視覚探索における誘目性の定量化

■ 原著論文 (VISION
Vol. 23, No. 1, 1–18, 2011)
視覚探索における誘目性の定量化
原口 健 *,** ・岡嶋 克典 ***
* 東芝テック株式会社 システムソリューション事業本部
〒 410–2392 静岡県伊豆の国市大仁 570
** 横浜国立大学 大学院環境情報学府
*** 横浜国立大学 大学院環境情報研究院
〒 240–8501
神奈川県横浜市保土ヶ谷区常盤台 79–7
(受付: 2009 年 8 月 18 日;受理: 2010 年 9 月 22 日)
Quantitative Analysis of Eye Attraction in Visual Search
Takeshi HARAGUCHI*,** and Katsunori OKAJIMA***
* TOSHIBA TEC CORPORASION System Solution Business Group
570 Ohito, Izunokuni, Shizuoka 410–2392, Japan
** Graduate School of Environment and Information Sciences, Yokohama National University
*** Research Institute of Environment and Information Sciences, Yokohama National University
79–7 Tokiwadai, Hodogaya-ku, Yokohama, Kanagawa 240–8501, Japan
(Received 18 August 2009; Accepted 22 September 2010)
In the present study we propose an evaluation method for the eye attraction (the probability of gaze
following the first saccade) to object in visual search. We measured eye movements during visual search to
clear eye attraction phenomena, and particularly investigated the effect of peripheral visual field on eye
attraction according to visual feature dimensions. Eye movement data indicated that the probability of gaze
following the first saccade gradually weakens in peripheral areas of visual field regardless of any visual
feature dimension, and also depends on the number of object of the same visual feature or the same
combination as visual feature. Therefore, the ease of gaze following the first saccade was formulated by
taking consideration of such functions of eye attraction to object. As a result, our proposed model using the
value can estimate the actual probability of gaze following the first saccade with high accuracy.
中心視によって確認される 1).この一連の流れ
1.はじめに
は視覚情報を獲得する際の基本的な動作である.
我々は,役割が異なる中心視と周辺視を用い
また我々は,視覚的注意により視覚情報の取捨
ることによって効率よく視覚情報を獲得してい
作業を行うことで情報の効率化を図り,視覚情
る.中心視とは,視線を向けて解像度が高い網
報を処理していると考えられている.つまり,
膜中心部で見ることをいい,この解像度が高い
我々の周囲を取り巻く膨大な視覚情報全てを人
領域は視野の中で視角 12 deg と限られた小さ
間の脳で処理することは不可能であるため,網
な領域である.一方,周辺視とは,網膜の周辺
膜像の中から重要と思われる情報を選択的に収
部で見ることをいう.周辺視は,次に注視すべ
集し,処理するメカニズムが存在していると考
き対象箇所を検出する役割として用いられ,そ
えられている.視覚的注意の移動には必ずしも
の後サッカードと呼ばれる高速の眼球運動で視
眼球の運動が伴うわけではないが 2),自然な観
線を移動し,その注視すべき対象箇所の詳細は
察状態においては通常眼球の運動と共に移動し,
–1–
今日では眼球運動の計測による視覚的注意の研
3,4)
れるような条件である.特徴探索条件では一般
.視覚的注意のメカ
に効率的にターゲットを探索することが可能で
ニズムでは,視覚的注意が向けられた空間領域
あることが知られており,この現象はポップア
内に含まれる視覚情報が優先的に処理され,眼
ウトと呼ばれている.一方,結合探索条件は,
球運動を伴った顕在的注意においては中心視か
ターゲットがディストラクタに対して複数の視
ら得られる解像度が高い視覚情報が優先される.
覚的特徴次元によって定義される条件である.
このような視覚情報の優先領域の考え方は,視
結合探索条件では一般にディストラクタ数の増
野空間の一部分を照らすスポットライトのよう
加に伴って探索時間も延び,非効率的であるこ
にたとえられている 2).視覚的注意の移動を制
とが知られている.探索特性は上記で述べた
御する信号は,知識等に基づくトップダウンに
2 つの探索特性に大別されるが,誘導探索モデ
よる信号と,視対象の視覚的特徴等から自動的
ル 7,8) や顕著性マップモデル 9–12) といった代表
に誘導されるボトムアップによる信号とが存在
的な視覚探索モデルでは,視覚的注意のスポッ
する.特にトップダウンの信号が有利に働くタ
トライトを移動させるメカニズムの特性によっ
スクでないならば,ボトムアップの信号は視覚
てこれらの特性を説明している.
究も盛んに行われている
誘導探索モデルおよび顕著性マップモデルで
的注意の配分に対し重要な役割を果たす.実
際,過去の研究で視対象の初期的な視覚的特徴
は,視覚的注意の移動メカニズムは 2 つの段階
次元(色,形状次元等)が視覚的注意の配分へ
で構成されており,並列情報処理過程と逐次的
影響を及ぼすことが示されている 5).つまり視
焦点移動過程が存在する.並列情報処理過程と
対象物の構成によって視覚的注意の引きやすさ
はすべての空間位置に対して並列的な情報処理
は変化する.この視対象に対する視線の引きや
を行う過程であり,表示物を構成する各視覚的
すさ,注目の引きやすさは「誘目性」と呼ばれ
特徴を視覚的特徴次元の特徴量として扱うこと
る.誘目性は眼球運動を伴った顕在的注意の際
で,視覚的注意の焦点移動の基となるマップが
に行われる上述した一連の動作「周辺視で検出,
作成される.誘導探索モデルでは活性化マップ,
サッカードによる視線の移動,中心視による確
顕著性マップモデルでは顕著性マップがそれに
認」における「周辺視で検出」の過程段階に強
相当する.その後,逐次的焦点移動過程におい
い影響を及ぼすことから,誘目性は視対象物に
て,視覚的注意のスポットライトが並列処理過
対する視認性の効率的側面を表す重要な評価尺
程の出力に誘導され逐次的に空間上を移動して
度であるといえる.本研究では,表示されたオ
いく.このとき,活性化マップ上の活性化値,
ブジェクトの設計パラメータから誘目性に関す
または顕著性マップ上の顕著性値が高い順に視
る人間の反応特性を推測できる評価手法の構築
覚的注意が向けられる.誘導探索モデルと顕著
を目的としている.
性マップモデルの大きな違いは,誘導探索モデ
視覚的注意が空間上をどのように移動してい
ルでは並列情報処理過程において知識等に基づ
るのかを調べるこれまでの実験では,主に視覚
くトップダウンによる信号と刺激の視覚的特徴
探索タスクが用いられてきた.視覚探索タスク
等から誘導されるボトムアップによる信号の 2
とは,ディスプレイに配置されるいくつかのディ
つが利用されるのに対し,顕著性マップモデル
ストラクタの中から,特定のターゲットを見つ
ではボトムアップによる信号のみが利用される
け出すもので,Neisser ら 6) を端緒にしてこれ
としている点である.
までに多くの研究が行われている.探索条件と
いずれにしても,これらの視覚探索モデルは
して特徴探索条件や結合探索条件等がある.特
視覚的注意の移動メカニズムとして不十分と考
徴探索条件とは,ディストラクタに対しター
えられる.なぜなら,これらのモデルは周辺視
ゲットが単一の視覚的特徴次元によって定義さ
野特性を考慮しておらず,あるオブジェクトが
–2–
注視点の近くに位置していても遠くに位置して
が呈示される実験で,多くの被験者がその刺激
いても視覚的注意の移動特性には影響を及ぼさ
へ視線を移動しなかったことが報告されてい
ないからである.例えば,視野の周辺部にいく
る 15).これはボトムアップの信号による視覚的
に伴い色の見えが変化するが,色相の違いに
注意の引きやすさが,積極的な視線の移動を必
よってその度合いが異なる 13,14) ことから視野の
要としない状況,見る必要がない状況において
部位によって誘目性に違いが生じると共に,初
視線を捕捉するほど強力ではなく,ボトムアッ
期的な視覚的特徴次元によってその度合いが変
プを上回るトップダウンの強い信号が生じてい
化する可能性が考えられる.
