横浜の海の生物相の変遷―長期モニタリング結果から― ○村岡 麻衣子、阿久津 卓(横浜市環境科学研究所) 横 浜 市 が 行 っ た 海 域 の 生 物 相 モ ニ タ リ ン グ 結 果 か ら 、沿 岸 域 の 魚 類 と 底 生 動 物 、海 岸 動 物 の 変 遷 を 整 理 し た 。魚 類 の 優 占 種 は ハ タ タ テ ヌ メ リ 、 テ ン ジ ク ダ イ 、 コ モ チ ジ ャ コ 等 で 約 30 年 の 間 に 大 き な 変 化 は な か っ た 。底 生 動 物 は 、底 層 の 溶 存 酸 素 が 低 く な る 夏 か ら 秋 に か け て 種 類 数 が 減 り 、冬 季 か ら 初 夏 に 貝 類 等 の 出 現 に よ り 種 類 数 が 回 復 し て い た 。岸 壁 に 付 着 す る 海 岸 動 物 は 、外 来 種 が 今 ま で に 1 5 種 確 認 さ れ た 。 1 はじめに 横 浜 市 で は 、海 域 に お け る 生 物 相 の モ ニ タ リ ン グ 調 査 を 19 7 3 年 か ら ほぼ 3 年に一回の頻度で継続してきた。この調査は、水質汚濁の状況 を化学的な項目だけではなく、生物の視点で評価することを目的とし ている。また、市民の方々に環境への興味を持っていただく一助とし て、生物の生息状況を報告書「横浜の川と海の生き物」として取りま とめ、公表してきた。 ここでは、長年の調査結果から、沿岸域の魚類相の変遷、底生動物 からみた底質環境について報告する。海岸動物は、魚類や底生動物と 比べて外来種の出現が特徴的だったため、外来種に焦点をあてる。 2 調査方法 2 .1 使 用 デ ー タ 横 浜 市 の 生 物 相 調 査 報 告 書 1 )2 ) を 用 い た 。 2008~ 2010 年 の 底 生 動 物の結果は、九都県市首脳会議環 境問題対策委員会水質改善専門部 会の東京湾底質調査の報告資料3) を 用 い た 。海 域 の 水 質 に つ い て は 、 公共用水域の水質測定結果を使用 した。 凡例 魚類 ◆ 底生動物 ● 海岸動物 ▲ F-1 F-2 F-3 M-1 M-2 M-3 M-4 S-1 S-2 S-3 S-4 本牧沖 根岸湾沖 富岡沖 鶴見川河口 横浜港内 磯子沖 金沢湾湾口 鶴見川河口 山下公園前 堀割川河口 夏島岸壁・野島海岸 図 -1 調査地点図 2 .2 調 査 項 目 と 調 査 地 点 調査地点を図-1に示す。沿岸域の魚類は、本牧沖、根岸湾沖、富 岡沖の 3 地点で、小型底引き網を使って海底付近に生息する魚を採取 した。底生動物は、鶴見川河口、横浜港内、磯子沖、金沢湾湾口の 4 地 点 で 、エ ッ ク マ ン ・ バ ー ジ 採 泥 器 で 海 底 の 泥 を 採 取 し 、0. 5 ㎜ の ふ る い上に残った生物を同定・計数した。海岸動物は、鶴見川河口、山下 公園前、堀割川河口、夏島岸壁・野島海岸の 4 地点で、岸壁に付着し た生物を剥ぎ取り、または観察して同定した。方法の詳細は、報告書 に記載された通りである。 3 結果 3 .1 沿 岸 域 の 魚 類 相 1 9 7 6 年 か ら 20 0 9 年 ま で の 調 査 で 、 13 3 種 の 魚 類 が 確 認 さ れ た 。 各 調 査 で の 出 現 種 数 と 優 占 種 ( =個 体 数 が 多 い 種 ) の 変 遷 を 表 - 1 に 示 す 。 個体数が多かったのは、ハタタテヌメリ、テンジクダイ、コモチジャ コ、マコガレイ、シログチ(イシモチ)等であった。特にハタタテヌ メ リ は 毎 回 、 テ ン ジ ク ダ イ は 10 回 中 9 回 で 、 個 体 数 が 3 位 以 内 に 入 っ ており、優占種には大きな変化がなかったといえる。また、個体数の 上 位 3 種 が 総 個 体 数 に 占 め る 割 合 は 6 9 ~ 9 1% と 高 く 、 特 定 の 魚 種 だ け が 多 い 傾 向 も 続 い て い た 。個 体 数 は 少 な い が 、横 浜 の 海 で は シ ロ ギ ス 、 マアジ、マアナゴといった食卓を賑わす魚も採取されていた。 調 査 地 点 の 水 質 の 変 遷 を み る と 、 磯 子 沖 は 、 CO D が 3 ~ 4 mg / L 前 後 で ほぼ横ばい、表層の全窒素、全リンはわずかに低下傾向にある。