音楽の懐古感情が自伝的記憶想起の時間的変化に及ぼす影響 ○近江政雄 (金沢工業大学感動デザイン工学研究所) キーワード:自伝的記憶の想起、時間変化、懐かしさ感情 The effect of nostalgic feeling with music on temporal characteristics of autobiographical-memory recalling Masao OHMI (Research Laboratory for Affective Design Engineering, Kanazawa Institute of Technology) 目 的 過去に聴いたことがある音楽を聴取すると、懐かしいとい う感情が喚起されるとともに、その音楽を聴いたころの自伝 的記憶が多く想起されることが報告されている(小林ら, 2002; 瀧川ら, 2011)。これは、懐かしい音楽の聴取によって 生じるポジティブ感情によって、自伝的記憶システムの活性 化がもたらされることによると考えられている。ところで、 音楽によるポジティブ感情は聴取する時間とともに増加する と考えられるが、先行研究からは、自伝的記憶の想起がどの ような時間的経過によってなされるかが明らかでない。そこ で本研究では、懐かしい音楽を聴いているときの自伝的記憶 の想起量が、聴取時間とともにどのように変化するかについ て検討した。 方 法 18 歳から 23 歳の男子学生 40 名を実験参加者とし、かれら が小学校 5、6 年生の時の自伝的記憶を想起させた。記憶の想 起をうながすために「先生」、「登下校」、「給食」など小学校 生活に関連する名詞 14 語を手がかり語として提示し(瀧川ら, 2011)、音楽を聴取させながら、手がかり語から連想される小 学校 5、6 年生の時の自伝的記憶を単語または短いフレーズに よって記述させた。記憶想起時間は 10 分間とし、1 分間ごと に想起した単語または短いフレーズの数を記録した。実験参 加者を懐かしい音楽、すなわちかれらが小学校 5、6 年生のと きの CD 売上ランキングベスト 1 位の曲を聴取する「懐かしい 音楽群」20 名と、2012 と 2013 年の CD 売上ランキングベスト 1 位の曲を聴取する「最近の音楽群」20 名の 2 群に分けた。 結 果 「懐かしい音楽群」と「最近の音楽群」のそれぞれについ て、自伝的記憶の想起開始後から 1 分ごとの期間中に想起さ れた単語または短いフレーズの数の、実験参加者間平均と標 準誤差を図 1 にしめす。時間の経過にともなって、1 分間に 想起できる自伝的記憶が減少しているが、「懐かしい音楽群」 では、 「最近の音楽群」と比較して、その減少が緩やかである。 分散分析の結果、音楽 (F(1,38) = 3.254, p < 0.08)の主 効果が有意傾向、課題開始後の期間 (F(9, 342) = 5.879, p < 0.0001)の主効果が有意であった。音楽と課題開始後の期間の 交互作用 (F(9,342) = 1.609, p < 0.12)には有意傾向がみら れなかったが、下位検定をおこなった結果、「6~7 分 (F(1,342) = 5.004, p < 0.03)」 、「8~9 分 (F(1,342) = 5.470, p < 0.02)」、「9~10 分 (F(1,342) = 6.462, p < 0.02)」の 3 つの期間で「懐かしい音楽群」と「最近の音楽群」の間で有 意差がみられた。この結果は、課題時間の経過にともなって 生じる、想起できる自伝的記憶の減少が、懐かしさ感情をも たらす音楽を聴取することによってより顕著でなくなること をしめすものである。 それぞれの期間中の自伝的記憶想起数 Key Words: Recall of autobiographical memory, Temporal characteristics, Nostalgic feeling 4.0 3.0 2.0 課題中に聴取した音楽 懐かしい音楽 1.0 最近の音楽 0 0~1 1~2 2~3 3~4 4~5 5~6 6~7 7~8 8~9 9~10 課題開始後の期間(分) 図1 音楽の懐かしさ感情ごとの自伝的記憶想起の時間変化 考 察 懐かしい音楽を聴いているときの自伝的記憶の想起量は、 懐かしさをもたらす音楽を聴取することによって、より緩や かに減少することが明らかとなった。自伝的記憶のメカニズ ムは、それぞれの自伝的記憶および感情をノードとする活性 化ネットワークによってモデル化される。本研究の結果は、 懐かしさ感情の喚起によって関連のある感情ノードが活性化 され、それに結びつく自伝的記憶ノードがつぎつぎと活性化 されることによって、時間が経過しても想起の量が維持され ることをしめすものと考えることができる。 また、懐かしさ感情は時間的に区切られた枠で活性化ネッ トワークモデルとつながっていると考えられているが(瀧川 ら, 2011)、懐かしさ感情の喚起による自伝的記憶の想起は、 懐かしさを感じる時期における全ての記憶に及ぶと考えるこ とができる。 引用文献 小林麻美,岩永誠,生和秀敏(2002) .音楽の「懐かしさ」と 感情反応・自伝的記憶の想起との関連 広島大学総合科学 部紀要Ⅳ理系編, 28, 21-28 瀧川真也、仲真紀子(2011) .懐かしさ感情が自伝的記憶の想 起に及ぼす影響:反応時間を指標として 認知心理学研究, 9, 65-73
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