たのかもしれない.そのため,本実験では積極
さらに,前述した 2 つの視覚探索モデルでは,
的な視覚的走査を必要とする視覚探索タスクを
視覚的注意の移動に関する出力は同時に呈示さ
被験者に行わせた.このような探索作業は,視
れる複数の表示物間における視覚的注意が向け
認性評価を必要とする市場で見られる表示物に
られる順番のみで,各々のオブジェクトに対す
おいても,観察者がその表示物よりなんらかの
る誘目性自体を直接的・定量的に評価すること
有効な情報を得ようとするような状況で見られ
はできない.
る.視覚探索タスクとしては特徴探索タスクと
そこで本研究では,周辺視野における誘目性
結合探索タスクが考えられるが,特徴探索タス
の変化特性に着目し,オブジェクトを構成する
クではポップアウトが生じ,誘目性が非常に強
初期的な視覚的特徴次元別にその傾向が異なる
力となることで周辺視野において位置が変わっ
かを,眼球運動を解析することで検討する.ま
ても注視率の変化が微小で観察しにくい可能性
た,本論文では誘目性の評価値をファースト
があるため,結合探索タスクを用いて実験を
サッカードにおいて注視が向けられる確率(
「注
行った.
視率」と呼ぶことにする)として扱い,誘目性
被験者は,各トライアルの開始時,画面中央
に関する特性を考慮したうえで,オブジェクト
に位置する固視点を注視し,固視点が消えると
に対する誘目性評価関数を導出する.
同時に他とは異なった単一の存在であるター
実験は,誘目性評価関数導出のための測定で
ゲットを探索し,ターゲットの形状を口頭にて
ある実験 1 と,導出された評価関数の検証のた
答えるように指示された.その際,探索に要す
めの実験 2 とで構成される.実験 1 では眼球運
る制限時間が設けられ,その制限時間内にでき
動データの採取によりオブジェクトを構成する
るだけ早く,かつ正確に答えるよう要求され
視覚的特徴次元別の周辺視野内における注視率
た.
の変化特性やその他の特性を分析し,実験 2 で
各被験者は,644(4 条件は 64 条件と異な
は実験 1 で用いたオブジェクトよりもより多く
る目的で行われており,節 2.4.3 において説明
の条件を含む多様なオブジェクトを用いて同様
する)条件を 1 セットとして,各セット間で休
の実験を行い,導出された誘目性評価関数によ
憩を挟みながら 20 セットずつ行った.各セッ
り実験 2 の結果が予測できるかを検証する.
トにおける 68 条件の呈示順番は固定せずラン
ダムとした.1 人の被験者につきトライアル数
2.ファーストサッカード特性の測定(実
験 1)
は 1360(68 条件20 セット)存在したため,
被験者は数日にわたって実験に参加した.なお,
2.1 実験方法
実験中の視線の位置は,眼球運動計測装置に
眼球運動を計測するにあたり,呈示する刺激
よって記録され,各セットの開始前に,眼球運
を被験者にただ観察させるのみでは視線自体を
動計測装置の視線の位置に対する校正が行われ
動かさない可能性がある.実際,視線を向けて
た.
も被験者にとっては特に意味を有さない色刺激
–3–
2.2 実験環境
無を返答する)のように予め視覚的特徴の構成
被験者の頭部は顎台で固定され,前方 50cm
が決められた特定のターゲットを探索する場合
の位置に視覚刺激を呈示する 15 インチ液晶ディ
には,特定の視覚的特徴へ視覚的注意を向けよ
ス プ レ イ ( 以 下 Liquid Crystal Display よ り
うとするトップダウン的なバイアスが生じるこ
「LCD」と示す,バッファロー製 FTD-X531AS)
とが考えられる.そのため,ターゲットがどの
が置かれた(図 1).顎台と共に眼球運動測定装
ような視覚的特徴で構成されているかが不明な
置(Cambridge Research Systems 製 Video Eye
状態で探索を行わせた.ここで用いた結合探索
Tracker)が設置され,被験者の左目のみを測定
刺激について説明する.探索時,画面には視覚
した.眼球運動測定装置の空間分解能は 0.05
的特徴の組み合わせが異なる 3 種類のオブジェ
deg で,サンプリング周波数は 100 Hz で用いら
クトが存在した.各グループを,
「ターゲット」
,
れた.被験者用の LCD と別に実験者用の LCD
「少数オブジェクト」,「多数オブジェクト」と
およびキーボードが用意された.実験者用の
し,それぞれに属するオブジェクト数は 1,9,
LCD は,被験者の注視位置をリアルタイムに確
38 個であった.図 2 においては,ターゲットは
認するためのもので,キーボードは被験者が各
「白い O」,少数オブジェクトは「白い X」,多数
トライアルにおいて制限時間内にタスクを達成
ディストラクタは「黒い O」である.なお,図
した場合,キー押下によって次の実験へ進める
2 の中心に位置する十字および全体に示されて
ためのものである.
いる破線はオブジェクト配置の際に用いられた
LCD 付近の鉛直照度は約 420 lx であった.こ
仮想図を意味し,実際の探索刺激には寸法値を
の照度レベルは事務室や会議室等,一般的な事
含め表示されない.ディストラクタである少数
務所の照度に相当する.
オブジェクトと多数オブジェクトの比率は視線
2.3 被験者
の移動に影響を及ぼすといった報告がされてお
被験者は正常な色覚を有する女性 RF(30 歳)
り 3),実験 1 は誘目性に関する周辺視野特性に
と男性 ST(27 歳)の 2 名であった.視力は両
着目していることから各条件間でそれらの影響
眼視で被験者 RF が 0.7,ST が 1.0 であった.
が生じないように各ディストラクタグループの
被験者は実験の目的を知らなかった.
オブジェクト数を統一した.少数オブジェクト
2.4 実験条件
と多数オブジェクトは,2 つ以上の初期的な視
覚的特徴次元で区別される.図 2 においては,
従来の単純な結合探索タスク(ターゲット有
り,無しトライアルが存在し,ターゲットの有
図 2 探索刺激の一例.中心に位置する十字および全
体に示されている破線はオブジェクト配置の際に用い
られた仮想図で,実際の探索刺激には寸法値を含め表
示されない.
図 1 実験配置.被験者の頭部は眼球運動測定装置に
設けられた顎台で固定され,前方 50 cm の位置に視覚
刺激を呈示する 15 インチ LCD が置かれた.
–4–
少数オブジェクトと多数オブジェクト間で形状
の条件とは異なる情報を試験開始前に被験者へ
次元と色次元が異なる.ターゲットは,少数オ
与えることで対処した.その際,被験者には
ブジェクトと共通し多数オブジェクトと共通し
ターゲット無しと判断する場合は「無し」と応
ない視覚的特徴と,多数オブジェクトと共通し
答するように指示した.
