皮膚の誘電率変化を利用した薬物の経皮吸収促進法

研究・技術論文
31
皮膚の誘電率変化を利用した薬物の経皮吸収促進法
秋 本 眞喜雄*1
Transdermal Drug Delivery System Using the Changes of the Permittivity
of the Skin
by
Makio AKIMOTO
Abstract
Over the years, extensive research effort has been devoted to the development of noninvasive drug delivery
techniques for controlled systemic delivery of therapeutic peptides and proteins through various easily accessible
tissues. Iontophoresis has recently been discovered as a potential drug delivery technique for noninvasive, programmed systemic delivery of peptide and protein drugs. In this paper, the feasibility of using iontophoretic delivery devices to facilitate the transdermal transport of some drugs across the skin is demonstrated. In vivo pharmacokinetics and pharmacodynamic studies in diabetic animals suggested that the systemic bioavailability of peptides and proteins are dependent upon the electronic variables of the iontophoretic delivery device, e.g. frequency, on/off ratio and intensity of the current applied, physiochemical parameters. The mechanism of iontophoresis
transdermal transport of peptide macromolecules are analyzed.
Key words:percutaneous, iontophoresis, drug delivery system, ion transport treatment
1 .はじめに
注射や経口および点滴は薬の代表的な投与方法で
献をしてきた.しかし,近年の高齢化社会の中では
これらの方法だけでは必ずしも充分とは言えない.
ある.注射は瞬間的に高濃度の薬物が体内に入り高
高齢者の介護では在宅医療や訪問看護なども重要な
い即効性を示すが,急速に消失するため持続時間は
方法であり,薬物を必要とするときにだけ,必要な
短い.通常は医療機関内での投与である.点滴は長
部位に投与する技術,すなわち薬物送達システムの
時間の持続が可能であるが,病院内での投与が原則
開発に期待が寄せられている.この薬物送達システ
である点は注射と同じである.経口投与は飲み薬を
ムの一つに経皮吸収がある1 ),2 ).経皮吸収は貼り薬に
用いる手軽な方法であるが,胃や腸から薬物が吸収
類似な投与形態であるが,ここではイオン化した薬
された後に血中に入るので即効性は低い.血中に入
物を物理的な方法で皮膚中に吸収させるものである.
った薬物は,まず肝臓を通過するため吸収分解され
電場を用いて吸収促進させる方法の一つである.臨
ることもある.これは肝初回通過効果として知られ
床医学の分野では皮膚の局所のみならず全身治療を
ている現象である.このように注射や経口などの薬
目的とした新しい薬物投与法として注目されつつあ
物投与法はこれまで臨床医学や予防医学に大きな貢
る.しかし,皮膚は外部からの異物の侵入に対して
* 1 関東学院大学工学総合研究所 研究員
32
工 学 総 合 研 究 所 報 No. 34,2 0 0 6
バリア機能 3 )を有する臓器であり,経皮吸収性はそ
Table. 1 典型的な薬剤の分子量
の薬物の物理化学的性質により著しく制限される.
Drugs
Molecular weight
また,皮膚は高い誘電率を持つ組織であり,電圧を
5-ALA
131
印加すると分極作用により導入効率が低下する問題
Nitroglycerine
200
もあり,薬物の皮膚透過性を改善する吸収促進法の
Ascorbic acid
289
開発が要求されている.そこで,本研究は皮膚の分
Diclofenac
318
極作用による問題点を解決するために周波数や休止
Calcitonin
3000
期間等の通電方法の最適化を検討したものである.
Insulin
6000
最適条件を考慮した高周波直流パルス型の経皮吸収
装置を開発し,数種類の薬剤を用いて導入効果を試
みた.最適条件下で施行することにより高い経皮吸
意語として用いられている.しかし,医薬品と香粧
収効率が得られ医療福祉分野への適用が示唆された.
品分野では物質の皮膚吸収現象の意味が大きく異な
っている.医薬品分野では薬物が経皮吸収されるこ
2 .経皮吸収の原理
とを前提にしていかに経皮吸収性を高めるかが学問
皮膚は人体で最も大きな器官として体温の調節や
的および技術的興味であった.これに対して香粧品
有害物の体内への侵入を防ぎ保護する重要な役割な
分野では種々の配合品や基剤は経皮吸収されないこ
どがある.Fig. 1 に示すように,解剖学的に皮膚は
とを前提にその安全性が議論されてきた.近年,皮
表皮,真皮,皮下組織の 3 層から構成されており,
膚への浸透を前提とした機能性香粧品も多く見られ
各層は固有の働きがある.特に表皮の最外層の角質
るようになり,経皮吸収の促進や制御の理解が香粧
層は薬物透過のバリアの機能を持っているが,この
品分野にも必要となってきた.皮膚を透過する薬物
バリア層を透過した薬物は真皮層を拡散し,毛細血
は基剤から角質層への分配・拡散,角質層から生き
管の血管壁を透過後全身循環へ移行すると考えられ
た表皮・真皮への拡散および血管への移行などに分
ている.したがって,経皮吸収は皮膚に外用された
類される.薬物の経皮吸収過程は拡散と分配の繰り
物質が皮膚組織中に透過する過程と皮膚組織を経て
返しであるが,実際には組織との結合や代謝なども
血管系に至る過程の両方を含めた現象と定義できる.
