高泌乳牛の飼い方 - 福岡県畜産協会

平成15年度地域畜産総合支援体制整備事業
乳量1000キロアップに向けて
高泌乳牛の飼い方
平成16年3月
社団法人福岡県畜産協会
−目次−
Ⅰ. 福岡県酪農の現状
1. 乳牛、乳量
2. 平均産次数、分娩間隔
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P2)
Ⅱ. 高泌乳牛の飼い方
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P2)
1. 乾物摂取量と粗飼料の物理性
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P2)
2. 泌乳パターンに影響する要因
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P3)
3. 県内の事例調査に基づく「泌乳前期∼中期」の給与飼料と乳量・・・・・・・・・・・・・(P3)
4. 適期刈りのイタリアンライグラス
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P4)
5. 飼料給与法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P4)
6. 「周産期」の乳牛の飼い方
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P4)
7. 乾乳期の飼い方
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P5)
8. 泌乳初期の飼い方
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P6)
9. 給与飼料成分のガイドライン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P8)
Ⅲ. 高泌乳牛に多い疾病と対策
1. 乳房炎
2. 乳熱
3. 脂肪肝
4. ケトーシス
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P8)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P8)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P10)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P11)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P11)
Ⅳ. 自給粗飼料の重要性
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P12)
1. 乾物摂取量と粗飼料の繊維成分は負の相関関係がある ・・・・・・・・・・・・・・・(P12)
2. OCWとNDFの相互関係
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P12)
3. 給与飼料中に必要な繊維含量は
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P12)
4. 飼料作物の種類、生育ステージによる粗飼料の分類 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P13)
5. 生育ステージが進むほど繊維の消化性は低下 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P13)
6. 高TDN粗飼料を得るための草種品種と栽培法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P13)
7. 超極早生品種シワスアオバを利用した新しい長期多回刈り作付け体系 ・・・(P14)
8. 高品質粗飼料の調整技術
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P15)
1
Ⅰ.福岡県酪農の現状
1.乳牛、乳量
福岡県の乳牛の飼養頭数は、平成15年は24,000頭で、平成5年からの生乳計画生産の強化以降減少も、近
年下げ止まり傾向となっている。経産牛1頭当たりの年間乳量は、平成14年は県平均で7,929kg、牛群改良
検定農家で8,620kgとなり、優秀な種雄牛の選抜(後代検定)等により着実に向上している。
2.平均産次数、分娩間隔
平均産次数は、過去20年間2.7産から2.6産の間を推移し、あまり改善されていない。分娩間隔は、泌乳能
力の向上とともに長くなる傾向にあり、平成14年 は438(14.4ヶ月)で目標の395日(13ヶ月)よりも長く
なっている。
Ⅱ.高泌乳牛の飼い方
乳牛で必要な栄養分の大半は、ルーメン(第1胃)内の微生物発酵により揮発性脂肪酸(VFA)や微生物タンパ
ク質の形で供給されている。ルーメン発酵を安定的に維持するために、繊維質は不可欠である。ルーメン内の微
生物を保つには、濃厚飼料(澱粉・糖)と粗飼料(繊維質)のバランスが重要となる。
ポイント1;良質な粗飼料
品質は、サイレージでは発酵品質と栄養価、乾草では調製保存状態と栄養価により評価される。高泌乳時
は高品質の粗飼料を用いて、繊維割合の下限を維持する飼料構成とすることが高生産につながる。
ポイント2;バランス
飼料給与にあたっては、
TDN(エネルギー)やCP(粗タンパク質)だけでなく、
「ル−メンバイパス成分」
、
「粗飼料の物理的評価(デタ−ジェント分析、酵素分析、咀嚼時間)」、などを飼料設計に取り入れバラン
スの良い飼料構成にすることが重要になる。
ポイント3;乾物摂取量
泌乳能力が十分に発揮されない最大の要因は、採食量の制約である。泌乳牛の乾物摂取量(DMI)は一般
に体重の3∼4%で、乾物摂取量が1kg増加すると乳量は2kg増加するとされており、1乳期の乳生産を最
