経営権を
買い手に譲り渡すことである。合併と異なり、会社の株主が代わるだけなので、売り手の
会社は存続する。売り手企業の法人格の譲渡となり、借入金も買い手企業に引き継がれ、
売り手企業の社長の個人保証も解除されることとなる。
売り手企業の社名は信用の一部であるので、そのまま使用されることがほとんどである。
中小企業の技術や顧客等は社員に帰属しているものなので、社員の雇用もそのまま引き継
がれる。
株式譲渡は、手続きが比較的簡単なことから、中小企業のM&Aにおいては最もよく用
いられる方法である。
株式譲渡によってM&Aを行う場合は、買い手企業は売り手企業をそっくりそのまま買
うことになるので、商圏や許認可権等を含めた有形・無形の資産をスムーズに引き継げる
というメリットがある。
一方、売り手企業側からすれば、自分の会社が存続する上、株式譲渡では株主個人に直
接お金が入ってくるので、創業者利益を実現しやすい方法と言える。なお、株式の取得割
合により株主としての権利が異なることから、どれくらいの割合の株式を取得するかは、
買い手側にとってはきわめて重要な問題になる。一般的には50%超の株式を取得すれば
買収・子会社化したということになり、3分の2以上の株式を取得すれば、株主総会での
特別決議を単独で行えることから、全株取得に近い効果が期待できる。ただ、実際には中
小企業のM&Aでは100%譲渡がほとんどである。(図表8)
③
営業譲渡
営業譲渡は、企業が行っている事業(営業資産)そのものを、買い手に譲渡する行為の
ことである。一部門だけを譲渡する一部譲渡も、すべての事業を譲渡する全部譲渡も、ど
ちらも可能である。また、土地・建物などの有形資産や、売掛金・在庫等の流動資産だけ
でなく、無形資産である営業権や人材、ノウハウ等も譲渡対象とすることができる。
営業譲渡は、法人を引き継ぐ形ではないので、譲り渡す企業の債務などは自動的には承
継されない。その意味では、簿外債務のリスクを避けたい買い手にとっては安心な方法で
- 13 -
ある。また、株式譲渡に比べて手続きがやや煩雑になるものの、買い手にとっては欲しい
事業、欲しい部分だけを手にいれることができるというメリットがある。
一方で、売り手にしても、不採算部門の売却により、事業の再構築や経営のスリム化を
行うことができるとともに、売却して得たお金を別事業に投資することができる。
④
新株引受(第三者割当増資)
新たに発行される株式を引き受けること新株引受というが、そのうち既存の株主以外の
相手に新株を引き受けてもらうことを「第三者割当増資」という。これもM&Aのひとつ
である。買い手企業としては、株式を取得するのは株式譲渡と同様であるが、新株引受は
対価が売り手企業に入り、売り手企業のオーナーの手元には入らない。経営はそのまま継
続したいが、資金繰りが厳しいなどの理由で、M&Aを希望する場合、第三者割当増資が
望ましいといえる。
M&Aの形態
(図表7)
M&A
合併
株式譲渡
営業譲渡
株式譲渡の仕組
A社長(株式)
金銭
A社
B社長
新株引受
(図表8)
B社長
株式
B社
B社(A社株式)
A社
- 14 -
(2)未上場企業のM&A件数の推移
未上場企業が関与するM&Aは、年を追うことに増加傾向にある。(図表9)上場企業と
未上場企業間のM&Aと同じく、未上場企業同士でのM&A事例も年々増加傾向が見られ
る。すなわち、未上場企業同士のM&Aは、1996年には140件だったのが、200
5年には651件と約4.7倍となっている。未上場企業は上場企業と異なり、M&A等
の情報公開は義務となっていないので、実数はこれより多いと考えられる。
M&A件数の推移
9
6
年
9
7
年
9
8
年
9
9
年
0
0
年
0
1
年
0
2
年
0
3
年
0
4
年
0
5
年
2500
2000
1500
1000
500
0
未上場企業間
未上場企業と振興市場企業
未上場企業と東証1部等大企業
(図表9)中小企業白書2006年版
- 15 -
第3章 事業承継のためのM&A
第3章においては、最近増加している中小企業の事業承継の手段としてのM&Aの概要を
解説する。
3−1
企業評価
中小企業のM&Aにおいては、株式譲渡が最も多いが、その株価(企業の価値)がいく
らに評価されるのかが、M&Aを進める上で、売り手企業のオーナー社長や買い手企業に
とっても、最も関心の高いポイントとなる。
(1) 時価純資産価額方式
株式の評価方法には、多くの方法があるが、中小企業のM&Aで実務上、よく使われる
方法として「営業権を含めた時価純資産価額方式」がある。
「時価純資産価額」
企業の純資産は決算書の資本合計をみればすぐにわかるが、それはあくまで簿価の数字
なので、土地や有価証券の含み損益を勘案して修正し、時価純資産価額を求める。
簿価純資産を時価に評価し直す場合の、主な修正項目は次の通りである。
修正項目
①
土地、有価証券
土地や有価証券の帳簿価格は、あくまでも買った時の値段である。それらの価格は相場
によって大きく変わるので、現在の値段(時価)に修正しなければならない。
②
在庫商品
在庫商品の中には、不良品や時代遅れで販売できないものがある場合がある。販売する
ためには、大きく値引きしなければならない商品や製品があれば、減額修正しなければな
らない。
③
売掛金や受取手形
売掛債権は回収可能性によって評価して修正しなければならない。
④
減価償却
建物や設備などは、使用するにしたがって、その価値が下がってくる。決算において毎
年正しく減価償却を行っていれば修正の必要はないが、正しく行っていない場合は修正を
- 16 -
行う。
⑤
退職引当金
中小企業では、退職金引当金の計上不足となっている場合が多い。計上不足分は修正し
なければならない。
⑥
生命保険
生命保険などは、満期時の受取り金額ではなく、その時点での解約返戻金で評価する。
この時価純資産価額方式は、企業の静的価値に着目した方式であり、客観性が比較的高
いことから、企業の評価ではこれまでよく用いられてきた。特に、中堅・中小企業のおお
よその企業価値を算定する際に、よく利用される。
「営業権」
営業権は通常の決算では考慮する必要はないが、企業の値段を決める場合には重要な評
価項目となる。営業権は、会社の将来の価値を評価するという不確定なものであるので、
様々な考え方が存在し、業種や業態などによっても異なる。したがって、営業権評価の方
法は多くあるが、おおよその目安を知るための簡便的な方法に「年買法」という方法があ
る。
「年買法」とは、税引き後の利益の3∼5年分を会社の営業権として評価する方法であ
る。計算の基礎となる税引き後利益は、1年分だけではその会社の利益獲得能力がわから
ないので、過去3∼5年分の利益を平均した数字を用いる。
駐車場経営やビルメンテナンスのような利益の継続性が高いと思われる安定業種の場合
は5年分で計算する。反対にハイテク企業やファッション関連会社などの変化の激しい業
種の場合は、3年分以下で計算する。
営業権の評価は、最終的には買い手企業と売り手企業の合意によるしかなく、その意味
では交渉しだいということであるが、当事者同士が納得のいく方法で話しを進めることが
重要である。
以上のように、中小企業のM&Aにおける企業評価は、時価純資産価額と営業権を加え
たものが多く使用されている。
- 17 -
<修正貸借対照表>
簡略化した修正貸借対照表を具体例で見てみると以下のようである。
「資産」
簿価
現金
100
有価証券
100
設備
「負債」
修正額
時価
単位:百万円
簿価
修正額
時価
100
買掛金
100
100
-50
50
借入金
100
100
100
-50
50
退職給与引当金
土地
100
50
150
資産計
400
-50
350
10
