[08]人事評価基準の検討 - 経営学論集 JABA.jp

【経営学論集第 84 集】院生セッション
[08]人事評価基準の検討
神戸大学
小西
琴絵
【キーワード】人事評価(personnel evaluation),能力評価(ability evaluation),
能力(ability),職務遂行能力(capacity to perform),コンピテンシー(competency)
【要約】本稿では,人事評価における能力の評価,特に職務遂行能力とコンピテンシーにつ
いて,その定義や評価基準を整理し,そこから,今後の評価基準を考える際に,どのような
点が重要になってくるのかを検討する。
今日まで日本企業において用いられてきた能力の評価を体言する概念として職務遂行能
力とコンピテンシーがある。これらの概念はどちらも職務上必要な潜在的能力,顕在的能力
のどちらも含める能力であるが,先行研究を検討した結果,属人的な能力基準である職務遂
行能力では,測定基準が曖昧になりやすく,従業員の持つ本来の能力水準を確認することが
難しい。そのため,次期の人材育成をいかにして行なうかを決めることが難しいのである。
この事態を克服するためには,従業員へ求める能力の具体化と同時に,測定基準を職務と
関連性の高いものへと変え,現在あるいは未来の職務に必要とされる能力だけを洗い出す作
業が必要となるであろう。
1. はじめに
人事評価は,日本において伝統的に成績,情意(態度),能力という 3 要素を軸として
評価制度が設計されてきており,この傾向は 1990 年代以降の成果主義的な人事制度が導入
された以降も継続している(髙橋, 2010)。しかし,評価基準や項目の曖昧さ,評価する
側とされる側との双方が評価に対して不満を持ってしまう(Bratton & Gold, 2003; Carroll
& Schneider, 1982; Locher & Teel, 1977)といった様々な問題があり,それらは解消さ
れていない。この様な状況は,企業側がどのような人材を必要とするか,どの様な人材を
重視するかといった具体的な人物像の基準や要素が示されていないことに起因すると考え
られる。そのため,この点を明らかにすることでより曖昧さを排除し,評価する側・され
る側双方の不満が解消される評価制度の設計が可能になるのではないかと考える。
従業員に求める成績などは具体的に数値化するなど可視化し,基準を設定することが可
能であるが,企業が求めている能力とはどのようなものであるかを明確に示し,その能力
をどの程度保有していることを望んでいるのか基準を設定することは困難である。そこで
本稿は,能力の評価基準を設計する足掛かりとして,従来日本企業において重要視されて
きた能力の評価基準(職務遂行能力とコンピテンシー)について整理し,そこにどのよう
[08]-1
な問題点が存在するのかを明らかにしていく。
2. 人事評価
人事評価制度とは,賃金や人員配置といった処遇を決めるためだけのものでなく,能力
や働きぶりなどを評価し,その結果を人事管理に反映させるための管理活動である(今野・
佐藤, 2009)あり,人的資源管理制度において重要な役割を担っている。ここでは,組織
が誰を必要し,どのような人材を重視するかといった具体的な人物像を示し,それを実現
するための人事施策を設計していく。つまり,企業は人事評価を用いて,組織的な目標を
個人的な目標へと変換し,企業目的に合致した人材を高く評価し,育成する仕組みを作り
上げているのである(今野・佐藤,2009)。
人事評価とはどのようなものであるかをより明確にするため,髙橋(2010)は,これま
での先行研究において様々定義された人事評価を挙げたうえで,人事評価とは①昇進・昇
格や給与,異動,能力開発などの企業活動に活用する目的のために,②仕事の成果や業績,
仕事に関する能力や知識,適正,態度や意欲などの評価要素を用いて,③上司などが評価
を行う手続きである(髙橋, 2010)とまとめている。
3. 人事評価基準
日本企業における伝統的な評価基準は,成績,情意(態度),能力の 3 つの要素を軸と
して評価制度が作られることが多く,成果主義が広まり始めた 1990 年代以降もこの傾向が
続いている(髙橋, 2011)。以下では各基準の詳細を評価項目とともに整理し,3 要素の
中でも,特徴的で重要視されてきた能力評価とその項目,特に職務遂行能力とコンピテン