大にするためには、乳量が多くなる泌乳前期に採食量も多くなるよう飼養条件を整える。
【高泌乳牛の飼い方のポイント】
良質な粗飼料を、バランスよく組み合わせ、乾物摂取量を高めること。
1.乾物摂取量と粗飼料の物理性
粗飼料の効果は、ルーメンマットの形成により微
生物に十分な活動の場を与えるとともに、反芻によ
り唾液の分泌を促し、濃厚飼料による急激な発酵を
抑えて、ルーメン内のpH変動を小さくすることで
ある。通常、粗飼料の給与量が多ければ、乾物摂取
量は制限されるが、消化率の高い良質なものを給与
すれば、滞留する時間は短くなり、採食可能な空間
がルーメン内にできるために乾物摂取量が増加す
る。そして、泌乳期では乳量が増加し、乳成分率は
変わらないものの、乳成分量は多くなる。
2
2.泌乳パターンに影響する要因
泌乳パターンは、
分娩前後の栄養状態や給与飼料の栄養分によって大きく異なり、
年間産乳量が多い乳牛は、
分娩後の乳量の立ち上がりが早く、分娩後50∼60日で泌乳ピーク迎え、その後の乳量減少は緩やかである。
(分娩後の乳量の立ち上がりが悪い場合)
① 分娩時のボディコンディションスコア(BCS)が高く過肥。
② 乾乳後期(分娩直前の3週間)の飼養管理に問題があり、代謝病が発生している。
③ 分娩後の油脂レベルが高く採食量が伸びない。
(泌乳ピークが低い場合)
① 分娩時に痩せていることが原因。痩せている乳牛は、採食量や乳量の立ち上がりに問題は少なく、
分娩前後の代謝病の発生も少ないが、泌乳ピークが低くなりがちである。
(泌乳ピーク後の乳量が持続せず、乳量減少が急速な場合)
① エネルギー摂取の絶対量が不足している。
② エネルギーと粗タンパク質のバランスが悪く、ルーメン発酵に問題がある。
③ 繊維成分の品質(消化率)が悪いため、栄養分を十分に食い込んでいない。
3.県内の事例調査に基づく「泌乳前期∼中期」の給与飼料と乳量
ⅰ.TDN/CP充足比(NRC1989)は1.06前後
乳牛が十分に採食している飽食条件は、乾物摂取量の10∼15%が飼槽に残っている状態であり、十分量が
給与されなければ乳牛は能力を発揮できない。
NRC飼養標準(1989)に基づくと、1.06前後で乳量が多くなる傾向であった。
ⅱ.CP含量は16∼17%、TDN含量は72∼77%
泌乳前期や中期において、TDN含量が70%以下になると、高乳量の個体が少なくなる。また、TDN含
量が約72%以上になると、乳量は右肩上がりに増加する。これは泌乳前期では高エネルギー含量の飼料が乳
生産に有利ということを裏付けている。
TDN/CP含量比(TDN含量/CP含量)と乳量との関係では、4.5前後で高乳量の個体が多くなっており、
この結果とCP含量16∼17%で高乳量となることを基に、TDN含量を逆算すると72∼77%となる。
ⅲ.バイパスタンパク質率(UIP/CP)は35∼40%
バイパスタンパク質は、ルーメン内で消化されずに、第四胃以降の消化管内で消化・吸収されるタンパク
質である。給与飼料中のバイパスタンパク質率が40%を超すと、高乳量の個体が少なくなっており、高乳量
の個体はバイパスタンパク質率が35∼40%で多くなる傾向がある。
ⅳ.デンプン・糖等(NFC)含量は30∼36%
デンプン・糖の与え方は、繊維の消化を最大にするバランスを維持しながら、乳牛が必要とするエネルギ
ー給与を最大限にすることである。給与飼料中のNFC含量が30∼36%で高乳量の個体が多くなっている。
ⅴ.総繊維(NDF)含量は35∼40%
NDFは繊維の細胞壁そのもの、飼料の「ガサ」を表している。乾物摂取量を最大にする給与飼料中のN
DF含量は、粗飼料がイネ科牧草主体の場合は36%前後、アルファルファやコーンサイレージ主体の場合は
32∼33%とされている。
ⅵ.粗脂肪(EE)含量は3.0∼4.0%
給与飼料中の粗脂肪含量が5%以上に高くなると、ルーメン内の微生物が不活性化し、乳脂肪率や乳タン
パク質率や無脂固形分率が低下する恐れがある。粗脂肪含量が3∼4%の範囲であれば、乳量35kg以上の個
体は47%を占めるが、粗脂肪含量が4%を超すと34%と少なく、逆に3%未満であれば乳量35kg以上の個体
3
は21%と極端に減少する。
4.適期刈りのイタリアンライグラス
高泌乳牛の飼養においては、如何に多くのエサを食べさせるかということが第一で、給与する粗飼料は、嗜
好性が高く消化の良いものが理想。
刈り取り時期が出穂期と開花期のイタリアンライグラスサイレージでは、TDN含量やCP含量はもちろん
違うが、総繊維はNDF含量で約10ポイント、OCW含量で約14ポイント程度の差がある。出穂期刈りを用い
たTMRは、開花期刈りに比べて、乾物摂取量が1割程度増加し、乳量の比較では、乾物摂取量が1kg増加す
れば、乳量は2kg増加するといわれている。いくら飼料設計で給与飼料全体の栄養分を適正に調整しても、乾
物摂取量や乳量は粗飼料の品質に依るところが大きい。
5.飼料給与法
ⅰ.濃厚飼料の給与回数
エサの給与順序としてはまず、粗飼料を給与してルーメンマット形成した上で、濃厚飼料を給与する。給
与1回当たりの現物量は、ルーメン内の発酵状態を考え3∼4kg以下とする。1回当たりの給与量を4kgと
すると、1日に最低4回に分けて給与する必要があり、そのように給与を行えば、ルーメン内で栄養分が均
等に、持続的に供給できるが、給与回数がこれ以下であると、ルーメン内の発酵に異常が起きやすく、アシ
ドーシスや第四胃変位などの代謝病も発生しやすくなる。濃厚飼料給与の時間的間隔を3∼4時間あけるの
が理想。
ⅱ.1日の採食行動
乳牛が飼料を自由に採食できる条件下では、乳牛は1日の採食量のうち約半分ほどの乾物量(40∼53%)を
飼料給与直後の2時間以内に食べている。乳量40kg以上の乳牛では、飼料給与の直後だけでなく、それ以外
の時間帯でも比較的多くのエサを食べており、乳量が多い乳牛ほど1日の乾物摂取量は多くなる。高泌乳牛
の飼養管理においては、飼槽の掃き寄せを随時行い、常時、十分量を採食できる状態にしておくことが乳生
産の増大につながる。
6.「周産期」の乳牛の飼い方