50
60
負債計
210
50
260
純資産
190
「資産の部」
各資産を、時価や現状に合わせて評価し直す。有価証券は含み損が発生していたので、
現在の相場の評価額に修正する。設備は、原価償却が適正になされていなかった年もあり
下方修正する。一方、土地はかなり以前に購入したもので、現在は値上がりしており含み
益を、簿価にプラスする。
「負債の部」
資産の部に比べて、一般に修正する項目は少なくなる。この企業は、従業員の退職給与
引当金が計上不足だったので、修正する。
「時価純資産」
時価に置き換えた上で、総資産から総負債を引いたものが純資産となり、この企業の時
価は、350−260=90(百万円)となる。
<企業評価額>
この企業の税引き後利益を50百万円と仮定し、3年分(50×3年=150百万円)
を営業権と評価すると、時価純資産(90)+営業権(150)=240百万円がこの企
業の評価額となる。
- 18 -
90
3−2
株主(売手企業の社長)の手取額
M&Aで会社を譲渡する場合、売り手企業のオーナー(株主)からすれば、税金がいく
らくらいかかり、手取額がいくらになるのかは、重要なことである。ここでは、簡単な事
例において、売り手企業のオーナーの税務を検討する。
(1) 一般的なM&A(株式譲渡)と会社清算の比較
①株式譲渡
未公開会社の株式を譲渡する場合は、株式の譲渡益に対して20%の税金(所得税15%
+住民税5%)が課税される。これは分離課税なので、他の所得と合算されず、社長とし
ての高額な役員報酬を取っていて所得税が高率でも、一律20%となる。
株式譲渡益の計算方法は以下のようである。
株式譲渡益=株式売却金額―株式取得金額―仲介手数料
「M&A(株式譲渡)による手取額」
M&A(株式譲渡)したA社(資本金1、000万円)の株式売却代金が1億円あった
場合、A社のオーナー社長の手取額を試算する。
100百万円(株式売却代金)―10百万円(資本金)=90百万円
90百万円×20%(譲渡益課税)=18百万円
手取額
②
100百万円―18百万円=82百万円
会社清算
会社を清算した場合には、清算所得に対して法人税等が課税され、残余財産の分配を受
けるオーナー社長には、みなし配当課税が行われ税金の負担が大きい。
「A社を清算した場合の手取額」
・ 法人に対する課税
100百万円(残余財産)―10百万円(資本金)=90百万円
90百万円×41%(法人税等)=36.9百万円
・社長に対する課税
100百万円(残余財産)−10百万円(資本金)−36.9百万円(法人税等)=53.
1百万円(みなし配当所得)
53.1百万円×43%(配当所得税等)=22.833百万円
手取額
100百万円―36.9百万円―22.833百万円=40.267百万円
(法人税等・配当所得税等の税率は概算)
- 19 -
上記、①の株式譲渡の手取額が、82百万円であり、②の会社清算の手取額が、約40
百万円である。M&A(株式譲渡)の手取額は会社精算と比較すると約2倍となる。
一般的には、税制上のちがいにより、会社が健全な状態ならば、会社を清算・廃業する
場合と比べると、M&Aで株式譲渡する方がオーナー社長の手取額が2倍ほど大きくなる。
また、現実的には、会社を清算・廃業する場合は、短期間で資産の処分を行わなければ
ならないので、帳簿価格での売却は極めて困難となる。すなわち、売掛金は、いつまでも
回収業務を続けることができないので、切り捨てることになり、商品も廃業では通常の流
通ルートでは、販売できず、廉価で処分することになる。土地を売却するには、更地にし
ないといけないので、建物は解体となる。古い設備等は、廃品回収業者に売却するなど帳
簿価格とはならず、結果としてM&Aで株式譲渡する場合と比較して、2倍以上の大きな
開きとなることが多い。
(2) 株式譲渡代金と退職金の組み合わせ
M&Aでは、株価の支払方法として退職金を組み合わせることがよくある。一般的に、
退職金は株式譲渡益にかかる税率より優遇されており、退職金を組み合わせたほうが、売
り手企業のオーナー社長の手取額が増加することが多いためである。
前述の事例では、企業評価額1億円として手取額の計算を行ったが、たとえば3、00
0万円を退職金として支給し、7、000万円を株式譲渡価額としてM&Aを行った場合
の手取額は以下のようになる。ここで、注意が必要なのは、功績倍率で、これが過大の場
合は、法人における退職金としての損金経理処理が、否認されることもある。今回は、社
長の役員在位年数15年、役員報酬月額100万円、功績倍率を仮に2倍とする。
(退職金:報酬月額100万円×在位年数15年×功績倍率2=3、000万円)
① 株式譲渡による手取額
70百万円(株式譲渡価格)―10百万円(資本金)=60百万円(株式譲渡益)
60百万円×20%(譲渡益課税)=12百万円
手取額
②
70百万円―12百万円=58百万円
退職金による手取額
30百万円(退職金)―6百万円(退職所得控除額)=24百万円
24百万円÷2=12百万円(退職所得)
12百万円×33%―1.536=2.424百万円(税額)
手取額
30百万円―2.424百万円=27.576百万円
- 20 -
合計手取額
株式譲渡による手取額58百万円+退職金による手取額約28百万円=86百万円
「株式譲渡のみの場合との比較」
株式譲渡のみの場合の手取額は、82百万円であり、株式譲渡代金と退職金との組み合
わせの場合の手取額は、約86百万円となり、株式譲渡代金と退職金との組み合わせの方
が、手取額が多くなる。
役員退職金は譲渡企業からオーナー社長に支給されるので、退職金の分だけ譲渡企業よ
り現金が流出されるので、その分企業価値は下がる。したがって、買い手企業からすれば、
より少ない金額でM&Aができる。
- 21 -
3−3
M&Aのメリット・デメリット
M&Aには、売り手企業、買い手企業にとって、いろいろなメリット・デメリットがあ
る。ここでは、売り手企業のメリット・デメリット、買い手企業のメリット・デメリット
をまとめてみる。
(1)売り手企業のメリット
① 後継者問題が解決し会社が存続する
経営者は自分の会社を、長年に渡り心血を注ぎ、人生を捧げて築いてきている。後継者
がなくて、廃業・清算ともなれば、我が子を失うこと以上に寂しいことだと思われる。
そこで、M&Aにより事業承継ができれば、経営者が命がけで築いてきた会社が生き続
けることができる。
② 従業員の雇用が継続できる
中小企業の場合、経営者も従業員も区別なく、苦労を共にして一緒に働いている。経営
者は、自分は退社しても従業員だけは何とか雇用が継続できないかと考えるはずである。
中小企業の技術や取引先等は従業員に帰属するもので、従業員という人的資源には、重
要な価値がある。そのため、M&Aで事業を譲渡した場合は、よほど特殊な事情のない限
りは、従業員の雇用は継続される。これは、M&Aの契約に際し、文書で互いに確認する
ことになる。
それに対し、会社を清算した場合は、従業員は退職となってしまう。M&Aによる従業
員の雇用の継続は、M&Aによる大きなメリットである。
③ 取引先に迷惑がかからない
会社を清算すると、長年の取引先に商品やサービスの提供がストップすることになり、
いままでの取引先が困ることになる。
④ 創業者利益が確保できる
3−2
株主(売り手企業の社長)の手取額での記述のとおり、会社を精算するよりM
&Aで会社を譲渡した方が、手取額が多くなる。さらに、大きなメリットは、営業権が評
価され、それが換金できることである。
⑤ 相続税対策になる
業績の良い会社は、剰余金が積み上がっており、さらに、会社所有の土地にかなりの含
み益が生じているような場合は、自社株式の評価額が高額となり相続税も高額となる。し
