2009 年度夏学期「比較大学経営論(1)」 報告書 アメリカの大学教育改善メカニズム 2009 年 10 月 東京大学大学院教育学研究科 大学経営・政策コース 夏期集中講義参加者一同 1 2 目次 はじめに ............................................................................................................................... 5 第1章 アメリカの大学教育改善機能の趨勢 第1節 教育改善の制度的枠組み(八木宏晃)................................................................... 7 第2節 学生サービス専門職団体(一澤真紀)................................................................. 11 第3節 アカウンタビリティとデータベース(長野公則) ............................................... 17 第2章 第1節 主要なアクター OIR 1-1 OIRの沿革(篠原貴士) ............................................................................... 22 1-2 OIRの機能(白男川学) ............................................................................... 28 1-3 AIR(保坂亜矢子) ...................................................................................... 37 第2節 学生調査 2-1 学生調査(谷村英洋) ...................................................................................... 42 2-2 NSSE(秋山利明) ...................................................................................... 48 SOTL(黒沼敦子).......................................................................................... 53 第3節 第3章 第1節 インディアナ大学における教育改善の実例 制度的枠組み 1-1 インディアナ大学の特質(尾崎俊夫) ............................................................. 57 1-2 州政府の高等教育政策と大学の政策(若山信行) ........................................... 62 第2節 教育改善のための学内組織 2-1 ISS、FACET等(石岡吉泰)................................................................. 69 2-2 Academic Advising(一澤真紀) ..................................................................... 74 2-3 小規模キャンパスの取組み(小池田晶子) ...................................................... 79 第3節 OIR 3-1 組織(松井豊) ................................................................................................. 84 3-2 活動(坂西隆志) ............................................................................................. 90 第4節 学生調査の用途 4-1 外向け:アカウンタビリティとの関連(福井文威)........................................ 98 4-2 内向き:教育改善への利用(尾園智彦) ....................................................... 105 第5節 SOTL(黒沼敦子)........................................................................................ 110 3 執筆者一覧 A班 谷村英洋 黒沼敦子 尾園智彦 一澤真紀 秋山利明 八木宏晃 B班 坂西隆志 松井豊 長野公則 篠原貴士 白男川学 保坂亜矢子 C班 小池田晶子 尾崎俊夫 山岸直司 若山信行 福井文威 石岡吉泰 編集責任者:両角亜希子(大学経営・政策コース 4 講師) はじめに この冊子は、東京大学大学経営政策コースが 2009 年度夏学期に開講した授業「比較大学 経営政策論(1)」 (担当:金子元久、両角亜希子)の学生レポートをまとめたものである。 この講義は、世界各国の大学経営の構造と実務の様態について基礎的な知識を得るとと もに、それを日本の場合と比較することをつうじて、日本の大学経営のあり方についての 見方を形成することを目的としている。今年度は特に、大学の教育改革と学習行動のモニ タリングの役割に焦点をあて、アメリカのインディアナ大学ブルーミントン校、およびイ ンディアナ大学(インディアナポリス)をケーススタディの対象とした。現地では、イン ディアナ大学ブルーミントン校の機関調査部門(The Office of University Planning, Institutional Research, and Accountability; UPIRA)長である Vic Borden 氏の協力を得て、 下記のスケジュールで行った。 7月11日(土) 講義:アメリカの大学教育改革、班編制、事前課題の設定 7月25日(土) 旅程うちあわせ等 8月1日(土) 事前課題の口頭発表 8月 9日(日) 成田 → ブルーミントン 10(月) 各自の確認項目の発表 Reception with IU Higher Education faculty 11(火) Lecture 1: Institutional Research and Assessment Context –Vic Borden The Scholarship of Assessment at IU Bloomington – Joan Middendorf 講義内容の確認、講義内容・討論まとめの作成、討論 12(水) Lecture 2: The Survey Research Program at IUPUI – Vic Borden Survey Development, Revision and Validation – Gary Pike 講義内容の確認、講義内容・討論まとめの作成、討論 13(木) Lecture 3 : The NSSE(National Survey of Student Engagement) Survey – Bob Gonyea The Use of NSSE at IUPUI and IU– Vic Borden 講義内容の確認、講義内容・討論まとめの作成、討論 14(金) ブルーミントン 15(土) → 成田 9月5日(土) 担当領域について現地調査をふまえて口頭発表 9月26日(土) 成果レポートのしめきり 5 6 1-1 教育改善の制度的枠組み 八木宏晃 1. はじめに-アメリカの大学教育改善に関わる諸制度 わが国に先駆けて大学教育の大衆化・ユニバーサル化を迎えたアメリカにおいては、そ れに伴う大学教育改善への社会的圧力から、教育改善に関わる様々な取り組みが行われて きた。たとえば、大学内においては Office of Institutional Research(OIR)による調査を中 心とした機関的取り組みや、Teaching Center などによる個々の教員の授業実践に対する支 援、あるいは、Scholarship of Teaching and Learning(SoTL)のような教員たちによる運動 などが挙げられるだろう。また、大学教育のプロセスや成果を測定し教育改善につなげる、 さらには、教育改善の成否を測定するものとして、学生調査やラーニング・アウトカム調査 が重要な役割を果たしている。これらのうち、OIR・SoTL・学生調査についての詳細な説 明は後の章に譲り、本章では、高等教育をめぐる制度の中でも大学教育改善に果たす役割 が大きいと考えられる次の 3 点-(1)アクレディテーション、(2) 連邦政府の奨学金、(3)州 政府による業績評価と資金分配-について、それぞれの制度がどのように教育改善につな がるのかを中心に述べる。 2. アクレディテーション 近年、日本においても、 「教育改善」あるいは「教育の質保証」といった話題に付随して、 しばしば、アクレディテーション(認証評価、あるいは適格認定)という言葉を耳にする。 アクレディテーションとは、教育機関ないしは、その実施する教育プログラムが、第三者 機関の定める一定の基準を満たしているかを評価し、教育機関・プログラムを認定しよう というものである。 アクレディテーションはアメリカにおいて成立・発展した制度である。アメリカにおい ては、教育に関する権限は連邦政府ではなく州政府にあるものとされてきた 1 。すなわち、 大学の管理運営は、設置認可から資金の分配にいたるまで、各州が各々の独自の責任と権 限において行ってきた。したがって、各州において政府が定める大学の「質」の基準まち まちであり、アメリカ合衆国全土にわたって統一的に大学の「質」を保証する行政システ ムが存在しなかったのである。前田(2003)によれば、このような事情を背景に、教育に関す る権限を持たない連邦政府、ならびに、各々が独自の基準で大学を管理運営する州政府を 離れて、大学関係者の組織した第三者機関によるアクレディテーション-適格認定が成 立・発達してきた。ゆえに、アクレディテーションは、アメリカの大学が自身の質を証明 する手段として、あるいは学生や政府が大学の質を見極める基準として、大きな意味を持 1 「この憲法によって合衆国に委任されず、また州に対して禁止していない権限は、それぞ れの州または人民に留保される。」 (アメリカ合衆国憲法:修正第 10 条) 7 ってきた。 アクレディテーションは、設立時に一度受ければよい設置認可と異なり、定期的に再認 定を受ける必要がある。また、アクレディテーション団体は、アクレディテーションを出 すにあたって、大学に対して一定の要求―しばしば教育改善に関する要求、を行う。した がって、大学は、アクレディテーションを維持するための努力を継続的に行なわなければ ならない。これこそが、アクレディテーションが教育改善に貢献する理由であろう。すな わち、アクレディテーション団体からの要求に基づき、あるいは次回の高評価獲得のため に、大学は教育改善に努めるインセンティブが働くだろう。その教育改善の努力に対して、 次回のアクレディテーションにおいて評価が下されるから、教育改善のポーズだけではな く、実効性が求められる。大学はアクレディテーションのために、効果的な教育改善を目 指さざるをえなくなるのである。 すなわち、アメリカにおけるアクレディテーションの重要性と、アクレディテーション という第三者機関による継続的な測定・評価が、各大学に対して継続的な教育改善の努力 と成果を要求しているといえる。 3. 連邦政府の奨学金 先にも述べたとおりアメリカにおいては、合衆国憲法修正第 10 条に基づき、教育に関す る行政・管理は州政府が実施している。すなわち、連邦政府は教育に関して直接的な関与 を認められていない。しかし、実際には、間接的な資金の援助-学生への奨学金や研究資 金の提供、という形で高等教育に対して大きな役割を果たしている。たとえば、アメリカ の学士課程学生の約 6 割が奨学金の受給を受けており、その奨学金の約 6 割は連邦政府の 出資する資金に由来するものである 2 。 この連邦政府支出による奨学金の受給資格の中に、 「アクレディテーションによって認定 を受けた大学に在籍している」ことが含まれている 3 。したがって、アクレディテーション を受けなければ、連邦政府の出資する奨学金を受給しないと大学に通うことができない学 生を獲得することができなくなる。先に述べたとおり、ほぼ 6 割の学生が何らかの奨学金 を受給して大学教育を受けているアメリカにおいては、これは著しい学生獲得競争力の低 下につがなる。すなわち、アメリカの大学は、連邦政府支出の奨学金を通しても、アクレ ディテーションを受けることへの圧力を受けているのである。これは、間接的に、連邦政 府奨学金制度もまた、アクレディテーションに必要な教育改善の努力を迫っているといえ るだろう。 つまり、アメリカの大学は連邦政府からも、奨学金受給資格を通して間接的に教育改善 の必要に迫られているといえる。 2 3 柳浦(2009)より アメリカ高等教育法(1965) 第4編に規定 8 4. 州政府による業績評価と資金分配 アメリカの大学は、その設置者によって区分すれば、大きく私立大学と州立大学に分 けることができる。私立大学・州立大学のいずれもが、州政府の管理下にあり、たとえば、 私立大学も州立大学も、各州の定める設置認可基準 4 にしたがって設置される。また、州立 大学に限っては、管理運営も州政府によって行われる。管理運営の詳細な制度は各州によ り様々であるが、それでもある一定の最大公約数的な制度もある。たとえば、各大学への 資金の分配方法などがその例として挙げられるだろう。 従来、経常費に対する州政府からの交付金の決定には、「フォーミュラ予算」が用いられ てきた 5 。しかし、近年、業績評価を資金配分と連動させる「業績予算」を採用する州が増 加している。業績予算とは、あらかじめ設定した評価指標に沿って、大学の教育・研究・ 運営を評価し、その結果を予算編成や配分に反映させる手法である 6 。 州立大学の収入のうち、 州政府からの交付金は全体の 3 割弱を占める最大の財源である 7 。 ゆえに州政府からの交付金の増減は、州立大学にとって非常に大きな問題である。業績評 価がその分配に反映されるとあれば、各大学は教育改善等について努力をせざるを得ない。 場合によっては、州政府は政策的な意図を持って、教育改善の努力を促すことも可能であ ろう。 すなわち、資金分配を業績評価と連動させることによって、大学は教育改善に対して非 常に強いインセンティブを受けると考えられる。 4 設置認可といえば、「質」保証の話題においてしばしば登場するキーワードである。ただ しこれは、文字通り設置時に満たすべき「質」の基準、すなわちスタートラインを定める ものである。一方、「教育改善」は、大学が教育活動を行っている途上におけるもの、いわ ば、走り出した後に「質」向上のための取り組みといえる。したがって、設置認可は「教 育改善」というキーワードとは多少性質が違うと考えられるため、ここでは設置認可は扱 わない。 5 「フォーミュラ予算とは、あらかじめ設定された算定式を用いて交付額を算定する手法で あり、教育費、研究費、学生サービス費などが様々な算定式で積算され、その合計額がブ ロックグラントとして各大学へ交付される」(吉田 2007) 6 吉田(2007)より 7 National Center for Education Statistics (2009) より 9 参考文献 前田早苗, 2003,『アメリカの大学基準成立史研究』, 東信堂 森利枝, 2005,「アメリカにおける円額教育と連邦奨学金-いわゆる 50%ルールを中心に-」, 大学評価・学位研究 第 2 号, pp69-84, 独立行政法人大学評価・学位授与機構 柳浦猛, 2009,「アメリカの実質学費」, 大学財務経営研究 第 6 号, pp173-193, 国立大学 財務・経営センター 吉田香奈, 2007,「アメリカ州政府による大学評価と資金配分」, 大学財務経営研究 第 4 号, pp113-129, 国立大学財務・経営センター National Center for Education Statistics, 2009, “Digest of Education Statistics 2008.” 10 1-2 学生サービス専門職団体 一澤 真紀 1.アメリカにおける専門職員 アメリカの大学における専門職員には、 「司書やカウンセラーのような資格を要する職種 だけでなく、人事管理の専門家やアドミッションオフィサーといったビジネス、教務、学 生サービスといった職務分野で中核的な役割を果たす大学職員も含まれ 1 」、補助的な役割を 担う一般職員とは区別されることが多い。アメリカにおいて専門職員の人数は増加傾向に あ り 、 NCES の 統 計 資 料 に よ る と 、「 教 職 員 に お い て 教 員 外 専 門 職 員 (non-faculty professional)が占める割合が、1976 年の 10.6%から 2005 年には 23.1%まで上昇し、逆に 専門職ではない一般職員の比率は 45.1%から 31.1%に減少している 2 」。 アメリカの大学における専門職員は、もともと教員が担っていた教育に直接関係しない 業務を、教員以外の職員が担うようになり、その結果として業務内容や業務量も増大して いった。また、大学が拡大し、業務が高度化、複雑化していくのに伴い、大学職員の職務 も専門分野別に更に分化し、職員の数も増大していった。 アメリカの大学職員について、日本との大きな違いとして特筆すべき点は、その流動性 である。日本の大学職員の場合、採用は長期雇用を前提としている場合が多いが、アメリ カの大学職員は、専門性を生かして職場を変えながらキャリアアップを図る、というのが 一般的である。そのため、専門性を高めることは日本と比較するとより重視されており、 同じ専門分野に属する職員の団体も非常に多く存在している。参考までに、ACE(American Council of Education)に“National / Regional Associations” として加盟している団体数 は約 130 ある 3 。(専門職団体以外の団体も含む) 2.専門職団体による職能開発 上記のように、アメリカでは職員の専門性が重視される。そのため、大学職員の職能開 発もさまざまな形で行われている。大場(2004)は、アメリカにおける大学職員の職能開発の ための諸活動として、学内における職員開発活動、専門職能団体による開発活動、大学間 の連携による職員開発、大学による教育活動の4つを挙げているが、この中のひとつに「専 門職能団体による開発活動」が含まれている。 アメリカに数多く存在する大学職員の専門職団体は、「職員の開発に関して、それぞれの 領域の職能に関する理論的研究、直面する諸問題を踏まえた実践的な研究、構成員と主対 象とするセミナーや研修会の開催、理論等を解説した専門書や業務遂行上のガイドなどの 1 大場淳,2004, 『諸外国の大学職員(米国・英国編)』, 広島大学高等教育研究開発セン ター p.8 2 大場淳, 2009, 「第 1 章 大学職員の専門職化の国際的動向」 『大学職員の開発 : 専門職 化をめぐって』 p.5 3 ACE ウェブサイトより 11 出版等非常に多彩な活動を展開 4 」しており、職員の能力および地位の向上に専門職団体は 大きな役割を果たしているといえよう。 3.学生サービス専門職団体 小貫(2008)によると、「米国高等教育における専門職団体は、大学業務の細分化が見られ るようになった 1900 年以降に順次設立されていった」。学生担当職のための初めての専門 職団体は 1916 年、NAWE(National Association for Women in Education)が設立され、そ の後 1919 年に、NASPA(National Association of Student Personnel Administrators)、 1924 年には ACPA(American College Personnel Association)の前身となる団体が設立され た。この NASPA、ACPA の2団体は、学生サービス専門職団体の中で、歴史が長く会員数 も多い代表的な団体である。学生サービス専門職は、教育に直接関連しない業務として軽 視されることもあったためか、他の専門職団体と比較して、地位の向上、確保を目的とし て専門性を高める研究が多く行われている。 職員が学生サービス専門職団体での活動を通して得られるものとして、小貫(2008)は以下 の4項目を挙げている。 1.学生担当職の同僚集団におけるネットワーク 専門職団体が活動を通じた人と人との結びつきの機会を提供している。 2.継続的な PD(Professional Development: 専門職能開発)の機会提供 複雑化を増す近年の学生担当職にとって不可欠な、最新の技術や知識を提供してい る。 3.新たな専門職のための訓練機会 大学外の企業などから採用されるスタッフなどに対するセミナーなどを開催し、次 の世代の学生担当職養成を積極的に行っている。 4.専門性を方向付ける評価基準の作成や認定プログラム 特に 1980 年代以降学生支援のプログラム評価の基準を求める声が大きくなったこと に 伴 い 、 関 連 す る 領 域 の 専 門 職 団 体 が 基 準 を 作 成 し 、 CAS 5 (Council for the Advancement of Standards in Higher Education)がそれらを1つにした基準とガ イドラインを毎年発行している。 このような活動を通して、専門職団体に属する職員は「これらのサービスを受容するだ けでなく、提供者としても関わっていくことで、OJT だけでは身に付けにくい学生担当職 4 大場淳,2004, 『諸外国の大学職員(米国・英国編)』, 広島大学高等教育研究開発セン ター p.40 5 The Council for the Advancement of Standards in Higher Education (CAS) has been the pre-eminent force for promoting standards in student affairs, student services, and student development programs since its inception in 1979.(ウェブサイトより転載) 12 自身の管理能力やリーダーシップ能力の育成、所属する分野への帰属意識の向上を図って いく」ことができる。 4.代表的な学生サービス専門職団体 図1-2-1 NASPA、ACPAの概要 6 NASPA(National Association of Student Personnel Administrators) ACPA(American College Personnel Association) 設立年 1919年 1924年 会員数 1400機関11,000人 1500機関8500人 ビジョン 学生担当業務に関する管理運営、政策、実践 の指導的代弁者として、学生担当部署が学生 の全人的な教育を施し、学生生活と学習の統 合に関わっていくことを支援する 大学生の学習を促進するために アウトリーチ、提言、研究、専門職 開発を提供することで学生担当職 と高等教育コミュニティを牽引する ミッション 学生担当職と高等教育コミュニティ 学生の経験に責任の一端を担う学生担当職員 のための、政策、実践、プログラム に資する知識の創造と普及を通じ に対して専門職開発と提言を提供する て、大学生の学習を支え促進する アメリカにある学生サービス専門職団体のうち、比較的大規模な団体として挙げられる の が 、 NASPA(National Association of Student Personnel Administrators) 、 お よ び ACPA(American College Personnel Association)である。両団体とも、学生サービス専門職 団体ではあるが、小貫(2004)によると、両団体の設立背景や会員構成などには差異が見 られる。NASPA は、発足当初は大学を代表する上級管理者によって構成されていた。現在 は総合的な専門職団体として発展しており、国際レベルの活動にも積極的である。また、 シニアメンバーが中心となっている。ACPA は、発足当初は学生担当のカウンセラーを中 心に構成されていた。現在は総合的な専門職団体として発展し、Web を利用した職能開発 プログラムの提供に積極的である。また、初期キャリア層の会員が多い。 また最近の動向としては、両団体が連携して研究を行うケースが出てきたという点があ げられる。 両団体が初めて共同開発した成果物として、「学生担当職のための優れた実践 の原則」があるが、これは 1997 年に発表されたもので、両団体が「多様な現場を持つ各大 学の学生担当職の声を反映させて開発した成果 7 」である。このように、様々な職員の声を 反映した実践的な成果を発表するなどの取り組みは専門職団体ならではのものであり、両 中井 俊樹ほか 2007, 「アメリカの専門職団体が描く学生担当職員像 - 学生担当職のた めの優れた実践の原則 -」 『名古屋高等教育研究』 7 p.172(会員数のみ NASPA, ACPA ウェブサイトより更新) 7 中井 俊樹ほか 2007, 「アメリカの専門職団体が描く学生担当職員像 - 学生担当職のた めの優れた実践の原則 -」 『名古屋高等教育研究』 7 p.169 6 13 団体が連携をすることでその成果および社会への認知度もより高まっていくことが予想さ れる。 5.Academic Advising ここまでは学生サービス専門職全般について概観してきたが、ここで学生サービス専門 職の機能のひとつでもあり、教育改善とも密接に関係する、Academic Advisingについてと りあげる。まず、Academic Advisingの目的、機能について、UNESCOが発表している情 報 8 より抜粋する。 1.学生が、人生の目標と一致する教育計画を発展させることを助ける 2.学生のアカデミックな進歩と学位要件について、的確な情報を提供する 3.学生がアカデミックなポリシーと手順について理解するのを助ける 4.学生がアカデミックに成功する能力を高めるため、キャンパスの資源にアクセスす るのを助ける 5.学生が教育的な、または個人的な問題を克服するのを助ける 6.学生のアカデミックな到達と、適切な介入を発展させることを阻害する、システム や個人の状態を特定する 7.学生のアカデミックで教育的なニード、パフォーマンス、アスピレーションや問題 について有効なデータを検討、使用する 8.学生のニーズや要望に応じて、学生とコンタクトをとることにより、リテンション 率を高め、学生を大学につなぎとめる これらの目的のうち、日本と比較してアメリカにより顕著な特徴としてあげられるのが、 後述のように8のリテンション率を高めることを目的、機能であるとしている点であろう。 アメリカで Academic Advising が盛んな理由としてはいくつか考えられるが、その中で重 要だと考えられるのが、ひとつは大学の多様性および学生の流動性、もうひとつは学生が 主に大学入学後に自分の専攻を決めるという特徴である。前者については、大学の多様性 や学生の流動性により、大学にとってリテンション率を高めることは大学経営上も重要な 要素のひとつとなっている。後者についても、入学後に学生が自らの専攻を円滑に決定す ることがリテンション率にも影響するため、学生の学習や専攻の決定をサポートする仕組 みが日本と比べてより必要となっているといえよう。これらの理由からも、Academic Advising は大学の価値を高める上で重要なサービスのひとつとなっているといえるのでは http://www.nacada.ksu.edu/clearinghouse/AdvisingIssues/UNESCO.htm Excerpted from: The roll of student affairs and services in higher education: A practical manual for developing, implementing and assessing student affairs programmes and services. United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization (UNESCO). Paris, 2002, pp 25-26. 8 14 ないだろうか。 6.NACADA (National Academic Advising Association) Academic Advising に 関 す る 全 米 規 模 の 専 門 職 団 体 と し て は 、 NACADA (National Academic Advising Association) がある。この団体の会員はアメリカ国内だけでなく海外 にも数多く存在する。設立年は 1977 年、会員数は 10,000 人で、会員は 50 カ国に及ぶ。 NACADA のビジョンは、 「学生の学習と発展のため、Academic Advising の理論、提供、 適用を促進するグローバルな教育コミュニティのリーダー」である。また、NACADA は”Mission and Strategic Goals”として以下の 5 つを挙げている。 1. 高等教育における Academic Advising のニーズにグローバルに取り組む 2. Academic Advising の一連の知識を発展させる 3. 多様な世界で学生の学習、発展を促進するために、Academic Advisors の教育的な役割を 擁護する 4. 大学の意思決定者に、高等教育における Academic Advising の質、役割について教える 5. NACADA の有効性を保証する NACADAの主な活動は、様々な学生を対象としたAdvisingについて、同じような関心を持つ 会員たちが集まるCommission(現在 23 のCommissionがある) 、およびCommissionに含まれ ない関心領域を共有するInterest Group(現在 23 のInterest Groupがある)の活動、年に 1 回 開催されるConference、出版、教育機関を対象としたAcademic Advising についてのコンサ ルティング、学位プログラムやサーティフィケイトプログラムの提供( Kansas State University と協力)、優れた大学の取り組みなどの表彰、ウェブによる情報提供などである。 特にウェブによる情報提供には力を入れており、”Clearinghouse”というページは、「学習助 言を支援する情報資源の収集、保存、組織化、普及のためにNACADAのWebサイトの中心 に位置づくもの 9 」であるとしている。 参考文献 「ACE」ウェブサイト (2009/09/17) 「ACPA」ウェブサイト (2009/09/17) 「NACADA」ウェブサイト (2009/09/17) 「NASPA」ウェブサイト (2009/09/17) 小貫有紀子(2004)「訪米調査Ⅱ(平成 16 年 3 月)」大場淳研究代表『大学の戦略的経営の ための職員の活用及び職能開発に関する研究』2002 年度~2004 年度科学研究費補助金研究 成果報告書 p.52 9 15 中井俊樹・齋藤芳子, 2007, 「アメリカの専門職団体が描く学生担当職員像 - 学生担当 職のための優れた実践の原則 -」 『名古屋高等教育研究』 7 169-185. 大場淳, 2009, 「大学職員の開発 : 専門職化をめぐって」 『高等教育研究叢書』 105 大場淳, 2004, 「諸外国の大学職員《 米国・英国編》」 『高等教育研究叢書』 79 大場淳(研究代表), 2004, 「大学の戦略的経営のための職員の活用及び職能開発に関す る研究(科学研究費補助金研究成果報告書)」 大場淳(研究代表), 2007, 「競争的環境下の大学における職員の専門化に関する国際比 較研究(科学研究費補助金成果報告書)」 小貫有紀子, 2008, 「海外事例 米国学生支援における学生担当職の専門性と専門職団体」 『大学と学生』 (49): 54〜61. 16 1-3 アカウンタビリティとデータベース 長野公則 1.アカウンタビリティと教育改善 アメリカの大学教育改善メカニズムについて連邦政府レベルで検討された委員会の報告 書「A TEST OF LEADERSHIP Charting the Future of U.S.Higher Education」 (以下ス ペリングズ委員会報告) 1 が 2006 年 9 月に公表された。この報告書では「370 年前にマサチ ューセッツに最初のカレッジが設置されて以来、アメリカの高等教育は多様性を包含しつ つ世界トップクラスの質を維持して発展してきた。しかし国際的に教育のレベルはいまや 最高とは言い切れない。 」と指摘している。また学位を得た多くの学生がカレッジ卒業生に ふさわしい「読み・書き・考える」能力を身につけていないという兆候があると指摘して 改革の必要性を説いている。報告書のサマリーで「Access」「Cost and Affordability」 「Financial Aid」「Learning」「Transparency and Accountability」「Innovation」につい てまとめられている。このうち「Transparency and Accountability」では以下のように報 告書は述べている。 「奨学金から卒業率に至るまでアメリカの大学の重要な側面についての 明確なアクセス可能な情報が著しく不足していると認識する。データベースが非常に限定 的で不十分なために、政策立案者が学生の達成向上についての信頼できる情報を教育情報 ルートで得ることが難しい。有益な情報とアカウンタビリティのこの欠如が、政策担当者 と社会全体が情報に基づく決定をくだすことを妨げ、また高等教育が公共に貢献している ことを論証することを妨げている。委員会は改善されたアカウンタビリティが我々の提案 する他のすべての改革の成功を保証するために重要であると信じる。大学はコスト、プラ イス、学生のサクセスアウトカムズについてもっと透明でなければならない。またこれら の情報を学生や家族と進んで共有しなければならない。大学の成功と密接に関係する学生 の達成は結果を測定するに際して学生のアカデミックベースラインを考慮に入れた 「Value-Added」ベースで大学によって測定されなければならない。この情報は学生に提供 され、消費者と政策立案者が他の大学との効率性を比較できるようなアクセス可能で理解 可能な包括的なフォームで公共に報告されなければならない。」 このスペリングズ委員 会報告書はアメリカの大学関係者に賛否両論の議論を巻き起こした。 一方大学関係者の中からも大学教育が必ずしも目的をフルに達成していないという指摘 がなされた。最もアメリカの大学関係者に流布した書物が 22 年間 2 度に渡ってハーバード 大学の学長を務めたデレック・ボック氏が 2006 年に書いた 『Our Underachieving Colleges』であろう。この著書の中でボック氏は学士課程教育の目標を八つに整理してそれ ぞれの現状を指摘している。その教育目標とは以下の8項目である。 ① 1 コミュニケーション能力(Learning to Communicate) アメリカの連邦政府教育省のマーガレット・スペリングズ教育長官のもとに置かれた委員会の報告書。 17 ② クリティカルシンキング(Learning to Think) ③ 人格形成(Building Character) ④ 市民生活の準備(Preparation for Citizenship) ⑤ 多様性との共存(Living with Diversity) ⑥ グローバル社会への対応(Preparing for a Global Society) ⑦ 幅広い興味の獲得(Acquiring Broader Interests) ⑧ 職業キャリアへの準備(Preparing for a Career) 『Our Underachieving Colleges』という表題がよく示しているように、現在の大学教育に は、社会からの要請に適合し教育達成度を高めるために、改革改善すべき余地が多々ある という事実が随所に述べられている。 またアメリカの高等教育の伝統を体現する少人数教育を特色とするリベラルアーツカレ ッジでもリベラルアーツ教育の質とその教育達成度を測定しようとする新しい動きが 2006 年秋に開始された。「Wabash National Study of Liberal Arts Education」 2 である。 このようなアカウンタビリティと教育改善をめぐる新しい動きは、 「クラスルームの個々 の成績評価やデパートメントのプログラムレベルのアカウンタビリティ」 3 ルでの教育目標と実際の成果の測定によるアカウンタビリティ」 4 と「機関レベ とに分けて考えること 5 ができる(2008 デービッド・パリス) 。また 2008 年にアメリカ大学協会(Association of American Colleges & Universities)と高等教育アクレディテーション委員会(Council for Higher Education Accreditation)が発表した「New Leadership for Student Learning & Accountability」では次の 2 点を強調している。第一は、質のスタンダードは大学自身が 決め達成すること。第二は教育ゴールの明確な記述とカリキュラムに結び付けられたアセ スメントが有効であること。これらの最近の動きに見られるように、学生の達成を測定し 社会からの要請との関連で説明する責任を果たすことが以前にも増して求められつつあり、 様々な新しい試みがなされつつある。 2. アカウンタビリティと州立大学 アカウンタビリティと教育改善の具体的な内容は、高等教育機関の目指す教育の内容に よって一様ではない。また収入構造によっても説明すべき相手と内容は異なる。ここでは、 州立大学のアカウンタビリティを、158 年の歴史を持つミネソタ大学を例に分析する。 