少数オブジェクトと共通しない視覚的特徴の組
次に視覚刺激の一連の流れを説明する.各ト
み合わせで複数の視覚的特徴次元によって定義
ライアルの開始と同時に,無彩色背景と画面の
された.図 2 においては,ターゲットは少数オ
中心に位置する十字の固視点のみが 1 秒間呈示
ブジェクトと共通し多数オブジェクトとは共通
された.その後,図 2 のような探索刺激が呈示
しない「白」,多数オブジェクトと共通し少数
され,実験時間が必要以上に長くなることを防
オブジェクトとは共通しない「O」の組み合わ
ぐためにその呈示時間は制限された.結合探索
せからなっている.各トライアルでターゲット
タスクにおいて特定のターゲットの有無を応答
を構成する視覚的特徴は変化し,常に特定の
する過去の実験では,ターゲット無しで最も時
ターゲットが存在しているわけではなく,画面
間を要する条件であっても平均 2 秒程度で応答
全体に呈示される複数のオブジェクトの構成を
することができていた 3).そこで探索において
把握しないとターゲットと判別することができ
十分な時間として制限時間を 4 s とし,被験者
ない.そのため,特定の視覚的特徴へバイアス
が 4 s 以内にタスクを達成した場合は,試験時
がかからない探索時の視線の移動を把握するこ
間の短縮のためにその時点で次のトライアルへ
とが可能であると考えられる.しかしながら本
移った.設定した制限時間によるタスクの難易
実験においても,被験者が特殊なストラテジー
度が適切であったのかを確認するため,本実験
を用いて探索作業を行うといった可能性が残さ
とは別に簡易的(68 条件× 5 セット)に同条件
れている.従来の単純な結合探索タスクの場合
での実験を実施したところ,正答率は被験者 RF
は,ターゲットを構成する予め決められた特定
で 94%,被験者 ST で 96% と,高い割合で正答
の視覚的特徴のうち,少数に属する視覚的特徴
できることが確認された.
と同じ視覚的特徴を持つオブジェクトだけを選
本研究においては誘目性に関する周辺視野特
択的に探索する,といった特殊なストラテジー
性を定量的に分析するために,画面中心の固視
が考えられる.例えば図 2 において予め決めら
点の位置を基準としてターゲットの位置を制御
れたターゲットを「白い O」としてその有無を
した.オブジェクトの位置関係を,図 2 より説
応答するとき,「白」と「O」のうち少数な視覚
明する.図 2 において中心に示された十字は,
的特徴である「白」のオブジェクトを選択的に
探索刺激の前に呈示される固視点の位置および
探索すれば「白い O」の有無が判別できる.本
画面中心の位置を意味している.各マスの一辺
実験で用いる形状を答えるタスクの場合におい
は縦,横,共に 3 deg で,十字を軸とする各円
ても,従来とは異なる少数の存在のみを選択的
の半径は 3,5,7,9 deg である.十字を含んだ
に探索する特殊なストラテジーが考えられる.
マスを除く全てのマスには,オブジェクトが 1
例えば図 2 において少数オブジェクトと同じ色
個ずつ存在するため,オブジェクトは合計 48 個
のオブジェクトだけを選択的に探索し,その中
存在する.その内,少数オブジェクトは,半径
で少数オブジェクトと形状が異なる「O」が有
3 deg の円上に 1 個,半径 5 deg の円上に 2 個
れば「O」がターゲットの形状,無ければ「X」
(円上において 180 deg ピッチ),半径 7 deg の
がターゲットの形状と判断することができる.
円上に 3 個(円上において 120 deg ピッチ),半
このようなストラテジーを防ぐため,また膨大
径 9 deg の円上に 4 個( 円上において 90 deg
な実験条件数の更なる増加を防ぐため,「ター
ピッチ)存在し,少数オブジェクトの呈示位置
ゲットが存在しないときもある」といった実際
に対する偏りがないように配慮したうえで,ラ
–5–
ンダムな位置へ呈示された.また,その内 1 個
光体を最大階調値で各々発光させ,正面と各方
をターゲットと置き換え,少数オブジェクトは
向との色度差を確認した(CIELUV 表色系にお
9 個とした.十字を含んだマスを除く 48 個のマ
いて平均色度差は 0.9,最大色度差は緑発光時
スの内,ターゲット,少数オブジェクトが存在
の下方向で 1.2 であった).
しないマスへ多数オブジェクトを呈示し,その
2.4.1 色次元
呈示位置はマス内においてランダムとした.そ
既存の視覚探索モデルの 1 つである顕著性
のため,多数オブジェクトは 38 個存在した.そ
マップモデルにおいては,色に関する初期的な
れらオブジェクトの最小中心間距離は 2 deg と
視覚的特徴次元として明度や色相( 赤, 緑,
し,オブジェクト同士が重ならないようにした.
青,黄)が扱われていた 10–12,16).赤と緑,また
本研究においては,ターゲットと判断するた
青と黄が用いられているのは,色覚の反対色特
めの視覚的特徴次元の内 1 つはオブジェクトの
性に基づいている.本研究においても色に関し
形状次元(「O」または「X」)とし,被験者に
てはこれらを対象とし,明度を示す L*,赤と緑
はその形状を答えさせた.ここで「O」,「X」の
の度合いを示す u*,青と黄の度合いを示す v*
ターゲットへの割り当てはランダムに行われ同
各々を軸として有する CIELUV 表色系を用い,
等であった.ターゲットと判断するための他の
色次元は L*,u*,v* 次元から構成されている
視覚的特徴次元は,オブジェクトの色次元,ま
として扱った.また,L*,u*,v* の値を特徴量
たはサイズ次元とした.この色,サイズ次元
として扱った.なお,CIELUV 色空間は均等色
各々に対して,周辺視野における注視率の変化
空間の 1 つである.
今回用いた各色の CIELUV 色空間における位
を把握するための視覚刺激を作成した.以下に
置関係を図 3 に示す.L*,u*,v* 各次元の周
実験条件を示す.
辺視野における注視率の変化を把握するために,
ここで本実験では刺激の明度,彩度,色相を
制御する必要があったが,離散階調で色を制御
表 1 に示す色の組み合わせ条件を用いて実験を
する当該 LCD では正確に意図する測色条件を
実施した.表 1 における 6 つの組み合わせ条件
再現することが不可能であったため,複数の色
各々には,ターゲットの色が少数オブジェクト
条件を含んだ水準値に対してはその複数の色条
と共通(形状は多数オブジェクトと共通),ま
件の水準値が完全に等しくはないことを示すた
たは多数オブジェクトと共通(形状は少数オブ
めに,以後,数値の前に「約」と表記した.こ
ジェクトと共通)の 2 条件が存在した.さらに,
こで意図する色を作成する際,LCD 全面に対象
となる色を呈示し,実験時の被験者と LCD の
位置関係,照明環境を再現した後に,色彩輝度
計(TOPCON 製 BM-7FAST)によって計測した
値を測色値として扱った.また,LCD の特性の
ため見る方向により明度,色度が変化するが,
LCD に対し見る方向を上下左右に 10.5 deg 傾け
て正面との変化を確認したところ,その変化は
微小であったため正面の測色値を代表値として
取り扱った.その際,明度においては RGB 各
図 3 無彩色背景を中心とした時の CIELUV 色空間に
おける視覚刺激で用いられた 6 色の関係.色空間を構
成する 3 つの直交する軸として,L* 軸,u* 軸,v* 軸
が用いられ,L* 軸は明度軸,u* 軸は赤−緑軸,v* 軸
は黄−青軸を表す.
発光体を最大階調値で同時に発光させ,正面と
各方向との明度差を確認した(CIELUV 表色系
において平均明度差は 0.4,最大明度差は上方
向で 1.1 であった).色度においては RGB 各発
–6–
表 1 色次元の L*,u*,v* 次元それぞれの周辺視野
特性を調査するために用いられた実験条件.
表 3 形状「O」,「X」の誘目性を調査するために用
いられた実験条件.
