判例評釈 労働契約上の安全配慮義務違反による 損害賠償請求訴訟と弁護士費用 (最高裁判所平成 24 年 2 月 24 日第二小法廷判決、 平成 23 年(受)第 1039 号[裁判集民事 240 号 111 頁] ) 小林 孝一 第 1 事案の概要 1 本件は、就労中に事故に遭って負傷した労働者である上告人が、使用 者である被上告人の債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為によって 上記事故が発生した旨主張して、被上告人に対し、損害賠償を求めた事案で ある。 労働者が、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損 害賠償を請求するため、訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁 護士に委任した場合に、その弁護士費用が上記安全配慮義務違反と相当因果 関係に立つ損害といえるか否かが争点となっている。(不法行為に基づく損 害賠償請求は、原審で否定されている。) なお、上告人は、上告人の請求を一部棄却した原判決に対し、弁護士費用 として 190 万円及びこれに対する遅延損害金を求める限度で不服申立てをす るものである。 2 原審の確定した事実関係の概要及び法律構成等は、次のとおりである。 (1)被上告人(使用者)は、屑類製鋼原料の売買等を目的とする株式会社 である。上告人(労働者)は、平成 13 年 3 月に被上告人に雇用され、 平成 18 年 4 月頃から、チタン事業部に所属していた。 (2)上告人は、平成 18 年 11 月、チタン事業部の工場に設置されていた 400t プレス機械(以下「本件プレス機」という。)を操作し、チタン材 のプレス作業に従事していたところ、本件プレス機に両手を挟まれ、両 手指挫滅創の傷害を負い、両手の親指を除く各 4 指を失うという事故に ― 33 ― 関東学院法学 第 25 巻 第 1・2 号 遭った。 (3)被上告人は、上告人の使用者として、労働契約上、本件プレス機に安 全装置を設けて作業者の手がプレス板に挟まれる事故を確実に回避する 措置を採るべき義務、及び本件プレス機を使用する際の具体的な注意を 上告人に与えるべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、そ の結果、(2)の事故が生じた。 (4)上告人は、訴訟追行を弁護士に委任した上、債務不履行(安全配慮義 務違反)又は不法行為を原因として本件訴えを提起した(選択的併合) 。 上告人は、原審において、本件安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ 損害の賠償として、5913 万 1878 円(うち弁護士費用 530 万円)及び遅 延損害金を請求していた。 第 2 原審の判断1) 大阪高裁は、不法行為に基づく請求は認めずに、1876 万 5436 円及び遅延 損害金の限度で債務不履行に基づく損害賠償請求を認容したものの、弁護士 費用の請求の主張は失当であると判断して、これを棄却した。(特段の理由 は記載がないので、債務不履行に基づく損害賠償では、当然に弁護士費用を )(下線は筆者) 損害とすることはできないとの立場であろうと解される。 第 3 本最高裁判決の判断 弁護士費用の請求を棄却した原審の判断は、是認することができない。そ の理由は、次のとおりである。 労働者が、就労中の事故等につき、使用者に対し、その安全配慮義務違反 を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には、不法行為に 基づく損害賠償を請求する場合と同様、その労働者において、具体的事案に 応じ、損害の発生及びその額のみならず、使用者の安全配慮義務の内容を特 定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって (最高裁昭和 56 年 2 月 16 日第二小法廷判決・民集 35 巻 1 号 56 頁参照)、労 1) 金融・商事判例 1388 号 34 頁、 LEX/DB インターネット・25480564 ― 34 ― 労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟と弁護士費用 働者が主張立証すべき事実は、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と ほとんど変わるところがない。