ミネソタ大学の 2008 年アカウンタビリティ報告では学生、教職員、改革、組織の 4 つの 分野に分けて具体的な指標が示されている。 2Learning Outcome に与えるインパクトを教える側のプラクティスとカレッジが提供する諸条件を評価す ることを通じてシステマチックに Student Learning を改善し、プログラムの効果を向上させることを目的 とする Study。2006 年 9 月に始まり 50 前後の大学が参加している。 3 ルーブリックによる説明(Rubric-based Assessment)など。ルーブリックとはプログラムの評価判断基 準を文章で明確に表す表のこと。 4 本報告書の第 2 章、第 3 章で述べる NSSE、Wabash Study など。 5 2008 デービッド・パリス「Building Accountability in Higher Education」P.29 他から。 18 図表 1-3-1 はミネソタ大学ツインシティーキャンパスの 2008 年アカウンタビリティ報告 に実際に用いられている指標を学生、教職員、改革、組織の分野別にまとめたものである。 図表 1-3-1 ミネソタ大学の 2008 年アカウンタビリティ報告に用いられた指標 学生 アカウンタビリティ 用いられる指標の 報告項目 名称 改革 組織 数値の例 Quality 高校で上位 10%の成績の新入生比率 44% Diversity 新入生の人種の多様性 アフリカ系 4.1% 6 Retention 在籍保持率 3 年 76.4% 7 Timely Graduation 卒業タイミング率 6 年 63.6% 8 Degrees 学位取得平均年数 修士 2.6 年 9 Study Abroad 海外留学等の人数 1,981 人 International S&F 国際的学生・教授 3,701 人 10 Student Satisfaction 学生満足度 6点満点の数値 National Academy ナショナルアカデミーの会員数 36 人 12 Faculty Awards Faculty Awards の受賞者数 24 人 13 PD Appointees ポストドクターを採用する人数 669 人 14 Faculty&Staff Diversity 女性職員の比率 63.5% Faculty Salary 教授の平均給与 12 万ドル 15 Employee Satisfaction 全体として満足である比率 教員 75% 16 Total Research 費用 研究のための総費用 595 百万$ Library Quality 図書館インデックススコア Citizen Satisfaction ミネソタ市民の大学に対する満足度 Endowments Assets 基本財産の金額 28 億$ Voluntary Support 寄付等のサポート 2.9 億$ Facilities Conditions キャンパス施設 10 年内更新必要比率 Outcomes Global Engagement 教職員 指標の内容説明 4.93 11 0.91 17 56% 0.41 出典:2008 年ミネソタ大学アカウンタビリティ報告からツインシティーキャンパス部分。 他にアジア太平洋系 8.0%、コーカサス系 71.7%等。 1 年次で 87.9%,2 年次で 78.4%と少しずつ退学等で在籍者が減っていく。 8 4 年で卒業 44.9%,5 年で卒業 60.5%と少しずつ卒業していく。 9 博士 5.7 年。 10 国際的教授数 1,337 人。 11 非常に満足が 6 点、非常に不満足が 1 点で 1 点か 6 点まで 6 段階で満足度を学生が回答。その平均値。 1997 年の 4.6 から年によって上下はあるが、傾向として満足度は上昇傾向。 12 5 年間で 2.9%増加。University of California の Berkeley 校は 211 人である。 13 5 年前と比較して 14.3%減。University of Michigan の Ann Arbor 校は 51 人である。 14 5 年前と比較して 8.8%増。University of California の los Angeles 校は 1,094 人である。 15 教授(Professor)121 千ドル、準教授(Associate professor)84 千ドル、助教授(Assistant Professor)72 千ドル。 16 職員は 78%。いずれも 5 段階の「強くそう思う」と「そう思う」の合計比率。 17 図書館の総支出や図書館のプロフェッショナルスタッフ数を指数化。 6 7 19 ミネソタ州立大学の場合は、1851 年の設立時の根拠法で、州政府に対して報告義務が課 されている。 「大学は毎年州政府に対し大学の現状と進展その他の情報について報告しなけ ればならない。大学が適切と考える情報とときどきに要請されるすべての情報を明示説明 しなければならない。」 (1851 年ミネソタ大学設立法 University Charter 第 3 章セクション 16)学生と教職員についてかなり精緻な指標がアカウンタビリティレポートの中に含まれ ているのは、こういった州立大学の本来のアカウンタビリティの反映と考えられる。また 教育改善と関連するこれらの指標は、ほぼ必ず 10 年前後の時系列的な推移を見ることがで きる。また同じグループ(Peer Group として決めた競合大学グループ)内での相対的な位 置が常に把握できるよう 10 大学前後の比較グループの数値も開示されている。 3. アカウンタビリティと私立大学 ハーバード大学、イエール大学、プリンストン大学等のアイビーリーグやアマースト、 ウィリアムズ等の有名なリベラルアーツカレッジは私立大学である。私立大学では州立大 学のように州に対する報告義務はない。しかし連邦政府の管轄下にある NCES(National Center for Educational System) が 運 営 す る 高 等 教 育 統 合 デ ー タ シ ス テ ム で あ る IPEDS(Integrated Post-secondary Education Data System)への報告は必須である。連邦 の援助プログラムの参加要件である。 受験生とその家族に対する見やすい情報提供として、私立大学協会(NAICU)が運営する University & College Accountability Network(頭文字をとって U-CAN Profile)がある。 グラフや表でわかりやすく表示されている。項目は学生の質、卒業後の進路、学位、授業 料、奨学金、正味学生納付金、キャンパス内生活比率、学生生活、キャンパスの安全性、 学生対教授比率、学士課程クラスサイズ等である。 4. アカウンタビリティとデータベース 以上で述べた通り、アカウンタビリティを果たす相手、開示する内容は、大学の教育の 特色や改善の方向、収入構造等によって一律ではない。しかし、アメリカのすべての大学 が原則として報告義務がある統合データベースの IPEDS を始めとして利用されるデータベ ースは共通のものも多い。アカウンタビリティを果たす基礎資料としてのデータベースを 整理する。 連邦ベースでは先に述べた IPEDS が最も重要である。各大学から IPEDS へのデータ報告 の 項 目 は 以 下 の 項 目 で あ る 。 Institutional Characteristic, Completions, Fall Enrollment, Employees by Assigned Position, Finance, Graduation Rate, Student Financial Aid である。Web 画面からの直接入力またはファイルのアップロードにより、登 録期、秋、冬、春の 4 回に分けて報告するシステムが構築されている。IPEDS データの活用 は IPEDS Data Center, Peer Analysis System(Pass),Dataset Cutting Tool(DCT),Executive Peer Tool(ExPT),IPEDS Data Analysis System(Dass)等のツールを使用して他の大学のデ 20 ータを統計的に処理してアカウンタビリティに活用することができる。 州レベルでは 1954 年に設立された州高等教育管理者協会(SHEEO)18 がSHEF(State Higher Education Finance)という学費、奨学金等の意思決定に資するファイナンスの年次資料を 発行している。また州政府の高等教育政策立案や分析にはNPO法人であるNCHEMS(National Center for Higher Education Management System)のWebページが活用できる。 Institutional Research の 全 国 協 会 で あ る AIR(Association for Institutional research)や地区 AIR(MIDAIR,NEAIR,SAIR 他)も種々のデータを提供している 選抜性の高 い伝統大学や研究大学の場合は、コンソーシアムで相互のデータベースを構築するケース もある。62 研究大学による AAUDE(Association of American Universities Data Exchange), 31 私立大学による COFHE(Consortium On Financing Higher Education)が教育に関する指 標を相互に交換している。 それぞれの機関レベルでは内部の各部署のデータベース、内部サーベイを集約したFact Book,共通フォームで数値を公表するCommon Data Setが標準的である。後者は高等教育コ ミュニティーのデータ提供者とCollege Board, Peterson’s, US News & World Report社 19 が代表する出版社の協力で運営されている事業である。 最後に何を用いてどのようにアカウンタビリティを果たすかについて、ミネソタ大学の アカウンタビリティ報告の記述から 4 つに絞って述べる。 第一は測定する物差しの透明性、 第二に Reasonable で Valid な手法、第三に比較可能なベンチマークの設定、第四が発展・ 改造が可能なスキームである。 以上 参考文献 スペリングズ委員会報告 2006 A Test of Leadership- Charting the Future of U.S.Higher Educationミネソタ大学 アカウンタビリティ報告 2008 University Plan, Performance and Accountability Report Association of American Colleges and Universities (AAC&U) and the Council for Higher Education Accreditation(CHEA) 2008 New Leadership for Student Learning and Accountability Derek, Bok 〝Our Underachieving Colleges〟Princeton University press, 2006 Paris, David Building Accountability in Higher Education, Midwest Political Science Association pp.1-41 18 19 アメリカの州政府の高等教育省の全国協会。 US news 社が毎年発行する大学のランキングは批判も多いが広く活用されている。 21 2-1-1 OIRの沿革 篠原 貴士 1.OIRとは 現在のアメリカの大学・カレッジには、大学の教育改善を担う組織として Office of Institutional Research(以下 OIR とする)が広く設置されている。OIR とは、「中等後教 育機関に対する理解促進、計画立案、運営改善を導く先進的な研究と分析を行うこと」と Association for Institutional Research(AIR)は定義しているが、その仕事の射程は多様で あるため、OIR の本質を定義することは難しい。アメリカにおいても、OIR の定義に関し ては様々な意見が存在している(Volkwein,2008)。ここでは OIR の概要を把握するために、 先行研究から主だった OIR の定義を紹介し、その理解を助けたい。 まず、現在一般的に利用されている定義として、Saupe の「IR とは機関の計画立案、政 策形成、意思決定を支援するための情報を提供する目的で、高等教育機関の内部で行われ る研究」がある。他に使用される定義としては、Dressel の「IR とは意思決定者が機関、 その教育上の目的、目標と目的、環境的要因、過程、そして賢明に資源を使用でき、目的 と目標を首尾よく達成でき、そしてそうする際に誠実性とアカウンタビリティを証明でき るような構造について知りたいことに対処することである」、Peterson の「高等教育機関の 〈教育的及び経営的機能〉と〈情報に関する機能〉を関連づける、重要な中継的部門」、 Fincher の「IR と高等教育研究との差異は、IR は高等教育研究から普遍的な知識を発展さ せるというのではなく、ある組織や機関単体の意思決定に役立つような特殊な情報を提供 すること」などが挙げられる。これらの定義を見ると、課題や成果、組織における位置づ け、役割、特徴など様々な観点で語られているが、概ねこのような概念で表される機関と して認識されていることが分かる。 その OIR は、現在、アメリカの多くの大学に設置され、のみならず、ヨーロッパ、アフ リカ、オーストラリア諸国の多くの大学・カレッジにも広く設置され、運営管理の専門職 としての地位を獲得するに至っているという。さらに、日本においても様々な課題をもつ 現在の大学において、OIR に対する興味と期待が次第に高まってきている。教育改善ある いは意思決定を支援するために OIR を導入することは1つの選択肢ではあるが、外形的な 導入に留まらず組織に根付き有効に機能させるため、OIR がどのように誕生し、どのよう な文脈で発展したのか詳細に観察する必要がある。後述するように、OIR の誕生から現在 に至る経緯は、アメリカの高等教育の歴史的な発展と密接に関連している。OIR は決して 自己目的的に派生したわけではなく、内部及び外部からの要求とそれへの対応を通じて生 まれた関係性の中で確立されたのである。では、OIR の起源からアメリカ高等教育の歴史 を簡単にレビューしつつ、その繋がりを整理していく。 22 2.OIRの起源 OIR は、アメリカにおいてどのように誕生したのか。 アメリカの高等教育機関では 1920 年代頃から、複数の大学において大学教育上の課題を 研究する組織が設置されたことが OIR の源流と考えられている。Saupe(2005)によると、 イリノイ大学の The Bureau of Institutional Research が 1918 年に設立されており、おそ らくこれが、IR の明確な目標のために作成された最初の組織的なユニットであるという。 Fincher は初期の具体的な事例の 1 つとして、1924 年ミネソタ大学の committee on educational research の設置を挙げている。それはカリキュラムや学生の在籍率、学習達 成度の研究といった、学内の教育課題を調査研究する組織として設立されたものであった が、当時はまだ IR という言葉が使用されているわけではなかった。 なぜ 1920 年代にこのような組織が必要になったのだろうか。その背景となるアメリカの 高等教育は、19 世紀後半になって本格的な変容が起こっている。この時期に起こった変容 とは何か、金子(2007)によると、第一は、南北戦争時のモリル土地付与法(1862 年)に よって各州に州立大学が設置されたことである。これがアメリカにおいて学部教育段階で 職業教育を導入する契機となった。第二は、専門的な研究の導入と大学院制度の形成であ る。ジョンズ・ホプキンス(1876 年設立)、シカゴ(1892 年設立)の両大学は研究志向の 新しいタイプの大学として設置され、それがさらに既存の大学に大きな影響を与えた。第 三に、こうした動きの中でリベラル・アーツ教育が変質し、学科(デパートメント)制が 発達し、教員と大学院生は学科に所属することになった。また、19 世紀の終わりには、学 科を再編して学部ないしカレッジが作られ、学士課程段階の学生の帰属組織となった。 これに従い、学習の制度的枠組みも大きな変化が見られる。19 世紀末にハーバード大学 でエリオット学長(1869-1908)が選択科目制(electives)を導入し、その後主要大学に 浸透した。また、専門科目の増加と選択制に対応して専攻(major)を選択することが始ま り、さらに副専攻(minor)制度が始まった。また、授業も講義のほか、セミナー、実験な どの形態が確立し、それまでの暗誦中心の学習から図書館における自主的な学習を中心と する学習スタイルが普及していった。また、選択科目が増加するとともに、大学間の学生 の流動性が増加したことに対応して、学習の成果を「履修単位」で数える方法が定着した。 20 世紀初頭にこうした選択性はさらに体系化され、第一、二学年では学習の幅(breadth) を一定の分布(distribution)の条件を満たさせることによって、第三、四学年では学習の 深さ(depth)を専攻分野(concentration)を選択させることによって達成するという、専 門的な研究とリベラル・アーツを融合させる、探求指向型のリベラル・アーツの再生が進 められた。 このように、この時期のアメリカの高等教育は、組織的な変容と、学習の制度的枠組み の変化、リベラル・アーツの再生という大きな転換を体験した。この体験を通して、アメ リカの高等教育は、学科制など組織の変化、教員の専門化、学生の学習スタイルの変化な どが起こり、学内の教育課題を調査研究する組織の必要性が生じ、ミネソタ大学を始め複 23 数の大学で IR 機能の持つ組織が設置されるに至ったのではないかと考えられる。 また、イリノイ大学やミネソタ大学は、ハーバード大学などがある東部と異なり、大学 の伝統があまり強くない地区に属し、かつ広大な土地に新しく作られた大規模な州立大学 であることから、大学のマネジメントへの要求が大きく、IR への需要が生まれる基盤とな ったと考えられる。 そして、その後、ミネソタ大学の committee on educational research は、1940 年代後 半に、インスティテューショナル・リサーチ部門(the Bureau of Institutional Research; BIR)へと改組を遂げ、経営的ならびに教育的効果を促進するための分析・研究を行う部門 として、学内における明確な位置づけがされることとなった。 3.OIRの展開 このように誕生した OIR だが、IR という用語が広く定着するのは 1950 年代になってか らである。 この時期のアメリカは福祉国家の思想が台頭し始め、1947 年トルーマン大統領諮問委員 会報告『アメリカ民主主義のための高等教育』 (Higher Education for Democracy)では、 成人の 42%には高等教育を受ける資質があるとし、その人たち全てに高等教育を与えるべ きものとした。それを受け、1950 年代から 1970 年代にかけてアメリカの高等教育は、州 立大学及びコミュニティ・カレッジが大幅に開設・拡充され、飛躍的に拡大した。その急 速な拡大に対応して、教員も大幅に増員されなければならなかったが、当時の大学院の発 展を背景として、大学教員に要求される能力は学術的な専門分野での業績に傾くことにな った。 教育の中身について、この時期に一般教育が誕生する。1943 年ハーバード大学報告書『民 主主義社会のための一般教育』 (General Education for Democratic Society)は、民主主義 社会において、国民に一般的に共有されるべき知識の形成という理念を説いた。これに対 応して、前段で登場した第一、二学年の学習課程を一般教育(General Education)と呼ぶ ようになった。一般教育は、戦後日本に導入され、新制大学の基本的な教育枠組みとなっ たものであり、リベラル・アーツ教育と互換的に使われる場合があるが、限定的にはこの 学習課程をさす。この前期課程と後期課程の分割は、コミュニティ・カレッジ(2 年)から 4 年制大学への編入も奨励されたことから、制度的に定着していった。 このような過程を経て、アメリカの高等教育は、「大衆化」を迎えるともに「学術化」が 促進されることとなった。すなわち、Jencks と Riesman のいう「Academic Revolution」 である。この「Academic Revolution」は、大衆化した学生と学術化した教員の間にギャッ プを生み、新たな課題を創出することになった。 この量的発展段階において、OIR の重要性が増したのは想像に難くない。IR への需要が 生まれる基盤を持つ州立大学の大幅な開設・拡充を背景にして、専門化した高等教育の管 理運営の実践として、学内情報を収集・分析し、その結果を将来計画や大学運営に活かす 24 ことが求められ、進学者数の増加、教育内容の学術化により、教育活動の有効性や効率性 について研究する組織が、大学の拡大とともに多くの大学に広まっていったのである。 4.OIRの発展 多くの大学に広まった OIR は、その後新たな進化を遂げる。 1960 年代から市民運動が盛んになり、経済的な平等が重要視されるようになったことを 受け、1965 年の高等教育法(Higher Education Act)による、奨学金・政府ローンなどの 連邦政府の学生援助制度の開始、1972 年の教育修正法(Educational Aments)による、ニ ードベースのペル奨学金の導入など、大学進学のアクセスという課題が克服されるように なった。また、女性の労働力参加の増加を背景に、奨学金を受給して職業教育プログラム に入学してくる学生が増えるなど、パートタイム学生の増加が見られるようになる。 このように、この時期には、学生の進学行動が多様化し、ユニバーサル化が進行する。 その結果、リースマンの言う「学生消費者主義」 (Student consumerism)が台頭し、さら に 1970 年代より、それまでの急拡大を受けて大卒労働市場が急速に悪化したことなどから、 次第に大学教育に対する不信が高まり、大学教育の質が問題とされるようになる。 この大学教育の質の問題に対しては、2 つの動きが見られる。1 つが教育に関する権限を 基本的に有しない「連邦政府」からの動きと、1 つが大学の自主的な質向上のための活動の 変化である。社会からの大学の質への疑義について連邦政府は、大学教育水準の維持への 支援をするため、また、大学に対する財政支出のアカウンタビリティとして、上述の奨学 金の援助を受ける高等教育機関から標準化データの提出を求めた。大学の自主的な活動の 変化は、1950 年ころにかけて全米の高等教育へと広まっていた地域アクレディテーション について、その実施の目的を「大学改善」へと変えたことである。それまで地域アクレデ ィテーションは、最低基準の維持などを目的に実施されていたが、この時代の流れを受け、 大学改善のためのアクレディテーションへと変化を遂げ、全米へと普及していった。 これらの動きが大学へ与えた影響は、外部機関への大学情報の提供の重要性と必要性の 再認識である。連邦(IPEDS 等)へのデータ提供や、地域アクレディテーションへの自己 点検評価報告書の提出などの、外部からの大学情報に関する要求は、これまで学内の意思 決定等への支援を行っていた OIR が対応するようになる。そして、以後、外部による要求 が高まるにつれ、OIR の重要な役割となり、学内の OIR の位置付けを決定付けるものとな った。 このように、大学はユニバーサル段階に発展していく中で、学外への情報提供という業 務が重要性を増し、その流れの中で、大学と高等教育システムをつなげる役割として OIR の新たな役割が確立され、これまでの内部からの要求だけでなく、外部からの要求にも対 応することでその基盤を確固たるものとし、OIR は大きく発展することとなった。 さらに 1985 年以降、これまでの流れを加速する形で、貸与奨学金の増加、寄付金の増加 (Filer Report)が加速し、また 1991 年 Reich の”The Work of Nations”が、アメリカの 25 競争力の強化のために、大学教育の高質化への要求に拍車をかけた。質の高い教育のため の授業料値上げと高能力の学生への奨学金が対となり、質の高度化と学費の高騰が生じた。 質への要求と巨大な資源の流入により、大学は「市場化」し、 「質」の時代へと突入した。 この時代の急速な展開は、大学に一層の戦略的なマネジメントを求めた。その結果、大学 は、高コスト問題や教育のイノベーションへの必要性、学生行動調査等の実施など、様々 なプラクティスを実行し眼前の課題に対応せざるを得なくなった。そして、現在進行形の これらの問題について、いまだ明快な 1 つの答えを出すには至らないが、その問題に対す る主要なアクターとして OIR は発見され、今、大きな期待とともに全米の大学に設置され ているのである。 5.現在のOIRの位置づけ これまでアメリカの高等教育の発展を概観しつつ、OIR を取り巻く環境とその関係性に ついて考察してきた。 現在の OIR の位置づけを整理すると、まず大学の意思決定支援のために自大学等の様々 なデータを収集・分析し、教育上の課題を発見するなどの業務を行う組織としての OIR が 必要とされ、次に外部からの情報提供に対応するなど、大学と高等教育システムの接点を 担うパートとしての OIR が生まれた。また、この OIR は、短い期間に様々な難しい変化に 対応してきたなかで、専門職としても発展した。前述の Association for Institutional Research(AIR)は、1966 年に設立され、高度化する OIR の業務についての支援などを行っ ている。このような文脈の中で OIR は学内・学外と関連し、大学の中に OIR という新しい 組織基盤を築き、大学の発展とともに、その重要で複雑なポジション、すなわち“教育改 善メカニズムにおける主要なアクターとしての位置づけ”を得たと考えられる。 そして、このような側面を持つ OIR は、例えば、情報を学内に提供するか学外に提供す るか、大学の経営に生かすためか教育機能改善のためか、これらのどこに重点を置くかで、 その性格は大いに異なってくる。すなわち、大学とその OIR が発展してきた経緯の中で、 どのような機能を OIR に期待するかによって、OIR の個性が決まってくると言ってよい。 この、大学によって異なる多種多様な OIR の個性が、OIR を一律に定義付けることを困難 にさせているのかもしれない。 また、一方で OIR にも課題はある。現代の複雑化する高等教育の中で、OIR は主要なア クターではあるが、大学の課題に対して充分な存在ではない。OIR が確立されているアメ リカにおいても、OIR をも含んだ大きな教育改善への取組みは多様に実施されているが、 誰がどのような役割を果しているか明確にはなっていないという。このように完全でない ながらも何かを実行することは 1 つの方法ではあるが、OIR に関しては、どのような組織 にして、どのように位置づけるかなどを検討することが重要なことである。 しかしながら、やはり、現在の大学の困難な課題に対応するアクターとして、OIR への 期待は大きい。 26 <参考文献> 青山佳代,2006,「アメリカ州立大学におけるインスティテューショナル・リサーチの機能に 関する考察」 『名古屋高等教育研究』第 6 号 天城勲・慶伊富長編,1977,『大学設置基準の研究』東京大学出版会 金子元久,2007,『大学の教育力』ちくま新書 679 喜多村和之,2002,『大学は生まれ変われるか』中公新書 1631 小湊卓夫・中井俊樹,2007,「国立大学法人におけるインスティテューショナル・リサーチ組 織の特質と課題」『大学評価・学位研究』第 5 号 野田文香,2009,「アウトカム評価としてのインスティテューショナル・リサーチ機能」『立 命館高騰教育研究』第 9 号 柳浦猛,2009,「アメリカの Institutional Research」国立大学財務・経営センター ランディ.L.スウィング(山田礼子訳),2005,「米国の高等教育における IR の射程,発展, 文脈」『大学評価・学位研究』第 3 号 D.リースマン(喜多村和之他訳),1986,『高等教育論―学生消費者主義時代の大学』玉川大 学出版部 Joe L. Saupe,2005,“How Old is Institutional Research and How Did It Develop?” Remarks at Annual MidAIR Conference Volkwein,J,F ,2008,“The Foundations and Evolution of Institutional Research” New Direction for Higher Education,No.141 27 2-1-2 OIRの機能 白男川 1. 学 IRの定義 Institutional Research(以下 IR)は、アメリカの高等教育への財政の分配の縮小と説明 責任を背景として開発され、管理運営及び組織の効率的改善を図る部門として設置された が、その定義については様々な見解が存在している。その代表的なものとして、以下の3 つの定義がある。 ・ IR とは機関の計画立案、政策形成、意思決定を支援するための情報を提供する目的 で、高等教育機関の内部で行われる研究(Saupe,1990) ・ IR と高等教育研究との差異は、IR は高等教育研究から普遍的な知識を発展させると いうのではなく、ある組織や機関単体の意思決定に役立つような特殊な情報を提供す ること(Fincher, 1985) ・ 高等教育機関の〈教育的及び経営的機能〉と〈情報に関する機能〉を関連づける、重 要な中継的部門(Peterson, 1985) IR の全国協会である Association for Institutional Research(以下 AIR)は、IR を「高 等教育機関の理解、戦略、運営の改善につながる研究(research leading to improved understanding, planning and operating of institutions of postsecondary education)」と 定義しているが、その具体的な仕事の射程は多様であるため、IR の本質を定義することは 難しい。IR 組織の活動は多岐にわたり、その目的と内容は高等教育機関の外部環境の変化 と内部環境の変化によって、各々の組織で異なる。すなわち、IR の役割はその組織に置か れた状況によって変化するのであり、これを一義的に定義することは難しい。具体的な機 能や業務内容を見ることにより、IR の実態が見えてくるだろう。そこで IR の組織的位置 づけ、機能、そして業務内容を紹介していく。 2. 組織におけるIRの位置づけ IR の位置づけについては、2008 年にペンシルバニア州立大学の Fred Volkwein と Jim Woodell が全米の大学 1,050 校を対象に「IR 機能が大学のどの部局に設置されているか」 という質問調査を行った(AIR,2008)。これに対して、回答校の 47,5%(499 校)が教学 部(academic affairs)または教学部長室(provost)に、23,9%(251 校)が総長室に IR 機能を置いているという回答であった(図表 2-1-2-1)。7 割以上の大学が教学部あるいは総 長室の執行部に位置付けていると回答していることがわかった。この結果、IR は主に教学 改善のための機能として捉えられていることが考えられる。また、複数の部局にまたいで IR 機能を置いていると回答した大学は 3.7%(39 校)存在し、総長室と教学部、あるいは 教学部と学生部の組み合わせが多いことがわかった(野田、2009)。一般的に IR は大学の 学長、副学長など、執行部の管轄下に配置されている。 28 図表 2-1-2-1 アメリカの高等教育機関における IR 機能の設置場所 複数, 3.7% 大学院研究部, 0.4% マーケティング部, 1.8% 学生部, 2.7% 情報システム部, 2.8% 企画評価室, 7.6% 教学部, 47.5% 財務管理部, 13.3% 総長室, 23.9% (出典)Association for Institutional Research, 2008 から作成 注:回答大学数 3. (1,050 大学) IRのミッションと機能 Volkwein によれば、アメリカの高等教育機関の IR は、 「公的アカウンタビリティ(外的 欲求)」のためと「大学の自立的自己改善(内的欲求)」との2極の緊張関係において進め られていると認識されている(Volkwein, 1999)。IR の機能として、Volkwein は、情報管 理、政策分析、情報発信、研究活動の4つの分類を行った。 ① 情報管理 IR の重要な機能として情報の収集と分析があるが、中でも情報の一元化管理は IR の発展において必要不可欠である。受験者、入学者、在学生、卒業生、教職員、授業 科目、給与、土地建物、財務などの基本データ、その他学生満足度調査、授業アンケ ート、卒業生調査など、統計データの元となるデータベース情報の管理を行う。また データベース構築にあたってはベンチマーク研究に必要とされる外部のデータと結 び付けることができように配慮することも要求されている。 ② 情報発信 IR には、広報活動の一環として機関の良いイメージを外部に対して積極的にアピ ールすることが求められる。そのためには、外部に対して好意的なこと、非好意的な ことを分析した上で、好意的な状況を発信することが要求される。これにより、入学 志願者数の獲得、あるいは寄付金獲得に有効な手段となる。また、大学機関の「ベス ト・プラクティス(最良の事例)」をデータとして蓄積することも行われている。一 方、非好意的なことに関しては内部に対して提示することにより、今後の経営改善に 向けての計画策定や政策形成に大きな影響を与える重要なファクターとなる。この部 分の改善こそが、高等教育機関の発展に貢献するであろう。 29 ③ 政策分析 IR には、データを収集し、分析・解釈することで、大学の計画策定、政策決定な らびに意思決定を支援する機能を担っている。大学の政策を研究し、分析することで、 経営の効率化を図ることが求められている。 ④ 研究活動 IR には、正しい分析結果に基づく説明責任が求められることに加え、公立性や合 法性が要求される。研究成果に基づいた認証評価や自己点検活動の報告書作成を行っ ている。 IR の機能は多様であり、必ずしもこの4つに分類しきれないものも当然あるだろう。 もう一つ、IR の機能の分類として、Thorpe(1999)の 9 つの分類とアメリカ大学協会に 加盟している州立大学 32 校の IR の機能を分析したもの(図表 2-1-2-2)を紹介する。 図表 2-1-2-2 Volkwein データ管理 情報発信活動 政策分析 研究活動 IR の機能および概要の分類と機能の内訳 Thorpe データ管理,データ分析 (32/32大学、100%) 外部レポート,内部レポート (13/32大学、40.6%) 計画策定支援 (16/32大学、50.0%) 意思決定支援 (13/32大学、40.6%) 政策形成支援 (8/32大学、25.0%) 評価活動支援 (5/32大学、15.0%) 研究活動 (4/32大学、12.5%) 機能 データベース管理、データ収集・分析・管理など 連邦政府や州政府への情報提供、大学紹介ガイド ブックにおけるデータの掲載、データの公表、学内 で有効なデータの収集 部局間調整、促進、情報提供、計画策定支援のた めの分析 意思決定のための情報提供、意思決定支援 政策分析、政策に関連した研究活動 評価のための調整作業、説明責任、自己評価、分 析したデータの提供、評価過程に関する研究活動 分析的研究活動、調査研究、入学生状況調査など (出典)青山佳代,2006,「アメリカ州立大学におけるインスティテューショナル・リサーチの機能に 関する考察」『名古屋高等教育研究』 第6号 p.121-122.から作成 Volkwein と Thorpe の分類を比較すると、Volkwein の分類において「データ管理」に あたるものが Thorpe では「データ管理」と「データ分析」に、「情報発信活動」にあた るものが「外部リポート」と「内部リポート」に、「政策分析」にあたるものが「計画策 定支援」「意思決定支援」「政策形成支援」に、「研究活動」にあたるものが「評価活動支 援」「研究活動」に分かれて詳細な分類となっている。 30 4. IRの機能の特徴 アメリカの大学の IR の機能の特徴として次のような点をあげることができる。 第一に、どの大学においても必ず IR の機能としてデータ管理が行われていることである。 情報発信活動、政策分析、研究活動、いずれにしてもまず根拠となるデータを収集し、分 析をする必要がある。連邦・州政府(アクレディテーションや報告書)、州民(納税者)、 学生、保護者などのステイクホルダーへのアカウンタビリティを果たすためにも、大学の 経営状況を示すデータの整備と情報提供は不可欠である。 第二に、多くの IR が、計画策定、意思決定ならびに政策形成への支援活動を行っている ことである。これは大学の学長や副学長のような大学執行部の直下に組織が位置づけられ ている大学が多いように、直接情報を提供して大学運営の支援を行っているのである。 第三に、アメリカでは IR から発表されるデータは大学の公式データである、という認識 が一般的に普及していることである。これは IR が大学の広報としての機能を担っている側 面があると言い換えることもできる。 第四に、過去を評価して、現在の状態を把握・検証して、それに基づき将来の予測を行 うという時系列の流れの中で経営改善および教育改善が行われていることである。 5. IRの業務内容 IR の業務内容は、データを収集し、分析・解釈して報告書にまとめ、執行部に提言を行 い、そしてその政策を実行する、この一連のシステムをいかに効率的にかつスピーディー に行うかということが要求される。