シーのそれぞれに関してさらに検討を加えていく。
3-1. 評価基準とその項目
ここでは,日本企業における伝統的な 3 つの評価基準について概要をまとめる。
まず成績評価とは,評価の対象となる期間(通常半年から 1 年)の仕事について,上司
からの指示や自分で定めた目標に対してどれだけやったのかを評価の基準とする項目であ
る。ここでは仕事の目標の達成度や出来栄えが評価の対象となる。大企業などでは目標管
理制度(MBO)によって行われることが多く,一定期間に従業員が示した業績や評価を判断
するために,主観的な判断や印象に評価が大きく左右されることはない。具体的な評価項
目としては,仕事の速さや量といった量的達成度と仕事の正確さや出来栄えなどの質的達
成度という 2 つの側面から規定される(髙橋, 2010; 三輪, 2003)。
次に情意評価とは,企業組織の一員としての自覚や意欲を測るもので,評価期間内の仕
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事への取組み姿勢を評価の基準とする項目である。具体的な評価項目は,規律や協調性,
責任感などが含まれ,個人的な属性だけではなく,数字として表れにくい努力や意欲の高
さなど,通常であれば見過ごされがちな態度や行動も評価の対象としている(髙橋, 2010)。
そして能力評価とは,資格等級にふさわしい能力(習得要件と習熟要件)をどれだけ身
に着けているか,あるいはそれがどの程度開発されたかについての評価の基準とする項目
であり,職務を遂行していくうえで必要とされる能力を,従業員がどの程度保持している
かを評価するものである。具体的な評価要素としては,理解力,判断力,企画力,表現力
や折衝力,指導力などの職務遂行能力,業務に関する一般的,専門的知識,技術の保有レ
ベルが挙げられる(髙橋, 2010)。これは日本企業における人事評価において最も特徴的
とみなされる能力評価の基準である(福井, 2009; 三輪, 2003)が,その評価項目は,具
体性に乏しく客観的評価が難しいとの指摘もある。
日本企業において 3 つの評価要素のうち,能力評価を重視するべきであると主張されて
きた(日本経営者団体連盟, 1969)。このことは,業績や成果といった行動的な側面だけ
ではなく,従業員個々人の保有する能力や態度などの属人的な側面についても評価するこ
とを表している。
3-2. 職務遂行能力とコンピテンシーの評価基準とその項目
3-2-1.
職務遂行能力の概念とその評価基準
3-1 でも触れたように,日本企業では能力を重視して従業員を評価する傾向にあり,こ
こでの能力とは,特に職能資格制度と深く結びついた職務遂行能力のことを指している。
職務遂行能力とは,日本経営者団体連盟が「企業の構成員として,企業の目標達成のた
めに貢献する能力であり,業績として顕在化しなければならない。能力は職務に対応して
要求される個別的なものであるが,それは一般には体力・適正・知識・経験・性格・意欲
の要素から成り立つ。それらはいずれも量・質ともに努力,環境により変化する性質をも
つ。開発の可能性をもつとともに退歩のおそれも有し,流動的,相対的なものである(日
本経営者団体連盟, 1969)」と定義している。
しかしながら,ここで示した職務遂行能力が,その意図のまま企業には浸透することは
なく,実際には従業員の潜在能力を指す概念として定着するようになったのである。
これには日本企業における職務の曖昧さが寄与していると考えられる(福井, 2009)。
日本経営者団体連盟が示した定義に従うのであれば,職務遂行能力とは職務分析を通じて
明らかにされた能力のことを指すが,これまでの日本企業において職務の概念そのものが
曖昧であったために職務遂行能力もまた曖昧なものとして扱われ,そして企業がそれぞれ
に解釈を加えていったため,企業特殊的な要素を多く含んだ能力概念と変化したと考えら
れる。
そして,このことが現在までにこの職務遂行能力の全体像やその構成要素に関する体系
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的に整理された研究は見当たらない理由であると考えられる。職務遂行能力からは,問題
解決能力や計画立案能力,対人折衝能力,適応能力,調整能力,統合能力などの人間の幅
広い才能のことをイメージすることが多いが,これらが職務遂行能力の中核要素なのか,