かし、自社株式は上場株式と違い換金性に劣るので、相続税の納税資金が不足する懸念が
- 22 -
ある。
M&Aで会社を譲渡すれば、現金が手元に入るので、相続税は納税できる、また納税後
の残った資金で、子供が新しく別の事業を起こすこともできる。いわゆる第二創業をする
こともできる。
⑥ 子息をサラリーマンにできる
近年、子息は社内にいるが、M&Aを行うという事例も増えている。その理由の一つと
して、子息の経営能力に不足が感じられるということである。俗に言う「社長の器」がな
いといわれるものである。このような場合は、無理に子息に経営を任せると本人のために
もならないし、また、会社の経営が不安定になりかねない。
こうした子息は、創造性やリーダーシップに欠けるだけで、与えられた仕事は真面目に
処理する力がある人が多く、経営者に向かないだけで、サラリーマンとしては問題ない。
そこで、大手企業とのM&Aで子息を社員として雇用してもらう方法がある。M&Aに
より子息を大手企業の正社員にすることができる。
(2)売り手企業のデメリット
①
交渉が不成立時の経営意欲の低下
M&Aで会社を譲渡する場合には、多くの手順を踏んで進められるが、多くの手順を踏
んだあとに、最終の交渉でまとまらないこともある。こういう場合は、経営者はすでに、
M&Aによる会社の譲渡を決断しており、最終的にまとまらないと精神的なショックを受
けることとなり、その後の会社運営に対して情熱や意欲が低下する恐れがある。
②
譲渡条件が希望どおりにならない
M&Aは、買い手企業と売り手企業の交渉により成立する。それゆえ、売り手企業の希
望をすべて買い手企業が受け入れるとは限らない。特に問題となるのは、譲渡金額である。
売り手企業からすれば、すこしでも高い金額で、譲渡したいのは当然であるが、あまり金
額にこだわりすぎると話がスムーズに進まなくなるという場合がある。
(3)買い手企業のメリット
①
新規事業の立ち上げ時間の短縮
現在の事業に将来的な不安がある企業や、成熟した業界で閉塞感を感じているような企
業は、成長するために、新規事業を立ち上げる場合がある。しかし、新規事業を立ち上げ
ることは、容易なことではない。すなわち、その事業のノウハウを持っていないので、苦
労することになり、資金を投入し立ち上げても、収益の予想がつきにくく、赤字となる場
合もあり、また、軌道にのるには時間が掛かることが多く、失敗する確率も高い。
それに反して、既存の会社とのM&Aでは、すでにその事業が営業しているため、売上
- 23 -
高や収益の予想ができ、投入金額の目処もたつので安全である。M&Aが「時間を買う」
と言われるゆえんである。
②
市場シェアの拡大
自社の営業エリアの地域内で、市場シェアを拡大するためには、競合他社との価格競争
やサービス競争を行わなければならない。競合他社も必死の努力をしているので、無理や
りシェアの拡大をすれば、価格の引き下げ競争となり、お互いの体力の消耗戦となってし
まう。
そこで、同業種や関連業種の会社とのM&Aで、その地域の市場シェアを同業者と競争
することなく拡大することができる。競争関係がなく市場シェアが拡大できれば、適正
な売上が確保され、利益も獲得できる。
③
他地域への進出
他地域へ市場を拡大する場合には、進出する地域に支店や営業所を設置し、社員を配置
し、新規得意先を開拓しなければいけない。本拠地での営業も大変な時代なのに、知名度
のない他の地域で営業するのには、多くの困難を伴うと思われる。他地域での営業が軌道
に乗るのには、相当の年月を要すると予想され、支店や営業所の維持費や人件費が多く必
要になる。
それに比べ、その地域の同業種の会社とのM&Aでは、その日から売上が計上できるこ
とになる。これは、自社で新規得意先を開拓することの苦労とは比較にならない。
④
シナジー効果(相乗効果)
M&Aには、自社の経営資源と買った企業の経営資源が、結び付くことによって、シナ
ジー効果(相乗効果)が期待できる。
たとえば、資金力はあるが技術力やノウハウを持たない会社と、技術力やノウハウはあ
るが資金力がない会社とのM&Aでは、両者の持ち味を生かしての事業展開が期待できる。
また、製造会社と販売会社とのM&Aにおいては、コストダウンが図れ、収益の向上が
期待される。
⑤
株式上場へのステップ
株式上場を目指している会社は、上場基準を満たさなければならない。その場合に自社
を振り返って見ると、売上高が少ない、利益率が低いとか、特定の得意先に依存していて
得意先数が少ないなど、上場基準を満たさない項目が出てくる。
M&A で企業を買収すれば、このような、自社の欠点を補完し、株式上場の審査をうまく
進めることができる。
- 24 -
(4)買い手企業のデメリット
① 簿外債務の存在
買い手企業が、最も留意しなければならない事項に簿外債務の存在がある。簿外債務に
は、決算書に計上されていない借入金や、売り手企業が会社として、他社の保証をしてい
る場合や脱税がある。
簿外債務が判明せず、M&A を実行し会社ごと譲り受けると、買い手企業がその責任を負
うことになる。M&A においては、最終段階で、買い手企業の公認会計士等が財務監査、税
務監査などの買収監査を行うので簿外債務はほぼ判明するが、ベテランの仲介機関のアド
バイザーや会計士等に相談することが重要である。
なお、対策として、M&A の正式契約書に簿外債務が存在した場合は、売り手の責任にお
いて負担するという項目を記載することや、譲渡代金を6ヶ月ほどの間は分割払いとする
ということがある。簿外債務であっても、6ヶ月間もあれば督促等で発見される可能性が
大きいので、売り手企業が負担する債務であれば、分割金から差し引くことができる。
② 従業員の退職
買い手企業が売り手企業を M&A する目的は、高度な技術、優良な得意先や地域でのシェ
アなどがほしい為である。しかし、これらは会社に付いているものでなく、従業員が持っ
ているものである。したがって、技術や得意先やシェアを引き継ぐためには、従業員のモ
チベーションを維持向上させながら M&A することが重要である。
M&A の目的やその後の処遇が、間違って従業員に受け取られてしまって、多くの従業員
が、やる気をなくして退職してしまうこともあり得る。そうなれば、M&A は完全な失敗に
終わる。
通常 M&A は、秘密裏に進められ、売り手企業では社長以外は知らないことが普通である。
社外や従業員へのディスクローズ(発表)は、M&A の最終契約終了後となる。上記のとお
り、従業員に対する M&A のディスクローズでのミスは許されない。重要なポイントは、従
業員への発表のタイミングと話し方などは、経験豊かな仲介機関のアドバイザーと相談し
ながら、いつ、どのように行うかを決めることである。良いアドバイザー、力量のあるア
ドバイザーであるか、そうでないかは、ディスクローズ時の経験話を聞けばおおよそ判断
できる。
対策としては、従業員へのディスクローズの前に幹部社員への根回しを行うとか、どう
しても退職を防ぎたい従業員に対しては、社内でのポストを上げて、待遇を良くするとい
う方法も行われる場合がある。しかし、会社の事情等は各社で異なるので、アドバイザー
と相談しながら進めるべきである。
- 25 -
③ 企業文化・風土の違いによる弊害
企業には創業より長い時間を経て、その企業の独自の文化や風土が形成されている。M&A
においては、この企業文化や風土が全く異なる企業同士では、融合が困難となる場合が多
い。
すなわち、大きな目標数字を掲げて、営業ノルマに重点を置き、伸びてきた企業と家族
的な雰囲気で業務を行ってきた企業の M&A では、どちらの企業風土が良いとか悪いとかの
問題ではなく、企業風土の融合がなかなかできず、売り手企業の従業員の退職などが起こ
り、M&A が失敗することが多い。
