現在のフィールドと研究テーマ 第63回CSCセミナーシリーズ(南から見た市民社会(6)) 研究分野:比較教育学、マイノリティ・ 少数民族と教育、国際教育協力 少数民族・定住難民の教育問題 1. 米国:インドシナ難民の教育アクセス 1992∼ ―ラオス・日本・アメリカにおける比較調査から― 2. ラオス:少数民族の教育、教育問題 3.日本:ニューカマー及びインドシナ難民の就学と 高校進学 乾美紀(大阪大学人間科学研究科助手) [email protected] 2 1 第1部:ラオス少数民族の教育問題 ラオスの概略 Ⅰ 本講座の目的と構成 面積:日本の本州の大きさー24万k㎡ 人口:537.7万人(2001年) 一人当たりの国民総生産:392ドル (2001年)世界でほぼ100位 通貨:kip 10,000kip=約100円 20世紀までフランスの統治を受けたが、 フランスの影響は少ない 少数民族、難民、移民などマイノリティは、教育への アクセスが限定されており、学校内でも問題を抱えている。 国外・国内でどのような問題が見られるだろうか。 ラオスを基点として問題を提示する。 第1部:ラオス:少数民族の教育の現状と問題点について、 フィールド調査を中心に報告する。 第2部:世界に散ったラオス難民:米国、日本におけるインドシナ (ラオス)難民の現状と教育問題について報告する。 3 4 ラオスの概略 Ⅱ 本研究(第一部)の目的と方法 国語:ラオス語 (多数派民族使用言語) 宗教: 仏教、精霊崇拝 47の少数民族 就学率 初等教育: 77.3% 中等教育: 38% 高等教育: 2.9% (2000年) 5 多民族国家であるラオスにおいて 民族間にどのような教育格差 (就学率、中途退学率、留年率) が生じているか、またどのような要因が その格差をもたらしているかについて 明らかにすること。 6 1 少数民族居住地域における調査 1 研究の方法 現地調査 1.ラオス山岳地帯の村に入り、子ども、教師、 保護者、教育関係者にインタビューを行う。 2.山岳地帯の小学校で、ボランティア臨時 教師として教壇に立ち、授業を受け持ちな がら少数民族の教育問題を調査する。 ラオス・シェンクアン県農村の風景 7 8 ラオスの民族構成 少数民族居住地域における調査 2 民族系統 タイ ・ カダイ系 (旧ラオ・ルム) オーストロ・ アジア系 (旧ラオ・トゥン) モンの子どもたち・保護者へのインタビュー調査 民族名 ラオ・プータイ 比率 66.2% モン・クメール、 ヴィエット・ムアン 22.9% モン・ヤオ系 (旧ラオ・スーン) モン・ヤオ 7.4% シナ・チベット系 (旧ラオ・スーン) チベット・ビルマ、 ホー・ハン 2.7% 9 民族と教育格差 10 2.少数民族居住比率に見る中途退学率及び 留年率(県別 ) 1.各民族系統グループ別の識字率 100 80 100 60 80 タイ・カダイ系 60 オーストロ・アジア 系 モン・ヤオ系 0 女性 ー ン クワ ン ンボ ェン シ イソ オ コン ケ サ ドム ウ ボ タ イ リー ム ンナ ア セ サ ビ エン チ シナ・チベット系 男性 ル ャン 市 留年率 ポ 20 0 少数民族が占め る比率 中途退学率 20 ンサ 40 40 全体 11 12 2 現地調査の展開 3.各教育レベルの教員に民族グループが占める割合 小学校高学年程度の子ども 11名 親(うち、 上記子どもの保護者6名)11名 教員及び教育関係者(教育省職員等) 12名 教育分野以外の少数民族関係者 (NGO職員、研究者、経営者等) 12名 インタビュー課題:「(少数民族の子どもたち は)学校でどのような問題を持っているか」 100% 80% 40% モン・ヤオ系及びシナチ ベット系 オーストロ・アジア系 20% タイ・カダイ系 60% 0% 校 小学 校 校 中学 高等学 大学 13 14 ビエンチャン(首都)郊外の学校 山岳地帯モンの村の小学校 15 16 定性調査の結果 1 定性調査の結果 2 子どもの回答 「ラオス語が難しい」「勉強が大変」 少数民族(モン)の子どもは、小学生に入って からラオス語を話し始めたため、留年しがち 保護者の回答 ハードの問題:予算なく学校の建物がひどい、古い。 ソフトの問題:教師とコミュニケーションがとれない ラオス語学習が難しい、カリキュラムに不満 教師の回答 マクロ的見解(国全体):国に予算がなく教 師の給料が低い(やる気が起こらない)。 少数民族は結婚が早く、学校に来なくなる。 学校でモン語が使えない。 