22年間で実現できるフランスの脱原子力 = 専門家団体がシナリオを提示

22年間で実現できるフランスの脱原子力
= 専門家団体がシナリオを提示
渡辺 一敏(翻訳家)
エネルギー問題を考える上で注目されて
し、省エネと再生可能エネルギーの普及を
いる「ネガワット」という概念がある。
組み合わせることで、2033年には完全な脱
「メガワット」をもじった言葉で、使われ
原子力が可能になると判断している。二酸
なかった電力、節約されたエネルギーを指
化炭素排出量も大幅に削減できると主張し
し、これを取引の対象とすることで節電を
ている。しかも「ネガワット」によれば、
促そうという構想である。米ロッキー・マ
実行可能な成熟技術を用いたソリューショ
ウンテン研究所のエイモリー・ロビンスが
ンのみで組み立てたシナリオだという。
1989年に提唱した。これに因んでフランス
9月29日に公表されたこのシナリオの概
では20人前後のエネルギー専門家・エンジ
要は主要紙でも一斉に報じられたが、その
ニア・研究者が2001年9月に「ネガワッ
大胆な内容にもかかわらず、各紙の報道は
ト」という団体を組織し、2050年をめどと
ほぼ客観的な紹介に努めており、机上の空
する長期的なエネルギー政策について積極
論ではないかというような揶揄や皮肉な論
的な提言を行っている。エネルギー政策を
調は見られない。
「ネガワット」が10年前
策定する際に従来は供給源の側から考える
からエネルギー政策の変革に取り組んでき
のが普通だったが、発想を転換して、エネ
た高度な専門家集団であることが最大の理
ルギーの使用と需要の側から考え直すとい
由だろうが、福島原発事故以後、ヨーロッ
うのが「ネガワット」の基本方針で、節減、
パで脱原子力という表現が急激に現実味を
効率、再生可能エネルギーの3点を柱とし
帯びて感じられるようになったことも、こ
て、極めて野心的な省エネと脱原子力のシ
うしたマスコミの反応の一因かと思われる。
ナリオを提示している。
「ネガワット」のシナリオは2050年を地平
最初のシナリオが発表されたのは2003年
線に定め、脱原子力自体はその中間段階で
で、2
006年に改訂版が出され、創立10周年
実現されるべき課題の一つと位置付けられ
を迎えた今年の9月には最新のシナリオが
ているが、ほとんどの主要紙の報道の見出
提示された。
「ネガワット」は、来春に予
しは脱原子力があとわずか22年間で実現可
定される大統領選挙のキャンペーンを視野
能だという点を強調している。
に入れ、このシナリオに沿った政策構想の
採用を求めて、特に社会党と環境派政党に
しかし、現時点で電力生産の75%以上を
強く働き掛けていく意向を表明している。
原子力に依存している国がそれほど急速に
「ネガワット」は2050年までに一次エネル
脱原子力を実行できるものだろうか?シナ
ギーの需要を2010年との比較で65%削減
リオの要点を紹介してみよう。
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まず2
010年のフランスの年間エネル
の1を占めているが、9割を石油に依存し
ギー消費は一次エネルギーが3
000TWh 弱
ていることが特徴。シナリオは自動車によ
で、最終エネルギーが約2
000TWh、ロス
る移動への極端な依存からの脱却をベース
が一次エネルギーのほぼ3分の1を占める
にし、都市計画改善・農村活性化・電子商
という状況になっている。ちなみに、原子
取引・テレワークなどによる移動需要の軽
力発電の現在の総発電量は4
00TWh だとい
減と移動必要距離の短縮、自転車や天然ガ
う。
「ネガワット」のシナリオ通りならば、
ス自動車の利用促進などを通じて、2050年
2050年の一次エネルギー消費は2010年と
までに400TWh の削減(67%減)を実現す
比べて1
800TWh 削減されて110
0TWh とな
ることを見込んでいる。一方、産業部門は
り、ほぼ3分の1に低下することになる。
最終エネルギー消費の23%を占めているが、
また2010年に一次エネルギーの65%にし
すでに省エネ努力によりエネルギー消費は
か達していない最終エネルギーの割合は
安定化局面にある。しかし、今後は包装の
2050年には87%近くにまで高まる。さら
削減、材料の再利用、製品の「修理可能
に2050年には一次エネルギーの9割を再生
性」重視、
「計画的廃棄」の削減などを通
可能エネルギーが占めることになる。また
じて、200TWh の削減(50%減)を行う余
二酸化炭素排出量は2030年に2010年比で
地があるという。
半減し、2050年には16分の1にまで低下す
なお、フランスの家屋は日本と比べてす
る。ちなみに総人口は2050年には700万人
でに断熱性や気密性は一般的に高いと思わ
