都心エリアの地域賦活シナリオ形成支援技術の総合化

首都大学東京 21 世紀COEプログラム
巨大都市建築ストックの賦活・更新技術育成
Development of Technologies for Activation and Renewal of Building Stocks in Megalopolis
B12
都心エリアの地域賦活シナリオ形成支援技術の総合化
The Method of Community Based Town and Building Management
in High Densely Area of Central Tokyo
饗庭 伸(准教授)
・見波 進(助教)
・西田 司(協力者,横浜国立大学)
Shin AIBA (Assoc. Prof. ), Susumu MINAMI (Assist. Prof.), Osamu NISHIDA(COE
Collaborator, Yokohama National University)
ABSTRACT
This study aims to establish a method of “community based town and building management " which are developped and
practiced by TMU team through the five years of COE Program. We systematize each practices and techniques to four steps
of management process.
キーワード:高密度市街地 都市建築ストック 神田 Keywords: High Densely Area, Urban Architecture, Kanda
1 研究の背景と目的
これからの「都市」のキーワードとして、サステ
イナブル = 持続可能な都市という言葉が登場してか
ら久しく時がたった。その具体的な方法の一つとし
て焦点を浴びたのが、コンバージョン、リフォーム、
リニューアルといった手法による「都市建築のスト
ック活用」である。
この言葉が 90 年代後半から 00 年代前半までの、
日本全体の景気の失速により、新しい建物が建ちに
くい時代に語られたものであることに注意をしてお
きたい。この時代になって、「ストック活用」が初め
て市場経済の中の有力なリアリティのある選択肢と
して議論された。沢山のフィージビリティスタディ
が積み重ねられ、いくつかのストック活用型のプロ
ジェクトが実行へ移された。
しかし、市場セクターによる様々な努力と政府によ
る規制緩和により、建設市場の景気は 2005 年頃か
ら再び回復に転じた。そして、その「回復」とともに、
「ストック活用」は有力な選択肢の座から次々と脱落
していった。では、ストック活用は景気の悪いとき
の「貧者の選択肢」なのだろうか。ストック活用は
そもそもなぜ重要視されたのだろうか。
少しの時間を取って考えを巡らせてみると、「スト
ック活用が重要である」ことの理由をあげることは
誰にとっても簡単なことのはずである。廃棄物を増
やすことが出来ない、という地球環境の問題、古く
からの都市空間を壊さずに残し、次代へ歴史を紡い
でいく、という都市空間の記憶の問題など、こうい
った考え方は誰の胸の中にも少なからず存在する。
しかし、このような考え方が一般的になっているに
もかかわらず、都市建築のストック活用はなかなか
進まない現状にある。その原因は、ストック活用を
ストックの「市場性」を向上させることだけで展開
しようとし、ストックの「公共性」を向上させる取
り組みを十分に展開してこなかったところにある。
「市場性」を向上させる取り組みと「公共性」を向上
させる取り組みは、全ての場合において相反するわ
けではない。しかし、ストック活用について二つの
性格を高度に融合させ取り組みは、殆ど成功例がな
い。
首都大学東京では COE 研究の一つとして、2003
年から 2007 年まで、東京の都心地区、特に中小の
都市建築ストックの集積する神田地区を対象に、ス
トック活用に関する調査研究と実験的な実践活動を
行った。「市場性」と「公共性」について、当初から
意識的に取り組みを行ったわけではないが、結果的
には、ストック活用の取り組みに「公共性」をいか
に付加するか、いかに「公共性」を向上させるか、
都市の視点からも、建築の視点からも取り組んでき
た。本研究は、5年間の取り組みの成果を総括し、
総合化することを目的とする。
2 都心エリアの地域賦活シナリオ形成支援技術
都心地域に立地する建築ストックは長年にわたっ
て蓄積されてきたため、多様さ、複雑さをもってい
る(図1)。多様であり、複雑であるが故に、都市空
間の更新技術として、最も単純な「スクラップ・ア
ンド・ビルド」の手法がとられてきたと言える。「ス
トック活用型社会」の実現のためには、これらの複
雑さ、多様さを解き明かし、多様な選択肢を準備し
た上で、これらの建築ストックに対して個別的に発
生する様々な建設行為を、「都市」の視点から調整・
制御し、群としての価値を向上する技術がもとめら
図1 ストック年齢ピラミッドに見る多様性
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れている。本研究では、その技術を以下の 4 つの段
階にわけて体系化した。
① 情報共有の段階