ここでは IR の具体的な業務内容(柳浦、2009)を見て いくことにする。 A) データ収集 IRが使用する主なデータベースの種類としては、学生の性別、生年月日、住所、所属学 部、履修科目、成績といった学生データ 1 、講義の科目名称、担当教員氏名、開講時期(学 期、曜日、時限など)の科目データ、教職員の個人情報(給与なども含む)、土地・建物に 関する情報などが含まれる管理データ、現金、資産運用などの財務データ、それ以外の自 己評価のためのデータ、授業に関するアンケート、学生満足度調査、卒業生調査などのそ の他のデータの 5 つに分類される。 データ収集に関するIRの役割に対しては、その言葉の意味に注意をする必要がある。ア メリカのIRにおけるデータ収集という言葉は、「Data Retrieving」、つまり、「データにア クセスして必要なデータを手に入れる」という意味合いで使われ、Data Collectionの意味 1 在学中の学生のみならず、大学に志願する人の入試関連データ、および卒業生のデータ も含む。 31 合いでのデータ収集は主にITの仕事になる 2 。ただし、ITがどのようなデータベースを構築 すべきか、ということに対してIRの観点からサポートをすることはある。 もう一つ、データ収集に関する問題として、データを取り扱っている組織が機能や目的 によって分散されている場合、データベースが全くリンクされていないということがある。 例えば、教職員のデータと学生のデータは別のシステムになっているということがあげら れる。データを加工して、リレーショナルデータベースシステムを構築することが大きな 課題としてある。そしてこの加工の際には、内部データのみならず、外部データとのリレ ーショナルも視野に入れて設計する必要がある。そうすることによりベンチマーク研究へ の発展を促すことが可能となる。 B) 分析業務 一般的に IR の分析作業は、報告・リポート(Report)と研究(Research)に分けられ、 さらに研究は、大学の戦略・運営と直接関係のある研究と間接的な関係をもつ研究に分け ることができる。 I. 報告・リポート業務 (ⅰ)内部向けリポート(経営改善業務) 大学の基本的な情報を網羅した Fact Book や各大学で定められた年次報告書な どがあり、資料や報告書は年単位のみならず毎月のものや毎日報告するものもあ る。そこで代表的な具体例を紹介する。 Enrollment Report and Projection ① 在学生数に関するリポートで、過去から現在までの学生数の推移を分析する。 在学生数についてアメリカでは、学生数(Headcount)と履修単位数を基に算出 されるFull-time Equivalent(FTE)がある 3 。アメリカの多くの大学は予算を決 める際、学生数ではなくより正確な大学で教育を受けている学生数であるFTE総 数に基づいて予算配分を決めるという背景があり、このFTEという考え方が重視 されている。 Retention Report ② アメリカでは多くの学生が中途退学をすることから、Retention Rate(歩留まり 率)は非常に大きな関心を集めている。テネシー州では、1 年後に戻ってくる率が 4 年生の州立大学で 8 割程度、コミュニティカレッジで 6 割弱である。しかし、ア 2 3 組織上は IR の組織に IT 担当を配属している大学もあるだろう。 アメリカ教育省は、1FTE をセメスター制の場合年間 30 単位、クォーター制の場合年間 45 単位と定めている。 32 メリカのコミュニティカレッジは、特定授業の履修のみが目的である場合や、パ ートタイムの学生として働きながら何年もかけて学位を取得するといったケース の学生がある程度存在する。 日本では歩留まり率が低い(留年が多い)ということは出口管理が厳しく教育 の質が高いと一般的に思われているが、アメリカでは歩留まり率が低いというこ とは学生へのサポートが不十分で大学の質が低いという見解が一般的である。こ のリポートでは、どのような学生が中途退学しやすいのかという傾向を知る上で 有効である。 Graduation and Completion Report ③ 4 年制大学の場合 6 年以内に卒業する学生の割合、2 年制の大学・コミュニティ カレッジであれば 3 年以内に卒業する学生の割合が最も重視される数値である。 Graduation Rate のほかに、最近では Time to Degree という考え方が広まり始め ている。これは卒業までにかかった時間という意味で、毎年卒業する学生の取得 単位数、卒業までに要した年数などを分析する指標である。 Faculty and Staff Salary Analysis ④ 教職員の給与や労働条件を分析することである。性別、年齢、その他、能力と は関係のない個人的な理由で差別が起きていないかといった公平さを調べたり、 学部間格差を調査したり、他大学との共同調査で比較することもある。分析結果 は教職員採用の際にも頻繁に使われる。 Course Saturation Report ⑤ 授業の定員に対して実際何%の履修者がいるのかを示すリポートである。これ は大学が必要な授業、不必要な授業を分別する上で有用なリポートである。需要 は変化し、数年前まで学生が殺到していた授業が、後に授業自体が縮小・閉鎖さ れるというケースもある。 (ⅱ)外部向けリポート(情報公開業務) ① 連邦政府に対する報告 連邦政府に対する報告業務として、Integrates Postsecondary Education Data Systems (IPEDS)がある。連邦政府の奨学金プログラムに参加する大学は機関レ ベルのデータを毎年報告する義務がある。データ報告を怠ったりデータ提出が遅 れた場合、罰金や奨学金プログラムからの除名などの罰則が課せられたりするた め、近年のデータ収集率はほぼ 100%となっている。州立・私立を問わず、ほとん どすべての大学がこの IPEDS にデータを報告している。 33 図表 2-1-2-3 時期 IPEDS に報告するデータ一覧 期間 提出するデータ 秋 大学に関する基本情報(Institutional Characteristics) 9月初旬~10月中旬 卒業に関するデータ(Completions) 在学生数に関するデータ(12-Month Enrollment) 冬 大学の教職員に関するデータ (Employees by Assigned Position, Salaries, and Fall Staff) 12月初旬~2月初旬 秋学期の在学生数に関するデータ(Fall Enrollment)* 前年度の財政に関するデータ(Finance)* *春でも可 春 3月初旬~4月下旬 奨学金データ 卒業率データ (出典)柳浦猛,2009,「アメリカの Institutional Research 『国立大学財務・経営センター』国立大F&Mマガジン ② -IR とは何か?②-」 第 34 号 から作成 州政府に対する報告 アメリカの高等教育は基本的に州が最終責任者としての役割を担っているので、 大学は連邦政府以上に踏み込んだ報告をしなければならないのが一般的である。 連邦政府とは異なり、大学の機関データではなく、個人情報を各大学から収集す る。在学生データ(Enrollment File)は年 3 回、大学名、学生の ID 番号(Social Security Number)、性別、誕生年、人種、登録されている州、アメリカ国籍保持 者(Yes/No)、出身地の Zip Code、出身州、出身郡、学年、専攻、履修単位、学費 納入状況、合計取得単位、GPA などの情報が集められる。また、卒業生データ (Completion File)は年 1 回、大学名、学生の ID 番号、主専攻、副専攻、卒業 年度、卒業学期、学位レベルなどの情報が集められる。 II. 研究業務 (ⅰ)大学運営・戦略に直接関わる研究 予算決定にあたり財務分析を含めた将来の予測を行い、今後の戦略を立てる。 多くの大学で、収入、将来の出願者数、在学学生数、そして FTE の将来予測を行 う。予測の手法は個人の価値観が大きく影響するため、様々な手法が用いられる。 例えば、収入予測とは、今後の大学の収入が学生数の変化にたいしてどう変化 するかをモデル化したものであり、学費をどこまで値上げすることができて、ど う収入を最大化できるか分析を行う。このモデルに奨学金を組み入れ、どの学生 にどれだけ奨学金を付与すれば大学の収入が最大化されるかを算出し、それに応 じて入試担当のセクションが学生の入学の合否を判断するというケースである。 また、Student Flow Model というものがある。これは学生が卒業するまでにど のような履修経路をたどっていくかをシミュレーションしたものである。アメリ カの大学は卒業するまでに何度も専攻を変更するケースが多いため、専攻の変遷 34 を把握することは、一つには学部に配分される予算の変化の予測ができるように なること、もう一つは学部の専攻変化の傾向を知ることにより、学部の長所や短 所、そして学生の需要が分かるという点である。結果によっては、大学執行部が、 なぜ専攻の変更が起こっているのか、どのように学生を指導したらよいのか、あ るいは学部自体を廃止した方がよいのか、というような議論にまで発展していく。 その他の例として、ベンチマーク研究(比較研究)がある。他の大学の同じ学 部と比較研究をしたり、大学内の異なる学部同士を様々な観点から比較したりす ることによって、学部・学科もしくは大学の長所や短所を明らかにするという試 みである。 (ⅱ)大学運営・戦略に間接的に関わる研究 大学のキャンパス及び学生の理解度を深める研究で、たとえば在学生及び卒 業生に対する満足度調査などがあげられる。この調査結果が大学の経営に直接 影響を与えるわけではないが、経営を長期的にとらえた場合大きく影響を与え るという点で間接的な研究に分類することができる。 (ⅲ)コンサルティング業務 学部や学科、もしくは部署の運営のアドバイザー的な存在として関わってい る。コンサルティング業務は、データの重要性を組織内に推進することも狙い としている。データを重視しなければならないのは執行部だけではなく、各部 署もデータ重視の運営が求められる。組織全体にデータ重視の文化が根付くよ うになれば、組織としてより効果的な運営へと発展していく。 6. 日本への示唆 アメリカの IR は高等教育機関における環境や成果に関するデータを収集、分析し、執行 部に計画策定を提言し、政策を実行するといったフィードバックシステムの機能を有して いる。 一方、日本では国立大学法人において、自己点検・評価や外部評価、中期計画・中期目 標の策定に対して、私立大学においても自己点検・評価の取り組みの中で大学評価室 4 がIR 的な機能を有している。その特質としては、評価活動支援のためのデータ収集・管理・分 析が主要な活動で、データ収集ルートの確立、収集データの同定と目的に沿った活用を見 越したデータフォーマットの統一といったシステムの構築のための基盤整備が中心的な業 務となっている。アメリカのIR組織のミッションとの大きな違いとして、「政策決定支援」 4 名古屋大学では大学評価企画室、九州大学では大学評価情報室、愛媛大学では経営情報 分析室、関西学院大学では大学評価情報分析室など、大学によって名称は異なるが、一 般的な名称としてここでは大学評価室とする。 35 「意思決定支援」が欠如している点があげられる。日本では大学教育センターが教育改善 の活動を担い、大学評価室が評価、管理運営及び改善といった機能を担い分業体制となっ ているため、政策提案や意思決定には両組織の緊密な連携が必要となる。 今後の課題として、戦略的行動様式の確立とデータ分析・収集による意思決定、計画や 企画立案機能、政策分析、データ管理・分析、報告書の作成といった各種業務に関する専 門性を有する職員の育成、大学間のデータ交換の仕組み作りに基づくベンチマーキング活 動といった組織間の連携があげられる。日本における IR 活動はまだスタート地点に立った ところであるが、国際的な高等教育機関の質的保証を推進していくためにも IR 組織の充実、 学内の位置づけの明確化、人材育成が緊急課題といえるであろう。 参考文献 小湊卓夫、中井俊樹,2007, 「国立大学法人におけるインスティテューショナル・リサーチ 組織の特質と課題」『大学評価・学位研究』 第5号 p.19-33 野田文香,2009,「アウトカム評価としてのインスティテューショナル・リサーチの機能」 『立命館高等教育研究』 第9号 p.125-140 青山佳代,2006, 「アメリカ州立大学におけるインスティテューショナル・リサーチの機能 に関する考察」『名古屋高等教育研究』 第6号 p.113-130 柳浦猛,2009, 「アメリカの Institutional Research 経営センター』国立大F&Mマガジン 第 33-36 号 36 IR とは何か?①-④」 『国立大学財務・ 2-1-3 主要なアクター(AIR) 保坂 亜矢子 1.AIRの概要 AIR とは Association for Institutional Research の略であり、IR の職能団体のひとつ である。AIR は 1966 年にミシガン州にて組織化され、1974 年からはフロリダで NPO 法人と なり現在に至る。2009 年現在の会員は 4150 名(名誉会員含む)にのぼり、1500 以上の機 関から参加している。会員種別には、個人(一般)、個人(大学院生) 、組織代表の 3 種類 があり、2008 年 7 月 30 日現在でそれぞれ、3320 名、284 名、410 名となっている。 AIR には"Enhancing Knowledge, Expanding Network"というキャッチフレーズがあるが、 文字通り、知識・能力を高め、ネットワークを広げることで「高等教育発展に寄与する、 IR に携わる会員の支援」と「IRの専門職としてのさらなる発展・地位向上」をミッショ ンとしている。 AIR の運営は、11 名の理事と事務局が担っている。理事はそれぞれの委員会を担当して おり、2009 年 8 月現在、事務局体制は事務局長を含め 22 名となっている。 また、AIR には約 50 の下部組織(Affiliated Group)があり、それぞれ活動している。こ れは州や地域などに細かく分かれたもので、中にはアメリカ以外(ヨーロッパ、オースト ラリア、アジアなど)のグループも登録されている。 2.理事および委員会活動に見るAIRの取り組み AIR は以下の 11 名の理事により運営されている。理事はそれぞれの役割および委員会を 担当している。主な活動は以下のとおりとなっている。 ① 会長(President) AIR を効率的に運営するためのリーダーシップをとりながら、事務局長やスタッフ、副会 長や各委員会の責任者と協働する。理事会のファシリテーターの役割を担う。また、さ まざまな国・地域で行なわれる会合に AIR 代表として出席する。監査や評価にも携わる。 ② 副会長(Vice President) 予算作成や承認、プログラムの見直し、委員会の監督など、理事会の活動全てに関わる。 また評議会や執行委員会のメンバーとしても活動し、戦略的計画を企画・立案し、理事 会に働きかける。AIR 運営にあたり、事務局長に対して助言を行なう。 ③前会長(Immediate Past President) ノミネート委員会の責任者として、主に選挙管理を行なう。空席となるポジションにつ いて、多様な候補者を集められるよう努めている。また、直近の会長ということから、 37 理事会活動の継続性を確保するためにも、必要に応じてサポート・指導を行なう。 ④渉外委員会兼セクレタリー(Secretary and External Relationship Committee) セクレタリーとしては、AIR のオフィシャルな記録を維持するために、理事会などの議事 録を作成する。渉外委員会としては、主に下部組織のマネジメントを行い、さらには他 の団体・機関との対外的な窓口の役割を担う。 ⑤⑥フォーラム委員会(Forum Committee)(2 名) 年次フォーラムを企画・準備・実施する。このフォーラムは毎年春に 4 日間開催され、 約 1500 名が参加する AIR の最大のイベントであり、個人発表・パネル発表・デモンスト レーション・ワークショップなどが行なわれ、IR の最新メソッドを学ぶであるとともに、 高等教育に関する情報交換や人脈を広げる機会となっている。 次回は第 50 回の記念大会となり、シカゴにて開催される予定である。第 1 回はAIRが組 織されるよりも前の 1961 年、シカゴにて開催されたAmerican Association of Higher Educationの一部会であり、これがAIR発足につながった。 1 ⑦HEDP 委員会(Higher Education Data Policy Committee) IPEDS や CDS(Common Data Set)など高等教育に関するデータの収集・分析・公開に関 わる政府機関やメディア、アクレディテーション団体などに対して、一中間団体として 意見を述べる。これらの中で得られた重要な情報について理事会に報告し、会員に対し ても AIR アラートなどを通して通知する。 ⑧メンバー委員会(Membership Committee) 会員管理およびフェローシップ・研究奨励費・アワードの選考基準の管理および人物選 考を行なう。既存会員に対するサービスが行き渡るようプログラムの見直しを行うほか、 新規会員や大学院生会員に対しての導入プログラムやメンタープログラムを企画・運営 するなど、会員の新規開拓にも力を入れる。 ⑨PDS 委員会(Professional Development Services Committee) IR としてのキャリアや能力を開発するプログラムを企画・運営し、IR を実践する人々の コミュニティやネットワークを広げる機会を提供する。主なものとしては、年次フォー ラムにおけるプレワークショップ、 「インスティチュート」と呼ばれる 5 日間の集中講義 1 Joe L. Saupe “How Old is Institutional Research and How Did It Develop?” Remarks at Annual MidAIR Conference November 10, 2005 とSWING氏へのメールによるインタ ビューによる 38 (基礎・統計・アセスメント)、「Data and Decisions®」というワークショップ、ウェブ セミナーなどがある。高等教育の知識や統計に関するものから、統計ソフトウェアの使 い方、エキスパートによる実践的なトレーニングなどがあり、参加者が知識を深め、ス キルを磨くのに役立てられている。 ⑩出版委員会(Publication Committee) “New Directions for Institutional Research”や“Research in Higher Education” などのジャーナルやモノグラフなどの出版を行なう。アカデミックな要素だけでなく、 実務にも応える質の高い出版を目指している。また、電子媒体の E-AIR(Electronic AIR) を月に一回発行している。 ⑪会計担当(Treasurer) AIR に関する収入と支出の全てを監視する。金融取引に関する記録を適切に維持・管理し、 経費を予算内に収められるようにするなど、健全な財務管理を行なう。 なお、事務局長(Executive Director)はこの理事会メンバーには含まれないが、会長をはじ めとする理事会のもとで、財政管理、スタッフ管理、助成金などの契約に関すること、各 種団体・機関との良好な関係を開拓・維持するなど、AIR のスムーズな運営を支えている。 3.財政に見るAIR 2008 年の Annual Report によると、AIR の財政規模(歳入および歳出)は 400 万ドルとな っている。 図2-1-3-1 Lumina Contract 4% AIR の歳入・歳出(2008 年) Lumina Contract 4% Membership 12% Membership 4% Forum 11% RTI Contract 40% Forum 15% PDS 11% RTI Contract 42% Publications 5% Governance 4% PDS 11% Publications 4% Grant Program 9% Grant Program 10% Other Revenue 3% (出典)AIR “2008-2009 ANNUAL REPORT”より引用 39 Executive Office 12% 歳入の費目として、会員からの会費(年間 125 ドル)や年次フォーラム参加費(310 ドル) や、PDS 委員会の開催するトレーニングやセミナーの参加費、出版の売り上げなどが挙げら れる。 ここで注目すべきは、円グラフの大部分を占める RTI Contract である。RTI Contract と は AIR が NCES(National Center for Education and Statistics)より RTI(Research Triangle Institute)を通して委託されている IR 向けの IPEDS のトレーニングに係る費用を指す。 また、ここではまだ小さな割合のLumina Contractについても、既に3年間 200 万ドルの 契約が決まっており、主にコミュニティーカレッジで働くInstitutional Researcher向け のオンライントレーニングである"Data and Decisions® Academy"を開発・運用すること になっている。 2 AIR の財政規模について、事務局長の SWING 氏によると、2007 年の着任時は 340 万ドル であったものが、現在は 670 万ドルとなっており、 ここ 1~2 年での動きの活発さが伺える。 4.AIRのミッションとビジョン AIR のミッションは先に述べたとおりだが、今後のビジョンについて、SWING 氏に伺った。 「IR Officer を抱える大学の数は今後も増えるでしょう。連邦政府の各大学に対するデー タ報告の要求は今後も増え続けるでしょうから、IR オフィスはこのような経済状況下にお いても、数・規模ともにも拡大し続けることになるでしょう。また、大学間の競争が激し くなればなるほど、経営に関する意思決定のためのデータや情報というものはますます必 要不可欠となります。AIR は将来にわたり発展していくと考えられます。私たちは特にオン ラインによる教育機会の提供を進めていきたいと考えており、私たちの開発したコースが 翻訳され、アメリカ以外の方々にもトレーニングの機会が提供できればと思います。私が 事務局長を引き受けてから 20 ヶ月になりますが、その間に AIR のスタッフは 11 名から 22 名、歳入も 340 万ドルから 670 万ドルへと増えています。会員も 2 年連続で 10%増となって います。IR 分野の成長を反映して、AIR が成長の軌道に乗っているのは明らかです。」 5.まとめ 今回の調査や SWING 氏へのメールでのインタビューを通してわかったことは、AIR がただ 単に IR の専門職の情報交換の場というだけではなく、IR のための本格的なトレーニング機 関となっているということである。 例えば AIR は IPEDS の実務トレーニングを一手に引き受けているが、IPEDS のように大き SWING 氏へのメールによるインタビューによる。氏のご厚意により、このプログラムの パイロット版へのアクセスを許可していただいた。テキストだけでなく、ビデオやテスト などが章ごとに設けられ、基礎から少しずつ学ぶことが可能である。進捗管理がきちんと できること、また分かりにくい部分はメンターに質問できる仕組みもあるなど、オンライ ンでの自習が続けられるような工夫が施されている。 2 40 なシステムを国のレベルで運用していくにあたり、AIR が欠かせない存在となっていること が伺える。AIR は政府のみならず、各種団体から資金を集める力を持ち、その資金により IR の知識・技能向上のためのプログラムを積極的に開発・運用していることがわかる。 もうひとつは IR のキャリアに関する AIR の役割である。AIR の協力により、IR としての サーティフィケート・プログラムを提供している大学院もあるが、数は少ない。IR に携わる 人の多くは、リサーチ・スキルはあるものの、IR としてのトレーニングはほとんど受けず にこの分野に飛び込んで来るのが現状とのことである。規模の大きいオフィスであれば、 OJT を通して高度な知識・技術を身につけていくことができるが、それが叶わない多くの一 人オフィスの IR にとっては、AIR のトレーニングが主たるものとなっているということで あった。ここでも、AIR の役割の大きさと今後の可能性が感じられた。また、IR の求人が 増えていることから、教職に就くことの叶わないポスドクなど大学院生にとって IR がキャ リア選択のひとつとなりえるのではないか、という SWING 氏のコメントも印象に残る。 IR の機能や役割は日本でも注目を集めている。アメリカ国内では IR が一定の成果をあげ ているが、それを文化や背景の異なる日本でそのまま適用することは難しいかもしれない。 しかし、IR オフィスのある・なしに関わらず、意思決定にデータを活用するため、専門的 な人材を育成することには大きな意味があると考える。このことからも AIR が行なう基礎・ 応用のトレーニングには学ぶところが多いものと考える。 IR に関わる全ての人々のスキルアップ・情報交換の場としての AIR は今後も加入者を増 やしながら、その役割はますます重要になっていくと考えられる。競争が激しくなる高等 教育の世界的な動きの中での AIR に引き続き注目していきたい。 --参考文献およびウェブサイト AIR ホームページ http://www.airweb.org/ AIR Annual Reports http://www.airweb.org/page.asp?page=137 2008-2009 を参照 Electronic AIR (AIR Survey) http://www.airweb.org/?page=173 Joe L. Saupe “How Old is Institutional Research and How Did It Develop?” Remarks at Annual MidAIR Conference November 10, 2005 IPEDSホームページ http://nces.ed.gov/ipeds/ RTIホームページ http://www.rti.org/ Lumina Foundationホームページ http://www.luminafoundation.org/ 41 2-2-1 学生調査 谷村英洋 1.構成 ここでは、インディアナ大学固有の取り組みや、NSSE など具体的な学生調査に踏み込 むことはせず、学生調査についての一般的事項および論点の整理を行う。第一に現地レク チャーの内容等から学生調査の概要をまとめ、第二に学生調査の現代的課題について整理 する。 2.学生調査の概要 アセスメントの手段としての学生調査 学生調査(Student Survey)とは何か。レクチャーでこのような問いが直接立てられる ことはなかったが、その内容から、個々の大学の学生を対象にした質問紙調査や WEB 調査 だと理解できた。このような調査を大学教育改善と関連付けるためには、その上位に目的 や方向性を与える概念が必要である。それがアセスメントである。アセスメントについて は多様な定義があるようで、重宝する定義として次のものが示された。 学生の学習への高い期待水準の設定、定められた学習成果の達成に向けた成長の測定、 学問プログラム改善に向けた省察・議論・フィードバックのための基盤の提供、これら の継続的なプロセス。アセスメントは、期待やスタンダードを明示し公にする体系的で 循環するプロセスである。(From Northwestern Health Sciences University Center for Teaching Learning and Assessment, http://www.nwhealth.edu/ctl/asmnt/whatis.html) (Day1 スライドより) 定義からも明らかなようにアセスメントの方法は多岐にわたる。またアセスメントは対 象を学生に限定するものでもない。このように多様な要素を持つアセスメントに対して、 学生調査はその一手段であると位置づけられている。 学生調査の対象 学生調査というと、一般的には在学生を対象とした調査が想起されるが、在学生以外も 調査対象とされる(図表2-2-1-1)。また在学生を対象とした調査でも対象の属性や 調査目的によっていくつかに分類できる 1 。 1 本報告でいうところの学生調査を含む、様々な学生アセスメントについては、山田編 (2009)が対象や目的といった側面から分類を行っている。 42 図表2-2-1-1 学生調査の対象と目的 対象 目的 入学が期待される層 未入学者の意見からプログラム等を見直す 在学生:入学直後の学生 入学者の特性や経験、大学への期待の把握 在学生:満足と参加 教授・学習プロセスの把握 在学生:授業評価 個々の授業に対するフィードバック 在学生:大学の風土 学生だけでなく教員・職員等の視点も加味して多声的にキャ ンパスの風土を把握 在学生:卒業間際の学生 学位取得に達した学生によるプログラムや成果の評価 退学者 退学の理由や現状・将来の把握、対策 卒業生 職業経験を経た上でのプログラムへの評価など(近年の卒業 生から往年の卒業生まで) (出典)Day1 スライド(報告者が補足・整理) 学生調査の開発 一般的な質問紙調査の作成プロセスと大きくは違わない。まず先行研究をレビューし、 新規に開発する調査の対象や目的・テーマ等に関する知見および参考となる質問項目を収 集する。大学という教育機関でテーマになりそうなものについてはすでに何らかの調査や 研究が行われているため、そこから十二分に学んだ上で自分たちの問題関心を明確化する 必要がある。ジョークではあるが、 「CASE(Copy And Steal Everything)メソッド」が有 効とされる。 次に、このような作業を反映した質問項目の草稿をつくり、これを学生たちに評価して もらう。学生からのフィードバックを元に最終的な質問項目に向けたリバイズを続け、最 終版に近づいたら「認知的インタビュー」を実施する。これは、学生に紙ベースあるいは コンピュータベースの質問紙に目の前で回答してもらいながら、調査開発者がその様子を 観察したりインタビューしたりするというものである。回答者が何を考え、どのように回 答していくのかというプロセスや、回答の際に障害となっていそうな要因についてより詳 細に検討する。このような検討を通して、学生がスムーズに最後まで回答できるような工 夫が重ねられる。スムーズに回答できるという点は、回収率を上げるため特に重視される。 このような過程を踏んだ質問紙を用いて一定数の学生を対象にしたパイロット調査を行 い、信頼性や妥当性をチェックし、質問項目の取捨選択や尺度の再検討が行われる。継続 的に用いられる質問紙の場合は、実査後もこのようなチェックと改訂がなされる。(本項の 内容は Day2 の Pike 氏のレクチャーにもとづく。) 学生調査の主体 学生調査の開発・改訂および実査や入力・集計等を、どのような主体が中心となって行 43 うのかについては、主に次の 3 つがあげられる。第一に、単一の大学や学部内のみを対象 に自前で調査を行う場合には、大学内の調査部門(IRオフィスなど)や一部の教員団が主 体となるであろう。第二に、複数の大学が参加して行うコンソーシアム型の学生調査プロ グラムの場合は、特定の大学の研究センターが拠点となることが多い。例えば、 NSSE(National Survey of Student Engagement)はインディアナ大学ブルーミントン校の 中等後教育研究センター、CIRP(Cooperative Institutional Research Program)はカリフォ ルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の高等教育センター、SERU(Student Experiences in the Research University)は同大バークレー校の高等教育研究センターが拠点となってい る 2 。NSSEの場合、参加大学から学生名簿を受け取り、サンプリングから学生への回答依 頼、データ処理、集計報告書の作成までを同センターが行う(NSSEのHPより)。第三の主 体は各種アセスメントの開発団体や民間企業である。山田編(2009)で紹介されているよ うに、学習達成度評価用のテストを開発している非営利団体などが、本報告でいうところ の学生調査の開発や運営サービスも提供している 3 。 2.学生調査の現代的課題 アカウンタビリティ 大学生の発達や変化を対象にした研究は社会心理学のフィールドで 1940 年代から散見さ れ、60 年代後半にはUCLAのアスティンが大規模な質問紙調査を用いて実証的・理論的な 学生研究を本格的に開始している(山内 2004)。アスティンらによるUCLAのCIRPは、先 にふれたとおり、現在でも大規模に実施されている。ただ、このような学生研究の系譜は あるものの、現在の学生調査あるいは学生アセスメントやテストの増殖・隆盛は 80 年代中 ごろに端を発するものであるとされる。Banta&Associates(2002)は、当時アセスメント が注目され始めた背景に 2 つの要因を挙げている。一つ目は、一般教育のカリキュラム改 革の必要性がアカデミズム内から発せられていたということ、二つ目はアカデミズムに対 する外圧として、州政府が大学により大きなアカウンタビリティを要請し始めたことであ る 4 。当時は、アセスメントに使えるテストや調査といったツールそのものが少ない状況で あった。現在注目を集めている学習達成度評価型のテストのいくつかは、この 80 年代後半 に開発されている。また、CIRP等の既存の調査がある一方で、多くの大学で自前の学生調 各調査プログラムのサイトの URL は次の通り。 NSSE: http://nsse.iub.edu/ CIRP: http://www.heri.ucla.edu/herisurveys.php SERU: http://cshe.berkeley.edu/research/seru/index.htm 3 大学コンソーシアム型の調査プログラムと比較すると、 これらの団体の調査実績等につい 2 て、インターネット上で得られる情報は非常に限られている。 4 後者に関して Ewell(2002)は、1983 年の『危機に立つ国家』の副作用という側面がある 点、また州知事が中等後教育を経済発展・労働力向上のけん引役とみなし始めたという点 も指摘している。 44 査が実施された。ここでは、80 年代後半に始まり現在の学生調査にまで連なる課題として、 アカウンタビリティの要請があったという点を確認しておきたい。 アウトカム(成果)志向とその限界 学生調査に課された課題はアカウンタビリティの確立にとどまらない。金子(2009)に よれば、アメリカのみならず先進諸国においては、グローバル化・知識社会化、高等教育 のユニバーサル化、若者の価値観の変化を背景として、大学教育に 3 つの課題が現出して いるとする。その課題とは、第一に効率性・質的保証・アカウンタビリティ、第二に職業 的なレリバンス、第三に教育の実効性である。これらの課題に応えるために、90 年代以降、 高等教育における「アウトカム志向」 (金子 2009)が政府、産業界、大学団体によって支持 されてきた 5 。アウトカム志向とは、 「大学教育の成果として、学生にどのような知識・技能 が与えられたか、に着目し、それによって高等教育システムや個々の大学の行動を統制し ていこうという姿勢(金子 2009:21)」である。それは、第一のアカウンタビリティの要 請には教育成果の具体的な定義・計測と大学の統制を結びつけることで、第二のレリバン スの課題には、教育の成果の具体的な中身を問題にするなかで応えようとする。第三の教 育の実効性については、主にインプットを根拠としてきた大学教育の質の判断様式を、ア ウトプット/アウトカムを根拠とした判断様式に転換することそれ自体で応えていく。 このアウトカム志向の基本的特質の一つは、標準化されたテストによって、アウトカム を計測し大学教育の効果を把握できるとする点である。しかしこの点に対しては「テスト の内容上の適切性・妥当性」および「実施可能性、信頼性」について問題があり、高等教 育の質的水準向上に結び付かないと指摘されている(金子 2009) 6 。 教授・学習プロセスのモニタリング手段としての学生調査 アウトカム志向の限界についてはみたが、インプットに着目した大学教育の評価にも限 界がある。それが教育の成果を対象としていないことやインプットを多く問う伝統的なア クレディテーションが大学間の相互評価にもとづいたものである点があげられる(金子 2008)。それぞれ限界をもちながらも、インプットおよびアウトプット/アウトカムの評価 が一定の機能をもちうることを前提に、金子(2009)は、むしろこれまで問われてこなか った教授・学習プロセスの実態を把握しそれをフィードバックしていく回路が必要である と述べ、その観点から学生調査、特にコンソーシアム型の学生調査の有用性を提起してい る。 5 その具体的な表れは、アメリカにおけるスペリングス委員会の審議経過や、日本の学士課 程答申、OECD の AHELO プロジェクトに見ることができる(金子 2009)。 6 山田編(2009)でもアメリカにおける標準テスト反対論について述べられている。 45 コンソーシアム型学生調査の課題 金子(2008)は、コンソーシアム型調査の利点は、大学間の比較によって各大学が教育 の見直しの契機を得られることにあるとし、このような調査の成立と機能の要件を 3 点挙 げている。第一に、調査を組織する拠点と一定数の参加大学があること、そして恒常的に 調査が行われること、第二に調査データを分析する機能を各大学が有すること、第三に分 析結果を生かすための回路、すなわち教育ガバナンスが各大学で機能していることである。 3 日間のレクチャーでも示されたように、アメリカにおいては、NSSEやCIRPなどの学生 調査プログラムが多くの参加校を集め、継続的に実施されている。したがって第一の要件 については一定程度達成されているといえるだろう。第二の要件については、確かにIRオ フィスなど分析機能を有する部署が一定の発展をみている。