企業文化や風土は短期間で変わることはできないので、自社と企業文化や風土が、よく
似ている企業を M&A の相手先として選択すべきである。
④ 土壌汚染等の環境問題
買い手企業のリスクの一つとして、土壌汚染などの環境問題がある。すなわち、売り手
企業が土壌汚染となる物質を取り扱っていて、その工場敷地が土壌汚染されていた場合、
それを知らずに M&A すると、買い手企業は土壌汚染物質の除去等で多大の出費となってし
まう。また、工場などの地盤に不安がある場合も十分調査する必要がある。
M&A では、財務監査や税務監査だけで終わるのでなく、土壌汚染などの環境問題等の調
査も必要である。仲介機関のアドバイザーと相談して進めなければいけない。
(5) M&A の取扱料金
一般的な、売り手企業の M&A の取り扱い料金は、仲介機関の審査に通って実務段階に
入る時に、仲介機関に着手金としての支払いが必要となる。金額は50万円ほどが一般的
である。この着手金は、売り手企業の社長の会社譲渡の決断を確かめる意味合いもある。
M&A が成立すれば、売り手企業は成功報酬を支払うことになる。手数料算出の基本とな
っているのは、「レーマン方式」である。この「レーマン方式」とは成約金額に応じて、手
数料率を掛けるものである。
一方、買い手企業の料金(着手金・成功報酬等)は、仲介機関と相対で決定される。仲
介機関により相違があるが、売り手企業の料金と同じとなることが多い。
成功報酬表(消費税込)
【レーマン方式】
成約金額
手数料率
2億円以下の部分
8.4%
2億円超5億円以下の部分
6.3%
5億円超10億円以下の部分
4.2%
10億円超の部分
2.1%
(大阪商工会議所
- 26 -
ホームページ)
第4章 M&A の具体的な手順
第4章では、実際に M&A で会社を譲渡する際の具体的な手順をまとめてみる。
(1)M&Aの相談窓口
M&A で会社を譲渡しようとすれば、会社の顧問税理士や取引先金融機関へ最初に相談す
ることが一般的である。大都市(名古屋、東京、大阪)の商工会議所も M&A 支援事業を始
めており、専用相談窓口を設置している。また最近独立系の M&A 仲介専門会社が多くの
M&A 案件を取り扱っているが、そこへ直接相談するケースもある。
(2)アドバイザーの選任
アドバイザーは実際に売り手企業と買い手企業の間を取り持って、M&A を成功させる仲
介機関である。
アドバイザーには、都市銀行や大手証券会社もあるが、これらは大企業の M&A を主に取
り扱っているので、中小企業向けのアドバイザーを選定するべきである。
中小企業向けのアドバイザーとして主なものは、信用金庫業界のネットワークを生かし
て仲介業務を行う「信金キャピタル株式会社」
、全国の会計事務所や地域金融機関と多くの
ネットワークを持つ独立系の「株式会社日本 M&A センター」、また各地域の会計事務所な
どがある。
上記の相談窓口や金融機関、M&A 仲介専門会社、会計事務所等は提携関係を結んでいる
場合が多く、お互いに連携しながら、相手企業探しやマッチングなどの実務を行っている。
(3)アドバイザリー契約
アドバイザーが決まったら、具体的な相談を行うことになる。アドバイザーも売り手企
業の会社名や業種、会社の業績を教えてもらわないと、M&A が実現可能かどうかの判断が
つかない。しかし、売り手企業としても会社の情報を開示してしまうと、情報が外部に漏
れて、取り返しのつかないことになる可能性もある。
そこで「秘密保持契約」を締結することになる。すなわち、M&A の検討の為だけにしか
開示した情報は使用しないということを契約書で確認してから、会社の情報を開示し、具
体的な相談を行う。
その後、アドバイザーは受託できるのかどうか、成約の見込みはどれくらいあるのか、
費用がどれくらい必要なのか等を検討し、売り手企業に詳しく説明する。売り手企業は、
その説明を聞き、任せるか任せないのかの判断をする。
次に本格的な M&A の検討に入るためには、アドバイザリー契約(提携仲介契約)を
締結する必要がある。アドバイザリー契約には、アドバイザーがやるべき仕事の内容、責
任の範囲、損害賠償事項、手数料などが明記されている。
- 27 -
アドバイザリー契約時に着手金を請求するアドバイザーも多い。一般的に着手金は50
万円ほどの金額である。
この着手金は、売り手企業の社長の会社譲渡の決断の意志確認を行う意味合いもあるも
のである。
アドバイザリー契約を締結すると、アドバイザーに売り手企業の財務関係書類、具体的
な事業内容、従業員の詳細、契約書、許認可などの会社の詳細な資料の提出を行う。
そして、アドバイザーは売り手企業の社長から聞き取りを行うことにより、書類ではわ
からない企業の全容を明らかにする。この際、売り手企業にとって重要なことは、自社が
抱えているリスクが有れば、気軽に相談することである。長年に亘り会社を経営していれ
ば、不都合なことが有っても不思議なことではない。
M&A は信頼関係だけを頼りに交渉を進めているので、隠し事があって、後々発覚すれば、
信頼関係が崩れて、破談となる場合もある。社長が長年に亘って心血を注いで築き上げて
きた会社を譲渡することは、人生最後の大きな決断と言っても過言ではない。個人的なこ
とも含めてすべてを相談できないようなアドバイザーであれば、アドバイザーそのものを
変えるべきである。
(4)アドバイザーによる買い手企業探し
次はアドバイザーによる買い手企業探し(マッチング)が行われる。アドバイザーが作
成した買い手企業候補のリストを売り手企業の社長とアドバイザーが検討し、絞り込みと
優先順位の決定を行う。
買い手企業への提案は、最初に、売り手企業の社名が特定できないような、企業概要の
みが書かれている資料で行う。
買い手企業がこの資料に大きな関心を示し、具体的に検討したいということになれば、
買い手企業と秘密保持契約を締結した上で、「提案書」を提出する。提案書には、売り手企
業の会社名、業種、決算書類、譲渡理由、特徴、買い手企業とのシナジー効果(相乗効果)、
買い手企業のメリットなどが書かれている。
買い手企業が、この提案書を具体的に検討して、M&Aの商談を行いたいということに
なれば、買い手企業は、アドバイザーとアドバイザリー契約を締結する。この際、買い手
企業はアドバイザーに着手金を支払う。
(5) 売り手企業と買い手企業の商談
① トップ面談と会社訪問
いよいよ、売り手企業と買い手企業のトップ同士が面談して、商談が始まることになる。
企業にとっては、財務内容や業績も重要であるが、M&Aにおいては、「企業文化」や「経
営理念」が最も大切である。「企業文化」や「経営理念」がまったく異なる企業同士がM&
Aしても、その後の経営がうまくいくことはほとんどない。M&A後に企業文化を変えよ
- 28 -
うとしても簡単に変えることは困難である。
たとえば、新進の企業で拡大方針を取り、上場を目指しているような企業と、老舗企業
で社風がのんびりした所もある企業がM&Aしても、企業文化が違いすぎてお互いが不幸
となってしまう。これは、どちらが良いとか正しいとかの問題ではなく、価値観や理念の
相違の問題である。
このような、「企業文化」「企業理念」をトップ同士の面談により確認することが重要で
ある。いままでは、書面による情報だけだったが、実際に何度も面談して確認することが
大切である。
また、お互いの会社を訪問することも重要である。すなわち、企業というものは、会社
に一歩入った瞬間に、その会社の活気や雰囲気が感じ取れるからである。また、社内の整
理整頓状況や商品の保管状態、機械類の整備状況などを見れば、財務諸表以上のことがわ
かるからである。
② 買収価格等の条件交渉
次に商談において、重要である条件の概要を確定することになる。これは交渉事である
