お医者さんの36時間連勤

お医者さんの36時間連勤
私は, 民間の大きな総合病院の事務
外勤務の賃金は月10万円程度にすぎません。 そんなに
部門に勤務しています。 先日, ある新
長時間勤務をさせたら, それこそ過労死が続発するの
お医者さんには36時間連
聞の記事に, ではないでしょうか。
続勤務があると掲載されていました。
しかし, 人事院の民間病院の調査によると, 所定時間
●ポイント
現在の労基法や厚生労働省の通達
によると, 勤務の状況によっては36
時間連続勤務を行っても, またご質
問の程度の賃金でも違法でない場合
もある。 しかし, 過労死のおそれが
ないとはいえないので, 単に違反が
ないということだけでなく, もっと
「人たるに値する生活」 (労基法1
条) を考えるべきだろう。
1.
人事院調査と医師の給与
なんで長時間勤務ができるのか問題点とともに説明
してください。
す。 これには就業規則の整備が必要です。
次に午後9時以降の問題があります。 これは翌日
の午前9時までは労基署から許可を受けて宿直扱い
とします。
そうすると時間外労働の扱いは必要なく, 勤務に
就く医師の平均日数の3分の1以上の宿直手当を支
払うだけでよいことになります。 ただし, 宿直は週
1回以上は許可しませんので, 月4回以下にする必
要があります。 日直も手当は同じですが, 回数の許
可基準は月1回以下です (昭24.3.22基発352号ほ
か)。 したがって宿直は月4回, 日直は月1回で計
算することにします。
まず, ご質問にありました人事院による調査です
ところで宿直中にも急患が来ることがあります。
が, これは人事院が調査発表した平成19年職種別民
そうすると手術等の通常と同じ業務に従事します。
間給与実態調査だろうと思います。 それによると病
そこで, それが1回1時間で2回あると仮定し, う
院長106人, 副院長242人, 医科長823人, 医師1,668
ち1回は午後10時以降の深夜だったとします。 こ
人, 歯科医師72人の合計2,911人について調査して
の2回計2時間は時間外労働として扱う必要があり
います。 そこで役付医師については適用除外になる
ます (平11.3.31基発168号ほか)。 また, そのうち1
条文もありますので, 1,668人の医師を例にしてみ
時間は深夜業に該当しますので, その分の割増賃金
たいと思います。 これらの医師の平均年齢は39.8歳
が必要です。
で, 1カ月に 「きまって支給する給与」 は94万8,259
円で, うち 「時間外手当」 は9万9,070円です。
ここまでの医師の拘束時間の合計は24時間です。
ところがその中で時間外労働に該当し, 事前に法36
そこで36時間連続勤務して時間外手当が月10万
条の規定により時間外労働協定届を労基署長に届出
円程度でよいためには, 労基法をどのように活用し
して, 法37条に規定する時間外労働と深夜業につい
た場合にそれが可能であるかということを考えてみ
ての割増賃金を支払う必要のある労働時間は, たっ
ることにします。
たの2時間です。
まず, 36時間連勤が可能であるためには, 毎日の
さて, では宿直が終わっても, 36時間にはまだ届
拘束時間を長くする必要があります。 そのため午前
きません。 まだ12時間残っています。 それには宿
9時から午後9時までの勤務とし, その間に昼食と
直の終わった翌日の午前9時から午後9時までの拘
夕食とに各1時間の休憩をとることにします。 そう
束12時間の勤務を終えないと, 36時間連続勤務には
すると12時間−2時間=10時間で, 実労働時間は10
なりません。 ではさらに12時間の勤務 (実労働時
時間となります。 ところで法32条により週の労働
間としては10時間) を続けることになるのでしょ
時間は40時間が原則ですから, 週4日勤務としま
うか。 それこそ過労死の危険の高い決死?の勤務と
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労務事情
2008.7.15 №1146
もいうべき超過重労働です。 では断ればよいかとい
賃金の扱いについての質問に対して, 「設問の場合
うと簡単にはいきません。 実は, ご本人に断る権利
は, 翌日の所定労働時間の始期までの超過時間に対
はないのです。 どうしてでしょうか。
して, 法第37条の割増賃金を支払えば法第37条の違
2.
