足のミズムシ、爪のミズムシ(上) 日本海員掖済会長崎病院 医務顧問 西 本 勝 太 郎 ミズムシってどんなムシ?正面切ってこう聞かれたら、あなたはどう答えますか? このムシという言葉は、少なくともその辺をはい回っている、あの昆虫を指してはい ません。タムシも、似たようなもの?なかなかいい線です。 ミズムシの語は、江戸時代にさかのぼります。その頃から水仕事をする人などでは、 足に水ぶくれができたり、ゆびの間がただれたりする、一種の皮膚病ができ、それが 何か外来の微生物によるという感覚があったようです。後に、といっても100年以 上も前ですが、その主な原因が、一種のカビの寄生によることがわかってきました。 このカビは、その辺にいる餅やパンのカビとはすこし違い、皮膚糸状菌あるいは白癬 菌(はくせんきん)とよばれる、人の皮膚の表面に寄生するという特殊な能力を持った 一群のカビです。このような菌が皮膚の表面で増殖して病気を起こした場合、そこが 足ならばミズムシ、躰だとタムシと呼びます。現在わが国で最も重要なミズムシの原 因菌種は紅色菌(こうしょくきん)と呼ばれ、他に数種のカビも、ミズムシを起こすこ とが知られています。 ミズムシの患者さんは、どれくらいいるものでしょうか。最近のいくつかの調査で は、1500万人ぐらいという数字がでています。まさに国民病とも言えます。そし て年齢が高いほどミズムシを持つ人の割合が多くなり、60歳以上では、おおよそ 30パーセント以上となります。そしてこのような調査のなかで、ミズムシの症状は、 単に足のゆびの間がただれたり、痒い水ぶくれが出来たりするだけでなく、もっと軽 い、たとえば足の皮がすこし剥げているだけで、痒みもないものが多いこと、あるい は特に高齢者では、足の裏全体が厚くカサカサになるものが多いことがわかりました。 また、このような重症の例では、爪のミズムシを合併しやすいことが知られています。 そしてこのような患者さんは、痒くも痛くもないために皮膚科医を訪れることがほと んどないこともわかりました。 また、別の研究では、ミズムシの原因菌は、実際に目に見える病気の部分だけでな く、たとえば足の一番外側のゆびの間に病変があれば、その足の他のゆびの間や、時 には反対側の足にも少数ながら菌が見つかることも見いだされました。あるいはミズ ムシを持った子供さんを見たら、そのほとんどの家族の中に、たとえば両親などにも、 ミズムシがあることもしられています。つまりわれわれの周囲には、ふんだんにミズ ムシのカビがいて、それがほとんどの場合、病気としては気づかれていません。たま たま気候や靴をはくことなどによって皮膚の表面の湿度や温度が上がったとき、つま りカビの増殖に都合がよくなったときに、皮膚の表面でも、ミズムシの原因菌が増え て、そこが病気としてのミズムシとなるということなのです。 では、もし自分の足にこのような皮膚の変化が見られた場合、どうしたらよいので しょう。一つは、皮膚科医の診察を受け、その治療法について相談すること、あと一 つは、自分でもできることを実行することです。 あなたの足の皮膚病を見たとき、まず皮膚科医は、それがカビで起こっているかど うかをカセイカリ鏡検法という検査で確認します。ミズムシと似た症状でも、カビが 原因でない皮膚病はたくさんあり、それぞれ治療法が異なるからです。この検査法は、 皮膚の表面をすこし取り、標本を作って顕微鏡で見るだけで、痛みもなく、約15分 もあれば結果が出るという、皮膚科でも最も多く用いられている検査法の一つです。 この検査でカビがいることが確かめられると、治療薬―つまりカビを殺す薬―を選ん で治療を始めることになりますが、薬を使った治療は皮膚科医に任せて、ここでは患 者さん自身が、自分でできることを考えてみましょう。 まず、指示に従って、きちんと薬を使うのは当然のことです。外用剤は、病気とし て目に見える部分より思い切り広めに塗ること、一日に何回も塗る人がいますがその 必要はありません。要は、根気よく治療を続けることです。先に書きましたように、 カビの発育には、湿度と温度が必要ですので、なるべく足の通気をよくすること、特 に足のゆびの間を乾かすことは非常に有効です。この点現在のわが国の履き物の習慣、 特にブーツなどは、高温多湿の気候には少しそぐわないと感じます。このような日常 生活上の注意と根気良い治療とを続ければ、ミズムシを体から追放することは、決し て難しくはありません。ただし、患者さんだけが完全に治療をしたとしても、その周 囲の人がミズムシを持っていれば、また同じことの繰り返しになりかねません。この 点がミズムシ治療における一つの問題点です。 ミズムシの完治は、非常に困難だとよく言われますが、これまでに述べたように、 それにはそれ相応の理由があるものなのです。 足のミズムシ、爪のミズムシ(下) 日本海員掖済会長崎病院 医務顧問 西 本 勝 太 郎 最近、「爪の病気」に関する記事が時々目に付くようになりました。