犬の膀胱腫瘍(移行上皮癌)

北海道大学動物医療センター外科/腫瘍診療科
動物の腫瘍 インフォメーション・シート ④
犬の膀胱腫瘍
膀胱腫瘍とは、膀胱内貼りの粘膜から発生する腫瘍で、血尿などを起こします。
犬の膀胱腫瘍のうちの多くは「移行上皮癌(いこうじょうひがん)」とよばれる
悪性腫瘍ですが、良性の腫瘍や、慢性の膀胱炎によるポリープなどもみられる
ことがあります。良性のものは、基本的には手術で切除すれば完治可能です。
ここでは、主に悪性の移行上皮癌について、検査法や治療オプションをご説明
します。治療法を選択していただく際に参考にしていただければ幸いです。
1.膀胱の移行上皮癌とは、どんな腫瘍
ですか?治療しなければどうなります
か?
移行上皮癌は、膀胱粘膜の一部か
ら発生する腫瘍で、初期の症状として
は血尿や頻尿などを引き起こします。
症状からは、単なる細菌感染などによ
膀胱尖部
る膀胱炎と区別がつきにくいため、こ
うした症状が続く場合にはきちんと
尿道がつまると…
診断してもらう必要があります。
移行上皮癌は、膀胱の中のどの場
所からも発生しますが、「膀胱三角」
とよばれる、尿管や尿道が膀胱に入る
場所での発生が最も多くみられます。
無治療で腫瘍が進行すると、尿道が閉
塞しておしっこが出せなくなったり、
膀胱三角
尿管が閉塞して腎臓から尿が排出で
きなくなったりすることがあります。
尿管がつまると…
また、膀胱全体が腫瘍で侵されてしま
うと、膀胱が固くなり尿を溜められな
くなり、頻尿が悪化します。残尿感の
ために、膀胱に尿がたまっていないに
もかかわらず、排尿しようとして落ち
着かなくなるしぐさもみられます。尿
の排出が完全にできなくなると、急性
腎不全となってしまいます。
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2.転移するのですか?悪性ですか?
移行上皮癌は、悪性の
腫瘍です。通常はゆっくり
と膀胱の内部で進行しま
すが、リンパ節や肺、骨な
どにも転移します。特に、
リンパ節転移はよく見ら
れますので、膀胱だけでな
く、リンパ節の検査も行う
ことが重要です。
また、移行上皮癌の細
胞は尿中に浮遊していま
すので、診断材料や尿サンプルの採取の際に、皮膚を通して膀胱に直接針を刺
すことで、腹壁に腫瘍が播種してしまうことがあります。このため、極力診断
材料は尿道からカテーテルを挿入して採取します。
3.診断はどんな検査をするのですか?
初診時に実施する検査は、血液検査、尿
検査、お腹の超音波検査、腎臓・尿管・膀
胱・尿道の造影検査、肺のレントゲン検査、
腫瘍の組織生検などです。
膀胱腫瘍があるかどうかは、超音波検
査により膀胱の中を観察することで診断し
ます。超音波検査で膀胱内に腫瘍らしきか
たまりが見つかった場合には、尿道カテー
テルを挿入して病変の組織を吸引し、診断
材料を採取します。通常この検査には麻酔は必要ありません。
採取した腫瘍組織の検査結果は、通常 3~4 日でわかります。ただし、こ
の生検法では、うまく良いサンプルを採取することが難しく、移行上皮癌であ
ったとしても、膀胱炎との診断が出てしまうことがしばしばあります。この場
合、超音波検査で移行上皮癌が疑わしいのであれば、簡単に検査結果をうのみ
にせず、再度組織生検を行う必要があります。
尿管や尿道の造影検査とは、腫瘍によって尿管や尿道が閉塞していないか
を確認する検査です。通常は必要ない検査ですが、症状や超音波検査で閉塞が
疑われた場合には実施されます。
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4.治療法にはどんなものがありますか?
A.膀胱腫瘍が膀胱三角以外にできた場合
まず、膀胱腫瘍が膀胱体部や膀胱尖部(膀胱三角以外の場所)にできている
場合には、外科的に腫瘍を摘出する手術が第一選択となります。膀胱三角さえ
温存できれば、膀胱は全体の 70~80%を切除しても、再生します。術後は一
時的に膀胱が小さくなりますので、頻尿になりますが、1 ヶ月程度で元通りの
サイズに伸展します。
B.膀胱腫瘍が膀胱三角にできた場合
膀胱三角には、尿管・尿道および膀胱に血流を供給している栄養血管や神経
が分布していますので、膀胱三角にできた腫瘍を、膀胱を温存して切除するこ
とは通常不可能です(比較的小さな腫瘍であれば可能な場合もあります)。そこ
で、この場合の治療オプションとしては、膀胱を温存して放射線や内科的な治
療(内服薬や抗がん剤など)で治療する方法か、膀胱を温存せず丸ごと摘出す
る外科的な治療(膀胱全摘出術)のいずれかを選択していただくこととなりま
す。膀胱を温存する方法は、腫瘍を完治させることは困難ですが、進行を抑制
して可能な限り正常な状態で腫瘍と共存することを目的とします。膀胱全摘出
術は、腫瘍が取り切れていれば局所的には根治する可能性がありますが、膀胱
がなくなるため、尿を溜めることができず、常に尿がぽたぽたと漏れ出るため、
おむつをつけての生活となります。
5.膀胱全摘出術とは、どのような手術ですか?
