レスピーギ/交響詩「ローマの松」 「ローマの噴水」が同時代のローマの1日をシンボリックに描いたとすれば、1924 年に完成された「ローマ の松」は栄光に輝く古代ローマが舞台である。ムッソリーニがローマを制圧し、首相となったのが 1922 年。 イタリアはファシストの体制へと進んでいく。 第1部の「ボルゲーゼ荘の松」で描かれている現代から、ふっと静かになると、突如、キリスト教弾圧時 代の古代の情景がよみがえるのである。以前、V.フォンタナの論⽂「〈松〉の庭園」という論⽂で、1608 年のボルゲーゼ荘の庭園の植樹から、ローマの庭で育てられていった松林の⼩史を読んだことがある。彼に よれば松林が広がっていったのは17世紀から。したがって、松はそもそも古代ローマのシンボルではないの だが、この曲では松があたかもローマという街の歴史的証人であるかのように、一つ一つの楽章のタイトルに 付けられている。論⽂には広⼤な⼟地が整然と区画され、その中にきちんと植えられた松の配置図やスケ ッチが含まれていた。それをみて、松ときいて海辺の⾃然林や⼭河を象って植えられた日本庭園を思う浮 かべる日本人とは異なり、ローマ人にとっての松は幾何学的な設計がほどこされた庭園に、ローマ人の⼿で 植えられて育まれ、ローマという街の歴史をみてきたのだという気がした。 第1部「ボルゲーゼ荘の松」は騒然とにぎやかな楽想で始まる。庭園に遊ぶ子どもたちのすがたを、生き 生きと描写している。ここで古代へとワープして、第2部は「カタコンブ付近の松」。カタコンブとは初期キリス ト教徒の地下集会所のことで、ここではグレゴリオ聖歌が引用される。ミュートをつけたトランペットのソロが 舞台裏からきこえる。クライマックスののち、きらめくピアノのカデンツァに導かれて第3部「ジャニコロの松」が はじまる。木管による⼩鳥のさえずり、チェロによるメロディが感傷的な気分を呼び起こす。空気の震えまで 伝えるドビュッシーに似て、神秘的でなまめかしい南イタリアの夜の空気を思わせる。最後に本物の鳥の声 をきかせるのもレスピーギらしいアイディア。第4部「アッピア街道の松」では、古代の軍隊の足音を模した モチーフが低弦で反復される。しだいに⾼まっていく⾦管楽器のメロディは輝かしく、ドラマティックな表現に 圧倒される。 解説 音楽学者 白石美雪 ※掲載された曲目解説の無断転載、転写、複写を禁じます。
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