ミクロ的見解(家庭):親は教育の重要性を 感じていない。家庭にお金がなく、学校に 行かせられない。 17 18 3 定性調査の結果 3 教科書の絵の事例(小1国語) 教育分野以外の少数民族関係者 学習カリキュラム・教科書の内容が、少数民 族のニーズに合っていない。 ラオス語による教育のため、生徒が授業に ついていけない。 教員は給与が低く、やる気がないため教育 の質が悪くなる(無資格教員多数)。 教育予算が不足。 ケーンの音色は美しい 学校に行く前に水浴びをする 19 5年生の教室: いまだ残るハンディキャップ 学校における参与観察 20 学校におけるエスノグラフィー シェンクワン県ペック郡P村のP小学校5年生 (121人)の英語の授業をボランティアとして 担当。授業以外にも休み時間、2時間目終了 後の中休みに行われる体操、朝礼(国旗掲 揚)、帰宅時において他学年の生徒とも行動 を共にしたり、空き時間を利用して各学年の 授業を観察したりする方法をとった。 母語を話す教師はいない。 少数民族の子どもたちは、まだラオス語が 理解できないことがある。そのため、授業 中も子どもたち同士で教えあっている。 母語(モン語)に対する制限がなくなるほど、 モンの生徒たちに明るく自由な雰囲気を感 じ取ることができた。 21 1年生の教室: モン生徒のハンディキャップ 22 調査地(山岳地帯)の小学校 モンの生徒とラオ(多数派民族)の生徒に は、大きな差異が見られた。 モンの生徒は、黒板を写すのに必死。授 業を理解しているというよりも、ラオ語を理 解している。 教師:モンの生徒の40%が入学時にラオ 語が分かっていない。補助教材(絵)を用 いてモンの生徒の理解を促進。 (モン語を話す教師がいる) 23 24 4 研究の考察 第一部 結語 教師が、ラオス語を理解できないというハンディ キャップを持つ少数民族の子どもたちを補助でき ていないことが、留年や中途退学を削減できな い原因である。 教室内において少数民族の生徒にも母語を理解 してくれる教師が存在したり、教師が生徒の多様 な背景に敏感になることが大切である。また、少 数民族のニーズにあったカリキュラムに基づいた 授業が行われれば、少数民族の子どもたちも学 習の意欲をかきたてられると考えられる。 世界は同化主義から多文化主義に向かっている。東 南アジアの途上国(インドネシア、タイ、ベトナムでも)、 少数民族の多様な文化を尊重し、それを教育分野に 取り入れている。 インドネシア:母語教育・地域科カリキュラム タイ:ムスリムに対するイスラム教育 山岳民族に対する母語教育 ベトナム:母語と国語による教科書・少数民族の教員雇用 25 26 第二部 先進国における教育政策 米国におけるインドシナ難民の受け入れ ー世界に散ったラオス難民 移民を多く受け入れている米国や私たちが 暮らす日本におけるマイノリティへの教育の現 状はどうか。 1975年ベトナム戦争後、144万人が海外に定住 (共産主義への不適応のため難民化) Hirayama(1995 ) 米国 “Individual Approach “ (個別的) ベトナム戦争後、先進国に定住したインドシナ 難民は、現在どのように教育を受け、どのよう な教育問題を抱えているだろうか。 米国と日本を中心に考察する。 受け入れセンター(CA, AR, TX等)を設立後、 教会を中心としたグループが、個別に受け入れ 職業訓練・斡旋、英語教育などを行う 114万人が定住 (ベトナム75万、ラオス24万、カンボジア14万5千人) 27 ラオス系住民の居住地 28 米国に住むラオス系子弟 米国 ラオス系 (CA, TX, MN, WA) モン系ーベトナム戦争で 米軍に加担、難民化 (CA,MN, WI) 政治的理由で難民化 半数がCAに居住 29 30 5 日本のインドシナ難民受け入れ インドシナ難民の定住状況 “institutionalized approach”(組織的) 難民事業本部が設置され、定住促進センター (神奈川県大和市・兵庫県姫路市)で 日本語教育、職業教育が行われた ベトナム 8,251 ラオス 1,306 カンボジア 1,311 10,868 ベトナム 約11,000人定住 ラオス カンボジア (ベトナム8,500、ラオス1,300、カンボジア1,300人) 31 日本に定住するラオス系難民(兵庫) 32 日本におけるラオス系難民(神奈川県) 33 高校進学から見るラオス系子弟の 就学の現状ー 米国 34 日本における高校就学状況 日本の高校修了率 93.0% 日本ー正確な統計が入手できない (難民の年齢別人口・高校在籍者数を インタビューにより入手→計算) 米国全体の高校修了率80.4% (25歳以上) ラオス系の高校修了率 68% (US Census Bureau, 2000) 全体との差異= 約12% ラオス系住民(神奈川県) 38% (乾 2006 ) 県平均96.6% ベトナム系 ベトナム系78% 78% カンボジア系 カンボジア系65.6% 65.6% =全体と5 全体と55% の差異 35 36 6 ニューカマーと高校進学率 日本におけるニューカマーの進学問題 日本−外国人登録200万人 高校進学率:詳細な調査はまだ行われていない 40% (神奈川県内)ー推定 15% (兵庫県4市内のベトナム系進学率) 50%以下(兵庫在日外国人教育研究協議会)ー推定 ↓ 「40年以上前の日本の教育水準しか享受していない」 40年以上前の日本の教育水準しか享受していない」 Hirayama(1995 ) 日本では、日本語のハンディキャップのために、 「高校入試」に合格できない。 = 入試を日本人同様で行えば、優位に立てない 進学へのサポートは各県によって異なる 入試における特別措置、入学枠の設定 多言語による進学ガイダンス 日本には、「モデル」となる子弟が数少なく、 揃って進学しないケースが多い(特に兵庫) 日本では高校への進学が課題 37 米国における進学の問題 38 米国におけるインドシナ系子弟への支援 一般に入試がないため、入学は可能だが、 入学後に問題が生じる Yang(2003)中途退学したラオス系のギャング化 早婚、出産のために中途退学 しかし、ラオス系の大学進学率は、増加傾向ー30% (関東のラオス系で大学卒業したものは、ごく少数) ー在日ラオス協会 米国では、高等教育への進学及び継続が課題 39 日本におけるインドシナ系子弟への支援 ・ ウィスコンシン州:高校中退生徒を、職業専 学校で受入れ→GED(高校卒業資格)を授与 ・ 無資格バイリンガル教員を、大学で受け入れ →教員免許を授与 ワシントン州:小学校‐補助教員・ ボランティアが補習 ・ 高校-ESL出身者をTAや助言者に採用 学校-外部者の参入障壁低く、自然に指導過程に参加 40 おわりにー対照的な米国ラオス系住民 米国とはボランティア意識、移民の受入れ等異なる 神奈川県:様々な学習支援 (学習補助教室、日本語教室、母語教室) =合計約200 インドシナ系を含む外国人生徒の指導 同じ出身国でも、難民として出国した国に よって進学状況や教育支援は異なる ↓ 米国:豊富な職種から職業を選択、専門職も多い 「難民」としてではなく、地域で高い所得水準 で「市民」として生活している「モデル」もいる 米国で受けた教育を最大限享受 兵庫県:ベトナム系子弟のための補習教室 多文化共生サポーター(通訳)の配置 人数が少ないラオス系には支援がない (進学率の低さの表れか・・・) 41 42 7 第二部 結語 参考文献 マイノリティへの教育政策とボランティアの活躍 がキーワード 多民族国家の課題 日本も多民族国家となりつつある (外国人登録200万人) =マイノリティのニーズに対応した 教育システムや学習支援が必要 43 Hirayama, K., Hirayama H., & Kuroki, Y. (1995) “Southeast Asian Refugee Resettlements in Japan and the USA.” International Social Work (38)pp.165-176 Yang, K.(2003)“Hmong Americans: A Review of Felt Needs, Problems, and Community Development,” Hmong Studies Journal (4) 乾 美紀(2006)「ニューカマーと高校入試制度の現状―進学機会拡大に向 けて―」『ニューカマー児童生徒の就学・学力・進路の実態把握と環境改善 に関する研究(その1)』2006年5月平成17年∼19年度 科学研究費補助金 〔基盤研究B〕研究代表者 志水宏吉(大阪大学) 辻本久夫(2002)「外国人生徒の中学校卒業後の進路課題」『21世紀 兵庫 の学校デザイン―理念・調査・提言―』兵庫県在日外国人教育研究協議会。 野津隆志(2005)「アメリカの教育支援ネットワーク(第3章)−高校のESLクラ ス支援者たち−」兵庫県立大学人文論集40巻2号 44 8
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