自転車競技者のペダリングスキルを評価するための運動

自転車競技者のペダリングスキルを評価するための運動計測システム
○徳安 達士(福岡工業大学)
,松本 慎平(広島工業大学)
Measurement system for the evaluation of pedaling skill of a road racer
○Tatsushi TOKUYASU (FIT), and Shimpei MATSUMOTO (HIT)
Abstract: Though pedaling skill has been practically used in the field of cycle road race, this evaluation method has not
been proposed. Then, this study aims to propose a novel method to evaluate the pedaling skill. In this paper, a relationship
between the subjective evaluation of a skilled cyclist and his muscular activity form against the saddle height is
investigated.
1.緒言
競技自転車では,シューズとペダルを固定化するビ
ンディングペダルの利用が一般的であり,これにより
筋発揮力を効率的に自転車推進力に変換するペダリン
グスキルが提唱され,広く実践されている.ビンディ
ングペダルを用いた場合,一般的なフラットペダルを
した場合とは異なり,クランクを滑らかに回転し続け
れることを仮説立て,表面筋電位で推定できる下肢筋
群の活動状態と乗り心地の関係について調査する.本
稿においては,ペダリング運動条件下においてサドル
高さを動的に制御できる実験装置について紹介し,ペ
ダリングスキル評価に繋がる予備研究として,筋活動
状態および乗り心地に関する官能評価との関係ついて
調査したのでこれらについて報告する.
るイメージで運動を継続しなければならない.ペダリ
2.方法
ング運動は,一見すると単調動作の繰り返しにも見受
2.1実験装置
けられるが,身体解剖学的には多くの筋群を連動させ
ることで運動を構成している.
Fig. 1 に本研究が構築した実験装置を示す.本装置は,
市販の自転車エルゴメータシステム(竹井機器工業製,
自転車競技においては,サドルとハンドルを選手自
Active 10 II)に著者らが独自に設計構築したサドル高さ
身の身体的特徴に合うように適切に設定する必要があ
自動調整装置を搭載したものと,表面筋電図として高
る.その中でもサドル高さの決定が最も重要な意味を
感度増幅器(日本光電社製,MEG-6108)とで構成され
持つであろうことは経験的にも学術的にも考えられて
ている.これらの機器は実時間計測制御可能なコンピ
いる[1].ビンディングペダルを利用することにより,
ュータでリンクされているので,サドル高さを制御し
サドル高さがペダリング運動に関係する筋群の活動水
ながら表面筋電データを計測することができる [2].
準および関節可動域の決定要素となるのである.この
2.2実験方法
ように重要な意味を持つサドル高さであるが,現在推
奨されている方法は股下寸法×0.875の高さを基準とし
著者らは本研究を着手するにあたり,自転車競技力
の本質は長年のトレーニングや競技経験によって培わ
て,その前後で自分に適した高さを探すというもので
ある.この方法に従えば,結局のところ選手は自身の
経験や走行感覚を頼りに調整するか,経験者の助言を
受け入れるかという不明瞭な根拠に基づいて調整をせ
ざるを得ない.
ペダリングスキルは,自転車走行という状況下にお
いて身につけた後付けの感性に基づく身体動作である.
先述のように身体動作には内在する多くの筋群動員が
不可欠であり,これらすべてを意識的に制御すること
は不可能であり,またすべての活動筋群を測定するこ
とも不可能である.しかし,ペダリング運動に参加す
る主要筋群の活動は表面筋電位を用いて測定すること
ができる.そこで本研究は,高度なペダリングスキル
は適切なサドル高さの設定条件下においてのみ発揮さ
第13回システムインテグレーション部門講演会(SI2012)(2012年12月18日~20日・福岡)
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Fig. 1 Experimental environment
SY0012/12/0000 - 1290 © 2012 SICE
れたペダリングスキルにあると考えている.したがっ
て単純な競技力よりも長年のキャリアで培われた確か
なペダリングスキルを持つ被験者を用いる.また,被
験者数を 1 名とし,提案手法を確立することを優先す
る.
実験条件として,負荷の設定を被験者が身体的な疲
労すなわち筋疲労の影響が出ない程度とし,本稿では
100[watt]とする.100[watt]の負荷設定において,被験者
の心拍数は 100[bpm]を若干下回る程度である.また,
高負荷に設定すると,表面筋電位では測定が困難な内
転筋や深部の筋群が活発化することから,あえて低負
Fig. 3 Result of evaluation for muscular activity form by
荷で活発化する筋群を測定対象とする方針である.