ので、売り手企業と買い手企業の間にアドバイザーを入れて、何度もやりとりする事にな
る。
条件交渉においては、企業の価格である株価や、売り手企業の社長の退職金などの総額、
社員や役員の処遇、社長の処遇、会社の引き渡し時期などの概略を話し合い決定すること
になる。
(6) 基本合意書の締結
経営理念や企業文化に十分納得ができて、条件等がほぼ固まったら、基本合意書を締結
することになる。
基本合意書は契約締結の意思が有るという意味であり、当事者間の了解事項を文書化し
たものである。基本合意書の締結はいわゆる仮契約のようなものであり、法的拘束力を持
たないことが多い。
基本合意書には、買収予定計画、買収する財産の範囲・内容、買収方法(株式売買・事
業譲渡)、買収実行予定時期とスケジュール、労働関係の引き継ぎ、買収監査に関する事項、
アドバイザーの仲介手数料などを盛り込むことになる。
(7) 買収監査
基本合意書を締結したら、次に買収監査(デューデリジェンス)を行うことになる。
買収監査とは、買い手企業が最終的な買収契約を調印する前に、売り手企業の内容を調査
することである。買い手企業のリスクを回避するために、多方面に渡り監査が必要となる。
監査結果で株式の最終的な値段が決まることになる。
- 29 -
買収監査は、通常、買い手企業側の数人の公認会計士が、数日をかけて作業することに
なる。
内容は、大きく分けて業務面、財務面、法務面の監査となる。業務面では、商品別売上
高の推移、顧客のデータベースの内容等や管理体制。財務面については、帳簿の管理状況、
資産の現物確認や評価、簿外債務の有無、税務申告や納税の状況。法務面では、会社の登
記関係、議事録の管理や保存状況、担保や連帯保証の状況、公害問題や労働問題の有無の
調査などとなる。
会社の内部を他人が詳しく調査することになるので、売り手企業としては、気分の良い
ものではないが、買い手企業が実態を把握して、買い手企業側の判断と責任で会社を引き
継ぐことを実現するためには絶対避けて通れない過程である。
売り手企業は、顧問税理士などを立ち会わせ、隠し事をすることなく協力しなければい
けない。ここで信頼関係が崩れたらM&Aは成立しなくなってしまう。
(8) 最終契約
買収監査が終了すると、公認会計士等の買収監査結果の報告書ができあがる。報告書を
もとに最終契約書を作成する。
最終契約書を作成する際には、企業のリスク確定とその対応策、最終条件の決定、細目
事項の決定が最重要となる。
すなわち、企業のリスク確定とその対応策とは、簿外債務や保証債務、公害問題や従業
員の退職などが買収監査で判明した場合は、これらの問題の対応策を決定し、リスク回避
や発生時の損害賠償に関して契約書に反映させることである。
最終条件の決定においては、株価の決定、従業員の処遇や社長の処遇の決定、譲渡代金
の支払い方法の決定、社長の連帯保証や担保提供の解除方法などを決定しなければいけな
い。
細目事項の決定とは、企業を引き継ぐための細かい事項を決めておくことである。すな
わち、会社所有となっている高級外車やゴルフ会員権などの処分方法や、それを買い手企
業が買い取る場合の値段、社長の個人的な趣味で収集した美術品や骨董品、別荘などの処
分方法などである。
また、社長の子息が、会社内で取締役をしている場合の処遇、その会社独自の慣習など
も細目事項に入ってくる。細かなことも事前に決めておくとM&A後のトラブルが回避で
きる。
最終契約書が作成できたら、いよいよM&Aを実行することになる。すなわち、最終契
約書に捺印し譲渡代金の支払い等の決済を行う。株券の授受、代表取締役の交代、連帯保
証や担保の解除、印鑑や手形帳、銀行の預金通帳などの重要物の授受を行う。
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(9) M&Aの発表
M&Aの実行の前後では、関係者等に対して、M&Aの発表(ディスクローズ)を行う
ことになる。ディスクローズは最後に残っている重要なポイントである。ディスクローズ
の対象は、従業員や銀行、取引先等である。特に従業員に関しては、今後の士気や会社へ
の忠誠心に大きな影響を与えるため、従業員のやる気を維持し向上させるような、ディス
クローズを行うことが必要である。
ディスクローズの時期や方法については、仲介機関とよく相談して慎重に行うべきであ
る。
(10)ポストM&A
M&Aの実行後は、買い手企業と売り手企業がうまく融和していかなければ、M&Aが
完全に成功したとは言えない。買い手企業と売り手企業の文化を融和させ、役員・従業員
等が新体制のもとでも気持ちよく働けるような環境の整備を行うことに心がけるべきであ
る。
その為に売り手企業の旧経営者がM&A後も一定期間は顧問などの肩書きで会社に残り、
業務の引き継ぎも兼ねて、企業文化を融合させる為に環境整備を行うことが重要である。
- 31 -
第5章 M&Aの事例紹介
第5章では、M&Aによる事業承継の事例紹介を行う。成功事例が4件、最終契約に至
らなかった事例が1件、そしてM&A後に問題が生じた事例2件を紹介する。
(1) M&Aによる事業承継の成功事例
「事例1」
次期社長の選定困難によるM&A
<譲受側>
株式会社
伊藤利一商店
代表者
伊藤
所在地
高山市上岡本町7−223
創業
昭和25年
設立
昭和34年
資本金
4、920万円
事業内容
祐介
農業資材、建築資材、開発資材の販売、給排水衛生設備・空調工事・上下水
道工事・内外装工事
従業員数
70名
<譲渡側>
株式会社
千田悦三郎商店
創業
昭和3年
設立
昭和30年
資本金
1,800万円
事業内容
JAS認定ポリエステル化粧板及び、特殊加工化粧合板の製造販売、各種合
板の販売、各種建材販売、溶剤・塗装機器・接着剤・研磨紙の販売、ポリエ
ステル樹脂着色用インクの製造販売、各種塗料・着色剤の調色、販売
従業員数
49名
・平成17年8月株式会社伊藤利一商店と資本、業務提携し株式会社伊藤利一商店の社
長である伊藤祐介が株式会社千田悦三郎商店の社長に就任
株式会社
千田悦三郎商店の会社譲渡の理由と経緯
株式会社千田悦三郎商店は創業昭和3年の老舗企業で、JAS認定工場として、長年ポ
リエステル化粧合板の製造、販売を手がけシックハウス症候群の問題のひとつであるホル
ムアルデヒドについても、いち早く新JAS法の認定を受けており、名古屋地区の建材の
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製造・卸で知名度の高い企業である。また財務内容についても良好で優良企業である。
経営は社長が長男、専務が次男、取締役が四男の3人兄弟で行われていた。社長も専務
も70才をすでに超え、なるべく早く経営を後継者に承継しなければいけない時期になっ
ていた。社内には社長の子息が総務担当、専務の子息が営業担当で勤務していた。
ここで問題となったのは、次期社長をどちらにすれば良いかということであった。役員
会ではなかなか話しがまとまらなかった。2人は従兄弟どうしであるが、総務部と営業部
という互いに牽制しあう部門に長年たずさわってきた。2人とも社長になる気持ちがあり、
どちらか一人を社長にすれば、社内がうまくいかなくなることが予想できた。
長年いろいろな方策を検討し悩んでいたが、最終的に決断したのが、M&Aにより会社
を譲渡しその会社から社長を招くことが、会社のために最善の策ではないかということだ
った。またこの業界は東南アジア等より安い輸入材の影響があり、M&Aにより会社規模
を拡大し、今以上に経営の安定ができるというメリットもあるからである。
こうして、M&Aにより事業を譲渡することとなった。相手先として株式会社伊藤利一