そうすると、使用者の安全配慮義務違反を理 由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は、労働者がこれを訴訟上行使 するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類 型に属する請求権であるということができる。 したがって、労働者が、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履 行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴 訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求 額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内 のものに限り、上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべき である(最高裁昭和 44 年 2 月 27 日第一小法廷判決・民集 23 巻 2 号 441 頁 参照)。 以上によれば、原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな 法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中、債務不履行に基づく損害 賠償請求のうち弁護士費用に関する部分につき、190 万円及びこれに対する 訴状送達の日の翌日から支払済みまで年 5 分の割合による金員の請求を棄却 した部分は、破棄を免れない。そして、弁護士費用の額について審理を尽く させるため、同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。(下線は筆者) 第 4 検討(関連の判例等を含む) 1 本判決の問題点 本判決は、民事訴訟制度の根幹にも係わる問題も含め、多くの問題点を有 している。2)主なものを以下に列挙する。 (1)安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権と不法行為による損害賠償 2) 本判決が多くの実務家、研究者等に注目される重要な判断を明示したにもかかわ らず、最高裁判所民事判例集には登載されず、最高裁調査官による本来の判例解 説も公表されないのは、重要な問題点について、本判決が未だ解釈指針を示すに は至っていないとの判断がなされたとも考えられる。そして、現在でも、民事訴 訟のコストの重要性が理解されつつあるにもかかわらず、明確な解釈指針が確立 されていないことは、後記のとおりである。 ― 35 ― 関東学院法学 第 25 巻 第 1・2 号 請求権の、要件及び効果等の差異は何か。 (2)本判決が示した判断基準である「弁護士に委任しなければ十分な訴訟 活動が困難な類型に属する請求権」とは何か。 (3)不法行為に基づく損害賠償請求訴訟は、常に、前記の困難な事件類型 に属するか。 (4)不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において、原告の弁護士費用の一 部が損害として認められているのは、なぜか。 (5)安全配慮義務違反を除くその余の債務不履行責任に基づく損害賠償請 求訴訟では、弁護士費用は損害として認められるか。 (6)金銭給付を目的とする債務の不履行についての特則である民法 419 条 (損害を法定利率又は約定利率による遅延損害金に限定したもの)と弁 護士費用の損害賠償の関係はどうか。 (7)原告が自己の訴訟代理人弁護士に支払う弁護士費用は、不法行為に基 づく損害賠償請求訴訟以外の訴訟でも、被告に請求できるか。また、勝 訴した被告は、自己の弁護士費用を原告に請求できるか。 2 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟 安全配慮義務の概念は、最高裁においては、昭和 50 年 2 月 25 日(三小) 判決3) で明示された。自衛隊員が整備工場で大型車に轢過され死亡した事 案である。一審において、自賠法による損害賠償請求が 3 年の消滅時効を援 用されて敗訴した両親は、控訴審において、国に対し、運転者に安全教育を 徹底し、車両後進時の誘導員の配置など、隊員の安全管理に万全を期する義 務を負う旨を主張したが、旧来の特別権力関係論により否定された。