まず第一に、ある広がりを持ったエリアにおける
個別の建築ストックの状態を把握すること、個別の
建築ストックが、都市全体の性能の中で果たす性能
を分析すること、それらを市民と共有することがス
タートラインとなる。個別の建築ストックの詳細な
属性に加えて、建築ストック単体の性能についての
専門的な情報、例えば地震に対する性能、都市環境
に関連する性能といった情報が、意味のある情報と
してあげられる。
② 空間とコストのイメージ共有の段階
第二の段階は、空間とコストのイメージ共有の段
階である。殆どの都市建築ストックは私的に所有さ
れており、所有者の意識を変えることに、大きなエ
ネルギーと時間がかかる。情報の共有だけでは市民
の建築行為を誘発することは難しい。具体的な空間
のイメージと、コストのイメージを市民と共有する、
一歩踏み込んだイメージの提示が必要となる。その
スタイルは、どのような市民とイメージを共有する
かによって規定される。
地域の市民に組織的なまとまりがあり、地域全体
で建築ストックの活用を考えようという意思が形成
されている場合は、地域全体の建築ストックを改善
していく包括的なプログラムやマスタープランを提
案することが考えられるが、多くの場合、そこまで
の意思を地域が形成していない。大上段に構えるの
ではなく、小さな具体的なところから提案を積み重
ねていくことがイメージを共有する現実的なステッ
プである。具体的には、個々の市民が所有する建物
や都市空間の改修や改善手法の提案を行う、更には
仮設的な空間を作ってしまい、都市が改善された姿
を見て、体験してもらう、「社会実験アクション」と
いうスタイルが考えられる。地域の状況に応じてこ
れらの方法を適用することになる。
③ 個別の建築行為の段階
第三の段階は、これらによって様々な建築行為が
誘発される段階である。ある建物は、周辺の都市環
境の改善も意識して空調機器をリニューアルするだ
ろうし、ある建物は周辺市街地とのバランスを考慮
して、その用途を変更するだろう。こういった建築
行為に対して助言を行ったり、建築行為同士の調整
を行うことが都市計画の役割になる。
④ 建築行為の評価とフィードバックの段階
第四の段階は、個別の建築行為をもう一度、都市
の中で評価し、都市全体の性能がどうあがったのか、
次なる建築行為はどのようになされるべきか、評価
とフィードバックを行う段階である。第二・第三・
第四の段階をくり返すことにより、全体として調和
のある都市空間が形成されていく。
3 研究成果の刊行
本研究の成果として、これらの段階それぞれにつ
いて神田地域において行ってきた研究や実践を整理
し、「Re-City: 都市建築賦活更新メソッドケーススタ
図2 4つの段階
ディ」と題された報告書を刊行した.詳細はそちら
をご参照いただきたい。
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B23
平成19年度
オフィスビルから集合住宅へのコンバージョン
実現に向けた建築設計提案
Architectural Design Proposal on Conversion
from Office to Residential Facilities
小林 克弘(教授)
三田村 哲哉(リサーチフェロー)
小川 仁(リサーチアシスタント)
松本 聡子(修士課程)
須永 修通(教授)
木下 央(助教)
沢田 聡(修士課程)
Katsuhiro KOBAYASHI (Prof.), Nobuyuki SUNAGA (Prof.),
Tetsuya MITAMURA (Research Fellow), Akira KINOSHITA (Assistant Professor),
Hitoshi OGAWA (Research Assistant), So SAWADA, Satoko MATSUMOTO (Master Course)
ABSTRACT
The aim of this paper is to clarify the actual conditions and various problems of architectural conversion,
from the case study on the conversion of existing office building to an apartment house in Ota-city, Tokyo. This paper
reports the summary of each process as follows: checking the actual condition of the existing building; checking the
existing drawings and documents that created when this building was first constructed in 1992; making application for
building confirmation; examining the condition of steel structure; examining sound and thermal environment; and
proposing the architectural design which is fit for a conversion.