100[watt]の負荷設定において被験者は 70[rpm]の一定
using principal component analysis
ペースでペダリング運動を継続する.被験者の主観的
評価から良好なサドル高さは 665mm 近傍にあると仮定
被験者のサドル高さに対する主観的評価として,実
し,
サドルの高さを 680mm から 3mm/min のペースで動
験中の感覚を頼りに,各サドル高さを 7 段階{とても
的に下降させ,10 分間で 650mm まで下降させる.
高い,高い,少し高い,ちょうど良い,少し低い,低
下肢筋群の活動分析を行うために自転車運動に関連
深いと考えられる大腿直筋(RF: Rectus Femoris),大腿二
頭筋(BF: Biceps Femoris),前脛骨筋(AT: Anterior Tibialis),
下腿三頭筋(TS: Tericeps Surae)の 4 か所を測定対象とし,
ディスポーサル表面電極を添付して各々の表面筋電位
を測定する.
い,とても低い}で評価した.
4.結果
Fig. 2に実験中の被験者の様子を示す.被験者は実験
中はハンドルを把持したままの姿勢を維持してペダリ
ング運動を行った.実験終了後,各サドル高さに対す
る主観を確認したところ,Table 1のような回答が得ら
2.3評価方法
実験では,4 カ所の下肢筋群表面筋電データが測定さ
れる.本研究では,ペダル 1 回転毎の筋活動量を推定
するために,表面筋電位に対して二乗平均平方根処理
を施す.計測時間の 10 分間で 700 個の活動量データが
得られることになる.各活動量データにサドル高さを
記憶させ,相関行列に基づく主成分分析を実施すると,
各サドル高さでの主成分得点平均点を算出することが
できる.横軸にサドル高さ,縦軸に各主成分得点平均
点をプロットしたものを筋活動状態の評価に用いる.
Table 1 Subjective evaluation
れた.
次に,Fig. 3にサドル高さ毎の主成分分析の結果を示
す.本研究が同一被験者に対して実験を繰り返した結
果,各主成分の寄与率が第一主成分:約34%,第二主成
分:約26%,第三主成分:約24,そして第四主成分:約
14%となった.したがって,累積寄与率が75%を超える
第一,第二,第三主成分得点をサドル高さ毎にプロッ
トした.Fig. 3から665mmの高さで,3つの主成分得点が
交差しているのが確認される.また,交点における各
主成分得点はほぼゼロである.
5.考察
提案手法において,筋活動状態を4つの下肢筋群活
動量を主成分分析し,第1~第3主成分平均得点の推
移から評価した.その結果,サドル高さに対する主観
評価のちょうど良い高さと主成分得点の交点とがほぼ
一致する結果を得た.主成分分析において重要なのは,
得点の分布形態から各主成分の意味付けを行うことで
あるが,現時点で各主成分について適切な意味付けは
できていない.しかし,3つの主成分得点がゼロ近く
で交わったことは,そのサドル高さでは下肢筋群が特
徴的な動作をしていないと解釈できる.このような解
釈を用いれば,下肢筋群は必要最小限の動きでペダリ
Fig. 2 Experimental scene
ング運動を実現していると考えられる.さらに,この
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考え方をペダリングスキルの評価に結びつけるために
は,筋活動量だけでなく筋負荷量とトルクの関係から
実質的な変換効率について調査する必要がある.今後,
本研究は表面筋電位から筋負荷量を推定する手法につ
いて検討し,平行してクランク周りのトルク計測を可
能とする装置の構築について検討する.
6.結言
本研究は,競技自転車のペダリングスキルに着目し,
これを定量評価する方法について検討した.実験では,
熟練競技者のサドル高さに対する主観的評価と下肢筋
群活動量の主成分分析による活動状態との関連を調査
した.結果として,主観的評価でちょうど良いとされ
たサドル高さにおいて,第1~第3主成分得点がゼロ
付近で分布する傾向が得られた.
謝辞
本研究の一部は競輪の補助(24-78)を受けて実施した
ものである.
参考文献
[1] F. Hug and S. Dorel, Electromyographic analysis of pedaling: A
review, Journal of Electromyography and Kinesiology 19, pp.
182-198.
[2] 徳安達士,松本慎平,平木場浩二,章忠,主観性と筋群
活動パターンの複合評価に基づく競技自転車のサドル高さ決
定システムの開発,第10回情報科学技術フォーラム講演論文
集, pp. 55-60.
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