底生 の魚からみると、きれいな水質の指標のシロギス、マアジは採れてい るが、泥質を好むハタタテヌメリが優占種であること、砂質を好むイ シ ガ レ イ が 1 9 9 3 年 以 降 ほ と ん ど 採 れ な く な っ て い る こ と か ら 、沿 岸 域 は泥の堆積が進行していと推察される。 表-1 沿岸域の魚類の出現種数と優占種の変遷 調査頻度 3地点の 出現 個体数の上位3種(総個体数に占める割合%) 調査実施年度 調査総数 種数 (回/地点) 1976 1984 1987 1990 1993 1996 5~6 5~6 1 3~5 5~6 8 17 17 3 13 16 24 45 50 34 50 68 58 テンジクダイ(36)、ハタタテヌメリ(18)、シログチ(15) ハタタテヌメリ(56)、テンジクダイ(12)、シログチ(7.0) ハタタテヌメリ(67)、マコガレイ(4.5)、アカハゼ(4.2) テンジクダイ(32)、ハタタテヌメリ(31)、コモチジャコ(8.9) ハタタテヌメリ(77)、テンジクダイ(8.7)、コモチジャコ(5.0) ハタタテヌメリ(78)、テンジクダイ(6.7)、マコガレイ(3.9) 1999 4~5 13 48 テンジクダイ(37)、ハタタテヌメリ(24)、サッパ(12) 2003 6 18 57 テンジクダイ(30)、ハタタテヌメリ(28)、コモチジャコ(22) 2005 2 6 26 カタクチイワシ(57)、テンジクダイ(18)、ハタタテヌメリ(10) 2009 2 6 35 ハタタテヌメリ(50)、テンジクダイ(16)、オキヒイラギ(9.8) 3 .2 底 生 動 物 か ら み た 底 質 環 境 地点により出現種や種数に違いはあるものの、優占種は有機汚濁指 標 種 が ほ と ん ど で あ っ た 。 底 泥 温 度 が 上 が り 、 底 層 ( 海 底 か ら 1m) の DO が 低 下 し 、 貧 酸 素 水 塊 が 発 生 し や す い 8 ~ 9 月 に 種 類 数 が 最 も 減 り 、 そ の 後 生 活 環 の 短 い 多 毛 類 の 個 体 数 が 回 復 し 、 2~ 5 月 に 貝 類 等 の 出 現 により種類数が回復する傾向がみられた。 底 生 動 物 の 出 現 種 数 、総 種 数 に 対 す る 甲 殻 類 比 率 、底 質 の 有 機 物 量 、 優占指標生物の 4 項目から、底質の状態を環境保全度0(生物は生息 不 能 )~ Ⅳ( 良 好 な 環 境 )の 5 段 階 に 評 価 し た 4 )。結 果 を 図 - 2 に 示 す 。 横浜港内は、調査地点の中で環境保全度が最も低く0~Ⅱとなった。 2 00 8 年 と 2 0 1 0 年 に は 夏 季 に 無 生 物 と な っ て お り 、汚 濁 が 進 行 し て い る と考えられた。鶴見川河口は、Ⅰ~Ⅱであった。横浜港内に比して、 C OD や 全 窒 素 、 全 リ ン の 値 は 高 い も の の 、 底 層 の 最 低 DO が 高 い こ と か ら、底生動物の生息環境としては条件がよいと考えられた。金沢湾湾 口は、海水の交換もよく、良好な環境が維持されていた。 Ⅳ Ⅲ Ⅱ Ⅰ 0 3 .3 海 岸 動 物 と 外 来 種 1 9 8 4 年 か ら 2 00 9 年 の 9 回 の 調 査 で 確 認 さ れ た 外 来 種 を 表 - 2 に 示 す 。 こ こ で 示 す 外 来 種 と は 、日 本 生 態 学 会( 2 00 2 )の 外 来 種 ハ ン ド ブ ッ ク 5 ) に掲載された海産及び汽水産の昆虫以外の節足動物、軟体動物、その 他 無 脊 椎 動 物 の 国 外 移 動 種 と し た 。 198 4 年 に は フ ジ ツ ボ 類 3 種 と イ ッ カククモガニ、ムラサキイガイの 5 種であったが、外来種は徐々に増 え 、こ れ ま で の 調 査 で 1 5 種 が 確 認 さ れ た 。地 点 別 に 出 現 種 数 を み る と 、 山 下 公 園 前 1 3 種 、 夏 島 ・ 野 島 海 岸 11 種 、 堀 割 川 河 口 10 種 、 鶴 見 川 河 口 6 種の順で多かった。