乳牛の泌乳能力が向上するにつれて、「周産期」と呼ばれる乾乳後期から泌乳初期にいたる期間の飼養管理
が重要視されている。特に乾乳後期の栄養管理は、分娩後の乳生産や健康維持にとって非常に重要である。
前期 ・・・乾乳開始から【分娩】の3週間前まで
乾
乳
後期(クロース・アップ期)・・【分娩】直前の3週間
【分 娩】
泌乳初期 ・・・・・・・・・・【分娩】直後からの3週間
周産期(又は移行期)
【周産期は一体的に考える】
分娩後、順調な泌乳のスタ−トを切り、高泌乳を維持しつつ、しかも繁殖性を高める
ためには、乾乳後期から分娩を挟んで泌乳初期を一体とした飼養管理が重要。
ⅰ.クロース・アップ期
分娩後、すみやかに乳牛の食欲を回復させ、泌乳能力を十分に発揮させるには、泌乳期用の給与飼料に対
する事前の準備が必要で、このような準備を行う分娩直前の3週間をクロース・アップ期と呼ぶ。
クロース・アップ期に入る頃から、乳牛の食欲は減退し始める。そこで、栄養濃度を高めたエサを給与、
あるいは粗飼料と濃厚飼料を混合したり嗜好性を改善しながら採食量の維持を図り、エネルギ−及び粗タン
4
パク質の要求量を満たすことが必要。最終的な濃厚飼料の給与量は、体重の0.5∼0.75%程度。
ⅱ.痩せた牛は難産が多い
分娩時点でのボディコンディションスコア(BCS)は「3.5」が理想とされている。泌乳期の後半に痩せ
ている乳牛が乾乳に入り、乾乳期のBCSが「3.0」以下であると、難産が起きやすく、乳量の低下ばかり
でなく、分娩後の発情回帰日数が長くなる傾向がある。
ⅲ.太った牛は代謝病が心配
BCS「3.75」以上の過肥で乾乳を迎えると、分娩前後の代謝病(乳熱、ケト−シス、第四胃変位など)の
発生が多くなる。
ⅳ.ボディコンディション(BCS)のチェック
BCSによる栄養状態のチェックは、分娩予定100日前の頃に行い、その後乾乳までの間の栄養管理によっ
て目標のコンディションに調整する。
BCS「1.0」の増減は、体重に直すと50∼60kgに相当し、乾乳牛がいくら太っているからといって、乾乳
期にBCSを下げるようなことは行わない。胎児の発育に影響があるばかりでなく、痩せることにより、脂
肪肝やケトーシス発生の原因ともなる。
【乳牛は体の前から痩せてくる】
乳牛が痩せていく場合、体の前の方から痩せてきて、最後に座骨の脂肪が抜ける。
その後、骨の形(三角形)がはっきりとわかり、触ると直接骨に触ることができるよ
うであれば、それは危険なほど体重が減少していることを示している。
7.乾乳期の飼い方
ⅰ.乾乳前期はルーメンや乳腺細胞のリフレッシュ期間
乾乳期間が短いと、乾乳前の泌乳期間中に、濃厚飼料の多給で酷使したルーメンや乳腺細胞の十分な休息
や再生ができず、次の乳期の乳生産に影響する。乾乳期間が長いと過肥になりやすく、分娩前後に脂肪肝や
ケトーシスが発生しやすくなる。
仮に、乾乳期間を9週間とした場合、乾乳に入ってからの最初の6週間は、粗飼料主体の給与を行いルー
メンや乳腺細胞を休息(リフレッシュ)させる。
ⅱ.乾乳後期は泌乳開始に向けた助走期間
クロース・アップ期には十分な栄養分を給与する必要がある。給与飼料に対して、ルーメン内の微生物が
適応するためには少なくとも3週間を要する。また、ルーメンが分娩後の高栄養飼料を十分に消化・吸収で
きるようになるには5週間程度かかるため、分娩直前の3週間はできるだけ分娩後の泌乳期用の飼料構成に
近づけることが重要である。
ⅲ.周産期の乾物摂取量
分娩が近づくにつれて乾物摂取量は減少し、分娩前1∼2週間にはそれまでの乾物摂取量の90∼70%に減
少する。
ⅳ.分娩直前の食い込みが良いと・・・
分娩直前の乾物摂取量が多ければ多いほど、分娩直後の乾物摂取量は多くなり、分娩前の採食量が少ない
ほど、分娩後に脂肪肝やケトーシスの発生が増加する。分娩直前の3週間でエネルギー及び粗タンパク質の
給与量を増やすことにより、代謝病の発生を少なくすることができる。
5
ⅴ.分娩直前3週間の粗濃比は7:3
粗濃比9:1の粗濃比では、分娩直前の乳牛はエサの乾物すべてを食い込めず、分娩前の3週目頃から、
TDN摂取量も急速に減少する。一方、粗濃比5:5のエサでは、同様のエネルギーを充足できる乾物量は
約10kgで、この程度であれば分娩直前でも食べ残さず、分娩直前になってもTDN摂取量は減少しない。
そこで、分娩前3週目以前のTDN含量は56∼57%、分娩前2週目は60%程度、分娩直前の1週間は63%
程度。給与飼料のTDN含量が56∼57%であれば粗濃比は9:1で十分だが、60∼63%ならば7:3∼6:4
にまで粗濃比を変える必要がある。
8.泌乳初期の飼い方
泌乳初期の栄養管理では、不足しやすいエネルギー摂取量の早期回復を図ることが重要。西南暖地において
は、夏期の暑熱の影響により十分な栄養を採食できない期間が長期化するため、エネルギー及びビタミン・ミ
ネラルの増給を行うことも代謝病の発生予防、繁殖の向上にもつながり、生乳生産の増加をもたらす。
ⅰ.乾物摂取量が乳量を追いかける
分娩直後から泌乳ピークまでの間は、乳牛のエネルギーバランスがマイナスとなり、乳牛の体重は減少し
続ける。給与飼料の栄養分が要求量を満たせなかったり、採食量が十分でないと、高泌乳牛ほど体重の減少
は大きく、泌乳能力を十分に発揮できないばかりか、繁殖障害が多発する。
ⅱ.P/F比は0.8以上が目標
泌乳初期では乳脂肪率が高くなりやすく、乳タンパク質率は低下する傾向にある。乳タンパク質の原料と
なるアミノ酸は、主としてルーメン内の微生物タンパク質から供給されている。微生物タンパク質は、乳牛
が採食したエネルギーが多くなれば増加し、不足すると低下する。
このことから、泌乳初期においての乳タンパク質率(P)と乳脂肪率(F)との関係(P/F比)は、エネルギ
ー充足の状態を知るための目安となる。
【摂取エネルギーの絶対量が不足すれば発情が来ない】
分娩後にエネルギー不足が長く続き、体重の回復が遅れるほど繁殖性は悪くなる。
分娩後に体重の減少が止まるのはTDN充足率が95%前後の頃で、体重が回復し始
めるのは100%前後。エネルギーの絶対量の不足は、LH(黄体形成ホルモン)の分泌