キーワード:コンバージョン、オフィスビル、集合住宅、東京、建築設計
Keywords: Conversion, Office Building, Residential Facilities, Tokyo, Architectural Design
1.はじめに
本研究は建築設計の提案から実施設計・設計監理を
通して、今日の我が国における建築の用途変更の実態
と問題点を把握することを目的とする。対象事例は東
京都大田区蒲田近郊の環状8号線に面したオフィスビ
ルであり、平成3年に竣工した鉄骨造、外壁ALC、地上
6階建、延床面積約364㎡という一般的な構成の建築で
ある。提案は1階のオフィスを除く、2階から6階を各
階1住戸の集合住宅に用途を変更するものである。図
図1
面及び書類の精査、既存建築の現況調査、用途転用の
共に、土足の空間とすることで、入居者の多様な趣
申請及び届出、環境実測調査、鉄骨を中心とした構造
向に合わせた居住形態を可能とする計画とした。
チェックを踏まえた上で、設計提案から用途転用の実
2)複雑な形状の平面の分節は、緩衝空間をつくる
現に至る一連の設計及び工事を実施した。
可動間仕切に加え、その内側の居室は1枚の壁のみ
本稿では、計画案及び環境実測、シミュレーション
のポイントと、施工の経緯及び特徴を記す。
外観写真(転用前)
図2
内観写真(転用前)
で分節を行い、居室全てを緩やかにつなげ、住空間
の広がりと部屋の利用形態に自由度を与えた。
3)同オフィスビルは無断熱であったため、環境実
2.計画案のポイント
提案のポイントは以下の5点である。
測調査に基づき外壁及び床スラブの断熱改修を行っ
た。また、同様の観点より、可動間仕切による緩衝
1)各住戸のエントランス付近に可動間仕切を設置
空間の効果を実測及びシミュレーションにより検証
し、外部との緩衝帯となる空間を設置した(内部テ
し、居室の音及び熱の住環境を向上させている。
ラス)。これにより外部からの騒音や熱負荷を軽減
4)水廻りの更新と共に東側立面に露見される多量
し、内側の居室を安定した状態に保つと
の配管を隣接建築に面した西側立面に移設すること
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平成19年度
で外観の向上を図り、同時に全ての防水をやり替え
ることで建物の基本機能の確保及び向上を図った。
5)カーテンウォールの特徴的な立面は換気用の開
閉窓を新設し、一部は塗装を施すことで、既存の外
観を活かしつつ、新たなイメージを付加した。
3.環境実測調査およびシミュレーション
可動間仕切りを追加することによって形成された緩
衝空間の効果を検証するために、室内環境のシミュレ
図3
3階平面図(左:転用前、右:転用後)
ーションを行った。
まず、対象建物において外部騒音の測定を行い、現
状の音環境の確認を行った。その結果、昼夜ともに環
境基準の上限に近い騒音が続いており、居室の音環境
は望ましい状態ではないことが分かった。これに対し、
断熱材の付加や間仕切りの追加などを行った場合の遮
音性能の簡易計算を行ったところ、間仕切りを追加す
図4 解体撤去工事
図5 配管工事
ることが有効であることが分かった。
また、温熱環境や熱負荷については、多数室動的熱
計算プログラムTRNSYSを用いてシミュレーションを
行い、緩衝空間の設置前後の違いを比較した。計算の
結果、緩衝空間を設けることで夏季、冬季共に居室の
温度変動が小さくなり、特に冬季は居室の最低室温が
上昇するなどの効果が見られた。夏季は室温の上昇が
図6 発泡ウレタン吹付
図7 下地取付
懸念されるものの、緩衝空間によって日射の影響が減
り、冷房の立ち上がり負荷が減少する効果が見られた。
4.施工の経緯
施工は、既存内装の撤去、蔦の撤去、錆落し、外
壁の高圧洗浄などの工事から始まり、その後外部足
場を架け、設備配管を新設した。その後、発泡ウレ
タンの吹付け、ユニットバスの設置、LGS下地の設
図8 ボード貼,パテ処理
図9
クロス貼
図10 ガラス塗装,サッシ変更
置を行い、同時に外壁部のシーリングの打ち替え及
び塗装を行った。発泡ウレタン吹付け後は火気を使
6.まとめ
用できず、溶接が不可能なことから全てビス留めで
本プロジェクトでは、既存建築が有する諸条件の
下地の設置を行ったため、作業効率が若干落ちるこ
把握、建築構造のチェック、環境実測調査の結果を反
ととなった。
映させながら、実在するオフィスビルを集合住宅に変
LGS下地設置後は際根太及び床下地(ネダフォー
更した。我が国には、同事例のような鉄骨造、外壁
ムを使用)の設置、フローリング及び内装ボードの
ALCという建築は多量にある。そのため、本プロジェ
設置、パテ処理を行い、その後設備機器の設置、ク
クトに盛り込まれたアイデアや解決策が、既存建築の
ロス貼り、外部足場の解体、屋上及びバルコニーの
用途変更に伴う諸課題の参考となることを期待する。
防水、最後にエントランスの集合玄関の工事、建具
の設置を行い、全ての工事を終了した。要した工期
謝辞
は約4ヶ月であった。
