第4章 カトマンズ支部 1.カトマンズ紹介 基礎データ ○ 人口:約 67.2 万人 ○ 標高:1200∼1400m ○ 年間平均最高気温/年間平均最低気温:24.8℃/11.7℃ 標高 1300m のカトマンズ盆地北西部に位置するネパールの首都。古くから交易・文化の要衝 として栄えると同時に、ヒンドゥー教と仏教が共存する独特の宗教文化を育んできた。歴史的 建造物が多く残る盆地全体は、 「カトマンズの渓谷」としてユネスコの世界遺産に登録されてい る。世界中からヒマラヤ登山客が集まり、ここで旅の支度をして出かける者も多い。 カトマンズ市内の寺院。選挙では投票所として利用 された。土曜日は参拝者で賑わう。 (写真はマイティ ヴィ寺院) カトマンズの街並み。市街地を少し離れると、 空気が澄んで、美しい景観が見られる。 ガソリンスタンド前で列を作るバイク。 投票日前に一時、給油制限期間が設けられた。 着飾って投票に来る女性有権者たち。カトマン ズ 10 区の投票所にて。 基礎データ出典:Population Census 2001,Central Bureau of Statistics, National Planning Commission Secretariat, His Majesty's Government of Nepal,2003/Government of Nepal Meteorological Forecasting Division/NGIIP 90 2.団員紹介 カトマンズ支部団員と団長。団長の両隣を囲むのが現地のアシスタント。 齋藤 昌子(カトマンズ支部長) 内閣府国際平和協力本部事務局国際平和協力研究員 今回の選挙では、ネパール選挙関連法規担当として、各種法規の分析や団員への研修を行う。 選挙監視活動歴: NGO でカンボジア総選挙(平成 15 年)、アフガニスタン大統領選挙(平成 16 年) 、 日本政府選挙監視団で東ティモール国民議会選挙(平成 19 年) 。 佐渡 紀子 財団法人日本国際問題研究所客員研究員/広島修道大学法学部准教授 大阪大学大学院博士後期課程修了。大阪大学大学院国際公共政策研究科助手、財団法人日本国際問題 研究所研究員を経て、現職。国際関係の中でも特に紛争予防や平和構築に関心を持ち、欧州およびア ジア地域での実証研究を重ねている。 鶴見 直人 神戸大学大学院国際協力研究科博士課程後期課程/元外務省総合外交政策局国際平和協力室国際平和 協力調査員 神戸大学大学院法学研究科博士前期課程修了。平成 18 年 4 月∼平成 20 年 3 月、外務省総合外交政策 局国連政策課・国際平和協力室にて勤務。 細井 なな 特定非営利活動法人チャイルド・ファンド・ジャパン プログラム・グループ・マネージャー JETRO、JICA を経て、現職。ネパールなど、アジアを中心に貧困の中で暮らす子どもの健やかな成長、 家族と地域の自立を目指した活動に従事。 91 3.スケジュール Aチーム(齋藤・佐渡) 3月28日(金) (齋藤)成田発 3月29日(土) (齋藤)カトマンズ着 3月30日(日) ・(齋藤)選挙管理委員会、他国監視団、NGO等訪問 3月31日(月) Bチーム(鶴見・細井) (鶴見)成田発 (鶴見)カトマンズ着 ・(齋藤・鶴見)選挙準備状況等のブリーフィング 4月 1日(火) (齋藤・鶴見)選挙・治安に関する情報収集、ルート確認【デュリケル】 ・選管郡事務所、選挙管理官オフィス、郡庁、郡警察訪問 4月 2日(水) (齋藤・鶴見)治安状況及びルート確認【デュリケル】 ・シンズリ道路地域∼カトマンズ間の状況視察 4月 3日(木) (齋藤・鶴見)選挙・治安に関する情報収集【カトマンズ郡】 ・ネパール選挙管理委員会ブリーフィング出席 ・市内選挙区監視ルート視察 ・選管郡事務所、選挙管理官オフィス訪問 ・UNDSSオフィスで治安ブリーフィング出席 (佐渡・細井)成田発 4月 4日(金) (齋藤・鶴見)選挙・治安に関する情報収集【カトマンズ郡・ラリトプル郡・バクタプル郡】 ・模擬電子投票視察(カトマンズ郡) ・監視ルート及び投票所場所確認(カトマンズ郡・ラリトプル郡・バクタプル郡) ・選管郡事務所、選挙管理官オフィス訪問(ラリトプル郡) ・選挙管理官オフィス訪問(バクタプル郡) (佐渡・細井)カトマンズ着 4月 5日(土) 4月 6日(日) (齋藤・鶴見)選挙・治安に関する情報収集【カトマンズ郡】 ・団長訪問及び取材候補地視察 ・(全員)全体打ち合わせ(団長挨拶、日程、機器の使用、選挙制度等)、日本大使館等によるブリーフィング ・水野在ネパール大使主催レセプション出席 選挙・治安に関する情報収集【カトマンズ郡・ラリトプル郡】 ・選管郡事務所訪問(カトマンズ郡) ・投票所予定地視察(カトマンズ郡・ラリトプル郡) ・通信社取材対応(カトマンズ郡) 選挙・治安に関する情報収集【カトマンズ郡・ラリトプル郡】 ・NGO訪問、情報交換(カトマンズ郡) ・UNDSSにて安全状況ブリーフィング出席(カトマンズ郡) ・選管郡事務所訪問(カトマンズ郡) 4月 7日(月) 選挙・治安に関する情報収集【ラリトプル郡】 ・投票所予定地視察、道路状況及び監視ルート確認 ・選管郡事務所、選挙管理官オフィス訪問 ・投票機材の搬出作業視察 選挙・治安に関する情報収集【カトマンズ郡】 ・投票所予定地視察、道路状況及び監視ルート確認 現地情勢ヒアリング【カトマンズ郡・ラリトプル郡・バクタプル郡】 ・元文科省留学生との意見交換、現地情勢のヒアリング 4月 8日(火) 選挙・治安に関する情報収集 【カトマンズ郡・バクタプル郡】 ・投開票予定地視察、開票作業の見通し確認 ・道路状況及び監視ルート確認 選挙・治安に関する情報収集【ラリトプル郡】 ・投票所予定地視察、道路状況と監視ルート確認 4月9日(水) 監視ルート策定【カトマンズ郡】 監視ルート策定【カトマンズ郡・ラリトプル郡】 4月10日(木) (投票日) 投票日の監視活動【カトマンズ郡・バクタプル郡】 (開所、投票、閉所、開票所への運搬) ・取材対応 投票日の監視活動【ラリトプル郡】 (開所、投票、閉所、開票所への運搬) ・取材対応 4月11日(金) 開票状況の監視 【カトマンズ郡・バクタプル郡】 開票状況の監視 【ラリトプル郡】 4月12日(土) 開票状況の監視【カトマンズ郡】 4月13日(日) ・日本政府選挙監視団記者会見準備及び出席、監視団全体ミーティング、監視団夕食会 4月14日(月) カトマンズ発 4月15日(火) 成田着 92 4.カトマンズ支部の活動 先遣隊到着∼投票日前日:注目度の高い選挙区が集結 活発な選挙運動 カトマンズ支部の 2 チームは、カトマンズ郡及び同南部に隣接す るラリトプル郡、同東部のバクタプル郡を監視候補地とし、選挙関 係者や治安関係者及び国連関係者等から、選挙準備状況や治安状況 の情報収集を行った。カトマンズ支部の監視地域は政局に大きな影 響を与える注目候補者が集まる激戦区が集まっていることもあり、 事前の選挙運動が活発に行われていた。市内では熱心な有権者同士 による小競り合いなど小さな事件が報じられたものの総じて平静を 保っていた。投票日前日までの情報収集を経て、A チームはカトマン 注目選挙区、カトマンズ 10 区での選挙運動の様子 ズ郡とバクタプル郡を、B チームは電子投票が行われるカトマンズ郡 1 区とラリトプル郡で、それぞれ監視活動を行うことに決定した。 投票日当日:拍手喝采の中、投票終了 些細な過失は見られたものの投票及び作業は順調に進められたとい う印象を受けた。選挙実施にあたる職員も選挙法や制度をよく理解し ており、「選挙慣れ」している様子だった。我々を含む多くの監視団 からの質問にも自信を持って丁寧な対応をしていた。 午前 7 時の開所時、投票所の入口には数十人もの有権者が列を作り、 選挙に対する期待と熱気が感じられた。大部分の有権者が午前中に投 票を終えており午後の投票所は炎天下の中比較的閑散としていた。午 記念撮影する投票所職員 後 5 時の閉所時間を迎えると、投票の無事終了を祝して職員から拍手 がわき起こり、写真撮影が行われるなどした。 このほか、気づきの点・今後の改善点は以下のとおり。 有権者登録の徹底を 選挙管理委員会で準備が進められた有権者登録状況には何件か不備 が見られたのは残念であった。有権者名簿に名前が載っていない有権 者や名前の誤記が散見された。また、身分証明書を持っていなくても 投票できている事例も見られた。このように有権者登録及び投票受け 付けの点で改善すべきところがあることは否めない。その一方で、今 回の選挙では過去の選挙の反省を踏まえて二重投票による不正を防ご 受付ではまず有権者の本人確認 うとする投票所職員の強い意気込みが感じられた。 93 電子投票システムを試験的に導入 カトマンズ郡 1 区では、電子投票システムが試験的に導入された。 開所約 30 分前から機器の設置が始まり、定刻までにほぼ完了。秘密 投票の確保のために、受付の広さや物品の配置を工夫するなど関係者 の努力が感じられた。しかし、機器の使い方が分からず投票に手間取 り不平をもらす有権者も見られた。