拡散と同時に進行すると考えられる.皮膚は不均一
透過や吸着あるいは浸透という用語も吸収とほぼ同
な組織であり,物理化学的性質の異なる複数の層か
ら構成されている.このため,薬物はその物性に適
した経路を透過するが,薬物の分子量も大きく影響
する.薬物の分子量に対する拡散現象の関係は
Table. 1 のように示される.分子量が200以下の薬物
では受動的な拡散が支配的であり,皮膚に塗布ある
いは貼り付けなどの方法で容易に皮膚から吸収でき
る.例えば,狭心症のニトログリセリン製剤などは
受動拡散の典型的な例であるが,受動拡散だけでは
薬物の透過促進に限界がある.分子量が200を超え
ると受動的な拡散は困難となり,物理的な方法によ
る吸収促進を考えなければならない.物理的な方法
で薬物を皮膚から吸収拡散させる方法の一つに経皮
吸収システムがある.Fig. 2 は経皮吸収の原理を示
したものであり,皮膚に電場を加えてイオン性薬物
Fig. 1 皮膚の構造
を能動的に吸収拡散させる方法である.皮膚に電場
33
関 東 学 院 大 学
間に電位差を与えることにより吸収の駆動力を高
めることができる.この原理がイオン泳動法
(Iontophoresis)5 ),6 )であり,医療分野ではイオント
フォレーシス療法として注射や経口に代わる新しい
薬物投与法の一つとして注目されつつある.しかし,
皮膚に電場を加えると分極作用による吸収効率の低
下や皮膚障害などの問題があり,最適条件の設定が
重要な課題である.本研究は薬物の皮膚吸収の最適
条件の設定および実用的な装置の開発を試みたもの
である.
3 .実験方法
3. 1
Fig. 2 イオントフォレーシスの原理
皮膚誘電率の測定
皮膚の誘電率は Hartley 系雄性ラット( 7 − 8 週齢,
体重180−220g)の摘出皮膚を用いて実測した.ラッ
を加えると電気抵抗の小さい汗腺や他の付属器官に
ト皮膚は解剖学的にヒト皮膚と同程度の厚さであり,
電流が流れるため,ここにイオン性薬物を適用して
構造も比較的よく似ているために利用した.実験当
おけば皮膚中に拡散すると考えるものである.した
日ウレタン麻酔下にて背位固定して腹部皮膚を電気
がって,皮膚中の薬物の透過は皮膚表面と内部との
バリカン及び電気カミソリを用いて皮膚を傷つけな
濃度差を駆動力とする拡散現象と考えることができ
いように注意深く除毛処理を行った後切除した.誘
る.薬物の単位面積当たりの皮膚透過速度は次式で
電率の測定はインピーダンス・アナライザー(HP−
与えられる.
4194A)を用い,周波数 5 Hz∼10MHzまで可変して
¸
測定した.実験方法は Fig. 3 に示した.電極配置は
二電極法を応用した対向電極を用いた.電極は直径
ここで,K は薬物の皮膚/基剤分配係数,Cv と Av は
35mmの誘電体測定用ステンレス製円形電極(電極
基剤中の薬物濃度と活量,Ds と γ s は皮膚中薬物の拡
間隔: 0 ∼10mm可変,バーニヤの最小目盛り:0. 02
散係数と活量係数,Ls は皮膚バリア層の厚さである.
mm)に直接摘出皮膚を挟み込み,交流電圧100mV
電気を適用した場合の薬物の皮膚透過速度は次式の
の定電圧を印加して測定した.皮膚の厚さは 2 mm
Nernst-Planck の式で与えられる.
程度である.皮膚と電極間には間隙はなく漏洩電流
4)
¹
は無視できる.
ここで,z, F, R, T および ∆φ はイオンの荷電,
Faraday定数,ガス定数,絶対温度および膜を介し
た電位差である.電位勾配がない場合は,式¹は式
¸と同じになる.したがって,電場を与えた場合の
荷電薬物の皮膚吸収速度は,次式のように濃度勾配
に依存した吸収速度と電位差に依存した吸収速度と
の和で表現できる.
