第 3 部 物質・材料研究における今後の研究動向 第 1 章 物質・材料研究開発のためのナノテクノロジー 1.ナノテクノロジー計測・分析技術 (2)三次元電子顕微鏡法 竹口 雅樹 ナノ計測センター、物質・材料研究機構 古屋 一夫 超高圧電子顕微鏡ステーション、物質・材料研究機構 るだけ近い角度の回転可能な試料ホルダーと CT 像 1 .はじめに 構築ソフトウエアが必要である(図 1 参照)。現在 透過型電子顕微鏡(TEM)は、試料を透過した は日本電子(株)、日立ハイラクノロジーズ、FEI 電子を用いて結像するため、基本的には投影像であ といった TEM メーカーにおいて CT 用試料ホル る。従って形状や構造、組成などを二次元的には原 ダーを供給しており(次項参照)、市販型の汎用 子レベルの分解能で解析可能であるが、三次元的な TEM で CT 観察を行える。また、ソフトウエアに 情報は得ることが困難である。しかしながら無機材 関してもコロラド大学で開発された IMOD が広く 料や生体材料の研究、細胞研究、デバイス研究など 利用されているが、それ以外にも様々な再構築ソフ の分野においてその研究対象がナノメートルサイズ トウエアが入手可能な状況である。最近では、 になるにつれて、TEM の分解能レベルで三次元的 TEM メーカーは試料ホルダーと再構築ソフトウエ な解析や立体形状観察が望まれるようになってきて アを統合した TEM-CT システムを開発し、自動で いる。医学分野などで X 線 CT(コンピュータトモ CT 像取得も可能になってきている。 グラフィー)技術が開発され、現在では日常的な診 断技術として X 線写真診断から X 線 CT 診断に移 第 1 章 物 質 ・ 材 料 研 究 開 発 の た め の ナ ノ テ ク ノ ロ ジ ー 2.2 超高圧電子顕微鏡 CT 法(HVEM-CT) 行しているが、その技術が電子線 CT として TEM TEM で CT 観察を行う場合、試料を対物レンズ 分野にも適用されるようになり、ナノメートルレベ のポールピース内で回転させなければならないた ルでの三次元観察・解析が行われるようになりつつ め、回転角が制限され、試料サイズや形状も特殊で ある。また、新しい三次元観察技術も開発されつつ ある必要がある場合が多い。回転角度が制限される ある。本章では、最近の三次元 TEM 観察技術とし とある方向からの情報が欠落してしまう。また、立 て、電子線 CT 技術の現状と CT 技術を用いない三 体観察のためには試料にある程度の厚みが求められ 次元観察手法研究の動向についてまとめた。 るが、汎用 TEM の加速電圧は 100 ∼ 300 kV であ るので、電子線の試料透過能のために立体形状試料 2 .研究開発の動向 の観察が困難である。超高圧電子顕微鏡(HVEM) はサイズが大きいため、対物レンズのポールピース 2.1 汎用 TEM による CT 電子顕微鏡法(TEM-CT) のギャップが 10 mm 程度あり、試料回転が容易に CT を行うためには、様々な角度からの像を取得 行えるので 180 度(つまり 360 度)回転が可能とな して三次元再構築する必要があるが、そのためには る。また、高エネルギー電子を用いるのである程度 TEM で行う場合は試料自身を 180 度かそれにでき の厚みを持った立体試料が観察できる(シリコンで 図 1 TEM-CT のための試料傾斜の様子 130 2006年度物質材料研究アウトルック 第 3 部 物質・材料研究における今後の研究動向 第 1 章 物質・材料研究開発のためのナノテクノロジー 2-3 µm、生物試料では 10 µm 程度まで可能) 。この ても球面収差のためにこの厚み方向の分解能をあげ ような利点から最近では HVEM による CT 観察が ることはできない。そこで、収束レンズ系に最近、 注目されている。大阪大学超高圧電子顕微鏡セン 実用化され始めた収差補正レンズを組み込み、30 ターでは実用的に CT 立体観察技術が行われ、ナノ mrad 以上の収束角でビームを絞ることによって厚 テクノロジー総合支援プロジェクトによって多くの み方向の分解能を向上させる試みがなされ始めた。 材料研究者などに HVEM-CT を開放している。最 収差補正された HAADF-STEM では試料面内方向の 近では九州大学や NIMS などでも同様に HVEM-CT 分解能は 0.1 nm であり、かつ厚み方向でも 1 nm 程 による支援が始まりつつある。 度の分解能の実現ができる。 2.3 三次元組成観察(EELS、STEM) CT 技術を利用することによって三次元立体像を 3 .まとめ 得ることが可能であるが、最近、二次元組成マップ ナノ物質・材料研究における三次元 TEM 法の重 や電子線ホログラフィーに CT 技術を組み合わせて 要性はますます高まるものと考えられる。TEM-CT 三次元元素分析や三次元ナノ物性測定技術の開発が によるナノ材料、生物材料の立体観察や EELS を組 Cambridge 大学(英)や Arizona 州立大学(米)な み合わせた三次元分析は、現在、実用的に利用され どにて行われている状況である。高角度円環暗視 始めている。今後は、より高い分解能(すなわち 野-走査透過電子顕微鏡法(HAADF-STEM)におけ 1nm 以下の分解能)で材料内部や表面・界面の原 る CT の場合は、結晶性の試料でも回折効果が起き 子・クラスターなどの位置解析を可能にするための ないためより正確な再構築三次元像が得られると期 新しい三次元 TEM 観察技術の技術開発が進められ 待されている。また、EELS などによる組成マップ るであろう。 の CT では、形状だけでなく内部に局在する組成の 同定が可能となる 1-4) 引用文献 。 1 )http://www-hrem.msm.cam.ac.uk/research/CETP/ 2.4 新しい三次元 TEM 技術 EFTEM_Tomo.html TEM-CT の欠点は、様々な角度からの像を再構 成するために空間分解能がせいぜい 1-2 nm 程度で あることである。1 nm 以下の分解能(さらには原 子分解能)で三次元情報を得る方法として、光学顕 微鏡の分野で実用化されているコンフォーカルの原 理を利用するアイデアが考案されている 5、6) 。図 2 に示すように TEM の対物レンズの収差のため、 ビームの収束角は 10 mrad 程度であるため、三次元 的なビームスポットの縦方向の長さは概ね 10 nm 程度になってしまう。すなわちその場合の厚み方向 第 3 部 物 質 ・ 材 料 研 究 に お け る 今 後 の 研 究 動 向 2 )http://www-hrem.msm.cam.ac.uk/research/CETP/ STEM_Tomo.html 3 )H. Friedrich, M. R. McCartney and P. R. Buseck: Ultramicroscopy 106(2005)18. 4 )R. E. Dunin-Borkowski and T. Kasama: Microsc. Microanal. 10, Suppl. 2(2004)1010. 5 )K. van Benthem, A. R. Lupini, Y. Peng and S. J. Pennycook: Microsc. Microanal. 11, Suppl. 2(2005)318. 6 )K. van Benthem, A. Y. Borisevich, M. F. Chisholm, A. R. Lupini, S. T. Pantelides, S. Rashkeev, M. Varela1 and S. J. Pennycook: Microsc. Microanal. 11, Suppl. 2(2005) 1452. の分解能は 10 nm 程度である。収束角を大きくし 図 2 収差の有無と収束ビームのスポット形状の関係 2006年度物質材料研究アウトルック 131
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