しか し、最高裁は、同判決において、国は公務員に対し、生命、健康等を危険か ら保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負う旨を判断し、同義務 の消滅時効期間は 10 年であるとして、損害賠償請求を肯認したのである。 特にこれ以降、労働災害(塵肺、鬱病、頸肩腕症候群、工場内の事故等) 、 大学内の部活動における負傷等の損害賠償請求訴訟において、広く主張され 3) 民集 29 巻 2 号 143 頁、 『最高裁判所判例解説・民事篇昭和 50 年度』60 頁 ― 36 ― 労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟と弁護士費用 ていることは周知のとおりである。4)その多くの訴訟において、原告訴訟代 理人の目的は、前記訴訟のように、不法行為責任の 3 年の消滅時効の適用を 避けること、また、過失がない旨の厳格な立証負担を被告に課すことである と考えられる。ただし、後者については、本判決も引用する最高裁昭和 56 年 2 月 16 日判決が、「使用者の安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違 反に該当する事実を主張立証する責任を負う」と解しているので、大きな差 異があるとは言えない。 さらに、安全配慮義務については、その法的性質が何か、また、判例上、 遺族固有の慰謝料請求権が否定されること、遅延損害金の起算日が履行請求 時とされることなどが、大いに問題にされ論議されており、単純に安全配慮 義務違反に基づく損害賠償請求の方が、被害者側にとって訴訟上有利となる ものともいえない。 そして近時は、労働契約法 5 条に、「労働者の安全の確保についての使用 者の配慮義務」が明確に規定され、判例の積重ねが法規上に結実したと言え る。5) しかし他方において、安全配慮義務は、あらゆる債務に付随する義務では なく、人身損害の生じ得る労働現場、教育現場等を扱う契約関係における特 殊な違法行為を扱う理論として、限定的に位置付ける解釈論が近時有力であ る。6) 本判決も、労働者の就労中の事故である本件について、労働者が主張立証 すべき事実は、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わら 4) 奥田昌道「安全配慮義務の登場」ジュリスト 900 号(1988)234 頁、加藤幸雄 「安全配慮義務違反関係訴訟の証明責任・要件事実」『実務民事訴訟講座[第 3 期]』 (2012 日本評論社)259 頁等 5) 菅野和夫『労働法(第 10 版)』 (2012 弘文堂)467 頁、荒木尚志・菅野和夫・山 川隆一『詳説 労働契約法(第 2 版) 』(2014 弘文堂)92 頁等 6) 潮見佳男『債権総論(第 2 版)Ⅰ』(2003 信山社)125~127 頁、内田貴『民法 Ⅲ(第 3 版)』 (2005 東大出版会)136~137 頁等。 なお、窪田充見「要件事実 から考える安全配慮義務の法的性質」大塚直他編著『要件事実論と民法学との対 話』 (2005 商事法務)368~397 頁参照。 ― 37 ― 関東学院法学 第 25 巻 第 1・2 号 ない旨を、重要な理由としている(前記第 3)。この点からは、その他の債 務不履行責任を追及する訴訟にまで、本解釈基準が及ぶものではないと判断 しているものと考えられる。 しかし、そうであるとすると、その判断が、後記のとおり大きな問題提起 につながるのである。 3「弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動が困難な類型に属する請求権」 本判決の次の判断基準は、上記の請求権の区別である。 しかし、論理的な不明確さは否定できないと言える。即ち、前記のように 弁護士の訴訟活動が無ければ勝訴が困難な請求訴訟であると判断されれば、 常に、原告の支払う弁護士費用を、被告に対し損害賠償請求できるという帰 結となってしまうからである。ところが、本判決までの最高裁判例は、後記 のとおり不法行為責任の追及訴訟においてのみ、弁護士費用の損害賠償を認 めてきたのであり、本判決もこれを当然の前提としている如くであり、次に この点を検討しなければならない。 4 不法行為に基づく損害賠償請求訴訟と弁護士費用の損害 (1)まず大審院の多数の判決については、次のように分析されている。