第 田 上 屋 か わ ら 版 2 9 8 号 平 成 27年 11月 16日 版元 税理士法人 T’s会計 ㈱ ク イ ッ ク ブ ラ ン t[email protected] 野球賭博と「罪刑法定主義」 プロ野球、読売ジャイアンツの選手による野球賭博問題で、11月11日、コミッショナーは賭博を行っていた3人の 選手をいずれも無期の失格処分にしました。また、10月27日には MLB レンジャーズのダルビッシュ有投手の弟がプ ロ野球や MLB を対象に賭博をしたとして逮捕されました。 2020年東京五輪の大会組織委員会が、追加種目として IOC に野球の競技復帰を推薦しており、こうした動きに悪 影響が出ることが懸念されます。また、新国立競技場の建設費の財源の一部として当てにされていたスポーツ振興くじ (toto)のプロ野球への拡大にもブレーキがかかりそうです。 「結果の予測不確実性」 (誰が勝つのか分からないこと)が最大の楽しみの1つであるスポーツにおいて、八百長行為 を誘発する野球賭博行為は厳正な処分を受けるべきでしょう。大の野球ファンである私も非常に憤っています。ですが、 今回の「無期の失格」という処分内容に違和感のある人もいるかと思います。特に、昔プロ野球界で起こった「黒い霧事 件」を憶えている方であれば・・・。実は今回の処分内容には刑法の大原則、 「罪刑法定主義」が大きく影響しているのです。 ◆罪刑法定主義とは 罪刑法定主義とは、どのような行為が犯罪とされ、いかなる刑罰が科せられるか、その具体的内容は事前に法律によっ て規定されていなければならないという刑法上の原則をいいます。 今回のケースでは野球協約の第177条(不正行為)で、選手・関係者の八百長などの不正、自身が出場した試合で賭 けをした場合は「永久失格」処分。第180条(賭博行為の禁止および暴力団員との交際禁止)で、所属球団が関与しな い、または出場していない試合で賭けをした場合は「1年間または無期の失格」処分と定められています。捜査では、八 百長行為への関与はいまのところ認められなかったことから177条「永久失格」の適用はなく、180条が適用され、 世間や野球界への影響を鑑みて、1年間ではなく無期の失格処分を行ったものと思われます。 ◆過去の野球賭博事件 1969年、西鉄ライオンズのエース・池永投手ら6人が八百長関与にしたとされる「黒い霧事件」で永久追放されま した(関与を否定していた池永投手は2005年に処分解除) 。当時、その6人だけでなく、他球団選手のオートレース の八百長参加も発覚するなど波紋を広げました。 MLB 史上1位の通算4256安打を放ったピート・ローズ氏は選手兼任監督に就任後、自軍の試合を対象に金を賭け たとして、1989年に永久追放処分を受けました。26年経ち、コミッショナーは処分撤回に前向きな姿勢を見せまし たが、ローズ氏が監督就任前にも野球賭博を行っていたという新たな報道もあり、予断を許さない状況です。 MLB が野球賭博に厳しい処分を科しているのは、長く暗い影を落とす1919年のワールドシリーズで起きた「ブラ ックソックス事件」の反省からです。この時、八百長への関与でホワイトソックスの選手8人が永久追放となりました。 ◆「電子空間」と罪刑法定主義 10月28日には、電子メールで結ばれた電子空間が刑法の禁じる「賭博場」に当たるかどうかが争点となった別の野 球賭博事件の裁判で、福岡地裁が「賭博場といえない」とする判決を出しており、メールなどでの賭博のやり取りが確認 できても、罪に問えない可能性があります。これについては、罪刑法定主義にのっとった妥当な判決だ(条文に規定がな いのだから)という意見と、インターネットが普及した現代の犯罪に刑法が追い付いていない、刑法改正をという意見の 真っ二つに分かれました。実際、刑法の内容的な改正は1974年以降、40年以上も行われていません。 野球賭博を行っていた巨人の3人の選手は、10日、球団から別々に契約の解除を伝えられました。無期失格処分につ いては、今後の展開次第で永久失格も処分解除もありえますが、たとえ処分解除となっても問題を起こした選手を獲得す る球団もないでしょうから、事実上の“野球界永久追放”ということになります。 「いろいろな人の人生を滅茶苦茶にしてしまった。いくら償っても償いきれないという思いを死ぬまで引きずるだろ う。 」処分を受けた投手の言葉に、今回の事件のすべてが凝縮されているように思います。 (いとう)
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