次元
少数オブジェクト
多数オブジェクト
次元
少数オブジェクト
多数オブジェクト
L*
Bl
Wh
Re
Gr
Br
Ye
Wh
Bl
Gr
Re
Ye
Br
L*
u*
v*
A
Bl
Re
Br
Sm
Wh
Gr
Ye
La
u*
v*
へ実施した.ターゲット,少数オブジェクト,
多数オブジェクトの比率を 1 : 23 : 24 とし,図 2
表 2 サイズ次元の周辺視野特性を調査するために用
いられた実験条件.
次元
少数オブジェクト
多数オブジェクト
A
Sm
La
La
Sm
の各マスにおいてオブジェクトが 1 個ずつ配置
されるようにしたうえで,それぞれをランダム
に呈示した.ターゲットと少数オブジェクトの
形状を共通とし,「O」と「X」のターゲットへ
割り当てられる確率も同等となるよう設定する
ことで,「O」と「X」の出現数が同等となるよ
それら各々の条件は,ターゲットの中心からの
うにした.ターゲットと判断する形状次元以外
距離 3,5,7,9 deg の 4 条件が存在した.その
の視覚的特徴次元の条件を表 3 に示す.表 3 の
ため,実験条件数は 48 条件であった.オブジェ
L*,u*,v* 次元の条件の際のオブジェクトサイ
クトの縦のサイズは 1 deg であった.
ズは色次元に着目した条件同様 1 deg で,サイ
2.4.2 サイズ次元
ズ次元の条件の際のオブジェクトの色はサイズ
今回用いたオブジェクトの縦のサイズ A は,
次元に着目した条件同様 Bl とした.背景は色,
小さい条件 Sm として 1 deg,大きい条件 La と
サイズ次元に着目した条件で用いた背景と同様
して 1.3 deg を用いた.サイズ次元(表,図中
であった.表 3 の 4 条件を各 20 回行った結果,
においては A と表記)の周辺視野における注視
刺激呈示直後に「O」へ視線を移動する確率は
率の変化を把握するために,表 2 に示すサイズ
被験者 RF で 49%,ST で 45% であり,「O」と
の組み合わせ条件を用いて実験を実施した.表
「X」の注視率に大きな差がないことを確認し
2 における 2 つの組み合わせ条件各々には,
た.
ターゲットのサイズが少数オブジェクトと共通
なお,本 4 条件は先で述べた 64 条件とは異
(形状は多数オブジェクトと共通),または多数
なる目的で行われているため,以後実験 1 につ
オブジェクトと共通(形状は少数オブジェクト
いて述べるときは説明がない限り本 4 条件を除
と共通)の 2 条件が存在した.さらに,それら
く 64 条件を対象とする.
各々の条件は,ターゲットの中心からの距離 3,
2.5 実験結果および考察
5,7,9 deg の 4 条件が存在した.そのため,
データを解析する際,サッカードを視線の移
実験条件数は 16 条件であった.背景は色次元
動速度 50 deg/s 以上の場合とし,50 deg/s 未満
に着目した条件で用いた背景(図 3)と同様で,
となっても 0.1 s 以内に再びサッカードが行われ
オブジェクトの色は全て Bl であった.
る場合は修正サッカードが発生し引き続き同
2.4.3 形状次元
サッカードが行われている,と定義した.また,
本実験で用いた形状「O」,「X」の誘目性に
解像度が高い中心視視野領域は 12 deg である
差があるのか確認するため,各形状の出現数を
ことから,サッカード状態ではない視線の位置
同じにした実験も上記 64 条件以外に各被験者
から半径 1 deg 以内にオブジェクト中心がある
–7–
場合,オブジェクトへ注視が向いている,と定
義した.
なお,刺激が呈示されてからファーストサッ
カードが生じるまでの(反応)時間は,被験者
RF で平均 0.479 s(標準偏差 0.184 s),被験者
ST で平均 0.354 s(標準偏差 0.068 s)であった.
2.5.1 視野における誘目性の変化
ターゲットへの注視率を,各対象トライアル
のうち,刺激呈示直後のファーストサッカード
でターゲットへ注視が向いたトライアルの割合
として求めた.図 4 は,画面中心からのター
ゲットの距離とターゲットへの注視率との関係
(a)
を表したもので,色次元(黒マーカ)の L*,
u*,v* 次元とサイズ次元(白マーカ)別にその
傾向を示し,表 1,表 2 の条件を対象としてい
る.ここで(a)は被験者 RF,(b)は被験者
ST の結果である.本図では特定のオブジェクト
(ターゲット)の呈示位置が異なる際の注視率
の変化を観察できる.そのため,誘目性に関す
る周辺視野特性が存在しない場合,横軸の値が
大きくなっても縦軸の値は一定であることが考
えられる.しかしながら,図 4 の黒マーカでは
視野におけるターゲットの位置が変わることで,
注視率は大きく変化する様子が示されており,
(b)
注視率を推測する上でこの特性は無視できるほ
ど小さいものではないことがわかる.図 4 の黒
マーカよりターゲットが視野の外側に呈示され
るにつれて注視率を低下させることが確認でき,
その傾向は被験者が異なっても同様に確認でき
図 4 視野におけるターゲットの位置と注視率の関
係.色次元の L*,u*,v* 次元とサイズ次元別にその
傾向が示され,ターゲットが視野の外側に呈示される
につれて視覚的特徴次元に関係なく注視率は低下す
る.(a) は被験者 RF,(b) は被験者 ST の結果である.
る.また,その傾向は色次元に限らずサイズ次
元においても生じていることが図 4 の白マーカ
データは,均等色空間における同程度の特徴量
より確認できる.
を両者に設定しているため,それらのデータを
図 4 の縦軸において,横軸で示される画面中
比較することで u*,v* 次元が注視率に及ぼす
心からのターゲットの距離が同じであるデータ
影響を比較することができると考えられる.そ
を比較するとき,各視覚的特徴次元でその値に
こで図 4 の u*,v* 次元間のデータに差がある
は若干の差がみられる.ここで,縦軸の値は同
かを調べるために,それぞれのデータ群の平均
時に呈示される全オブジェクトの関係で変わる
値とばらつき自体による検定ではなく,画面中
相対的な値であり,また設定した特徴量の値で
心からのターゲット距離の違いによる影響を考
も変わることが考えられるため,今回,視覚的
慮した上で検定を行った.u* 次元と v* 次元の
特徴次元間における縦軸の値の差については言
データ間には,同一ターゲット距離のデータと
及しない.しかしながら u*,v* 次元における
いった対応があり,それぞれの距離に対しその
–8–
データ間の差を求めることができるため,それ
ている.ここで図 4 において被験者 RF,ST は
らの差に関する検定を(a),(b)別々に実施し
同傾向で正規化後も同傾向であったため,図 5
た.標本サイズが少ないことからノンパラメト
においては被験者 RF の結果のみ示す.図 5 よ
リックな手法であるウィルコクソン検定を行っ
りターゲットが視野の外側に呈示されるにつれ
た結果,
(a),(b)どちらも u*,v* 次元間の差
て,注視率は各視覚的特徴次元とも同傾向で減
が有意なものではなかった(p0.05).つまり,
少していく様子が確認できる.また,その傾向
u*,v* 次元間のデータには,差があると言える
が同等であるのかを統計的手法においても検討
ほどの大きな違いはなかった.