º
すなわち,電荷を有する薬物は皮膚表面と体内の
Fig. 3 皮膚誘電率の測定方法
34
工 学 総 合 研 究 所 報 No. 34,2 0 0 6
3. 2
Table. 2 薬剤のイオン極性
最適条件の設定と装置の製作
経皮吸収の実験を行うためにイオントフォレーシ
Drugs
Polarity
Biomedical applications
ス装置の試作を行った.イオントフォレーシス装置
Procaine
+
Local anesthesia
の基本構成が Fig. 4 に示してある.駆動電源の波形
Hydrocortisone
+
Antiinflammation steroid
は正極の直流パルスである.電圧の可変範囲は 0 ∼
Gentamicin
+
Antibiotic
25V,電流範囲のそれは 0 ∼10mA まで可変できる.
Diclofenac
−
Arthritises
周波数は 0 ∼300kHz の範囲に連続的に可変できる.
Ascorbic acid
−
Pigmentation
さらに,分極作用による吸収効率の低下等を検討す
Insulin
−
Diabetes
るために通電率も可変できる.動作原理は以下の通
りである.電源電圧より電圧が一定期間印加され,
このとき皮膚に電荷が溜まるが,皮膚に溜まった電
3. 3
皮膚透過実験
荷は休止期間内に放出される.このようなパルスの
経皮吸収の実際の施行には糖尿病治療薬の Insulin
繰り返しにより分極による吸収効率の低下が防止で
など数種類の薬剤を用いた.透過実験は最適条件の
きると考えた.薬剤のイオン極性と電極の極性と一
結果から印加電圧 5 V,周波数40kHz および通電率
致する側に置くことにより電極に反発されて反対極
30%の条件で実施した.電極と皮膚との間にはそれ
に引き寄せられる作用を利用するものである.代表
ぞれ薬物ゲルおよび対極ゲルを挟み,10mmの間隔
的な薬剤のイオン極性をTable. 2 に示した.実際の
で皮膚中央に縦に並べ,テープを用いて固定して通
治療の施行においては,皮膚誘電率の測定結果から
電を開始した.薬剤は糖尿病治療薬の Insulinを利用
最適な周波数および通電率を決定する7 ),8 ).なお,本
した.通電開始から経時的に採血して Insulin および
装置は医用電気機器の安全性規格(JIS T 0601−1:
グルコースの定量分析を行った.皮膚と電極間には
医用電気機器―第一部:安全に関する一般的要求事項)
間隙はなく,漏洩電流は無視できる.なお,実験に
に適合するものである.
際しては生物医学研究におけるヘルシンキ宣言およ
び動物愛護の精神を十分に尊守して実施した.
4 .実験結果および考察
皮膚の周波数に対する複素誘電率の変化をFig. 5
示した.横軸は複素誘電率の実数部を,縦軸のそれ
は複素誘電率の虚数部である.周波数の増加と共に
誘電率は単調に減少し,40kHz 付近で極小となる傾
向が示された.高周波の交番電場を印加した場合の
生体内部の高周波電流の様子を調べるためには,生
体の複素誘電率を知る必要がある.真空の誘電率 ε 0
に対する複素誘電率として ε * = ε ’
’
と表現する.
− jε ’
は比誘電率,ε ’
’
は誘電損率と呼ばれてい
ここで,ε ’
る.複素誘電率の虚数部は導電電流に由来する導電
率と誘電損失に由来する誘電損率の項からなるが,
エネルギーの吸収は複素誘電率の虚数部に比例する.
したがって,生体中で消費されるエネルギーは誘電
損,すなわち複素誘電率の虚数部に比例するので,
この値が極小となる周波数を選択することにより経
Fig. 4 イオントフォレーシス装置の構成
皮吸収性の最適値が得られることになる.生体組織
35
関 東 学 院 大 学
Fig. 5 皮膚の複素誘電率の周波数特性
Fig. 6 インスリンのイオントフォレーシス
(a)インスリン量の変化
は電気的特性の観点から見ると,0. 9%の食塩水とほ
ぼ同等の特性を持った細胞内液が非常に薄い細胞膜
で包まれたものと考えられている.したがって,生
体組織の電気的特性は細胞内液と同等の特性を持つ
細胞外液中に細胞が浮遊し配列した形態と考えられ
るので,複素誘電率の周波数特性はイオン雰囲気に
関係した α 分散,組織構造に関係した β 分散および
水分子に関係した γ 分散の 3 段階に変化することが
知られている9 ),10).生体組織の細胞膜は非常に大き
な電気容量を持った絶縁物と考えられているので,
生体組織に加えられた 1 kHz 以下の低周波電流は細
胞外液部分のみを流れることになる.周波数が増加
すると伴に電流は細胞膜を通過して細胞内に流れ込
む.直流に近い低周波領域における誘電率が大きい
値を示すのはこの影響であると考えられ,α 分散と
して知られている.β 分散の中心的な働きは皮膚の
細胞膜と皮膚内外の液体である.この領域では電気
的性質の異なる 2 つの層が存在する構造的分散であ
る.β 分散より高い周波数になると皮膚内外の液体
の双極子モーメントによって生じる性質とほとんど
同じになる.本研究の対象は α 分散および β 分散の
Fig. 6 インスリンのイオントフォレーシス
(b)グルコース量の変化
36
工 学 総 合 研 究 所 報 No. 34,2 0 0 6
領域であり,測定値はこれらの結果とよく一致して
いる.このことは,電場の波形をパルス状にするこ
とにより分極の影響が回避できることを示している.
