第18回 姉妹都市親善訪問団派遣報告書 随行:小野市国際交流協会 【日 程】 【団 員】 【随 行】 副会長 中村圭一 平成21年3月27日(金)∼4月5日(日)(10日間) 小林由佳(団長) 井上広大 井上浩明 藤本拓也 成岡隆介 住本映美 室谷琴乃 閹橋茉央 岩本将和 中尾亮太 中村圭一 【担当旅行社】株式会社 いざ出発! ハロートラベル 市役所前にて サンフランシスコ,ツインピークスにて 【行 程】 3 月 27 日(金) 13:20 小野市役所発 ∼ 15:30 関空着 ユナイテッド航空のカウンターで、荷物を預け搭乗手続きをした。その後、見送りの方々とお別れし、 手荷物・ボディチェックも無事通過。 17時50分、予定より5分早く、UA886便は約9時間半のフライトに入った。順調に飛行し、 現地時間27日午前11時に、サンフランシスコ空港に到着する入国審査・税関通過も問題なく、全員 アメリカの土を踏んだ。 出口を出ると、現地添乗員の河合マミさんが出迎えてくれた。早速バスに乗り込み、サンフランシス コ見学に向かった。まず、ツインピークスと言う見晴らしの良い丘に案内をして貰って、サンフランシ スコ湾や市内を展望し、記念撮影。今日は、結構暑くこんなのは珍しいようだ。この辺のお家にはほと んどエアコンがないらしく、年中涼しいらしい。道沿いには、カリフォルニアポピンと言う黄色い花が 綺麗に咲いている。 昼食は、フィッシャマンズワーフ近くの、3番埠頭にあるレストランでカニ料理をいただく。次に、 ゴールデンゲートブリッジ(金門橋)を見学した。この橋は、1998 年に瀬戸大橋と姉妹橋を結んでいる。 その後、坂道を行くケーブルカーも見ながらチャイナタウンを車窓見学し、16時には Hilton Hotel にチェックインした。ケーブルカーは、140年前に馬車に代わってでき、当時は8路線もあったが、 今は3路線になっている。 1 各自、部屋で一休みして、アメリカ上陸の雰囲気を噛みしめた。19時、Hotel のレストランで、夕 食をいただく。メニューは、野菜サラダ・パン・チキンのソテー・デザート・コーヒーetc、まずまず・・ 美味しい。明朝7:50集合の約束をして、・・・おやすみなさい。 あこがれの街 San fransisco 3 月 28 日(土)晴 7時半までに、各自 Hotel のレストランで、バイキングの朝食を済ませた。コーヒーやジュースは手 際よくサービスしてくれた。スーツケースは部屋に置いたまま、枕元に$1を置いて、迎えに来てく れた河合さんと、8時に Hotel をバスで出発。昨日と同じ運転手さんで加藤さん。 今日は、約200km南下し、モントレーとカーメルを目指し空港を左に見ながらルート101号 を走る。ハイウエーの速度制限は(65)とあるが、これはマイルなので104km/hになる。ア メリカは、このように単位が違うことが多く、温度も70°もあると言う具合である。これは、我々 の温度で約21∼22℃であるが、簡単に変換するには、華氏温度―30して1/2、あと+1∼2℃ で大体合う。 サンタクララからサンホセに入った。シリコンバレーも近く、このあたりは土地も高いので、2階 建ての住宅が目立つ。この辺りは野菜農園も多い。アンティチョークを多く栽培している、カストロ フィークと言うところで休憩。その後、ルート156号に入りモントレーを目指した。 モントレーは、シーライオン・ラッコ・アザラシやイルカなどが、多く生息していることで有名な ところ。モントレー・ベイ・水族館が人気のあるところと言うことなので、特別メニューで見学する ことにした。入場も列をなすほどである。約1時間40分、自由行動でそれぞれ見学をした。(1年 程前に改修された) モントレーのフィシャマンズワーフにあるシーフードレストランで昼食。