講演概要

電子航法研究所研究発表会(第14回平成 26年6月)
新しいグローバル航空計画と電子航法研究所の研究の方向性について
研究企画統括
1.はじめに
国際民間航空機関(ICAO: International Civil
Aviation Organization)は,国際民間航空のための
調和のとれたグローバルな航空管制システムを
実現するための世界共通の目標に向かって,各
国,各地域,航空会社などの各ステークホルダ
ー間の合意による作業計画及び技術開発案の勧
告を策定する第 12 回航空管制会議(ANC-12:
12th Air Navigation Conference)を 2012 年 11 月に
開催した。会議は,グローバル航空交通管理
(ATM: Air Traffic Management)システムの調和
と相互運用性に焦点を当てたグローバル航空計
画(GANP: Global Air Navigation Plan)[1]の改訂
などを議論した。ANC-12 で検討した GANP 改
2013 年 9 月の ICAO 総会において提案,
訂案は,
承認された。
国土交通省航空局は平成 22 年度の策定した,
将来の航空交通システムに関する推進協議会に
よる将来の航空交通システムに関する長期ビジ
ョン(CARATS)のロードマップ[2]を平成 25 年 3
して Full AMAN/DMAN/SMAN,FF/ICE (Full
Flight and Flow–Information for a Collaborative
Environ- ment),複雑性管理及び全軌道ベース運
航(Full TBO: Trajectory Based Operation)を掲げ
るとともに,
実現のために必要な 21 の構成技術
と 4 つの発展段階に分けて,地域航空の調和と
容量拡大並びに効率の向上を行う計画である。
3.2040 に実現する航空交通環境の��
3.1 航空需要の変化
当所では,研究長期ビジョンの策定に必要な
将来の日本の航空交通環境の変化について検討
した。社会的には,少子高齢化に伴う人口の減
少,都市への集中とそれに伴う地方の衰退,リ
ニア新幹線をはじめとする高速鉄道網の拡大に
より,航空幹線国内便に対する旅客需要の頭打
ちが見込まれる。しかし,利便性向上のための
月に改訂した。
このような大きな変化の中,当電子航法研究
所としても,平成 20 年 7 月に作成し,平成 23
年 3 月に改訂した電子航法研究所の研究長期ビ
ジョン[3][4]の見直しに着手した。ここでは現在
検討を行っている新しい研究長期ビジョンの検
討状況について述べる。
2.GANP の��
改訂された新しい GANP は,ICAO が実現可
能なタイムラインを提供することによって,地
域における技術向上の調和を図りながら,各国
のニーズに応じた航空管制システムの発展改良
を実施する図1に示す ASBU(Air System Block
Upgrade)[5]概念と,そのための技術分野におけ
るロードマップを含んでいる。
この ASBU は,航空管制容量及び効率の向上
という目標に対して,図 2 で示される,空港運
用,システムとデータの相互運用性,全世界的
に協調した ATM 及び効率的な飛行経路の 4 つ
の改善業務分野を設定し,実現した運用概念と
藤井 直樹
図 1:ICAO GANP における ASBU の概念
図 2: 4 つの改善業務分野と実現した運用概念並
びに必要な 21 の構成技術の関係
-1-
電子航法研究所研究発表会(第14回平成 26年6月)
運航の高頻度化及び地方都市間や離島を結ぶ利
用が拡大,並びに,アジア諸国の経済成長に伴
い,国際便や上空通過機の堅実な増加が予測さ
れる。さらに,アジアをはじめとする世界の富
裕層の増加などによるビジネス機の増加も見込
まれる結果,航空交通管制の取り扱い機数の増
加が見込まれる[6]。
��� 航空機技術等の変化
航空機技術もゆるやかに進展することが考え
られ,定期旅客運航する有人機についても,現
在パイロット 2 名が必要とされているが,自動
化・省力化のための技術開発やシステムの信頼
性の向上により,パイロット 1 名での運航が可
能となることが考えられる。さらには,貨物輸