中核要素は別にあるのか定かではない。このため,職務遂行能力を過不足なく科学的にと
らえる概念としてコンピテンシーが注目されるようになったのである(髙橋, 2010)。
3-2-2. コンピテンシー概念とその評価基準
コンピテンシーの概念が日本の人事評価に用いられるようになったのは,これまでの人
事評価の年功的運用の打開や,顕在能力への注目からであるとの考えが通説的である。そ
の他にも,コンピテンシーが知的労働者の持つ多面的な能力を評価するための評価基準を
含んでいることが,日本企業が導入に至った経緯であるとの考察もなされている(福井,
2009)。そして,職務の境界が曖昧で職務遂行能力を用いて能力評価を続けるよりコンピ
テンシーを評価基準として用いることで,能力の評価をより包括的に行えるのではないか
との示唆もある。
つまり,日本企業が評価基準としてコンピテンシーを導入した理由には,従業員の仕事
上の能力や働きぶりを包括的に把握できる概念であると捉えていたからだと考えられる。
また,今後グローバル化のさらに進展が進み,仕事内容が複雑化していく状況において,
能力評価をより今まで以上に重視する傾向があると考えられる。
では,コンピテンシーとはどのような概念でどのような評価基準を有しているのであろ
うか。コンピテンシーの概念は,心理学における人間行動の動機に関する研究分野から概
念化したものであり,1950 年代にはすでに使用されていた(二村, 2001: 福井, 2009)。
コンピテンシーに関する初期の定義は,White(1959)によって書かれた “Motivation
reconsidered: The concept of competence” にまで遡ることが出来る(金井・髙橋,2004:
髙橋, 2010)。この論文では,精神分析や動物心理学の分野での研究を基に,コンピタン
スとは「環境と効果的に相互作用する有機体の能力(ability)」であると定義し,動因で
も本能でもないコンピテンスとういうモチベーションの新しい概念を抽出したのである。
その後の 1970 年代にコンピテンシーの概念がビジネスの世界に導入され,Boyatizis
(1982)や Spencer & Spencer(1993)などによって,コンピテンシーは成果につながる
根源的な特性であると定義づけられ,外部からは開発しにくい根源的な特性として,動機
や自己概念,性格の要素を重視する傾向となった。そして,それ以降のコンピテンシーの
定義は Spencer & Spencer(1993)の研究の影響を受けているものが多い。例えば,Lucia
& Lepsinger(1999)は「ある人の職務(役割もしくは責任)の主要部分に影響する知識,
スキル,そして態度のまとまりであり,それは職務を遂行することに関連があり,よく受
け入れられている基本と比較して測定することができ,教育訓練と能力開発を通して開発
することができる。(p.5)」とコンピテンシーを定義し,評価ならびに育成が可能である
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ことを加えている。さらに,Arthey & Orth(1999)は「コンピテンシーは観察可能な業績
の要素(dimensions)であり,高業績につながり,持続可能な競争優位を組織にもたらす
集団的なチーム(collective team),プロセス,組織的な能力,行動と同様に,個人の知
識,スキル,態度,行動を含む。」と定義し,個人だけではなくチームなどの組織を含め
て分析の対象として考察しており,競争優位という戦略論における重要な要素との関連性
に触れている。
この様にコンピテンシーの概念には画一的な定義はなく,研究者やコンサルタント会社
が提唱してきた様々な概念が混在しており,提唱者の数だけ定義が存在するといっても過
言ではない程に多く存在している(Shippmann et al.,2000)。これは,コンピテンシー概
念がとても多義的であり,コンピテンシーにどのような要素と基準が含まれているかが不
明確であるからであるとの指摘もある。
その構成要素や評価基準の混乱は,研究の初期のころから発生している。表 1 は,コン
ピテンシー概念の生成に寄与した Boyatzis(1982)の「コンピテンシー・モデル」で,こ
こでは,6 領域 21 要素からコンピテンシーをとらえようとしている。そして,今日のコン
