九州中部地方の歴史地震

九州中部地方の歴史地震
東京大学 地震研究所
村岸 純・佐竹健治
九州地方の
被害地震
日本の地震活動 第2版
(地震調査委員会、2009)
744年の地震
• 744年6月26日(天平十六年五月十二日) 肥後
• 雷雨と地震が発生したと考えられ、山崩れを地震による
とするとM≒7.0となるか(宇佐美ほか,2013,日本被害
地震総覧)。
• 『続日本紀』○新日本古典文学大系
「癸亥朔、(中略)《庚戌》{(天平十六年五月十二日)}、
肥後国雷雨地震、八代・天草・葦北三郡官舍、并田二百
九十余町、民家四百七十余区、人千五百二十余口、被
水漂没、山崩二百八十余所、圧死人〓余人、并加賑
恤、」
古代・中世地震・噴火史料データベースより引用
※〓文字は四十(増訂大日本地震史料により確認)
744年の地震
• 雷雨と地震が起きた。八代・天草・葦北の3郡で官舎ならび
に田290余町(約290 ha)、民家470余区、人1,520余口水を
かぶり漂没。山崩れ280余、圧死40余出た。そこで救援物
資を与えたとある。
• 被害があった3郡は日奈久断層にほぼ接している。日奈久
断層は八代平野東縁にあって八代海沿岸の平野部を沈
降させてきた断層であるから、史料がこの断層の活動によ
る土地の広範囲な沈降を意味している可能性もある(松田,
1999,地学雑誌)。
• 八代海沿岸では海底遺跡群が知られており、水没は古
代以後で、海水面の上下変動では説明できないものがあ
るという(山崎,1972,熊本史学)。
• これは歴史資料に記された天平十六年地震による土地の
沈降を示唆している可能性があるが、詳細な資料がない
ので大地震の予測は困難である(松田,1999,地学雑誌)
1596年慶長豊後地震
• 1596年9月1日(文禄五〈慶長元〉閏七月九日) 豊後
• M=7.0±1/4(宇佐美ほか,2013,日本被害地震総
覧)
• 七月三日、十六、十七日にも地震。二十三~二十五
日は1日に5~10回の地震。閏七月四、五日地震。
• 大津波が発生。別府湾沿岸に被害。沖ノ浜に4mの
波がきた。
• 府内(大分市)では5000の家が200になった。
1596年慶長豊後地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版)』(日本電気協会,2010)
16世紀に中央構造線沿いで発生した被害地震
岡田(2006,月刊地球 号外)
1619年の地震
• 1619年5月1日(元和五
年三月十七日) 肥後・
八代
• 麦島城(八代)で被害
• M =6.0 ± 1/4 (宇
佐美ほか,2013,日本
被害地震総覧)
• 日奈久断層帯の活動と
の推定もあり (千田,
1979,東北地理)
『日本の歴史地震史
料 拾遺五ノ上』
『新収日本地震
史料 第2巻』
1619年の地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版)』(日本電気協会,2010)
1625年の地震
• 1625年7月21日(寛永二年六月十七日) 熊本
• 地震のため熊本城の火薬庫爆発
• 石垣の一部崩れる
• 死者約50人
• M=5.0~6.0 (宇佐美ほか,2013,日本被害地
震総覧)
1625年の地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版)』(日本電気協会,2010)
1705年の地震
• 1705年5月24日(宝永二年閏四月二日)
阿蘇付近
• 阿蘇で坊の大破・崩れあり
• 熊本の城中は別条なし
『新収日本地震史料 第3巻』
1705年の地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版)』(日本電気協会,2010)
1723年の地震
• 1723年12月19日 (享保八年十一月二十二日)
肥後・豊後・筑後
• 肥後で倒家980軒(うち584軒は半壊)
• 死者2人
• M =6.5 ± 1/4 (宇佐美ほか,2013,日本被害
地震総覧)
• 熊本城内別条なし
• 余震 同日夜九ツ大きい 翌朝まで小震たびたび
1723年の地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版)』(日本電気協会,2010)
1769年の地震
• 1769年8月29日(明和六年七月二十八日) 日向・
豊後
• M=7 3/4±1/4
• 暴風雨も発生していたため被害が分けにくい
• 延岡城の石垣・塀破損・崩れ多し
• 海水の上下あり
• 熊本領内各地で倒家115など被害あり
1769年の地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図
(改訂版)』(日本電気協会,2010)
1844年の地震
• 1844年8月8日(弘化元年六月二十五日) 肥後北部
• 28日まで地震多い
• 久住北里でとくに揺れが強い
• 久住山で6~7カ所崩落
1844年の地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改訂版)』(日本電気協会,2010)
1848年の地震
• 1848年1月25日(弘化四年十一月二十日) 熊本
• 熊本城内石垣損じ、座敷などの壁が崩れる
1848年の地震
『わが国の歴史地震の震度分布・等震度線図(改
訂版)』(日本電気協会,2010)
1889年熊本地震
• 1889(明治22)年7月28日
• M=6.3
• 熊本市付近で被害大
• 熊本城内の石垣崩れ29カ所
• 8月3日の余震大きい
宇佐美ほか(2013,
日本被害地震総
覧)
1889年熊本地震
宇佐美ほか(2013,日
本被害地震総覧)
まとめ
• 熊本周辺地域では、度々被害が発生するほどの大き
な地震が発生していた。
• 本震後も余震と思われる地震が発生しており、地震
活動が収まるまでに時間がかかっていたことがわかっ
た。
• 1596年慶長豊後地震前後の数日のうちに、中央構造
線沿いで被害地震が発生していた。