増えて723
0万人に達すると予想されるにも
れるが、それでも、上記のような改革に
かかわらず、以上のような目標の達成が可
よって節減できるエネルギー消費の規模は
能だという。
極めて大きいと評価されており、日本のエ
大幅な省エネを達成するための重点的な
ネルギー政策にとっても参考になる点では
標的としては、現在最終エネルギー消費の
ないだろうか。
4割を占めている住宅・建築物(商業施
一方再生可能エネルギーの利用について
設・事務所など)と、3割を占める輸送が
は、木質バイオマスに恵まれたフランスの
あげられている。住宅・建築物ではとりわ
利点を活かし、また、畜産廃棄物や農業廃
け冷暖房、給湯、調理など熱に関連したエ
棄物を利用したメタン発酵なども活用しつ
ネルギー消費が大きいことを考慮し、断熱
つ、バイオマスにより2050年に519TWh を
化・気密化や暖房システムの最適化を促進
確保する。これは2050年時点での一次エネ
し、年間当たり75万戸の住居と商業・サー
ルギー需要(1100TWh)の45%に相当す
ビス業施設床面積の35
. %を対象とした改
る。また水力・風力・太陽発電なども並行
善を施すことで、2050年までに600TWh の
して推進することで、2050年には再生可能
削減(63%減)を達成できる見通し。輸送
エネルギー由来の発電量が347TWh に達し、
については、旅客が3分の2、貨物が3分
一次エネルギー需要の30%強をカバーする。
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これらにその他の再生可能エネルギーを加
能エネルギーが補うために必要な時間を考
えると99
0TWh になり、一次エネルギー需
慮 し て、原 発 の 閉 鎖 を 減 速 し、年 間 に
要全体の9割を賄えるという。
2500MW 程度に緩める。
以上のような条件が整う過程で、原発に
第三段階では、再び閉鎖を加速して、毎
ついてはリプレースを断念して、老朽化し
年4000MW までの閉鎖を断行する。40年
たものから閉鎖していくという構想が提示
間の寿命をまだ迎えていない最新の原子炉
されている。シナリオはまず序の部分で、
(1999年末に建設)も閉鎖し、2033年には
化石エネルギーは温室効果ガスを排出する
完全な脱原子力を実現する。
だけでなく、資源に限りがあり、日々枯渇
閉鎖の実施にあたっては、各原子炉の年
に近づいているが、化石エネルギーに代わ
齢が30年から40年の間に閉鎖できるように
るものとして、原子力は受け入れがたいも
タイミングを調整すること、化石エネル
のであることが福島原発事故によって再認
ギーによる補完を最小限に抑えられるよう
識されたと断じている。また、原子力は現
に、再生可能エネルギーの発電能力拡大の
在、世界の最終エネルギー消費の3%以下
ペースとの兼ね合いに配慮することなどが
しか占めておらず、マイナーな役割しか
課題となる。
担っていないと指摘し、役割に比して危険
なお、シナリオは原発の安全性強化に必
性があまりにも大きいことも示唆している。
要になる巨額の費用は発電量の増加にはつ
シナリオは原発の寿命は当初の設計では
ながらない投資であるのに対して、再生可
30年間、補強によって延長した場合でも最
能エネルギーへの投資は発電量増強だけで
大 で40年 間 と 判 断 し つ つ、1977年 か ら
なく、雇用の創出などにも結び付く有益な
1987年の間に建設された原子炉が全体の8
投資だと指摘している。
割を占め、発電の6割を担っている現状を
「ネガワット」は、犠牲を伴う無理な省
確認。運転停止の時期については安全性基
エネではなく、通常の経済活動や生活で不
準に照らし合わせて、一定の柔軟性を持っ
自由を感じることのない範囲で消費を節減
て対応しつつ、必要なら移行期には天然ガ
し、効率を改善することで、需要を大幅に
スなどの化石エネルギーによって補いなが
減らし、脱原子力を実現することを目指し
ら、3段階で原発の閉鎖を進めることを提
て、可能な限り合理的なシナリオを描いた
案している。
ことを強調している。来年の大統領選挙以
現在は発電能力が過剰な状況にあること
後に発足する次期政権により、このシナリ
を考慮して、第一段階では、最古の原発を
オがそのまま採用されることは恐らく期待
中心に、安全性が最も低い原発を速やかに
できないが、日本でも原発の危険性だけで
閉鎖する。出力にして毎年3500MW 相当
なく、必要性自体が考え直されている今、
の閉鎖を進める。
一考に値する提言ではないだろうか。
第二段階では、削減された原発を再生可
(パリ在住)
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