このモントレーは、ヨット 2 やボート・カヌーなども多く、マリンスポーツのメッカのようだ。 パシフィック・グローブの17マイルロード(有料)に向かい、海沿いでリスと戯れ、砂浜で緊張 をほぐす。このルートには、名門のゴルフコースもある。 カーメルへ向かう。この町は、かつてクリントイーストウッドが市長をして有名になった街である が、4,000人の人口に対して、店が1万軒もあり画廊も多く、自然にとけ込むような街作りを目 指しているとのこと。帰りは、ルート1号を北上して Hilton Hotel に17時40分に到着した。 19時の夕食まで、しばらく休憩や、近くに買い物に出たり、自由行動とした。全員揃って、歩い て5分ほどのところにある、中華料理レストランに、まだ明るい街の風景を見ながら、向かった。 中華料理のフルコースである。美味しくいただく。その後、もう少し買い物をしたいと言うので、 皆でまとまって行いた。歩道には、物乞いをする人達もいた。 21時にホテルに戻り、明日は7時半にモーニングコール、それと、リンゼイでの歓迎会の出し物 を考えることを約束して、各部屋に分かれる。 モントレー 水族館, 海・・・映画のワンシーン? 3 月 29 日(日)晴 朝食は、昨日同様に、レストランで各自でバイキングを、美味しくいただいた。8時半にロビー に荷物を全部持って集合し、バスに積み込む。 皆、顔色も良く快調のようだ。いよいよ、リンゼ イに向けて出発だ。 8時50分、Hotel を出発し、ベイブリッジを渡って一路東へ。ベイブリッジは、サンフランからオ ークランドまで、約13kmあるが1935年の完成で古くなり、今、新しいのが建設中である。 しばらく走って、小林団長を中心に、今夜の歓迎会での出し物を皆に相談し練習した。全員で「ふる さと」を合唱し、ピアノがあれば藤本君が弾くことになった。 ダブリンを通過した頃、丘の上に沢山の風力発電が見えてくる。約6,000基あるとのこと。この 町は、エコに古くから取り組んでいる。いよいよルート99号に入り南下する。リポンのあたり、この 辺はアーモンド畑が多い。しばらく走って10時半頃、レストエリアで休憩する。ここには、トイレの 他、自動販売機もあるが、日本のような派手やかさはない。販売マシーンの感じであった。 アイスクリームを、1個$1.5で買う。カリフォルニア州は、人口3,700万人で、アメリカで 人口が一番多い州であるが、今、ベビーブームで、昨年はここ50年で一番出生率が多かったとのこと。 11時45分頃、フレズノを通過するが、サンフランシスコとロスアンジェルスは車で約7時間、飛 行機で約1時間、ちょうど東京∼神戸間位の距離であるが、その中心がこのフレズノである。 12時45分、ルート99号から分かれてリンゼイに向かい、マクドナルドの駐車場に到着する。加 来さんとロバート委員長が、待っていてくれた。 3 ホストファミリーの方々も、次々と迎えに来てくれる。それぞれ18時の再会を約束して分かれる。 私も、グレイグさんの車に乗せて貰って、彼の家 Tuley へ連れて行って貰う。大きな綺麗な家だ。 リンゼイ 到着! 18時からの歓迎会に、少し早くコミュニティセンターに到着する。次々到着した。皆の顔を見なが ら、様子を尋ねる。心配はなさそうだ。 皆、ホストファミリーと一緒にテーブルについて、ロバート委員長のアナウンスで歓迎会が始まった。 アメリカ国歌の斉唱があり、続いてホストファミリー毎に、その代表が紹介の挨拶をしていく。全部で、 10ファミリーだ。その後、皆さんが持ち寄った料理を取りに行き、歓談が始まった。 そして、しばらくして我々11名が舞台に上がり、一人一人つたない英語で挨拶をするが、6∼70 人の皆さんは、一生懸命に聞いてくれる。最後には、出し物の「ふるさと」を、藤本君のピアノ伴奏に 合わせて、3番まで歌い大きな拍手をいただいた。 