なぜ断れないか
反にはならない」 (昭26.2.26基収3406号) と回答し
ています。
翌日は次の日ですから, どうして連続して勤務す
そうすると, 時間外労働が継続して翌日の所定労
ることを断れないのでしょうか。 もし, 連続して勤
働時間に及んだ場合には, それが継続している時間
務したら, それはたいへんな長時間労働になり, 病
でも, それは翌日の所定労働時間であって, 時間外
院側が支払わなければならない時間外労働に対する
労働ではないというのですから, 割増賃金の支払い
割増賃金はばく大なものになり, 病院側は場合に
はもとより, 法36条の規定する労使協定も不要だと
よってはその負担に耐えられなくなる場合もあるの
いうことです。
ではなかろうかと, つい他人のことでも心配になっ
たりします。
ところが, 驚いたことにそうではないのです。 病
そして, 時間外労働についてのそのような考え方
が, 過労死の労災認定の際にも通用するということ
になったらたいへんです。 翌日まで継続した翌日の
院側がそんなことになる心配はありません。 では,
所定労働時間が, すべて時間外労働としてカウント
そのような翌日の勤務は時間外労働扱いにしなくて
されないということになったら, 36時間連勤の人の
もよいと, 労基法のどこに書いてあるのでしょう
過労死の労災認定は非常に困難になります。 実は36
か。 実はそのようなことがはっきりと書いてある労
時間連勤は病院だけでなく, 交替制の製造工場でも
基法の条文はありません。
よく見かけました。 36時間連勤が生ずるのは, 後番
厚生労働省 (実際には厚生省と合併前の元労働省
ですが) が, 労基法の関係条文を検討した結果, そ
のような解釈になったのです。
がこなくて2連勤となり, その翌日は通常の出勤な
ので3連勤という例がよくありました。
判決には 「労働時間の法的規制は労働時間の長
そのような解釈になると, 翌日の午前9時から午
さ, すなわち継続労働を問題としているわけである
後9時までの勤務は, それを断る権利があるどころ
から, 原告らの勤務のごとく2暦日にまたがる場合
か, 逆に医師側はその勤務に就く義務があるので
があってもこれを通算し, 継続して8時間を超える
す。 命令されても勤務に就かないと勤務命令に従わ
労働時間は許されないものというべく, したがって
なかったとして, 就業規則により懲戒処分になるか
右8時間を超える労働はすべて時間外労働というべ
もしれません。 さらに民事的には, 勤務に就かな
きである」 (合同タクシー事件・福岡地裁小倉支部
かったことにより病院側に損害が発生すると, 債務
昭42.3.24判決, 労働関係民事裁判例集18巻2号210
不履行として損害賠償の支払いを請求されるかもし
頁) としたものがあります。
れません。
なかなかよい考え方で, もし, これと違う扱いが
一体どうしてでしょうか。 それは翌日の午前9時
あったとしたら, 通達とは違ってもこの考え方によ
から午後9時までの勤務は, そのお医者さんにとっ
る扱いとしたらどうでしょうか。 宿日直の改善も含
ては, 本来の通常勤務だからです。 したがって, そ
め医師不足解消策としても有効かもしれません。
れはたとえ前日の午前9時から連続勤務していても
(自治体労働安全衛生研究会顧問
井上
浩)
時間の通算はなく, 独立した通常の勤務として評価
され, 時間外労働として扱う必要などありません。
もちろん通常の労働時間となるのですから, 法37条
による時間外労働の割増賃金は, 病院側としては
まったく支払う必要はありません。
元労働省は, 地方の労働基準局からの時間外労働
が継続して翌日の所定労働時間に及んだ場合の割増
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