5 感覚生理学の基礎 201 5.感覚生理学の基礎 感覚生理学の基礎知識 感覚の一般 感覚とは 感覚と知覚 * 感覚とは, 身体の外部または内部にくわえられた刺激 によってひきお こされる意識内容をいう.ただし 感覚にふくまれるものは,個々の具体 的で要素的なもの (明暗・色・音など) のみであり, これに解釈や判断が * くわわった場合はこれを知覚 という. ただし 中枢にもたらされる感覚情報は, 明確に意識できるものばかり でなく,血圧や血液中 のpHなどのように 意識にのぼりにくいものも多くあ り, 感覚を意識できるものとできないものとに区分することは非常に困難 である. このため, ここでは刺激によって中枢神経系にもたらされる求 心性情報を,広く感覚としてあつかう. 注) 刺激: 刺激とは,生体に 何らかの反応を引きおこすような 外的な 作用または生体内外 の環境条 件の変 化をいう. これには 機械的なもの・化学的なもの・光・熱・音などさまざまなものがある. 注) 知覚: しかし感 覚と知覚 の語 が , このように 厳密に区 別されてもちいられることは 少な い . 感覚の生ずる場 感覚は, 刺激が感覚受容器・感覚神経または大脳皮質感覚野にくわ わったときに生ずる.感覚は多くの場合, その刺激の源や,刺激がくわ わった部位に生じたように感じられる. しかし 実際に感覚が生じている のは大脳皮質感覚野であり, 大脳皮質感覚野ニューロンが興奮するこ とによっている. なお感覚が刺激部位に生じたように 感ずることを感覚 * の投射 という. たとえば, 視覚では光源に,聴覚では音源に, 触覚では 皮膚の接触部位に感覚は投射される. したがって大脳皮質までの感 202 5.感覚生理学の基礎 覚経路のどの部位が刺激されても感覚はおこるが, 意識される感覚部 位(感覚が投射される部位) はその受容器の存在場所である. 注) 投射: ここでいう投 射とは,大脳皮質で生じる感覚 がその 刺激の 源のある所に感じることをいっ ている. しかしこの 語は,他にもいくつかの意味で 用いられる.すなわち中枢神経系 の特 定 部位の神経細胞群が他 の部位 の神経細胞群にシナプスをつくること, また 精神医学領域 で は, 不安などから逃れるために自 分の態 度や性質を他者におわせる自己防衛機制 や, 妄想 や幻覚などの内 容に 当人の 思考 や感 情などが反 映し 表現されていることも投 射という. 注) 感覚の 投射: 感 覚が 大脳皮質で 生じることをしめす例として幻肢 がある. 幻 肢とは 四肢を切 断 された場合に , うしなった手足の 感覚 ( 触覚や 痛覚など) が, しばらくのあいだ残る現 象で あ る. このような四肢断端では, 神経腫とよばれる神経線維の 異常なもつれが形成され, ここで インパルスが自発的にまたは圧迫刺激があったときにおこり, 幻 肢があらわれる. ただし 幻 肢の発 現メカニズムには 中枢神経系内 の可塑性も関与している. この現 象は8∼10歳以後 での切断者に認められ, そ れ以下の 場合は 大脳皮質感覚野に 身体像が 完全に形 成されて いないためおこらない. 感覚受容器と感覚器 * 内外の刺激を最初に感知する細胞を, 感覚受容器または受容器 と いう. 生理的な状態で感覚受容器は, 求心性神経線維(求心路)の末 梢端にある. またある種の感覚受容器は, 周囲の非神経性の細胞とと もに, 特定の刺激を受容するように 発達・分化した 器官, すなわち眼・ 耳・舌・鼻などを形成する. このような 器官をとくに感 覚 器という. 注) 受容器: 受容器は感覚刺激を最初に感知 する細胞をいう. いっぽう受容体は 細胞膜表面に あ り, 特 定の 化学物質と結 合してその細 胞を活性化させるはたらきをもつ . 受容体 の例として は, シナプス後膜にある神経伝達物質の受容体 , ホルモン の標的細胞の 膜にある受容体 , 食細胞が 抗原抗体複合体と結合 する受容体などがある. 感覚の種類 感覚の種類 感覚の種類の違いは刺激の種類によるのではなく, 受容器または求 * 心路の 違い によって生ずる. なお皮膚などの体性組織において同じ 部位への刺激が, さまざまな種類の感覚を生じさせるのは,その部位 * に生じる感覚の種類にみあった複数の感覚受容器が分布しているか らである. 