を抑え、排卵障害や卵胞のう腫の原因となるうえ、LHの分泌が減少すれば、排卵
したとしても黄体の形成が十分でないため、プロジェステロン(黄体ホルモン)の分
泌量が少なく、受胎の可能性も低下する。
ⅲ.泌乳初期のTDN
1960年代の中頃から、米国で行われるようになったリードフィーディング飼養法は、分娩前後「周産期」
を一体的にとらえた飼養法である。高エネルギーの濃厚飼料の給与量が分娩前3∼4週で1日7kg以上にな
ると、分娩直後に下痢が多発し、採食量の減退、さらには食滞に陥りやすく、泌乳量の低下を招くため、分
娩直前の濃厚飼料の給与量は5kgが限度とされている。
分娩後に、
乾乳後期の飼料から泌乳期用飼料に移行する場合、
大切なのは分娩後5∼6週までの増給法で、
機械的な増給よりも個体の状態にあわせた給与が望ましい。濃厚飼料の給与量が1日に8kgに達したら数日
間様子を見るなどした後、分娩後5∼6週目以降に最高乳量に持っていくことで、体重の減少も緩やかで回
復が早く、初回発情日数や受胎率も良好となり、1乳期の乳生産にとっても繁殖性にも良好な結果が期待で
きる。
また、分娩直後の採食量が減退している乳牛に対しては、デンプン質を主体とした高エネルギー飼料を給
与することにより、エネルギー不足を補えば、1乳期の乳量や繁殖性が向上すると考えられる。
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【エネルギー源としてのデンプンの給与】
「周産期」の採食量が減退した状態でのエネルギー給与は、まず、デンプン質を
優先して考えることが必要。特に、分娩直後から泌乳ピークまでの期間は、乳量増
加によるエネルギー不足を補うために、体脂肪が血液中に溶けだす。この血液中の
遊離脂肪酸をエネルギーに変えるために、デンプン質の飼料が重要な役割を果たし
ているが、いくら不足しているからといって、脂肪酸カルシウムなどのサプリメン
トを給与すれば、さらに血液中の脂肪酸濃度を高め、脂肪肝やケトーシスの進行を
早めることにもなりかねない。
ⅳ.ビタミンの補給
反芻家畜では水溶性ビタミンは体内(ビタミンB群はルーメン内、ビタミンCは体内組織)で合成されてい
る。しかし、脂溶性ビタミンであるビタミンA、D、Eなどは合成されないため、補給が必要となる。通常、
ビタミンの欠乏は、疾病のような臨床症状(熱発、食欲不振など)を示すことはなく、限られた期間において、
繁殖障害の発生として認められることが多い。ビタミンA、D、Eやβ−カロテンは繁殖機能、ビタミンD
はカルシウム代謝と密接に関係し、ビタミンAとDの欠乏は繁殖機能だけでなく、免疫力の低下をもたらす
ことが明らかになっている。
【ビタミンAが不足すると・・・】
①.卵胞の発育、成熟が阻害される。
②.発情兆候が弱く、長くなる。
③.受精卵の着床が阻害される。
④.病原菌に対する抵抗性が低下し、乳房炎などにかかりやすくなる。
⑤.後産停滞が発生しやすくなる。
⑥.乳房にシコリが出やすくなる。
初生子牛には、ビタミンAの蓄積はほとんどない。生まれたばかりの子牛に対して速やかにビタミンAの
供給を行うため、初乳中にはビタミンAが通常の30∼100倍含まれている。
ビタミンAやE、β−カロテンは、分娩前1カ月頃から牛の血中濃度が低下しはじめ、補給がなければ、
初乳中への大量移行により、分娩後1週間以内に母体の蓄積量は底をつく。通常の生乳中には1kg当たり
1,200∼2,000IUのビタミンAが含まれているため、その量に見合うだけの量を補給する必要がある。粗飼料
がサイレージ主体である場合、生乳中への流失量を毎日添加物で補うと繁殖性の向上に効果があるが、乾草
主体の給与飼料ではそれ以上の補給が必要となる。
① 血漿中のビタミンA濃度が低いと、繁殖障害の発生率が高くなる。なお、繁殖障害としては卵胞
のう腫、排卵遅延、卵巣静止の発生が認められる。
② 血漿中のビタミンE濃度が低いと、胎盤停滞の発生率が高くなる。
③ 血漿中のβ−カロテン濃度は、不足と過剰の両方で繁殖障害の発生率が高くなっている。1頭当
たり500mg/日も投与すると、繁殖障害の発生率が高くなり、受胎率も低下することから、β−
カロテンの添加量は1頭当たり300mg/日程度が適当である。
【ビタミン・ミネラルの抗酸化作用】
乳牛が高乳量を維持するためには、多くの栄養分を必要とし、乳生産などに利用される過
程で、大量の酸素が消費される。体内で酸素が利用された際には、活性酸素が生成される。
活性酸素は、体膜を損傷したり、細胞機能に対して有害な作用を及ぼす。特に、高泌乳牛
は大量の活性酸素を生成し、繁殖性の低下や疾病の発生に直接あるいは間接的に悪影響を及
ぼす。このため、抗酸化作用を有するビタミンAやE、β−カロテン、微量ミネラル(銅、
亜鉛、マンガン、セレン)などの補給は、家畜の健康保持や繁殖機能の正常化にとって不可
欠である。
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9. 給与飼料成分のガイドライン
今までの試験研究成果を中心に、飼料給与時におけるエサの飼料構成や飼料給与成分について、高泌乳牛の
飼い方の目安になるようガイドラインとしてまとめた。
〔乾乳期前 ・ 乾乳後期〕
分娩直前3週間
乾物摂取量 : 体重の2%・ 1.5∼2%
乾物粗飼料率: 90% ・ 70%
養分含量CP: 12% ・ 14∼15%
〃 UIP: 30∼32% ・ 35∼38%
〃 TDN: 57∼60% ・ 61∼67%
〃 NDF: 50∼55% ・ 40∼45%
【分娩】 〔泌乳前期 ・ 中期 ・ 後期 〕
109日まで 219日まで 220日以降
【分娩】
体 重 の 4.5 ∼ 3%
〃
40% ・ 50% ・ 60%
〃
17∼16% ・16∼14% ・ 14∼12%
〃
40
∼
35%
〃
77∼75% ・75∼72% ・ 72∼69%
〃
33∼35% ・35∼38% ・ 38∼40%
参考資料:1)乳牛の分娩前後の飼養法に関する研究(1980∼1995)、福岡農総試・茨城畜試他9場所全国協定研究報告書.