送分野を中心として無人機の普及が進む可能性
もある。そのために必要とされる機体やエンジ
ンに対する故障検知や,不具合対応を迅速に行
うためのモニタリング技術に必要な空地間の通
信が大幅に増大する。
今後,垂直離着陸機などの高い運動性能を持
つ機体の使用が促進されるとともに,超音速機
などの高速機,高い燃料効率特性を持つオープ
ンローター機,電動機などの低速機が飛行する
可能性があり,一般の空域においても運航速度
域が大きく異なる航空機が共存する。航空機の
サイズもバリエーションが増え,多様な需要に
合わせた大型から小型まで色々なサイズの航空
機が同一の空域を飛行するようになる。
機体の制御方式も,飛行制御コンピューター
(FMC)の更なる高度化により,効率の良い運
航が可能になるとともに,機材の軽量化のため
のフライバイワイヤレス方式の採用が考えられ
る。低騒音旅客機やグリーン燃料を用いた低環
境負荷の航空機により,都市部上空を飛行する
ときの環境問題が軽減される。
空港設備技術も,変化する航空機や高密度運
航に合わせて進化する。例えば,進入経路の後
方乱気流やウインドシアの検知システム,視界
0 でも航空機の誘導路走行を可能とする空港面
全体を走行する全自動トーイングシステムが開
発運用される。航空機・車両及び空港面の異物
に対する監視技術が向上し,空港面の管理の自
動化や情報化が進む。これらの結果,空港面及
び周辺空域の交通流の高密度化・効率化が進む。
一方で,
需要の多くない空港や時間帯において,
監視・通信・制御技術の向上により,遠隔地か
らの空港管制が可能になり,地方空港などの管
理効率化が進む。
��� CNS の変化
航 空 の 運 航 を 支 え る 通 信 航 法 監 視 (CNS:
Communication, Navigation and Surveillance)シス
テムにおけるも進展が見られる。まず航法では,
測位精度が向上した次世代の全地球航法衛星シ
ステム(GNSS: Global Navigation Satellite System)
の利用が促進され,従来航法施設の縮退が進み,
全ての航空機が航法機器として GNSS を用いる
ようになる。さらには曲線精密進入などの高度
運航が行われる。従来は気圧高度が用いられて
いた垂直方向の航法に関しても低高度を中心に
GNSS が航法装置として用いられるようになっ
ている。
監視では,航空機が航法装置を用いて測位し
た位置を送信する受動型監視が主流となり,現
在使われているレーダーはバックアップとして
使用される。また,航空機のインテント情報の
取得や航空機同士の監視も広く行われ,より効
率的で安全な運航が行われる。衝突防止に関し
ては航空機衝突防止システム(ACAS: Airborne
Collision Avoidance System)の機能改善により,
信頼度向上や自由度の多い水平回避が実現され
る。
通信では,大容量・高速化が進み,空地間に
おける気象情報など安全で効率的な運航に必要
十分な情報のやり取りが可能となる。非常時を
除いて音声通信の利用は減少し,すべての飛行
フェーズにおいてデータ通信が主として用いら
れる。航空管制における情報通信の重要性が増
すとともに,セキュリティ強化のための技術が
航空無線通信においても導入される。
航空機の運航に必要な情報共有基盤が整備さ
れ,セキュリティを保ちながら,乗客,航空会
社,管制機関などのステークホルダー間での情
報共有がスムーズに行えるようになる。
��4 航空交通管理の変化
飛行する航空機の種類の多様化に伴い,多様
な運航方式に対するニーズが高まる。一部の小
型機を除いては,TBO:といわれる,離着陸を含
めすべてのフェーズにおける航空機の自動制御
が実現し,航空機は非常に高い精度で決められ
た軌道を計画通りに飛行できるようになる。燃
料効率における最適な軌道は航空会社や機種毎
に異なるものの,出発時刻等を飛行計画段階で
調整しておくことにより,ほぼ最適な軌道で飛
行しながらも,異常接近等の問題が発生しない
飛行が可能となる。
極端気象時を除いた天気予報の精度が向上し,
天候を原因とする事前に作成した飛行軌道の変
-2-
電子航法研究所研究発表会(第14回平成 26年6月)
更がほとんどなくなる。航空機のモニタリング