注) 受容器または求心路 の違 い: 感覚受容器 がことなればその興 奮をつたえる求心性線維の た どるルートもことなるため,感覚 の種 類の 違いは求心路 の 違いということもできる. 203 5.感覚生理学の基礎 感覚受容器が 分布: しかし組織学的に 一種類 の神経終末しかないような 部位へ の刺激 で,複 注) 数の感 覚がおこることも知られており, 感覚受容器と感覚 の種 類の 関係については 不明な 点が多い . 感覚の分類方法 感覚は受容器のある組織により, 以下のように大別される. * ・ 体性感覚 ------ 体性組織すなわち皮膚・内臓粘膜をのぞく体 表粘膜・骨・骨格筋とそれらに関与する結合織にある感覚受容器 の興奮によって生ずる. ・ 内臓感覚 ------- 内臓組織すなわち平 滑 筋・心筋・腺・内 臓 粘 膜にある感覚受容器 の興奮によって生ずる. ・ 特殊感覚 ------- 感 覚 器(眼・耳・舌・鼻) に属する感覚受容器 の興奮によって生ずる. 体性感覚: 感 覚を二種類に 大別 する場合 , これは 体性感覚と内臓感覚に 分けられ , 特殊感覚 注) は体性感覚にふくめて考える. □ 感覚の分類 特殊感覚 * 特殊感覚 は特定の刺激を受容するように発達・分化し, 身体の一定 部位にある感覚器によって受容される感覚の総称である. 特殊感覚に ふくまれるものは以下のとおりである. なお特殊感覚の求心性線維は, 204 5.感覚生理学の基礎 すべて脳 神 経にふくまれている. も うま く か んじ ょ うた い ・ 視覚 ------------------- 眼の網膜にある視細胞 (杆 状 体細 す いじ ょ うた い 胞・錐 状 体細胞) で受容される. ゆ うも う ・ 聴覚 ------------------- 耳のコルチ器官にある有毛細胞で 受容される. ぜ んて い へ いこ う * ・ 前庭感覚 (平衡感覚 ) ----- 耳の前庭器官にある有毛細胞で受 容される. み らい み ・ 味覚 ------------------- 舌の味蕾にある味細胞で受容され る. き ゅか うく ・ きゅう 嗅覚 ------------------ 鼻の 嗅 粘膜にある嗅細胞で受容 される. 特殊感覚: 感覚器 が身 体の限 局した 場所にのみあるため特殊感覚と命名されている. これに 注) 対し,筋紡錘やゴルジ腱器官(腱紡錘 ) なども感覚器 のひとつであるが , これらはすべての 骨格筋に散 在するものであり, 特 定の部 位に 局在するものではないため, これらによって 生 ずる感覚は 特殊感覚 ではない. 平衡感覚: 身体 が重 力に対してかたむいているときや , 運動しているときに 生じる感覚を平 衡 注) 感覚という. これはいくつかの感覚が 複合しておこる感 覚であり, 前庭感覚・深部感覚・皮 膚 感覚・視覚などが関与 する. 平衡感覚は,内耳 の前庭器で 受容される前庭感覚と同 義に 用 いられることが多 いが , 厳 密にはこのように 分けられる. 体性感覚 皮膚・内臓粘膜をのぞく体表粘膜(角膜, 口腔粘膜, 鼻粘膜, 陰部の 粘膜など) ・骨・骨格筋とそれらに関与する結合織などを体性組織とい う. これら体性組織に広く散在する感覚受容器の興奮がひきおこす感 覚を体性感覚という. また体性感覚をつたえる求心性 ニューロンを体 性感覚神経と総称する. 体性感覚には触圧覚・温度感覚(温覚と冷覚) ・痛覚・位置覚・運動 覚・振動感覚・骨格筋の張力や筋長の感覚などがふくまれる. これらは 感覚受容器のある位置によって,以下のように分類される. 1. 表在感覚 表在感覚とは, 皮膚および内臓粘膜をのぞく体表粘膜 (角膜, 口腔粘 205 5.感覚生理学の基礎 膜, 鼻粘膜,陰部の粘膜など) にある受容器によって受容される感覚を いう. また皮膚にある受容器によるものをとくに 皮 膚 感 覚ということもあ る. 表在感覚(皮膚感覚) には, 触圧覚・温度感覚(温覚と冷覚) ・痛覚・ そ うよ うか ん 掻 痒 感(かゆみ) などがふくまれる. このうち痛覚については,皮膚・粘 膜以外の受容器の興奮によっても引きおこされるため, 皮膚・体表粘膜 の受容器によるものをとくに表 在 痛 覚という. 2. 