商店をえらんだ理由としては、以前から知っていた会社であり、同じ中部圏で建材販売を
行っており、シナジー効果(相乗効果)が期待できること、また会社名を変えると従業員
や取引先に不安を与えるので、会社名を変えないことを承認してくれたことである。
また偶然にも千田家と伊藤家が下呂市萩原町の出身でもあったことから、親密さもあり
話が早く進んだという理由もあった。
M&Aの流れとしては、(株)千田悦三郎商店の株主は全会社株式を(株)伊藤利一商店
に譲渡し、
(株)伊藤利一商店は株式譲受代金を(株)千田悦三郎商店の株主に支払い、
(株)
伊藤利一商店は(株)千田悦三郎商店を子会社化するが社名はそのまま存続した。
(株)千田悦三郎商店は(株)千田悦三郎商店の役員に役員退職慰労金を支払った。
(株)
伊藤利一商店はそのまま(株)千田悦三郎商店の従業員を全員継続雇用し以前の処遇を維
持した。社長は(株)伊藤利一商店の社長である伊藤祐介が就任した。
(株)千田悦三郎商店としては社長と株主が交代したが、従業員の処遇等は全く変化が
なかった。
株式会社伊藤利一商店の譲受理由
(株)伊藤利一商店は高山市に本社をおく老舗企業である。営業種目としては、建材等の
販売が約50%、内装、空調工事、土木管工事が約50%の会社である。
当社は飛騨地方を営業基盤としているが、営業基盤を拡げる戦略があり、数年前に美濃
加茂市に美濃加茂営業所を開設した。美濃加茂営業所の業績が好調に推移していることも
あり、さらに名古屋地区への進出をねらっていた。また、最近土木工事等が減少し今後も
減少が予想されるので、建材部門の強化が必要であった。
社長の考えとして、建材等の製造をしたいという希望もあった。これは、建材等の販売
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において、自社で製造したものでなく、他社が製造した物を販売するので、販売時には最
終的に値段しだいということになってしまうからである。しかし、製造部門を立ち上げる
には、多くの時間と労力が必要なので今回のM&Aは当社にとって、非常に有意義なこと
となった。社長は個人的にも「ものづくり」に興味があり、製造部門を得たことによりま
すます、事業に力をいれている。
M&A後の状況
(株)千田悦三郎商店については、従業員も次期社長がなかなか決まらない状況を心配し
ていたが、M&Aにより新社長が決まり、また社員の処遇の変化もなかったので、安心し
て勤務している。
また新社長の意向で、製造現場にトヨタ生産方式を取り入れ、生産効率をますます上げ
ている。新商品として「アース製薬株式会社」開発の技術受託商品である「ゴキブロック
化粧板」を販売している。これは、ゴキブリ忌避効果があり、ゴキブリが一度近づくと二
度と近づかなくなるもので、また人間には全く安全で、不快な臭いもなく、食品や食器へ
の薬剤の移行がない商品である。
(株)伊藤利一商店にとっては、目標としていた名古屋進出ができ、新たな販売網の獲
得となり、そしてなにより製造部門を持つという念願がかなった。自社製品の販売するこ
とで有利な営業が展開でき、また自社で内装工事に利用する製品も製造できることから、
コスト削減にもつながった。
- 34 -
「事例2」
後継者がいないことによるM&A
<譲受側>
株式会社クリップコーポレーション
英文字(CLIP
Corporation)
代表取締役
井上
憲氏
本社
名古屋市千種区内山三丁目18番10号
千種ステーションビル7F
設立
昭和56年5月23日
資本金
2億1270万円
従業員数
147名(平成18年3月31日現在)
事業内容
1.小中学生を対象とした個別対応指導の学習塾の運営
2.幼児から小学校低学年を対象としたサッカー教室の運営
3.その他の新規事業
・平成16年9月株式会社螢雪ゼミナールの全株式を取得しグループ化
<譲渡側>
株式会社螢雪ゼミナール
教育本部センター
岐阜県羽島郡岐南町三宅9−123−1NTビル
創立
昭和44年6月1日
資本金
1,000万円
事業内容
小4∼中3までの進学塾、高校生の大学現役合格予備校
生徒数
3,550名(平成18年度)
従業員
89名
平成元年法人設立
・平成16年株式会社クリップコーポレーションとのM&Aにより、株式会社クリップ
コーポレーションの代表取締役専務である山下隆弘が株式会社螢雪ゼミナールの代表取締
役に就任
株式会社螢雪ゼミナールの会社譲渡の理由と経緯
(株)螢雪ゼミナールは前社長が創業し拡大してきた学習塾である。前社長がM&Aを
考えるようになった直接のきっかけは、50歳の時に交通事故に遭って大怪我を負い、入
院したことだった。奇跡的に完治したが自分にもしものことがあったら、会社はどうなっ
てしまうのかと真剣に考え初めた。そこで前社長は会社のために、後継者を決めておこう
と決心した。前社長には子供がいたが、獣医師になったり、国際空港に勤務していたりと、
事業を継承する意思がなかった。その上、子供達は小学校の頃に(株)螢雪ゼミナールで
勉強しており、その頃教わった先生達が今では会社の幹部になっており、昔を知られてい
るだけに、とてもその方々の上に立って経営はできないという思いも強かった。
- 35 -
このような理由で、子供に事業を継承することをあきらめ、M&Aによる事業継承を検
討し始めた。
そして、相手先として最終的に株式会社クリップコーポレーションを選びM&Aに至っ
た。M&Aにおいては、全社員の待遇や役職は以前と変わらず、経営も(株)螢雪ゼミナ
ールの今までの方針を重視して独自でおこなっている。
株式会社クリップコーポレーションの譲受理由
(株)クリップコーポレーションも教育事業を営んでいる。全国で小中学生を対象とし
た個別対応指導の学習塾を展開している。(株)螢雪ゼミナールは一斉指導を得意としてい
る。集団指導と個別指導は同じ学習塾でも、まったく違うノウハウが必要となる。そこで、
将来に向けてさらなる事業拡大戦略のためにも、一斉指導ノウハウを持った(株)螢雪ゼ
ミナールにグループの一員となってもらうことは非常に有効であると考えたからである。
また、(株)クリップコーポレーションの本社が名古屋市にあるので、(株)螢雪ゼミナ
ールは岐阜県を中心に教室を展開しており、将来管理していく上で都合の良い立地条件で
あることも理由の一つである。
また、なによりM&Aの話し合いを進める中で、決算や運営に関する書類が大変きっち
りと管理されているだけでなく、教育に対する前社長の情熱と経営に対する真摯な姿勢に
共感し、(株)螢雪ゼミナールの状況を深く知るにつれ、互いにM&Aのシナジー効果が望
めることが確信できたのが最大の理由である。
M&A後の状況
学習塾業界において、岐阜県へ他県からの大手の業者をはじめ、同業者が参入しつつあ
る中、
(株)螢雪ゼミナールの教室はM&A後に6教室増加しており、売上高も20∼25%
程増加し、利益率も以前より大幅に向上している。
(株)クリップコーポレーションも(株)螢雪ゼミナールがグループの一員となったこ
とにより、生徒指導ノウハウ、教師育成ノウハウ、経営人材などを得ることができ、さら
なる成長・拡大に邁進している。
また(株)クリップコーポレーションはスポーツ事業として「ユアササッカークラブ」
を全国展開している。幼児から小学校低学年を対象としたサッカー教室で、サッカーの技
術のみならず、団体競技であるサッカーを通じて、社会性や協調性、自立心、自分への自
信などを育てることをめざしている。全国で3万人の生徒がおり、岐阜県内にも30のク
ラブがあり、その生徒数は1千人である。
- 36 -
「事例3」
後継者がいないことによるM&A
<譲受側>
松井総合経営事務所
代表者
松井
正勝
所在地
【高山オフィス】
〒506−0031
高山市西之一色町3−678
TEL(0577)34−2424