イガイ類やフジツボ類は侵入の歴史が古く、 固着性も強いため、長年にわたって定着していた。一方、シナハマグ リや移動性が大きいチチュウカイミドリガニの記録は散発的であった。 イ ガ イ ダ マ シ と カ ニ ヤ ド リ カ ン ザ シ は 、 2 00 3 年 か ら 調 査 地 点 と し て 加 えた鶴見川河口で初めて出現した。両者とも低塩分に耐性があり、イ ガ イ ダ マ シ は 本 市 の 河 川 生 物 相 調 査 で も 、鶴 見 川 感 潮 域 で 20 0 8 年 に 初 確認された。これから侵入が予想される生物については、生態や分布 特性に関する情報を集め、調査時季、場所、方法等に注意を払ってい く必要がある。 表-2 海岸動物調査で確認された外来種 和名 学名 節足動物門 Balanus improvisus 顎脚綱 ヨーロッパフジツボ Balanus eburneus 顎脚綱 アメリカフジツボ Balanus amphitrite 顎脚綱 タテジマフジツボ★ 軟甲類 イッカククモガニ Pyromaia tuberculata Carcinus aestuarii 軟甲類 チチュウカイミドリガニ★ 軟体動物門 Crepidula onyx 腹足綱 シマメノウフネガイ Mytilus galloprovincialis 二枚貝綱 ムラサキイガイ★ 二枚貝綱 ミドリイガイ★ Perna viridis Xenostrobus securis 二枚貝綱 コウロエンカワヒバリガイ★ Mytilopsis sallei 二枚貝綱 イガイダマシ★ Meretrix petechialis 二枚貝綱 シナハマグリ★ Petricola sp. cf. lithophaga 二枚貝綱 ウスカラシオツガイ 環形動物門 Ficopomatus enigmaticus 多毛綱 カニヤドリカンザシ★ Hydroides elegans 多毛綱 カサネカンザシ★ 原索動物門 Molgula manhattensis ホヤ綱 マンハッタンボヤ 確認種合計 ★:『外来生物法』で要注意外来生物に指定されている種 調査実施年度 1984 1987 1990 1994 1997 2000 2003 2006 2009 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 5 6 ● ● ● ● ● 7 9 10 10 9 ● ● ● 11 9 4 おわりに 海 域 調 査 と 並 行 し て 実 施 し た 市 内 河 川 の 生 物 相 調 査 で は 、 30 年 前 と 比べて確認された魚の種類は倍以上に増加し、水環境の再生が進んで いることが示されている。一方、汚濁物質が最終的に流れ込む海域で は、富栄養化による赤潮の発生などの課題があり、水質の改善は遅々 として進まず、底質環境は悪化する傾向がみられる。 横 浜 市 で は「 美 し い 横 浜 港 に 向 け て 」の 事 業 を 平 成 23 年 に ス タ ー ト した。浅い海域では、生物の浄化能力を高める取り組みについても検 討している。事業効果の検証のためにも、これまでの調査結果を活か し、確かな同定技術と生活史を考慮した調査回数を確保し、質の高い モニタリング調査を継続していきたい。 引用文献 1) 横 浜 市 公 害 対 策 局 ( 1979) 横 浜 市 沿 岸 域 に お け る 環 境 変 化 と 魚 類 相 2 )横 浜 市 公 害 対 策 局 ほ か( 1 9 8 1 - 2 0 1 0 )横 浜 の 川 と 海 の 生 物 第 3 報 ~ 第 1 2 報 ・ 海域編 3) 九 都 県 市 首 脳 会 議 環 境 問 題 対 策 委 員 会 水 質 改 善 専 門 部 会 ホームページ 4 )七 都 県 市 首 脳 会 議 環 境 問 題 対 策 委 員 会 水 質 改 善 専 門 部 会( 1 9 9 9 )東 京 湾 に お け る 底 生 生 物 調 査 指 針 お よ び 底 生 生 物 等 に よ る 底 質 評 価 方 法 ,全 国 公 害 研 究 誌 vol.25 No.2 5) 日 本 生 態 学 会 編 ( 2002) 外 来 種 ハ ン ド ブ ッ ク , 地 人 書 館
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