その後、リンゼイ高校の生徒達10人が、先生の指揮でいろんな歌を、歌って歓迎してくれた。最後 には「さくらさくら」を日本語で、歌ってくれた。 19時過ぎに、ロバート委員長の終わりの挨拶があり、歓迎会は盛大の内、終了した。いよいよ、リ ンゼイでの生活が始まる。 4 3 月 30 日(月)晴 朝8時、それぞれホストファミリーに、集合場所のスイートブライァー噴水前に送ってもらって集合 する。少し肌寒いが、皆元気そうだ。ロバート委員長・加来さんも来てくれて、3台の車に分乗して1 番の訪問先、ガーヴィ中学校へ向かう。 すでに、玄関先で先生方、代表の生徒達が待っていてくれ、笑顔で迎えてくれた。図書室に通され、 コーヒーやジュースやクッキーをいただきながら、プロジェクターを使って学校のことを、ていねいに いろいろ説明してくださった。我々一人一人に、お土産までいただいた。 この部屋に入る前、玄関先のショーケースに小野市から送った幾多の絵画が、ていねいに展示してい るのを発見した。その後、教室を見学し椅子に座って授業に参加させて貰った。休憩時間には、皆が集 まる講堂で、一緒にジュースやクッキーもいただいた。生徒達も笑顔で寄って来て、いろいろと話しか けてくれる。 次は、広いグランドで、体育の授業をしている先生のもとで、ソフトボールやサッカーやバスケット ボールを、その生徒達と一緒にさせて貰った。 お昼には、給食のセミバイキングを、美味しくいただく。そして、昼からの教室をもう一つ見せてい ただいたあと、先生方皆さんにお礼を言って、次の場所に移動する。先生に、メンバー一人一人「将来 の夢は?」と尋ねられ、皆それなりに英語で自分の夢を答えていた。 市役所前に移動し、春風になびくこいのぼりの前で、記念撮影を行う。我々の訪問を市民の皆さん知 らせるために、揚げてくれているとのこと。 その後、ロバート委員長の案内で近くにある「壁画」や新しくなった「図書館」を見学し、スポーツ センターへ移動する。ここは以前、オレンジの加工工場だったのを、2年程前に改装しバスケットコー ト・サッカーコート、トレーニングジム・クライミング壁・サーフィンウエーブ、それにゲームセンタ ーなど大人も子供も一杯楽しめる施設である。我々も会員証を作ってもらった。少し離れたところにあ る建設中のプールも見学し、16時には市役所前にホストファミリーに、迎えにきてもらう。 今日の夕食は、18時からお昼に見学したスポーツセンターで、ピザパーティである。子供達は、少 し早く到着しここで、サッカーをさせてもらった。 ピザパーティには、市長さんも出席いただき、小野からのお土産をお渡しし、リンゼイからも小野市 長へと、新企画のオレンジの縫いぐるみ(第1号)を団長へいただいた。 美味しいピザとサラダをいただきながら、約1時間歓談し子供達同士は、マシンガンゲームをさせて もらって楽しんだ。 5 3 月 31 日(火)晴 8時にスイートブライァー噴水前に集合し、3台の車に分乗してリンカーン小学校へ向かう。ゆった りした敷地である。玄関先では、校長先生始め多くの先生方が、笑顔で出迎えてくれる。始めにクッキ ーやフルーツをいただきながら説明を聞き、児童達が待っていてくれるところで、歓迎の歌を披露して くれる。何人かは、先生が準備してくれた「着物」を着ている子供もいる。日本の歌も、上手に歌って くれた。熱烈歓迎である。 その後、各教室を沢山見せてくれた。児童達は皆愛想良く、あいさつをしてくれる。教室は、2部屋 が連なった平屋建てで、余裕を持って配置されている。教室内は、四方に掲示物が多く、その分窓は高 窓しかないのが、日本と違っていた。 終わりのあいさつのとき、ロバート委員長が、「日本と同じところ・違うところ」を、皆に教えて欲 しいと言われ、それぞれまとめて書き出して(日本語で)渡した。