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外科手術と化学療法で治療した頭蓋内髄膜腫の犬の1例

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外科手術と化学療法で治療した頭蓋内髄膜腫の犬の1例
田村
慎司1)
田村由美子1)
菅原
淳也2)
堀由
布子3)
菅原
雅俊4)
内田
和幸5)
(受付:平成19年1月5日)
A dog with intracranial meningioma treated by surgery and chemotherapy
SHINJI TAMURA1),YUMIKO TAMURA1),JUNYA SUGAHARA2),
YUKO HORI3),KAZUYUKI UCHIDA4)
1)Tamura Animal Clinic
7-16 Yoshimien, Saeki-ku, Hiroshima, 731-5132
2)Pet Clinic Trinity
3530-1 Shimoosaba, Yamaguchi, 753-0212
3)Tao Animal Hospital
10-12 Nagatsuka-4chome, Asaminami-ku Hiroshima, 731-0135
4)Sugahara veterinary hospital
2-12-11, Asae, Hikari, 743-0021
5)Department of Agriculture, Miyazaki Univercity
1-1 Gakuenkibanadai, Miyazaki, 889-2192
SUMMARY
A 11-year-old neutered male golden retriever was referred to us because of generalized seizure. A mass
in the right convexity was noted on brain magnetic resonance images. The mass was strongly enhanced
after contrast administration and had dural tail sign, so this lesion strongly suggested meningioma. The
lesion was resected surgically, and diagnosed pathoilogically as meningioma. Hydroxyurea was
administered as additional chemotherapy for 14months after surgery. There were no recurrent tumor on
MRI at 7 months after surgery. The dog was died 20 months after surgery because of fever of unknown
cause and hematourea. The dog had seizure only 3 times and good QOL after surgery, and the owner was
satisfied with the prognosis.
要
約
11歳,去勢済雄のゴールデンレトリバーが,1カ月に数回のてんかん発作を主訴に来院した.
神経学的検査で左前後肢の姿勢反応の軽度低下が認められた.MRI検査では,右大脳円蓋部の実
質外に,均一で強い増強効果と硬膜尾徴候を伴う腫瘤が認められ,髄膜腫が疑われた.吻側テン
ト開頭術と経前頭洞開頭術変法を組み合わせて腫瘤を肉眼的に完全に摘出した.手術直後のMRI
検査でも残存腫瘍は認められなかった.摘出標本は病理組織学的に髄膜腫と診断された.術後は,
ハイドロキシウレアによる化学療法を14カ月間にわたり実施した.術後7カ月目のMRI検査で腫
瘍の再発は認められなかった.術後20カ月目に,原因不明の発熱と血尿があり,対症療法を実施
1)たむら動物病院(〒731-5132
広島県広島市佐伯区吉見園7−16)
2)ペットクリニック・トリニティー(〒753-0212
3)たお動物病院(〒731-0135
山口県山口市下小鯖3530−1)
広島県広島市安佐南区長束4−10−12)
4)菅原獣医科医院(〒743-0021
山口県光市浅江2−12−11)
5)宮崎大学農学部(〒889-2192
宮崎県宮崎市学園木花台1−1)
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したがその甲斐なく死亡した.術後は,死亡するまでに散発的な軽度のてんかん発作が3回あっ
た他は良好に経過し,腫瘍の再発を疑わせる神経症状の悪化は認められなかった.よって,治療
に対する飼主の満足度は非常に高かった.
犬の髄膜腫の化学療法に関しての報告はほとんどなく,そのため充分な検討がなされていない
と思われるので,集学的治療の一部として引き続き検討する価値があると考えられた.
表1
は じ め に
列1
犬の脳腫瘍の発生率は,10万頭に約14頭と,人の約2
RBC
術前
化学療法前
列2
×104μl
g/dl
593
663
14.4
17.1
PCV
40
50.8
MCV
69
76.6
会の少なくない疾患である.また7歳以上での初発のて
MCH
24.3
25.8
pg
んかん発作の原因の第一位は脳腫瘍であると考えられて
MCHC
38.7
33.7
g/dl
いる2).