松野亙吾、伊藤紗加(大学院生)の協力の下に実施されたもので
また、竣工後には環境実測調査を再度行い、緩衝
空間の効果の検証を行った。
本研究は見波進(助教)、大滋弥麻理亜(元大学院生)、
す。記して謝意を表します。
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B41
平成19年度
諸文化圏都市のコンバージョンを伴う
時空間調和事例集の作成
Design Method and Tendencies of Architectural Conversions
in Various Countries of Different Cultures
小林 克弘(教授)
橘高 義典(教授)
鳥海 基樹(准教授)
木下 央 (助教)
三田村 哲哉(リサーチフェロー)
福岡 伸太郎(大学院生)
Katsuhiro KOBAYASHI (Prof.), Yoshinori KITSUTAKA (Prof.),
Motoki TORIUMI (Assoc. Prof.), Akira KINOSHITA (Assistant Professor),
Tetsuya MITAMURA (Research Fellow), Shintarou FUKUOKA (Graduate Student)
ABSTRACT
The aim of this paper is to create the commentary on the converted works in various countries of different
culture. The targets of our investigations are the works in Italy, in France, in the U.S.A., Australia, Germany, and
Finland. It was made clear that there are many types of works converted in various countries of different culture, and
we found excellent design methods of architectural conversion.
キーワード:諸文化圏、コンバージョン、アメリカ、イタリア、オーストラリア、ドイツ、フィンラン
ド、フランス
Keywords: Various Countries of Different Culture, Conversion, the U.S.A., Italy, Australia, Germany, Finland,
France
1.はじめに
本研究は諸文化圏都市におけて用途が変更された建
築作品を対象に、建築意匠、建築材料、都市計画から
総合的な考察を実施し、建築コンバージョン事例集を
作成することを目的とする。現地調査は2003年度から
2006年度までにイタリア、フランス、アメリカ、オー
ストラリア、ドイツ、フィンランドの6カ国において
実施した。調査都市は約20に上り、対象作品は各国で
1
図1 バーナム・ホテル
図2 フォー・シーズンズ・ホテル
ム・ホテル(設計:McClier / Antunovich Associates、
出版された主要な建築雑誌等から選出した 。
平成19年度の本研究の成果は6カ国の調査研究のと
2
竣工:1999年)である(図1)。同ホテルは1895年
りまとめと、邦訳付英語事例集の発行である 。同事
ダニエル・H.バーナムによって設計された高層建築
例集は各国毎に約5例を取り上げたもので、全30例が
の意匠を徹底的に継承しつつ、用途を転用した事例
掲載された。本稿は住居・事務所系、産業系、公共・
である。階段が増設されたが、ホテルの客室及び廊
商業系という3種のコンバージョン前の用途に基づく
下の配置はオフィスのレイアウトを継承した。
作品分類に倣い、代表作品の特徴を論じたものである。
もうひとつは欧州の歴史的建造物をコンバージョ
ンした事例である。ミラノのフォー・シーズンズ・
2.コンバージョン前の用途が住居・事務所系の事例
ホテル(設計:Carlo Meda、竣工年:1993年)(図
2つの動向が現れた。ひとつはアメリカの超高層
2)、リヴォリの現代美術館(設計:Andre Bruno、
オフィスビルをホテルに転用した事例である。ニュ
竣工年:20世紀末)、ヴィッテンの文化センター
ーヨークのトランプ・インターナショナル・ホテル
(設計:Von Busse + Klapp、竣工年:2004)、パリ
&タワー(設計:Philipe Johnson、竣工:1998年)
の ギ ャ ル リ ー ・ コ ル ベ ー ル ( 設 計 : Dominique
は構造体のみを残して各階の耐風壁補強や床の増し
Pinon, Pascale Kaparis、竣工年:2004)が挙げられ
打ちを行った上で、外壁も含めて内外の仕上げを完
る。一連の作品に共通した特徴は建築保存を基本と
全に刷新した事例であり、超高層建築の大規模な用
しているため、修繕・修復が施されているが、鉄や