しかし、学生調査データの分 析と提言の作成はすべてのIRオフィスの中核業務であるわけではないし、具体的な提言ま でを求められているわけでも必ずしもない 7 。データの分析・整理は行っても、意見するこ とまでは望まないという教員や経営層も少なくないからである。この点は第三の要件にお いて課題が残されていることを示している。 最後に、教授学習プロセスのモニタリングを意図した学生調査は、柔軟性を失ってはな らないという指摘がある(金子 2009)。つまり、教育改善が直面する課題ごとに調査の内容 や対象、方法を柔軟に選択できることが重要だというのである。上で触れた具体的なコン ソーシアム型の学生調査はその性質上、妥当性や信頼性が厳しくチェックされその精度が 調査の完成度の一端となっている。また、継続的に実施されるため、大幅な調査項目の改 編には大きな決断が必要である。コンソーシアム型学生調査の利点を保持しながら、新た な調査課題にどのように応じていくかが同種の調査の中長期的な課題であろう。本報告で 取り上げたアメリカのコンソーシアム型学生調査では、参加大学が一定の条件のもとで質 問項目を追加することができる 8 。このような機能を最大限に活用する方法もあるし、小規 模でも目的に合わせたコンソーシアムを大学が積極的に形成するという手もあろう。また、 各大学固有の課題やその探索に応じる調査であれば、当該大学内の担当部署による調査が より機動的であろう。学生や大学が調査漬けになることを避けつつ、各大学が意識的に、 各種の調査を補完的に利用していく必要がある。 参考文献 Banta, W. Trudy & Associates 2002, Building Scholarship of Assessment, Jossey-Bass. 金子元久 2008「『学士力』か『教育力』か」IDE No.505: 14-19. 金子元久 2009,「大学教育の質的向上のメカニズム―『アウトカム志向』とその問題点―」 7 分析機能を各大学が持つかどうかという点も重要だが、学生調査データをいかに分析する のかというデータの分析・利用方法は、アメリカにおいて必ずしも明確にはなっておらず この点も大きな課題であろう。 8 日本の調査プログラム JCIRP にも同様の機能がある(山田編 2009) 。 46 『大学評価研究』8: 17-29. 山田礼子編著 2009,『大学教育を科学する:学生の教育評価の国際比較』東信堂. 山内乾史 2004,『現代大学教育論―学生・授業・実施組織―』東信堂. 47 2-2-2 NSSE(National Survey of Student Engagement) 秋山利明 1 目的とベンチマーク 目的 National Survey of Student Engagement (以下 NSSE という)は、学部教育を評価し改 善するためにデータを供給するものであり、説明責任や適格認定に対する活動や大学間に おける全国的,分野的なベンチマークに対する取り組みを促進するものである。 中心的目的は、「大学改善」であり、「調査によるエビデンスに基づきGood Practiceを確 認」し、それについて「公の支持(関係者の理解)」を得ながら、説得力を持って改善、発 展に有機的に結びつけるものである。 1 ベンチマーク 2 調査は 85 の質問(その他に年齢、性別、人種・民族等のバックグラウンド・インフォメ ーションとしての質問もある。)から成り立ち,①学術的挑戦のレベル ②アクティブ・ラ ーニング、コラボレイト・ラーニング ③学生と教員の相互作用 ④教育的経験の高揚 ⑤キ ャンパス環境支援という 5 つのベンチマークに帰する。 2 創設と広がり 創設者・ディレクター アレキサンダーC.マコーミック(Alexander C. McCormick)は、2008 年 1 月に創設者ジ ョージ D.クー (George D.Kuh)からNSSEのディレクターを引き継いだ。この交代後も「NSSE の基本的コンセプトは変更せずにマイナーチェンジのみを行い」 3 、調査の継続性が保たれ ている。なお、この調査については、インディアナ大学において管理されている。 参加状況 1999 年のパイロット版には「約 56 の教育機関が参加」 4 してスタートした。2000 年の参 加校は 276 校であったが、2008 年では 759 校(カナダを含んで 772 校)が参加し大幅に拡大 した。2008 年の調査結果は、1 年生と 4 年生の中から任意に選ばれた約 38 万人の情報によ る。2000 年スタートからアメリカとカナダで合計して 1,300 校以上が参加している。また、 2008 年の参加校区分は、The 2005 Basic Carnegie Classificationの全国区分を反映して いる。5 1 2 3 4 なお、2008 年における調査回答に関する教育機関の平均的割合は、37%であった。 Robert M. Gonyea(NSSE Assosiate Director)氏の発表・現地インタビュー NSSE 2010 Invitation to Participate Alexander C. McCormick(NSSE Director)氏の現地インタビュー NSSE ホームページ 5 USING BCSSE、FSSE AND NSSE IN CONCERT、The NSSE 2008 Report、NSSE 2008 Results 及び Robert M. Gonyea 氏の発表・現地インタビュー 48 調査紙による平均値は 32%であったが、ウエッブについては 39%であった。 6 関連調査等 NSSE と密接な調査として The Beginning College Survey of Student Engagement (以下 BCSSE という)と The Faculty Survey of Student Engagement(以下 FSSE という)がある。 BCSSEは、入学生に関する調査であり、NSSEと対をなす存在である。BCSSEには、NSSEと関 連性・共通性がある質問も多い。7 また、FSSEは、教員の調査でありNSSEの補完的役割の調 査である。NSSE参加校の数は毎年、着実に上昇している。しかし、FSSEについては参加校 数が上昇しているとは言い難い状況である(参考 Using BCSSE,FSSE and NSSE in Concert)。 これに対しRobert M. Gonyea氏はインタビューで「教員はFSSEのみならず関連プロジェク トであるLSSSE等にも配慮しながら活動しているためFSSE参加校数だけでは教員の活動の 質を議論することはできない。」とした。BCSSE、FSSE以外のNSSEと関連するプロジェクト として、High School Survey of Student Engagement (HSSSE) 、The Community College Survey of Student Engagement (CCSSE) 、 The College Student Experiences Questionnaire Assessment Program (CSEQ)、 The Law School Survey of Student Engagement (LSSSE) 、 The Project on Academic Success (PAS) 、The Strategic National Arts Alumni Project (SNAAP)等がある。このように、高校、コミュニティーカレッジ、ロースクール等に特化し た分野の調査や、CSEQ、CSXQ(The College Student Expectations Questionnaire Assessment Program)といった経験や期待を意識したものがNSSEの関連プロジェクトとして存在する。 なお、CSEQは、30 分程度の学生の経験に関する質問であり、教員や友人とのクラスでの社 会的、教養的活動やカリキュラム外の活動、そして図書館や学生センターなどの学校施設 の利用等に、どのように時間を使うかを問うものである。NSSEやCSXQと同内容の質問もあ る。 コンソーシアム NSSE コンソーシアムは 6 校以上の参加校のグループであり、特別な質問を NSSE の中心的 調査に加えることができる。そして、それによるグループ比較も可能である。グループに より、加盟校の同意の下で学生の回答が共有される。コンソーシアムにおける情報の共有 や比較は、大学の改善に大きく貢献するものである。評価は時間的推移比較や、他の教育 機関との相対的比較の中から浮き上がってくる側面もあると思えるからである。勿論その 実現のためには、参加校の情報公開に対する積極的な姿勢が必要となる。 情報公開と情報利用者 NSSE の情報公開は大学の判断による。アクレディテーション団体、志願者とその父母、 メディア、同窓会等への公開状況は教育機関の判断により異なる。利用者は大学管理者、 教員、学生関係スタッフ、学生、政府関係者、調査関係者、高等教育学者、適格認定機関、 受験生と家族、高校の相談者、ジャーナリスト等と幅広い。 6 NSSE 2008 Results 7 Using BCSSE,FSSE and NSSE in Concert 49 結果の使用例 結果使用例として①説明責任、②アクレディテーションに関する自己分析、③同窓会ア ウトリーチ、④評価と改善、⑤学生満足度評価、⑥ベンチマーキング、⑦カリキュラム改 編、⑧FD・SD、⑨就職、⑩リテンション等 8 がある他、広報・宣伝的要素も二次的に感じる。 支援・参加費 当初、The Pew Charitable Trustsからの 370 万ドルの助成により支えられていたが、2003 年以降自立している。 9 参加校は、学部入学者数などに応じて$1,800~$7,800(オプシ ョンを除く)の参加費を要する。コンソーシアムに関する料金についても、同じく学部入 学者数に応じて機関ごとに$200~$500 とされる。10 なお、スポンサーとしてThe Carnegie Foundation for the Advancement of Teachingがある他、Lumina Foundation for Education、 The Center of Inquiry in the Liberal Arts at Wabash College、Teagle Foundation、 and the National Postsecondary Education Cooperativeのサポート等がある。 11 3 NSSEのデザイン 12 NSSEは専門家によりデザインされ、またテストされており信用性が高く、学生の個人作 成データを基に高いヴァリディティとリライアビリティを備え、長期間にわたり安定し運 用されている。 13 NSSE には、WEBベースとPAPERベースがあり作成に約 15 分を要する。 以下の①から⑮まで、NSSEの質問例などに基づいて、そのデザインを眺める。 「質問①:経験力・行動力の程度」に関する 22 の問は、Very often・Often・Sometimes・ Neverの 4 段階に程度が設定されており、 「クラスでの質問や議論に参加した」、 「クラスで のプレゼンテーションを行った」、 「前もって 2 つ以上の課題などを準備した」、 「課題を読 まずにクラスに来た」などについて問う。 「質問②:コースワークの影響力の程度」に関する 5 つの問は、 Very much・Quite a bit・ Some・Very littleの 4 段階に程度設定されており、「記憶(授業等での事実、概念、方法を 記憶し、同様に繰り返す)」、「分析(特別な事例や状況を調べること、経験、理論の基本的 要素を分析すること)」 、 「総合的扱い(概念、情報、経験を纏める)」などについて問う。 「質問③:読み書きの程度」に関する 5 問は 、None・1-4・5-10・11-20・more than 20 の 5 段階に数量設定されており、「課題とされた教科書」・「書籍等の冊数・20 ページ以上のレ ポート数」等を問うものであり、「質問④:1 時間以上要する、また 1 時間以下の宿題の数」 に関する 2 問も None・1-2・3-4・5-6・more than 6 の 5 段階に数量設定され選択する。 8 NSSE 2010 Invitation to Participate USA TODAY(Beyond Rankings : A New Way to look for a college ) 10 NSSE 2010 Invitation to Participate 9 11 12 13 NSSE 2008 Results NSSE SAMPLE Robert M. Gonyea 氏の発表・現地インタビュー 50 「質問⑤:試験がチャレンジを促しているか」については、7段階の程度設定である。 「質問⑥:芸術・運動・精神を高める活動等の程度」は、「芸術・ダンス・音楽・劇や運動 参加、礼拝等の精神を高める活動に参加等」という 6 問を 4 段階に程度設定し選択する。 「質問⑦:実習科目・インターンシップ・ボランティア・外国での学習・コースやプログラ ム以外で教員と調査に携わる等の実践」に関する 8 問を 4 段階に程度設定し選択する。 「質問⑧:人間関係」では、「他の学生との関係」で「Unfriendly,Unsupportive,Sense of alienation」~「Friendly,Supportive,Sense of belonging」の 7 段階に設定、「教員との 関係」では「Unavailable,Unhelpful,Unsympathetic」~「Available,Helpful,Sympathetic」 の 7 段 階 に 設 定 、「職 員 と の 関 係 」 に つ い は 、「 Unhelpful,Inconsiderate,Rigid 」 ~ 「Helpful,considerate,flexible 」の 7 段階に程度設定し、人的関係の程度を問う。 ⑨:「一週間で使う時間」については、「授業の準備(調査、講読、執筆、宿題、実験、デ ータ分析等) 」、「キャンパスでの仕事」、「キャンパス外での仕事」、「リラックスや社交的活 動(テレビ鑑賞、パーティー等)」などの 7 問について、8 段階の時間設定から選択する。 ⑩:「教育機関の支援の程度」として、「勉学や学術的作業に多くの時間を使う」、「学術的 に成功を助ける支援を行う」、「経済的、社会的、人種・民族的に異なるバックグラウンド の学生のコンタクトを促進する」等、7 観点について 4 段階の程度設定の中から選択する。 ⑪:「この教育機関での経験がどの程度、あなたの知識・技術・個人の発展に繋がったか」 について、 「一般教育の習得」、 「仕事関連業務、技術習得」、 「明確に効果的に記述し、話し、 考える」等の 16 問を 4 段階の程度設定の中から選択する。 ⑫:「全体的にこの教育機関で得たアカデミック・アドバイジングの質をどのように評価す るか」という質問に「Excellent ,Good,Fair,Poor」という 4 段階の程度設定から選択する。 ⑬:「この教育機関で得た教育経験をどのように評価するか」という質問に関して、 「Excellent,Good,Fair,Poor」の 4 段階の程度設定から選択する。 ⑭:「もし、もう一度入学するとしたら、今、在籍する教育機関に入学するか」という決定 的な質問に、 「Definitely yes,Probably yes, Probably no, Definitely no」の 4 段階の 程度設定から選択する。 (ここまでの質問数合計は 85 問である。)⑮以降は、誕生年、性別、 留学生か否か、人種・民族(「答えたくない」を含む)他である。 4 参加校が得る分析情報等 14 「Customized Institutional Report」は、学生の回答やグループの統計的比較を提供する。 また「Benchmark Reports」は、効果的な教育のプラクティスの 5 つの NSSE ベンチマーク から大学間の学生スコアを比べる。「Institutional Data File」は、全調査に対する学生 の回答や詳細分析の学生識別名を含むものであり、「Annual Results」は、データのトレン ド、NSSE の構想、学部学生アセスメントの情勢を示す。 「Accreditation Toolkits」は NSSE 14 NSSE 2010 Invitation to Participate 51 データを地域的で、特化したアクレディテーション活動に組み入れるための方法を際立た せる。「Additional User Tools」は内外の利用者と結果を共有しサポートする資料である。 5 NSSEによる「積極的(有望的)発見」と「消極的(失望的)発見」の例 15 積極的発見として「現在、入学した 1 年生の 85%が今在籍する教育機関で卒業するつも りである」、 「1 年生の約 2/3 の学生と少なくとも 4 年生の 3/4 の学生は,クラス外で教員と 読書で得た知識やクラスからの考えを時々議論した」、「1 年生の 40%、4 年生の 60%以上 、 「大学でより多く文章を書くことは、 がコミュニティー・サービスやボランティアをした」 アクティブ・ラーニングやコラボレーティブ・ラーニング、学生と教員の相互作用、そし て深い学習と積極的に関係があり、学習や自己発展における学生の利益に積極的に関係す る」などがあり、消極的発見として「1 年生と 4 年生の 5 人に 1 人は、予習や課題研究を仕 上げず頻繁にクラスに来た」、 「1 年生の 57%、4 年生の半分だけが異なる経済的社会的、人 種・民族的背景の学生と相互に作用するために学校から支援を受けた」などがある。 6 「教育改善調査実施のための必要条件」 U.S.News rankingsでトップクラスの学校は、NSSEに消極的である。 (Derek bok 2006 Our Underachieving Colleges)U.S.News rankingsもNSSEも消費者サービスとして役立つ情 報であり、そうした情報の「比較」が重要である。積極的参加、情報比較が期待されるが、 NSSEスコアを公表する学校は全部ではない。また、Kuh はNSSEには限界があり、他のアセ スメントとローテーションしながら実施すべきとする。16 毎年大幅に結果が変わるもので はないことから、3~4 年に一度の使用をNSSE自身推奨するが、継続的な調査や特別な改善 へのモニタリングのため毎年、データを必要とする教育機関もある。17 教育改善に向けて は、調査の「継続」、結果の「比較」 、「評価」そして、改善実行のための「組織力」などが 重要なキーワードであると思える。また、金子(2008)は、このような調査が学士課程教 育の改善に繋がるために次の条件が必要であるとする。第1条件として「調査が個々の大 学を超えて恒常的に行われることが必要であり、中間組織をどのように形成していくかが 政策的課題となる。」、第2条件として「個々の大学において調査結果をその大学の観点か ら分析して問題点を発見し、改革の方向を見つける機能が必要である。」、第 3 条件として 「調査結果を大学全体の経営に生かし、個々の教員の改革へのモチベーションを高めるよ うな教育面でのガバナンスが機能することが不可欠である。」とする。 18 15 16 17 18 NSSE 2008 Results USA TODAY(Beyond Rankings : A New Way to look for a college ) USING NSSE DATA IDE 2008 年 11 月 金子元久 52 以 上 2-3 SOTL 黒沼 敦子 1.はじめに 教育改善に関わるものとして、アメリカでは大学関係者の主体的な取組みによって FD の推進が図られている。各大学には教授・学習センター (Center for Teaching and Learning) が設置され、学会レベルでは POD(Professional Organizational Development Network in Higher Education)と呼ばれる FD 専門家の組織的なネットワークが作られて いる。その他には、アメリカ大学カレッジ協会 (AACU) と大学院協会 (CGS) による将来 の大学教員準備プロジェクト (PFF) が行われている。そのような動きがある中で、本稿で は FD に関わる教員の自主的な運動として SOTL (Scholarship of Teaching and Learning) を取り上げる。 2.SOTLの理念 SOTLは、カーネギー教育振興財団 (Carnegie Foundation for the Advancement of Teaching) の理事長であったアーネスト・ボイヤー (Earnest L. Boyer) が提唱した Scholarship of Teaching(SOT:教育の学識)の理念が元になっている。”Scholarship”(学 識)とは、「大学教員の仕事のうち、学者 (scholar) たる資格に直接結びつくものをさして いる」。 1 ボイヤー (1990) は「学者たることとは何を意味するのか」を問い、 「教授団の優先事項 として『教育対研究』という手垢に染まった論争を乗り越え、学識(Scholarship)に対し てもっと幅広く効果のある意味を付与すること」を目標とした。そして、「Scholarship of discover(発見の学識)」 「Scholarship of integration (統合の学識)」「Scholarship of application (応用の学識)」「Scholarship of Teaching(教育の学識)」の四つの学識を提案 する。このうち、学者がいわゆる「研究」と呼んでいる内容に最も近いものは、 「発見の学 識」である。ボイヤーはその重要性を認めた上で、他の3つの学識を含めた「学識の四つ の範疇すべてを促進するとともに、それらに報賞を付与する必要がある」とした。学識を 広くとらえることにより、「各大学がその目標をもっと正確に定義するのを助け」 、研究大 学という唯一のモデルがシステムを支配しているアメリカの高等教育に対して、 「威厳のあ る多様性(diversity with dignity)」を追求すべきであると唱えた。 2 ボイヤーの後任となったカーネギー教育振興財団の前理事長のリー・シュルマン (Lee S. Shulman) は、Scholarship of Teachingに「学習(learning)」の要素を加え、SOTLの理 ...... 念を創出した。シュルマン(1999)は、 「教育の学識は、すぐれた教育と同義ではない。教 育の学識には、ある種「メタになること(going meta)」が必要である。つまり、学生の学習 1 2 松下(2008)p.211 Boyer (1990) 邦訳 p.6 53 に関する問題-学習が生じる条件やその態様、深め方など――を枠づけ体系的に検討するこ と、しかも、自分のクラスを改善するだけでなく自分のクラスを超えて実践を向上させる という意図をもって行うことが必要なのである」と述べている。 3 松下 (2008) はシュルマンの著書を引き、 「SOTからSOTLへの学識概念の拡張のもう一 つの特徴は、学識がコミュニティの所有物 (community property) であることを明確化し た点」だと述べている。シュルマンによると、学識は①公表される (become public)、②コ ミュニティのメンバーによる批判的な批評と評価の対象になる、③コミュニティのメンバ ーがそれを使い、それに基づき、それを発展させる、という3つの属性が必要だとしてい る。 「大学教員の研究者としての学識が学会というコミュニティによって担保されるように、 大学教員の教育者としての学識は、それぞれの専門性に根ざしながら、<学生の学習をエ ビデンス (evidence:根拠資料)として議論しあう教育コミュニティ>によって担保される」。 SOTLは、SOTの理念に加えて「学生の学習への焦点化」「コミュニティの所有物としての 教育というとらえ方」「学生の学習を教育のエビデンスとして示すことの重視」という要素 が加わったものであると言える。 4 2.カーネギー教育振興財団におけるSOTLプログラム このような SOTL の理念を元に、大学教育の現場においては、カーネギー教育振興財団 が様々な活動を展開してきた。その中心となっているのは、1998 年に開始された CASTL (Carnegie Academy for the Scholarship of Teaching and Learning) プログラムである。当 初は、教員個人を対象とした Carnegie Scholars プログラム、各大学における SOTL 活動 を支援する Campus Program の2つが行われていた。前者は 2007 年に廃止され、後者は ①Institutional Leadership Program(機関リーダーシッププログラム)と②Affiliates Program(加盟校プログラム)に改編された。 カーネギー教育振興財団は、この CASTL プログラムに直接的、間接的に深く関わって いる。各プログラムにはカーネギースタッフが複数関与している。参加者が年に1度カー ネギーに集まったり、カーネギースタッフによる訪問が行われたりしている。間接的には 助成財団から得た grant を再授与(regrant)する形で活動を支援している。 また、SOTL の活動を技術的に支えているのがカーネギー知識メディア研究所 (KML) である。 「知識構築・共有のサークル」 (図 2-3-1)の活動理念に基づいて、SOTL の活動を テクノロジーの面からサポートするために、オンライン上に「教育と学習の共有地 (Teaching and Learning Commons)」を構築している。 3 松下(2008)p.211 より邦訳を引用 4 松下(2008)p.211-212 54 図表 2-3-1 知識構築・共有のサークル (出典)松下(2009)より(http://commons.carnegiefoundation.org/) 参加者は、KML の開発したオープンソース・ツールを使って教授・学習実践の記録を作成 し、共有することができる。具体的には、 ・KEEP Toolkit:スナップショットと呼ばれるマルチメディア・ポートフォリオをブラ ウザ上に簡単に作成できるオンライン・ツール。財団のホームページ からアクセス可能で、ユーザーが自由にアカウントを作成し利用でき る。 ・Carnegie Workspace:進行中のプロジェクトを共有し、ピア・レビューや形成的評価 を行うためのもの。メンバーのみ。 ・Gallery of Teaching and Learning:ピア・レビューを経たものの事例ギャラリー。自 分の興味や関心に合わせて閲覧できる。 ・Teaching and Learning Commons:コミュニティの枠を超えて様々な人たちとの意見 交換が可能なオープン・フォーラム。 などが用意されている。KML は Web サイト上に必要なリソースやツールを提供し、オン ライン上のコミュニティ形成を支援している。 3.The International Society for the Scholarship of Teaching and Learning ISSOTL は 2004 年に数カ国の学者 67 名によって設立され、年に 1 度コンファレンスが 開催されている。第 1 回大会は 2004 年にインディアナ大学ブルーミントン校(IUB)で行 われ、8 カ国から 440 名が参加、280 のプレゼンテーションが行われた。その後の大会の変 遷は図表 2-3-2 の通りである。学会の拠点は IUB にあり、同大のジェニファー・ロビンソ ン教授 (Jennifer M. Robinson) が現在会長を務めている。 55 図表 2-3-2 ISSOTL コンファレンスの変遷 年 場所 参加状況 2004 IUB 8 カ国から 440 名参加 280 プレゼンテーション 2005 British Columbia 8 カ国 672 名参加 2006 George Washington 16 カ国 800 名 参加 2007 New South Wales 400 名参加 2008 Alberta 17 カ国 527 名参加 2009 IUB(開催予定) 292 セッション 309 の研究発表 220 プレゼンテーション (出典)ISSOTLホームページより http://www.issotl.org/ <2009/7/18取得> 4. 各大学の活動 各大学の SOTL の活動については、今回現地調査を行ったインディアナ大学ブルーミン トン校(IUB)が SOTL 実践の拠点校として知られている。その事例は次章第 5 節で詳し く取り上げる。 参考文献 鳥居朋子(2007) 「学識としての教育のとらえ直しと教師集団による組織的な教育実践の改 善」有本章編『高等教育研究叢書 91(FD の制度化と質的保証〔前編〕 )』広島大学高 等教育研究開発センター p.39-47. 松下佳代(2008) 「相互研修型 FD の組織化による教育改善 2007-4 年間の活動の成果と自 己評価-」『京都大学高等教育叢書 26』p.209-223 松下佳代(2009)「大学教員教育研修のためのモデル拠点形成 2008」 『京都大学高等教育叢書 27』p.295-381 Boyer, E. L. (1990) Scholarship Reconsidered: Priorities of the Professoriate. The Carnegie Foundation for the Advancement of Teaching. E. L.ボイヤー(1996)『大 学教授職の使命-スカラーシップ再考』(有本章訳)玉川大学出版部 56 3-1-1 インディアナ大学(IU)の特質 尾崎俊夫 1.はじめに 本稿は 2009 年 8 月 10 日から 8 月 14 日までアメリカ合衆国・インディアナ大学で実施 された「東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻大学経営・政策コース 夏期集中 講義」においてインディアナ大学・ブルーミントン校での講義を参考に同大学の規模につ いて執筆した。本稿では、対象として、筆者が現在在籍している東京大学との比較を中心 に取りまとめたものである。 2.インディアナ州の大学配置 インディアナ州はアメリカ中西部にあり、主な産業は農業・自動車産業である。この州に は、公立・私立・ブランチキャンパスなどを含めて 62 校の大学が存在し、インディアナ州 全体に偏ることなく 1 配置されている。 インディアナ州では主要研究大学に指定されているインディアナ大学ブルーミントン 校・インディアナ大学インディアナポリス校 などに資金が重点的に配分されている。 2 3.IU の概要 インディアナ大学は 1820 年にインディアナ州により、神学校として設立され、今年で創 立 189 年を迎える名門州立大学である。現在はインディアナ州に 8 つのキャンパス(ブル ーミントン校・イースト校・ココモ校・ノースウエスト校・サウスベンド校・サウスイー スト校・インディアナポリス校・フォートウェイン校・コロンバス校)を持ち、インディ アナ大学全体で学生数が約 10 万人(フルタイム学生 71,866 人・パートタイム学生 29,841 人) 、教員数(フルタイム)5,852 人、年間予算 2700 億ドルという巨大な大学である。 3 東大との違いは、「インディアナ大学システム」という、大学制度の違いである。 この「大学システム」は州内に地理的に配置されている複数のキャンパスで、1 つの大学を 構成する。またこのシステムの中で共通要素(学部など)を共有する。各キャンパスの運 営は、各キャンパスに任せている。これだけ大きな大学であるにも関わらず、東大は理事 が 8 名であるのに対し、IU 全体では 9 名の理事しかいない。 1 http://www.learnmoreindiana.org/college/choosing/Pages/CollegeMap.aspx 2 インディアナ大学高等教育局HP http://www.in.gov/che/2344.htm 3 IU fact book 2008‐2009 p20 57 4.ブルーミントン校との比較 ここでは、集中講義の期間滞在したブルーミントン校と東大とを比較し、インディアナ 大学ブルーミントン校の特徴を 1 学生・教職員数 2 蔵書数・司書数 3 予算・授業 料の順に明らかにする。 4-1 学生・教員・職員数 ブルーミントン校の学生数は 40,354 名であるのに対し、東大は学部と大学院生を合わせ ても、28,618 4 名であることから、東大の約 1.5 倍の学生を持つ大学だということが分かる。 次に教員数であるが、フルタイムの教員数はブルーミントン校 2,007 名であるのに対し、 東大は教授+准教授+講師で 2,424 名である。また、職員数は東大が 3,027 名であるのに 対し、インディアナ大学全体の職員数は 11,279 名と東大の約 3.7 倍の職員を抱える。筆者 が滞在したブルーミントン校だけでも 5,389 名の職員を抱え東大の約 1.7 倍の職員を持つ巨 大な大学であることがわかる。教員よりも多い職員数を抱えているのがインディアナ大学 の特徴と言える。 4-2 蔵書数・司書数 図書館の蔵書に至っては、ブルーミントン校の蔵書数は約 825 万冊 5 であるのに対し、東 大・本郷の蔵書数は 120 万冊、司書数はブルーミントン校の 91 名に対し、東大は約 42 名 と図書館の蔵書・司書数に大きな違いがみられる。アメリカの大学で司書というのは日本 の事務職とは異なり、区別された専門職である。通常は図書館学の学位ばかりでなく、自 身が専門とする分野の学位(修士号以上)を持ち、研究と教育の支援を行う 6 。終身在職権 (テニュア)を取るのも一苦労する世界である。大学の人事異動で図書館勤務を数年経験 する日本の大学とはずいぶん異なり、図書館に対するハード面・蔵書・司書に対するソフ ト面で随分な投資を行っている。 4-3 4 5 予算・授業料 東大HPより (http://www.u-tokyo.ac.jp/stu04/e08_02_j.html) IU fact book 2008-2009 p93 6 大学図書館職員の役割と必要とされるスキル IDE 2009 年 5 月 58 2009 年 11 月 6 日 梅澤貴典 東大のHPから予算(2006 年度) 7 をみると、約 1841 億円であるのに対し、ブルーミント ン校では約 1200 億円($1,223,446,886) 8 が予算として計上されていた。また、ブルーミ ントン校の授業料であるが、公共政策プログラムを例に説明すると、インディアナ州民で あれば、1 単位当たり$257.45=約 27,000 円であるのに対し、他州民・他国民であれば、 $698.05=約 70,000 円と約 2 倍になる 9 。東大では国立大学であることから、年間授業料 535,800 円が授業料として徴収される。1 単位あたりの価格を比較すると東大・教育学研究 科の 1 単位当たりの価格が 14,800 10 円であることから比べると、日本の国立大学の授業料 はインディアナ大学の約半分程度ということになる。 5 理事・ガバナンスの比較 インディアナ大学の理事の使命は「大学のプログラムと使命を実行するための幅広い政 策と意思決定の権威を持つこと」11 である。理事は全部で 9 名であり、その内訳は 2 年間在 籍するフルタイムの学生が 1 名、残りの 8 名のうちインディアナ州知事が 5 名を指名し、 残りは大学の卒業生から 3 名を知事が指名する。12 このように、卒業生が理事になるような ことはあっても、学生が理事になるようなことは、日本では非常に珍しく、これはインデ ィアナ大学の特質と言える。理事はインディアナ州議会で補充される。理事数については 1855 年からずっと 8 名であったが 1975 年に 9 名に変更した。州の大学であっても理事の 半分は学外者であり、インディアナ州知事が指名することから、公共性の担保を図ろうと していることが読み取れる。東大の理事は総長を含め全部で 8 名である 東大の理事の使命は国立大学法人法に定められており、 「学長を補佐して大学の業務を掌 理し、学長に事故があるときは、その職務を代理し、学長が欠員のときはその職務を行う」 とあり、経営協議会と教育研究評議会に出席する。教育研究評議会の構成員は各学部の学 部長・研究科長である。経営協議会の方の参加者には、学外者が入っている。これは国立 大学法人法で「当該大学の役員または職員以外のもので、大学に関し広くかつ、高い見識 を有するもの」と決まっているからである。このように法によって公共性が図られている。 6 収入 7東大HPより 8 9 (http://www.u-tokyo.ac.jp/fin01/b06_01_j.html)2009 年 11 月 6 日 $1=¥100 で換算 http://green.ap.teacup.com/indianareport/25.html 東京大学大学院教育学研究科 科目履修生 1 単位当たりの価格 (http://www.p.u-tokyo.ac.jp/download/9/2009shutugan_sinki.pdf) 11 IU fact book 2008-09 p15 12 10 同上 10 59 2009 年 11 月 6 日 インディアナ大学の収入(2008 年)13 が、$1,722,616,000 である。収入の多い順に列挙 すると、一番多いのは授業料収入(約 30%)であり、次に州から 23%、交付金 17%、と いう順序であった。 一方東大は、2006 年度の収入が約 1841 億円であり、そのうち約半分が国からの運営費 交付金、授業料・病院収入が約 25%を占めている。残り 25%は、産学連携や施設設備補助 金が占めている。 Student fees 運営費交付金 Investment income 付属病院収入 学生生徒納付金 Grants and contracts 施設運営費補助金 など 産学連携・寄付金 Other operating revenues 図 3-1-1-1 7 インディアナ大学(左) 14 ・東大収入(右) 15 支出 IU 全体の支出を俯瞰した場合、もっとも大きな割合を占めるのは、教育費の 36%であり、 次に講義の支援に 10%、研究に 9%、教育支援 8%となる。