した.u*,v* 次元間のデータに差があるのか調
2.5.2 各視覚的特徴次元における誘目性の変化
べたときと同様に,対応がある多群の差の検定
の比較
を被験者別に実施した.本検定においては 3 群
前述したように,図 4 の縦軸の値は同時に呈
以上のデータであるためフリードマン検定を
示される全オブジェクトの関係で変わる相対的
行った.その結果,両被験者共対応がある多群
な値であり,それらオブジェクトが共通しない
間に有意差は認められなかった(p0.05).つ
各視覚的特徴次元間では比較できない.そのた
まり,図 5 における視覚的特徴次元間のデータ
め,画面中心からのターゲットの最小距離であ
には,差があると言えるほどの大きな違いはな
る 3 deg に位置するデータを用い,注視率を正
く,被験者 ST においても同様であった.
図 5 のような視野の外側に位置する情報ほど
規化することで比較した.
図 4 のデータを正規化し,図 5 に示す.その
利用されにくくなるといった現象は,不均一な
ため図 5 は,画面中心からのターゲットの距離
背景輝度を持つ文字の可読性を定式化する過去
とターゲットへの正規化した注視率との関係を
の研究においてもみられ 17),視野の外側に位置
表し,色次元(黒マーカ)の L*,u*,v* 次元
する背景輝度ほどその中心に位置する文字の可
とサイズ次元(白マーカ)別にその傾向を示し
読性に及ぼす影響は低下した.その低下の傾向
はガウス関数で表すことができ,図 5 において
も,被験者別に注視点(横軸において 0 の位
置)で極大値となるガウス関数を用いて近似曲
線(破線)を求めた.その決定係数は被験者
RF で 0.960,被験者 ST で 0.918 と高い精度で
適合していることが確認された.この結果は,
本条件の視野における注視率の低下においても
ガウス関数を用いて表すことができることを示
す.
視野の周辺部にいくに伴って色味が失われ,
各色相でその影響は異なるといった報告を含む
過去の研究より 13,14),視覚的特徴次元が異なる
と視野における注視率の低下傾向に違いが生じ
図 5 視野におけるターゲットの位置と正規化した注
視率の関係.画面中心からのターゲットの最小距離で
ある 3 deg に位置する注視率によって正規化され,色
次元の L*,u*,v* 次元とサイズ次元別に示されてい
る.視覚的特徴次元が異なっても,視野の外側へいく
ほど生じる注視率の低下は同傾向である.図は被験者
RF の結果で,破線はガウス関数による近似曲線を表
す.
ることも予想されたが,本実験においては視覚
的特徴次元間でその傾向に大きな違いはみられ
なかった.一方,刺激のサイズや背景によって
は周辺視野と中心視野の色の見えの違いが減少
するといった報告もなされている 18,19).本実験
条件においてこれらの効果が働き,それに伴っ
–9–
て視覚的特徴次元間の影響の違いが減少したこ
とも考えられるが,その他の要因として実験の
対象となる視野範囲の大きさが考えられる.上
記した過去の研究はより広い周辺視野を対象と
した研究であるが,本研究において対象となっ
た 20 deg 程度の視野範囲においては,視覚的特
徴次元間の影響の違いが大きくない可能性が考
えられる.
2.5.3 オブジェクトグループ間の誘目性の比較
本実験においては,ターゲット以外にも少数
(a)
オブジェクト,多数オブジェクトといったグルー
プが存在する.眼球運動データからそれら各グ
ループ間においても誘目性に関して比較分析を
行った結果,ターゲット,少数オブジェクト,
多数オブジェクト各グループ全体への注視率は,
被験者 RF で 0.205,0.331,0.464,被験者 ST
で 0.236,0.326,0.438 であった.少数オブジェ
クトは 9 個,多数オブジェクトは 38 個とその
差は明確であり,前述した少数な存在のみを選
択的に探索するといった特殊なストラテジーが
用いられているならば,多数オブジェクトグ
(b)
ループよりもより明確に少数オブジェクトグ
図 6 オブジェクト 1 個あたりに対する注視率.各グ
ループ別に横軸に示す領域に該当する「各トライアル
において呈示されたオブジェクト」の総数を求め,そ
の総数に対して同領域に該当する「各トライアルにお
いて刺激呈示直後のファーストサッカードで注視され
たオブジェクト」の総数の割合として算出したもので
ある.(a) は被験者 RF,(b) は被験者 ST の結果であ
る.
ループの注視率が高くなることが予想されるが,
実際には多数オブジェクトグループへの注視率
が最も高かった.この結果,被験者は特殊なス
トラテジーを用いずに探索作業を行っていたこ
とが示唆される.次に,各グループのオブジェ
クト 1 個あたりに対する注視率を求め,さらに
オブジェクト呈示位置を考慮したうえで図 6 に
示すようにより詳細な比較を行った.図 6 の少
は 0.021 である.図 6 においても,各グループ
数,多数オブジェクト 1 個あたりの注視率は図
とも視野の周辺部にいくに伴い図 4 と図 5 でも
4 のようなターゲットへの注視率算出方法と同
確認された注視率の低下がみられる.また,少
様の方法では求めることができないため,各グ
数オブジェクトと多数オブジェクトでは,少数
ループ別に横軸に示す領域に該当する「各トラ
オブジェクトのほうが注視率が大きいことがわ
イアルにおいて呈示されたオブジェクト」の総
かる.これは,顕著性マップモデルで取り入れ
数を求め,その総数に対して同領域に該当する
られている各視覚的特徴次元内で生じる競合作
「各トライアルにおいて刺激呈示直後のファー
用のような抑制機能が生じているとすれば説明
ストサッカードで注視されたオブジェクト」の
できる.顕著性マップモデルでは図 7 に示すよ
総数の割合として求めた.ここで,オブジェク
うに,顕著性マップを作成する過程において各
トは同時に 48 個呈示されるため,オブジェク
視覚的特徴次元における顕著さの度合いを表す
ト 1 個あたりに対する注視率のチャンスレベル
特徴マップを作成する.特徴探索が効率的なの
– 10 –
3.誘目性の定式化
ボトムアップによる信号のみを利用する顕著
性マップモデルでは,各視覚的特徴次元の特徴
量を利用することによって,視覚的注意の焦点
移動の基となるマップを図 7 の流れで作成する.
その際,マップ上で値が高い箇所へ視覚的注意
は移動するとされている.注視の向きやすさを
表示物のパラメータから定量的に予測するにあ
たり,視覚的注意の移動と関連するマップ上の
値の導出過程(図 7)を参考にし,実験 1 で確
認された注視の向きやすさに関する特性を考慮
図 7 代表的な視覚探索モデルである顕著性マップモ
デルにおける顕著性マップの作成過程.顕著性マップ
とは視覚情報の顕著さの度合いを表す仮説的な概念で
ある.
したうえで定式化を行った.
注視の向きやすさに相関がある値を算出でき
れば,同時に表示される全オブジェクトのその
算出値の総和に対するあるオブジェクトのその
算出値の比率によって,あるオブジェクトへの
は,特徴マップにおいて多数存在するディスト
注視率を推測することが可能となる(全オブ
ラクタのそれら顕著さが相互の競合によって低
ジェクトのその比率の総和は 1 となる).
下し,単一であるターゲットの顕著さを相対的
3.1 視覚的特徴次元の選定
に高くするからであると説明している 11).図 6
顕著性マップモデルにおいては,初期的な視
の少数オブジェクトと多数オブジェクトの関係
覚的特徴次元として明度,色相(赤,緑,青,
においても,多数オブジェクトの方が各視覚的
黄),線分方向次元等が挙げられているが,視
特徴次元において多数な存在であるため,その
覚的注意の移動へ実際に影響を及ぼす視覚的特
ような相互の競合作用による抑制が少数オブ
徴次元については明確に定められているわけで
ジェクトよりも多く生じ,結果的に注視が向き
はない.本研究においては,図形を視対象物と
にくくなったと説明することができる.しかし
しているため,オブジェクトの色(L*,u*,v*
ながらターゲットは,各視覚的特徴次元におい
次元),サイズ,形状次元を初期的な視覚的特
ては単一な存在ではなく「少数オブジェクトと
徴次元として扱う.以下に各視覚的特徴次元に
同じ視覚的特徴 多数オブジェクトと同じ視覚
おいて用いる特徴量を記す.