2)混合飼料給与による泌乳前期のホルスタイン種乳牛の乾物摂取量、早坂貴代史ら、日畜会報(1989)
3)高泌乳時の乳牛の乾物摂取量と養分要求量、早坂貴代史(北農試研究資料1994)
4)ホルスタイン種泌乳牛における乾物摂取量の問題点と影響要因、早坂貴代史ら畜産の研究(1994)
5)完全混合飼料給与におけるホルスタイン種泌乳牛の乾物摂取量と養分含量に関する研究、早坂貴代史(北農試研報1997)
6)高泌乳牛の多頭数飼養技術の実際、高野信雄(酪総研選書2003)
7)日本飼養標準(1999)
8)NRC飼養標準(1989、2001)
Ⅲ.高泌乳牛に多い疾病と対策
1.乳房炎
健康な生乳の基準としては、体細胞数20万(初産牛は10万)/ml以下が正常値であり、30万以上の場合には
炎症が存在すると考えられている。1乳房でも乳房炎が発生すると、その乳期の乳量は10∼12%減少すると
いう報告があり、また、北海道の試算によると、乳量損失、乳質変化、薬剤費などで年間270万円の乳房炎
損害が見積もられている。特に、臨床症状(浮腫、発赤、腫脹、ブツや水溶性乳汁)が見られない潜在性乳房
炎による乳量・乳質の低下で損害は80%を超え、生乳1kg当たり10円の損失を生じると計算されている。
ⅰ.乳頭刺激とオキシトシン
乳房内にある乳の約60%は、乳腺とそれにつらなる小乳管に貯蔵され、残りの40%は、大乳管と乳房乳槽
に貯蔵されている。完全かつ迅速な搾乳では、乳腺に貯蔵されている乳をすみやかに下降させることが必要。
そのためには、
① 乳頭に(乳房ではない)適切な刺激を与え、
② 刺激により、脳下垂体からオキシトシンが血液中に放出され、
③ オキシトシンによって乳腺細胞の筋線維が収縮し、
④ 乳腺内などに貯蔵されている乳が下降する。
といった一連のことが、スムーズに進行する必要がある。
乳頭に刺激を与えてから、オキシトシンが放出されるまでの時間はだいたい30秒程度、1分後にはオキシ
トシンの血液中濃度は最大になり、その直後から急に減少する。泌乳初期では乳頭への刺激は約20秒間だが
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が、泌乳中期以降ではやや長く30秒程度の刺激がよいとされる。乳頭への十分な刺激がないと、オキシトシ
ン濃度の上昇が緩やかで、時間当たりの搾乳量(搾乳速度kg/分)が少なく、搾乳時間が長くなる。最大の乳
量を最も早く、乳腺細胞にあまり負担がかからないように搾乳するためには、ティートカップの装着タイミ
ングを、乳頭に対する刺激開始後「1分程度」とする。
ⅱ.乳頭槽内にある前乳は・・・
乳房炎の発生原因となる病原菌は、乳体などのいたるところに存在しており、乳房炎菌は、搾乳の最後の
方か、搾乳と次の搾乳との間に乳頭槽内に入り込む。しかし、乳房炎菌が乳頭槽の中に入り込んですぐに乳
房炎が発生するわけではなく、次の搾乳の時に、何らかの理由で乳腺にまで侵入することである。
乳腺に侵入した細菌は毒素を生産し、乳房の腫脹や乳腺細胞の破壊を引き起こす。破壊された乳腺細胞か
らは毛細血管の透過性を高める物質が放出され、細菌を捕食する白血球が乳腺に入り、細菌を攻撃し始める
が、白血球の数が少ないと、それも細菌の毒素により破壊されてしまう。これにより放出される物質も乳腺
細胞を損傷する。そして、損傷を受けた組織に細菌、毒素、白血球が集まることにより生じた物質が、健康
な乳腺細胞をも休止状態にし、乳生産が行われなくなる。
前搾りを行う前に、乳房を洗ったりマッサージを行ったり、あるいは乳頭を拭いたりすると、乳頭槽内の
乳房炎菌を上方に移動させ、乳腺に侵入する機会を高めることになる。
ⅲ.搾り残し
機械による「後搾り(マシンストリッピング)」を省略した場合でも、乳房炎の発生や乳量、乳成分に影響
は認められていない。従って、「後搾り」を省略して、搾乳作業の簡素化、合理化を進めることに問題はな
いが、分房に臨床症状がある場合には、搾り残しがあると治療効果が上がらない傾向がある。このような分
房については「後搾り」は行うことが必要。
ⅳ.過搾乳
ミルカー搾りで乳の流出が終了したと思われる時点から、「後搾り」を行った場合の乳量、乳質等が調査
され、その結果、乳量及び乳成分(乳脂率、SNF率)には「後搾り」の影響はほとんど認められない。し
かし、CMT(PLテスト)陽性分房数において「後搾り」した乳牛は、していない乳牛に比べ、また、6
分間の「後搾り」は3分間に比べてCMT陽性率が高くなり、「後搾り」の乳房炎発生をもたらす危険性が
指摘されている。
ⅴ.ディッピング
ディッピングには、「搾乳前のプレディッピング」と「搾乳後のポストディッピング」がある。「プレデ
ィピング」は乳頭に付着した乳房炎菌などが生乳に混入し、バルク乳の汚染を防止するために行われ始め、
「ポストディッピング」はミルカーなどによる微細な乳頭の傷を薬物によってコ−ト(乳頭表面の被覆、保
護)し、併せて付着した細菌を殺菌消毒するのが目的である。ポストディピング剤は殺菌性が高く、粘着性
のあるもの(ヨード剤3%以上)が望ましい。
【ブツ(凝固物)】
乳房炎になると乳腺細胞周辺にある毛細血管の透過性が高まり、乳房炎菌を捕食
する白血球が乳腺内に入り、血漿成分である凝固作用タンパク質(フィブリノゲン)
も乳腺に入ってくる。そして、体細胞や細菌の固まりカゼインなどが沈殿して凝固
したものがブツである。
小乳管の組織が炎症により肥厚して繊維性の組織を形成すると、乳の排出に障害
を起こしてブツが貯留される。白血球により細菌が駆除され、小乳管の炎症がおさ
まり元に戻ると、一両日中にブツは収縮して乳槽に流れていき、次の搾乳で排出さ
れることになる。
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2.乳熱
ⅰ.産次が進むほど乳熱が発生しやすい
カルシウムは、筋肉の収縮や神経系の制御に働
いている。乳牛では、分娩後24時間以内の初乳中
に含まれるカルシウムの総量は、25∼30g、リン
は20∼25gに達する。このため分娩直後の乳牛は、
速やかに消化管からのカルシウムやリンの吸収
量を増加させるか、骨に貯蔵されているものを利
用する必要があるが、一時的にしろ血液中のカル