東大の支出を同様に見てみると、 支出で最も割合の高いものは人件費であり、その割合は 40.7%、次に物件費の 28.5%とな る。IU と東大と支出項目を比べてみると、会計基準が異なるため、単純な比較は難しい。 現地取材から、誰が予算配分の力を握っているかをうかがったが、それは各部署がそれ ぞれ力を持っているということであった。 13 14 15 IU Finance Report 2007-08 p 12 IU Finance Report 2007-08 p 12 を元に筆者作成 東大HP( http://www.u-tokyo.ac.jp/fin01/b06_01_j.html) 60 2009 年 11 月 6 日 を元に筆者作成 図 3-1-1-2 両キャンパスの支出内訳(左:IU 右:東大(2006)) 16 教育費 研究 教育支援 学術支援 その他 8 人件費 退職手当 物件費 長期借入金償還金 施設整備費 産学連携等研究経費等 IU の特質 東大と比べると IU の特質は下記 3 点に集約されると考えられる。 第一にその規模である。IU は東大と比べて、圧倒的に規模(予算・学生数・司書数など) が大きい。第二にガバナンスである。日本の大学においては、在学生が理事になるという 事例は極めて稀である。最後に、教員の倍ほどの職員を抱え、教員をサポートする人材を 手厚く配置している点である。 以上 16 IU Finance Report 2007-08 を元に筆者作成 p 12・東大HP(http://www.u-tokyo.ac.jp/fin01/b06_01_j.html)2009 年 11 月 6 日 61 3-1-2 州政府の高等教育政策と大学の対応 若山信行 米合衆国での教育は各州の管轄事項であり州ごとに制度、運用などが異なる。今回調査対 象としたインディアナ大学の設置者は州政府である。それゆえ、まず、インディアナ州政 府組織について概観する。 i. インディアナ州政府組織 行政部(Executive)には州知事(Governor)、歴代州知事(Previous Governors)、副知事 (Lieutenant Governor) 、 司 法 長 官 (Attorney General) 、 監 査 役 (Auditor) 、 州 務 長 官 (Secretary of State) 、 財 務 担 当 官 (Treasurer) 、 教 育 監 (Superintendent of Public Instruction)が責任者を務め、行政府の各責任者は州知事と副知事がセットで選挙される 以外は、それぞれが個々に公選で選ばれる。 立法府(Legislature)である州議会(General Assembly )は上院(Senate )と 下院(House of Representatives)からなり、強い権限を有している。 教育に関する行政組織はインディアナ州教育局(Indiana Department of Education=IDOE) であり最近の施策として 2009 年 4 月 3 日州教育局行動計画(IDOE Action Plan)を発表した。 (http://www.doe.in.gov/actionplan/) その主な内容は、以下の通りである。 z K-12 教育(幼稚園(kindergarten)の 1 年間、小中高校 12 年の初等、中等教育を合わ せて K-12 と称する)の質を高めること, ISTEP+ (読み書き計算の学力試験) End-of-Course Assessments Core 40 (Core 40 はインディアナ州が高等教育へ進 学する学生に要求する高等学校の主要履修科目)など数値目標掲げ、達成を目指す) (州の高等教育の問題中で、実は高等教育へ進む前の学力水準の不均衡と低さが深刻 な問題であり、その問題を抜きに高等教育を論じることができない状況である。大 学入学後の補習授業の必要性は IUPUI のような中心的大学でも避けて通れない問題 となっている。) z 不必要な規制をとり払い革新的な学習の構造を発展させ、学生の選択の幅を拡大す る。 (議論の多いチャータースクールなどを発展、充実させる方向性を教育監は提 示) z 教育の質を改善し統治・管理・指導性を高める。教員免許制度を見直し、質の高い 教員を確保する。(現職教員に対しては厳しい方向性) z 学業成就と職業準備を促進・助長する学習支援システムを開発、発展させる z 高くて明確な成功基準を定め、点数を記録し、その結果、学校の説明責任を公衆に 透明にする(一斉学力試験などの実施) IDOE には州教育委員会 (State Board of Education)があり、以下の使命を負う。 州の教育目標を設定しその達成度を評価する。 62 州議会や州知事に予算措置も含めた勧告を行う。 州教育委員会は教育監が議長を務め、残りのメンバーは知事が指名する。下院議員選挙 区を代表する 9 名と無任所の 1 名の委員を党派が片寄らないように配慮して人選が行わ れる規則になっている。 1) 教育円卓会議 その中に教育円卓会議 (Education Roundtable)というものが置かれている。 (Roundtable というのは成員が同等の資格で議論をするという精神で運用される会議) 1998 年非公式に発足し 1999 年法制化された。(http://www.in.gov/edroundtable/2339.htm) これは権限のない諮問委員会である点が、後述の一定の権限を有するインディアナ州高等 教育審議会(ICHE)と異なる点である。 州知事と教育監が共同議長を務める。 超党派組織とし成員は K-12 教育界と高等教育界、産業界、労働界、両親、地域社会、州議 会のリーダーから州知事と教育監が選定、(州議会からの成員は議会が選ぶ)地域、州、国 の専門家から助言を得て、情報、データを検討し、教育の問題点、政策、戦略を議論する。 そのうち円卓会議は一つの問題として高等教育と継続教育(Higher Education & Continued Learning)の重要性を取り上げ、グローバル化した知識基盤経済の中で高等教育機関はより 多くの学生が就学機会を得、労働需要に応え、経済発展を活性化し、研究規模や能力 (capacity)を広げインディアナ州の住民の社会的、文化的生活の質向上に貢献しなければ ならないと指摘している。 そのためには入学者を増加させる方策を実施し、学費を抑え、学業を完了させるように支 援する必要があると指摘している。そのほか、州内の K-12 の教員の多くを供給しているこ とを踏まえ、教員になる学生の教育の重要性を指摘している。また研究大学と地域の大学 との役割分担の重要性も指摘している。 重要事項として以下の項目を挙げている。(http://www.in.gov/edroundtable/2387.htm) 1. 高校と大学との連携を改善する。Preparation for Success 2. いろいろな社会層、地域に門戸を広げる。Participation 3. 経済的負担を軽減する。Affordability 4. 編入学の便宜も図り、学業を持続、完了させ国際競争力も持つ労働力の提供に貢献する。 Degree Completion 5. 特に州内の教員養成の機能を重視、教員の能力を高める。 Teaching 6. 研究面で州内の産業との結びつきを強め経済発展に貢献する。Research and Economic Development 7. 多額の税が投入されていることを受け説明責任を果たす。Accountability 2) 1971 年設立 インディアナ州高等教育審議会(ICHE) 下院議員選挙区を代表する 9 名と無任所の 3 名の委員を州知事が指名(4年 63 任期)学生代表1、教員代表1(各2年任期)合計 14 名の委員からなる組織である。 これは以下に述べる権限のある組織である。 その役割は、 z 公立大学の使命を定義。(その中で IUB、IUPUI などを含むインディアナ大学をリベラ ルアーツと科学を基盤とする主要な研究大学とし、医学・工学などの専門職を養成し、 州内外から優秀な学生を迎え、そして学術・文化・学生教育の追求のほか、州や地域 社会と連携し、経済、社会、文化的発展に貢献すると位置付けている) z 州支援の中等後教育の計画と調整。 z 公的教育機関と州学生支援委員会の予算要請の審査。 z 公的教育機関に対し新規プログラム(教育コース)やキャパス拡大の認可、不認可の 権限を持っている。 2007 年 7 月目標を高く-インディアナにおける高等教育の戦略的方向性、目標 (Reaching Higher - Strategic Directions for Higher Education in Indiana) を全会一致で採択した。(http://www.in.gov/edroundtable/2387.htm)その中で access, affordability, student success, college preparation and contributions to Indiana’s economy について提言をしているが、2007-08 年度の目標として z 大学完了率の向上 student success z 低所得層にも少なくとも2年制課程へ極めて低廉な名目だけの経費での就学機会を広 げる。 中所得学生層にも財政支援の道を広げ必要に基づく給付、成人学生への包括的支援を 行う affordability z コミュニティカレッジの役割を明確化し、補習授業課程を 2 年制のカレッジへ移す。 z 結果に対する説明責任に応じる。Accountability z Indiana University と Purdue University を一流の研究大学として確立する 3) 州高等教育執行役員協議会 (SHEEO) 以上見てきた州政府関係の組織とは別に米合衆国には州横断的な組織もあり、高等教育に ついての提言などをしている。その一つが SHEEO(The State Higher Education Executive Officers association)である。 その成立の経緯は、1954 年 9 の州の高等教育執行役員が相談し結成したことに始まる。そ の使命は以下の通りである。(http://www.sheeo.org/default.htm) 成員の所属する州の高等教育を卓越したものに発展、維持することができるように州や州 の高等教育執行役員を支援するという趣旨で、州全体にわたる効果的な戦略的な計画立案、 調整し、統治を推進し、計画、調整の重要性を強調する。 公的なまたは私的な公開討論会を開催し、そうした機会に SHEEO が国の組織を代表するも のとして発言し、高等教育を効果的に立案し、財政支出をすることに州が関心を持つよう 64 に図る。 連邦当局、大学、高等教育その他の協会との協力関係を強化し、データや情報を収集、交 換し、高等教育の標準的な定義付けを行い、研究、開発を公的利益となるように推進する 等々である。 そのために、定期的会合を持ち、相互に連絡をとり、州と連邦の連携を図ることや、高等 教育政策の研究などを目指した。 2004 年に National Commission on Accountability in Postsecondary Education を招集以 下の項目を推奨した。 z 学力の格差を縮めるための政策と予算の決定を知らせるのに役立つ州全体のデータ システムの作成。 z 高校から大学への移行を説明責任の焦点にする。 z 教育への投資と改善の優先順位を高める。 z 高等教育への入学をうまく最適化する経費、授業料、学生支援のための州の政策の 設計。 z 学生の学業成就のため以下のことを行う。(現在の重要事業の一つ) 早期に手を差し伸べ学生の願望を伸ばす。 明確な入学準備基準、厳格な高校のカリキュラムの実施。 よく設計された入学許可、転校、接続の実施。 効果的教育。 中、低所得層への適切な財政支援。 学生の進歩や学習を継続的に測るシステム。 卒業後に就職、更なる教育への移行。 ii. 大学の対応 そうした勧告、推奨事項は大学の立場からはどう受け止められているか。以下は大学関係 者からの私信を参考にしながら本音の一例として紹介する。 ICHE と Roundtable の関係。 「ICHE は法的に許認可権を有し予算についての推奨を行う組織であり、高等教育関係者か らみれば対応を迫られる唯一の組織である。しかし注意しなくてはならないことは、彼ら の要求はますます増大することである。最近の Reaching Higher という戦略プランでは Accountability 情報を要求してくる。ざっくばらんに言うと、そうした情報を沢山提供し たところで、予算に反映されることはなく、予算拡大のためには全く別の情報を要求する。 さらに、ICHE は議会へ勧告をするのだが、歳出予算の決定は議会の権限であり、時には ICHE の勧告を無視して、(議員が) 直接教育機関に接触し話を聞くことがある。それ故、教育機 関としては ICHE を介して働きかけるよりは直接議員にロビー活動をすることがある。今年、 議会は授業料値上げ問題で完全に逸脱し、ICHE をないがしろにした。ICHE は 5%以下の値 65 上げを勧告し、全教育機関はこの勧告内で授業料の値上げをしたが、一人の州議会議員は これを不服とし、教育機関が彼に直接、値上げの理由説明、特に州内出身の低所得学生の ために授業料の値下げをするために何が出来、何をするつもりかを彼に直接答えるまでは 建築計画の予算の執行を抑えた。要するに、ICHE の権限は限られたものであり、大変沢山 のことを要求してくるが、そのうちのいくつかは対応しても何の影響もないものであり、 我々としては、戦略的に、何にどう対応するかを決定するのだ。」(Victor M. H. Borden, 私 信) とはいえ、各大学はそれなりに努力をし、それの一端を公表している。 以下その例をみる。 1) IUBの教育改善の取り組み SOTL,ISS,FACET,OIR については別の項に述べられているのでここでは触れない。 Campus Instructional Consulting を通して新人教員の指導などを行っている。 Office of First Year Experience Programs を用意し、新入生の方向付けのため、 New Student Orientation, Welcome Week その他の活動を催し、Retention 率を高める効果 があったとしている。 研究活動は積極的に行い、対外的に絶えず発信している、教育にも良い効果があると信じ ている。 2) IUPUIの教育改善の取り組み IUPUI の教育改善の取り組みを以下に順に記述する。 1973 年 NCA の全面的認証獲得 1990 年 学部教育センター(University College の前身)設立、新入生支援として重要であ ると位置づけられる。 1995 年 教育学習センター(Center for Teaching and Learning)を設立、教育の刷新と学 習促進を図る。 1997 年 University College 設立(新入生支援を重視する2年間の共通の課程) 1998 年 Principles of Undergraduate Learning 採用(卒業までに全学生が身につける目 標として①コミュニケーション能力 ②批判的思考力 ③知識の統合と応用能力④深く広く 順応性のある知的能力⑤社会と文化の理解⑥価値判断力と倫理を明示した) 2003 年 Campus Apartment(キャンパス内の居住施設)の開設、寮生活の機会提供 2007 年 IUPUI Academic Plan 学生の学業成就を推進することを強調 最近の話題として、University College IUPUI の活動の一例として STAR: Supportive Mentor Program がニュースに取り上げられている。(http://uc.iupui.edu/news4.asp) このプログラムは Retention 率を高める方策として実施されているもので、GPA が 2 未満 の新入生(2 学期)に対し Mentor(志願者が担当)が問題の所在、勉強法、目標設定な 66 ど指導(週 1 回ペースで 10 回程度) Retention 率を高める効果があった(3 年間で平均 71%へ)とされている。 また、ごく最近のニュースとして、2009 年 9 月のIUBの入学者のSATの成績が上昇し、新記 録達成したと発表し、academic preparednessの改善の表れと歓迎している。また、入学者 増と維持率増の結果、全学生数が過去最高になったことを伝えている。(この原因は多様で あり、奨学金の申請手続きの簡素化、ヒスパニック、アジア系、アフリカ系などマイノリ ティ学生が増え、また留学生も増加したこと、多様な選択肢の提供などが入学者増につな がっているとしている)( http://newsinfo.iu.edu/news/page/normal/11725.html) ここで少し解説を加えると、日本の大学の感覚からすると、各学科、コースの定員は文部 科学省に届けられており通常固定されているので、定員に満たない大学は別として、選抜 性の高い大学では入学者数は増えるとしても、想定以上に増えた場合は、むしろ入試業務 の判断ミスなどが原因と考えられ、何等喜ぶような事柄ではないかと思いがちである。IUB、 IUPUI が入学者の増加を喜ぶ背景は、そもそも入学枠には余裕があり、志願者の学力が不十 分なときは、収容枠に満たなくても入学許可をしないということが背景にあるのか問い合 わせた。それに関して大学関係者からは以下の説明をいただいた。 それによると、 「IUB、IUPUI ともに、非常に重要な点で、つまり教室と駐車場の容量の面では定員に達し ているのだが、増やす余地はある。たとえば、ネット上での教育プログラムなどである。 そのほかに、収容数を増やす手はある。つまり、教室を借りること、パートタイムの教員 を雇うこと、キャンパス外の駐車場を用意し、シャトルバスを運行することなどである。 州内出身の学生は部分的に州からの助成金を受けており、この助成金には上限があるけれ ども、助成金が増えなくとも、州内学生の授業料は安いという特典があり、既存の教室で 席を増やすことにより恩恵を受ける。州外の学生や、一部の大学院のコースでは授業料が ずっと高いので、歳入の観点からは学生数は多いほうがよい。多分もっと重要なことは、 程よく入学者が増えるということは、授業料が高くても、それを払う用意のある学生がい るということを主張でき、授業料の高いことを正当化できるということではないか。」 ということであった。(Victor M. H. Borden, 私信) 以上見てきたように、インディアナ州の高等教育改善の取り組みの目指す主な方向は、米 国の高等教育が共通して抱えている課題、つまり、Student success を実現するために Access、Affordability、Accountability を改善するということと、インディアナ州の状況 に対応した地元経済への貢献という面である。さらにその克服すべき課題の背景には、初 等中等教育の質が全般的には不十分であることという問題がある。その質向上のためにも 高等教育機関が優れた初等、中等教育の教員を育てるという側面でも教育面での努力が求 められている。この章では、州政府のいろいろな要求と、それに大学側がどう対処してい 67 るか概観し、それらを通して、日本の教育改善のため何を私たちは学ぶべきかを胸に秘め ながら簡単に記した。 68 3-2-1 教育改善のための学内組織 ~ISS、FACET等~ 石岡吉泰 1.はじめに 本稿では、インディアナ大学における教育改善の取り組みを行っている学内組織につい て報告する。8 つのキャンパスの中で、主要校であるブルーミントン校(IUB)とインディ アナポリス校(IUPUI)、また、全キャンパス横断的な組織に焦点を当てる。先行するアメ リカの大学を調査することにより、日本の大学のファカルティ・ディベロプメント(FD) 活動に対する示唆としたい。 2.ブルーミントン校(IUB)での取り組み Instructional Support Services(以下 ISS)が担っている。ISS は Office of the Vice Provost for Undergraduate Education の下部組織であり、28 名のスタッフで構成されて いる。図表 3-2-1-1 のように、主に 5 つのユニットに分かれて、教員に対する教育活動の 支援を行っている。 図表 3-2-1-1 ISS の主要ユニットと支援内容 ユニット名 支援内容 IUB Evaluation Services & Testing 学生の学習成果やティーチングの評価をする為のテスト開発などの支援 Campus Writing Program(CWP) ライティングの授業への導入支援 Office of Service-Learning(OSL) サービスラーニングの授業への導入支援 Publications & Graphics 授業で使用する図・グラフ・画像などの作成支援 Campus Instructional Consulting(CIC) 科目(コース)の開発、実施、評価などティーチングに関するあらゆる支援 (出典)ISSのホームページの情報 1 より作成 特に CIC の活動は活発であり、教育改善のための様々なイベントやワークショップを開 催するとともに、日々、教員からのティーチングに関する問い合わせに対応している。 CICは当初、解決策を提示することを中心に活動していたが、ある時、授業の方法について 問題を抱えていた教員と授業のうまい教員とで試験的に行ったワークショップが好評を得 て、他の教員からの相談が続くようになった。これを受けて、「解決策提示」から「問題を 一緒に考える」という方針に切り替え、今日に至っている 2 。ワークショップは問題を解決 することより、問題について考えるきっかけを与える役割の方が強い。「問題点=よくない こと」と捉えるのではなく、授業での現象を、データをもとに分析することで「リサーチ =楽しい」と発想を転換させたことも成功の要因のひとつといえる。また、分野を超えた 1 2 http://www.indiana.edu/~iss/ 集中講義における joan の発表 69 教員が集まり議論を重ね、教育改善の方法を共有する場を提供することにより、同じよう な問題意識を持った教員によるコミュニティーが形成される(図 3-2-1-2)。 図表 3-2-1-2 コミュニティーの例 (出典)Joan の発表資料より抜粋 ISS ではこのようなコミュニティーの形成を促進するため、プロジェクトに対する補助金 を出したり、成果をあげた取り組みに対して賞金を与えたりするなどのインセンティブ(図 表 3-2-1-3)を用意し、自発的に教育改善の取り組みが広がっていくような環境を整えてい る。 プロジェクトの規模も自然に拡大し、学内資金だけでなく学外資金を獲得するものまで出 てきている。図表 3-2-1-2 の「Food for Thought」は「Scholarship of Teaching & Learning Leadership Award」を受賞し、「History Learning Project」は同Awardの受賞を経て 3 、民 間の基金である「The Spencer and Teagle Foundations」から補助金を獲得している 4 。 図表 3-2-1-3 教育改善に対する主な補助金や賞(ブルーミントン校) 名称 Active Learning Grants 管轄 対象 補助金、賞金 CIC 学生の授業への参加を促進するような既存科目改定や新科目設計 $1,500 ※ Scholarship of Teaching & Scholarship on Teaching and Learning (SOTL)に関する研究 CIC $2,500 Learning Grants Scholarship of Teaching & チームによる SOTL の共同研究であり、キャンパスの他の教員に対 CIC Learning Leadership Award Service-Learning $35,000 してモデルとなることが見込まれるもの Faculty サービスラーニングに関する学問的探求を行い、他の教員に情報 OSL Fellows Writing-Teaching Grants $1,000 を提供することができる教員 CWP ライティングを活用した革新的な科目の導入 ※高等教育における教育と学習の学問的探求を行うことを目的としている教員の自主的な運動。詳細は別稿に譲る。 3 4 http://www.indiana.edu/~sotl/funding.html http://newsinfo.iu.edu/news/page/normal/7935.html 70 $1,500 (出典)ISSのホームページの情報 5 より作成 3.インディアナポリス校(IUPUI)での取り組み Center for Teaching and Learning(CTL)が担っている。Academic Affairs、University Information Technology Services、University Libraryの 3 つの組織にまたがる下部組織 6 であり、各組織に属する 19 名のスタッフで構成されている。教育方法に関する様々なコン サルテーションを行っており、イベントやワークショップも多く開催している(2008 年度 実績 94 回 7 )。取り扱うテーマはティーチングに関する基本的なものから、ITの活用方法や 図書をリソースにした教育方法なども扱っているのが特徴的である。参考として、2009 年 9 月に開催されたイベントの詳細を図表 3-2-1-4 に示す。 図表 3-2-1-4 2009 年 9 月の主要イベント テーマ 開催日時 Exploring the Library Tools in Oncourse 9 日 10:00~12:00 ※ Introduction to Teaching and Assessing PULs 10 日 13:00~14:30 Let's Create! A Recipe for Online Presentations 11 日 10:00~12:00 Let's Talk Teaching: Motivating Students 15 日 12:00~13:00 Developing Effective Classroom Assessments 25 日 10:00~12:00 ※PULs(Principles of Undergraduate Learning):学部生が卒業までに身に付けるべきコンピテンシー (出典)CTLのホームページの情報 8 より作成 その他の主要な取り組みとして、IUPUI だけでなく全キャンパスの教員を対象にしたシン ポジウムを毎年開催したり、補助金も出したりしている(図表 3-2-1-5)。 図表 3-2-1-5 その他の主要な取り組み 名称 内容 Edward C Moore Symposium on Teaching Excellence IUPUI の最古の全学イベントの一つ。基調講演、同時進行セッション、 ポスターセッション等を開催 Multicultural Teaching and Learning Institute 文化の違い、留学生、ジェンダーなどの多様性に焦点を絞り、教育と 学習について議論する全学対象のシンポジウム Jump Start program オンラインで授業を始める教員への選抜制支援プログラム。CTL から $2,500 と所属学部から$2,500 も支給される。 (出典)CTLのホームページの情報 9 より作成 5 6 7 8 http://www.indiana.edu/~iss/grants.shtml http://ctl.iupui.edu/common/uploads/library/ctl/IT378295.pdf http://ctl.iupui.edu/Events/archive.cfm http://ctl.iupui.edu/Events/eventsCalendar.asp 71 4.全学的な取組み FACET(Faculty Colloquium on Excellence in Teaching) キャンパス、学問分野を越えて教育改善の方法を共有する為に結成された会員組織。当 初は会員数も少なかったが、現在は毎年 20~25 名が入会し、500 名の教員で構成された選 ばれし集団にまで成長している。3 名の専任スタッフの他、8 つのキャンパスからそれぞれ 1~4 名が選出された、合計 20 名の委員による「Steering Committee」を設置し、キャンパ スごとに窓口となる教員「Campus Liaisons」を 1~2 名配置している。FACET への入会は インディアナ大学に 4 年以上勤務している教員(終身、有期は問わない)のみが許され、2 名以上の会員からの推薦状が必要である。年に 1 回、2 段階の書類審査が行われ、一次審査 はキャンパス選考委員会(Campus FACET Selection Committee)、二次審査は全学選考委員 会(Statewide FACET Selection Committee)で選考が行われる。都度、準備委員会(Planning Committee)を設置し、シンポジウムやワークショップを開催している。主なイベントを図 表 3-2-1-6 に示す。 図表 3-2-1-6 FACET の主要イベント 名称 内容 FACET Retreat 5 月に開催、3 日間の年次集会。講演、セッション、授賞式など Associate Faculty and Lecturers’ Conference 10 月に開催、2 日間にわたって様々なセッションを開催 FACET Future Faculty Teaching Fellows Program 博士課程修了年次の学生に指導教員を配置し、1~2 セメスター の教育実習を行う。報酬$8,000 も支給。 (出典)FACETのホームページ 10 の情報より作成 Mack Center Mack 夫妻の寄附によって設立されたセンターで、FACET と連携し、優秀な教育改善の取 り組みに対しての賞や提案公募型の補助金(図表 3-2-1-7)を運営している。賞の授与 式や補助金によるプロジェクトの成果発表を FACET のイベントで行っている。P.A.Mack は インディアナ大学の理事会のメンバーだったが、教員であった妻 Marian Mack と、FACET Retreat にゲストとして参加した際、活動内容に共感し、理事会で FACET を紹介するなど、 支援するとともに、その数年後、Marian Mack がなくなった際、 「Mack Endowment」を設立 した。 図表 3-2-1-7 Mack Center の補助金や賞 名称 内容 PA Mack Award 賞金 $2,500、FACET の運営委員会により選考委員会を構成 Mack Fellows Program 提案公募型助成金$1,500、FACET Retreat にて成果発表 9 10 http://ctl.iupui.edu/Events/symposia.asp , http://ctl.iupui.edu/Programs/jumpstart.asp http://www.facet.iupui.edu/index.php 72 (出典)Mack Centerのホームページ情報 11 より作成 その他の賞 その他、優秀な教育改善の取り組みに対して授与される全学的な賞を図表 3-2-1-8 に 示す。 図表 3-2-1-8 教育改善に対する主要な賞(全学対象) 名称 内容 Sylvia E. Bowman Award アメリカ文明に関連する分野の教育改善に対する賞 Frederic Bachman Lieber Award インディアナ大学のティーチングアワードで最も古い。 Herman F. Lieber Award インディアナ大学基金の支援による最初の賞。 GPSO Faculty Mentor Award 大学院、プロフェッショナルスクールの教育改善に対する賞 Trustees Teaching Awards 学部生の教育改善に対する賞 (出典)インディアナ大学のホームページ情報 12 より作成 5.まとめ 以上より、インディアナ大学において教育改善を発展させた要素についてまとめる。ま ず、強制的にやらせるのではなく、教員が自発的に取り組むような仕掛けや環境を整備す ることが最も重要である。問題意識を共有し、改善方法を考える場であるワークショップ や各種イベント、章や補助金のインセンティブがこれに当たる。全てを管理下において戦 略的に進めるのではなく、色々な活動が行われていることが大切である。教員が自ら必要 と感じれば、自然に情報の交換が行われ、コミュニティーが形成され、分野を超えた活動 へと発展していく。活動が活発になってきた段階で、より大きなプロジェクトや他の教員 のモデルとなるようなプロジェクトに対するインセンティブを用意したり、FACET のような 高いレベルのコミュニティーへの支援をしたりすることで普及はさらに加速していく。最 終的には、学内資金だけでなく学外資金を獲得するようなプロジェクトまであらわれるよ うになる。このような教育改善の成功へのストーリーは日本の大学においても学ぶべきも のではないであろうか。 参考文献 Instructional Support Services の HP(http://www.indiana.edu/~iss/) Center for Teaching and Learning の HP(http://ctl.iupui.edu/) Faculty Colloquium on Excellence in Teaching の HP(http://www.facet.iupui.edu/) インディアナ大学の HP(http://www.indiana.edu/) ブルーミントン校の HP(http://teaching.iub.edu/) http://www.facet.iupui.edu/pamack.php, http://www.facet.iupui.edu/mackfellows.php http://www.indiana.edu/~disteach/index.shtml, http://teaching.iub.edu/awards_faculty.php?nav=grants#alg 11 12 73 3-2-2 Academic Advising 1 一澤 真紀 1.インディアナ大学ブルーミントン校(IUB)のAcademic Advising(University Divisionの場合) インディアナ大学ブルーミントン校(以下 IUB)に入学する新入生、および他大学から編 入する学生は、通常 University Division にまず属する。そして、おおよそ2年次の終了時 までに学生は自らのメジャー(専攻)を決定し、そのメジャーが所属する School へ学籍を 移し、学士号取得を目指す。学生には、University Division に所属している間は University Division に所属する、またメジャー決定後はそれぞれのメジャーに所属する Academic Advisor が一人ずつつき、学生のサポートを行っている。ここでは、メジャーをまだ決定し ていない、University Division に属する学生への Academic Advising について述べる。 IUB の Academic Advising の主な目的は、以下の通りとなっている。 アカデミックな関心を探求し、適切なメジャーを決定する 教育的、また個人的な目標を設定する 学位の要件について学ぶ アカデミックな進歩について議論し、またその他のサポートを見つける コースを選択し、履修登録の準備を行う 大学のポリシーと手続を理解する 学部での経験を促進させる活動を見つける 2.Academic Advisor IUB の University Division における Academic Advising を担うのは、Academic Advisor である。Academic Advisor は Faculty ではなく、Professional Advisor として専 門職員が担当している。IUB の Academic Advising における特徴は、新入生(初めて大学 に入学する学生)に必ず学期の開始前に Advisor との個別面談を行うことを義務づけてい る点である。この面談は必須であり、面談を行わないと履修登録ができないというルール になっている。2年次以上の学生、および他大学から編入してきた学生については、この ルールは適用されないが、履修登録の前に Academic Advisor との面談を行うことが奨励さ れている。 Advisor は、主に新入生を担当する Advisor と、主に2年次以上の学生や他大学から編入 してきた学生を担当する Advisor とに分かれている。新入生は多くが学内に居住するため、 新入生を担当する Advisor のオフィスはキャンパス内の学生が居住するエリアにあり、ま た、オフィスアワーも夕方の6時から8時とするなど、新入生が学業と両立して利用しや 1 特に断りのない限り、本稿の情報は IUB のウェブサイトから得た情報による。 74 すいよう工夫されている。2年次以上の学生や他大学から編入してきた学生を担当する Advisor のオフィスは、学生の居住エリアとは離れた Records Office と同じ建物内にある。 University Division に属する Advisor の合計人数は 43 名で、そのうち Advising administration 所属が 7 名、主に新入生を担当する Advisor が合計 20 名、2年次以上の学生、他大学から 編入した学生を主に担当する Advisor が 16 名となっている。 Advisor一人あたりの学生数は、新入生を主に担当するAdvisorの場合 275-375 名程度、2 年次以上の学生や他大学から編入してきた学生を主に担当するAdvisorの場合 450-575 名程 度である 2(2008 年度新入生は 22,039 名、他大学からの編入学生は 1,813 名 3 )。履修登録前 に多くの学生と個別面談を行うことなどを考えると、学生数に対してAdvisorの数は決して 多くはない。 University DivisionでAcademic Advisorとなるためには、修士以上の学位が必要とされる。 