解説 - 分子科学講座

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「高分子の不思議な世界」解説編
2010.5.8 葛生 伸
1. はじめに
スライム,風船,ペットボルトはみな高分子からできています。小学生にとっ
て,どれもなじみのものですが,とても不思議な性質を持っていることはあまり
知られていません。今回は,この不思議な性質について,実験をしながら学びま
す。少し難しくなりますが,どうしてそのような性質を持つのかを,説明します。
2. ペンシルバルーンと熱の性質
スライムやゴムは高分子からでき
ています。高分子というのは原子が
ひものように長くつらなったもので
す。
鎖のようにつながっているので,
「高分子鎖」ともよばれます。ゴム
図 1 ゴムの網目構造
は高分子が図 1 のように網目状につ
ながったものです。
ゴムに重りをつけて伸ばしておい
たものにお湯をかけると縮みます。
図 2 手をつないで暴れまわる子ども
高分子鎖は人間の目や顕微鏡では見
えないくらい小さなものです。
でも,
これはとっても激しく暴れまわって
います。温度が高くなるほど,激し
く暴れまわります。高分子は,とっ
ても小さいけれども元気よく暴れま
図 3プラスティックの鎖の端を振り回すと縮む
わっているので「小さな暴れん坊」
とよぶことにしましょう。高分子の運動が激しくなると高分子鎖の両端は縮もう
とします。
このことをたとえ話で考えてみましょう。手をつないだ幼稚園児の両端に園児
たちと手をつないでいる先生がいるとしましょう(図 2)。子どもたちが手をつない
だまま暴れると先生は中の方に引っぱられるでしょう。小さなあばれんぼうの動
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きを実感するためには,ブラスチックの鎖を 1m 位に切って,机の上に鎖を引き
延ばして片端を鎖と垂直な方向に揺さぶってみましょう。鎖が縮むことがわかり
ます(図 3)。高分子という小さなあばれんぼうも温度が高くなるとより激しく暴れ
まわるようになり,両端を引っ張る力が強くなります。そのため,重りをつるし
たゴムが縮むのです。このとき,小さなあばれんぼうたちがおもりを持ち上げる
のです。ちょっと難しくなりますが,科学の言葉では力に逆らってものを動かす
ことを「仕事」といいます。お湯をかけて温度を高くすることによって,おもり
を持ち上げる「仕事」をします。
ゴムの中で「小さな暴れん坊」は激しく動いています。暴れまわっている高分
子鎖は,
「運動エネルギー」とよばれるエネルギーを持っています。高分子鎖に限
らず分子とよばれる物質の中にある小さな粒の持っている「運動エネルギー」は
温度によって決まります。
「運動エネルギー」
は小さな暴れん坊の元気のよさです。
温度が高くなるほど,大きな運動エネルギーを持つようになります。
ゴムを引っ張ったときを考えてみましょう。先にいいましたように,力をはた
らかせてものを動かしたとき仕事をしたといいます(正確には力の大きさに動い
た長さをかけたものが仕事です)。仕事はエネルギーに変えることができます。ゴ
ムを引っ張るとゴムは縮もうとする力が働きます。したがって,ゴムを引っ張っ
たときゴムは手によって仕事をされます。ゴムを急に引っ張ると,この手のした
仕事が高分子鎖の「運動エネルギー」に変わります。つまり,ゴムを引っ張ると,
引っ張った勢いで,ゴムの中の小さな暴れん坊が元気になるのです。ゴムの中の
小さな暴れん坊が激しく動き回るようになるのです。先ほど言ったように,運動
の激しさで温度が決まるので温度が上がります。
ゴムを引っ張る実験のときには,
できるだけ速く引っ張ることが大事です。ゆっくりの引っ張ると,ちょうど,熱
いお湯がさめるように冷めてしまうので,風船の温度はあまり上がりません。
ゴムを引き伸ばしておいて急に縮めると,ゴムは外に対して仕事をすることに
なります。外に仕事をした分,高分子鎖の運動のエネルギーは小さくなります。
つまり,ゴムを構成しているゴムの元気の良さが,外に伝わり少しおとなしくな
るのです。そのために「運動エネルギー」が減ってゴム温度が下がります。
大学で「熱力学」というとても難しい勉強をするときに,最初にこの実験を見
せて授業をしています。ですから,皆さんは私が大学で行っている授業をほんの
ちょっと体験したのです。
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3. スライムと高分子の性質
スライムもゴムと同じように,高分子
からできています。高分子は身の回りに
ある繊維,プラスティック,食料品など
私たちの生活になくてはならないもので
す。高分子は原子が細長く連なって鎖の
ようにつながったものです。ゴムはこの
高分子鎖が網目状につながったものだと
いうことを先にお話しました。