途変更の好例である。もうひとつはシカゴのバーナ
ガラスなどの材料、シークエンスなどの連続した空
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平成19年度
間構成といった現代建築特有の要素も積極的に導入
されている点にある。
3.コンバージョン前の用途が産業系の事例
転用後の用途に傾向が現れた。ひとつは大規模産
業施設をコンプレックスにコンバージョンした事例
である。代表例はトリノのリンゴット(設計:
図3 リンゴット
図4 カアペリ
Renzo Piano、竣工年:2002年)(図3)、ヘルシン
キのカアペリ(設計:Pia Ilonen, Jan Verwijnen、竣
工年:1991年)(図4)である。特例には鉄道高架
橋を建築化したパリのヴィアデュク・デ・ザール
(設計:Patrick Berger、竣工年:1995年)が挙げら
れる。特有の大空間は商業施設、観光施設、公共施
図5 AEGフムボルトハイン工場 図6 ビジター・センター
設などコンバージョン後の用途は問わない。
もうひとつは産業地区全体をコンバージョンであ
る。ベルリンのAEGフムボルトハイン工場(設計:
不詳、竣工年:1990年代から)は近代工場遺産の段
階的なコンバージョン事例である(図5)。またア
ラビア・ファクトリー(設計:Arkkitehdit Tommila
図7 ポルティコ
Oy、竣工年:1999)もそのひとつである。展示施
現代美術館(設計:Frederik Fisher & Partners、竣工
設、図書館、大学施設などが挿入され、広大な施設
年:1997)(図8)、1884年の税関局を公共複合文
全体が段階的にコンバージョンされ、芸術を中心と
化施設に転用したシドニー・カスタムズ・ハウス
した地域に転換されつつある。さらに大規模なのは
(設計:Tonkin Zulailha Greer Architects、竣工年:
ツォルフェライン炭鉱の段階的なコンバージョンで
2000)がある。公共・商業系施設から公共施設への
ある。炭鉱施設はビジター・センター(設計:
コンバージョンは実に多様である。
図8 P.S.1現代美術館
OMA、竣工:2006)(図6)に、給湯施設は産業製
品の博物館レッド・ドット・デザイン・センター
5.おわりに
(設計:Norman Foster、竣工:1997)に転用された。
建築コンバージョンは各国の事情に合わせて積極
的に実施されており、新たな潮流を形成しつつある。
4.コンバージョン前の用途が公共・商業系の事例
コンバージョン前の建築に関わらず、それぞれの建
転用後の用途に動向が現れた。ひとつはコンバー
築の特徴を手がかりに実施された作品は各国ごとに
ジョン後の用途が居住施設の事例である。代表例は
も特徴が現れただけではなく、コンバージョン前の
ローマのマルケッルス劇場(設計:不詳、竣工年:
用途ごとにも動向や特徴が見出せる。
不 明 ) 、 シ ド ニ ー の ポ ル テ ィ コ ( 設 計 : Tonkin
竣工年、用途、所在地に関わらず、海外の主要国
Zulaikha Greer Architects、竣工年:2005)(図7)ク
では建築コンバージョンが着実に実施されている。
リントンのヴァン・アレン・アパート(設計:CHI
Inc. (Developer)、竣工年:2003)である。公共・商
業系施設がコンバージョン前の用途や建設年代を問
わず、居住施設に変更されている。
もうひとつはコンバージョン後の用途が美術館、
博物館、図書館などの公共施設の事例である。ディ
オクレティアヌスの浴場に始まるローマ国立博物館
(設計:Giovanni Bulian、竣工年:1981(オクタゴ
ン・ホール))、小学校をMOMAの分館にコンバー
ジョンしたロング・アイランド・シティーのP.S.1
註
1 対象記事は 1990 年から各国の調査を実施した年月までに発表さ
れたものである。作品の抽出に利用した建築雑誌はイタリアの
Abitare 他、フランスの Le Moniteur Architecture 他、アメリカの
Architectural Record 他、ドイツの db: deutsche bauzeitung 他、フィン
ランドの Arkkitehti 他である。尚、住居にコンバージョンされた作
品は除外した。
2
本書は配布を目的とした図書である。Katsuhiro KOBAYASHI,
Yoshinori KITSUTAKA, Motoki TORIUMI, Tetsuya MITAMURA,
Akira KINOSHITA, Architectural Conversions in Various Cities of
Different Cultures, Harmony of Space / Time in Italy, the U.S.A., France,
Australia, Finland, and Germany, Tokyo: Kajima Institute Publishing Co.,
LTD., 2006.