7) 不法訴訟等に対する応訴のための弁護士費用の支出は、昭和 18 年 11 月 2 日の民事刑事総聯合部判決8)(訴訟において攻撃防御の方法を尽くし自己の 利益を充分擁護するためには、弁護士に委任しなければ困難な場合が多く、 実際にも委任することが通常であるから、不法行為を構成する訴訟に対しや むを得ず応訴する場合の弁護士費用等の相当範囲のものは、通常生ずべき損 害に当たる趣旨の判示)により、不法訴訟等により通常生ずべき損害として 賠償請求を認めることに確定した。 しかし、その他の各種不法行為の被害者が訴訟を提起した場合の弁護士費 用については、判決が肯定否定両様であった。 7) 『最高裁判所判例解説・民事篇昭和 44 年度(上) 』167 頁以下(小倉顕調査官) 8) 民集 22 巻 23 号 1179 頁、LEX/DB インターネット・27500073 ― 38 ― 労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟と弁護士費用 (2)その後、多くの下級審判決及び学説が、前記(1)の後者の弁護士費用 に関して展開されたが、本判決も引用する最高裁昭和 44 年 2 月 27 日(一 小)判決9)が、以下のように判示して、解釈は一応統一されたと言える。 「わが国は弁護士強制主義を採らず、弁護士費用は訴訟費用に含まれてい ないが、現在の訴訟は、ますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者 に要求しており、一般人が単独で十分な訴訟活動を展開することは、ほとん ど不可能に近いのである。」 「したがって、不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴訟の提起を 余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、 事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認め られる額の範囲のものに限り、同不法行為と相当因果関係に立つ損害という べきである。」(下線は筆者) (3)しかし、ここで検討すべき重要な問題が残されている。前記の判旨に あるように、「現在の訴訟が専門化され技術化された訴訟追行を当事者に要 求するので、一般人には不可能に近い」との前段の認識を是認するとき、不 法行為訴訟についてのみ弁護士費用の損害賠償が認められるとの後段の結論 が、必然的なものではないからである。例えば、いわゆる憲法訴訟、行政訴 訟、税務訴訟、知的財産訴訟、会社訴訟、労働訴訟等々、一般人では十分な 訴訟活動が困難な訴訟は、多数存在している。また他方、不法行為訴訟がす べて追行困難ともいえないのであって、例えば、加害者の過失が明白な物損 事故で損害額も証明しやすいような場合には、一般人でも不可能とはいえな いであろう。仮に不法行為の場合には如何なる内容であっても多少の賠償を 認容する趣旨であるとすると、およそ弁護士費用の損害賠償を認めない他の 請求権の困難な訴訟(不法行為としての性格付けができないもの)との権衡 を余りにも失しており、明らかに失当である。 このように、前記昭和 44 年判決は、不法行為訴訟について、弁護士費用 の一部につき損害賠償請求の途を確立したのであるが、他方において、さら に大きな課題を提示する結果となったのである。 9) 民集 23 巻 2 号 441 頁、注 7 の最判解説 ― 39 ― 関東学院法学 5 第 25 巻 第 1・2 号 債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟と弁護士費用 安全配慮義務違反以外の債務不履行について、検討する。 (1)債務不履行一般について、弁護士費用の損害賠償請求の成否を正面か ら判断した最高裁判決は、未だ見当たらない。なお、損害賠償債権に切り替 わる前の本来の債権が金銭債権の場合は、後述する。 (2)高裁判決として、本問に積極のもの(同時に不法行為にも該当するこ とを根拠とするものを除く。)を、以下に挙げる。 ① 東京高判昭和 47 年 8 月 31 日(貸金庫の貸主が、利用者に無断でその 夫に開扉した事案)10) ② 東京高判平成 6 年 9 月 14 日(ガソリンスタンドの経営者が、灯油購 入に来た客に、誤ってガソリンを売ってしまい、これを使用した客 が、自宅の一部焼失の被害を受けた事案)11) ③ 大阪高判平成 6 年 12 月 21 日(信用組合に借入金を返済し約定どおり 抵当権の抹消を得て、他から融資を受ける予定であった利用者が、計 画を頓挫させられたことにつき、慰謝料及び弁護士費用が認容され た。)