FAX(0577)35−0690
【名古屋オフィス】
〒460−0003
名古屋市中区錦1−6−17オリジン錦2F
TEL(052)202−1150
創立
FAX(052)202―1386
昭和48年
スタッフ
44名
有資格者
税理士4名
行政書士3名
AFP2名
医業経営コンサルタント2名
補2名
社会保険労務士2名
宅地建物取引主任者1名
JRCA/ISO9000審査員
CEAR/ISO14001審査員補1名
証券外務員2名
<譲渡側>
藤山会計事務所
前所長
藤山
和子
松井総合経営事務所の名古屋オフィスへ移行
藤山会計事務所の譲渡の理由と経緯
譲渡側の藤山会計事務所の所長には子供がなく、後継者問題を抱えていた。そして昨今
の多様化する関与先のニーズに対応するためには、職員の継続的なレベルアップをしてい
く必要があるが、このままだと、5年後、10年後のビジョンが描けないという問題があ
った。
藤山会計事務所の所長が、松井総合経営事務所へ譲渡を決めた主な理由は、松井総合経
営事務所の松井所長の東海地区での活躍を聞いており、また一度高山の事務所へも訪問し
たことがあり、素晴らしい事務所であると同時に規模的にも適正であると感じたことと、
そして何よりも、職員の能力を引き出し、さらに伸ばしていくという、自分のやりたかっ
たことが引き継げると確信できたからである。
- 37 -
松井総合経営事務所の譲受理由
藤山会計事務所と提携することを決めた理由としては、松井総合経営事務所は高山市を
本拠とし、南部は岐阜市内まで関与先を保有しているが、今後の事務所戦略として名古屋
進出を考えており、特に人材の採用に関して、以前は都市部の大学へ進学しても長男は高
山市へ戻ってくることが多かったが、最近は長男でも戻ってくることが少なくなり、事務
所にマッチする人材の採用に苦労していたという理由があった。また、藤山会計事務所へ
は以前に訪問したことがあり、ビジョンを共有し、共に発展していける素養のある事務所
だとわかっていたからである。
M&A後の状況
藤山会計事務所の所長はひとつの社会的責任を果たせて、安心しており、今後とも引き
続き松井総合経営事務所の発展のために貢献していきたいと考えている。また時間的な余
裕もでき以前からの夢であった「世界一周100日間クルーズ」にでかけることもできた。
名古屋オフィスはM&A後コンサル業務など付加価値の高い高度な業務に積極的に取り組
むようになっている。
名古屋オフィスの業況は、順調で単独でも十分に利益がでている。職員の採用も名古屋
オフィスでも開始し、高山オフィスへの転勤可能であることを条件として採用している。
松井総合経営事務所は、今後は中小企業のM&Aが増えていくと予想しており、一般の
税務業務のみならず、M&A業務支援にも力をいれており、経験豊富な代表取締役専務を
中心としてM&A業務支援をおこなっている。
- 38 -
「事例4」
後継者がいないことによるM&A
<譲受側>
株式会社NITTOH(登記名
ニットー)
設立年月日
昭和48年4月2日
代表者
代表取締役社長
本社所在地
名古屋市北区平安二丁目10番19号
資本金
186,072,006円(平成19年3月末現在)
上場証券所
名古屋証券取引所
年商
約37億円(平成19年3月期)
社員数
164名(平成19年3月現在)
事業内容
住宅リフォーム、床暖房、防水、害虫駆除、清掃
中野
英樹
市場第二部
<譲渡側>
セブンハウス株式会社
設立年月日
平成5年9月3日
代表者
代表取締役社長
所在地
愛知県岡崎市六名南一丁目1番地10
資本金
10,000千円
売上高
約4億8千5百万円(平成18年8月期)
従業員数
7名
事業内容
建築工事業
大竹
保補
セブンハウス株式会社の会社譲渡の理由と経緯
セブンハウス株式会社は、愛知県岡崎市を中心に戸建注文住宅の新築、増改築、介護及
び耐震リフォームなどを展開してきた。地域密着型の営業展開を実施し、業績も順調に推
移し、地域で確固たる地位を築いてきており、住宅新築の実績はおよそ300件程度ある
企業である。
セブンハウス株式会社が、会社譲渡を決断した理由は後継者問題だった。会社の業績は
順調に推移していたが、後継者がいないことが一番の経営課題であった。また、既存顧客
の今後のフォローをどうするかという課題もあり、いろいろと検討をした結果、M&Aが
有効な手段であると判断しM&Aを行うことを決断した。
相手先として株式会社NITTOHを選んだ理由としては、株式会社NIITTOHは、
株式を公開している上場企業であり、信用力が十分であること、そしてセブンハウス株式
会社はM&A後も今までどおりの業務を継続していけることと、社員の処遇も変わらない
ことである。こうして、平成19年7月にセブンハウス株式会社の全株式は、株式会社N
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ITTOHに譲渡され、セブンハウス株式会社は株式会社NITTOHの子会社となり、
新社長には株式会社NITTOHの社長が就任した。もちろん、今までの信用のあるセブ
ンハウス株式会社の社名はそのままである。
株式会社NITTOHの譲受理由
株式会社NITTOHは、中部地区を中心に建設工事事業(リフォーム、防水、ユーテ
ィリティー)や住宅等サービス事業(シロアリ予防・駆除を中心とした害虫獣駆除作業及
び防湿作業、ハウスクリーニング作業)を関東から関西エリアで展開している。岐阜県に
も各務原市鵜沼に岐阜営業所がある。ここ数年は、新規顧客の確保及び既存顧客へのサー
ビス向上、地域密着度の向上に努めている。
セブンハウス株式会社を譲り受けた理由としては、セブンハウス株式会社が地域密着型
の営業展開を実施していること、またセブンハウス株式会社の戸建注文住宅のノウハウを
取得できることである。もちろん、セブンハウス株式会社が堅実経営をしてきており、内
容も良好であることも理由の一つである。
M&A後の状況
セブンハウス株式会社の前社長は現在も会社に会長として残り、自身の担当業務全般の
引き継ぎを兼ねて、業務の指導を行っている。株式会社NITTOHからは、業務引き継
ぎのための専任スタッフが派遣され、営業部長として常駐している。
セブンハウス株式会社の前社長は、会社が今までどおりに承継されて安堵しており、も
ちろん従業員の処遇もそのままで、今後は上場企業の子会社となったことで、福利厚生面
の向上も期待される。
株式会社NITTOHは、セブンハウス株式会社の一般のリフォームや介護リフォーム
業務への協力を徐々に進めており、また、セブンハウス株式会社の持っている不動産売買、
土地活用、税金対策、相続対策などのノウハウの取得を期待している。
- 40 -
「事例5」
人材不足と後継者難によるM&A
<譲受側>
A食品株式会社(仮名)
事業内容
食品製造業
従業員数
数十名
<譲渡側>
B冷菓株式会社(仮名)
事業内容
従業員
氷冷菓子製造
10数名
B冷菓株式会社の会社譲渡の理由と経緯
B冷菓株式会社は、冷菓子を中心とした食品製造会社である。B冷菓株式会社の最近の
経営課題は人材の不足であった。人材の募集を行っても、なかなか従業員が集まらず苦労
していた。今後、人材の不足で経営が不安定になるのを懸念していた。
また一番の問題は後継者難であった。社長は子息がいるが、他の会社に勤務しており、
会社を承継する意思がなかったからである。
そこで、いろいろな方法を検討した結果、会社を継続させるために、M&Aという方法
を選択した。
相手先にA食品株式会社を選んだ理由は、従業員の継続雇用が約束できたことと、A食
品とのM&Aにより経営基盤の安定ができるからである。
A食品株式会社の譲受理由
A食品株式会社は、売り上げが冬期に多く夏期に少ない傾向があった。そこで、夏期の