的特徴」から構成されているため,多数オブ
色次元においては実験条件で述べたように,
ジェクトと同じ視覚的特徴を有している分,少
均等色空間である CIELUV 表色系の直交座標
数オブジェクトよりも抑制されることが考えら
L*,u*,v* 次元から構成されているとし L*,
れるが,図 6 ではターゲットが最も注視を向け
u*,v* の値を特徴量として用いる.誘目性評価
られていることが示されている.この結果より,
関数内においては周辺領域との差分,つまりオ
視覚的特徴次元において多数な存在であれば注
ブジェクトと背景との差分 DL*,Du*,Dv* と
視が向きにくくなるといった機能だけではなく,
して特徴量を用いる.そのため,例えば明るさ
視覚的特徴次元の特徴量の組み合わせ状態が多
においてあるオブジェクトが黒,その背景が白,
数な存在であっても多くの抑制を生じさせ,注
あるいはその逆の場合大きな値がとられる.
視が向きにくくなる特性があることが示唆され
る.
サイズ次元においては,オブジェクトの縦の
視角サイズ A [deg] を特徴量として用いる.ま
– 11 –
た,オブジェクトの面積に相当させるため A2 と
する.ここで各特徴量が注視の向きやすさに関
して誘目性評価関数内では扱うことにする.こ
してどの程度影響を及ぼすかは不明であるため,
こでオブジェクトの縦横比は縦のサイズに関わ
DL*1 を基準として重みを設定する.図 4 の
らず一定としていることから,考慮すべき設計
データにおいて u*,v* 次元は差があると言え
パラメータを少なくするためにも縦のサイズの
るほどの大きな違いがみられなかったため,Du*,
みで面積に相当する特徴量を表すことにする.
Dv* の重みは同一とし重み係数を w1 と表記し
形状次元においては,実験条件で述べたよう
た.A2 においては重み係数を w2 と表記した.P
に今回用いた「O」,「X」の注視率は同等であっ
に対しては P 自体を定数 CP として扱っている
たことから,形状次元に対する特徴量 P は定数
ため重み係数の表記はしなかった.また,色次
CP として扱い,「O」のとき正,「X」のとき負
元においては色差的に影響することを仮定した.
として扱うことにする.
以下に各視覚的特徴次元別の式を記す.
3.2 視覚的特徴次元内での競合作用
( L*i )2
Ei*
前述したように,顕著性マップモデルでは各
視覚的特徴次元内で競合作用が生じるとしてお
N
n
り,実験 1 の結果からもそのような競合作用に
1
w12 {( ui* )2
L*n )2
[1 ( L*i
よる抑制が生じていることが示唆された.今回
*i )2 }
w12 {( ui*
*n )2 }]
*i
(
(
un* )2
1
(2)
複数の視覚的特徴次元の特徴量を結合するにあ
たっても,事前に各視覚的特徴次元内で生じる
Ai2
上記競合作用に相当する処理を各特徴量へ行っ
w2 Ai2
N
{1
n
た.以下に,「視覚的特徴次元において主要な
1
状態であるほど,それらの対象には注視が向き
Pi
Pi
にくくなる」といった機能を有する関数を示
N
す.
n
Fi
Fi
N
n
1
{1 (Fi
Fn ) }
1
1
{1 ( Pi
(4)
Pn )2 }
1
DEi*,A2i ,Pi は,オブジェクト i の競合作
(1)
2
(3)
An2 )2 } 1
w22( Ai2
用を考慮した各視覚的特徴次元における特徴量
と定義する.
式 (1) において Fi はあるオブジェクト i の特徴
3.3 各視覚的特徴次元の特徴量の結合
量を,Fi は競合作用後の特徴量を意味し,N
顕著性マップモデルでは特徴マップを結合す
は同時に呈示されるオブジェクトの総数である.
る際,各特徴マップの出力を線形結合する.本
式 (1) の分母の 内では,オブジェクト i,n
研究においても競合作用を考慮した特徴量を線
間で特徴量が近いほど 1 に近い値となるため,
形結合し,それらの出力値に対して実験 1 で確
同じ特徴量を有するオブジェクトが多いほど分
認された注視の向きやすさに関する周辺視野特
母の値は大きくなり Fi を抑制する機能を持つ.
性および「視覚的特徴次元の特徴量の組み合わ
オブジェクト間の特徴量が異なるものであれば
せ状態が類似しているほど,それらの対象には
分母の 内は 0 に近い値となるため,同じ特徴
注視が向きにくくなる」といった機能を考慮し
量を有するオブジェクトが他に存在しなければ
た.以下に式を示す.
Fi への抑制はほとんど働かなくなる.ここで i
と n が同じになる条件が必ず含まれるため,分
FCi
( Fi
N
母は 1 以下にはならない.
色,サイズ,形状次元に対して式 (1) を適用
– 12 –
n
1
{1 ( Fi
fi ) G( xi , yi , )
Fn )2
( fi
fn )2 }
(5)
1
式 (5) はオブジェクト i の異なる視覚的特徴次
3.4 注視率の算出
元の特徴量 Fi および fi の結合を表している(説
式 (6) は,注視の向きやすさを定量化するた
明のため,異なる視覚的特徴次元の特徴量を
めに,顕著性マップ上の値の導出過程を参考に,
.G は注視点に極
Fi,fi の 2 つと想定した場合)
また実験 1 で確認された特性を考慮して導出さ
大値を持つ 2 次元ガウス関数で,xi,yi はディ
れた関数である.注視率を At とし,あるオブ
スプレイに呈示されたオブジェクト i の注視点
ジェクト i の注視率 Ati を式 (6) による算出値
を基準とした相対的な水平成分,垂直成分を表
の比率によって推測できると仮定する.以下に
し,s は G の標準偏差である.そのため,ある
式を示す.
オブジェクト i の位置座標 (xi,yi) と注視点か
Ati
らの距離が大きくなるにつれて G による結合さ
れた特徴量への重み付けは小さくなり,その低
N
n
下率の度合いは s で表される.式 (5) は基本的
FCi
1
(7)
FCn
には式 (1) と同様の働きをする分母を有してお
図 8 の黒マーカは式 (7) によって実験 1 の注
り,特徴量 Fi と fi の組み合わせのオブジェクト
視率を推測した結果を表しており,各々の条件
が多いほど分母の値は大きくなるため抑制が働
のターゲットに対する注視率の実測値と推測値
き,同じ組み合わせを有するオブジェクトが他
とを比較したものである.(a) は被験者 RF,
に存在しなければ抑制はほとんど働かなくなる.
(b) は被験者 ST の結果である.ここで,Du*,
ここで,分母の Í 内 Fn および fn の各位置それ
D v* の重み w1,A2 の重み w2,G における s ,
ぞれに対してもオブジェクト n の視野位置によ
「O」,「X」の形状次元における特徴量 CP は実
る変化を生じさせることが考えられるが,この
験的に決定した.具体的には推測値を算出する
分母はオブジェクト間の視覚的特徴が同じであ
際,w1,w2,s ,CP を変動させ,「実測値 推
るのか異なるものであるのかを判別する機能で
測値」に対し高い決定係数となる値を用いた.