WBC
15700
11300
/μl
38.7
34.3
−3倍の高い発生率といわれている1).この統計は20年
Hb
前のものであり,獣医療が発展し犬の寿命が延長した現
在ではこの発生率はもっと高いと予想され,遭遇する機
%
fl
BUN
9.2
×104/μl
mg/dl
で完全な外科摘出で根治可能と考えられている.猫でも
Cre
0.6
mg/dl
人と同様とされるが,犬ではやや浸潤性が高く,外科的
ALT
27
IU/l
な完全摘出や根治が困難であるとされている3).そのた
ALP
396
IU/l
め,現在犬の髄膜腫に対しては,摘出可能な場合は外科
Alb
Pratelet
髄膜腫は脳腫瘍の一種であり,人医域では多くが良性
3
g/dl
摘出が第一選択で,そうでない場合はステロイドなどに
T-Cho
243
mg/dl
よる対症療法,放射線療法および,これらの組み合わせ
Glu
115
mg/dl
Na
152
mEq/l
K
4
mEq/l
によって治療されている4).
今回,髄膜腫の犬の症例に対し,外科手術と,人の髄
Cl
119
mEq/l
膜腫の治療で用いられるハイドロキシウレア5,6)による
Ca
10
mg/dl
化学療法を組み合わせて治療したところ,良好な経過が
CRP
0.95
mg/dl
得られたので報告する.
材
料
11歳,雄,去勢済みのゴールデンレトリバー(体重
39.9kg)が,2年前から始まったてんかん発作の間隔
が短縮し,最近は1カ月に数回の発作が認められるとの
主訴で紹介来院した.フェノバルビタール60mg/head sid
を内服中であった.神経学的検査では左前後肢の姿勢反
応の低下が認められた.血液・生化学検査(表1),胸
部X線検査では特に異常所見は認められなかった.頭部
MRIでは,右大脳円蓋部の脳実質外に,T1強調像で周囲
脳実質と等信号,T2強調像でやや高信号の腫瘤が認め
られた.腫瘤は造影剤の静脈内投与で強く均一に増強さ
れ,腫瘤周囲の髄膜の増強効果を意味する硬膜尾徴候が
写真1
認められた.また,右大脳白質には浮腫が認められた(写
症例の頭部MRI Gd増強T1強調横断像.矢頭:
腫瘤,矢印:dural tail sign.
真1).以上の画像的特徴から,髄膜腫が疑われた.
飼主との治療法の相談にあたり,対症療法,外科手術,
方
放射線療法,化学療法およびそれらの組み合わせを提案
法
した.積極的な治療を希望されたが,放射線療法につい
まず,症例にメデトミジン(20μg/kg)
,ミダゾラム
ては実施可能な施設へのアクセス面,頻回の麻酔がネッ
(0.3mg/kg)を混合して筋肉内注射後,ペントバルビ
クとなり,開頭手術と化学療法の組み合わせを選択され
タールナトリウム(4mg/kg)を静脈内投与して喉頭反
た.
射が完全に消失してから気管挿管した.維持麻酔はイソ
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フルランを用い,気管挿管後は呼吸バッグを用手にて操
中型・楕円形を呈し,やや不明瞭な核小体を1−2個有
作してPaCO2を30-35mmHgで維持した.マンニトール
した.マイトーシスは稀であり,壊死巣はなかった.以
(0.5g/kg)を静脈内投与し,15分後にフロセミドを0.5
上の組織学的所見から,髄膜上皮型の髄膜腫と診断され
mg/kg静 脈 内 投 与 し た. 続 け て, ア ン ピ シ リ ン (30
た(写真3).
mg/kg),コハク酸メチルプレドニゾロン(500mg/head)
術後は皮膚縫合から3時間で起立した.右の鼻孔から
を静脈内投与した.頭皮を馬蹄形に切開し,頭蓋骨から
薄い出血が少量みられたが,5時間程度でみられなく
側頭筋を剥離した.頭蓋骨の厚さが17mmと厚かったた
なった.術後18時間でほぼ正常な歩様となり,少量の食
め,通常開頭操作で用いるクラニオトームが使用出来ず,
事を食べさせた.1週間の入院後,退院とした.3肢に
ラウンドバーを用いて吻側テント開頭術を行った.開頭
みられた姿勢反応のわずかな低下は改善したが,全経過
後,硬膜を切開すると腫瘤が肉眼的に確認された(写真
を通し消失しなかった.