お土産にカリフォルニアの本とオレ ンジを全員がもらった。 11時20分頃、次の訪問先、リンゼイ高校に到着した。校長先生始め、先生方がやはり玄関先で、 出迎えてくれた。ミーティングをするための教室に通され、校長先生(若い)のお話しを聞き、お土 産をもらっている内、案内の手伝いをしてくれる生徒たち(見たことのある生徒も多い)も集合し、2 班に分かれて各教室の見学をさせてもらう。(6∼7教室) お昼は、広いグランドにピザ・水が届けられて、そこで校長先生と一緒にいただく。その後、サッカ ー場で生徒達と、校長先生も一緒に汗を流した。どの学校も、すごく好意的ですべてを自由に見せてく れた。児童・生徒数も1教室30人位で、余裕を感じられた。もうすぐ春休みが、1週間程あるらしい。 次は、町はずれにあるオレンジアイスクリーム店に行き、美味しいアイスクリームをいただき少し休 憩をした。この後、大きなスーパー「WAL MART」に連れてもらって、16時にはマクドナルドの駐 車場に届けてもらった。今夜の夕食は、それぞれホストファミリーでいただいた。 4 月 1 日(水)晴 今日は、ランチボックスを持って、ホストファミリーや町の人達も一緒にヨセミテ公園へピクニック。 8時に、マクドナルドの駐車場に集合し、大型バスに26人が乗って出発した。途中で一度休憩しなが ら、お昼頃ヨセミテ公園に到着する。結構観光客も来ていた。早速、それぞれ用意して貰ったランチを、 大きな自然の中でいただく。木々も岩も、そして滝も、すべてが大きい。足元に可愛いリスが寄ってく る。ランチのあとは、ガイド役のおじさんにつれられて、ハイキングをし、いろいろと説明もしていた だく。滝も、今が一番水量も多く、良い時に来ることができたと教えてくれた。 6 帰路、19時頃フレズノで、中華料理の夕食をいただく。加来さんも、このレストランに来てくれた。 今日は、遅い解散であったが、21時半頃マクドナルドの駐車場に着き、各ホスト家庭に帰った。楽し い一日だった。 4 月2日(木)晴 8時に、スイートプライァー噴水前に集合し、リンゼイ最後のプログラムに、ロバート委員長と一緒 に、3台の車で出発する。その前に、一人のお母さん(タンゼンドさん)が、マクドナルドのドーナッツ を買いに行ってくれて、それぞれ1個ずついただいた。 ユニバーシティ・カリフォルニアの農場を見学する。担当者のお話を聞き、170エーカーの広さを 有し、オレンジの研究をしている。そして、地元のオレンジ農家の相談に乗っているとのこと。日本に もマンドリンオレンジやサツマミカンがあるが、これは甘くて美味しい。種なしにすることも合わせて、 研究中であるとのこと。 心配事もないわけではなく、ウイルス対策を研究している。それを運んでくる虫の対策も大変だ。 君たちは、将来の基礎になる人だから、科学者になったり、大統領になったり、N01を目指しなさい、 と励ましをいただいた。 その後、市内に戻り、昼食にメキシカン料理をいただく。タコスなど少々辛かったが、メキシコ飲料 と共に美味しくいただく。次は、オレンジの加工工場を見学した。初めに説明を聞き、工場の中に入り 主として、オレンジのパッキングの流れ作業を見学する。日本向けのパッキングケースもあり、親しみ を感じる。この時間になると、結構暑い。朝は涼しいのだけれど・・。この後、トレーラーハウスの工 場に行く前に、トレーラーハウスの団地を見学に行く。運んできて設置するだけでいいように、電気・ 水関係のジョイントが整っている。 4∼500万円で建てられ、その後税金もいらないらしい。その近くにある、加来さんの亡くなられ たご主人の、メモリアル公園も案内してもらった。生前のいろんなボランティアに対しての、ご褒美と のこと。13時頃、チャンピオンモーターハウス工場に到着。防塵メガネを貸して貰って、最初に説明 を聞き、工場内を案内していただく。