深部感覚 深 部 感 覚とは,皮膚・粘膜以外の体性組織にある受容器によって受 容される感覚をいう.深部感覚には, 痛覚・関節の位置覚・運動覚・振 動 感 覚・骨格筋 の張力や筋長の感覚などがふくまれる. 深部感覚は, 痛覚とそれ以外のものとに 分けることができる. ・ 深部感覚に属する痛覚を, とくに深 部 痛 覚という. ・ 痛覚以外の深部感覚は, 空間における身体の位置についての情 報をもたらすものであることから, これらを固 有 受 容 感 覚(固有感 覚) または狭義の深部感覚という. 内臓感覚 内 臓 感 覚とは, 平 滑 筋・心筋・腺・内 臓 粘 膜にある感覚受容器の興 奮によって引きおこされる感覚をいう. また内臓感覚をつたえる求心性 ニューロンを内臓求心性神経(一般臓性求心性線維 ) と総称する. 内臓感覚は痛覚とそれ以外のものとに 分けることができる. ・ 内臓感覚に属する痛覚を, とくに内 臓 痛 覚という. ・ 内臓痛覚以外の内臓感覚を臓 器 感 覚と総称する. これには, 空腹 こ うか つか ん お しん 感・食欲・口 渇 感・悪 心・便意・尿意・性感覚などがふくまれる. 206 5.感覚生理学の基礎 □ 感覚の種類とその受容器 感覚の識別性による分類 感覚の識別性 感覚において , くわえられた刺激の位置や質を認識する能力を識別 性または局在性(局在能) という. この識別性には, 感覚の種類による差 があり, これが高いものを判別性感覚(識別性感覚 ) といい, 低いもの を原始的感覚という. ・ 判別性感覚(識別性感覚)---- 触圧覚,視覚,聴覚など. ・ 原始的感覚 ---------------- 痛覚,温度感覚,嗅 覚,臓器感 覚など. 207 5.感覚生理学の基礎 感覚受容器 感覚受容器とは 感覚受容器 内外の刺激を最初に感知する細胞を受 容 器 細 胞といい, この細胞 のうち刺激を感受し,それによる 活動性インパルスが発生する部位を とくに感覚受容器または受容器ということがある. 生理的な状態で感覚 受容器は,求心性神経線維(求心路)の末梢端にある. 感覚受容器と感覚の特殊性 適刺激 ひとつの感覚受容器はある特定の刺激に敏感に反応して活動性イ ンパルスを発生するが,それ以外の刺激にはあまり反応しないという特 てきし げき 性をもつ. このように , その受容器 が敏感に反応する刺激を適 刺 激(適 合 刺 激) という. 感覚の強さ 感覚の受容器細胞は,全か無の法則にしたがって 活動性インパル スが発生する. このようなデジタル 情報は, 単一の信号でその強さをあ らわすことができない. このため刺激の強さが感覚の 強さに反映され るのは, ひとつの受容器細胞 が発するインパルスの頻 度と, 興奮する 受容器細胞の数によっている. 208 5.感覚生理学の基礎 感覚の順応 ある部位に持続的な刺激がくわえられると,刺激強度に変化がなくて も,感覚がしだいに 弱まってくることがある. これは , 持続的刺激によっ て受容器細胞におこるインパルスの頻度が低下する生理的現象であ り, これを感覚 の順応という. 順応は多くの種類の感覚でおこるが,その程度は感覚の種類により, 大きくことなっている. 一般に触圧覚・嗅覚は順応がおこりやすいが, 組 織に障害をもたらすような 刺激, すなわち侵害刺激によっておこる痛覚 では非常におこりにくい. 受容野 一般に一個の受容器細胞の軸索は, 末梢において複数の枝にわか れ, その末端にある複数の感覚受容器を支配している. このため, 一個 じ ゅよ う や * の感覚受容器細胞が反応をおこすその受容面上の領域を受 容 野 と いう. なお一般に,受容面上で隣接するおのおのの受容野には重なり がある. 注) 受容野: 視覚系ニューロンの 受容野は網 膜に , 皮 膚の感 覚ニューロン の受容野は 皮膚表面に それぞれ 投射される. 聴覚系ニューロン の受容野は, 蝸牛基底膜上の部 位が音の 周波数に 対応 するので, 音 の強さと周波数で 決定される座 標で 表される. 感覚点 皮膚上には,触圧刺激・温刺激・冷刺激・痛み刺激に対しよく応答す る点が個別に分布している. これらはそれぞれ触点・温点・冷点・痛点 * と呼ばれ, これらを感覚点 と総称する.