洗濯のりとして使われている「ポリビ
図 4 スライムの中では高分子の鎖がくっ
ついたり離れたりする。
ニルアルコール」(PVA) も高分子の一種です。ポリビニルアルコールは一本の紐
のような分子です。これにほう砂を加えると,一部がゴムの網目のようにつなが
ります(図 4)。図 4 で,赤い線がポリビニルアルコールです。青い丸が書いてあ
るところは,ほう砂の分子です。丸いところが,ポリビニルアルコールをつなぐ
手にあたります。本当は 4 本の手があるのですが,簡単のために二つしか書いて
ありません。
ポリビニルアルコールの分子は,水の中ではのたうちまわりながら泳ぎまわっ
ています。これに,ほう砂の水溶液を加えると図 4 のようにほう砂が仲立ちをし
て,ゴムのような網目をつくります。そうすると固くなります。高分子が水を含
んで網目状につながったものをゲルといいます。お菓子のゼリーもゲルの一種で
す。スライムはゴムのように網の目のようにつながっています。でも,そのつな
がりはそれほど強くありません。
そのため,
力が働くとすぐに切れてしまいます。
でも,放っておくと再び PVA の高分子鎖が網目をつくります。これを繰り返す
とこによって,スライムはゆっくり流すと水あめのように流れます。
これを,机にたたきつけると切れるひ
からみあい
まがなく,ゴムのようにふるまいます。
このように,ゆっくり変形させると粘っ
こい液体のように流れ,速く変形させる
とゴムのように弾む性質を「粘弾性」
(ね
んだんせい)といいます。風船もおもり
を下げてしばらくおくとだんだん伸びて
きます。しかしながら,網目のような構
図 5 生ゴムの中では高分子が絡みあって
いる。
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おしあげられる
ひろがる
しめつけられる
おしちぢめられる
図 6 バラス効果とワイゼンベルグ効果
造をとっているので,伸びはじきに止まります。通常のゴムはイオウを加えて高
分子間をつないで網目を作っているのです。
生ゴムとよばれるゴムは網目を作っていません。生ゴムやエアコンのホースな
どの間につめるゴム製のパテやチューインガムなども粘弾性を示します。
ただし,
生ゴムでは,高分子同士網目を作っていません。そのかわり,ひものような高分
子が互いに絡み合っています(図 5)。粘弾性を示す高分子物質では,このような絡
み合いが弱い網目の働きをします。
急に変形したあとは,
絡み合いがほどけずに,
ゴムのように振舞いますが,時間がたつと絡み合ったところがすべるために,だ
んだん流れていきます。からみ合っているので,急に変形すると一時的に網目が
出来ているように振舞います。そのため,机にたたきつけると弾みます。しかし,
高分子は熱運動で暴れまわっていますので,充分長い時間があれば動くことがで
きます。そのため,生ゴムもゆっくりと流れることができるのです。
粘弾性を示す物質に棒を入れて,ゆっくり回転させると棒の周りを這い登って
きます。スライムの硬さを適当に調整すると驚くほどよく登ります。この現象を
ワイゼンベルク効果といいます (図 6)。これはスライムをたたきつけるとゴムの
ように弾む性質と関係しています。スライムの中に棒を入れてまわすと,棒のまわ
りのスライムは引き伸ばされます。このとき,スライムは,ゴムを引き伸ばした
ような感じになっています。ゴムバンドを引き伸ばすと縮もうとします。縮もう
とする力によって,ゴムは横にひろがります。このちからによって,ゴムは棒を
登ってくるのです。
洗濯糊が入っていた空き容器の底を切ってスライムを入れます。これにスライ
ムをいれて,容器の口から絞り出します。そうすると出口で風船のように丸くな
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ります。この現象をバラス効果といいます(図 6)。これは,容器の口を出る前に押
し縮められたスライムが元に戻ろうとするためです。
このように,高分子からできている物質は不思議な性質を示します。教科書に
は,物質は気体,液体,固体に分けられると書いてありますが,現象を観察する
時間スケールによって固体としてふるまったり,
液体としてふるまったりします。
たとえば,海底の近くは硬い岩石からできています。これはどうみても固体のよ
うにおもわれます。でも,1 年間に数十センチメートルの速さで動いています。
したがって,非常に長い目でみると液体です。このように,流れや変形に関する
現象は,観測する時間のスケールによって異なります。流れや変形に関する性質
を研究する学問を「レオロジー」といいます。このほかにレオロジーの現象とし
て色々な現象が知られています。
レオロジーに興味がある方は,尾崎邦宏「キッチンで体験レオロジー」(ポピュ
ラーサイエンス,裳華房)を参照してください。
ほう砂とほう酸