技術の向上により,機体やエンジンの故障及び
不具合などによる飛行軌道の変更は減ると予想
されるが,旅客の都合による出発時刻などの変
更は依然として残る。
飛行経路や飛行方式の設定の柔軟性が増すこ
とにより,騒音被害を分散化させるため航空機
毎に異なる飛行経路を割り当てるなどの運航が
可能になる。その結果,種々の航空機が異なる
軌道で飛行することが予想されるため,管制作
業の複雑さが増すものの,低騒音機の導入と合
わせて都市部上空を低高度で飛行する進入や出
発方式が可能となる。
管制の自動化が推進され,異常接近回避など
の問題の管制官のタスクの多くを,自動システ
ムが解決することが期待される。その結果,多
くの航空機が異なる飛行方式で飛行していても,
管制官が交通流を直接制御する機会が減少する。
しかも,自動化システムが故障した際の,バッ
クアップシステムの活用など人間を含めたシス
テムのレジリエンスは確保されている。
4.実現するための技術開発
3 章で述べた予想される航空交通を実現する
ために必要な航空交通管理やそれを支える航空
通信・航法・監視技術に関する開発課題として
は数多く存在する。GANP の中でも各分野にお
けるロードマップを策定している。その一例と
して図 3 に空地間通信のロードマップを示す。
今回,当所で提案しようとするロードマップは,
必要な要件だけでなくできるだけ解決できる技
術開発課題を提示することを目指している。
航空機技術の進歩に対しては,無人機やパイ
ロット 1 名運航に必要な航空機モニタリングの
ための通信技術や非常時の操縦技術の開発,航
空機同士の監視による安全性の向上や衝突回避
技術の開発,さらに,操縦に専念するための管
制との交信時間を減らす技術の開発,並びに,
多様な機体特性に対応した管制支援ツールの開
発という課題がある。
空港設備技術の開発では,空港面異物探知レ
ーダーの開発や空港面における機上・地上の協
調による地上自動走行誘導・管制技術の開発,
さらには,後方乱気流の検出システムや無人ト
ーイングシステムによる空港面誘導の自動化技
術の開発などの空港施設に関する技術の開発も
必要となる。
CNS 技術では,航空需要の変化に対応した高
密度運航を可能とする TBO 技術の確立や CNS
システムの機能,信頼性及びロバスト性の向上
が要求される。例えば,GNSS に対する脆弱性
を解決するための代替え航法に対して,従来の
DME-DME/INS システムでは達成していない
GNSS 相当の精度が将来の高密度運航では求め
られる。また,監視システムにおいても,機上
システムを含めた ADS-B や SSR モード S シス
テムの信頼性向上が必要となる。通信システム
においては,管制官-パイロット間データリン
ク通信(CPDLC)などにおいて,セキュリティの
面からも,なりすましなどを防ぐ技術の向上な
どの高い信頼性技術と,そのための高速化・大
容量化技術が望まれる。
航空交通管理に関して,短期的には地方空港
の利便性向上のためのリモートタワーや SBAS
による精密進入方式を実現する技術開発,及び
回転翼機の就航率の向上を図る離発着運航方式
である Point-in-Space 方式や低高度 RNP-0.3 運航
支援技術の開発がある。
長期的には,上空通過機のためのフローコリ
ドーによる空域分離が可能となる技術開発,
TBO を可能とさせる,飛行前及び出発から到着
までの任意の時点における,空港面,ターミナ
ル及びエンルート交通流を含め,同期した安全
で効率的な軌道に対する予測,制御技術の開発
がある。また,進入出発時における,天候等に
よる時間替わり経路を設定誘導する技術の開発,
極端気象及び乗客の都合による運航時刻の突然
の変更に対応した飛行時における FMS 入力が
可能な高信頼性の通信システムの開発がある。
管制システムのレジリエンス確保のための,
管制官が直観的に理解しやすく,従来型の管制
方式と相互に移行することが容易な表示技術及
び交通流の時間管理ツールの開発がある。また,
図 3:ICAO GANP 記述された空地間データ通信に
関するロードマップ
-3-
電子航法研究所研究発表会(第14回平成 26年6月)
ステークホルダー間の情報を共用し,必要とさ