それぞれの感覚点は特定の感 覚受容器の受容野に一対一で対応していると考えられている. なお全 * 身の感覚点 のうち, もっとも多くあるのは痛点である. 注) 全身 の感 覚 点: 全 身 の感覚点 の 数は , 触 点50万,冷点25万,温点3万,痛点200万であるとい われている. 209 5.感覚生理学の基礎 周辺抑制 周辺抑制とは,あるニューロンの興奮によってそれに隣接するニュー ロンの活動が抑制されることをいう. たとえばある受容野において ,そ こにある受容器細胞の興奮が, その周辺領域の刺激をうける他の感覚 受容器あるいは求心性神経線維 の活動を抑制する. したがって 周辺 抑制は, 感覚の分解能をよくしていると考えられている. 感覚受容器の分類 感覚受容器の機能的分類 感覚受容器は,適刺激の種類によって機能的に分類することができ る. この分類方法により, 受容器は機械受容器・温度受容器・化学受容 しんがい 器・侵害受容器などに分類される. し んが い たとえば刺入鍼による刺激は機械受容器や侵害受容器を興奮させ, 接触鍼による刺激は機械受容器を興奮させる. また灸による刺激は温 度受容器や侵害受容器を興奮させる. I. 機械受容器 機 械 受 容 器は, 接触・圧迫・張力などの機械的な刺激を感受する受 容器である.機械受容器は以下のように 身体のさまざまな部位に分布 する. 1. 皮膚感覚に関与する機械受容器 表在感覚に関与する機械受容器には,反応する刺激強度がことなる 二種類のものがある. て いい き ち ・ 弱い機械刺激に反応するものを低閾値機械受容器→といい, その 興奮は触圧覚を生じさせる. こ うい き ち ・ 強い機械刺激に反応するものを高閾値侵害受容器→または高閾 値機械受容器といい, その興奮は痛覚を生じさせる. 210 5.感覚生理学の基礎 2. 伸張受容器 深部組織や内臓組織にあって , 機械的な引っ張り刺激に対して感受 し んち ょ う 性をもつ機械受容器を伸 張 受容器 (伸展受容器) という. 代表的な伸 張受容器には以下のようなものがある. け んぼ うす い き んぼ うす い * ・ 骨格筋に分布するゴルジ 腱器官 (腱 紡 錘) →や筋 紡 錘 →は, 骨格 筋に発生した張力を感知する伸張受容器であり, その興奮は固有 感覚を生じさせる. * * * ・ 内臓では,心臓・血管・肺・気管・胃・腸・膀胱 などに伸張受容器 が分布する. これらの興奮は内臓求心性神経によって中枢にもたら され, さまざまな臓 器 感 覚→を生じさせる. これらのうち心臓・血管 壁などにある伸張受容器は, その伸展度により血圧を感受している * ことから, これらをとくに圧受容器 →という. II. 化学受容器 化学受容器は, 細胞外液中の特定の化学物質の濃度を感受する. 代表的な化学受容器には以下のようなものがある. ・ 味覚を生じさせる味細胞→は飲食物から唾液に溶け出した化学物 質を感知する. ・ 嗅覚を生じさせる嗅 細 胞→は空気中の化学物質を感知する. ・ 内臓には動脈血中の酸素ガス分圧・二酸化炭素ガス分圧・pHの変 * * 化 や, 異常代謝産物・薬物・重金属 などを感受する化学受容器 が あり, その興奮はさまざまな 臓器感覚に関与する. ・ 深部組織には組織液中の発痛物質→を感知する化学受容器があ り,その興奮は痛覚を生じさせる. III. 温度受容器 温度受容器は身体のさまざまな部位に分布して, 温度および温度変 化を感受する受容器 である.温度受容器のうち, 皮膚・粘膜などの体 表面にあるものは温度感覚(体性感覚) →を生じさせる. また温度受容 * * 器は,中枢神経系・腹腔・大血管などにもあり, これらの求心性情報 211 5.感覚生理学の基礎 は視床下部の体温調節中枢にもたらされ, 体温調節に関与するととも * に,その一部は臓器感覚(内臓感覚 ) を生じさせる. IV. 侵害受容器 刺激の種類にかかわらず, 非常に強い刺激は生体にとって有害なも のであり,あらゆる刺激はその強度を増すと痛覚→を生じさせる. この ように痛覚は有害な刺激から逃避し,個体を防衛するための信号とし ての役割を果たしている. このことから生体組織に損傷をおよぼす強 し んが い さをもつ刺激を侵 害 刺 激といい, このような刺激に対して興奮する受容 器を侵害受容器→という. さらにその興奮は痛覚をひきおこすことから, 痛覚のことを侵害感覚という. 