シウムやリンの濃度が低下することは避けられ
ない。分娩前後における血液中のミネラル濃度の
変化は、分娩直後のカルシウム及びリンの濃度低
下は、産次が進むほど大きくなる。また、初産牛
は経産牛に比べて、分娩前後における血液中のマ
グネシウム濃度がかなり低いとされるため、特に
乳量が増加する3産以上の乳牛では「乳熱」が発
生しやすく、成長過程の初産牛では「低マグネシ
ウム血症」が発生しやすくなる。
ⅱ.カリウム含量の高い粗飼料が乳熱の原因
ミネラルのなかでもKとNaは消化管から吸収されやすく、過剰に吸収されたものは尿中に速やかに排泄
される特徴を持っている。暑熱環境下では、KやNaは、泌乳牛に給与する緩衝剤(重炭酸K、重炭酸Na)
として利用され、ルーメン内のpHの適正化だけでなく、体液のpHや体内代謝機能の適正化も加えて、乳
量及び乳成分の低下防止に貢献している。しかし、K含量の多い飼料を給与すると、血液中のCa濃度をコ
ントロールしている副甲状腺ホルモンの働きが低下するとされ、また、給与飼料中のKとMgは、ルーメン
内の同じ部位から吸収されるため、給与飼料中にKが多いとMgの吸収が少なくなり、低マグネシウム血症
が発生しやすくなる。
血液中のMgは、ビタミンDや副甲状腺ホルモンとともに、骨から血液中へのカルシウムの溶け出しに係
わっている。乳熱予防に関しては、カルシウムやリンに留意するだけでなく、マグネシウムの要求量を満た
すことも重要。低マグネシウム血症の発生を防止するには、給与飼料中のK/(Ca+Mg)当量比を1.8∼
2.2以下にすることが提唱されている。
【陽イオン・陰イオンバランス(DCAD)】
乾乳期に、カリウムやナトリウムを多く含む飼料を給与していると、体液はアル
カリの方に傾いて、消化管からのカルシウムの吸収や骨からの溶けだしが抑制され
る。この状態のままで分娩を迎えると、分娩直後からの初乳中へのカルシウム排出
に対応できなくなり、乳熱が発生する。そこで、乾乳後期に、給与飼料中に陰イオ
ン塩(塩素、イオウを含む塩)を添加することで、血液中のカルシウム濃度を上昇さ
せる技術がイオンバランス調節である。これは、血液のpHが変わるほどではなく、
尿のpHを酸性側に傾ける程度にすることが推奨されているが、嗜好性の悪いもの
が多いために、採食量が減退する問題を抱えている。
ⅲ.粗飼料中の望ましいカリウム含量は2%以下
陽イオン・陰イオンバランス(DCAD)の計算式は、DCAD=(K+Na)−(Cl+S)が用いられ、乳
熱の発生予防には、この値を0からマイナスに調整することが求められる。
通常の給与飼料の場合、乾物1kg当たり200∼300ミリ当量程度だが、この値は粗飼料中のカリウム含量に
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よって大きく左右される。粗飼料の含量が高くなるほど、DCADの調整には、より多くの陰イオン塩添加
剤(硫酸KCa、塩化Ca、塩化Mgなど)を必要とし、嗜好性が益々悪くなりかねない。したがって陰イオ
ン塩は、高カリウム含量の粗飼料しか給与できない場合、乳熱が発生しやすい経産牛にのみ添加することが
望ましい。陽イオン・陰イオンバランスの考え方に基づくと乾乳後期には、カリウム含量2%以下の粗飼料
を給与し、給与飼料全体のカリウム含量をできるだけ低減する飼料構成 (粗濃比7:3∼6:4)とすることが
必要。
ⅳ.分娩直後のカルシウム補給
CaやP(リン)が消化管から吸収されたり、骨から血液中に溶けだしたりする際、ビタミンDや副甲状腺ホ
ルモンが作用しているため、分娩前の乳熱予防対策として、ビタミンD投与が有効。
分娩前にCa給与量を制限することは、乳熱予防に効果があるとされているが、その量は15g/日以下で
ある。これまでCa50g/日以下、P30g/日以下に制限する方法が、乳熱予防法として行われている。NR
C(2001)は否定的だが、現段階では乾乳後期にCaとPの給与量を、前述のように制限するこれまでのやり
方は継続すべき。また、分娩の2時間以内に、Caとして50gを給与し、最初の投与後12時間目に2回目の
給与(50g)を行うことは、乳熱予防のために有効と考えられる。
3.脂肪肝
ⅰ.乾物摂取量(DMI)の減少に続く脂肪肝
泌乳初期において、乳牛は採食量が減退してエ
ネルギー不足の状態に陥る。この時、不足するエ
ネルギーは体脂肪が血液中に溶け出すことによ
り補われている。この溶けだした体脂肪(遊離脂
肪酸:FFA)は体の維持や、泌乳中であれば乳
脂肪の生産に利用され、余剰の脂肪酸は肝臓に蓄
積されていく。脂肪肝が進行して行くと、肝臓で
のグルコース生産能が低下し、血液中の濃度低下
に反応してインスリンの分泌が減少した結果、エ
ネルギーが足りないという指令が脳に送られる。
体脂肪がさらに血液中に溶けだし、乳牛は益々痩
せ、脂肪肝がさらに進行する悪循環に陥る。
ⅱ.泌乳初期の乳脂肪率と脂肪肝
乳脂肪率は、繊維の採食量が不足すると低下する。しかし、泌乳初期の採食量が減退した状態では、血液
中に体脂肪から溶けだした遊離脂肪酸が増加し、これが乳脂肪生成の原料となるため、乳脂肪率は高くなる。
ただし、乳脂肪率5.5%以上といった異常に高い値であると、重度の脂肪肝に陥っている状態と考えられる。
4.ケトーシス
ⅰ.燃えない脂肪で体がくすぶるケトーシス
ケトーシスは、肝臓での脂質や糖質の代謝不全により、血液中のケトン体が異常に増加した状態。血液中
に体脂肪から溶けだした遊離脂肪酸が増加し、肝臓で処理できなくなるとケトン体が生成。強い酸性物質で、
特にアセトンは中枢神経系に対して有毒な作用を持ち、食欲や反芻が減退し、重症の場合には食欲や反芻が
廃絶し、痙攣などの神経症状を呈す。
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ⅱ.エネルギー変換からみたケトーシス
体脂肪から血液中に溶けだした遊離脂肪酸は、肝臓でアセチルCoA(活性酢酸)に変換される。このアセ
チルCoAは、クエン酸になり、さらに、このクエン酸がオキザロ酢酸に帰る過程(クエン酸回路)でエネル
ギー(ATP)が発生する。採食量の減退が長期化すると、アセチルCoAが過剰となって、肝臓に脂肪酸と