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平成19年度
学生教育と外部とのコラボレーションを通じた
川越市・旧鏡山酒造の賦活計画立案
Activation Project for the Kagamiyama Sake Brewery
Through the Collaboration with Students and Outside Experts
橘高 義典(教授)
鳥海 基樹(准教授)
池田 修 (Yokohama BankArt 1929)
荒牧 澄多(川越市役所)
石野 久彌(教授)
田村 雅紀(助教)
川口 とし子 (アーキスタジオ)
山口 健一(川越市役所)
Yoshinori KITUSTAKA (Prof.)
Motoki TORIUMI (Assoc. prof.)
Osamu IKEDA (Yokohama BankART1929)
Sumita ARAMAKI (Kawagoe city council)
Hisaya ISHINO (Prof.)
Masaki TAMURA (Assist. prof.)
Toshiko KAWAGUCHI (Archistudio)
Ken-ichi YAMAGUCHI (Kawagoe city council)
ABSTRACT
Kawagoe city intends to the Kagamiyama sake brewery constructed in 1875 and closed in 2000; though the
restoration works were engaged, any concrete contents, thus activations projects, have not yet been defined. To
contribute to make projects, we collaborate with students, architects, art director, administrators and so on. Owing to
this work, 8 concrete and logical propositions were advanced and many scientific points of view were acquired.
キーワード:川越、鏡山酒造、賦活計画 Keywords: Kawagoe, Kagamiyama sake brewery, activation project
1.研究の背景・目的・方法論:
埼玉県川越市にある鏡山酒造は明治8年にこの地
で創業した老舗の造り酒屋であったが、2000年に廃業
となった。その後、全建物を取り壊しマンションとす
② 歴史的建造物転用と両立する建築環境システム学
の確立;
③ 歴史的建造物の賦活を中心市街地活性化に役立て
る都市計画学の確立;
る計画が持ち上がったが、市民の保存への強い要望が
④ 賦活のための基礎的能力の涵養;
あり、川越市が買収した。ただ、指定管理者のまま修
⑤ 外部との協働のための調整能力の向上。
復工事が着手されるという歪なプロセスが進行してお
り、活用計画の早期立案が必要になっている[図1]。
方法論としては、大学院演習を通じるため、現地
見学、講義、調査そして設計という4段階のプロセス
を着実に踏ませたことが特徴である。また、調査及び
設計はグループ作業だが、やみくもに調査・設計する
のではなく、①テーマを決めて深く調査し、②具体的
に設計することを課し、グループは、できるだけ材料
・構法系、環境系、構造系、計画系、歴史・意匠系の
各分野の学生から構成され、5名から6名となる様に
学生間で調整させた。
2.研究のプロセス:
以下の通り、インテンシヴに実施した:
図1:旧鏡山酒造修復工事着手を伝える2007年3月1日読売新聞埼
玉県南版
本研究は、上記の背景を受け、以下の目的を設定の
上、具体的賦活計画を立案した:
① 歴史的建造物修復のための建築材料学の確立;
① 5月 26 日:現地見学会(川越市・荒牧氏[都立大
OB]、山口氏、景観担当者他);