広い工場であるが、作業をしている人はあまり目に付かない。家 の大きさは、4m×15m位のが一番多く作られているが、3m×4m位の小さいのもあるとのこと。 日本では、このサイズかなあと思った。 説明を聞きながら、歩いて見て行く内にトレーラーは、だんだんと完成していく。最後に、出荷間近 の完成品も中に入って見せて貰ったが、う∼んすごい!こんなの欲しいなあ、と誰かから声が漏れてい た。 7 しかし、日本ではこんな大きな長いものは、道路を運べないなあと思った。モービルハウスは、一 般の家と作り方が逆で、中から外へ作っていくとのこと。 次は、チーズ工場の見学。広い大きな牧場を持った農場である。乳牛も一杯。1日に9100頭か ら自動的に搾乳しているとのこと。見せてもらったが、すごい!一周7分の円盤状のスペースに自分 から入り、搾乳器を付けてもらう。じーっと廻って、搾乳器を外して貰って、自分からそのスペース から出て行く。学習しているのだな、と感心していたが、どうも搾乳をしてもらうと気分が良くなる らしいとのこと。チーズの試食もいただいたが、子供達にはきつい味のようだった。 いよいよ最後。次は、めずらしいアルパカを飼育している農家を訪問する。ここには、新聞記者の 方も待機していてくれ、我々を取材してくれた。 アルパカは50頭ほど飼っており、年に一回毛皮を刈り取って出荷しているとのこと。ちょうど、 その散髪が終わって間がない体をしていた。羊の毛は、油分が多くべとべとしているが、アルパカは さらっとしていると、そのサンプルもいただいた。エサやりもさせてもらって、人なつっこい。そん な様子を記者の方にカメラに収めてもらい、インタビューも受けて、明日の新聞に載せるからと先に 帰られた。 16時に、マクドナルドの駐車場で、各ホストファミリーに迎えてもらい、最後の夜の別れを惜し んだ。スーツケースのパッキング、23kgをオーバーしないようにと、念押しもして別れた。 4 月 3 日(金)晴 リンゼイとお別れロスアンジェルスへ 10時に、マクドナルドの駐車場に集合。それぞれ荷物を一杯持って、ホストファミリーの皆さんに 連れられて集まってきた。ロバート委員長さんから、一人一人新聞をいただく。写真も一緒に大きくの せてもらっていた。ロスアンジェルスから来るバスが遅れている。その分それぞれ5日間の別れを惜し んでいる。20分遅れでバスも到着し、ロバート委員長・加来さん他の皆さんにも、丁寧にお礼を言っ 8 てお別れし、大型バスに乗った。 10時半、バスは出発。窓から手を振り、最後のあいさつ。お世話になりました。バスは、一路ルー ト99号を南下する。添乗員は、高山さん。 12時半頃、ルート5号に入り、風景も変わってくる。カリフォルニア州は、自然災害として火事(自 然の山火事)と地震の多いところである。このあたり(Gorman)には、活断層もあるとのこと。 13時半頃、バレンシアに着き、ランチタイムとなる。日本食レストラン「YAMATO」で、鉄板焼肉定 食をいただく。ここには、回転寿司もあり松竹梅もあり、日本ムード満点の店である。アメリカでは、 回転寿司の衛生許可が最近出たらしい。大きな鉄板(ステンレス風)の上で、割烹着のお兄さんが肉やマシ ュマロや野菜を焼いて、それぞれに小分けをしてくれる。味噌汁もスプーン付きだけど美味しい。ご飯 が特に美味しかった。「ご飯、うまい!」と思わず声が出ていた。皆、満足してバスに乗った。 ここから、サンタモニカまで約40分。だけど、片側4∼5車線のルート5号が結構、車が多かった。 その車のほとんどが1人乗りの車のようだ。町に近づくにつれて、トラフィック対策で一番左の車線を、 2人以上乗車の専用車線にして優遇している。バスは、その車線を走った。 ルート405号に入り、サンタモニカへ向かうが、渋滞気味。車が多い。