2).吻側テント開頭術のみでは腫瘤の露出が不充分で
病理組織学的検査の結果をふまえ,抜糸後,ハイドロ
キシウレアによる化学療法を開始した.用量,副作用発
生時の対処法は,慢性骨髄性白血病の治療法を参考にし
た7).すなわち,50mg/kg/head sidを週3回経口投与し,
2週間に一回のCBCチェックを行った.投与開始時の総
白血球数は11600/μlで(表1),投与開始から14週目に
総白血球数が5900/μlとなり,投与量を33mg/kgとした
が,16週目に6700/μlとなり,50mg/kgに戻した.総白
血球数が6000/μlを切ったのは第14週のみで,投与量の
変更もこの時のみであった.また,フェノバルビタール
は 術 後 2 週 間 は 30mg/head bid, 次 の 3 週 間 は 朝 15
mg/head,夕30mg/headと漸減し,その後は15mg/head bid
で維持した.術後7カ月目に軽度のてんかん発作が認め
られたためMRIを実施したが,腫瘤の再発は認められず,
写真2
大脳白質の浮腫は消失していた(写真4).術後14カ月
術中所見.硬膜切開により,腫瘤と脳実質が露
出された.
あったため,前頭洞を後方から一部開放したところ,腫
瘤と脳実質の境界の全周を確認できた.脳実質を損傷し
ないように腫瘤を摘出後,止血し,硬膜の欠損部は人工
硬膜で補填した.手術直後のMRIでは,腫瘤の取り残し
は認められなかった.摘出した腫瘤は,病理組織学的に
検索された.その結果,硬膜直下において腫瘍細胞が渦
巻き状に配列し,その中心にはしばしば砂粒体が認めら
れた.髄膜上皮由来の腫瘍細胞は中型・紡錘形で,核は
写真4
術後7カ月目の頭部MRI横断像.Gd増強T1強
調像,腫瘍の再発は認められない.
目に,膿皮症の悪化が認められ,ハイドロキシウレアの
投与中断で改善した.ハイドロキシウレアの報告されて
いる副作用として膿皮症が無いため,両者に関連性が
あったかどうかは不明であったが,この時点で投与を終
了とし,以降は無治療で経過観察した.
術後20カ月目に原因不明の発熱と血尿で紹介元の病院
に来院した.血液検査では白血球増加症以外に異常所見
写真3
摘出された標本.髄膜上皮型の髄膜腫と診断さ
れた.ヘマトキシリン・エオジン染色,100倍.
はなく,血尿の原因は不明のままであったが飼主はそれ
以上の検査を望まれず,対症療法を行ったが,その甲斐
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なく死亡した.術後は20ヶ月間で合計3回の散発的な軽
ハイドロキシウレア投与終了から6ヶ月が経過してお
度のてんかん発作がみられたのみで,死亡直前にも,腫
り,ハイドロキシウレアの副作用とは考えられなかった.
瘍の再発を疑わせるような神経症状の悪化は認められな
さらに,神経症状の悪化も認められなかったため,髄膜
かった.
種の再発とも考えられなかった.そのため,飼主の治療
考
に対する満足度は非常に高かった.
察
髄膜腫の治療法別の予後が幾つか報告されている.生
頭蓋内腫瘍では,その位置によって臨床症状が異なる.
存期間の中央値は,コルチコステロイドによる対症療法
本症例では,右頭頂葉に発生した髄膜種により,左前後
では約3.9カ月,外科手術のみでは約7カ月,外科手術
肢および右後肢の姿勢反応の低下が認められた.てんか
と放射線の組み合わせでは約18カ月などとの報告があ
ん発作は,腫瘍による大脳皮質の圧排や腫瘍周囲の浮腫
る4).しかし,これらの値は発生部位,診断時の腫瘍の
により生じ,しばしばテント上に発生した脳腫瘍の唯一
大きさ,年齢,腫瘍の組織学的サブタイプなどが考慮に
の臨床症状である.神経学的検査結果が右大脳の障害を
入れられておらず,単純に数字のみを比較出来ない.本
示唆したこと,年齢が11歳と高齢であったこと,ゴール
症例では,外科手術に化学療法を組み合わせることで,
デンレトリバーという好発犬種であることから,右大脳
外科のみでの生存期間中央値である術後7カ月目には腫
の髄膜種が疑われ,MRIで右大脳円蓋部の実質外に腫瘤
瘍の再発は認められず,QOLを保ちながら20カ月間生
が確認された.