2 )D. R. Friend:In vitro skin permeation techniques,
.
Controlled Release, 18, pp235−248(1992)
3 )V.H.W.Mak, M.B.Cumpstone, A.H.Kennedy,
実際の Insulin 薬物を用いたイオントフォレーシスに
C.S.Harmon, R.H.Guy and R.O.Potts:Barrier
よる導入効果を検証した結果が Fig. 6(a)
,(b)に示
function of human keratinocyte culyures grown
してある.皮膚に電圧を印加している期間は皮膚中
at the air-liquid interface, J. Invest, Dermatol, 96,
の薬物濃度が増加し,電圧の印加を中止すると初期
.
pp323−327(1991)
の濃度に移行する結果が得られた.このことは薬物
4 )J. C. Keister and G. B. Kasting:Ionic mass
が皮膚中に吸収され経皮吸収促進が確認されたこと
transport through a homogeneous membrance
を示すものである.インスリンは膵臓から放出され
in the presence of a uniform electric field, J.
るホルモンであり,血液中の糖量を制御している.
.
Membrance Sci, 29, pp155−167(1986)
糖尿病はインスリンを十分に産生しないために血糖
5 )R. R. Burnette and B. Ongpipattanakul:Charac-
値が異常に高くなる病気である.一般にインスリン
terization of the Permselective Properties of
は注射により施行される.これはインスリンが胃で
Excised Human Skin during Iontophoreses, J.
破壊されるために経口では服用できないからである.
.
Phamaceutical Sciences, 76, pp765−773(1987)
本研究の結果は皮膚からインスリンを投与すること
6 )G. A. Lattin, R. V. Padmanabhan and J. B.
の可能性を示唆するものである.さらに,イオント
Phipps:Electronic Control of Iontophoretic Drug
フォレーシスはあらかじめ設定した投与スケジュー
Delivery, Annals New York Academy of Science,
ルによって薬物の投与が可能であるので,投与量の
.
618, pp450−464(1991)
制御としても期待される.イオントフォレーシスに
7 )M. Egawa, L. Yang, M. Akimoto an M.
おいては,汗腺や毛穴も薬物透過経路として重要な
Miyakawa:A Study of Electrical Properties of
働きをしているとも考えられる.また,イオンの移
the Epidermal Stratum Corneum, Progress In
動に伴い水の対流も起こり中性の薬物の透過も可能
Electromagnetics Research Symposium, Boston,
と考えられるが,これらは今後の課題である.
Masattusetts, p596(2002)
.
8 )M. Akimoto, M. Hata and R. Sasaki:Effect of
5 .まとめ
Iontophoresis on the Chemical Peeling with
皮膚の複素誘電率は経皮吸収の最適条件を決定す
Lactic Acid, 6th Meeting of the German-
るための有用な指標の一つであることが分かった.
Japanese Society for Dermatology, Nara, Japan,
また,直流パルス型の駆動波形は分極作用の低減に
p25(2002)
.
有効であることが示された.さらに,最適条件によ
9 )S. Gabriel, R. W. Lau and C. Gabriel: The
り作動するイオントフォレーシス装置は非常に有用
dielectric properties of biological tissues: II.
であることが確認され,医療福祉分野に応用できる
Measurements in the frequency range 10 Hz to
ことが示唆された.
20 GHz, Phys. Med. Biol, 41, pp2251 − 2269
(1996)
.
引用文献
10)T. Tamura, M. Tenhunen, T. Lahtinen, T. Repo
1 )R. H. Guy and J. Hadgraft:Physicochemical
and H. P. Schwan:Modeling of the dielectric
aspects of percutaneous absorption and enhance-
properties of normal and irradiated skin, Phys.
.
ment, Controlled Release, 5, pp753−758(1988)
.
Med. Biol, 39, pp927−936(1994)