ピテンシー概念の基礎となった Spencer & Spencer(1993)は「コンピテンシー・ディク
ショナリー」を設定し,6 領域 20 要素でコンピテンシーをとらえようとしている(表 2 参
照)。
表 1:コンピテンシー・モデルの構成要素
領域
① 目標と行動の管理
要素
領域
・効果性指向
④
部下への指揮命令
要素
・他者育成
・主体性の発揮
・一方的パワー行使
・コンセプトによる分
・自由奔放
析
・影響力への関心
② リーダーシップ
・自信
⑤
他者指向
・口頭プレゼンテーシ
・自己管理
・客観的認識能力
ョン
・スタミナと順応性
・論理的思考
・親密な関係への関心
・概念化
③ 人的資源管理
・社会的影響力の行使
・ポジティブな見方
⑥
専門知識
・専門的知識
・関連知識,知識活用
・グループマネジメン
ト
・正しい自己評価
出典:Boyatzis(1982),髙橋(2010, 150 頁, 図表 10-4)より
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表 2:コンピテンシー・ディクショナリーの構成要素
領域
① 達成・行動
要素
領域
・達成指向
④ 管理領域
・秩序,品質,正確
要素
・他者育成
・指導
性への関心
・チームワークと協
・イニシアチブ
力
・情報収集
・チームリーダーシ
ップ
② 援助・対人支援
・対人理解
⑤ 知的領域
・顧客支援指向
・分析的思考
・概念的思考
・技術的,専門職的,
管理的専門性
③ インパクト・対人
影響力
・インパクト,影響
⑥ 個人の効果性
・自己管理
力
・自信
・組織感覚
・柔軟性
・関係構築
・組織コミットメン
ト
出典:Spencer & Spencer(1993),髙橋(2010, 151 頁, 図表 10-5)より
これら 2 つのモデルは,どちらも領域が 6 つであること,また構成要素を比較してもそ
の内容が近しいことから,類似した構成概念であると考えることができる。さらに,行動
や成果等のより顕在化している能力を示すものと,行動などには表れにくく個人内部に保
有している潜在的な能力を示すものが混在していることもすぐに理解出来よう。
3-2-2. 職務遂行能力とコンピテンシーの相違点
これまでに,職務遂行能力とコンピテンシーについて概念定義や企業に導入されるに至
った経緯などについてまとめてきたが,ここでは,職務遂行能力とコンピテンシーとの相
違点について考えていきたい
コンピテンシーとは,1970 年代より日本企業で普及してきた職務遂行能力に極めて類似
するものであると捉えることができるかもしれない。これら 2 つの概念を類似したもので
あると考えている研究者もいる。しかし,類似であると考えることが可能であるにも関わ
らず,日本企業ではあえて企業で必要な能力をとらえるために,職務遂行能力からコンピ
テンシーへと移行させようという風潮が強まっている(福井, 2009)。それは,職務遂行
能力とコンピテンシーの概念の共通点もさることながら異なる点も存在するからであると
考える。
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職能遂行能力とコンピテンシーの相違点として頻繁に取り上げられるのが,職務遂行能
力が個人の保有している潜在能力に重点をおく概念であったのに対し,コンピテンシーは
仕事や成果に直結する行動や顕在能力を表す概念であるという点である。本寺(2000)は,
能力を評価する項目において,これまでの職務遂行能力では「~できる」と表現されてい
たのが,コンピテンシーによる評価では「~している」と表現を変化されており,これが,
潜在能力から顕在能力への移行であると述べている。
しかし,このような理解は誤りであると考えられる。コンピテンシーの概念定義の中に
は,既に潜在的な能力と顕在的な能力の双方に触れているのである。3-2-2 の表 1・2 から
もわかるように,コンピテンシーの構成要素には,潜在的・顕在的の両方の能力が存在す
るのである。では,どこに異なる点があるのであろうか。日本企業にとって重要な差異と
して認識される点は,コンピテンシーが職務関連的であるという点である。職務関連的な
能力であるがゆえ,職種別・階層別に具体的な測定基準を設定することが可能となるので
ある(福井, 2009, 35-36 頁)。この差異こそが,日本企業において職務遂行能力からコ