あるため,視野位置の変化による影響を大きく
個人差を考慮し,被験者 RF ではそれぞれ 0.07,
受けないよう視野位置による変化への補正が働
8.8,4.6,4.4,被験者 ST ではそれぞれ 0.06,
くと考え,視野位置による影響を無視できると
5.8,3.8,2.4 を用いた.図 8 の黒マーカにおけ
して扱った.過去の研究においても,カテゴリ
る推測値の算出にあたっては,実験 1 で確認さ
カル色知覚は中心視野での応答を広い視野範囲
れた「視野の外側へいくに伴って注視の向きや
20)
,これはカテゴ
すさは低下する」および「視覚的特徴次元の特
リカル色知覚メカニズムが色の見えを安定させ
徴量の組み合わせ状態が類似しているほど,そ
るために働いていると考えられている.
れらの対象には注視が向きにくくなる」といっ
で保つことが報告されており
式 (5) を基にオブジェクト i に対して色,サ
た新たな特性を考慮している.図 9 は,それら
イズ,形状次元の特徴量を結合し,以下に示
新たな特性を考慮しない場合の結果であり,式
す.
(6) の G および分母を定数 1 と置き換えて図 8
( Ei*
FCi
N
n
1
[1 ( L*i
(
*
i
Ai2
の黒マーカを再計算したもので,同時に呈示さ
Pi ) G( xi , yi , )
2
L*n )
*n )2 }
( Pi
w12 {(
w22( Ai2
Pn )2 ] 1
u*i
れるオブジェクト 48 個のその再計算値が同等
2
un* )
となることから図 9 の横軸にあたる式 (7) の算
出値は小さくなっている.なお,w1,w2,CP
An2 )2
は図 8 の黒マーカで用いた値と同じ値を用いて
いる.ここで図 8 の黒マーカにおいて被験者
(6)
RF,ST は同傾向で再計算後も同傾向であった
ため,図 9 においては被験者 RF の結果のみ示
– 13 –
(a)
図 9 ターゲットに対する注視率の実測値と推測値の
関係.図 8 の黒マーカのデータに対して,「視野の外
側へいくに伴って注視の向きやすさは低下する」およ
び「視覚的特徴次元の特徴量の組み合わせ状態が類
似しているほど,それらの対象には注視が向きにくく
なる」といった今回新たに取り入れた機能を考慮しな
い場合,注視率を推測することは困難となった.図は
被験者 RF の結果である.
らもわかるように今までの考え方を参考にする
のみでは注視率を推測することは困難であり,
今回提案する関数を用いることでおおよその注
視率を推測することが可能になったことは,非
(b)
図 8 ターゲットに対する注視率の実測値と推測値の
関係.実験 1 および検証のための実験 2 におけるター
ゲットの注視率を推測した.その結果,今回提案する
手法によって算出された値でその注視率を推測できる
ことが示された.(a) は被験者 RF,(b) は被験者 ST
の結果である.
常に有益なことであるといえる.
4 誘目性評価関数の検証(実験 2)
4.1 実験条件
実験 1 で確認された特性を考慮して導出され
た誘目性評価関数を検証するために,各視覚的
特徴次元それぞれに着目して行った実験 1 より
す.図 8 の黒マーカにおいては,注視率の実測
もさらに幅広い条件で同様の視覚探索タスクを
値と推測値の間に相関があることがわかる.そ
同被験者へ実施し,新たなデータの採取を行っ
の と き の 相 関 係 数 は , (a) で 0.757, (b) で
た.その際,L*,u*,v*,サイズ次元の全ての
0.829 であった.また前述した「実測値 推測
視覚的特徴次元によってターゲットが定義され
値」に対する決定係数は,(a) で 0.514,(b) で
るよう表 1 における L*,u*,v* 次元,また表
0.676 であった.本決定係数は注視率を精度よ
2 におけるサイズ次元の条件を組み合わせて新
く推測できているかを判断する 1 つの指標で相
たに視覚刺激を作成した.実験条件を表 4 に示
関係数よりも厳しい指標である.なお,本決定
す.また表 4 に示すように,任意の色において
係数は先に述べた相関係数を自乗したものでは
も実験を実施した.「表 1 表 2」条件におい
ない.決定係数からは決して精度よく実際の注
ては,背景は表 1,2 同様図 3 の無彩色背景を
視率を推測できているとはいえないが,図 9 か
用いたが,任意の色条件においては背景も任意
– 14 –
表 4 実験 1 により導出された誘目性評価関数を検証するための実験条件.
少数オブジェクト
表 1 表 2
※1
※2
任意の色
多数オブジェクト
L*
u*
v*
A [deg]
L*
u*
v*
A [deg]
45.7
65.4
9.1
53.6
41.1
41.1
2.2
141.1
40.2
40.8
4.5
34.0
1
1.3
1
1.3
65.4
45.7
53.6
9.1
41.1
41.1
141.1
2.2
40.8
40.2
34.0
4.5
1.3
1
1.3
1
の 色 と し ,( L*, u*, v*)( 93.1, 35.6,
数導出に用いられた実験 1 とは異なる条件で
25.4)であった.ここで,表 1 において u*,v*
あっても,今回提案する手法によっておおよそ
の絶対値は約 45(図 3)であったが,実験で用
の注視率を推測できることを示している.しか
いた LCD では(u*,v*)(45,45)の条件
しながら,図 8 において白マーカの方が黒マー
を作成することが不可能であったため,表 4 に
カよりもばらつきが大きく,白マーカの相関係
おける「表 1 表 2」の条件においては約 40 の
数が (a) で 0.605,(b) で 0.655,「実測値 推
値を用いることにした.表 4 における 4 つの組
測値」に対する決定係数が (a) で 0.213,(b) で
み合わせ条件各々には,ターゲットの色および
0.287 であることからもわかるように,その推
サイズが少数オブジェクトと共通(形状は多数
測精度は黒マーカよりも低下している.これは
オブジェクトと共通)
,または多数オブジェクト
実験 2 のターゲットは実験 1 と比べてより複数
と共通(形状は少数オブジェクトと共通)の 2
の視覚的特徴次元で定義されているために,各
条件が存在した.さらに,それら各々の条件は,
視覚的特徴次元の特徴量を結合する際に行われ
ターゲットの中心からの距離 3,5,7,9 deg の
た単純な線形結合が成立しなかったことが考え
4 条件が存在した.特に,「表 1 表 2」条件に
られる.本評価手法の精度を向上させるために
おいては,少数オブジェクトと多数オブジェク
は,非線形結合を含めた結合方法の検討が今後
トの比率を 9 : 38,16 : 31,23 : 24 の 3 条件実施
必要であると考えられる.なお図 8 の全データ
し,「任意の色」条件では 16 : 31 のみで実施し
を対象とすると,相関係数は,(a) で 0.700,
た.ここで 10 個目以降の少数オブジェクトは,
(b) で 0.727,「実測値 推測値」に対する決定
図 2 において多数オブジェクトの配置が予定さ
係数は,(a) で 0.487,(b) で 0.487 となった.
れていたいずれかの箇所へ呈示された.実験条
件数は 56 条件であった(被験者の負担を軽減
5.
図 10 は,図 8 の被験者別のデータ(a),(b)
させることを目的に,表 4 における※ 1,※ 2
それぞれの 23 : 24 条件はほぼ同じ刺激構成とな
全体的考察
を 1 つにまとめたものであり,実験 1,実験 2
ることから,※ 2 における 23 : 24 条件に含まれ
各々の条件に対し 2 人の被験者のデータより
る 8 条件は実施しなかった).被験者は 56 条件
ターゲットに対する注視率の実測値と推測値を
を 1 セットとして,各セット間で休憩を挟みな
求めて比較したものである.ここで,Du*,Dv*
がら 20 セット行った.