れる人に分かりやすく提示するための情報イン
フラの構築することも必要である。
5.ENRI にお�る研究の方向性
安全で環境にも優しい効率的な航空交通の実
現のためには,ATM/CNS の分野に限っても,
必要とされる技術開発分野は多岐にわたる。こ
れら分野に対して,当所単独ですべての研究分
野を網羅することは,非常に難しく,行政を支
援するための短期的な研究分野も合わせて行う
必要もある。
ATM/CNS の研究分野は,今までは大学など
では行っていない分野であったが,航空局の航
空交通データの公開や当所の研究の公募などに
より,大学でも興味を示す大学も多くなってき
ている。大学などにおいては,主として基礎的
な分野を行っており,当所の長期的研究分野と
適合性がある場合が多く,これらの大学などと
共同研究を行って行く必要があると考える。
今後,当所としても,重点的に行う分野の決
定に際し,多くの人たちと話し合いと進めなが
ら,
効率的に進められる分野及び体制を検討し,
研究を精力的に進める予定である。
6.まとめ
ATM/CNS シ ス テ ム の 進 む べ き 道 と し て
GANP が 2013 年 9 月の ICAO 総会において承認
された。2013 年 3 月には航空局の CARATS の
プログレスレポートが発行され,ロードマップ
も改訂されたとともに,一層の確実な航空交通
管理システムの進捗を図ることとなった。当所
においても,2013 年 2 月にアジアでも最大級の
ATM/CNS に関する研究集会である EIWAC2013
を開催し,多くの研究者を集めた議論が交わさ
れ,このワークショップの中においても,今後
の長期的な ATM/CNS 技術の方向性が示された。
平成 20 年に策定し,平成 23 年に改訂した電
子航法研究所の研究長期ビジョンも,それに合
わせて新たな見直しが必要とされており,その
ための活動を開始している。
このような状況下において,当所としても,
なお一層航空交通管理に関する研究の促進を行
うことにより,アジアを代表する研究機関とし
ての地位を確立するとともに,航空行政及び関
係学会並びに国民生活に貢献する存在として努
力する所存である。
参考文献
[1] ICAO: “2013-2028 Global Air Navigation
Plan”; Doc. 9750-AN/963 Forth Edition, ICAO,
Montreal, Quebec, Canada, Oct. 2013
http://www.icao.int/Meetings/a38/Documents/GAN
P_en.pdf
[2] 将来の航空交通システムに関する推進協議
会: “将来の航空交通システムに関する推進協
議会平成 24 年度活動報告書”;, 将来の航空交
通システムに関する推進協議会, 国土交通省
航空局,平成 25 年 3 月
http://www.mlit.go.jp/common/000993375.pdf
http://www.mlit.go.jp/common/000993376.pdf
[3] 電子航法研究所研究長期ビジョン検討委員
会: “電子航法研究所の研究長期ビジョン報告
書”: 独立行政法人電子航法研究所 研究長期
ビジョン検討委員会,電子航法研究所,東京
調布,平成 20 年 7 月
[4] 電子航法研究所研究長期ビジョン検討委員
会 : “ 電子航法研究 所の研究 長期ビジョ ン
(2011 年版) 報告書”: 独立行政法人電子航法
研究所 研究長期ビジョン検討委員会,電子航
法研究所,東京調布,平成 23 年 3 月
http://www.enri.go.jp/news/osirase/pdf/choki_ver
1_1.pdf
[5] ICAO: “Working Document for the Aviation
System Block Upgrades”; ICAO, Montreal,
Quebec, Canada, July 2012
[6] ICAO: "Global Air Transport Outlook to 2030
and trends to 2040", Cir333, AT/190, ICAO,
Montreal, Quebec, Canada, Sep. 2013
-4-