ほう酸という言葉聞いた人もいるでしょう。インターネットで調べてみる
と,スライムをつくろうと,ほう砂を買いにいったけれど,ほう酸を買ってき
てしまったがどうしたらよいかという相談が書いてありました。ほう酸ではス
ライムができないので注意してください。どちらも「ほう」ということばがあ
るのは,
「ホウ素」とよばれる ものからできているからです。スライムに酢を
加えると,中のほう砂の分子はほう酸になります。そうすると,網目の構造を
つくることができなくなります。その結果,水に溶けるようになります。酢や
ホウ酸は弱い酸ですので,台所の流しに流しても大丈夫です。
ほう砂は薬局で売っています。どちらも,色違いの似たようなデザインの箱
に入っています。どちらも,薄めて目の洗浄に使います。ですから,体にわる
いものではありません。でも,消毒になるのですので,たくさん体に入ると毒
になります。口には絶対に入れないようにしてください。また,終わったら手
を洗うようにしてください。
ほう砂は「砂」という言葉があるように鉱物として天然に存在します。医薬
品の他耐熱ガラスの原料などにも用います。鍋などに使われる耐熱ガラス(パ
イレックス)の原料の一つです。
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4. スライムの始末の仕方とスーパーボールみたいなスライム
スライムを始末するときには,酢を加えてサラサラにして水道に流す方法と,
食塩を加えて固めて,ごみとしてすてる方法があります。
食塩を加えると固まる性質を「塩析」といいます。石鹸などをつくるときにも,
塩析とよばれる性質がつかわれています。
スーパーボールみたいなスライムでは,
食塩で水を押し出したうえに,ほう砂でポリビニルアルコールの高分子をつなぐ
ので,固いゴムのようになります。ですから,ゴムのように弾むようになるので
す。
5. ペットボトルの不思議
ペットボトルをオープントースターに入れて,加熱すると縮みます(図 7)。これ
は,図 8 のように,ペットボトルは試
験管見たいな形のものを形の中で膨ら
ませてつくっているためです。膨らま
せたものは,風船みたいに縮もうとす
る力が働きます。
それを急に冷やすと,
固くなって縮むことができなくなりま
す。これをもう一度加熱して温度を高
くすると,柔らかくなり,縮むことが
できるようになるのです。
ペットボトルの口のところをよく観
察してみると,縮んでいません。これ
は,
最初から口の部分をつくってあり,
膨らませていないからです。
図 7 ペットボルトをオープントースターで
加熱すると縮む。
ペットボトルがグニャッと柔らかく
なってから取り出すと,だんだん全体
的に白くなっていきます。口の部分も
白くなります。これは,ペットボトル
の中に結晶と呼ばれるものができるか
らです。
冬にコンビニで暖かいお茶の入った
ペットボトルを売っていますよね。あ
図 8 ペットボルトは試験管見たいな間をふ
くらませてつくる。
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のペットボトルは口のところが白くなっています。これは,口のところだけ温め
て,結晶をつくったものです。結晶ができると固くなり,温めても中身が漏れな
いからです。
レジ袋は,ちょっと白っぽく見えますよね。これは,ポリエチレンとよばれる
プラスチックに結晶ができているからです。ごみ袋も同じようなポリエチレンで
できています。台所でつかわれるポリ袋で透明なものもあります。これも,ポリ
エチレンからできていますか,まったく結晶になっていません。そのため,ごみ
袋やレジ袋にくらべて柔らかいのです。
ペットボトルはポリエチレンテレフタレート (PET)とよばれるプラスチック
からできています。PET これを「ペット」と読んで,「ペットボトル」というので
す。犬や猫などの「ペット」とは全く関係ありません。英語では「プラスチック
ボトル」といいます。日本で最初は醤油の容器として使われました。
ペットボトルを取り出すとき,糸を引くこともあります。このような糸を引く
性質を曳糸性(えいしせい)といいます。
PET は衣類やじゅうたんなどに用いられる「ポリエステル繊維」としても使わ
れています。PET はポリエステルとよばれる高分子の一種だからです。ポリエス
テルは,
「テトロン」とよばれていたこともあります。皆さんのお母さんやお父さ
んはご存じかもしれません。テトロンというのは「帝人」と「東レ」という繊維
会社が共同で名前を付けた商品名です。
「テ」は帝人から「ト」は東レから来てい
ます。
「ロン」は「ナイロン」のロンから来ています。ナイロンというのは,1930
年にアメリカではじめて発明された合成繊維です。
問合せ先
葛生 伸: [email protected]
気軽に質問してください。ホームページにも,関連する項目があります。
「葛生伸」で検索してください。