して蓄積し、ケトン体の増加をもたらし「体がくすぶり続ける」状態に陥る。なお、これらの予防として用
いられているプロピレングリコールは、ルーメン壁から速やかに吸収され、投与後10分程度で血液中のグル
コース濃度が上昇。このような即効性のグルコース補給は、遊離脂肪酸からクエン酸にいたる流れをスムー
ズにする効果を持つ。
Ⅳ.自給粗飼料の重要性
高泌乳牛を飼養するためには,いかに多くの飼料や栄養素を摂取させるかがポイントとなる。このため、高
TDN粗飼料を利用すると、濃厚飼料と組み合わせの自由度が高くなり、飼料設計が容易になるメリットがあ
る。自給粗飼料は、栽培や刈取り調製方法に留意すれば高TDN粗飼料を収穫することが比較的容易。養分に
富む高TDN粗飼料であれば、体を維持した上で1日10kg程度の搾乳を行うための養分を粗飼料のみから摂
取することが可能。(例:イタリアンライグラス、トウモロコシ等)
1.乾物摂取量と粗飼料の繊維成分は負の相関
泌乳牛の乾物摂取量と粗飼料の繊維成分には高い負の相関関係がある。一般に飼料の成分分析では、植物
の細胞は細胞内容物質と細胞壁に分けられ、細胞内容物質の有機物部分はOCC(細胞内物質)、細胞壁の
有機物部分はOCW(総繊維)またはNDF(中生デタージェント繊維)に分類される。OCWは酵素処理
により粗飼料の細胞内容物質を抽出した残差であり、NDFは中性の合成洗剤(界面活性剤)処理により細
胞内容物質を除去したもの。また、OCWは酵素処理によりさらに、Oa(高消化性繊維:OCW中のセル
ラーゼ可溶部分)とOb(低消化性繊維:OCW中のセルラーゼ不溶部分)に分けられる。OCWやNDF
含量は乾物摂取量および飼料の見かけの消化率と負の相関がある。
2.OCWとNDFの相互関係
OCWとNDFともに反芻家畜の乾物摂取量の指標として用いられる。飼料中のOCWとNDFの含量を
比較では、一般にOCW含量の方がNDFよりやや高い値を示す。これは、NDFで処理をすると、細胞壁
中のムコ多糖類が流出するため。粗飼料ではOCWとNDF含量の差は小さいが、ビートパルプや一部の製
造副産物等では差が生じることがある。
OCWとNDFには正の相関があり、次の換算式によりOCWからNDFを推定することが出来る。
OCWとNDF含量の相互関係
イネ科ホールクロップサイレージ・ワラ類
・・・・・・NDF=0.932×OCW+3.4(n=44,r=0.985)
アルファルファ・・・・・・NDF=1.060×OCW−10.4(n=8,r=0.932)
配合飼料・・・・・・・・・NDF=0.708×OCW+2.9(n=10,r=0.937)
飼料イネホールクロップサイレージ・・・・・NDF=1.000×OCW−0.4
3.給与飼料中に必要な繊維含量
泌乳初期の採食量が低い時期にOCW含量を抑え乾物摂取量を上げ養分摂取量を増すことは,早期の体
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重回復,採食量の増加,最高泌乳に達する日数の短縮,乳量増加等に効果がある。しかし、乳量はOCW含
量が減少するとともに増加するが,乳脂肪率は低下していく。
NRC飼養標準では分娩後3 週間の牛には最低NDF28%が推奨され,日量16∼24kgを生産する牛には
NDF34∼38%が最適としている。(ただし,飼料中のNDFの75%は粗飼料から供給すること)高泌乳牛
への給与飼料における粗繊維(CF)含量は16∼17%以上、NDFは35%、ADF19∼20%、CP16∼17%、
TDN75%以上が推奨されている。
4.飼料作物の種類、生育ステージによる粗飼料の分類
繊維成分は牛のルーメン性状を正常に保ち、乳脂率を確保する上で重要な成分。飼料の繊維は、ルーメン
内で速やかに分解する濃厚飼料的性質を持つOaと、緩やかに分解するObにより構成されている。飼料給
与設計において飼料の組み合わせを考えるとき、ルーメン性状を正常に維持するためには、繊維の消化速度
も影響してくるので、OaとObの割合についても考慮する必要がある。
5.生育ステージが進むほど繊維の消化性は低下
イタリアンライグラスサイレージは生育の進行にともない、繊維の消化性(Oa/OCW)は低下する。
ホールクロップタイプのトウモロコシサイレージは、子実の充実に伴い、繊維成分割合は減少する。乳熟期
から黄熟期のトウモロコシサイレージは栄養生長を終了し、茎部は植物体を支える支柱として完成された時
期。繊維の消化性はイタリアンライグラスの結実期なみとなる。
6.高TDN粗飼料を得るための草種品種と栽培法
(1)イタリアンライグラス
イタリアンライグラスは栽培し易く、適期に刈れば消化性の良い高品質な粗飼料に調製することが可能。
(水田裏作に最適な作物)土壌適応範囲は広く、弱酸性の肥沃土壌で高い生産性をあげられ、再生力は強く、
安定的に生産量を確保できる作物である。
1) 品種の選定
夏作のトウモロコシを主体とした作付体系や水田裏作の場合、収穫期が早い極早生種か早生種を利用
する。年間作付体系の中でこれを主体とする場合や永年牧草地への追播には、長期間生育旺盛で耐暑性
の高い中・晩生種が適す。(9月中∼10月上旬に播種すれば年内出穂する超極早生種も販売されている)
2) 栽培法
ア. 播種期
イ. 播種量
ウ. 播種法
エ. 収穫期
9月中旬∼10下旬
2∼3kg/10a(水田立毛播 3∼4kg/10a、4倍体 3∼4kg/10a)
散播
超極早生 1番刈 12月上旬
2番刈 4月上旬
(9月中∼10月上旬播種の場合)
極早生
〃
4月上旬
〃
5月中旬
早生
〃
4月中旬
〃
5月下旬
中生
〃
4月中∼下旬
〃
5月下旬
晩生
〃
5月上∼中旬
〃
6月上旬
オ. 施肥量 基肥
N:P2O5:K2O=10:10:10kg/10a
早春追肥 N:K2O=7:7kg/10a(1∼2月)
追肥
N:K2O=7:7kg/10a (刈取後1週間以内)
カ. その他
①水田立毛播は、落水後1週間以内に行う。
(留意点)
②耕起播種は、播種後十分に鎮圧をする。
③刈取りは出穂始め∼出穂期とする
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(2)トウモロコシ