ラッシュアワーでは、もっ と大変の様。シュワルツネッガーが知事になってから、第1・3金曜日を休日にしたので、今はラッシ ュアワーではないのだが、すごく混んでいた。 ルート10号から、サンタモニカに入る。アメリカで有名な道路、ルート66号ここサンタモニカが 終点である。15時、バスを止めて、海をバックに記念撮影をして、次のところに移動する。 ロスアンジェルスは、昔、砂漠地帯だったが、今は緑も多い。だけど、砂漠の気候は変えられなく、 気温も朝晩12℃、日中は25℃、11∼3月は雨期になるが、雨量も350ml位しかないとのこと。 ハリウッドアイランドへ入る。このあたり、住宅ゾーンだがバスの便が悪く、だから車が多く家族の 人数だけ車がある。人口1,200万人に対し、1,100万台の車が登録されている。 このあたりは、ダイハードやプリティウーマンの撮影が行われたところと聞きながら、ハリウッドに 着く。下車して、先日「おくりびと」の受賞会場となったチャイニーズシアターなどを見学する。歩道 の星形に3000名以上の名前があるとか、シアター前の手形・足形などを見学するが、大勢の人が行 き来している。皆、はぐれないように。続いて、ロスアンジェルス発祥の地、ウォディラ街を見学した。 記念撮影をして、しばらく出店で買い物をした。 このあと、ロジャーススタジアムも見学したかったが、渋滞がひどく時間がなくなったので、ホテル に向かった。今夜のホテル、KYOTO GRAND HOTEL に17時50分、到着。 バスから荷物を降ろし、添乗員の高山さんに、スーツケースの重さを量ってもらう。23kgより重 いと超過料金を払わないといけない。だから、2個に分けるようにした方がよいとのこと。何人かは、 分けるバッグがないので、近くのリトルトウキョウにバッグを買いに行った。そうでない者も、買い物 に行く。もっと賑わっているかと思ったが、少し閑散としていた。日本食のスーパーなどもあったが、 昔と状況が変わってきて、現地の日本人も余り寄らなくなったようだ。 19時から、ホテル内のレストランで夕食をいただく。ステーキ定食を、10日間最後の夜、わいわ いと歓談しながら、美味しくいただく。皆、満足した顔をしていた。 明日の朝は、5時にモーニングコール。6時に荷物と弁当を持って出発だ。パスポートも確認するこ となどの連絡をして、もう今夜は外に出ないようにと伝えて、ごちそうさまをして各自、部屋に戻った。 9 4 月 4 日(土)晴 6時にチェックアウトをしてホテルを出発。バスはライトを点けてロスアンジェルス空港へ向かった。 空港に着くまでにおにぎり弁当を食べしまうように指示し、荷物を少なくする。6時20分には、空港 に到着した。早朝なのに結構賑わっていた。高山さんと搭乗手続きをし、スーツケースをそれぞれあず ける。昨夜の計量の甲斐あって、ほとんどパスし関空まで届くように手配できた。 その後、列に並び手荷物とボディチェック。人が多く時間がかかったが、靴を脱ぎベルトも外し、上 着も脱いでチェック。全員無事に通過しやれやれ。ここで高山さんと、手を振って別れた。ありがとう。 次は、出国審査。 「我々11人のグループです。 」と伝え難なく通過できた。そして、72ゲートを確 認して、しばし自由行動とした。 7時50分に、ユナイテッド航空 UA889便の搭乗が始まり、座席に着く。8時30分に離陸し、サ ンフランシスコまで約1時間のフライトであった。あっと言う間に9時30分。サンフランシスコ空港 に到着。 次は、国際線 OSAKA 行きのゲート N0 をチェックしなければいけない。電光掲示板で100番を確認 し、とりあえずそこを目指して歩く。結構遠い。やっと確認でき、30分ほどの自由時間ができ、それ ぞれ最後の買い物をした。加来さんに、やっとサンフランシスコ空港、大阪行きゲートに着きました、 とお礼も兼ねて電話をする。