水と土のプロジェクト - 市民研アーカイブス

PJ report
どよう便り 83 号(2005 年 1 月)
のは当然であり、それを容易に与えられないところに、
水と土のプロジェクト
ナノテク(のみならず先端技術)リスクの議論に市民
を巻き込むことの難しさがある。むろん専門家に対して
して忘れてはならないのは、本当の危険はそれとわかる
「土のバーチャル博物館」構想アイデア探求の旅
その 2「金沢 21 世紀美術館」編
ような姿かたちを持たないことである。むしろわれわれ
文責:森 元之
は、素人の目で見、語ることを期待したいが、一市民と
は歴史から、科学の専門家すら予測しきれないところに
将来の大きなリスクが潜んでいることを学んだ。テクノ
ロジーに対するこれまでのスタンスを考え直す契機とし
2004 年 10 月に開館したばかりの金沢 21 世紀美術館
て、今後ナノテクについてより深く考えていく必要があ
(注1)は、巨大な円形の建物で、それ自体が未来美術
りそうである。
品という印象です(写真①)。内部もガラスや白い壁に
よって大小の展示室に分割されており、迷路のようで
4.ナノテク研究と社会
す。今回の旅では、開館記念展「21 世紀の出会いー共鳴、
ナノテクという言葉はバイオや IT と異なり、ある限
ここ・から」を訪ねました。
定された分野を指し示す言葉ではなく、むしろテクノロ
ジーがナノの世界に達したことを象徴するものともいえ
■ 21 世紀はボーダーレス
る。そこでは、
応用開発(テクノロジー)と科学研究(サ
まず全体として感じたのは、「21 世紀は博物館・美術
イエンス)の垣根はますます低く、研究者の社会的責任
館・科学館などがボーダーレスになる時代なんだな」と
がより強く問われるのは当然の流れといえるだろう。
いう印象です。というのも今回の展覧会では、旧来の平
一方で、予算の流れを通じ研究の現場は(研究テーマ
面絵画や彫刻、写真、金沢という土地柄による伝統工芸
などにおいて)
、社会の影響を強く受けてきた。また、
の技法を生かした作品のほか、いくつもの「インスタレー
研究者には絶えず生産性を上げることが要求されてお
ション」作品(注2)があり、さらには音響や映像との
り、それは現在のような過度に専門・細分化された体系
組み合わせ、コンピュータ・グラフィックス、生きた植
を作り上げた一因とも思えるのである。論文という専門
物を利用した展示などもありました。
分野への貢献だけが評価される仕組みの中で、社会への
一番驚いたのは「光造形樹脂」で作られた「全置換型
影響まで考える余裕などなかったというのが正直なとこ
人工心臓」(川崎和男)が展示されていたことです(川
ろではないだろうか。ここにきて、高度に専門化した研
崎氏はデザインディレクターであり医学博士の経歴を
究の現場と、様々な要素が有機的に関係しあう生活の場
持っています)。人工心臓の模型が医療器具の展示場で
という、いわば社会システムによって隔てられた二つの
はなくアートの文脈に置かれているのは、一見場違いで
世界観のギャップこそ、当初に感じた違和感の正体であ
すが、しかしその純粋なまでの機能美と技術の高さから
るように思い至った。
判断すると、至極当然のことのように感じられました。
中には、エネルギー問題やエコロジーへの志向を秘め
上記報告書は、ナノテクによる利益がどのように配分
ている作品、あるいは日本のアニメ・オタク文化から影
されるべきか、それは誰がどのように主導するべきかな
響を受けた作品もありました。ジャンルも展示スタイル
ど、現在の制度を越えた課題まで幅広く問題提起してお
も、そしてハード・ソフト両面の器である博物館、美術
り、まだまだ勉強できることが多そうである。ところで
館、科学館という旧来の枠組みも、すでに区分けするこ
『プレイ』の結末はどうか。それがハッピーエンドかど
とがいかに無意味な時代になっているかを強く感じまし
うかは敢えて書かないことにするが、結末の描き方にも
クライトンのテクノロジーへの見解が反映されている。
ナノテクに興味の無い方でもいつの間にか物語に引き込
まれ、時間を忘れて楽しめる内容となっている。まずは
ご一読を。