職員が迅速に対応していたものの、 有権者教育の徹底や会場内で機器の使い方を説明するポスターの数を 増やすなど、より円滑に投票できるよう工夫する必要があるだろう。 電子機器はインドからの支援。 ピンク色は比例代表用 投票日以降(開票作業の監視) :厳重な警備体制 自由・公正な選挙を実施しようという強い意志が感じられる作業 であった。特に、会場における厳重な警備体制が評価できる。入場 者に対して治安担当者による入念な身分確認と荷物検査が実施され ていた。また、政党代理人の入室人数が制限されたことで、入室を 求めて詰め掛ける政党代理人に対して警察が理性的に応じる場面も 見られた。いずれも作業を円滑に進めるための工夫が随所で確認で きたのは望ましいことである。 この他、気づきの点・今後の改善点は以下のとおり。 開票作業手順の統一を 熱心な支持者を前に、カトマン ズの開票会場では、厳重な警備 体制がとられていた 規定の手続と異なる手順で進めている会場が複数見られた。具体 的には、複数の投票所から集まった投票用紙を混ぜてから開票すると ころ、投票箱毎に開票を行う事例が見られたが、この点は秘密投票の 観点から改善が望ましい。また、投票箱内の投票用紙の総数と開票後 の政党得票総数の合計の一致を未確認のまま記録した事例も見られ、 今後はより正確さを期する努力が必要だと思われる。 開票作業を進める職員と、作業 を見つめる政党代理人たち 電子投票機器導入の評価 電子投票システムを導入したカトマンズ郡 1 区では開票作業が数時 間で終了した。他選挙区では開票作業が徹夜で行われたため職員の疲 労が色濃く、これによるミスが懸念された。電子機器を導入すること で、迅速かつ正確な作業が期待できるため、今後、他選挙区でも導入 すべきだと話す職員も見られた。さらに、今回の機器は政党毎の獲得 総数はデータとして機器に掲示されるものの、最終合計を出す仕組み は備えておらず、当該機能を備えた機器も国際社会から支援してほし いとの声があった。 94 各政党毎の投票総数データが 全てこの機器に保存される 人と人の心の触れあいが築く 平和への道 「つい最近、愛知県で選挙を視察してきたよ。日本の選挙 は投票所の準備もスムーズで、開票作業も早くて丁寧」と語 るカトマンズの選挙管理官。「投票箱は日本からの支援だよ ね」と笑顔で話しかけてくる投票所スタッフ。監視チームが 投票所から物品を運搬する作業を監視していると、 「日本人の 方ですか」と流暢な日本語で声をかけてきた青年。聞くと 8 年間仕事で滞日経験があるそうだ。初訪問のネパールは、対日感情の良さが印象的だった。 カトマンズ支部は 3 地域で監視活動を行った。首都カトマ ンズ、ネワール文化が華開いた時代の彫刻や工芸が町中で見 られ「美の都」の異名を持つラリトプル、田園地帯の小高い 丘の上にある小さな町で別名「バドガオン」(信仰の町)と も呼ばれるバクタプル。いずれの地でも地元の人々の日本に 対する親近感は大変なもので、日本のこれまでの ODA 支援 や NGO 支援、青年海外協力隊等派遣や研修員受入れなど、両国の間には幾重にも重なったも のがあり、日本の足跡として現地の人々の間に残っていることを実感した。 日本とネパール間の親密さを感じたのは、人々が私たちに向けて くれた笑顔や親しみの言葉だけではない。活動中、カトマンズでは 大勢の日本人観光客や登山客に会った。日本人グループに声をかけ ると「退職して時間が出来たのでトレッキングに来ました」との答 え。チームがホテルのロビーで打ち合わせをしていると「日本政府 選挙監視団の方ですか。頑張って下さい」。そんな激励や応援メッ セージを下さる方も多く大変勇気づけられた。ネパールは「ヒマラ ヤ王国」とも呼ばれ、大勢の登山客が訪れる。長年の観光による人 の交流は、両国民間の相互理解と信頼関係醸成に役立ったことだろ う。 今回、王制打倒を掲げてきたマオイストが勝利を遂げたネパー ル。政治体制面でも平和の定着でも大きな分岐点にさしかかってい る。従来からの開発・平和構築支援を着実に継続することに加え、 長年の人と人の心の触れあいが築いてきた両国間の親密な関係も さらに発展させていくことが求められる。(齋藤 昌子) (*本コラムは、 「国際協力新聞<Zoom Up>」インタビュー記事『国づくりのス タート地点に立ち会う』を一部抜粋編集したものである。) 95
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