12) ④ 大阪高判平成 10 年 3 月 13 日(法人税の申告に関して税理士の債務不 )13) 履行を肯認し、弁護士費用の損害賠償も認めた。 ⑤ 知的財産高判平成 27 年 3 月 25 日14)等である。 特に注目すべきは、⑤の知財高裁判決である。本評釈対象の最判平成 24 年 2 月 24 日が裁判所時報、他の法律雑誌等に掲載された後においても、「本 件訴訟は、共同発明者の認定を含む、優れて専門性の高い事項を内容とする ものであるから、控訴人は、本件訴訟提起を弁護士に委任する必要があった ものであり、本件共同研究契約の債務不履行と相当因果関係のある弁護士費 用」について、損害賠償を肯認しているからである。 10) 金融法務 678 号 31 頁、LEX/DB インターネット・27403924 11) 判例タイムズ 887 号 218 頁、LEX/DB インターネット・27828133 12) 金融商事判例 966 号 24 頁、LEX/DB インターネット・27826955 13) 判例時報 1654 号 54 頁、LEX/DB インターネット・28040103 14) LEX/DB インターネット・25447212 ― 40 ― 労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟と弁護士費用 (3)他方、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟においては弁護士費用を 損害として認めない立場は、旧来の一般的解釈であり、本最高裁判決の原判 決(大阪高判平成 23 年 2 月 17 日)も、当然のごとく、損害賠償の主張は失 当であるとして退けている。 他にも、東京高判平成 6 年 2 月 24 日(特に約定したにもかかわらず、欠 陥のあるマンションを売り渡した事案)15)、大阪高判平成 8 年 3 月 15 日(受 任した税理士の注意義務違反を認めたが、弁護士費用は、その債務不履行と 相当因果関係がないとした。)16)等がある。(前記のように一般的な解釈であ るため、取り立てて掲載されないのである。) (4)以上のように、控訴審判決として重要な高裁判決においても、「債務不 履行責任による損害賠償と弁護士費用の賠償の可否」という、当事者にとっ て経済的に影響の大きい問題について、解釈が定まっていないのである。 (5)この論点には、当然のことながら多くの論稿が存し、裁判官のものも 少なくなく、訴訟実務上も重要な問題とされていることが分かる。 見解の根拠が詳しいものを中心に要約して挙げると、「債務不履行は、そ の原因の債権債務の発生に債権者が自らの意志により関与していることが、 不法行為と異なっており、弁護士費用は、特別事情による損害としてのみ認 め得るとの見解」17)、「債務不履行の違法性が不法行為を構成するほど強度で あり、且つ債務者が応訴して争うことが不相当である場合に限り、弁護士費 用を通常損害として認める見解」18)、「弁護士費用の敗訴者負担制度をどう考 えるかと関連する問題であるところ、敗訴した被告の立場が酷になり過ぎな いように配慮する必要があること、債権者はあらかじめ担保設定等の措置を 採り得ること、不法行為より違法性が低いことなどから、弁護士費用の損害 15) 判例タイムズ 859 号 203 頁、LEX/DB インターネット・27825993 16) 判例時報 1579 号 92 頁、LEX/DB インターネット・28011483 17) 齋藤清實「弁護士費用の賠償を求め得る限度」判例タイムズ 254 号 54 頁 18) 小泉博嗣「債務不履行と弁護士費用の賠償」判例タイムズ 452 号 47 頁 難波孝一「安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の種類とその範囲」『現代 民事裁判の課題(7) 』 (1989 日本加除出版)195 頁も、不法行為が競合する類型 のみとする。 ― 41 ― 関東学院法学 第 25 巻 第 1・2 号 19) 賠償を否定する見解」 、「既存の債権債務関係を前提とする債務不履行責任 の方が、不法行為責任より重いから、前者について弁護士費用の損害賠償を 認めない実務は、本末転倒である。弁護士費用を訴訟費用化する立法を行う べきであるとする見解」20)、「人身損害の事案と、侵害行為の違法性が強度 (犯罪行為や信頼関係の破壊)である事案に限って、弁護士費用の損害賠償 を認めるべきである。そもそも不合理な訴訟費用敗訴者負担制度に弁護士費 用を組み込むことは妥当ではないとされる見解」21)、「多数の裁判例を分析さ れた上、純然たる債務不履行について、一定の方向性は定まっておらず、不 法行為と同一に扱うまでには至っていない。