ただし、特定の専攻を修了していることなどの要件はない。また、職務経験は要件として 課されてはいないが、学生と関係する業務の経験があればなおよい、とされる。その他、 学生と仕事をする意欲と適性、カリキュラムや必要な手続き上の要件などをすぐに理解す ること、コミュニケーション能力などが必要とされる。 4 3.入学からメジャー決定までの流れ IUBに入学する学生は、入学前の6月から7月にかけて(学生によっては、入学が認めら れる時期により、実施時期が多少異なる)、2日間の日程で行われるOrientation Program に必ず参加しなければならない 5 。このプログラムの中にAdvisorとの面談、および履修登録 が含まれている。このAdvisorとの面談および履修登録にはおよそ3時間を要する 6 と記載さ れており、新入生のAdvisingには特に力を入れているといえるだろう。 新入生は、成績が優秀であるなどの理由で特別に School に受け入れを認められる、など の例外を除いて、最初に University Division に属する。学生は、履修登録の前以外の時期 でも必要に応じて自分の Advisor に予約を取り、履修やメジャー決定についての相談をす ることができる。(1 セッション 25 分) IUB には、以下の表のように、数多くのメジャー、マイナー、サーティフィケイト・プ ログラムがあり、これらの多くの選択肢の中から学生は入学後に自らの専攻を決定してい くことになる。このことからも、適切な Academic Advising の重要性がうかがえる。 2 3 4 5 6 Academic Advisor である Chris Martz 氏へのインタビューより Factbook2008-2009 より Director of Academic Advising の Frank Reiter 氏からメールで回答を得た。 http://www.indiana.edu/~iuadmit/admitted/orientation.shtml http://www.indiana.edu/~fye/students/fall/components.html 75 図3-2-2-1 IUB の School およびそれぞれのプログラム数 メジャー、マイナー、 サーティフィケイト プログラムの数 School College of Arts and Sciences (COLL) Jacobs School of Music (MUS) Kelley School of Business (BUS) Preprofessional Studies (HPPLC) School of Continuing Studies (SCS) School of Dentistry (DENT) School of Education (EDUC) School of Health, Physical Education, and Recreation (HPER) School of Informatics (INFO - Bloomington) School of Journalism (JOUR) School of Medicine Health Professions Programs (MED) School of Nursing (NURS) School of Optometry (OPT) School of Public and Environmental Affairs (SPEA) School of Social Work (SWK) (出典 Explore Majors at IU Website より筆者作成) 86 3 15 9 1 1 5 34 5 1 8 1 1 18 2 (http://www.exploremajors.indiana.edu/searchByDegreeGrantingSchool) University Division に所属する学生は、55 単位を履修する予定のセメスターまで(おお よそ2年次の終わりまで)に希望するメジャーを選択(Declare)する(選抜性の高いメジ ャーを選択する場合は、第 2 希望まで選択し、第 1 希望のメジャーの要件を満たさなかっ た場合、自動的に第 2 希望のメジャーを選択することになる)。また、メジャーを正式に選 択する場合は、必ず Advisor に会い承認を得る必要がある。なお、University Division の 学生は 70 単位を超えて履修した場合、必ずいずれかのメジャーを選択し、University Division を離れなければならない。また、University Division では学位は授与しない。 University Division の Record Office は、年に3回学生が選択したメジャーの要件 (Admission Requirements)を満たしているか確認する。要件を満たしている場合は、学 生の学籍をそのメジャーの School へ移行することになる。 76 4.専門職団体との関連 7 ・ Academic Advising の 専 門 職 団 体 で あ る NACADA(National Academic Advising Association)とは、University Division との組織としてはフォーマルな関係はない。しかし、 多くの Advisor が NACADA のメンバーとなっており、NACADA の Conference に参加す る Advisor もいる。また、University Division ではメジャーがまだ決まっていない学生向 けに“Exploratory Students Resources(ESR)”というプログラムを設けており、学生をサ ポートするため、ワークショップなどの様々な取り組みをおこなっているが、その中のひ とつに“Explore Majors at IU”というウェブサイトがある。このサイトは、2009 年度に NACADA の “Electric Publication Awards”で“Certificate of Merits”を受賞し、また このサイトの Program Coordinator は NACADA の委員会(Commission)のひとつ、 “Commission of Undecided or Exploratory Students” のメンバーでもある。 5 . IR ( Institutional Research ) , NSSE(National Survey of Student Engagement)などの調査の活用 University Division の Director of Academic Advising である Frank Reiter 氏によると、 インディアナ大学の IR(Institutional Research)組織である University Planning, Institutional Research and Accountability の調査結果や、IUB も参加している学生調査、 NSSE(National Survey of Student Engagement)の調査結果は必ず確認している。また、 即時性などが必要な場合、独自の調査も行うことがある。ただし、これらの調査結果が具 体的に改善に結びついた例は確認できなかった。 6.まとめ これまで見てきたように、IUB は比較的規模の大きな大学にも関わらず、特に新入生に 対しては必ず Advisor との個別面談を行うなど、Academic Advising をかなりきめ細かく 行っているといえる。このような Advising を行うためには、IUB にどのようなメジャーが あるか、希望するメジャーを選択するためにどのような履修計画をたてるべきか、必要な 要件や手続きは何か、など IUB のシステムについて広範な知識を持つことが前提となる。 このため、Faculty ではない専門職の Professional Advisor の存在は IUB の Academic Advising に不可欠であろう。 また、個別面談以外にも、ウェブサイトを通じた情報提供、 ワークショップなどを行い、学生が円滑にメジャーを選択できるよう工夫を凝らしている。 しかし、Advisor の数と学生数の比率を見てもわかるように、このようなきめ細かい対応 を継続するためには、Advisor の数は十分であるとはいえない。実際、Advisor に直接話を 聞いたところ、特に新入生の Orientation Program 実施期間中は多忙を極めるという。本 来の Advising の目的である、学生1人1人の状況に応じたきめの細かい Advising が、こ の人数比率のために行えなくなる可能性は十分に考えられる。人数比率の改善は、最も早 急に行われるべき課題ではないかと感じた。 7 Director of Academic Advising である Frank Reiter 氏よりメールで回答を得た。 77 多様な学生を受け入れ、さらに大学につなぎとめ、リテンション率を高めるために、大 学には今後ますますきめの細かいサービスが求められることは必至であり、日本の大学も 決して例外ではない。今回の IUB の Academic Advising は、そのまま日本の大学に取り入れ られるかどうかはともかくとして、ひとつのやり方として参考になる部分は多いのではな いだろうか。 参考文献 University Division ウェブサイト http://ud.iub.edu/home.php Exploratory Students Resources http://www.exploremajors.indiana.edu/ 78 3-2-3 小規模キャンパスの取り組み 小池田 晶子 インディアナ大学は全部で 8 キャンパスある。主要な大規模キャンパスは、IUB(Indiana University Bloomington)、IUPUI Indianapolis であり、それ以外のキャンパスは在学生数 も少ない小規模キャンパスである。本稿では、インディアナ大学における小規模キャンパ ス(IU East、IPFW Fort Wayne、IU Kokomo、IU Northwest、IU South Bend、IU Southeast) における様々な教育改善について考察していく。 小規模キャンパスの特徴 小規模キャンパスの特徴を、学生数、フルタイム学生とパートタイム学生比、大学院生 率、Retention 率、25 歳以上の学部生数、SAT スコア、マイノリティの 7 項目において比較 し、その特徴を確認する(比較するために、IUB、IUPUI も記載した)。1 図 3-2-3-1 小規模キャンパスの特徴 IU Campus IU East IPFW FortWayne IU Kokomo IU NorthWest IU South Bend IU SouthEast 学生数 FullTime/PartTime比 大学院生率 retention率 Age+25 (学部生) SATスコア マイノリティ 2,447 56% 2.4% 59.7% 43% 52.0% 5.8% 6,948 60% 8.0% - 30% 38.0% 8.9% 2,690 50% 5.5% 57.0% 39% 76.0% 7.3% 4,794 57% 13.0% 62.0% 40% 72.0% 35.1% 7,712 53% 12.3% 64.4% 31% 75.0% 7.2% 6,482 55% 13.8% 64.7% 35% 68.0% 11.4% IU Bloomington 40,354 89% 21.6% 88.0% 4% 79.0% 7.2% IUPUI 30,300 62% 29.0% 64.9% 36% 82.0% 11.4% ※FACTBOOKより※retention率は1999年~2008年の平均値 最大値 最小値 (出典)Indiana University HP Fact Book から作成 ≪小規模キャンパスの特徴≫ IU East:小規模キャンパスの中でも最も在学生の少ないキャンパスである。大学院生率が 2.4%と少なく、学部生の年齢層が高い。そのためか SAT スコアが 52%と低めである。 IPFW Fort Wayne:学部生が多く年齢層が低い。SAT スコアは他キャンパスに比べて極端に 低い 38%である。Retention 率は公表されていない。 IU Kokomo: SAT スコアは最高スコア 76%にも関わらず、retention 率が最も低い 57.0%で ある。フルタイム学生とパートタイム学生が 50%ずつ存在する。 1インディアナ大学 HP より http://factbook.indiana.edu/ 79 IU Northwest:マイノリティ(African-American、American Indian、Hispanic、Asian、All Others)が 35.1%と多く在籍するとともに、大学院生率 13%と多い。 IU South Bend:retention 率 64.4%と高く、SAT スコア 75%と高い。小規模キャンパスの 中では最大のキャンパスである。パートタイム学生の比率が高い(47%)。 IU Southeast:retention 率 64.7%と高く、大学院生率は最も高い 13.8%である。マイノリ ティが多い(11.4%)にも関わらず大学院生が多いところは Northwest 校と似ている。 これらの特徴を踏まえ、各々のキャンパスがどのような教育改善を行っているかを調査 した。 小規模キャンパスの教育改善 インディアナ大学訪問前、各々のキャンパスホームページ2によって、教育改善の取り組み を調査した。その結果全てのキャンパスにおいて、教育改善としての取り組みが成されて いることが判明した。 ≪小規模キャンパス教育改善≫ IU East:取り組み施策は多い。特に学生への教育改善は、Academic Advising、Continuing Studies、Student Support Service など数多く見られた。その他、教員に対する教育改 善として、Center for Teaching & Learningが行われていた。 IPFW Fort Wayne:SATスコアが低いためか、キャリア支援としての教育改善が多く見られ た 。 学 生 へ の 取 り 組 み は 、 Academic Counseling Career Service 、 Academic Student Achievement Program 、Academics Success Centerなど数多くある。教員への取り組みは、 Learning & Teaching、Continuing Accreditation。 IU Kokomo: 取り組み施策が非常に多いキャンパスである。IR、Assessmentとしての取り 組みも多く、今回講義して下さったインディアナ大学のBorden氏よると、IR、Assessment の組織については発展中ということであった。 IU Northwest: 基礎的な教育改善、教育支援が多い。Student Support Service、Office of Multicultural Affairs、Occupation Development Program(Divisin)などである。教員向 けとして、Center for Excellense Teaching & Learningが挙げられる。IRの取り組みも盛 んである。 IU South Bend:キャンパス独自の取り組みを行っている。中でもThe CLAS(College of liberal Arts and science)Advising Centerは特徴的。IRでの取り組みも行っている。 IU Southeast:retention率が高い理由なのか、教育改善の取り組みが多い(Academic Success Center 、Career Service、Continuing Study、Student Development Center)。 教員向けとしてInstitute for Leaning & Teaching Excellence、Improvement of Teaching Grants Deadlinesを行っている。Assessmentに関しても多く実践している。 2 インディアナ大学 HP より http://www.indiana.edu/campuses/ 80 地域との連携 インディアナ大学のキャンパスは、インディアナ州に広く点在しており、その各々の地 域の中でどのような役割を果たしているのかを調査した。 結果として、全ての小規模キャンパスが地域と連携し、地域が必要としている市民の育 成のための教育改善を行っていることがわかった。 その中で IU East と IU Southeast は独自に地域と連携を行い、教育改善に結び付けてい たが、他の 4 キャンパス(IPFW Fort Wayne、IU Kokomo、IU Northwest、IU South Bend) は、ADP (American Democracy Project)という、地域への積極的な活動を行う市民を育成 する事を目的とする組織において、教育改善の実践している。ADP は AASCU(American Association of State College and University)の一組織であり、アメリカ合衆国全土で の取り組みである。 ≪小規模キャンパス地域との連携≫ IU East:2005 年Baxter Neighborhood Help Center設立。IUEとRichmondが協力して教育す る。ICC(Indiana Campus Compact)がサポートしている。 IPFW Fort Wayne:カリキュラムでも地域に役立つ人材の育成として、目標が設定されてい る。ADP(American Democracy Project)において実践。 IU Kokomo:「人間性の育成と、地域の育成」として教育を行う。 ADP(American Democracy Project)において実践。 IU Northwest:継続的に地域の活力となるような教育改善を行っている。具体的科目が掲 載。ADP(American Democracy Project)において実践。 IU South Bend:北中央インディアナ、南西ミシガンにおける地域との連携を行う。教養教 育、科学について特に強化。 ADP(American Democracy Project)において実践。 IU Southeast:地域や州の批判的な意見から教育を改善していく。それにより、地域の生 活がよりよくなることを目的とする。 South Bend: South Bend Gary: Northwest Kokomo: Kokomo Bloomington: Bloomington Indianapolis: IUPUI Fort Wayne: Fort Wayne Richmond: East New Albany: South East 81 都市名:インディアナ大学キャンパス インディアナ州は、面積 94,322km2(北海道:83,456 km2)であり、一人当たりの GDP は、 全米 50 州の内、39 位、また、失業率は全米 16 位(10.0%)である(2008 現在)。主要産業 は、農業、製造業である。一人当たりの GDP、失業率から考えると、全米の中でも比較的富 裕層ではない地域なのではないかと思われる。いわゆる「地方」であり、農業、製造業が 主要産業だとすると、「教育」に力を入れているのはなぜなのか。州の愛称は「フージアス テイト」だが、このフージア「Hoosier」という言葉は、インディアナ州を表す言葉として よく登場する。「Hoosier」そのものは、まじめ・勤勉・正直者を意味するのだが、転じて 田舎者を指すこともあるようだ。 インディアナ大学は「研究大学」ということだが、研究者を育成後、インディアナ州に 就職先はあるのか。全学生の 70%以上がインディアナ州出身者であることから、家庭は農 業や自動車工場で収入を得ていることが多いと考えられ、教育に理解があるのはなぜなの か。また、農業・製造業が主要であるにも関わらず、なぜ農学部、工学部が大学にないの か、など様々な疑問点が考えられる。 日本の総務省統計で調べると、大都市と小都市の教育費で、大都市は小都市の約 1.6 倍 であり、教育に理解を持ち、費用をかけるのは、大都市の方が可能性として高いことがわ かった 3。ではなぜ、アメリカの小都市(地方)であるインディアナの大学が教育に力を入 れているのか。日本と事情が違うにせよ、大きな疑問として残った。 州との連携 それでは、インディアナ州はどのように、インディアナ大学(小規模キャンパス)の教 育に関わっているのか、Indiana University ホームページから調べてみた 4。 インディアナ州の教育の中で特に問題とされているのが、中途退学者の増加、または高 等教育への進学率の低さである。そのため、様々な取り組みが州で行われているが、特に インディアナ大学と連携している内容として、K-12 が挙げられる。 K-12 は、質の高い初等中等教育を目指す取り組みであり、教員向けへの教育改善として、 各々のキャンパスで行っている。クラスルームにおける授業準備やアドバイスなどを行い、 初等中等教育への教育改善を目指している。 インディアナ州は、高等教育に関する計画機能と調整機能を有し、管理機能は持ってい ないとされる(吉田.2007)5。予算に関しては、強い権限のある州であるため、教育に対す る様々な考えがキャンパスの教育内容に関与していると思われる。 3 総務省統計データより 1 ヶ月間二人以上世帯の支出において、国公立授業料等、私立授 業料等、補習教育費を加算し、大都市と小都市で比較。 4 Indiana Commission Higher Education HPより http://www.in.gov/education.htm 5 「アメリカ州政府による大学評価と資金配分」 (吉田 McGuinness,Jr)の分類による。 82 2007)のマクギネス(Aimes C 小規模キャンパスの教育改善 集中講義では、以下の点を明らかにするため、インディアナ大学 Vic Borden 氏に質問した (解答を「B」と表記する)。 -小規模キャンパスの地域との連携における教育改善において- ①経済面:インディアナ州の主要産業は農業と製造業だが、そのための職業教育などはあ るのか。 B:もはや主要産業は農業・製造業ではなく、生命科学、輸送業と考えている。そのため の教育を大学で行っている。 ②教育面:パートタイム学生に職業に活かせる教育を行っているのか。 B:ONLINE 教育を行うなど、パートタイムの学生が職業に活かせるようにしている。 ③社会面:卒業生はインディアナ州で活躍しているのか。 B:学部卒業生の多くは、インディアナ州で就職している。しかし、大学院生はもともと インディアナ州出身でない学生も多いためか、世界中で活躍している。 まとめ インディアナ州では農業・製造業を更に拡大していくのではなく、新しい産業の確立と して、生命科学・輸送業などを考えているのではないだろうか。そのための人材育成を州、 地域が大学教育などに関与し、戦略的に行っているように見受けられた。 また、インディアナ大学のキャンパス間の学力差が大きいため、モチベーションをいか に保つか、ということも重要視され、そのための指標として retention 率が大きな課題と なっている。 日本の大学と比較し、地域や州が教育内容に直接関与していることは、非常に興味深い 内容であった。 (参考文献) ・「アメリカ州政府による大学評価と資金配分」 国立大学財務・経営センター 大学財務経営研究 第 4 号(2007 年 8 月発行) pp.113-129 (吉田香奈) ・「学識としての教育のとらえ直しと教師集団による組織的な教育実践の改善-米国インデ ィアナ大学における Scholarship of Teaching and Learning(SOLT)-」『FD の制度化と質 的保証』有本章編高等教育研究書 鳥居朋子(2007) 83 3-3-1 Office of Institutional Research(OIR)の組織 松井 豊 1.インディアナ大学のOIR インディアナ大学は、8 つのキャンパスが存在し、それぞれのキャンパスが多数のミッシ ョンを持つ複雑な機能を持った大学であると言える。その大学機能を充実させる目的でキ ャンパスにより大小の差はあるが、それぞれに OIR 組織が存在する。以下、インディアナ 大学の OIR の設置状況を示す。 図表 3-3-1-1 インディアナ大学の OIR 設置状況 キャンパス 名称 人数 特徴 インディアナ大学全体の インディア ブルーミントン ナ大学の OIR 本部 The Office of University Planning, Institutional Research, and Accountability (UPIRA) 8 名(うち URR チー ム 6 名) 外部への報告義務のある 公式的な報告などを管理 する the University Reporting and Research (URR) team を含む。 IR の機能は分散してお ・ Office of Provost ブルーミン トン校 り、主に Office of ・ Office of Registrar - ・ Budgetary Administration & Provost で行なわれてい る。アセスメントも Office of Provost が担 Planning う。 IR 機能とアセスメントの インディアナ大学 The Office of Information 12 名(含 -パデュー大学 Management and 学生アシ (IUPUI)インディ Institutional Research アナポリス校 スタント 3 名) (IMIR) 機能が統合されている。 Planning and Institutional Improvement 等の 5 つのオ フィスでひとつのコンポ ス 地方キャンパ ーネントを形成。 サウスベン The Office of ド校 Institutional Research ノースウェ The Office of スト校 Institutional Research 84 3名 2名 地方のキャンパスの OIR は発展途上であるが、既 にオフィスが設置された 3 つのキャンパス。アセス メントは学務担当の サウスイー The Office of スト校 Institutional Research - associate vice chancellors が担い、比較 的うまくいっている。 ココモ校 FULL OIR はない イースト校 FULL OIR はない 注1 発足に向けて基盤整備中 (出典)インディアナ大学各校のホームページから作成 注 1) ココモ校は Institutional Research Office という名称の OIR が存在し、IR の運営を担うスタッフが 3 名いるが、それぞれアカデミックサポート、ライブ ラリアン、レジストラーズオフィスからの人達が集まり委員会のような形で運 営している。イースト校は IR アナリストを採用している段階。(ボーデン氏、 2009 年 8 月) 注2) IUPUI のインディアナポリス校はインディアナ大学が、フォートウェイン校は パデュー大学がそれぞれ運営の主体となっている。よってこの表からはフォー トウェイン校を除いている。 次項目で詳述するが、インディアナ大学の IR の統括的役割を示すのが、UPIRA である。 インディアナ大学で最も大きいキャンパスであるブルーミントン校の IR については、UPIRA が担っているのではなく、Office of Provost など、その役割が分散されていることに特徴 がある。また、インディアナ大学-パデュー大学(IUPUI)インディアナポリス校の OIR については、The Office of Information Management and Institutional Research (IMIR) が担っており、インディアナ大学の OIR の中では、スタッフ数が最高の12名で構成さ れている。IMIR の特徴としては、規模が大きいので、アセスメントも手がけることが できる点である。地方キャンパスについては、IR オフィスの整備が徐々に進行してい るが、ココモ校とイースト校では、専門的に IR 機能を果たす Full IR オフィスは設置 されておらず、他業務との兼任で行っている。 以上のことから、インディアナ大学の OIR については、UPIRA が各キャンパスの IR 機能の統括的な役割を果たしていながらも、現状では統一的な組織形態を持っていると は言えない。その大きな要因としては、規模が異なる各キャンパスでの運営事情が異な ることが挙げられる。 2.University Planning, Institutional Research and Accountability (UPIRA)の 組織 UPIRA は、2005 年に立ち上げられたアカウンタビリティを向上させるための大学全体の 85 組織を指す。UPIRA は The University Reporting and Research(URR)を含む。URR は、1991 年以来インディアナ大学全キャンパスの、入学、在学生、リテンション、卒業、学位取得、 奨学金といった項目について、大学の公式な報告書を作成するだけでなく、無数の連邦政 府や州政府から要求のあるコンプライアンスレポートを作成している組織である。UPIRA は、 Vice president for planning and policy(計画および政策担当副学長)の管理下にある。 このことは、インディアナ大学の経営にとって、UPIRA が重要な部署であるということを示 していると言える。 続いて、UPIRA を構成するスタッフはどのような背景を持ったリサーチャーが存在するの であろうか。 以下、UPIRA を構成するスタッフの背景について示す。 図 3-3-1-2 UPIRA(URR を含む)スタッフの背景 職名 取得学位 専攻分野 副室長 Ph.D. 心理学 上級政策アナリスト Ph.D. 高等教育学 以下、URR スタッフ 職名 取得学位 専攻分野 事務局長 修士 カウンセリング学、教育心理学 情報発信アナリスト 学士 社会行動科学 プログラムアナリスト 学士 コンピュータ科学 プログラムアナリスト 学士 歴史学 情報発信ならびに調査 準学士 経営学 に関する専門員 秘書 準学士 会計学 (出典)インディアナ大学 UPIRA のホームページから作成 図から分かるように、職名は多岐にわたる名称が存在する。実務に関する職名について 大きく2つの分類に分けることができる。1つはアナリストであり、主に収集した情報を 分析する役割を持つ。そして、もう1つは専門員である。また取得学位や専攻分野の学問 領域についても、多岐にわたっている。このことから、UPIRA の機能を十分果たすには、 様々な学問的背景を持ったスタッフが必要であるということが理解できる。 86 3.UPIRA の基本機能 UPIRA の組織における基本機能について簡単に触れる。一般的な IR 機能は多岐にわたる 以下の3つに分類することができる。 まずは、大学の計画と政策分析を挙げることができるが、具体的には UPIRA では、実質 的で練り上げられた計画と大学における政策立案を支援する調査を大学執行部へ提供する ということと、適切なベンチマーキングや測定を用いて特定の成果目標に対する発展を支 援することの2つを成果目標と設定し、各キャンパスの計画を支援している。 続いて2つめの基本機能として、IR 能力向上と直接的な研究支援を挙げることができる。 UPIRA は、インディアナ大学のすべてのキャンパスが効果的に機関情報を使い、分析する能 力をつけることを期待し、支援を行っている。このことについて、大学の計画、経営、運 営に影響を与える適切な問題について、全学組織に公開する調査を実施し、各キャンパス の質と一貫性を確保するスタッフとオフィスを得ることを成果目標としている。また、大 学全体とキャンパスレベルとのどちらにおいても効果的に機関情報を利用できるようにし、 戦略的な意思決定を行うためにより広く情報資源を活用できるようにするという項目も成 果目標に含まれる。 3つ目の基本機能は、外部への報告とアカウンタビリティである。インディア大学の理 事会、インディアナ州の人々、卒業生や産業界、在学生や受験生、研究パートナーを含む、 より広範な意味でのステークホルダーへの説明責任を果たすために、インディアナ大学の 学長が示す大学の成果測定の調査を支援すること。また、大学が外部者に対して大学のこ とを首尾一貫した説明できるようにし、大学の全てのセグメントの貢献を助長するように すること。最後に連邦政府が要求する報告書や、インディアナ州の高等教育委員会が要求 する報告書を揃えることの3つのアカウンタビリティと成果目標を通じてインディアナ大 学の使命とイメージに貢献する。 4.インディアナ大学における IR 専門スタッフの養成 アメリカにおいて、IR を構成するインスティテューショナル・リサーチャーの約半数が 博士学位を取得し、4割が修士学位を取得しており、また彼らの専攻分野となる学問分野 については、4割程度が教育学を専攻し、約3割が社会科学、人文、芸術系の学位を取得 し、15%程度は、物理科学や数学あるいはコンピュータ科学等の理数系領域を専攻し、 残りの15%がビジネス領域を専攻している(Swing,山田訳,2005)。UPIRA については、 図3-3-1-2で示したとおり、全スタッフ8名中、Ph.D.取得者が2名、修士学位取得 者が1名であり、高学位取得者が半数を下回っているが、専攻分野である学問領域につい ては、様々な分野に精通したスタッフが存在していることが分かる。このことから、IR の 機能が情報収集、管理から政策分析、情報発信に至るまで多岐に渡るので、各領域での専 87 門性を持ったスタッフが必要とされていることが明らかである。 このような IR 専門スタッフの必要性がアメリカの各大学の OIR にとって重要な課題と なっている中で 2000 年以降、その養成に向けた動きが活発化している。2001 年にアリゾ ナ州立大学やフロリダ州立大学、ペンシルバニア州立大学、ミズーリー州立大学、そして インディアナ大学システムに大学院レベルでの IR 修了証プログラムの開発が、全米の IR に携わる専門家集団の専門職協会である学会(Association for Institutional Research : AIR)によって支援により行われた。これらの大学での修了証プログラムの共通到達目標 は、高度な統計技能を修得することができることと、全米のデータセットである IPEDS (The Integrated Postsecondary Education Data System)を利用し、高度な統計技能を 駆使して分析ができること、高等教育の評価や教育評価ができること、効果的な報告書を 作成し、提出することができること、という4点に置かれている(山田,2008)。このよう に IR 専門スタッフ養成の到達目標から明らかなのは、養成プログラムは、アカデミックな 研究中心の内容というよりは、実務に直結し、修了後、即戦力となるような人材の育成に 力点が置かれているということである。 インディアナ大学での IR 専門スタッフ養成については、インディアナ大学ブルーミント ン校とインディアナ大学-パデュー大学インディアナポリス校にそれぞれプログラムが存 在する。プログラムの詳細を各校のホームページなどで調査したところ、まず、入学要件 として、学士号保持者であることと、学士課程での GPA が2.75以上であることが求め られている。また、大学院に在籍している場合には、GPA 平均が3.3以上であること、 博士課程在籍経験のあるものは、GPA 平均が3.5以上、推薦状などが取得学位により段 階的に求められている。また、プログラムの基礎科目の例として、「統計の基礎」 「IR の方 法論」「IR の調査応用編」などが提供されている(山田,2008)。また通学での講義に加え、 PC を用いた E ラーニング形式での受講スタイルも存在することから、フルタイムの学生に 加え、職業を有したパートタイム学生の比率が高いのではないかと想像できる。 5.まとめ 以上の調査から、インディアナ大学のように8のキャンパスを持つ大規模大学の IR 組織 において、十分に機能させることは、非常に困難であると思われる。今までの IR に関する 先行研究においても、その組織形態は、中央集権的な組織がいいのか、分散型の組織がい いのか、その方向性は見えてこない。その理由として、IR 組織が、大学の上層部とのつな がりが強いことからも、州立大学や私立大学などのガバナンスの違いなども大きな要因と して影響しているのではないかと考える。ただし、IR 組織の機能として、調査分析やアカ ウンタビリティが挙げられるが、各大学が、独自の方法で調査分析やアカウンタビリティ を行っている場合に、どれだけ、高等教育界全体に有益な機能を果たし、教育の質の保証 に資することができるのであろうかと考える。各大学に IR 組織が定着してきたことは事実 である。今後、AIR などの学会が先導し、ある程度の足並みのそろった IR 組織形態や機能 88 についても検討していく必要があるのではないか。その点に着目して、今後も IR 調査を続 けていきたい。 【参考文献】 1、 Randy L. SWING, 山田礼子訳,2005,『米国の高等教育における IR の射程、発展、 文脈』〔独立行政法人大学評価・学位授与機構〕大学評価・学位研究 第3号 平成1 7年9月(論文) 2、 山田礼子, 2008,『アメリカの学生獲得戦略』玉川大学出版部 ズ143〉 89 〈高等教育シリー 3-3-2 インディアナ大学におけるOIRの活動 坂西隆志 本節では、インディアナ大学における OIR の活動について述べる。 1.概略 インディアナ大学で今日見られるようにIRやアセスメントの活動が展開してきたのには 2 つの理由がある。1 つはVictor Borden教授 1 やGary Pike氏 2 、彼らをインディアナ大学に 招いたTrudy Banta教授 3 、NSSEを創設したGeorge D. Kuh教授 4 といったIRやアセスメントに 熱心な人達の存在だ。もう 1 つは大学の分権システムであるRCM(Responsibility Center Management)による経営戦略や様々な情報の必要性の高まりである。