1.ラオスの保健・衛生・医療事情 1.保健・衛生 ! 保健医療行政 2 0 0 0年を契機に保健医療の分野でも組織の再編制が行われたが基本的な骨子は変わっていない。中央保 健省には7つの部(下記)がおかれ各部はそれぞれいくつかの課を設置している。全国的な保健行政シス テムは中央政府の保健省(Ministry of Health, MOH)を頂点とし、県保健局−郡保健局−ヘルスポストの形 態をとり国民の保健管理の基幹となる。 MOH Minister Board Dept.of Hygiene & Preventive Medicine Dept. of Therapy Medicine Cabinet of MOH Dept.of Planning & Budgeting Dept.of Inspection Dept.of Food & Drugs Dept.of Health Organization & Health Manpower Development 医療に関しては保健省の管轄のもとに2つの国立総合病院、6つの専門病院がある。これらはすべて首 都ヴィエンチャンにある。その他の医療施設は各県には県保健局が管理する県病院が郡には郡保健局の管 轄になる郡病院がある。ヘルスポストはラオス国保健医療の末端組織であるが、ここでの任務は保健と医 療の両方を兼ねることになる。マンパワーとしては補助医や看護師が1∼2名配置されているだけで医療 設備、薬品は整備されていないところが多い。さらに村落レベルの医療としてはボランティアとして養成 された VHW(Village Health Worker)を中心とする PHC(Primary Health Care)システムが全国的に展開さ れつつある。これは開発途上国で注目されている住民参加型の医療手段であるが、これに大きく貢献した のが JICA・PHC プロジェクト(1 9 92−1 99 8)である。 その他の医療施設としては医師が公的勤務時間外に診療する私設クリニック(外来のみ)がある。この 制度は1 9 9 0年に政府が公的機関に7年間以上勤務した医師に勤務外に診療を行うことを許可したものであ るが、入院設備を持つ病院の開院は認めていない。 医師、看護師、その他医療従事者はすべて公務員となるわけであるが、給与は月3 0米ドル程度といわれ、 そのためにほとんどの医療従事者が何らかの副業をもっている。 " 保健衛生状況 1)保健事情 政府が行った2 0 00年小規模国民衛生状況調査(当地英字新聞ヴィエンチャンタイムスに記載)によ ると、都市部での病院へのアクセスは平均8km であるが、地方では100km 近くになるところがまだあ る。従って病気や事故に遭っても半数近くの人はまだこうした医療機関を受診しないでいる。一方薬 ― 47 ― 局が次第に普及したため、住民は医薬品や医療設備の悪い公的医療機関よりも手軽に薬を購入できる 薬局に行く傾向にある。一人の年間平均医療費は約4ドルである。5歳以下の子供の下痢のほとんど は経口補液剤で治療されている。蚊帳を使用して寝ている人は約85%にのぼるが、熱帯疾患の3人に 1人はマラリアの治療を受けている。治療薬はクロロキンが主である。 妊婦の4 5%は破傷風の予防接種を受けている。6 9%の子供は生後2年以内に BCG の予防接種をう けている。83%の子供が DPT の初回接種をうけるが3回接種を受けるのは53%である。80%の子供が ポリオの初回接種を受けるが3回接種を受けるのは57%である。推奨される8種のワクチンを生後1 年までに接種しいているのは3 2%である。 1 5歳以上の人々の BMI は7 3%が標準(18−25)を示し、30以上の肥満といわれた人は1%である。 貧血検査ではヘモグロビン7g/dl 以下の人が3%にみられ、7−11g/dl の人が26%いた。 5歳以下の3%の小児と1年以内に出産した女性の12%に夜盲症の症状がみられた。5歳以下の小 児の30%はこの6カ月にビタミン A の補給をうけた。1年以内に出産した女性の4%がビタミン A の補給をうけた。 食生活の主食は米である。副食は野菜、竹の子が中心で魚や肉は5 0%、卵は2 0%の人が食べていた。 7 8%の女性が産後の食事制限を行っていた。これは産後2週間から数週間はもち米と薬草茶(一日10 リットルにも及ぶ)だけの食事をとり、肉や魚や卵を食べないという風習からである。53%の家庭で は果物は自給自足であり、6 6%の家庭が魚は川から取ってきて食している。 