取引的信義を破綻させるほどの 違法な態様の場合には、弁護士費用の賠償も認められやすいであろう。最高 裁の明快な準則が求められるとされる見解」22)、「金銭債務の事案も含め、弁 護士費用を特別損害と位置付けることが相当とされる見解」23)等である。 (6)前記のとおり、債務不履行責任と不法行為責任の比較も含め、論者に よって根拠・結論共に相当に分かれている上、弁護士費用の負担の問題とは 異質な根拠を挙げているように感じられるものも少なくない。やはり本問題 の根底にある「訴訟費用敗訴者負担」の制度化についての価値判断が大きく 影響しているものと言える。適切な上告等の事案において、最高裁の明快な 判断が待たれるところである。 6 一般的な債務不履行以外の損害賠償責任と弁護士費用の賠償 (1)有償契約における担保責任 本責任の法的性質については、かつてより論争のあるところである。24) 現在は、法定責任説ではなく契約責任説が通説的と言われるが、ここでは 19) 山本矩夫「債務不履行と弁護士費用の賠償」判例タイムズ 466 号 49 頁、 20) 岨野悌介「弁護士費用の損害賠償」 『新・実務民事訴訟講座 4 巻』 (1982 日本評 論社)103 頁 21) 伊藤眞「訴訟費用の負担と弁護士費用の賠償」 『判例民事訴訟法の理論(下) 』 (1995 有斐閣)89 頁 22) 岡本詔治『損害賠償の範囲 Ⅰ』 (1999 一粒社)228~268 頁 23) 古笛恵子「弁護士費用をめぐる法的問題」法律のひろば 2003 年 4 号 54 頁 ― 42 ― 労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟と弁護士費用 性質論への深入りを避け、次の判決を紹介するにとどめる。 福岡高判平成 11 年 10 月 28 日(建築請負契約に基づく瑕疵担保責任を認 め、不法行為責任は否定した上、一般に、建築工事の瑕疵を理由とする損害 賠償請求訴訟は、訴訟の中でも専門性ないし難度の高い部類に属するので、 本人訴訟によって適切な主張、立証をすることはほとんど不可能であるとし て、弁護士費用についても賠償を請求できるものと解した。)25) (2)本来の金銭債務の履行遅滞による責任 最高裁(一小)昭和 48 年 10 月 11 日判決(裁判集民事 110 号 231 頁)26) は、民法 419 条は、金銭を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償額は、 別の規定がある場合を除き、約定又は法定の利率によることとし、債権者は その損害を証明する必要がない旨を定め、その反面として、それ以上の損害 を立証しても、それを請求し得ないことも定めるものと解した上、弁護士費 用等の取立費用を請求することはできない旨判断した。 学説上も、民法 647 条、669 条など、法定利息以上の損害賠償を肯定する 場合には、個々に規定があること、金銭債権者が受ける損害が極めて多様で あり、その判断が裁判所に過重な負担となること、不可抗力をも免責事由と しない重い責任を課していることとの権衡などを根拠に、前記最裁判決と同 様の解釈が通説である。27) なお、そもそも債務不履行責任の追及訴訟においては弁護士費用の損害賠 償を認めないという旧来の解釈(前記 5(3))を採るならば、民法 419 条を 論ずるまでもない訳である。 (3)会社役員等の第三者に対する損害賠償責任 東京高判昭和 57 年 5 月 25 日は、株式会社の代表取締役が放漫経営により 24) 近時の整理として、内田貴『民法Ⅱ(3 版) 』(2011 東大出版会)124~134 頁。 なお、法制審議会民法部会『民法(債権関係)の改正に関する要綱案』第 30 参 照。 25) 判例タイムズ 1079 号 235 頁、LEX/DB インターネット・28070396 26) 判例時報 723 号 44 頁、金融法務事情 704 号 22 頁等 27) 『新版注釈民法 10 Ⅱ』567 頁(能見善久担当)、我妻榮『新訂債権総論』138 頁、 内田貴『民法Ⅲ(3 版) 』170 頁等 ― 43 ― 関東学院法学 第 25 巻 第 1・2 号 自動車販売会社に損害を与えた事案につき、他の取締役の監視義務違反と前 記損害との間に相当因果関係があるとして、旧商法 266 条の 3 に基づき損害 賠償責任を認めたが、同自動車販売会社の支払う弁護士費用は、相当因果関 係が認められないと、簡潔に判示している。