飲酒運転と会社の責任

飲酒運転と会社の責任
当事業所では, 毎年 5 月の祝日に共
飲まないかは個人の問題なので, もし酒を飲んで車を
済会主催のスポーツ大会を開催してい
運転したら道路交通法違反となり, 責任は飲んだ個人
ます。 参加者の大多数は車で会場まで
が負うべきで, 共済会が運転者に飲酒運転を勧めるよ
来ますが, 昼食時と全競技終了時に参
うなことがない限り, 共済会は責任を負わないという
加者に缶ビール (飲まない人にはジュース等) を配っ
ことでしょうか。 従来の昼食時と全競技終了時に缶
ている関係で, ビールを飲む人は, 飲まない人が運転
ビールを配るという場合には法的に問題があるでしょ
する車に行き帰り同乗して来ます。 そして, 「飲んだ
うか。 法的に問題がなくても缶ビールを配ること自体
ら運転しない, 運転するなら飲まない」 を呼びかけて
が飲んで車を運転する可能性がないとはいえない以上,
これまで運営してきましたが, 特に問題はありません
共済会ひいては会社の道義的・社会的責任が問われる
でした。 ただ, 昨年 9 月の改正道路交通法 (以下, 道
ことはないでしょうか。 会社では, 社内・外で忘年
交法) の施行により, 飲酒運転をする恐れのある者に
会や歓送迎会等を行うときは, 「飲んだら運転しない」
酒類を提供した者は処罰されると聞きましたが, 「昼
ことを約束事にしていますが, 就業規則には私生活上
食時と全競技終了時に参加者に缶ビールを配ることが
で飲酒運転を犯した場合の処罰規定を設けていません。
改正道路交通法の違反にならないか」 と, 共済会の担
しかし, 今後は処罰規定を設ける必要があるように思
当者から相談を受けました。
いますが, その場合の留意点についてアドバイスをお
そこでお尋ねしたいのですが, 一般に酒を飲むか
1.
酒気帯び運転等への罰則
願いします。
転者と同じく, 酒酔い運転の場合は 5 年以下の懲役
または100万円以下の罰金, 酒気帯び運転の場合に
酒気帯び, または酒酔い運転に関
は 3 年以下の懲役または50万円以下の罰金となり
するご質問です。 酒気帯び運転, 酒
ます。 「酒類を提供した者」 や 「車両に同乗した者」
酔い運転は道交法の改正 (2007年 9 月19日施行)
については, 運転者が酒酔い運転のときは 3 年以下
により, 罰則が強化され, 酒気帯び運転は 1 年以下
の懲役または50万円以下の罰金, 酒気帯び運転の場
の懲役または30万円以下の罰金から 「 3 年以下の
合には 2 年以下の懲役または30万円以下の罰金と
懲役又は50万円以下の罰金」 とされましたし, 酒酔
されています。
い運転は 3 年以下の懲役または50万円以下の罰金
から 「 5 年以下の懲役又は100万円以下の罰金」 と
2.
缶ビールを配ることの是非
されました。 また, 飲酒運転の発覚を恐れて, 事故
スポーツ大会には, 会場まで多くの社員らが自動
の被害者を救護せずに立ち去るという事態も考えら
車で来るということであり, そうすると終了後もそ
れますが, このようなひき逃げ (救護義務違反) に
の社員らの多くはその自動車で帰るということが予
ついても, 以前は 5 年以下の懲役または50万円以下
想されます。 その会場で昼食時と全競技終了時に缶
の罰金でしたが, 改正後は 「10年以下の懲役又は
ビールまたは缶ジュースが配られるということです
100万円以下の罰金」 と, 罰則が強化されました。
が, たとえ競技中の休息時や全競技終了後のことと
その他, 飲酒運転に関して運転者以外の周囲の者
はいえ, 缶ビールを配ることは好ましいことではあ
の責任について, 飲酒している者に車両の提供をし
りません。 というのは, たとえスポーツ大会を主催
た場合 (道交法65条 2 項) や, 運転者に酒類を提供
している共済会のほうで, 参加している社員らに対
したり (同条 3 項), 車両に同乗していた者 (同条
して缶ビールを飲むように指示しているわけではな
4 項) についても, 罰則を科すことになりました。
いにしても, 競技をして喉が渇いている社員らは缶
具体的には, 「車両を提供した者」 については, 運
ビールを出されればついグッと飲んでしまうという
76
労務事情
2008.1.1・15 №1134
ことは十分に予想できることです。 そうすると, 昼
で, 自動車に乗って帰るということがないとはいえ
食時や全競技終了時に缶ビールを飲んでいまだにア
ない以上, 缶ビールを配ることを止めたほうがよい
ルコールが抜けないままの状態で, 社員らがその自
でしょう。 また, 缶ビールを飲んで酔った社員が午
動車に乗って帰るという事態は予見されます。 した
後からの競技に参加する場合もあり得ますので, 健
がって, 今後は缶ビールを配ることは止めたほうが
康管理, 安全面から考えても缶ビールを配ることは
よいでしょう。
止めたほうがよいといえるでしょう。
3.