(1) 1 ∼ 100 ナノメートルスケールでの物質の微細加工技術・操作技術を
幅広く指す言葉。1 ナノ =10 億分の 1
(2) Nanoscience and Nanotechnologies: opportunities and uncertainties,
http://www.nanotec.org.uk/finalReport.htm より入手可能。
(3)『プレイ』中のナノロボットはバイオ技術を援用して化学的に量産さ
れており、スモーリーの批判を逃れた形になっている。特定の筋書きの
実現可能性・不可能性のみを議論しても、この手の論争に完全に終止符
を打つことはできないようである。
▲写真①金沢 21 世紀美術館 (写真提供:金沢 21 世紀美術館)
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どよう便り 83 号(2005 年 1 月)
PJ report
▼写真③「スイミング・プール」
(レアンドロ・エルリッヒ)
(写真提供:金沢 21 世紀美術館)
▲写真②「ブレインフォレスト」
(ゲルダ・シュタイナー & ユルグ・レンツリンガー)
(写真提供:金沢 21 世紀美術館)
た。
「土のバーチャル博物館」はまさしくボーダーレス
にならざるを得ない企画ですから、時代の追い風を感じ
ます。トイレルームの中にまで小さな作品が展示されて
いるアイデアなどは、最初は驚き、その後微笑んでしま
いましたが、きっとどこかで使えそうです。
げる体験を、服を着たまま体を濡らすことなく、誰もが
できる仕組みになっているのです。
■「土のプラネタリウム」のヒント
この二つの作品から、土の中を疑似体験できる仕掛け
展示してある作品はどれも魅力あるものでしたが、誌
ができないかと考えました。それが、ちょうどメンバー
面の関係で2つの作品を紹介しましょう。1つは「ブレ
の一人である後藤高暁さんから提案のあった「土のプラ
インフォレスト」
(ゲルダ・シュタイナー&ユルグ・レ
ネタリウム」という考えと結びつきます。宇宙の星を見
ンツリンガー)です(写真②)
。
「天井高 12m の展示室
るプラネタリウム、人間の神経網を体感できる「ブレイ
一体を覆うこの『森』は、脳内の神経系ネットワークシ
ンフォレスト」、そして水に濡れないで水中からの視点
ステムと生態系の多様性の融合をテーマとしたインスタ
が得られる「スイミング・プール」。これらのアイデア
レーション」です。脳内の神経網のように、自然の植物
を組み合わせれば「土のプラネタリウム」も実現可能な
(様々な樹木の枝、流木やつた類)
、電気コード、プラス
ことの射程範囲に入っていると感じました。
チックのおもちゃ、人形などの人工物が糸・針金・接着
次回は青森の三内丸山遺跡の訪問記です。
剤・紐などで結び付けられています。確かにその展示室
(注1) http://kanazawa21.jp/
(注2)「インスタレーション」とは、1970 年代以降アート分野に出現し
た動き・概念。展示空間に応じて作品を作ったり構成したりするスタイ
ルで、時には作品に触れることもできる。また、作品内部に入ることが
できる大きな仕掛けの場合もあり、そのため同じ状態のものは 1 回しか
作れないこともある。
【参考文献】金沢 21 世紀美術館『21 世紀の出会いー共鳴、ここ・から
展覧会ガイド』
にいると、誰かの脳内に入り込んで、その人の思考や思
い出の断片がどのように配置され、つながっているのか
を垣間見ているような印象を受けました。
もう1つは「スイミング・プール」
(レアンドロ・エ
ルリッヒ)
という恒久設置作品です
(写真③)
。前述の「ブ
レインフォレスト」の出口から階段を降りて地下通路を
抜けた先にプールがあり、そこが中庭に造られたプール
になっています。表面には水が波打つ仕掛けがしてあり
※本記事掲載の写真を快くご提供くださいました金沢
ます。つまり、プールにもぐって水面を通して空を見上
21 世紀美術館様に、心から感謝申し上げます(編集部)
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