28) (4)以上のように、「一般の債務不履行責任以外の損害賠償賠償責任におい て、弁護士費用を損害として肯認するのか」という重要な問題点について、 統一された解釈基準は示されておらず、その点の判示が十分明らかでない判 決も見られる状況である。 少なくとも、最高裁判決において、弁護士費用の損害賠償請求は、まず不 法行為責任について肯認され、他方、債務不履行責任についての判断は示さ れていなかったところ、本件最判平成 24 年 2 月 24 日において、労働災害事 故の事案につき、労働者が使用者の安全配慮義務違反につき主張立証すべき 事実は、不法行為に基づく損害賠償請求の場合とほとんど変わらないので、 弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動が困難な類型の請求権であることか ら、労働者が訴訟提起を余儀なくされ弁護士に委任した場合には、弁護士費 用の相当額について相当因果関係に立つ損害と認められる旨の判断が示され たにすぎないのである。したがって、債務不履行責任及びその他の法規によ る損害賠償責任については、いわば最高裁判例による正面からの認知がされ ないまま、下級審、しかも高裁において区々に肯定否定の判断がなされてお り、各損害賠償請求権の比較検討も不十分な状況であり、本格的且つ全体的 な検討が必要であることも明らかである。 7 本評釈のまとめ (1)本最高裁判決の論理は、前記第 2 のとおり、労働者の就労中の負傷事 故について、労働者が使用者の安全配慮義務違反を追及する場合に主張立証 すべき事実が、不法行為に基づく損害賠償請求とほとんど変わらないから、 弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請 求権であるので、労働者が負担する弁護士費用の相当額は、安全配慮義務違 28) 下民集 32 巻 5~8 号 820 頁、判例タイムズ 476 号 184 頁 ― 44 ― 労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟と弁護士費用 反と相当因果関係に立つ損害であるというものである。 しかし、この論理構成が明快且つ説得的なものでないことは、否定しがた いと思われる。即ち、第一に、前記 4 項で検討したように、不法行為に基づ く損害賠償請求がすべて一律に、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動を することが困難であるとの立論が、明らかに正当ではないのである。前掲最 判昭和 44 年 2 月 27 日が、不法行為の被害者は、訴訟を余儀なくされた場合 には、弁護士費用の相当額を損害賠償請求できる旨を判示しているために、 本判決は同判例に依拠するために前記のような判示になったものであろう。 しかしそもそも、安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任を追及している 訴訟について、請求されていない不法行為責任追及訴訟の主張立証すべき事 実を敢えて想定した上でその近似性を判断しなければならないという判断基 準自体が、迂遠であり不当な負担を裁判官に課するものと言わざるを得な い。 第二に、本判決のいう「弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動が困難な 類型の請求権」という判断基準の曖昧さである。まず請求権の類型(タイ プ、種類)による訴訟の難度の判別は、一律にはできないものである。同一 種類の請求権を行使する訴訟でも、事案によって、証拠の収集、文献資料の 調査、法律構成等の難易が異なるからである。また、同一事案でも、一般人 が自ら訴訟追行するより、弁護士が代理する方が、有効且つ効率的な訴訟追 行ができることも明らかである。確かに一般的には、知的財産関係訴訟、医 療事故訴訟、公害訴訟、薬害訴訟等は、難度の高い事案が多いことは間違い ないが、常に一律に妥当するわけではないのである。 (2)次に、本判決も引用する重要な判例である最高裁昭和 44 年 2 月 27 日 判決は、前記 4 項(2)のとおりの判示であり、多くの論者が指摘されるよ うに、弁護士費用の損害賠償請求が、あらゆる訴訟において認められて然る べきものとする理由になり得るのであり、少なくとも債務不履行責任の追及 訴訟には当然に妥当する理由付けである。