コスメトロジー研究報告 第 13 号(2005) D-ア ミ ノ 酸 で 評 価 す る 太 陽 紫 外 線 に よ る 皮膚タンパク質の損傷と老化 藤 井 紀 子 京都大学原子炉実験所 【背景と目的】 生体を構成するタンパク質はすべてL-アミノ酸から構成されているが、近年、加齢に伴っ て眼の水晶体、脳、動脈壁、歯、軟骨、皮膚等の代謝の遅い組織のタンパク質中で、本来生体 内には存在しないはずのD−アスパラギン酸(D-Asp)が増加することが明らかとなってきた。 L-アミノ酸から構成されているタンパク質中でL-アミノ酸の光学異性体である D-アミノ酸 が生成されれば、タンパク質の立体構造は大きく変化し、不溶化、凝集が生じ、機能低下を引 き起こすと考えられる。上記の組織ではこの様な一連の変化によって白内障、アルツハイマー 病、動脈硬化が惹起されたものと考えられている。筆者らは水晶体主要構成成分であるα-ク リスタリン中で Asp 残基が著しく D-体化し、同時に異性化(α-Asp →β-Asp)している部位 を発見し、この反転反応がなぜ、生じるのかを詳細に検討した。その結果、1)タンパク質中 の Asp の隣接残基が立体障害の少ないアミノ酸であるとき、Asp 残基が5員環イミドを経由し て反転する。2)タンパク質自身の立体構造が D-Asp を誘導する反応場を形成しているという 機構が明らかとなった。この結果は条件さえ整えば他の組織でも容易に D-アミノ酸が生成さ れるということを示している。申請者らは老化した皮膚に、D-β-Asp が多量に蓄積され、紫 外線照射部位で特にその傾向が著しいことを見いだした。免疫組織染色の結果、D-β-Asp 含 有タンパク質がエラスチンである可能性を示唆したので、エラスチン中に含まれる Asp 残基周 辺と同一配列のペプチドを 3 種類(1)Exson 6: GVADAAAA, 2)Exson 26-1:REGDPSSS, 3) Exson 26-2: AGADEGVR) 合成し、そのペプチドを用いて Asp 残基のラセミ化反応のキネテ イクッスを解析し、皮膚のエラスチン中の Asp 残基がヒトの一生の期間にラセミ化しうるかど うかを検討した。 【結果と考察】 3種類のペプチド中の Asp 残基のラセミ化反応の活性化エネルギーは exon 6 で は 29.0 kcal/mol、 exon 26A-1 で は 26.2 kcal/mol、 exon 26A-2 で は 25.7 kcal/mol で あ っ た 。ヒ ト の 体 温 37℃ で の Asp 残基のラセミ化反応速 度 定 数 k 3 7 は exon 6 で は 、0.71 ×10 - 4 day - 1 、 exon 26A-1 で は 1.17×10 - 4 day - 1 、 exon26A-2 で は 1.52×10 - 4 day - 1 と 算 出 さ れ 、 exon26A-2 で の 速 度 定 数 k 3 7 は exon 6 で の 速 度 定 数 k 3 7 の 約 2 倍 の 値 を 示 し た 。 さ ら に 、 各 ペ プ チ ド 中 で の Asp 残 基 の D/L 比 が ヒ ト の 体 温 ( 37℃ ) で 1.0( 0.99)に 達 す る 時 間 は 、exon 6 で 101 年 、exon 26A-1 で 約 61 年 、exon 26A-2 で 47 年 か か る こ と が 明 ら か に な っ た 。皮 膚 中 の エ ラ ス チ ン に 存 在 す る Asp の ラ セ コスメトロジー研究報告 第 13 号(2005) ミ化反応が、本研究の合成ペプチドと同じように起こっているのならば、エラス チ ン 中 の Asp 残 基 は 、 ヒ ト の 一 生 の 間 に 重 大 な ラ セ ミ 化 反 応 を 起 こ し う る の に 十 分 な 反 応 速 度 を 有 し て い る こ と に な る 。 エ ラ ス チ ン 中 の Asp 残 基 は 非 常 に ラ セ ミ 化しやすい事が明らかとなった。 以 上 の こ と か ら 、我 々 は 、D-Asp が 老 化 や 紫 外 線 に よ る 皮 膚 の ダ メ ー ジ を 知 る 上 で の 分 子 マ ー カ ー (指 標 )と し て 応 用 で き る の で は な い か と 考 え て い る 。
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