缶ビールを配った場合の法的責任
(1) 昼食時に配る場合
(2) 全競技終了後に配る場合
全競技終了後に缶ビールを配る行為は, いかにも
お疲れ様, ビールでもお飲みくださいという趣旨に
昼食時に缶ビールを配った場合については, 共済
思われますので, たとえ, 共済会が当日に, 「飲んだ
会の担当者が道交法違反に問われるかどうかは難し
ら運転しない, 運転するなら飲まない」 と呼びかけ
い問題です。 というのは, 飲酒できるレストランに
たとしても, 飲酒運転になる恐れのある者に対して
お客が自動車を運転して入って来て, ビールを注文
酒類を提供していることになるので, 道交法65条 3
した場合に, それを提供すれば道交法違反になるか
項違反になる可能性は高いと考えます。
という場面と似ているといえます。 そのお客にビー
もちろん, そのような社員は缶ジュースを選択す
ルを出せば必ず飲酒運転になることがわかっている
ればよいのではないか, 後は, 個人の問題であると
場合には違反になるとしても, 可能性はあるにして
いう言い訳もできるでしょうが, 個人の自主性, 規
もそうとは限らないことは十分に考えられるわけで
律性に過度に期待するのは無理です。 道交法65条 3
す。 たとえば, そのレストランにその友人がやって
項も, そのような飲酒の欲望に負ける者に対して酒
きて, 自動車は飲酒していないその友人が行い, 飲
類を提供することが犯罪になるという趣旨の規定で
酒した本人は自動車の運転をしないこともあり得ま
あり, 全競技終了後の帰宅時直前の缶ビールを配る
すし, 酒量がわずかで, その後の長時間の休憩によ
行為はぜひとも止めるべきであると考えます。
り酒酔いや酒気帯びの基準をクリアーできる状態に
なってから運転するということもあるでしょう。 そ
の他, 車の代行運転の業者に依頼して, 運転せずに
助手席に乗って帰るかもしれません。
4.
私的な飲酒運転についての規則の定めと妥当性
業務に関連して忘年会や歓送迎会で飲酒した場合
に, 自宅まで帰るときに自動車を運転してはならな
しかも, 彼らはいずれも社会人であり, 飲酒運転
いのは当然のことですが, 就業規則などでも社員に
が厳しく処分されることは, 自動車を運転している
対する禁止行為規定の中で 「業務, または, 通勤に
者ならば皆周知していることなのであり, 共済会で
関して飲酒運転をしてはならないこと」 と定めるこ
も, 「飲んだら運転しない, 運転するなら飲まない」
とや, 懲戒規定の中で飲酒運転をした場合には懲戒
と呼びかけているということですから, 仮に社員が
処分になる旨の規定を設けておくべきです。
昼食時に缶ビールを飲んだとしても, 酔いがさめる
問題は, 私生活での飲酒運転について会社が規定
まで休息するとか, 他の社員に運転してもらうか,
を設けて関与するべきか否かということですが, 私
しかるべき措置を採るべきです。 しかも, 共済会の
生活上の行為について逐一介入する規定を設けるの
職員は缶ビールだけでなく, 缶ビールを飲めない者
は好ましいことではありません。 たとえば, 日常生
のために缶ジュースも用意しているわけであり, 喉
活で窃盗をするな, 殺人をするな, 覚醒剤を使うな
が渇いている者は缶ジュースを飲めばよいわけで
等と詳細な規定を設ける必要がないのはもちろんの
す。
ことであり, 飲酒運転についてだけこのような規定
このように考えると, 共済会が積極的に飲酒する
を設けることは不合理であると考えます。 ただ, 私
ような指示をしていない以上, 酒類の提供または飲
生活でも犯罪行為を犯した場合には懲戒処分の対象
酒を勧めたことにはならないと考えますが, 缶ビー
になり得るという一般的な規定を定めておくことは
ルを飲んだ社員がアルコールが抜けないままの状態
意味があるでしょう。
(弁護士
労務事情
外井浩志)
2008.1.1・15 №1134
77