の重み w1,A2 の重み w2,G における s ,「O」,
「X」の形状次元における特徴量 CP は図 8 の黒
4.2 注視率の推測
図 8 の白マーカは,図 8 の黒マーカで用いた
マーカと同様の方法で決定し,それぞれ 0.06,
誘目性評価関数により実験 2 の注視率を推測し
7.0,4.2,3.1 を用いた.図 10 より,注視率の
た結果を表しており,各々の条件のターゲット
実測値と推測値の間に相関があることがわかる.
に対する注視率の実測値と推測値とを比較した
そのときの相関係数は,0.817 で,「実測値 推
ものである.図 8 の白マーカは,誘目性評価関
測値」に対する決定係数は 0.657 であった.決
– 15 –
による信号が影響を及ぼしていることが予想さ
れる.これらトップダウンの信号による影響は
観察者がおかれた状況や観察者自体によっても
変化するため,トップダウンによる信号を考慮
することは容易ではないが,今後,本手法の精
度をより高めていくためにはこれらの影響を別
途検討する必要があると考えられる.
図 5 においてあるオブジェクトの呈示位置が
視野の外側に行くほど注視率は低下し,その変
化をガウス関数で表せることを示したが,式 (7)
においてはあるオブジェクトの式 (6) による算出
図 10 ターゲットに対する注視率の実測値と推測値
の関係.図 8 の被験者別のデータ (a),(b) を 1 つに
まとめた結果を示す.図 8 よりも精度よく注視率を推
測できていることが確認できる.この結果は,被験者
間のばらつきよりも注視率自体のばらつきが大きいこ
とを示唆している.
値が分子だけでなく分母にも含まれているため,
式 (7) によって注視率を推測する場合,あるオ
ブジェクトの視野における注視率の低下は直接
2 次元ガウス関数で表されず,呈示位置に伴っ
た 2 次元ガウス関数による重みの影響を間接的
に受ける.このとき,あるオブジェクトの式 (6)
定係数からもわかるように,図 10 は図 8 より
の算出値が同時に表示される全オブジェクトの
も精度よく注視率を推測できていることを示し
その算出値の総和に対し占める割合(推測され
ており,さらに相関係数からわかるように全体
る注視率)が大きいほどその近傍において注視
的なばらつき自体も小さくなっていることがわ
率の変動率はより小さくなるといった特性を持
かる.これらの水準は最も精度よく注視率を推
つが,算出される視野における注視率の低下は
測できていた図 8 の黒マーカ (b) と同程度であ
基本的に 2 次元ガウス関数による低下と同じよ
る.この結果は,被験者間の個人差によるばら
うな傾向で示される.しかしながら本条件にお
つきよりも注視率自体のばらつきが大きいこと
いては, 注視点から 3 deg 未満の領域へオブ
を示唆している.そのため,本実験においては
ジェクトを呈示していないため注視点近傍での
各条件に対して 20 トライアルを各被験者へ実
実際の挙動は不明である.そのため,今後注視
施したが,より対象となるサンプル数を増せば
点近傍における挙動を確認したうえで,ガウス
注視率の値は図 10 でみられたようにある値へ
関数が注視率を推測するうえで最適であるか,
と収束していき,さらに「実測値 推測値」に
もしくはそれ以外の関数が最適であるのかを検
対する決定係数を向上させることが予想される.
討する必要があると考えられる.
注視率のばらつきが大きいその他の要因として
なお,今回色次元の特徴量を算出するために,
は式 (1),(5) の分母において式の簡略化のため
均等色空間として規定されている CIELUV 表色
に視野位置による影響を完全に無視したこと,
系を利用しているが,比較的大きな色差を扱う
各特徴量の結合を線形結合として扱ったこと,
場合その均等性は保証されない 21).このことか
トップダウンによる信号の影響を考慮していな
ら色次元の特徴量に対する最適な数値化手法に
いこと等が考えられる.本論文においてはボト
ついても,他の色空間を含めたうえで今後確認
ムアップによる信号のみを用いて注視率の推測
や検討が必要であると考えられる.
を検討しているが,視覚的注意の移動に対して
これまでの視線の移動を評価する手法は顕著
トップダウンによる信号が必要不可欠であると
性マップモデル等を用いていたが,これらの手
いった主張も多く 7,8),少なからずトップダウン
法では顕著性が高い箇所順へ視覚的注意または
– 16 –
視線が移動するといった出力のみで,あたかも
次に,実験で確認された注視の向きやすさに
その出力のみしか起こり得ないような印象を与
関する特性を考慮しながら,視対象物の設計パ
え,その信頼性の程度(確率)を出力するもの
ラメータより注視率を算出できる誘目性評価関
ではなかった.本手法のように注視が向く確率
数を検討,導出した.また,導出した関数に
を利用する手法を,今回用いたようなオブジェ
よって実際の眼球運動データを推測できるのか
クトだけでなく様々な視覚情報へ展開できれば,
確認した.誘目性評価関数を導出するために,
より柔軟な視認性評価手法の構築が実現できる.
始めに注視の向きやすさの定量化について検討
本関数は「実験条件の簡素化により,誘目性に
した.その際,「視野の外側へいくに伴って注
関する特性を明らかにする」といった観点から
視の向きやすさは低下する」という特性を 2 次
導出されたものであるが,本実験条件において
元ガウス関数を用いて定式化した.その他に,
実際の眼球運動を推測することを可能としたこ
眼球運動データより示唆された「視覚的特徴次
とから,新たなモデルを作成する場合にも本関
元の特徴量の組み合わせ状態が類似しているほ
数の有効性は変わらないと考えられる.
ど,それらの対象には注視が向きにくくなる」
6.
といった機能を,「視覚的特徴次元において主
まとめ
要な状態であるほど,それらの対象には注視が
本研究では,はじめに誘目性に関する特性を
向きにくくなる」といった機能と併せて取り入
把握するために視覚探索における眼球運動の計
れ,注視の向きやすさを定式化した.その式を
測を行った.眼球運動の計測において既存の視
用いて,一度に表示される全オブジェクトのそ
覚探索モデルでは考慮されていなかった周辺視
の算出値の総和に対するあるオブジェクトのそ
野特性に特に着目し,オブジェクトを構成する
の算出値の比率によって注視率を推測できるか
初期的な視覚的特徴次元別にその傾向が異なる
を,実際の眼球運動データで検証した.その結
のかを実験的に検討した.
果,今回提案する関数を用いることでおおよそ
その結果,ターゲットが視野の外側に呈示さ
の注視率を推測することが可能になった.今回
れるにつれて徐々にターゲットへの注視率が低
新たに取り入れられた「視野の外側へいくに
下していくことが確認でき,その影響は注視率
伴って注視の向きやすさは低下する」,「視覚的
を推測するうえで無視できるほど小さいもので
特徴次元の特徴量の組み合わせ状態が類似して
はないことを示した.また,その注視率の低下
いるほど,それらの対象には注視が向きにくく
は色,サイズ等の次元に依らず生じており,視
なる」といった機能を考慮しないと注視率を推
野の外側へいくに伴って生じる注視率の低下の
測することが困難であったことから,本提案手
程度は各視覚的特徴次元間で大きな違いがない
法は非常に有効であるといえる.
ことを確認した.
文 献
顕著性マップモデルでは各視覚的特徴次元内
で競合作用が生じるとしているが,本実験にお
いても同様の競合作用による抑制が生じ,視覚
的特徴次元において多数な存在であるほど注視
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れは,視覚的特徴次元の特徴量の組み合わせ状
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