ンピテンシーの導入へと変化をも要因としていると考えられる。
コンピテンシーは,高業績者と平均的業績者を実際の職場から選び,双方のデータを収
集し,このデータから,業績に差異をもたらしている要因を分析し,コンピテンシー・モ
デルを構築する。このように,コンピテンシーは職務あるいは職種ごとの現職の高業績者
から導出される能力であり,職務に関連性の高い能力が示されることは間違いない。職務
調査や職務分析を行なわずに抽出される職務遂行能力とはこの点で大きく異なっているの
である。
コンピテンシーを導出する方法は従来の職務遂行能力の抽出方法よりもはるかに精緻で
ある。そして,コンピテンシーの普及の背景には,知識社会における創造的な役割を遂行
しうるような人材育成をこれまで以上に重視するという,企業の意図があると考えられる。
属人的な能力基準である職務遂行能力では,測定基準が曖昧になりやすいので,従業員の
持つ本来の能力水準を確認することが難しい。そのため,次期の人材育成をいかにして行
なうかを決めることが難しいのである。この事態を克服するためには,測定基準を職務と
関連性の高いものへと変え,現在あるいは未来の職務に必要とされる能力だけを洗い出す
作業が必要となるのである。
4. まとめ
人事評価とは,従業員の働きを評価することに用いられる人的資源管理の諸制度の一つ
である。日本では,成績,情意・能力の 3 要素を軸として伝統的に評価制度が設計されて
きており,この 3 つの中でも特に能力の評価を重要視する傾向にあった。
ここでの能力とは,従来の日本企業であれば職務遂行能力を指していたが,職務概念の
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曖昧さなどにより本来的な意味とは離れた意味合いを含んだ概念へと変化し,一般的に職
務を遂行する上で必要となる能力の評価ではなく,企業特殊的で年功的な意味合いの強い
能力観へと変化し,多くの企業へと受け入れられていった。
さらに,このことが今日に至るまでにこの職務遂行能力の全体像やその構成要素に関す
る体系的に整理された研究は見当たらない理由であると考えられる。職務遂行能力からは,
問題解決能力や計画立案能力,対人折衝能力,適応能力,調整能力,統合能力などの人間
の幅広い才能のことをイメージすることが多いが,これらが職務遂行能力の中核要素なの
か,中核要素は別にあるのか定かではない。このため,職務遂行能力を過不足なく科学的
にとらえる概念としてコンピテンシーが注目されるようになったのである(髙橋, 2010)
また,日本企業が評価基準としてコンピテンシーを導入したその他の理由として,従業
員の仕事上の能力や働きぶりを包括的に把握できる概念であると捉えていたからだと考え
られる。今後グローバル化の進展がさらに進み,仕事内容が複雑化していく状況において,
能力による評価をより今まで以上に重視する傾向があると考えられる。
このコンピテンシーの概念は,成果につながる根源的な特性であると定義づけられ,外
部からは開発しにくい根源的な特性として,動機や自己概念,性格の要素を重視する傾向
となった。そして,それ以降のコンピテンシーの定義は Spencer & Spencer(1993)の研
究の影響を受けているものが多いが,コンピテンシーの概念には画一的な定義はなく,研
究者やコンサルタント会社が提唱してきた様々な概念が混在しており,提唱者の数だけ定
義が存在するといっても過言ではない程に多く存在している(Shippmann et al.,2000)。
職務遂行能力とコンピテンシーのどちらの概念も職務上必要な潜在的能力,顕在的能力
のどちらも含める能力であることは先行研究の整理から理解できたが,コンピテンシーの
普及の背景には,知識社会における創造的な役割を遂行しうるような人材育成をこれまで
以上に重視するという,企業の意図があると考えられる。属人的な能力基準である職務遂
行能力では,測定基準が曖昧になりやすく,従業員の持つ本来の能力を確認することが困
難である。そのため,次期の人材育成をいかにして行なうかを決めることが難しいのであ
る。この事態を克服するためには,従業員へ求める能力の具体化と同時に,測定基準を職
務と関連性の高いものへと変え,現在あるいは未来の職務に必要とされる能力を洗い出す
作業が必要となると考える。
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