膀胱全摘出術とは、膀胱を一括で摘出し、尿管と尿道をつなぎなおす手術で
す。尿道にも腫瘍が浸潤している場合には、尿管を膣や包皮に開口させ、尿の
出口とします。
術後は持続的に外陰部から尿が漏れ出る状態となりますので、おむつが必
要となります。起こり得る合併症としては、水腎症、尿路の感染症、陰部周囲
の皮膚炎などが挙げられます。この手術だけではリンパ節転移や肺転移は予防
できませんので、術後は内科療法を実施することが必要です。根治の可能性が
あることが最大の利点ですが、現状では術後転移が出てしまうことも多くみら
れ、完治する症例は他の治療法よりは多いものの、全体の半数以下です。
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6.手術せずに内科療法を行うとしたら、どんな治療になりますか?
外科以外の内科的な治療としては、以下の治療を組み合わせます。
1) 抗炎症薬(NSAID)
:本来は鎮痛などを目的に作られた内服薬ですが、
移行上皮癌の増殖を抑える効果もあります。抗炎症薬だけでは腫瘍の長
期コントロールは難しいものの、副作用も少なく、使いやすい内服治療
です。1 日 1 回、ご自宅で内服させてもらいます。
2) ミトキサントロン:抗がん剤の一種で、上の抗炎症薬と併用してより高
い抗腫瘍効果を期待します。3 週間に 1 回、通院で注射投与します。通
常の抗がん剤と同様に、白血球の一時的な減少による細菌感染のリスク
と、投与後の一時的な食欲低下などが副作用として挙げられます。これ
ら副作用は、投与量を調整することにより避けることができます。抗が
ん剤を用いながらも腫瘍の再増大が見られた場合には、別の抗がん剤に
その都度切り替えながら継続します。
3) 放射線治療:膀胱および付近のリンパ節に対して、放射線をあてること
により腫瘍細胞を直接破壊し、進行を抑える治療法です。上記の全身療
法に併用することで、より強力に腫瘍の進行を抑制することができます
が、放射線治療には麻酔が必要です。通常週に 2 回のペースで合計 6 回
治療します。主な副作用としては、一時的な直腸の炎症による軟便など
があります。
7.治療したにも関わらず、尿道や尿管がつまってしまったら、どうしたらよいですか?
尿道や尿管が閉塞してしまった場合、
尿道ステント:円筒状のステントが
治療しなければ腎不全となってしまいま
カテーテル内に収納されています。
す。この場合の治療オプションとしては、
1)膀胱全摘出術により尿路の閉塞を解除す
る、2)ステントなどの処置により膀胱を温
存したまま閉塞部を開通させる、3)尿を外
に出す別のルート(膀胱廔チューブなど)を
設置する、などがあります。尿道の場合には
ステントの他にバルーン拡張も可能です。
膀胱
膀胱
←腫瘍に
よる尿道
狭窄をス
テントで
拡張した
症例。
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尿管閉塞に対する尿管ステント術の例
尿管の閉塞により、
左腎が水腎症となっ
た症例。
←麻酔下にて、経皮的に
尿管ステントとよばれる
細いプラスチックの管を
尿管内に通し、閉塞を解
除しました。尿管ステント
は生涯体内に留置して
おくことができます。
8.各治療法の利点と欠点のまとめ
外科+内科療法
内科療法単独
内科+放射線療法
膀胱機能
温存せず(おむつ)
温存
温存
治療成績
平均約 1~1.5 年
平均約 1 年弱
平均約 1~1.5 年
長期生存する症例
いる
少ない
いる
完治する症例
半数以下
いない
ごく少数
治療コスト
\\\
\\
\\\
侵襲性
侵襲的/合併症リスク
なし
なし
麻酔の必要性
あり
なし
あり
尿管・尿道の閉塞 腫瘍による閉塞は、通 腫瘍で閉塞した場合には、ステン
常起こらない
トなどの処置で対処が必要。
このしおりでは、犬の膀胱の移行上皮癌における一般的なガイドラインを
ご説明しましたが、実際のベストな治療は個々の症例や飼い主様のご事情に合
わせて選択していただく必要があります。ご不明な点やご不安な点はご遠慮な
く担当医にお尋ねください。このしおりが飼い主様のご参考になれば幸いです。
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