売り上げを増加し、年間を通じての売り上げ確保が課題だった。また、さらなる売上高の
増加の為、新たな流通網の獲得が必要だった。
B冷菓株式会社を相手先として選んだ理由は、B冷菓株式会社は氷冷菓子の製造が主で、
売り上げが夏期に集中しており、課題である年間を通じての売り上げ確保ができることと、
B冷菓株式会社は、A食品株式会社にない流通網を持っていたので、新たな流通網が確保
でき売り上げの増加が期待できることであった。
また、M&Aの条件として、氷冷菓子の製造技術を持っている、B冷菓株式会社の工場
長が、M&A後も会社に残るということが、実現されたということもある。これは、もっ
とも、工場長本人の希望でもあった。
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M&A後の状況
A食品株式会社は、B冷菓株式会社とのM&Aにより、夏期の売り上げを確保するため
の新規事業を立ち上げなくても、年間を通じて安定的な売り上げを確保できるようになっ
た。またB冷菓株式会社の流通網を獲得し、既存の商品の新たな販売先の確保ができた。
B冷菓株式会社は、全従業員の雇用の確保ができ、そしてA食品株式会社とのM&Aに
より会社規模が大きくなり経営基盤の安定ができた。
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(2) 最終契約に至らなかった事例
「事例1」
仲介業者とM&A発表の時期の重要性
A社は社長が高齢になり後継者を決める時期になっていた。社長には子供さんがいた
が医者になっており会社を継ぐ意志はなかった。社内にも適切な社員はいなかった。A
社は財務内容も良く問題のない会社だった。会社を継続させるために社長はM&Aを決
断し顧問税理士に相談した。顧問税理士は相手先として別の顧問先企業を探しA社の社
長に紹介したが、2社の間に入り仲介することはなく、交渉は当事者同士にまかせた。
A社は問題のない会社だったので話しはすぐに進んでいったが最終のM&Aの契約まで
には至らなかった。原因としては最終の条件交渉やスケジュールが当事者同士では、決
まらなかったことである。やはりM&Aにおいては、当事者同士は利害が対立し意見が
相違することが多いので仲介する業者が必要である。
その後、またこのA社は再度M&Aに望んだ。今度はM&A仲介業務を行う税理士事
務所を仲介に立てることにした。内容の良い会社なので買い手が現れ話しも順調に進ん
だが、A社の社長が仲介者の忠告があったにもかかわらず、最終契約の前に従業員に話
してしまった。
それにより、中心社員が数人退社してしまう事態となり、その他のささいな意見の違
いも重なり買い手企業がM&Aを辞退してしまった。A社はその後、廃業するという道
を選択した。M&Aの発表は必ず最終の契約後という鉄則を守らなければうまくいかな
い。
このA社の場合は、最初のM&Aの時にはM&A仲介業者の必要性があったと思わ
れ、その後の M&A においてはディスクローズの重要性及びタイミングが非常に重要であ
ると思われる。
- 43 -
(3) M&A後に問題が生じた事例
「事例1」
企業文化・風土の違う企業同士のM&A
製造業のA社は後継者がなく、社長が病気になってしまったのでM&Aを行った。B社
が買い手企業だった。A社は老舗企業で社風としては、のんびりした所もある企業で従業
員の平均年齢も高かった。
一方、B社は新進の企業で拡大方針をとり、上場を目指していた。従業員は若い人が多
く、なによりも、仕事を最優先にするという雰囲気だった。M&A後しばらくは、A社の
仕事のやり方は尊重されていたが、次第にB社の仕事のやり方が導入され、A社の社員は
対応できなくなってきた。A社の社員は、元のA社の社長にM&Aは撤回して社長に復帰
してほしいと懇願するという事態にまでなってしまった。その後、A社の社員の多くが退
職してしまった。
M&Aにおいては社風の違う会社同士ではうまくいかない典型的な事例である。会社の
技術や顧客は従業員に帰属するもので、売り手企業の社員の退職は買い手企業にとっては
最も防がなければいけないことである。
「事例2」
工場地盤等の調査の重要性
製造業のA社はB社をM&Aした。B社は工場の地盤が悪いのがM&A前に判明したの
で、それをあらかじめ補修を行いM&Aをした。その後、台風が襲来した時に運悪く河川
が氾濫して工場が水に浸かった。その時にまた地盤が悪化し、大規模な補修が必要となっ
た。M&Aでは財務内容だけでなく、工場の地盤調査等も重要である。
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第6章 おわりに
中小企業の円滑な事業承継は非常に重要なことである。すべての事業主に何時かは必ず
訪れるのが事業承継問題である。何も対策を立てないままに事業承継(代表者の死亡等)
が発生してしまうと、後継者がいる場合でも、その後継者や会社で働く役員・従業員にと
って大きな負担が生じてしまう。相続財産の分配をめぐって、親族内での争いが起こって
しまう場合もある。後継者教育、計画的な経営権の委譲、経営体制の整備、相続問題など、
事業承継対策には長い期間を要するのが通常であるので、計画的に対策を実施していくべ
きである。
今回の調査研究において中心とした、中小企業における、事業承継の方法としての「M&A」
は、認知度がしだいに高まっている。後継者がいない中小企業にとっては、有効な経営戦
略の一つであるので、事業承継対策を検討する際には、
「M&A」という方策も考慮する価値
がある。
県内の中小企業が計画的に事業承継対策を実行して、円滑な事業承継を実現し、今後も
発展していくことを願うところである。
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○
参考文献
・ 会社譲渡のことがわかる本
三宅
卓著
(あさ出版)
・ 中小企業M&A成功事例ファイル
(株)日本M&Aセンター編
・小さな会社のM&A
エヌピー通信社
ハッピーな売り方上手な買い方
黒木
貞彦著
実業之日本社
・ 平成19年度税制改正の実務ポイント
名南経営センターグループ
・ 中堅・中小企業のためのM&Aハンドブック
大阪商工会議所
・ 中小企業白書2004年版
・ 経済産業省
○
2006年版
工業統計
参照ホームページ
・ 独立行政法人
中小企業基盤整備機構
http://www.smrj.go.jp
・ (株)日本M&Aセンター
http://www.nihon-ma.co.jp
・ 東京商工会議所
http://www.tokyo-cci.or.jp
・ 大阪商工会議所
http://www.osaka.cci.or.jp
・ 名古屋商工会議所
http://www.nagoya-cci.or.jp
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中堅・中小企業の事業承継とM&A
発
行
財団法人 岐阜県産業経済振興センター
〒500-8384 岐阜市薮田南5丁目 14 番 53 号
岐阜県県民ふれあい会館 10 階
TEL:058-277-1085
FAX:058-277-1095
E-mail:[email protected]
URL:http://www.gpc.pref.gifu.jp
担
当
発行日
情報支援部
主任研究員
川合
浩
平成 20(2008)年 3 月
無許可で複製することを禁じます
この報告書は、岐阜県からの補助金を受けて
作成しています
平成20年3月
財団法人岐阜県産業経済振興センター
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