注) 筋紡錘: 伸張反射 ( 腱反射 ) は, 筋紡錘に 対する伸張刺激でひきおこされる反射 である. 注) 肺・気管 の伸張受容器: 吸息時の肺 の膨 張は , 肺・気 管の 伸張受容器を刺 激し , 呼吸中枢の 吸息活動を抑制して 呼息に移 行させる. これをへーリング・ブロイエルの吸息抑制反射とい う. 注) 胃・腸 の伸張受容器: その 興奮は膨満感をもたらす. また,食物 が空 虚な 胃に 入ると直 腸に 大 便を送りだす強 い蠕 動がおこる反 射 ( 胃-直腸反射) などには , この受容器 が関 与している と考えられる. 注) 膀胱 の伸張受容器: その 興奮は尿 意をもたらし , 排尿反射をひきおこす. 注) 圧受容器: たとえば大静脈・右房中隔・肺静脈にある伸張受容器は静脈還流量を感 知する. この情報は迷走神経中 の内臓求心性神経により延髄にもたらされ,反射的に心拍数が増 加 する. これをベインブリッジ反 射といい , この反 射は 「 静脈還流量が 増せば心拍出量もそれ に比 例し て増 す」 というスターリングの 法則を成 立させる一 因となっている. 注) 動脈血液中の酸 素ガス分圧・二酸化炭素ガス分 圧・pHの変 化: これらの受 容 器のひとつとし て, 頸動脈分岐部に 存在する頸動脈小体 がある. この 化学受容器からの情 報は,延髄の 呼 吸中枢におくられ , 呼吸運動のリズムや 深さを調 節する. このような血 液のガス分圧 やpHを 生理的範囲に維 持するための 反射機構を化学受容器反射という. 注) 異常代謝産物・薬物・重金属: たとえば血 中にある異常代謝産物・薬物・重金属などは,第 四 脳室にある化学受容器によって 感知され, 延 髄の嘔吐中枢に伝えられ 嘔吐反射をひきおこ す.腎不全・妊娠中毒症・薬 物による嘔 吐はこのメカニズムによっておこる. 212 注) 中枢神経系内の 温度受容器: 視床下部・中 脳・延 髄・脊 髄などにある. 注) 腹腔 の温度受容器: 腹腔壁・腹部内臓などにある. 注) 臓器感覚: 「 ほてる」 や「のぼせる」 といった 感覚に 関与 すると考えられる. 5.感覚生理学の基礎 □ 刺激の種類による受容器の分類 感覚受容器の形態的分類 感覚受容器は,求心性ニューロンの末端に存在する. この部位の構 造は, 以下のように求心性 ニューロンから独立した細胞が感覚受容器 になっているものと求心性ニューロンの神経終末が感覚受容器になっ ているものとに分類することができる. 1. 独立した細胞が感覚受容器になっているもの 求心性ニューロンから独立した細胞が感覚受容器として存在し, こ こで発生したインパルスが求心性 ニューロンの末端にシナプスして興 み 奮をつたえる. これは 特殊感覚の受容器にみられ, その例としては,味 らい み さ いぼ う か んじ ょ うた い す いじ ょ うた い 蕾の味 細 胞→, 網膜の杆 状 体細胞と錐 状 体細胞→, 内耳のコルチ ゆ うも う 器や前庭器にある 有毛細胞→などがある. 2. 神経終末が感覚受容器になっているもの 求心性ニューロンの末端 (神経終末)が感覚受容器としてはたらき, * ここでインパルスが発生 するものは, さらにふたつに分類される. すな わち,求心性ニューロンの軸索末端に特殊な小体構造があり, これが 受容器としてはたらくものと, 特別な構造をもたず軸索の末端がそのま ま受容器としてはたらくものとがある. ・ 軸索末端に小体構造をもつものとしては, ルフィニ終末(ルフィニ小 * 体) ・パチニ小体 (ファーターパチニ小体) ・マイスナー小体・メルケ も うほ う ル触覚盤 (メルケル小体) ・毛包受容器などがある. これらはいずれ 213 5.感覚生理学の基礎 て いい き ち も機能的には, 低閾値機械受容器に属し, また触圧覚受容器→とし てはたらく. ・ 軸索末端に特別な構造をもたず受容器としてはたらくものは,一括 して自由神経終末とよばれる. これらは温度感覚受容器→または 痛 覚 受 容 器→などとしてはたらく. 注) マイスナー小 体: 腸管壁にあるマイスナー神経叢とは 別個 のものである. マイスナー神経叢は 腸管の 粘膜下層にある副交感神経節である. 