バックスクロール錯視の中心視野周辺における異方性 ○藤本 清 八木昭宏 (関西学院大学大学院文学研究科)(関西学院大学文学部) key words: visual motion illusion, parafoveal vision, biological motion バックスクロール錯視(backscroll illusion)とは歩行者,動 物,自動車などの移動物体の背景に誤りの動きが知覚される 現象である(http://www.h6.dion.ne.jp/~fff/backscroll/).多くの 場合,運動対比が生じる.バックスクロール錯視は,物体中 心の高次運動表象が網膜中心の低次運動表象を変調すること を示す.これまでの研究で中心視野における知覚特性を明ら かにした(Fujimoto, 2003; Fujimoto & Sato, 2003) .しかし,日 常生活では周辺視野で移動物体を観察する事態も頻繁にある. そこで,本研究では周辺視野の知覚特性を問題とした. 周辺視野では網膜中心の運動知覚処理の精度が下がること が心理物理学的研究で報告されている.一方,神経生理学研 究は,物体知覚に関係した神経細胞の受容野が大きいことを 示している.従って,周辺視野では物体中心の運動知覚処理 が支配的になり,バックスクロール錯視が増強することが予 測できる. 【方法】 被験者:心理学専攻の大学生,大学院生 12 名. 実験装置:ビデオ画像をコンピュータ(Apple PowerMac G4) で作成し,17 インチ CRT モニタ(EIZO T566)に提示した. 刺激:刺激のビデオ画像は横向きの歩行者と位相反転縞から 構成した(Figure 1a) .位相反転縞は正方形の縦縞で,一辺の 長さは視角 5 deg であった.平均輝度は 30 cd/m2,輝度コン トラストは 60%であった.縞の空間周波数は 2 cyc/deg であっ た.輝度コントラストを標準偏差1 deg のガウス窓で変調し た.縞の時間周波数は 2.8 Hz と 8.3 Hz であった.本実験で用 いた歩行者の歩行速度に対しては,8.3 Hz でより高い確率で 錯視が知覚されることを確認していた. 歩行者は Curious Lab Poser 5 によりモデリングした.歩行 者の見かけの効果を相殺するために,性別,肌および服の色 の異なる 8 種類のモデルを用意した.歩行者画像の高さは 2.4-2.9 deg で,歩幅は 1.2 deg であった.歩行者は左あるいは 右を向き, 画面上で並進せず, 位相反転縞の中央で足踏した. 刺激の提示位置を画面上で変えて網膜偏心度を操作した.網 膜偏心度は 7 条件,耳側と鼻側の 9 度,6 度,3 度,そして, 中心視野 0 度であった.刺激の提示時間は 0.36 s であった. 手続き:被験者の課題は,片眼で刺激画像を観察し,位相反 転縞に対する知覚印象を回答することであった.強制 3 選択 肢課題とし,左方向の運動,右方向の運動,特定方向の運動 のない位相反転(flicker)のいずれかで反応させた.結果の 分析において,運動反応は歩行方向と関連付けて対比反応 (contrast)と同化反応(assimilation)に分類し直した. 【結果】 偏心度を歩行者の向きに関して分類して分析を行った結果, 歩行者が中心視野から遠ざかるように見える場合に,バック スクロール錯視が知覚される確率が高くなる傾向にあり,偏 心度 3 度から 6 度で最高確率となった(Figure 1b,c) . 【考察】 本実験の結果は中心視野周辺におけるバックスクロール錯 視の異方性を示した.周辺視野の運動知覚において,支配的 とは言えないものの,物体中心の高次運動表象が効果を有す ると言える. 周辺視野では網膜中心から遠ざかる運動が知覚されやすい と言われる.この遠中心窩性が高次運動知覚にも存在し,歩 行者の知覚を促進させ,異方性を生じさせたのかもしれない. あるいは,観察者の意図や興味などの知覚外の要因によっ て説明できるかもしれない.歩行者が中心視野から離れる場 合には,眼球追従を行い,解像度の高い中心視野で歩行者を 捉えた方が良い場合がある.本実験では実際には眼球は動い ていなかったため,追従の意図が運動知覚を変調した可能性 が考えられる(Helmholtz の outflow theory) .また,追従は観 察者の歩行者に対する興味に基づくであろう.本実験の結果 は社会的知覚が物体・空間知覚を変調することを意味するか もしれない. 【引用文献】 Fujimoto, K. (2003) Motion induction from biological motion. Perception, 32, 1273-1277. Fujimoto, K. & Sato, T. (2003). Backdrop motion illusion from images of a walking human figure. Japanese Journal of Psychonomic Science, 22(1), 27-28. (Kiyoshi Fujimoto & Akihiro Yagi, 2005) Figure 1. (a)刺激として用いたビデオ画像の一場面. (b)時間周波数 2.8 Hz 条件の結果. (c)時間周波数 8.3 Hz 条件 の結果.結果のグラフの縦軸は被験者 12 名による平均反応率を示す.横軸は偏心度を表す.負の偏心度は歩行者が中 心視野に向かう条件,正の偏心度は歩行者が中心視野から離れる条件を意味する.
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