3分の1の女性が AIDS のことを知らなかった。既婚女性の41%が避妊を行ったことがあった。もっ とも多く用いられる方法は注射で続いて経口避妊剤である。医師や看護師、助産師のもとで出産した 妊婦は約2 0%であった。この調査では妊産婦死亡率は10万対530であった。 小規模調査ではあるがラオス国民の保健状況を垣間見ることができる。保健行政はあっても全国的 に統一、徹底されておらず、外国からの援助も政府の政策のもとにというよりも援助団体が個々に活 動していることが多い。都市部と地方ではその施設、マンパワーに格段の差があり、平均的なラオス を述べるのは難しい状況である。 2)衛生事情 *上下水道 県庁所在地では上水道の設備がされつつあるがこうした水の供給を受けることができるのは国民 の1 0%にも満たないといわれている。ヴィエンチャン特別市では人口60万人の内30%が上水道を使 用できるようになったといわれている。こうした浄水場は外国の援助に負うところがおおきく、ヴ ィエンチャン特別市のチナイモ浄水場は1 996年、日本政府の無償資金協力により配水能力を1日量 8万トンにすることができるようになった。水源はメコン川である。浄水場の水質管理はされてい るが末端部の管理はされてなく、水質検査を行うと、大腸菌などが検出されることは珍しくない。 また水道タンクなどを備え付けているところでは定期的な清掃を行うなどの注意が必要である。 下水道に関してはまだまだ立ち後れが目立つ。簡易トイレの普及をはかっているがこれはほとん どが地下浸透式である。公的建物、ホテル、病院などの大型の建造物には簡易浄化槽が設置されて いるが、浄化後は地下に浸透する構造である。 *ゴミ処理 首都圏廃棄物処理計画がスタートし、1 997年、日本の援助でゴミ処理場が建設された。ヴィエン チャン特別区ではゴミ収集車が有料で各家庭のゴミを定期的に回収しているところもある。 ― 48 ― ! 保健衛生指標(カッコ内数字は統計年) 1)人口 5 2 0万人(2000) 2)出生 粗出生率 1, 0 00対3 9(2000) 人口増加率 2. 7%(2 000) 3)死亡 粗死亡率 1, 0 00対1 3(2000) 妊産婦死亡 1 0万対5 30(2000) 乳児死亡率 出生1, 000対82(2000) 5才未満児死亡率 出生1, 000対97(2000) (2000年 Lao Reproductive Health Servey) 日本の乳児死亡率(2 002年)は1, 0 0 0対4、妊婦死亡率は10万対7である。 4)平均余命 平均 6 5歳(20 0 0) 男 6 5歳(20 0 0) 女 6 8歳(20 0 0) 5)医療施設 国立病院 総合病院 2(2 0 0 0) マホソット病院、ミタバブ病院 専門病院 6(2 0 0 0) 眼科センター、医療リハビリセンター、母子病院、皮膚科・らい病センター、結核センター、 伝統医学病院 市立病院 1(2 0 0 0) 県立病院 1 5(2 0 0 0) 郡立病院 1 2 1(2 0 0 0) 軍病院 1(2 0 0 0) 診療所 公的診療所(ヘルスセンター)5 3 3(2000) 私設診療所(クリニック) ベッド総数 2 3 0(2000) 6, 4 1 2(2 0 0 0) 国立病院(8 7 6) 、県立病院(8 37)、郡立病院(2, 381)、ヘルスセンター(1, 223) 対人口ベッド数 6)薬局 人口1 0, 0 0 0対1 3(1999) 1, 99 0店(2 0 00) 医薬品はラオス製、タイ製、フランス製、ベトナム製、中国製などいろいろあり、たいていのもの は手に入るといわれる。しかしワクチン類は品不足のことが多い。医薬分業は不明瞭でほとんどの薬 は医師の処方箋なしでも買える。 7)医療従事者数(1 99 8) 医師 1, 64 9人(学位取得医師 1 52) 補助医 3, 45 1人(9 7年以降養成なし) 歯科医 1 6 3人 看護師 5, 16 6人 ― 49 ― (3年卒業の正看護師が約1 0%、他は准看護師) 医師、補助医をあわせれば、人口1, 000人あたり、医師一人の割合になる。看護師もほぼ同様。ただ し、地域間格差が大きく地方では1 0, 0 00人に一人ぐらいとなる。 8)医療従事者養成期間 ラオス国立大学医学部 保健技術学校 医学 7年 130人/年 薬学 5年 45人/年 歯学 4年 35人/年 看護師 3年 65人/年 検査技師 補助薬剤師 理学療法士 衛生監視員 准看護師養成校 5校(5県) 医師、歯科医、薬剤師の養成大学はヴィエンチャン国立大学医学部一校のみである。