注) インパルスが 発生: 求心性ニューロン のうち神経終末が 感覚受容器としてはたらくものでは,末 梢性突起 の末梢端(神経終末) にある感覚受容器に閾値以上の 刺激がくわわったときに,全 か無 の法 則にしたがって活動性インパルスが 発生 する. □ 感覚受容器の形態的分類 感覚伝導路 感覚伝導路とは 感覚伝導路とは 感覚受容器におこった興奮は, いくつかのニューロンを経て大脳皮 質感覚野におくられる. このルートを構成するニューロン群は,途中で 他の多くのニューロンにシナプスを形成し,複雑な神経回路を構築し ているが, このうち 感覚の生起にかかわるニューロン群を感 覚 伝 導 路 214 5.感覚生理学の基礎 という. 特殊感覚以外の感覚の場合, 感覚伝導路は三個のニューロンにより 構成されている. このうち , 末梢の感覚受容器からのインパルスをつた えるものを一 次 ニューロンといい, これがシナプスするものを二次 ニューロンといい, さらにこれがシナプスし大脳皮質にいたるものを三 次ニューロンという. これら三個のニューロンが形成するルートには,感 覚の種類により一定の走行パターンがある. 末梢における感覚伝導路の走行 一次ニューロンの構造と興奮 感覚伝導路のうち受容器から中枢神経系に入るまでは, 感覚の種類 によらず一個のニューロンで構成されており, これを一次ニューロンと いう.末梢の感覚受容器 からのインパルスをつたえる一次ニューロン は,樹状突起をもたず,細胞体から2本の軸索が出ている. これら二本 の軸索のうち,末梢方向にのびるものを末梢性突起といい,中枢神経 側にのびるものを中枢性突起という. □ 求心性一次ニューロンの構造 一次ニューロンの神経線維 一次ニューロンの軸索とこれを支持する非ニューロン性細胞がつく → る神経線維は, その太さ・伝導速度により分類 されており, これらはそ 215 5.感覚生理学の基礎 の末端にある感覚受容器 の種類と対応している. なお神経線維の分類には一般にアルファベット 分類がもちいられる が, 感覚神経線維には, 数次式の分類も適用される. □ 一次ニューロンの神経線維の分類 一次ニューロンの走行 末梢神経系において一次ニューロンは,以下のように走行している. 1. 特殊感覚 ・ 特 殊 感 覚をつたえる一次ニューロンは,おのおのに 対応する脳神 経の中を走行し, 脳または脳幹に入る. 2. 体性感覚 ・ 顔 面 部(頭部・顔面・口腔・歯・鼻腔・角膜など) からの体性感覚を つたえる一次ニューロンの末梢性突起は, 三叉神経(第V脳神経) * の三本の枝 の中を走行する. その細胞体は三叉神経節にあり, 短 い中枢性突起は脳幹から中枢神経系に入る. ・ 体幹・四肢からの 体性感覚をつたえる一次ニューロンの末梢性突 起は,それぞれ脊髄分節にしたがって脊 髄 神 経の中を走行する. その細胞体は脊髄後根の脊髄神経節にあり, その中枢性突起は脊 髄 後 角から中枢神経系に入る. 3. 内臓感覚 ・ 内臓感覚をつたえる一次ニューロン(内臓求心性神経)の末梢性 216 5.感覚生理学の基礎 突起は, 自律神経遠心性線維 (交感神経・副交感神経 ) とともに走 → 行する . その細胞体は,脊髄神経節または相同の脳神経節にあ り,短い中枢性突起は脳幹や脊髄に入る. 注) 三叉神経 の三 本の 枝: 三叉神経は , 橋 からでて三叉神経節を作ったのち眼神経・上顎神経・ 下顎神経の 三枝にわかれる . □ 体幹・四肢からの体性感覚を伝える一次ニューロンの模式図 感覚神経節 末梢神経の走行中にある神経細胞体 の膨大部を神経節といい, こ のうち, 求心性一次ニューロンの細胞体で構成されるものを感覚神経 節という. 感覚神経節には以下のようなものがある. * ・ 三叉神経節 ------- 脳底部にあり, 半月神経節またはガッセル 神 経 節ともよばれる. ここには顔 面 部(頭部・顔面・口腔・歯・鼻腔・ 角膜など) からの体性感覚と一部の内臓感覚をつたえる求心性 ニューロンの細胞体がある. * ・ 脊髄神経節 ------- 脊髄後根にあり, 体幹・四肢からの体性感 覚と一部の内臓感覚をつたえる求心性 ニューロンの細胞体 があ る. 