存した.しかし,外科手術単独で22ヶ月生存した例も報
本症例では,腫瘍の前半部分が前頭洞の内側に位置し
告されており,肉眼的に全摘出されていた本症例に対し
ており,本来,吻側テント開頭術に加え前頭洞全体を切
てのハイドロキシウレアの投与の効果を論ずる事は出来
3)
除する拡大吻側テントアプローチの適応となる .しか
ない.
し,通常の吻側テントアプローチに加えて前頭洞の内板
髄膜腫を含めて犬の脳腫瘍に対する化学療法に関して
のみ切除することで腫瘍の全周を露出でき,摘出可能で
は報告が少なく,充分な検討がなされていない4).少数
あった(写真5)
.その結果,術後に顔貌の変化は認め
の報告で犬の髄膜腫に対してロムスチン,カルムスチン
られず,前頭洞の容積が大きい大型犬では腫瘍の位置と
が用いられているが明らかな有効性は認められていな
大きさによっては有用な開頭法であると考えられた.
い8).今後は,髄膜腫の犬の症例に対し,単独で,ある
今回化学療法に使用したハイドロキシウレアは,人の
いは集学的治療の一部として,ハイドロキシウレアによ
髄膜腫で使用されている代謝拮抗薬であるが,人では必
る化学療法を実施する症例数を増やし,用量やその効果
ずしも著効を示すものではない5,6).犬では慢性骨髄性
に関してさらに検討していく必要があると考えられた.
白血病,多血症などの治療で使用されており,犬におけ
る薬用量,副作用などに関するデータも存在する7).最
参 考 文 献
近では,犬の髄膜腫を外科摘出した後にハイドロキシウ
1)Kornegay JN.: Central nervous system neoplasia, In
レアを投与して有効であったとする海外の学会報告もあ
Contemporary Issues in Small Animal Practice: Neuro-
8)
る .一方,副作用の骨髄抑制は一般に言われている通
logic Disorders, Kornegay JN ed, 79-108, Churchill
りCBCをモニターすることで回避でき,特に問題とはな
Livingstone, New York, (1986)
らなかった.したがって,本症例では50mg/kgという投
2)Fenneer WR.: Disease of the brain, In Textbook of
Veterinary Internal Medicine: Diseases of the Dog and
与量は少なくとも過剰ではなかったと考えられた.
Cat ed 5., Ettinger SJ, Feldman EC eds, 552-602, WB
本症例の死亡原因についての詳細は不明であった.ハ
Saunders, Philadelphia, (2000)
イドロキシウレアの副作用として,軽度の骨髄抑制など
7)
が報告されているが ,血尿は報告されていない.また,
3)Bagley RS.: Treatment of important and common
diseases involving the intracranial nervous system of
dogs and cats, In Fundamentals of Veterinary Clinical
Neurology Bagley RS, 303-322, Brackwell Iowa Ames
(2005)
4)Adamo PF, Forrest L, et al.: Canine and feline
meningiomas: Diagnosis, treatment, and Prognosis,
Compendium 26, 951-960 (2004)
写真5
A:拡大吻側テント開頭術は,吻側テント開頭
術に加えて前頭洞全体を切除する. B:本症
例で用いた開頭範囲は,通常の吻側テント開頭
術はaの範囲を開頭するが,今回はbの部分の
骨切除を追加する事で腫瘍の全周を露出出来
た.
5)Warren P, Mason MD, et al.: Stabilization of disease
progression by hydroxyurea in patients with recurrent or
unresectable meningioma. J Neurosurg 97:341-346
(2002)
6)Marc C, Chamberlain MD.: Intracerebral Meningiomas.
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広島県獣医学会雑誌
22(2007)
Current Treatment Opinions in Neurology 6:297-305
(2004)
訳, 1179-1187, インターズー,東京(2005)
8)Berg
7)Couto CG.: 白血病, Inスモールアニマル・イン
ターナルメディスン第3版,長谷川篤彦,辻本元監
− 38 −
J:
Canine
meningiomas:
other
approaches:
hydroxyurea and ultrasonic aspiration (CUSA). ACVIM
Forum, 340-342 (2004)
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