理由はいくつ かあります。まず、爪の病気に関する医学的な知識が進んで、これまでどうすること も出来なかった爪の病気、特にカビによる爪の病気が治しやすくなったこと、さらに は高齢者や女性の社会進出によって人前に爪を出す機会が多くなり、爪の異常が従来 以上に生活に大きな比重を占めるようになったこと、などがあげられます。また、カ ビによる爪の病気自体が多くなってきていることも、報告されています。 爪は、指先にある小さな器官ですが、手ではもっとも目立つ場所にあり、また、人 の生活のなかでも、手や指先の機能を支えるという大きな役割を果たしています。そ の爪におきる変化が、患者さんにとって大きな障害となることは容易に想像できます。 爪の病気は、いろいろの原因で起こってきます。生まれつきの変化もあれば、全身 的な病気の部分症状として生じてくるもの、内服や注射した薬剤による変化、四肢の 神経症状や血行異常に合併するものもあり、局所的な原因によるもの、これは、たと えば外傷やいろいろの化学物質による損傷などですが、その中にカビによる病気も含 まれます。爪は全身の鏡ともいわれるのは、このためです。 カビによる爪の病気、言い換えればカビが爪(医学的には爪甲ともいい、いわゆるマ ニキュアを塗る部分)に浸入し、寄生することによって起こるすべての病気を、爪真菌 症といいます。真菌とは、カビの学問的な正式の名前です。そのカビのなかで、足の ミズムシや身体のタムシなどの原因菌である白癬菌(あるいは皮膚糸状菌ともいう)が 原因となったものを爪白癬と呼びます。つまり爪のミズムシです。爪真菌症以外にも たくさんある爪の病気のうち一番多いのが、多分爪のミズムシです。そして、その病 気の頻度が高くなっているというわけです。 もし、あなたの爪に何らかの異常があると感じたら?あなたが中年以降で、そして その変化がすべての爪ではなく、何本かは正常の爪も残っているとしたら、爪のミズ ムシの可能性は高いと思います。一度皮膚科医に相談されることをお奨めします。皮 膚科医は、先に挙げたようないろいろの可能性も考えながらあなたの爪を診察し、も し少しでも爪真菌症、あるいは爪のミズムシの疑いがあれば、カセイカリ鏡検法とい う、爪の一部を切り取って顕微鏡で調べる方法で診断を確認します。同時に、足や他 の部のミズムシのチェックも必要です。 爪のミズムシの治療には、ほとんどの場合、内服抗真菌薬つまり飲み薬が用いられ ます。現在わが国では、グリセオフルビン、イトラコナゾール、テルビナフィンの3 種の薬が健康保険で認められていますので、多分このうちのどれかを使った治療とな ると思います。どの薬を使うかや、どのように使うかは、その症状や患者さんの状況 で異なってきます。一旦変化した爪は、生え替わるまでもとのようにはならないので、 その見極めも含めた治療期間は、数ヶ月になるのが普通です。副作用や薬の飲みあわ せなどでこのような抗真菌剤が使えない方もおられますし、また、これらの薬を使っ て治療しても、十分な効果の上がらない患者さんが20∼30パーセント見られるの も、残念ながら事実です。このように現在まだ爪のミズムシは、皮膚病の治療のなか で注意と手間を要するものの一つなのです。 それではこのようになる前に、爪のミズムシにならないように予防することは可能 なのでしょうか。足と爪のミズムシは、密接な関連があります。まず足のミズムシが あり、長年かかって爪に菌が浸入し、爪のミズムシとなるのが最も多いケースです。 このため、わが国の爪のミズムシの原因菌は、足のミズムシと同じ紅色菌によるもの が最も多くなっています。前稿で足のミズムシが高齢者に多く見られることを書きま したが、爪のミズムシも全く同じです。つまり足のミズムシをしっかりコントロール すれば、爪のミズムシに進むことを防げる可能性があります。この際、足のミズムシ を根治させることまでは必要なく、要は足のミズムシが、足のゆびの間にとどまって いるぐらいに抑えるだけでよいのです。日常生活での足の環境を考えること、つまり 足をできるだけ乾燥させることや、定期的に皮膚科医の診察を受け、必要ならばつけ 薬ぐらいでの治療をすることで、充分目的は達せられます。これだと忙しい人でも可 能でしょうし、手間もかからないでしょう。 巻き爪や嵌入爪(かんにゅうそう)で悩んでいる方も増えています。これらの多くは、 不適切な履き物や爪の手入れなどが絡んでいますし、放っておくと足や膝、腰の痛み を生じることがあります。逆に、膝や腰の痛みをかばって歩くうちに爪の変形がきた と思われる患者さんもおられます。爪は全身の鏡というだけでなく、その生活を反映 する鏡でもあります。警鐘をならす役としての皮膚科医の役割りは、ますます大きく なると思っています。
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