注) 三叉神経節: 三叉神経節 のびる一 次ニューロン の中枢性突起は延 髄に 入る. 二 次ニューロン は, 三叉神経脊髄路核・三叉神経主知覚核・三叉神経中脳路核を経 て反対側 の視 床に お わる. 注) 脊髄神経節: 脊髄神経節にある細胞体はすべて求心性ニューロンのものである. 遠心性ニュー ロンの 場合 , 体性運動ニューロン の細胞体は,脊髄灰白質の 前角にあり,自律神経遠心路 の節前 ニューロンの 細胞体は , 脊髄灰白質 の側 角などにある. 217 5.感覚生理学の基礎 一次ニューロンがつくる多くのシナプス 一次ニューロンの中枢性突起は, 中枢神経系に入って二次ニューロ ンにシナプスする. しかし 一次ニューロンは脊髄後角などで側枝を出 * して多くのニューロン に情報をおくり, さまざまな反射をひきおこして生 体の恒常性を維持している. 注) 多くの ニューロン: 一次 ニューロンが 中枢神経系内でシナプスをつくるものとしては, 運動ニュー ロン , 交感神経節前ニューロン, 脊髄固有路 のニューロンなどがある. このうち 運動 ニューロ ンとのシナプスは単シナプス反射(腱反射 ) の反射弓を構 成し , 交感神経節前ニューロンと のシナプスは,体性感覚刺激による発汗異常・血管運動異常などの自律神経症状 が見られ ることに 関与している. また 脊髄固有路の ニューロンとのシナプスは , 多分節性におこる多 シナプス反射(長脊髄路反射) などに関 与する. 体性感覚と脊髄分節 四肢・体幹部に受容器がある体性感覚の求心性神経線維は,脊髄 * 分節にしたがった 帯状の支配領域 をつくって分布している. このうち 皮膚感覚における分節機構をデ ル マトーム (皮節または皮膚分節) と いい, また骨格筋における深部感覚の分節機構をミオトーム (筋分節) という. 注) 脊髄分節にしたがった帯状 の支配領域: 区分は脊髄神経の 高さに 順次したがうが, 四 肢の 部 分は例外的な変化 がある. とくにC5からC8までは , 体幹に皮膚分節をもたず上 肢にのみ分 布 域をもつ. このためC4 (鎖骨上神経) とTh1 (第1肋間神経)の皮膚分節は,鎖骨下部 あたりで 直接接している.皮膚分節の高さの 概略は , 人体を四足動物 の姿勢におくとわかりやすい. 中枢における感覚伝導路の走行 一次ニューロンの走行 末梢組織からの体性感覚情報をつたえるニューロン群は, 中枢神経 系内で以下のように走行する. 1. 顔面からの体性感覚情報を伝えるニューロン群 顔面からの体性感覚情報を伝える一次ニューロンは, 三叉神経をと おり脳幹部の橋から中枢神経系内にはいる. 218 5.感覚生理学の基礎 2. 体幹・四肢からの体性感覚を伝えるニューロン群 体幹・四 肢からの 感覚情報を伝えるニューロン群の軸索は, すべて 脊髄白質内を上行する. これらの神経線維束は, 感覚の種類ごとに一 定領域にまとまって上行する. このように 脊髄白質内で感覚性インパル スを脳に伝える神経線維群を脊髄上行路という. 脊髄上行路は走行部 位により, 以下のように分類される. → ・ 内側毛帯系 ------- 脊髄後索をとおる脊髄上行路である. ここ を上行する感覚は識別性触圧覚と固有感覚などである. → ・ 脊髄視床路系 ----- 側索・前索をとおる脊髄上行路 である. こ こを上行する感覚は温度感覚と痛覚である. □ 脊髄白質内の伝導路の分布 二次ニューロンの走行 * 一次ニューロンが二次ニューロンにシナプスする部位 は, 内側毛帯 系を上行する感覚と,脊髄視床路系を上行する感覚とで以下のように ことなる. ・ 内側毛帯系(識別性触圧覚と固有感覚)---- 延髄の後索核. ・ 脊 髄 視 床 路 系(温度感覚と痛覚)---------- 一次ニューロンが はいる脊髄分節の後角. ただしいずれの場合も,二次ニューロンの軸索はシナプスをうけた 高位で反対側に 交差し, 視床まで上行する. 注) 一次 ニューロンが 二 次ニューロンにシナプスする部位: な お顔 面からの 体性感覚をつたえる 三叉神経からの求心性ニューロン のうち, 痛 覚と温度感覚をつたえる一 次ニューロンは三 叉 神経脊髄路核 で二次 ニューロンにシナプスし, また識別性触圧覚や 固有受容感覚(深部感 219 5.