この 2 つの要因によ ってOIRはインディアナ大学において活動範囲を徐々に広げつつある。 OIR の活動を大きく 2 つに分類すると、第 1 は「アカウンタビリティに関する活動」に、 第 2 は「大学の教育や経営の改善につながる活動」に分けることができる。前者は代表的 には Fact Book のような大学公式情報や公的機関に提出するコンプライアンスレポートの 作成といった活動であり、後者は大学の戦略的な意思決定に役に立つ情報の提供や学生調 査を用いて教育改善に寄与する活動等である。 「アカウンタビリティに関する活動」は、型にはまった報告書のボリュームだけでも相 当量あり、全学を通じた報告書の作成は OIR 本部が担っている。これと比べると「大学の 教育や経営の改善につながる活動」ははっきりと整理されているわけではない。特定の問 題に関するレポートの作成や学生調査の実施と分析といった活動は確かに存在しているが、 それらの活動がどれほど教育に対して効果的に行われているのか、あるいは全学を通じて 組織的に統制をもって行われているかは明瞭ではなかった。 2.枠組み まずインディアナ大学に複数設置されている OIR を整理し、その活動の特徴をまとめた。 その際、簡潔にインディアナ大学の RCM のコンテクストについて触れている。次に「アカ ウンタビリティに関する活動」としてインディアナ大学の OIR 本部が出しているレポート について述べ、その後に「大学の教育や経営の改善につながる活動」について述べる。そ 1 Victor M.H. Borden 教授は、Office of the Vice President for Planning and Policy の Associate Vice President、IUPUI の心理学教授、UPIRA の Vice President である。AIR の会長も歴任。 2 Gary R. Pike 氏は、IUPUI の OIR である IMIR の Executive Director。 3 Trudy W. Banta 教授は、IUPUI の Unit of Planning and Institutional Improvement の Senior Advisor to the Chancellor。 4 George D. Kuh 教授は、Chancellor’s Professor and Director Center for Postsecondary Research。 90 して最後に全体を総括するという流れとした。できるだけ現地で得られた情報を用いてイ ンディアナ大学の OIR の活動を描いてみたい。なお、執筆上の出典は特に断わりのない限 り夏季集中講義の内容とインディアナ大学のホームページである。 3.決して体系だっているわけではないインディアナ大学のOIRの機能と組織 前節の OIR の組織で述べたとおり、インディアナ大学における OIR の体制と機能は決し て整然としたものではない。インディアナ大学は 10 万人を超える学生を抱え、州の広域に わたり 8 つのキャンパスが点在している巨大な組織である。各キャンパスはそれぞれの設 立経緯や目的を持ち、規模や風土をはじめ異なる背景を持つ。インディアナ大学の 1 つの キャンパスが日本の感覚でいう 1 つの大学に匹敵するまとまりを持つと考えるとわかりや すいだろう。 メインキャンパスのブルーミントン校に設置されている OIR の本部 UPIRA では、連邦政 府や州政府、あるいは営利・非営利団体からの報告要求といった数々の外部に提供するコ ンプライアンスレポートの作成を担っている。意外なのは、ブルーミントン校の主たる IR 活動は UPIRA が担うのではなく、Office of Provost や Office of the Registrar や Budgetary Administration & Planning のオフィスに分散されていることだ。主に Office of Provost に IR の機能が集中している。その理由は、ブルーミントン校は例えば College of Arts and Sciences だけでも巨大であり、OIR を設けなくてもそれぞれのオフィスの中に IR のスタッ フを持つことが可能であるからということであった。 最も一元化が進みアセスメントまで統合されている OIR は、IUPUI インディアナポリス校 の IMIR である。IMIR は Planning and Institutional Office、Testing Center、Economic Model Office、Office of Institutional Effectiveness の計 5 つオフィスの 1 つのコンポ ーネントとして構成されている。IUPUI の特にアセスメントについては 1992 年から Trudy Banta 教授による強力なリーダーシップによって牽引されてきた。 地方キャンパスでは、現在 OIR の整備が進みつつありノースウエスト校、サウスベンド 校、サウスイースト校には既に OIR が設置されているが、ココモ校とイースト校では現時 点(2009 年 8 月)では Full OIR は設置されておらず、本格的な設置に向けて準備を進めて いる。IR の整備が進みつつある背景としては、強力なトップの存在と RCM によって経営戦 略の必要性に対する認識が高まってきたことが要因としてある。 いずれにしても、IR の活動事情は各キャンパスで異なっており、インディアナ大学全体 で体系だった設計が実現しているわけではないことが分かった。 4.RCMとインディアナ大学におけるRCMコンテクスト インディアナ大学の地方キャンパスのIRが活発化した理由の一つとされるRCMについて ここで触れておきたい 5 。 5 RCM の概略は、主に島(2006)と高木(2008)を参考に記述した。 91 RCM とは、学部などの基本単位(Unit, Responsibility Center)に対して収入・支出と もに財政の権限を委譲し各ユニットの自己責任で運営する予算制度のことである。RCM シス テムを運用している大学は多くない。ペンシルバニア大学、デンバー大学、ヴァンダービ ルト大学、ハーバード大学、イリノイ大学、ミシガン大学、ミネソタ大学、南カルフォル ニア大学、インディアナ大学といった一部の大規模大学である。1974 年に財政危機に陥っ たペンシルバニア大学で開発され、米国の州立大学には 1990 年代以降に導入が進んだ。イ ンディアナ大学への導入は 1990 年に本格的にはじまり、これは全米の州立大学で 2 番目と される。大学内の分権化によって権限の多くをユニットに委ねるため、ユニットの運営の 巧拙により不均衡が生ずるが、同時に中央にも権力を残し、成果を挙げたユニットには多 く予算を配分するなど不均衡を是正できるようにしている。 Borden 教授は、RCM の導入によってもたらされた変化として次の 3 つを挙げている。第 1 は、サバイバルのために各ユニットが情報を必要だと思いはじめたこと。第 2 は、事業が 全体に寄与するものかそうでないのかを決めるようになったこと。第 3 は、比較のための 基準を策定する必要性が生じたこと。さらに、支出だけでなく収入に対する責任も各ユニ ットに委ねられたことで、一般的に大学の経営がそうであるように支出に注目しがちであ った各ユニットが、収入を上げるために努力するようになったとしている。そして、何よ りも大事なことは、現場がポジティブに自立的努力をするようになったことだと述べた。 また、独立採算的な側面を持つ RCM では、ユニット間での取引がクリティカルな問題と なってくる。なぜならば、他のユニットに所属する学生が自分のユニットのリソースを利 用したとき、あるいはその逆が生じたときにユニット間の取引が生じるためだ。例えば、 あるスクールの魅力的な科目が他スクールの学生を惹きつけ履修者が増えれば、該当スク ールの収入は増加する。取引を可能にするためには情報を正確に把握しなくてはならない。 収入確保のためには情報の獲得や分析がやむを得ないこととなったことも IR 活動を活発に してきた理由にあるだろう。 5.アカウンタビリティに関するインディアナ大学のOIRの活動 UPIRA が発信しているレポートを図表 3-3-2-1 の通りまとめた。レポートは大きく 3 つに 分類できる。スタンダードレポート、分析レポート、コンプライアンスレポートだ。スタ ンダードレポートとは、Fact Book、アドミッション、エンロールメント、リテンション率 (在籍率)、卒業率、学位取得率、奨学金といった大学が公式に発信するデータを掲載し た報告書のことである。分析レポートは、現行のやりかたに対するインプリケーションや 将来の政策方針への提案をするために大学データを分析した報告書である。コンプライア ンスレポートは、無数の連邦政府や州政府や商業・非商業団体から寄せられる機関情報へ の要求に応える報告書である。UPIRA/URR のレポートの一覧を見ると、アカウンタビリティ に関するレポートを揃えるには少なくない仕事量が伴うことを知ることができる。 92 図表 3-3-2-1 UPIRA/URR のレポート全体像 大区分 中区分 説明 小区分 Fact Book 財政、学生、学位、教職員、卒業生、建物等の大学に関する情報を体系的 に整理した大学概要。 直近レポート のボリューム 頻度 109ページ 年1回 アドミッショ 秋の入学状況に対する調査。SATスコアのレンジ、年齢、性、人種、居住地 などをキャンパス毎に集計。 ン 関係者のみ閲覧可能 正規課程への新規入学者の統計上の特性(フルタイムかパートタイム、性 新入学生のプ 別、居住地、人種、年齢等)とテストスコアの情報をキャンパス毎に集計 ロファイル したもの。 9ページ 年1回 7月1日から6月30日までの会計年度内における学位取得者数の報告。上記 と同じように学生の特性とキャンパス毎に集計してある。なお、過去から の学位取得者数の経年推移もある。 20ページ 年1回 学位授与 ド レ ポ 贈与奨学金、教育ローン、ワークスタディの3つの分類で資金援助を受けて 学生への資金 いる学生の特性(学年、人種、性別、居住地、Dependency)をキャンパス 毎に集計。なお、このカテゴリと定義は、Indiana Commission for Higher 援助 Education (ICHE)によって決められている。 13ページ 年1回 卒業率は、連邦政府が定めている通り入学した年から基準となる年限の 150%の期間で測定(履修証明(certificates)であれば1.5年、短期大学士 (associates)であれば3年、学士(baccalaureates)であれば6年)。入 学時にフルタイム学生であった者を対象。IPEDSに提出したデータをまとめ たものをWEBに掲載している。学生の特性、成績等で分けて集計。 12ページ 年1回 ー ス タ ン ダ エンロールメ URRから数多くの内部向け、あるいは公式な在学生の報告をセメスター毎に 出している。8つの報告書の詳細を図表3-6-3で説明する。 ント 図表3-6-3 ー ト 卒業率 正規課程に在籍する学部学生の第1から第2セメスターにかけて、あるいは1 リテンション 年から2年にかけての学生在籍率。フルタイム、パートタイム、両方合わせ 9~10ページ た場合の3つに分けて分類。さらに課程、人種、性別、居住地、GPA、年 率 ×6パターン 齢、SAT、HSランク毎に、またキャンパス毎にも集計。 ー 分 析 レ ポ ー レ ポ ト FYIU 連邦政府 ー コ ン プ ラ イ ア ン ス レ ポ ト 図表3-6-2 大学のコアなミッションに関わる問題の多くをカバーする長編レポート。 研究レポート アドホックに発行している。 Common data set(CDS) ト FYIUは、インディアナ大学コミュニティの利害関係者に配布する定期的な 調査報告書。これは、特定の政策的問題のために用意された情報に基づい た調査の概要である。詳細は図表3-6-2で説明する。 年1回 CDSは、College Borad(SATを実施するアメリカの大学入試センター)や PETERSON'sやUSニュース&ワールドレポートのような大学データ提供者・ 出版社によって開発された入学、学生生活、奨学金、ST比、卒業、リテン ション率等の情報を含むデータセット。 28ページ×7 キャンパス 年1回 卒業率 The Federal Student-Right-To-Know Act (SRKA) によって 1ページ×7 教育省が定めた方法に沿った卒業率の提出が義務化されてい キャンパス る。 - 年次報告 The Equity in Athletics Disclosure Actによって、特定の 補助金を受ける場合には、高等教育機関に体育教育に対する 5~7ページ× 参加、スタッフ、収支の男女別の年次報告の提出が定められ 5キャンパス ている。 年1回 犯罪率 7キャンパ すべての高等教育機関はキャンパスの犯罪統計の提出が義務 ス。ボリュー 付けられている。 ムは様々、 IUBは7ページ 年1回 Fall Enrollment Report インディアナ州高等教育(ICHE)の要求する報告書。学生数と FTEについて、州居住・レベル・フルタイム学生かパートタ イム学生か・入学パターンに分けて報告する。 9ページ 年1回 Annual Performance Report 2004年よりICHEがすべての州立大学に対して、入学前の学 力、家計、学習、卒業率等のパフォーマンスについての報告 書の作成を要求している。 12ページ 年1回 州政府 Data Feedback Reports Degree Completions 連邦政府 Fall Enrollment Integrated 12-Month Enrollment (Fiscal) Postsecondary Finances Education Data System Graduation Rates Human Resources (IPEDS) Institutional Characteristics Student Financial Aid 関係者のみ閲覧可能 ウェブ エンロールメ ウェブからインディアナ大学の在学者の統計を項目で抽出して閲覧するこ ント ツール とができる。 (出典)インディアナ大学 UPIRA ホームページから作成 93 関係者のみ閲覧可能 スタンダードレポートとコンプライアンスレポートが「アカウンタビリティに関する活 動」に属するものとすれば、分析レポートは外部に対する報告書ではなくインディアナ大 学内部のコミュニティーに向けた「大学の教育や経営の改善につながる活動」であるとい える。図表 3-3-2-2 の分析レポートを見ると、落ちこぼれる可能性のある学生に関する調 査分析や学生の就労と成績やリテンション率の関係の調査分析など Leaky Pocket(学生の 落第や退学)を防ぐために原因の特定を試みる報告書や、ダイバーシティーや生命科学研 究が州に与えたインパクトといった大学のタスクフォースに関わる報告書などが見られる。 図表 3-3-2-2 分析レポート 中区分 小区分 ー 分 析 レ ポ ( ト 、 定 期 的 に 発 行 ) 研 究 レ ポ ー ( ) 現 状 の 教 育 実 践 と 将 来 の 政 策 方 向 性 へ の 示 唆 特 定 の 問 題 に 対 す る 調 査 ト 直近レポー 直近の報告 トのボ 書の日時 リューム 学期末に落ちこぼれる恐れのある学生を特定して、イ ンディアナ大学の地方キャンパスにおける学位取得率 向上計画に寄与する。 12ページ Jul-08 Working During the First Year of College 初年次における学生の就労に関する調査。NSSEのデー タに依拠。学生の就労と、学生への資金援助、成績、 リテンション率といった学業に関する要素との関係を 見る。 12ページ Apr-08 IU Campus CrossApplicants インディアナ州の居住者でインディアナ大学の複数 キャンパスを併願している志願者の近年の趨勢。 4ページ(全 体) 4ページ×8 キャンパス Nov-07 Indiana SAT Scores by Race/Ethnicity 人種/民族別のインディアナ大学生のSATのスコアにつ いての調査。大学計画と教育の質向上のためにダイ 15ページ バーシティー促進は重要なテーマとして、過去数年間 にわたり活動を増大させている。 Oct-07 Student Migration 大学生の州間の移動に関する調査。大学、州の経済的 な持続性に対して短・長期の影響を及ぼす重要なテー マ。 12ページ Jul-07 The Institutional インディアナ大学のキャンパス間での移籍ではなく、 Origins of IU Transfer 他の大学や海外からインディアナ大学に移籍してくる Student 学生に対する以前の所属機関に関する調査。 10ページ Feb-07 Enrollment Trends at 7つのキャンパスの学士課程、大学院課程、専門職課程 関係者のみ IU Campuses, 1997-2006 のエンロールメントの10年間にわたる趨勢の調査。 閲覧可能 Jan-07 IU: Transforming Indiana インディアナ州に及ぼすインディアナ大学のインパク トの指標。とりわけ、生命科学研究、労働力への寄 与、技術移転といった領域にハイライトをあてる。 20ページ Dec-06 Status of Minorities at IU インディアナ大学に所属するマイノリティの学生、教 職員の分布と地位について明らかにする。 47ページ Nov-06 One Year Retention Rates of IU Undergraduates 2004年秋にインディアナ大学に入学した学生のリテン ション率の全年度との比較を含めた分析。URR作成のリ 6ページ テンションレポートのハイライトであり補足である。 ー 詳 細 レ ポ 説明 Predicting Academic Risk for Intervention ( F Y I U 名称 ) ト (出典)インディアナ大学 UPIRA ホームページから作成 94 Oct-05 また、スタンダードレポートの中にも改善に関係するものがある。図表 3-3-2-3 の一覧 にあるように、特にエンロールメントに関する報告には大学経営や教育改善に資するもの も少なくない。例えば Early Fall Registration は上級アドミニストレータ-と Registrars のレビューとコメントが付された上で総長に提供されるものとして扱われているし、 Enrollment Projection(将来の在学者数の予測)については経営と直結する情報に他なら ない。 図表 3-3-2-3 エンロールメントに関するスタンダードレポート 中区 分 ー ド レ ポ 名称 説明 直近レポートの ボリューム 頻度 Official Enrollment 4ページ(short) 在学生の人数、単位履修時間、FTEを尺度にした在学生 67ページ(long) 年4回×3パ の統計や、学生の属性や特性に関する基本的な統計情 2ページ(summer ターン 報をキャンパス毎に作成。秋、春、夏I、夏Ⅱと年4回 session 作成。 combined) Early Fall Registration 7月頭からセメスターのはじまりまで週毎の学生の登録 7月から学 状況を追跡。上級アドミニアドミニストレータ-と 関係者のみ閲覧 期はじまり Registrarsのレビューとコメントの後に総長に提供さ 可能 まで毎週発 れる。 行 Census Study 授業開始から学期半ばまでの一日ベースでの人数と単 位履修時間を追跡して、前年度と比較する。 関係者のみ閲覧可能 エ ン ロ キャンパス別、学士課程・大学院段階、専門職学位課 Enrollment by 程別で、それぞれの人種毎の人数が記載された簡潔な 1ページ Ethnicity 報告書。 ル メ ン ト Enrollment Projections 将来の在学状況の予測(Enrollment Projections)は、 収入予測の基礎となる。在学の状況は財務上の計算を 根拠となり教育サービスの計画や格付けに影響する。 関係者のみ閲覧可能 First Day 学期のはじまり時点での在学者データから生成された 報告書。学生のレベル、クラス、居住地といった学生 の属性について詳細な情報がキャンパス毎に報告され ている。 関係者のみ閲覧可能 Historical Enrollment 学生の人数、単位履修時間、FTEそれぞれの総計の経年 推移を記述した簡潔な報告書。秋、春、夏I、夏Ⅱと年 1ページ 4回作成。 IACRAO Indiana Association of Collegiate Registrars and Admissions Officers(IACRAO)のためにパデュー 大学が作成する報告書。秋学期のインディアナ州の州 立・私立のエンロールメント情報。 ー ー ス タ ン ダ 小区 分 ト 年1回 年4回×3パ ターン 関係者のみ閲覧可能 ※FTEとは、 Full Time Equivalentの略で単位取得の進捗状況から生成する指標。学士課程段階の場合は総単位を セメスター毎に15単位、1年毎に30単位で割る。修士・博士・非正規課程の場合はセメスター毎に12単位、1年毎に 24単位で割る。 (出典)インディアナ大学 UPIRA ホームページから作成 95 6.大学の教育や経営の改善につながるインディアナ大学のOIRの活動 先述の分析レポートとエンロールメントレポートの中にも一部見られたが、次にインデ ィアナ大学の OIR の「大学の教育や経営の改善につながる活動」について述べる。 具体的な活動の例として学生調査が挙げられるだろう。Borden 教授は、講義の中で「調 査結果を効果的に利用してもらうことは大変チャレンジングなことである」とし、「調査結 果の利用目的は山ほどあるが、正しい趣旨、適切な場、適切なタイミングで活用してもら いたい。特にデータについて話し合ってもらい、考えてもらうということが重要だ。それ が本当の改善である」と述べた。例えば、NSSE-FSSE Engagement(学生と教員と両方に同 じ質問をする調査)で、学生が宿題をしないで授業に望んでいると思いますか、という問 いに Often/very often と回答した教員が 66%いるのに対して、学生は 20%であった結果 を示し、「この両者の意識のズレはどこから起きているのか。このような議論をきっかけと して、問題意識を持って考えてもらうことに調査の意味がある」という。 さらにまた、 「Brokering」という言葉を用いて「教育における Brokering とは、人、ネ ットワーク、組織、リソースをコーディネートすることで新しい価値を生み出すこと」と 定義するなど、改善につながる IR の活動を行なうにあたって組織の中での OIR の立ち位置 について繰り返し述べていた。また、その理由を Academic freedom があるからともいう。 IR の活動は、大学のとりわけ教育に関して教育上の実態を伴う仕事ではない。調査や分 析から得られた知識や考えを用いて実際にどう教育を変えるのか、カリキュラムを具体的 にどう作るのかといったことについては IR が当事者となることはない。IR の活動は問題を 発見するところからはじめる必要があり、現場を担う立場からすれば外野から口出しをし てくるおせっかいな部署といった受け取られ方をされることにもなりかねない。さらに Borden 教授は、キャンパス毎のベンチマーキングを含むある分析レポートをリコメンドし た際、ある chancellor から不支持であった一方、他の chancellor からは支持されたとい う体験を紹介してくれた。これは IR の活動が学内の政治的なことに巻き込まれる危険があ ることを示唆するものではないだろうか。 7.まとめ インディアナ大学の OIR の活動は決して大学全体として体系だって行われているわけで はないことが分かった。したがって大学全体にどの程度根付き、中でも大学の改善にどの 程度役立っているかはそれ程明瞭でない。しかし IR の活動に限らず SoTL、ISS、FACET を はじめとした大学の教育や経営の改善を目的とした活動は確実に存在している。少なくと も一部の教職員間では熱心に取り組まれていることは事実だ。特に教育改善活動について は、もしトップダウンでなされれば教員達は求められた内容を表面的に達成することだけ に留まり、効果的な改善に結びつきにくいだろう。OIR は組織上、大学中央部との結びつき が強いように見えるが、だからこそ、むしろ客観的なデータを示して、あとはそれをどう 96 考えどう活用するかはそれぞれの教育の現場で考えてもらうという中立的な立場を繰り返 し表明し理解してもらう必要があるのではないか。 Robert Birnbaum(1988)は次のように述べている。ゆるい連結システムでは「調整活動が 容易ではなく、改革に管理運営部門を活用することを難しくしている」。しかし利点として 「一部に専門化した組織要素を持っているということは」 「環境へ敏感に対応することを容 易にしていることを意味する」。専門化した組織が「新しい状況に対して数多くの新しい(そ して他に代わることができない)解決策を生み出し」、大学の長期間にわたる「存続を可能 にしたのである」。 すなわち、大学の中で新しく発生し、活動を許されてきた無数の取り組みの中には、時 流にのって発展を遂げるものもある。時にはそれが大学のイノベーションに結び付いてき たというものだ。 この報告書で取り上げられた、特に教育改善に結びつく IR や SoTL といった活動が、ゆ るい連結システムの中で存在する専門化した組織であるとするならば、これらの取り組み がこれからの大学にとって不可欠な要素となりえるのか、結論を述べるにはまだ早そうで ある。 参考文献 島一則,2006,『米国州立インディアナ大学における Responsibility Center Budgeting に 関する事例紹介報告書』平成 17-平成 19 年度 日本学術振興会科学技術研究 若手研究(B) 研究成果報告書「米国州立大学における RCB/RCM の実態と国立大学への応用可能性に関す る研究」 高木健次,2008,『大学再生の財務(RCM:Responsibility Center Management)―教育・研 究活動と連動する学内資源配分方式』国立大学財務・経営センター 大学財務経営研究 第 5号 東京大学大学院教育学研究科 大学経営政策コース 夏季集中講義参加者一同, 2007,『2007 年度夏学期「比較大学経営政策論(1) 」報告書「ノースイースタン大学の事例分析」』 Robert Birnbaum,1988,『How Colleges Work: Patterns of Organization, Management and Leadership in Higher Education』(高橋靖直訳,1992,『大学経営とリーダーシップ』玉川 大学出版部) 97 3-4-1 学生調査の用途 (外向け:アカウンタビリティとの関連から) 福井 文威 1. はじめに 2004 年の国立大学の独立行政法人化、学校教育法改正による私立大学の認証評価の義務 化により、我が国においても大学が外部の関係者に対して内部情報を開示することが実質 的に制度化された。しかし、公開の方法・内容に関してはその問題点及び不十分さも指摘 されており、政府レベルにおいても大学の社会的な説明責任(アカウンタビリティ)の在 り方については議論が続けられている。本稿では、米国で実施されている学生調査の1つ である NSSE(National Survey of Student Engagement)を統括しているインディアナ大 学の事例を通じて、米国において各大学の教育に関する情報が外部関係者にどのように提 供されているか紹介し、学生調査のアカウンタビリティへの利用可能性について検討する。 2. インディアナ大学のアカウンタビリティに関する取り組み 2.1 アカウンタビリティ執行の担当部署 インディアナ大学の概要については他の執筆者が既に扱っているため、詳細については 触れないが、まずインディアナ大学でアカウンタビリティを中心的に執り行う部署につい て整理しておきたい。インディアナ大学全体のアカウンタビリティに関する取り組みは、 2005 年に設置されたUniversity Planning, Institutional Research, and Accountability (UPIRA)が中心的な役割を担っている。この組織はそのミッションを「証明の文化(culture of evidence)」をインディアナ大学全体に広めていくこととしており、大学理事会、インデ ィアナ州市民、卒業生、ビジネスパートナー、学生、高校生、研究者等に対し社会的説明 責任を果たすため、各キャンパスの基本情報や財務状況に関するデータの整理、レポート の作成等をおこなっている。また、インディアナ州政府の高等教育委員会からのアカウン タビリティの要求に対応するため、各キャンパスの年次報告書の提出、連邦政府の教育機 関 に 関 す る デ ー タ ベ ー ス で あ る Integrated Postsecondary Education Data System (IPEDS)へのインディアナ大学のデータ提供などを業務としている 1 。 UPIRAが大学全体のアカウンタビリティを中心的に執り行う一方で、インディアナ大学 の8つの各キャンパスには運営に関して大きな裁量権が与えられているため、キャンパス によっては独自のアカウンタビリティ活動を展開しているところもある。一例として Indiana University-Purdue University Indianapolis (IUPUI)をみると、PLANNING AND INSTITUTIONAL IMPROVEMENTというIUPUIの調査機関部署において、アカウ ンタビリティに関する取り組みが行われている。幾つかの取り組みの中で特に特徴的なも 1 University Planning, Institutional Research, and Accountability のアカウンタビリティ に関する業務内容についてはホームページ http://www.indiana.edu/~upira/を参照した。 98 のがIUPUIの年次報告書や各種学生調査の情報などを統合してIUPUIの現状を示すWebサ イトInstitutional Portfolioを運営している点である 2 。その目的は「幅広い人々に、IUPUI が大学のミッションを達成しているかどうかのみならず、質を改善していくための戦略、 政策、手続きがIUPUIにあることを知ってもらうことにある。3 」としており、年次報告書 やアクレディテーションのための自己点検報告書に関する情報とともに、大学の現状を示 す4つのパフォーマンス指標、即ち①教育に関する指標、②研究に関する指標、③市民と しての社会的責任に関する指標、④多様性に関する指標を設定し、これらの指標に基づき、 それぞれの情報を公表している。これらは毎年公表され、前年と比較してどのような状態 にあるのか、目標に対し現在どの程度の段階にあるのか、何年以内に目標が達成される見 込みにあるか等、それぞれの指標の状況を7段階に分類した上で、視覚的に理解しやすい ようグラフィカルなアイコンを用いて公表している 4 。 2.2 IUPUIにおける学生調査 上記の年次報告書、自己点検報告書、パフォーマンス指標の基礎となっているものが学 生調査をはじめとした各種調査の結果である。IUPUIの例をみると、大学の教育改善、意 志決定のための情報提供、アカウンタビリティへの対応等を目的とし、合計 13 もの調査が 実 施 さ れ て い る 5 。 そ れ ら の 結 果 は IUPUI の 調 査 機 関 部 署 で あ る PLANNING AND INSTITUTIONAL IMPROVEMENTのホームページにおいて一覧で公表されている。13 の調査の内容は、学生を対象にしたものが5つ、卒業生を対象にしたものが4つ、教職員 を対象にしたものが3つ、退学者を対象にしたものが 1 つである。なお、各調査の概要は 図表 3-4-1-1 に示した。 Institutional Portfolio は全米の 6 つの州立大学と American Association for Higher Education(AAHE)という大学団体が行っているプロジェクトである Urban Universities Portfolio Project (UUPP)の一環として行われている。インディアナ大学の他に、カリフォ ルニア大学サクラメント校、ジョージア州立大学、ポートランド州立大学、イリノイ大学、 マサチューセッツ大学が参加している。詳しくは http://www.imir.iupui.edu/portfolio を 参照されたい。 3 IUPUI ホームページ http:// iport.iupui.edu/about/faq より。 2 4 7 分類とは、以下の通りである。①目標が達成されている、②目標が達成できていない、 ③目標に対して満足いかないレベルにある、④目標は達成されているが前年に比べ低いレ ベルにある、⑤目標は達成できていないが1、2 年のうちに達成が見込まれる、⑥目標が 達成できておらず1、2 年のうちに満足のいかないレベルに落ち込む傾向がある、⑦満足 いかないレベルであるが1、2 年のうちに改善される傾向がある。詳しくは 5 http://iport.iupui.edu を参照されたい。 調査の実施状況、結果の公表状況はキャンパスごとに異なっている。 (2009 年 8 月 13 日 Indiana University Bloomington 校における Vic Borden 教授の発表より。) 99 図表 3-4-1-1 IUPUI ホームページで結果を公表している各種調査の一覧 Student & Satisfaction & Priorities Survey National Survey of Student Engagement Graduate Professional Student Surveys, Recent Alumni Undergraduate Five Year Out Alumni Masters Five Year Out Alumni Masters One Year Out Alumni Entering Students Non- Returning Students Faculty Surveys Staff Surveys Faculty Survey Of Student Engagement(FSSE) Advising Survey 最も古いもの 最も新しいもの 備考 学生を対象とした調査。主に学生の大学に対する対する満足 1993年~ 2008年 度等を把握。 学生を対象とした調査。主に学生の学習状況、生活時間等を 2000年~ 2006年 把握。 大学院生を対象とした調査。主に学生の満足度、学習状況等 2008年~ 2008年 を把握 卒業生を対象にした調査。現在の活動状況、学習効果等を把 1992年~ 2006年 握。 学士課程卒業後5年たった卒業生を対象とした調査。現在の 2005年~ 2005年 活動状況、学習効果等を把握。 修士課程修了後5年たった卒業生を対象とした調査。現在の 2005年~ 2005年 活動状況、学習効果等を把握。 修士課程修了後1年たった卒業生を対象とした調査。現在の 2005年~ 2005年 活動状況、学習効果等を把握。 新入生を対象とした調査。属性、大学に対して期待するもの等 1992年~ 2001年 を把握。 1993年~ 1999年 退学者を対象とした調査。主に退学理由等を把握。 教員を対象とした調査。主に大学に対する認識、職場環境、 1995年~ 2005年 普段の過ごし方等を把握。 職員を対象とした調査。主に大学に対する認識、職場環境に 1997年~ 2006年 対する満足度等を把握 2006年~ 2006年 教員を対象とした調査。NSSEと質問項目が一部対応。 1996年~ 1999年 学習支援(Academic advise)に対する学生の満足度調査。 出典:Indiana University-Prude University Indianapolisホームページを参考に作成 6 また学生調査の結果は大学のニュースレターを通じても多くの関係者に共有されている。 例えば、インディアナ大学の全てのキャンパスで配信されたニュース記事を検索できるIU News Room (http://newsinfo.iu.edu/)において、学生調査の一つであるNational Survey of Student Engagement(NSSE)をキーワードに含む記事をみると、これまでに 71 件の記事が 配信されている。その内容は主に大学の教育活動の卓越性が学生調査によって示されたこ とを内外に伝える目的があることが伺えるといえる 7 。こうした学生調査を通じて教育の卓 越性を示すことは寄付募集、学生募集に対してもプラスの効果が期待できるとされる 8 。 以上のように、インディアナ大学の例をみると学生調査の結果はホームページ、年次報 告書、アクレディテーションの自己点検報告書、パフォーマンス指標、ニュースレター等 を通じて外部関係者と学生調査の結果が共有されている。しかし、これが一般的な米国大 学のアカウンタビリティの在り方であるかと言えば、必ずしもそうとはいえない。参考と して学生調査の一つである NSSE が行った調査をみると、約半数以上の大学が何らかの形 でアクレディテーション団体と調査結果に関する情報を共有していると回答しているが、 一方、大学に進学を希望する学生やその保護者と情報を共有していると回答した大学は 40%、メディアとは 36%、州政府や委員会とは 29%、卒業生とは 22%、高校の進路指導 2009 年 9 月 18 日にアクセス。http://planning.iupui.edu/95.html 一例をあげると次のような記事である。「ブルーミントン校が他の研究大学と比較して、 一年生の学習に参加する度合が高いレベルにあることが(NSSE の調査結果より)示され た。」Indiana Alumni Magazine “How Does IU Rate” 2001 年 11 月 8 NSSE リサーチアナリスト Robert M. Gonyea 准教授へのインタビュー(2009 年 8 月 13 日) 6 7 100 者とは 19%といずれも半数以下であり、IUPUI のように不特定多数の関係者に直接的に学 生調査の結果を公表している大学は必ずしも多いとは言えない(図表 3-4-1-2)。