皆様にもどうぞよろしく、も忘れずに伝えた。 11時、ユナイテッド航空 UA885便の搭乗開始。ほぼ満席、すべて搭乗は終わったのに、なかなか 動かないなと思っていると、 「11時半頃に30分ほど出発が遅れる。 」とアナウンスがあったが、それ よりも遅れて、やっと12時20分に離陸できた。 約1時間後、昼食が出る。チキン定食である。その後、19時頃にはおやつにクッキーとコーヒーな どが出た。そして、22時50分、日本時間に直して14時50分、軽食の焼きうどんを運んでもらっ た。窓の外はずーと明るく、夜のないまま日本に近づいている。少しは寝られたかな?と言う感じであ る。 4 月 5 日(日)晴 15時50分、予定より30分遅れて、関空に無事到着した。やっと日本に、全員無事帰って来た。 やれやれと思いつつ、 「まとまってついて来いよ。」と合図をしてシャトルに乗りながら、入国審査に向 かう。パスポートと税関申告書を示し、 「11人のグループです。」と伝える。全員、難なくパスし、1 番のターンテーブルに向かい、自分のスーツケースを取った。最後の税関も、まとまって申告書を渡し、 ノーチェックで通過できた。出口を出て、会長や出迎えの皆さんのお顔を拝見し、無事に帰って来られ たと安堵した。記念撮影をして、$に両替をして、バスに揺られて小野に向かった。 19時15分、小野市役所に無事、全員到着。お疲れ様でした。 10 【姉妹都市交流についての随行意見】 やはり、36年の継続はすごいな、と実感した。リンゼイに着いて、マクドナルドの駐車場、こんな ところで大丈夫かな?大事な子供達を預けられるのかな?と思っていると、加来さんの姿が見え、ロバ ート委員長の笑顔が見え、そして、次々とホストファミリーの皆さんが現れ、歓待してくれた。 ここまで送ってくれた現地添乗員の河合さんも、「こう言うボランティアのホストファミリーが、一 番いいですね。子供達、いい体験ができますよ。」と、感心していた。 ホストファミリーの対応や、歓迎会にしろ、毎日のプログラムにしろ、かなり綿密な打ち合わせがさ れているなと場面場面で強く感じられた。 学校訪問での、みんなへのプレゼントなども、これ日本ではできないなあ、と思いながらいただいて 来た。 その学校訪問のときなども、昨年小野市に来た子供達が、積極的に案内役をしてくれる姿が目につい た。会社や農園などを見学した折りも、子供達だからと手を抜かず、ていねいに説明をしてくれて恐縮 した。 人数的には、これくらいが適切かな、と思った。特に、サンフランシスコやロスアンジェルスなどの、 大きな都市での移動には、気を遣うことが多い。 帰途の、ロスアンジェルスでは、正味半日の滞在しかない。これは、翌日のことを考えたりすれば、 リンゼイからそのまま、サンフランシスコに戻った方がいいのかなあと思った。航空便が、ロスアンジ ェルス発、関空行きがあればいいのだが、とも思いつつ。 こう言う体験は、子供達の世界観を変えてしまう、すばらしプログラムだと思う。いつまでも続くこ とを願いたい。 【リンゼイ市でのステイ先】 小林由佳(団長)→ Lorena Maldonado 井上広大 → Donovan Castro 井上浩明 → Nelly Sierra 藤本拓也 → Yvette Cortes 成岡隆介 → Gina Sholander 住本映美 → Christina Garcia 室谷琴乃 → Maria Christina Guitterez 閹橋茉央 → Stevci Joleen Ibarra 岩本将和&中尾亮太→Seth Tray Townsend 中村圭一 → Lawrence Greg Shanle 11
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