感覚生理学の基礎 覚) をつたえる一次 ニューロンは 主知覚核で 二次 ニューロンにシナプスする. 視床の機能 視床は間脳の中心をなす卵形の灰白質塊である. 視床は感覚の中 間中枢といわれ, 嗅覚をのぞくすべての感覚伝導路は視床に達し, こ こで二次ニューロンは三次ニューロンにシナプスし, 大脳皮質に向か う.視床からでるニューロンの軸索は,特殊感覚経路と非特殊感覚経 路にわけられる. 1. 特殊感覚経路 特殊感覚経路に属するものは以下の部位でニューロンをかえ, 大脳 皮質感覚野に投射する. ・ 体性感覚 ---- 腹側基底核群 ・ 聴覚 -------- 内側膝状体 ・ 視覚 -------- 外側膝状体 2. 非特殊感覚経路 さまざまな感覚刺激により末梢から感覚伝導路を上行したインパル スは,その側枝を介して延髄, 橋,中脳にかけて存在する脳 幹 網 様 体 にももたらされる. これらは視床の非特殊感覚経路にはいり, ここから大 脳皮質全体に広範に投射する. このニューロン群を脳幹網様体賦活 系といい, これは大脳皮質全体の興奮性を高め, 覚醒, 意識水準の維 * 持にはたらく機能をもつ. 注) 覚醒,意識水準 の維 持にはたらく機能: 脳幹網様体 の刺 激により, 脳 波には覚醒反応がおき, 破壊によって 昏睡をおこす . 三次ニューロンの走行 * 視床をでた三次ニューロンがつくる投射線維は, 内包 をとおり大脳 皮質感覚野にいたる. この部分の感覚伝導路を, とくに視床皮質路と いう. 220 5.感覚生理学の基礎 注) 嗅覚: 第I脳神経 である嗅神経の 場合 , 第II脳神経(視神経 ) 以下 の脳神経とことなり, そ の一 次ニューロンは直接大脳に入る.すなわち嗅神経 からのインパルスは ,篩骨篩板 の小 孔を 通って頭蓋腔内に 入り, 嗅 球に 達する. 注) 内包: 内包は視 床・尾状核・レンズ核の 間にある神経線維束の 通過部位の呼 称である. ここは 血管障害 の好発部であり, 感覚性三次 ニューロンの 神経線維が通過 する部 位での 障害は , 反対側半身の 感覚障害を引きおこす. また隣 接する視 床にまで障 害がおよぶと,触覚・痛 覚・温 覚よりも深部知覚 がはなはだしく侵される半身知覚脱失や,発作性または持続性の 半 身疼痛 ( 視床痛)があらわれる. □ 内側毛帯系と脊髄視床路系 大脳皮質感覚野の特徴 * 三次ニューロンがつたえる情報は, 大脳皮質の感覚野(感覚領)に もたらされる. その特徴は以下のとおりである. *→ ・ 感覚野は感覚の種類ごとに 局在 し,それぞれの感覚野は, 身体 221 5.感覚生理学の基礎 の配置が再現されるように 構築されている. ・ 感覚野は,感覚の鋭敏な部位をつかさどる領域ほどひろくなってい る. ・ 一側の感覚野は, 反対側半身の 感覚をつかさどる. □ 大脳皮質体性感覚野の体部位構成 大脳皮質感覚野の機能局在 大脳皮質感覚野は感覚の種類ごとに 以下のように 局在する. ・ 体性感覚 ---- 頭頂葉の中心後回 ・ 味覚 -------- 頭頂葉の中心後回の基部 ・ 嗅覚 -------- 側頭葉の梨状葉(梨状皮質) など ・ 視覚 -------- 後頭葉 ・ 聴覚 -------- 側頭葉 注) 感覚野 ( 感覚領): 感覚野には一次感覚領と二次感覚領とがある. 前 者は 感覚伝導路が 終 わ る領域であり,二次感覚領は 一次感覚領に隣 接して 存在し , 一次感覚領で 受容された感 覚 を分析・統 合し , 過 去に 経験した 感覚と照 合するなどして, 具体的な総 合された 感覚として 認識する.一次感覚領の障 害は 感覚 の鈍 麻をきたし , 二次感覚領の 病変 では 連合感覚 の 障害や 失認をきたす. また表在性感覚のうち , 脊髄視床路系に属 する温度覚や 痛覚は,大 脳皮質感覚野の 役割が 小さく,視床など皮質下 の領 域で処 理されている. 注) 以下のように局 在: ただし感覚野には,他の 中枢神経系 の各 部と同 様に 可塑性があり,たとえ ば盲人では視覚野が触圧覚をつかさどることや, 本来受容野の狭い 体部位 の体性感覚が , 訓練によって 拡張 することもある. 222
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