補助医とは3 年の養成で医師のような資格を取得できた制度であり、教育、訓練をつめば医師の資格を取得できた。 この制度は1 99 7年に廃止された。また1 998年から医師の養成期間は7年に変更された。正看護師の養 成はヴィエンチャンにある医療技術専門学校の一校だけで行われる。修業年限は3年で定員は各学年 6 5名である。併設して補助薬剤師、臨床検査技師、理学療法士が養成される。その他全国に5カ所准 看護師を養成する学校がある。ここでの修業年限は2年である。 9)医学研究センター 国立の医療研究機関は3つある。 (2 000年に英名を institute から center に変更) *国立検査疫学センター(National Center for Laboratory and Epidemiology) 保健省の衛生局(Department of Hygiene & Preventive Medicine)に所属する。細菌やウイルスなど の感染症研究部門や予防接種、エイズ対策部門、疫学統計部門などからなる。JICA・PHC プロジェ クトで細菌・ウイルス・予防接種部門が強化され、それを引き継ぎ小児感染症プロジェクト(PIDP) が立ち上げられたが2 0 01年9月に終了した。 *マラリア・寄生虫・昆虫センター(Center of Marariology,Parasitology and Entomology) JICA・PHC プロジェクトで専門家が派遣され、マラリア防除対策の組織化と管理及びそのスタッ フの研修などにあたった。また、地方のマラリア対策組織ネットワーク作りを行った。 *母子保健研究所(Institute of Maternal and Child Health)などがある。 1 0)その他 国立製薬工場 2 必須医薬品 2 09種 保健医療予算 1 1. 5US ドル/人 健康保険加入者 0. 0 3% ― 50 ― 2.ラオス国の主な疾患 高湿多湿の熱帯性気候と保健衛生状況の悪さから様々な熱帯病や感染症がまだまだ蔓延している。 医療情報システムとしては腸チフス、デング熱、重症下痢、コレラ、肝炎、新生児破傷風、ポリオ、麻 疹、ジフテリア、髄膜炎など2 3の疾病に関する週間報告が義務づけられている。これらの情報収集、統計 は国立衛生疫学センターの統計部門で集計され週間情報として入手できる。 また2 9の疾病(上記と重複するものもある)に関しては月刊報告が1992年から義務づけられており保健 省内の計画予算部(Dept. of Planning & Budgeting)の中から統計課で統計報告がなされている。関係者の話 によるとこの月刊統計も2 000年からは国立衛生疫学センターに移行したとのことである。 こうした統計をみる場合、この国の医療レベルでは臨床的な診断からの病名もあり、必ずしも臨床検査 と確たる臨床所見から判断された病名ではないことは承知のごとくである。しかしこうしたシステムがで きつつあり、ある程度の疾病の動向をつかむことができると考える。 ラオスにおいて住民の出生、死亡の報告は一応義務づけられている。これらは村長が管理することにな っている。またその報告は郡、県の警察に行われる。 1)疾病の特徴 熱帯病は年間を通してみられるが、特に雨季になると患者が増加する。 マラリアは依然としてこの国の疾病第一位である。マラリアのタイプは熱帯熱マラリアが90%以上をし めるという。クロロキン耐性のマラリアも確認されているがこの国で用いられる薬剤はクロロキンが第一 位である。ラオス南部と北部で感染率が高い。 下痢性疾患も重大な課題である。特に乳幼児では死亡につながる疾患でもある。安全な飲料水、衛生教 育は PHC 分野の大きな課題である。コレラは2000年ルアンパバーンを中心に流行し、約15, 000人が感染、 5 0 0人が死亡した。現在は終息しているようである。 呼吸器感染症もこの国では死亡率が高い。日本でも呼吸器感染症は主要な疾患だが、死亡率は高くない。 この国では初期治療が為されない場合や、低栄養による抵抗力のなさから、容易に重篤化してしまうので あろう。結核は疾病順位としては高くないが、死亡率は疾病第一位である。 JICA、WHO、UNICEF などが協力して小児感染症予防接種対策が行われてきた。