石油価格 - 梶井厚志のホームページ

石油価格
梶井厚志 松井彰彦
年 月
Q:数年前に1リットル 円ほどしていたガソリンの値段が、いまは
円ほどに下がりました。ガソリンスタンドが増えたわけでもないのに
ど うして値下がりしたのですか?
回答者:梶井厚志・松井彰彦
年4月に 円 だったレギュラーガソリンのサービス・ステー
ション( )店頭価格の平均(石油情報センター調べ、価格に関しては以
下同様)は、 年 月には 円 程度となり、2年半あまりの間に
1リットルあたり 円ほど 下落してしまいました。現在、激戦区ですと
円前後の競争というところもあります。ガソリンには リットルあた
り約 円の税金が消費税とは別にかかっていますから、 にとっての実
質の価格は、 円 程度から、
円 以下に下がり、収益を圧迫してい
ます。
ガソリン価格はその原料である原油価格に影響を受けますから、原油価
格が下落すればそれによってガソリン価格も下落する可能性があります。
しかし 、この期間に原油価格は逆に約 円 上昇しています。この原油
価格の上昇も考慮に入れたガソリンの実質価格は、 年 月から 年 月までに、平均でも 円下がったことになります。当該期間のガソ
リン価格の下落を原油価格の変動に帰することはできません。
それでは、自由化による価格競争の結果という説明はど うでしょうか。
近年、日本の石油精製業の非効率性が指摘され、その効率化のための施策
が議論されてきました。石油産業の自由化問題もその1つです。 年
の特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)の廃止に伴い、ガソリンなどの
石油製品の輸入が 関税が残っているとはいえ 自由化され、市場をとりま
く環境に大きな変化が訪れました。これによって商社等がガソリンの輸入
をすることが可能になるので、市場の競争は一気に進むと期待されまし
た。競争が激しくなれば 、 の店頭でも利の薄い販売をせざ るを得なく
なり、最終的な消費者へのガソリン価格は下落するというしくみです。
しかしながら、現実には商社ら参入組の製品輸入製品市場への参入は
ほとんど 見られず、相変わらず原油を輸入してそれを自国で精製、販売
するという、いわゆる石油精製業社・元売りの寡占体制が維持されました
(新規参入組による製品輸入はガソリンの場合、国内需要量の %( 資
源エネルギー庁)にとど まっています)
。また質問にもあるように、この
期間において既存の への競争相手が増えることはありませんでした。
むしろ、この間 数は 年末の 店から 年末の 店( 資
源エネルギー庁)へと減少しています。ですから、ガソリン価格の下落を
販売店の増加による競争の激化に帰することもできません。
それでは、より一層の競争を目指したこの規制緩和措置は、ガソリン価
格の下落に影響を与えなかったのでしょうか。問題を解く鍵は、規制緩和
措置に伴って、石油業界のライバル会社の間の戦略的環境に変化が起こっ
たことにあります。ガソリンの安売り合戦は、とくに特石法廃止の方向性
が濃厚になった 年初め頃から加速してきました。このころ、ガソリ
ン販売への異業種の参入計画が具体化してきます。これとほぼ同じ時期に
ガソリンの末端価格の低下が始まり、この価格競争は多くのSSでランニ
ング・コスト割れという状況にまで進みます。これでは新規参入をしても
旨味はなく、ガソリンの輸入およびSSへの参入という異業種各社の計画
は腰を折られた格好となりました。製品輸入を通じた参入はほとんど 生じ
ませんでしたが、既存企業の戦略的市場行動が大きく変化した結果が、価
格の下落という形で現われたと考えることができるのです。
しかし 、参入が起こらなかったのは納得が行くとしても、損をしてまで
安売り競争をした既存企業の戦略は、経済的にみて合理的だったのでしょ
うか。これは次のように考えられます。既存企業が高い価格を維持したま
まですと、参入の旨みが生じますから、特石法廃止後の参入を検討する企
業も出てくるでしょう。これらの企業が実際に参入したあとで価格競争を
仕掛けても、いったん参入してしまった企業は簡単には土俵を割らないで
しょう。しかも、販売店の数が増えてしまっているので、いっそうの激し
い競争が予測されます。既存企業にとっては、価格は下がる、シェアも下
がる、という最悪の結果に陥る可能性があります。それくらいなら、始め
から参入の旨みがなくなるくらいまで価格を下げておけば 、価格が下がる
のは仕方ないとしてシェアを維持することは可能になってきます。
間の競争の場合は、この効果を助長するもう1つの要素がありまし
た。元々ガソリンの高価格は 暗黙的にせよ明示的にせよ) 間の結託
によって維持されていました。結託は明日の利益があるからこそ生まれま
す。いま結託した相手を裏切って価格を下げると、相手も報復して価格を
下げてくる。それくらいなら裏切りによる短期的な得を取るより長期的
に仲良く利潤をあげていったほうがいい。このような裏切りを防ぐ メカニ
ズムがあって始めて結託がうまく機能します。しかし新規参入の脅威が生
じ 、協力を通じた将来の利益の確保が難しくなると、参入が起こる前に価
格を下げて客を呼び込み、とりあえず得をしておいたほうが良いことにな
ります。したがって、実際に参入が起こらなくても、参入自由化が結託か
らくる将来の予想利益を減らし 、競争を助長する結果となったわけです。
規制緩和や自由化に伴うもっとも効果の大きい変化は、新規参入者によ
る競争の激化によってもたらされるものではなく、すでにシェアをもつ企
業の市場行動の変化であると考えられる場合がしばしばあります。新規参
入がおこらなかったから、これらの措置が無意味だったと考えるのは早計
です。特石法廃止決定以降のガソリン市場における市場行動の変化は、そ
のよい例です。このような市場行動は参入阻止行動と呼ばれており、参入
自由化の参入なき効果と考えられています。