② 6月 14 日:池田集中講義『Yokohama BankART
1929 に於けるアート・ディレクション』;
③ 6月 21 日:石野:『歴史的建造物のコンヴァージ
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平成19年度
ョンのための建築環境システムの考え方』/鳥海
荒壁の状態のまま仕上げを施していない。このグリッ
:『中心市街地どっと混むコンヴァージョンの海
ト状の構成と荒壁の独特なテクスチャーは、内装仕上
外事例』;
げを意匠的に面白いものにしており、旧鏡山酒造の大
④ 6月 28 日:川口集中講義:『「リフォームの匠」
きな特徴であることを明らかにした。
による再生(またはリノベーション)の考え方』
上記目的②に関して:川越の気候は、気温として
/橘高・田村:『鏡山計画に於ける建築材料学の
は東京より夏は0.7℃高く冬は3.3℃低い。冬の日照は
視点』;
東京より多く天候もいい。風は冬は北西の風、夏は東
⑤ 7月5日中間発表(橘高・石野・鳥海);
の風である。本研究では、新エネルギー利用、パッシ
⑥ 7月 12 日:設計作業日;
ブ手法(自然エネルギー利用)、建築計画と省エネル
⑦ 7月 19 日:設計エスキス(川口);
ギー等の視座を学生に示した上で、熱容量の利用を前
⑧ 7月 26 日:設計エスキス(橘高・石野・鳥海);
提として、自然の創る音を導入しつつ空気・光・熱環
⑨ 7月 28 日:最終講評会(於:川越市喜多町会館。
境を最適化するための基礎的データを得た。
15-18 時。出席者:橘高・石野・鳥海・田村・池
上記目的③に関して:川越には、明治の街並み、
田・川口・荒牧・山口に加え、首都大・市川・深
大正の街並み、平成の街並みがあるが、昭和のそれが
尾両教授、フケタ設計修復工事担当者、川越ケー
ない。また、明治の街並みと平成の街並みの間に、非
ブルテレビ等)[図2]。
人間的尺度のマンションが建設されるといういびつな
都市構造となっており、その中間体に於ける開発の制
御が必要となる。そのため、高度規制を伴った都市景
観規制と商店街の活性化が不可欠であり、鏡山酒造は
後者のための核施設となり得ることが明らかになった。
上記目的④に関して:当初多分に印象批評的であ
ったキラー・コンテンツ探求は、プロジェクトに進
行に応じて理論的となり、設計段階では細分野を統
合する建築学という学術のダイナミズムを認識させ
ることができた。
上記目的⑤に関して:今回はアート・ディレクタ
ーの池田修氏や産業政策を担当する山口健一氏を迎
えたことで、建築学の枠組みのみでは得られない知
図2:最終講評会風景(於:川越市喜多町会館)
見を得たのみならず、異分野間の協働技術を発展さ
せることができた。
3.学生による成果物:
42名の学生は8班に分かれ、教員によるインテン
シヴな指導の下に一連の作業をこなした。最終的に
4.補遺:今後の課題:
今回は研究組織の人的資本による制約が許さなか
は、地元の子供の遊育施設、観光客向けの温浴施設、
ったが、歴史的建造物の活用に際して最も大きな障
地元大学とリンクした食育施設などの提案となった。
害となるのが建築基準法や消防法との調整である。
因みに、上記提案は設計面でも優れており、賦活プ
前者は文化財指定・登録や景観法に基づく景観重要
ロジェクトに於いては、基礎的研究と応用的実践が、
建造物の指定により解除されるが、後者はそうでは
新築以上に密接な関係を示すことが解った。
ない。木造を基本とする鏡山酒造は、その意味では
その縮図として有効な対策の立案演習の対象ともな
4.結論:得られた知見:
り得た。今後は、既存のオーセンティックな材料を
上記目的①に関して:土壁には、室内の調湿効果、
保存・再生しつつも耐火性・防火性の高いものとす
化学物質の吸着効果などがあり、また、漆喰などで仕
る材料計画、良好な通風と防火遮断を両立させる環
上げることによりその外観は落ち着いたものとなり、
境システム計画、さらには近隣への消火栓配置等か
人間に優しい内装材料であることが再確認された。ま
ら規制緩和の科学的根拠付けをする都市計画の諸学
た、内壁側の土壁は、乾燥しひび割れが入った通常の
を確立・立案することも課題となろう。