JICA は拡大予防接種プ ログラムを強化する目的で1 9 9 8年ポリオをターゲットとした小児感染プロジェクトを導入。2000年にはポ リオ撲滅宣言を行うことができた。しかしこれはポリオとの戦いが終結したというわけではない。全ての こうした統計においてラオス全体を考えれば、こうした調査統計にふくまれない人はまだまだ多いと言わ ざるをえない。 寄生虫は日本でもなじみのある疾患であったが、この30、40年の間にあっという間に公衆衛生の対象に ならなくなってしまった。ラオスで問題となる寄生虫は淡水魚を生で食べることによって感染する肝吸虫 や便に汚染されやすい水を使用することによって感染する鈎虫など様々である。都市部でも寄生虫検査を 行えば、2 0−30%の人が何らかの寄生虫が検出される。一般に無症状であるため放置されていることが多 い。またラオス南部河川ではメコン住血吸虫感染が特異的にみられる。一般にラオス国内河川での水泳は 避けた方が安全である。 ラオスでエイズ患者が初めて確認されたのは1992年といわれている。1998年にエイズ予防国家委員会が 設置された。 200 1年の発表された委員会での報告によれば2000年の1年間に213人の HIV 患者が報告され、 ― 51 ― そのうちの3 0人が AIDS を発症し、 18人が死亡している。 2001年5月の時点で HIV 陽性者は717人そのうち AIDS 患者1 9 0人、これまで AIDS による死亡者は72人である。これらの感染経路は90%が異性間によるもの と報告している。 2)感染症の状況(ラオス保健省資料、9 7、9 8、9 9年より) 1 997 1998 1999 疾患名 症例数 症例数 症例数 1.コレラ 2.下痢 3.赤痢 4.結核 5.ペスト 6.らい 7.ジフテリア 8.百日咳 9.破傷風 新生児破傷風 10.ポリオ 11.水痘 12.麻疹 13.デング出血熱 14.ウイルス性肝炎 15.狂犬病 16.流行性耳下腺炎 17.トラコーマ 18.マラリア 19.梅毒 20.淋病 21.苺腫 22.ビルハルツ住血吸虫症 23.旋毛虫症 24.鈎虫症 25.髄膜炎 26.脳炎 27.肺炎 28.インフルエンザ 29.AIDS、HIV 451 2 3, 771 5, 250 2, 990 0 76 22 221 21 7 9 275 740 9, 726 1, 301 73 9 84 1, 202 7 5, 222 28 38 17 6 4 27 1, 575 824 294 2 6, 217 2 6, 168 68 7 80 25, 518 6, 370 2, 413 7 5 9 1 7 2 52 2 6 4 3 1 78 3, 124 13, 611 1, 131 6 4 71 7 87 77, 306 2 2 1 13 1 2 2 5 1 6 1, 558 6 37 9 1 32, 538 29, 289 6 7 10 7 1 8, 69 2 3, 63 2 2, 08 1 0 6 2 1 6 35 1 3 5 2 2 21 6 85 5 4, 37 7 79 1 1 1 13 7 75 4 4 5, 54 9 32 3 5 0 6 5 3 4 1, 51 9 60 1 84 9 2 4, 00 0 1 8, 73 1 7 1 3.在留邦人の医療問題 基本的には外国人であっても自由にどの医療機関でも受診できる。しかし病院といっても不衛生なこと が多く、医療器具なども適切なものが少なく、なかなか安心して受診できる病院はない。 医師や看護師、医療技術者も古くは、ロシア、ベトナム、フランス、新しくは日本、オーストラリアな どで研修をうけた者、学位取得者もいるが、言葉の問題もあり簡単に受診はしにくい。 また医療制度も日本とは随分違う。料金は前払いで、薬、注射器なども病院に無い場合には処方箋をも ― 52 ― って外の薬局に買いに行かなくてはならない。入院しても食事はなく、日本のような看護をしてもらえる わけではないので、誰かが必ず付き添うことが要求される。 以上のようなことから、日本人が安心して受診し、加療してもらえる病院はないといわざるを得ない。 そういう意味でも妊婦が安心して受診できる医療施設は国内にはなく、妊娠・出産に関しては計画性が必 要である。 宮城 2002年8月 文責 宇高真智子(前医務官) 2003年8月 一部改訂 宮城 啓医務官 ― 53 ― 啓(現医務官)
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