NSSE は 個別大学の調査結果は公表しないことになっており、あくまで公表は大学の自主的な判断 で行われている。そのため、学外には公表せず、調査結果を大学内部の教育改善にのみ用 いている大学が少なくないことが伺える。 図表 3-4-1-2 NSSE 調査結果の外部向け開示状況 外部関係者 アクレディテーション団体 進学を考えている学生とその保護者 メディア 州政府機関・委員会 卒業生 高校の進路指導者 情報を共有している と回答した大学 56% 40% 36% 29% 22% 19% 出典:NSSE(2007) 3. 学生調査の利用を促進する動き 上述のように大学のホームページあるいはニュースレターを通じて、学生調査の結果を 大学から直接的に不特定多数の高校生、その保護者、学生、卒業生に公開するという方法 が学生調査のアカウンタビリティへの利用形態の一つである。こうした利用形態の他に、 学生調査は、米国においてアカウンタビリティの一環として様々なところに利用されてお り、それらを促進する動きも近年出てきている。 3.1 アクレディテーションにおける自己点検報告書 学生調査の結果が利用されている媒体の一つとして、アクレディテーションを受ける際 に作成する自己点検報告書があることには既に触れたが、近年では学生調査の自己点検報 告書への利用を更に促進しようとする動きがみられる。その一つが NSSE の提供する Accreditation Toolkit というものである。米国のアクレディテーション団体は各大学を評価 する際の点検基準を公表しており、各大学はその基準を参考に自己点検報告書を作成する こととなる。評価を受ける際、大学側はその点検基準を満たしていることをアクレディテ ーション団体に示す必要があるが、どのようなデータを根拠にそれを示すかは大学によっ て異なる。2004 年から NSSE では NSSE の調査結果をアクレディテーションの自己点検 報告書に利用できるように、Accreditation Toolkit という NSSE の質問項目とアクレディ テーション団体が設定する点検基準の対応表を策定している。 例えば、インディアナ大学を評価するアクレディテーション団体The North Central Association(NCA)のHigher Learning Commission(HLC)では 5 つの項目(①Mission and 101 Integrity、②Preparing for the Future、③Student Learning and Effective Teaching、④ Acquisition, Discover, and Application of Knowledge、⑤Engagement and Service)に関 連する基準をアクレディテーションの点検基準として公表しているが、Accreditation Toolkit ではNSSEの各質問項目がこれらのどの部分に対応するものか示している 9 。ただし、 これらは厳格に対応するものとして設定されているわけではなく、あくまでも大学側が自 己改善を行っていくための一つの参考に利用できることを意図している(NSSE 2007)。 3.2 Voluntary System of Accountability(VSA) 近年では、学生が志望校を選択する際に学生調査の結果を利用できる環境を整えること を意図した動きもみられる。その一つとして 2006 年より開始された Voluntary System of Accountability(VSA)という動きがある。これは 4 年制の州立大学が参加する大学団体を中 心とした動きで、大学が学生調査の結果を基に共通のフォーマットに沿って①学生の基本 情報、②学習行動、③ラーニングアウトカムズの 3 項目についてレポートをまとめ、デー タベース化し、VSA に情報を提供している。それらのレポートは College Portrait という Web サイト(http://www.collegeportraits.org)によって公表されており、現在約 300 校の州 立大学が参加している。インディアナ大学においては 8 校中 2 校(IU Kokomo, IUPW Fort Wayne)が参加している。 3.3 メディア また、新聞をはじめとするメディアも学生調査の結果を読者に提供している。その代表 的なものはU.S News & World ReportとUSA TODAYである。U.S News & World Report は以前から全米の大学ランキングを掲載しているが、近年ではより多様な大学の実態を示 すために、NSSEの調査結果を大学から提供されたものについては一覧表にして掲載してい る。しかし、U.S News & World Reportにデータを提供している大学はNSSE参加校の 25% 以下ともいわれる 10 。また、単純な集計表で掲載されているため各大学間の比較も困難であ り、読者が簡単に使用できる形に落ち着いているとはいえない状況にある。2009 年 9 月現 在、インディアナ大学の結果はU.S News & World Reportには掲載されていない。 NSSEの調査結果の利用を促進しているもう一つのメディア媒体がUSA TODAYである。 その特徴はNSSEの複数の質問項目が 5 つのベンチマーク項目(①学習時間や授業内容、② クラスへの参加度合、③学生と教員の関係、④多様な経験、⑤大学の支援)に集約されて 掲載されているという点、それらの指標を同じタイプの大学の平均値と比較することが可 能であるという点にある。これにより閲覧者は検索したい大学の学生がどのような生活を 9 一例をあげると、NSSE の質問項目「クラスでプレゼンテーションをしたかどうか」とい う調査の結果は、アクレディテーション基準の③Student Learning and Effective Teaching の現状を把握する上で利用できるとしている。 10 U.S News May 31, 2007 “How to Survey Student Engagement” 102 送っているのか、他の同じタイプの大学と比較して情報を得ることができる。U.S News & World Reportと異なりベンチマーク機能は整っているが、サンプル数の問題、またベンチ マークが同タイプの大学に限定されていることから、殆どの大学が平均値から大きく外れ ることがなく、利用者にとって有益な情報を必ずしも提供していない可能性があるといっ た課題も指摘されており、更なる改善も必要とされている 11 。現在 391 校が情報を提供し ており、インディアナ大学はIU Bloomington、IU Kokomo、IU Northwest、IUPUI、IU South Bendの 5 キャンパスが参加している。 4. まとめ 以上、学生調査のアカウンタビリティへの利用という点に焦点を当て、インディアナ大 学の取り組み事例と近年の動向について示してみた。本稿では特に IUPUI の事例を取り上 げたが、その特徴を整理すると、大学のホームページ等を利用して学生調査の結果が広く 外部関係者に公開されていること、また大学のパフォーマンス指標を設定し、教育の改善 プロセスが公開されている点にあったといえよう。インディアナ大学の学生調査のアカウ ンタビリティへの利用例は米国大学の特徴として一般化できるものではないが、近年、米 国において学生調査をアカウンタビリティに利用していくという動きは強い。本稿で示し たように、Accreditation Toolkit、VSA、メディアなどにみられるように学生調査を利用し、 アカウンタビリティを効率化、深化させることを意図した様々なツールが開発されている ことは注目に値する。 こうした流れは、大学が最低基準を満たしていることを示すことに主眼を置いたアカウ ンタビリティの考え方に加え、如何に大学の質の良さを外部関係者に示すかという視点に 重点を置いたアカウンタビリティの在り方が模索されているものといえる。また同時に、 こうした動きは、USA TODAY などにみられるように、消費者の大学選択の判断材料とし て利用できる大学の公開情報の在り方を模索する動きと深く重なり合っている。しかし、 学生調査から得られる膨大な量の情報をどのような形で外部関係者に示していくかという 点は米国においても課題は残っており、それらはまだ発展途上の段階にあるとみるのが妥 当であろう。しばしば高等教育市場における大学と学生の間の情報の非対称性を補完する ものとしてアカウンタビリティの必要性が強調されるが、実態をみていくとそのような機 能を果たすための道のりは簡単ではない。よほど慎重にならなければ、多くのコストをか けアカウンタビリティを果たしたのにも拘らず、それが十分利用されず、それ自体が自己 目的化してしまう可能性も否めない。 自己目的化を防ぐ一つの打開策として参考となるのはIUPUIの事例のように、アカウン タビリティを果たすための取り組みが大学の教育改善に向けた取り組みと繋がっていると いう点にある。アカウンタビリティを教育改善に繋げていくことの重要性は、米国におい 11 Kuh (2007) 103 ては特に強調されており 12 、我が国の高等教育においても今後より考慮されていくべきこと であろう。ただし、わかりやすさを求める傾向にある外部関係者に対して、学生調査が公 開され、それが制度化されはじめることによって、大学内部の教育改善に寄与するための 学生調査の在り方が変質する可能性は否めない。その点については、今後の米国の動向に も注視しつつ検討されなければならないだろう。 参考文献・資料 [1]Alexander C. McCormick (2009) “Toward reflective Accountability: using NSSE for Accountability and transparency”, New Directions for Institutional Research, 2009, 141, pp.97-106 [2]George Kuh (2007) “Risky Business: Promises and Pitfalls of Institutional Transparency” , Change, 2007, September, pp.30-35 [3]National Survey of Student Engagement (2007) “Using NSSE Data” http://nsse.iub.edu/pdf/Using_NSSE_Data .pdf [4]University Planning, Institutional Research, and Accountability, http://www.indiana.edu, Indiana University, (参照 2009 年 9 月 18 日) [5]Institutional Portfolio, http://iport.iupui.edu/, Indiana University-Purdue University Indianapolis, (参照 2009 年 9 月 18 日) [6]IU News Room, http://newsinfo.iu.edu/, Indiana University,(参照 2009 年 9 月 18 日) [7]College Portrait of Undergraduate Education, http://www.collegeportraits.org/ , Voluntary System of Accountability, (参照 2009 年 9 月 18 日) [8]2009 Survey Result, http://static.usnews.com/documents/college/2009_NSSE_national.pdf, U.S News & World Report, (参照 2009 年 9 月 18 日) [9]Searching for Signs of Engagement, http://www.usatoday.com/news/education/2007-11-04-nsse-how-to_N.htm, USA TODAY, (参照 2009 年 9 月 18 日) [10]INFORMATION MANAGEMETN AND INSTITUTIONAL RESEARCH, http://www.imir.iupui.edu/, Indiana University-Purdue University Indianapolis,(参 照 2009 年 9 月 18 日) 12 McCormick (2009) 104 3-4-2 学生調査の用途 -教育改善への利用- 尾園智彦 1.学生調査と教育改善活動 学生調査 1 から得られる情報は多岐にわたるが、これらのデータは主に学生の学習活動へ の参加状況、大学のミッションと現実とのギャップ、および大学側があらかじめ設定した 期待像に合致しない(特定の期待値に到達していない)学生の側面を明らかにするのに役 立つ 2 。つまり、大学が学生の学習行動の実態を知ることにより、自らが提供している教育 課程の長所・短所、また取り組むべき課題とその優先順位を考えることを可能にしている。 学生調査をおこなうことにより、個々の大学が自身の教育を省みる機会を得ているのであ る。大学教育改革は「政策レベル、機関レベルを含めて戦略的に行われなければならない」 (金子、2009)が、学生調査は各大学による機関レベルでの教育改善活動を促すツールと なっているといえる。 「教育改善」とは非常に幅広い概念であるが、具体的には次のような分野・エリアにお いて改善活動が実施されている(図表 3-4-2-1)。各々の教育改善活動の過程で、必要に応じ て関連する学生調査のデータが利用されている。 図表 3-4-2-1 教育改善活動の構成要素 ラーニング・ コミュニティ アカデミック・ アドバイジング 学生募集 初年次・ 四年次体験 IR 学生調査 (結果) 学習 アセスメント 学務 FD 教務 大学間比較 (出典)R.Gonyea 氏の講義資料より(報告者が加工) 1 2 学生調査の概要については第 2 章第 2 節を参照 Robert Gonyea 氏の講義より 105 2.データ開示・使用の実態 では、実際に学内のどのようなステークホルダーが学生調査のデータ(結果)の開示を 受け、使用しているのであろうか。NSSE 3 におけるデータ利用の実態を示したのが次の表 である(図表 3-4-2-2)。ほぼ全てのNSSE実施校において調査結果は学長/経営陣または学 部長に共有され、そのうち七割程度が実際に当該データを用いて何かしらのアクションを 起こしている。一般スタッフ(職員)レベルでは学生課や初年次教育担当グループで比較 的高いデータ使用率が示されている。 図表 3-4-2-2 NSSE データの学内共有と使用の状況 学内ステークホルダー 共有(A) 使用(B) 使用率(B/A) 98% 71% 72% 学部長(Department Chairs/Deans) 90% 63% 70% ファカルティ 85% 55% 64% 学生課スタッフ 84% 61% 73% アドバイジング・スタッフ 68% 41% 60% アドミッションズ・スタッフ 66% 31% 47% 公務・広報室 65% 35% 54% 理事会・取締役会(Governing Board) 54% 27% 50% 学生 42% 11% 26% 学内誌(Campus Newspaper) 24% 9% 38% 認証評価 70% 49% 70% 初年次体験(First-Year Experience) 68% 52% 76% 教授・学習(Teaching and Learning) 61% 42% 69% 一般教育 60% 40% 67% ダイバーシティ 50% 30% 60% ライティング・プログラム 43% 29% 67% テクノロジー 27% 12% 44% 個別委員会・グループ 学長/経営陣(President/Senior Administration) (出典)NSSE ホームページ 内 “USING NSSE DATA” (報告者が加工) 3.教育改善活動事例 次に、具体的な教育改善活動の事例(NSSEデータの使用例)をいくつか紹介したい(図 表 3-4-2-3)。いずれのケースも、NSSEによって得られた結果のうち予め期待・予測してい なかった結果に大学が着目し、関係する教学陣および各担当事務局が改善に向けたアクシ ョンを考案した事例である。しかしながら、ここで紹介されている教育改善活動は非常に 3 NSSE の概要については第 2 章参照 106 短絡的なものが多く、多少言葉は悪いが「その場しのぎ」の対応策に見えてしまうのは私 だけであろうか。たしかに、既存の教育課程の弱点を具体的な裏付けデータをもとに明ら かにし、大学にその弱点を認識させ、改善に向けた即効性のあるプランを大学が策定する ことを容易にすることはNSSEが誇る特徴かもしれない 4 。しかし、NSSEが紹介している 下記の事例は、長期的・持続的な視野に立った教育改善活動とは到底思えないのが正直な ところである。 図表 3-4-2-3 NSSE を用いた教育改善事例 大学 学生調査結果 改善策 Washington State Collaborative learning, 従前の living-learning community は University student-faculty interaction, 一部の学生のみを対象にしていたた educationally enriching experience め、全ての新入生を対象とする の各項目について学生の満足度が低 living-learning community を新設し かった た California State Student-faculty interaction が予測 The Mentoring Institute を設立した University より低かった James Madison 1 年生のサービス・ラーニングへの サービス・ラーニングのプレゼンテー University 参加率が期待値よりも低かった ションの回数を増やし、質を向上さ せ、同時に新しいファカルティ・スタ ッフに対してサービス・ラーニングの 重要性を説明する回数も増やした Iowa State University NA The Center for Excellence in Learning and Teaching が Faculty Forum を開催し、NSSE データを用い た学習改善の方策を議論した (出典)NSSE ホームページ 内 “USING NSSE DATA”(報告者が一部抜粋・加工) 4.教育改善メカニズム 狭義の教育改善という意味では、前述したような直接的(短絡的)な改善プランも一定 の効果をもたらすかもしれない。しかし、抜本的な教育改革を実現するには「個々の大学 4 Vic Bowden 氏へのインタビューより。Bowden 氏は、「NSSE は Faculty が今何をすべ きかという点を明確に示し、その点について即効性のあるフィードバックを提供すること を可能にする」と述べている。 107 における教育と学生の学習行動との相互関係を客観的に把握し、それを改善につなげてい くメカニズムを形成すること」 (金子、2009)が重要であり、そのメカニズムにおいてキー となるのは「学生の学習過程、行動に着目してそれを体系的にモニターする」(同)ことで はないだろうか。 NSSE のデータを用いた教育改善モデルを図で示したのが下記のチャートであるが(図 表 3-4-2-4)、改善計画の実施(ステップ3)でサイクルが終了しているのではなく、その後 の変化をモニタリングし(ステップ4)、それが次の学生調査の実施(ステップ1)につな がっている点が特徴的である。一般的なマネジメントモデルの一環でしばしば紹介される PDCA サイクル(plan-do-check-act)と一見類似しているが、PDCA サイクルが1サイクル 完結型であるのに対し、学生調査を用いた教育改善サイクルは、モニタリングによって改 善活動のループが継続するところに大きな違いがあると言えるだろう。 図表 3-4-2-4 NSSE を用いた教育改善モデル ステップ1 ステップ4 ・学生調査の実施 ・ベンチマーキングによる変 ・結果の整理 化のモニタリング ・フォーカスグループの利用 ステップ2 ステップ3 ・学内ステークホルダーとの ・改善計画の策定/共有 結果の共有 ・改善計画の実施 ・問題/優先順位の特定 (出典)R.Gonyea 氏の講義資料(報告者が一部加工) 5.まとめ -日本におけるNSSEモデルの実現可能性- 学生調査を用いた教育改善モデルは、理論上は機関レベルでの教育改善活動を可能にす るが、本改善メカニズムが実効性を持つためにはいくつかの条件がある 5 。 第一に、多くの参加大学による継続的な調査の実施である。NSSEはインディアナ大学が 5 金子元久(2008)は、学生調査が教育改善につながる条件として①恒常的な調査の実施 (およびそのための中間組織の形成)、②個々の大学における調査結果の分析機能、および ③調査結果を経営に生かすガバナンス機能、を挙げている。 108 主導する一学生調査にすぎないが、VSA 6 のデータソースとして使用されるなど、一定の公 的性格をもった学生調査として既に認知されている。また、過去には連邦教育省長官もス ペリングス委員会を通じNSSEへの参加を推奨していたとのことである 7 。日本において類 似の学生調査をおこない教育改善に結び付けることを試みる場合には、一定数の大学の参 加を確保できるよう政策的な支援や中間組織の形成が必要になるだろう。 第二に、個々の大学における分析プロセスの担保である。繰り返しになるが、全ての大 学にとって一律的に正しいとされる学習行動はなく、各大学は学生調査から得られた結果 を自身の掲げるミッションや特色等に照らし合わせて咀嚼し、改善計画を立てる必要があ る。このような個々の大学における分析プロセスは、IR という専門組織を有するアメリカ の大学においては比較的機能し易いのかもしれないが、IR という組織・概念が未だ確立し ていない日本の大学においては、この分析機能を誰がどのように担うかについて今後の検 討課題となるだろう。 参考文献 金子元久・両角亜希子・谷村英洋「学習行動の大学間ベンチマーキング―大規模学生調査 におけるメゾ分析が示すもの―」日本高等教育学会第 12 回大会(2009)発表資料 金子元久「『学士力』か『教育力』か」 『IDE 現代の高等教育』2008 年 11 月号、14p-19p NSSE ホームページ(http://nsse.iub.edu/index.cfm) 6 7 Voluntary System of Accountability(詳細は前節を参照) Vic Bowden 氏へのインタビューより 109 3-5 SOTL 黒沼 敦子 1.IUBにおけるSOTLの歴史 インディアナ大学ブルーミントン校(IUB)では、教育と学習に関するアセスメント活 動の一つとして、また教員による教授改善活動の一つとして、第 2 章で取り上げた SOTL (Scholarship of Teaching and Learning:教育と学習の学識)の実践が行われている。IUB は SOTL の拠点校として、アメリカはもとより、国際的にも知られている。 1998 年に FD 関連の小委員会と学務担当副学長、学部長らが集まり、 「どのようにした ら学士課程における学生の学習を最大限に改善できるのか」という問いを出発点にして検 討が始まり、SOTL が開始された。その後、カーネギー研究者となった学内の教員の協力や SOTL 活動に対する助成金等の財政的支援を得て、組織的に SOTL の充実を図ってきた。 2003 年にカーネギー教育振興財団の CASTL のキャンパスプログラムにおける「研究大学 における SOTL」(RUCASTL)のリーダー校となった後は、他の研究大学とネットワーク を形成しながら積極的に SOTL を推進していった。IUB は、2004 年の ISSOTL (International Society for Scholarship of Teaching and Learning)の設立にも深く関わ り、第 1 回の ISSOTL コンファレンスを開催、今秋には第 6 回会議を主催する予定となっ ている(図表 3-5-1)。 図表 3-5-1 IUB における SOTL 活動の流れ 年 活動 FD 小委員会、学務担当副学長らが検討。SOTL が開始 1998 1999-2003 IUB の教員が Carnegie Scholars に 2001-2002 AAHE grant でプログラム実施(1 件につき$5,000) 2003 CASTL Campus Program「研究大学における SOTL」 (RUCASTL) リーダー校 2004 第 1 回 ISSOTL コンファレンス開催 2006 CASTL Institutional Leadership Program コーディネーター校 (Expanding the SOTL Commons) 2009 第 6 回 ISSOTL コンファレンス開催予定 (出典)IUB SOTLウェブサイトより(http://www.indiana.edu/~sotl/whatis.html) <2009/7/18取得> 2. SOTLの運営組織 現在、IUB の SOTL プログラムを管轄しているのは Office of Vice Provost for Undergraduate Education (OVPUE) である。以前は、学事関係の部署のもとで運営され ていたが、今年度から新しい組織体制となった。具体的に SOTL を運営しているのは Campus Instructional Consulting(CIC)に属する 5.5 人のスタッフで、1 人は教育学部、 110 他の 4.5 人は学内全体を担当している。CIC の主な業務は、年 9 回程度の講演やワークシ ョップなどのイベントを行うほか、クラス運営の方法やコースデザインの仕組み等、教授 改善に関する様々な助言・サポートを教員に対して日々行っている。SOTL 活動はそういっ た教授改善活動の一つとして推進されている。 下図は SOTL がどのように組織されているかを表している(図表 3-5-2)。”Commons“と いうのは誰もが入れる場所という意味で、特定の組織を示している訳ではない。SOTL を推 進するアドバイザー的な組織はあるものの、運営面でのサポート (CIC)、助成金や賞、各 種イベント、国際学会 (ISSOTL)、カーネギーのプログラム (CASTL)、その他の教員コミ ュニティ (Communities of Inquiry) など多種多様な要素が、SOTL の活動を支えている。 図表 3-5-2 The SOTL Commons at Indiana University (出典)Joan Middendorf 教授の現地講義配布資料より SOTL活動においては決して上からコントロールをせず、組織の役割はあくまでも活動 のヘルプやサポートが中心である。教員が自らの問題に対して自ら答えを明らかにし、 SOTL活動を自主的に運営するのを奨励することで、アセスメントに対する教員の抵抗感を 和らげることが可能になると言う。 1 3.SOTLの活動内容 SOTL活動の基本コンセプト IUB の SOTL 活動では「教員はアセスメントを好まない」という事実認識の上に立ち、 教室内での問題 (problems in the classroom) を研究対象となる問い (researchable questions) として肯定的にとらえている。教員が CIC に相談する問題は「授業への出席率 1 CIC の Joan Middendorf 教授の現地講義より。Middendorf 教授は SOTL が教員にとって”comfortable assessment” になると表現している。 111 が非常に悪い」というものから「歴史のクラスで学生が史料を上手く使ってレポートが書 けない」というようなものまで様々である。それぞれの問題 (problem) に対して「なぜ学 生の出席率が悪いのか」 「なぜ史料を上手く使ってレポートが書けないのか。史料の使い方 が分からないのか、レポートの書き方が分からないのか」というように教員自身が問い (researchable questions) を立て、リサーチを通してそれらを明らかにしていく。 Middendorf 教授はアセスメントとは 「学生が抱える問題が何なのかを明確にすることで ある」と述べている。 SOTLがこれまでの教授改善の活動と異なるのは、それを個人 (private) のレベルに終 わらせることなく、他の人とシェアし、公表し (become public)、コミュニティの所有物 (community property) とすることを特に重視している点にある(図表 3-5-3 参照)。 2 図表 3-5-3 From the Local to the Cosmopolitan 全国レベルで発表・出版 結果をシェア 他の人との協働 データ収集 問いを見つける (出典)Joan Middendorf 教授の現地講義配布資料より作成 図表 3-5-3 は、個人のリサーチから出発した活動が組織のサポートにより学内外のコミ ュニティで共有されていく過程が下から上へと教員主導で自主的に行われている様子を表 している。 特徴的な活動 IUB では学生の学習に関するアセスメントの手法として、 CATs (Classroom Assessment Techniques) という方法を教員に紹介している。例えば、授業の内容を一言で表し、なぜ その一言を選んだか理由を書く ”Word Journal” (一言日誌)や、よく理解できなかった ところを記す ”Muddiest Point”(よく分からなかった点)等、簡単にできるテクニックを 提示している。テストとは異なる方法で学生の学習状況を把握し、学期中に授業改善がで きるという特長がある。 2 第 2 章の 1. SOTL の理念を参照。 112 また、SOTLを支える要素として前述した “Community of Inquiry” には、教員や大学 院生が中心となり教育と学習に関するプロジェクトを行っている小さなコミュニティがい くつも存在する。特定の専門分野に関するプロジェクトもあれば、専門分野を超えた横断 的なプロジェクトもある(図表 3-5-4)。 3 図表 3-5-4 Sampling of Communities (出典)Joan Middendorf 教授の現地講義配布資料より 例えば、その中の” The History Learning Project”では、歴史学における学生の批判的思 考能力とライティング能力についてリサーチを行っている(図表 3-5-5)。 図表 3-5-5 The History Learning Project (出典)Joan Middendorf 教授の現地講義配布資料より 3 Middendorf 教授の現地講義配布資料。”Faculty Inquiry Communities at Indiana University” (http://www.indiana.edu/~teaching/communities/) 113 このリサーチでは、教員へのインタビューや学生への調査を実施し、歴史を学ぶ時に学 生は何が大切だと考えているのか、教員は歴史を学ぶ学生に対して何を期待しているのか といった問いを設定し、教員の期待と学生の実態にどのくらいギャップがあるかを明らか にした。このリサーチを通して、学生の学習の実態、身につけるべき能力、専門知識は何 なのかを教員たちは把握することができた。そして、授業改善はもとより、カリキュラム の見直しや歴史学に必要なスキルや能力の標準化を進めるのに欠かせない重要なリサーチ 結果を得た。 SOTL コミュニティの存在により、教室で行われる教員個人の教授活動が他の人の目に 触れ、話し合われ、研究されることで、教育の質に関わる重要な示唆を得ていることは注 目すべき点であろう。 4.SOTLの意義と課題 4 SOTLがIUBで受け入れられてきた一つの大きな要因として、SOTLがリサーチを基本と した教授改善の活動であるということが挙げられる。研究大学 (research university) であ るIUBにおいて、リサーチという手法は教員に受け入れられやすく、教員自身が興味と関心 を持って取り組めるコンセプトであり、手法だと言える。 5 従来のファカルティ・ディベ ロップメント(FD)は、FD担当者がリサーチを行い、よい教授法を教員に伝授するという ものであった。しかしこれは、教員のニーズに合わない古い手法であり、すでに魅力を失 っているのではないか。SOTLでは、教員が自分たちで進めていくという自主性を有してい る。それだけに教授改善に与えるインパクトも強いと言えるだろう。 しかし、SOTL は FD に関する新しい運動 (growing movement)といった側面が大きい ことも確かで、大学のマネジメントが直接関わっているものではなく、大学組織との関係 はかなり微妙なようだ。各デパートメントの SOTL に対する関心度は基本的に低く、アド ミニストレーターはどちらかというと個人のキャリア重視で、そのために新しい試みを行 うという傾向にあるという。大学も SOTL の成果物等を教員の報賞の対象にしていないの で、これに対しては SOTL 参加教員からシニカルな見方が出ているようだ。 George Rehrey 教授は、組織全体に対するインパクトを測るのは難しいとした上で、 SOTL は文化(Culture)を創り出すものであり、より繊細で有機的な形で見えてくるもの だと述べている。その文化を育てるために、コミュニティが必要であり、環境を整えるよ うな事務的サポートが大切なのである。SOTL が大学組織にサポートをされているというこ と自体が、教育 (Teaching) は真摯な研究の成果 (serious endeavor of research) だという 認識を生み出すと強く語った。 4 この項は、CIC の George Rehrey 教授、Joan Middendorf 教授への個別インタビューに基づきまとめたものである。 5 Middendorf 教授は SOTL の最大の特徴は ”Evidence-based good teaching” であると語っている。インディアナ大学 の他のキャンパスにおいては、授業評価を元に“よい教授”を選ぶ FACET (Faculty Colloquium on Excellence in Teaching)のような活動が盛んなところもあるとのことだが、IUB ではそういう活動は受け入れられにくいようだ。 114 5.まとめ 今回の現地調査を通して、IUB では教育改善に関わる様々な取組みが行われていること を学んだ。しかし、一つのものが劇的に効いているということではないし、これをすれば 全ての問題を解決できるということでもない。実際、現場ではそれぞれの取組みや活動が 他の活動との関連性をあまり持っておらず、それぞれの担当は自分が重要だと思う取組み に邁進しているという印象を受けた。ただ、IUB では教育改善に関する多様な活動が顕在 化しており、それぞれが実態を動かしているということが特筆すべき点であろう。 教授改善に関わる活動においては、活動を行う者が主導権を握って進めることに意義が あり、それを様々な形でサポートすることが重要であるとの認識に立っている。そこには、 大学が組織的に管理するとか、組織・体制ありきで進めるといった発想は見受けられなか った。 大学の教育改善という「質」の部分の改善に取り組むにあたっては、文化 (Culture) や 風土 (Climate) といったレベルで変革を促す必要があると、今回の調査を通して強く感じ た。その点において、SOTL は教授改善に関わる新しい文化や風土を生み出すエネルギーを 持った活動であり、日本の高等教育の現場にも有益な示唆をもたらすものであると言える だろう。 参考文献 Bass, R. (1999, February) The Scholarship of Teaching: What’s the Problem? Inventio, 1 (1). Department of Instructional Improvement and Instructional Technologies, George Mason University. Becker, W. & Andrews, M. (Eds.) (2004) The Scholarship of Teaching and Learning in Higher Education, Contributions of Research Universities. Bloomington: Indiana University Press. Diaz, A., Middendorf, J., Pace, D. & Shopkow, L. (2008, March) The History Learning Project: A Department “Decode” Its Students, The Journal of American History, p.1211-1224. Middendorf, J. & Pace, D. (2007) Easing Entry into the Scholarship of Teaching and Learning through Focused Assessments: The “Decoding the Disciplines” Approach. D. Robertson & L. Nilson (Eds.), To Improve the Academy: Resources for Faculty, Instructional and Organizational Development, 26. P.53-67. San Francisco: Jossey-Bass. McKinney, K. (2007) Enhancing Learning through the Scholarship of Teaching and Learning, The Challenges and Joys of Juggling. San Francisco: Jossey-Bass. 115
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