耐湿性が弱く排水不良圃場には適さないが土壌適応性は広く、特徴として深根性で、窒素肥料による増収
効果が高い。乾物収量が高く、単位面積あたり高収量を上げることが出来るが、連作すると、収量の低下や
病害虫の発生が起こり易くなるので、堆肥の適正施用や、耐病性品種の導入、他作物との輪作体系の導入等
の対策が有効。
1) 品種の選定
品種は市販のものでも60種類以上と大変多く、早晩性、耐病性等が異なっている。品種の選定にあた
っては年間作付体系を考慮して、作付期間、栽培条件に合った品種を選定する。
2) 栽培法
4月上旬∼5月下旬
ア. 播種期 標準栽培
2期作栽培 1作目 3月下旬∼4月中旬
2作目 7月25日∼8月5日
イ. 播種量 2∼3kg/10a(品種、播種法により異なる)
ウ. 播種法 点播
6,061本/10a:75×22㎝
6,667本/10a:75×20㎝
7,143本/10a:70×20㎝
エ. 収穫期 早中生
7月下旬∼9月中旬、中生 8月中旬∼9月中旬
中晩生
8月中旬∼9月中旬、晩生 8月中旬∼9月下旬
夏播き用 11月中旬∼下旬
N:P2O5:K2O=10:10:10kg/10a
オ. 施肥量 基肥
追肥(5∼7葉期) N:K2O=7:7kg/10a
カ. その他 ①湿害に弱いので排水の良い圃場を選び、施肥は2回に分け、畑でも地表水の
(留意点) 排水に努める。
②簡易作溝栽培は省力的で排水にも有効。
③酸性の影響を受けやすい。苦土石灰を施用し、pH6.2∼7.0に酸度矯正する。
④生育後期まで肥料切れのないように、きゅう肥を3t程度施用。
⑤極力早めに播種し、覆土及び鎮圧を励行。
⑥雑草防除のため、除草剤を散布。
⑦鳥害対策に忌避剤、防鳥ネット等を利用。
⑧トウモロコシ2期作の場合、8月上旬までに播種。
⑨収穫は黄熟期とし、10∼20㎜に細断してサイレージ調製を行う。
7.超極早生品種シワスアオバを利用した新しい長期多回刈り作付体系
イタリアンライグラスは、特性の異なる2つの品種を混播して、長期利用と高収量化を両立させる栽培方
法が考えられ、出穂の早い品種と遅い品種を組み合わせると長期利用に適す。(出穂の早い品種としては、
出穂期が非常に早く、年内収穫も可能な超極早生品種「シワスアオバ」、出穂の遅い品種としては、晩生種
アキアオバが最も長期利用が可能で収量の高い品種)この2品種を混播することで長期多回刈り利用が可能
となるが、夏季の暑熱期はイタリアンライグラスが枯れて収穫できない時期が発生する。このため高品質牧
草としてギニアグラス「ナツコマキ」を組み合わせた作付け体系が考えられる。次の2つの体系が考えられ
る。
A体系では、10月下旬にシワスアオバとアキアオバを混播し翌年春に3回刈り取り、利用。その後、ギ
ニアグラス「ナツコマキ」を播種し2回刈りする体系である。また、B体系は9月下旬にシワスアオバとア
キアオバを混播し、年内に1回、翌年に3回刈り取り利用する4回刈り取り体系である。この場合、夏のギ
ニアグラス「ナツコマキ」は栽培期間が短いことから1回刈り取り利用となる。収量はA体系が多くなりま
すが、飼料品質はシワスアオバが高TDNであるため、B体系のほうが高くなる。
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A. 冬作3回刈+夏作2回刈体系(シワスアオバ・アキアオバ混播+ナツコマキ)
シワスアオバ・アキアオバ
ナツコマキ
シワスアオバ・アキアオバ
─────────×──×──×○──×──× ○────
┼─┼──┼─┼──┼─┼──┼─┼──┼─┼──┼─┼─
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12月
(○:播種 ×:刈取)
B. 冬作4回刈+夏作1回刈体系(シワスアオバ・アキアオバ混播+ナツコマキ)
シワスアオバ・アキアオバ
ナツコマキ
シワスアオバ・アキアオバ
────────×──×──×○──×○─────×
┼──┼─┼──┼─┼──┼─┼──┼─┼──┼─┼──┼
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12月
新しいイタリアンライグラス混播作付体系
8.高品質粗飼料の調製技術
(1)牧草の調製は、予乾サイレージやラップサイレージで
飼料作物の調製方法には乾草調製、サイレージ調製等があるが、高TDN粗飼料調製のために、イタリア
ンライグラス、ギニアグラス等を若刈りした場合は高水分となり、乾草調製には適さない。また、サイレー
ジの場合でも、高水分のため無予乾で良質の製品を得るのは困難。このため、サイレージ調製に適した水分
まで予乾して、予乾サイレージやラップサイレージに仕向けるのが最も適した調製法である。
(2)予乾サイレージ体系
牧草を刈取り後予乾して調製する体系で、材料草のサイレージ適性が向上し、運搬効率が向上する利点が
あるが、材料草の細断、踏圧、加重、密封を十分に行うことが必要。特に、サイレージ適性の低い暖地型牧
草についてはこの体系が有効。刈り取り時のモアコンディショナ利用は、茎部の乾燥速度を速めて調製時間
を短縮するのに有効である。
(3)ラップサイレージ体系
牧草を刈取り後予乾してロールベーラで梱包し、ベールラッパを用いてストレッチフィルムで被覆するこ
とにより、サイレージ調製を行う体系。少人数・省力作業が可能で、固定式サイロを必要としない等の利点
があるが、ストレッチフィルムが破損した場合は腐敗や火災の恐れがあるため、密封に留意することが重要。
ギニアグラスやスーダングラスのような茎の硬化しやすい材料草でも、若刈りすればこの体系にも適す。刈
り取時のモアコンディショナ利用は、茎部を圧砕するため、乾燥速度を速めるとともにストレッッチフィル
ムの破損防止にも有効。
【ラップサイレージ調製の基本原則】
①材料草は1∼2日予乾し、水分含有率50%以下で調製。
②材料草は適期に収穫した良質のものを使用。
③密度が高く、形の整ったロールベールを作る。
④梱包後は早期に密封(3時間以内)し、気密性を保持。
⑤ラップフィルムは性能の良い白色ストレッチフィルムを使用し2回4層巻き以上。
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