(前記注 7 の最高裁調査官の判例 解説 188 頁においても、一部留保はされつつ否定はされておらず、判例の積 重ねを待つとされている。) ― 45 ― 関東学院法学 第 25 巻 第 1・2 号 また、別の角度から同判決を評するならば、一般人が自ら訴訟追行するこ とはますます困難になっていく実情を踏まえ、勝訴した当事者に広く弁護士 費用の損害賠償請求を認める途を開こうとした判決とも見得るであろう。そ うであるとすると、本判決のように、安全配慮義務違反の事案について、不 法行為責任追及訴訟の主張立証事実との近似性を検討して初めて弁護士費用 の損害賠償請求を肯認するという判断基準は、迂遠且つ抑制的に過ぎ期待に 副わないものと言える。 (3)さらに、債務不履行責任以外の各法規に基づく損害賠償を請求する訴 訟については、前記 6 項で検討したとおり、それぞれの規定によって法的性 質につき論議が存するのであるが、主な法的効果の差異としては、請求権の 消滅時効の期間(3 年・5 年・10 年)や遅延損害金の法定利率(5%・6%) 等である。 しかし、被害者(原告)が訴訟提起を余儀なくされた場合の弁護士費用 を、加害者(被告)に一部負担させるか否かの判断は、本来その請求権の性 質如何に左右されるべき問題ではない筈である。むしろ本最高裁判決の示し た「弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動が困難な類型に属するか否か」 の基準の方が自然である。この観点から見ると、前記 6 項(1)の建築請負 契約の瑕疵担保責任の事案は、その瑕疵の主張内容にもよるが、一般人の訴 訟追行は相当困難な場合が多いと考えられる。また、同 6 項(3)の取締役 の対第三者責任(現行会社法 429 条、旧商法 266 条の 3)については、取締 役の責任を加重するために特に法定された損害賠償賠償責任であり、不法行 為責任とは別個のものと解されているところ29)、一般的には、「弁護士に委 任しなければ十分な訴訟活動が困難な類型」に属すると考えられるので、原 告の弁護士費用についての損害賠償請求も肯定する結論が自然と解される。 ところが、前記 6 項(3)の東京高判昭和 57 年 5 月 25 日は、簡単に相当因 29) 最(大)判昭和 44 年 11 月 26 日(民集 23 巻 11 号 2150 頁) 、最判昭和 49 年 12 月 17 日(民集 28 巻 10 号 2059 頁) 、最判平成元年 9 月 21 日(判例時報 1334 号 223 頁) ― 46 ― 労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求訴訟と弁護士費用 果関係を否定しており、問題がある。 しかし他方、本最高裁判決の説くように建築会社や取締役に対し不法行為 責任を追及する場合の主張立証事実を敢えて想定した上でその近似性を確認 する作業を求めることは、明らかに失当であろう。 (4)以上のとおり、就業中に死傷事故に遭った労働者側の使用者に対する 損害賠償請求訴訟において、不法行為責任の消滅時効期間満了による敗訴を 救済できる途を最高裁として認めた本判決に関連し、問題点の一部を検討し たのであるが、本判決は、弁護士費用の損害賠償請求について、判例の現状 が有する大きな課題を強調して提示する結果になったものと言える。 即ち、前記(2)(3)のとおり、各種の損害賠償賠償請求訴訟は、加害者 の一方的な帰責事由、瑕疵、損害の評価等が明らかな少数の事案を除いて、 ほとんどの事案は、一般人が訴訟追行することは困難であり、権利行使が不 十分な結果に終わるものと考えられる。したがって、損害賠償請求訴訟全般 において、原告の請求が認容される場合には、原則として、弁護士費用の相 当額も、当然に損害賠償の項目として肯認されるべきである。 さらにこれを追究していくと、「一般人による訴訟追行が容易ではない訴 訟の提起を余儀なくされた事案」においては、原告の十分な権利行使を保障 するために、損害賠償請求以外の事案においても、原告の負担する弁護士費 用のうちの相当額を、当該判決において被告に支払を命じ得る制度が妥当で はないか、また、逆に被告が勝訴する事案では、被告の弁護士費用の相当額 を原告に負担させ得る制度が妥当ではないかと考えられるのである。これ は、かつて大いに論議され、国会で廃案になった「弁護士費用の一部を訴訟 費用化して敗訴者負担とすべきか」という問題になるわけである。30)この大 問題の改めての検討は、他日を期することとしたい。 以 上 (平成 27 年 10 月脱稿) [本判決の判例研究等:新井弘明『白鴎法学』20 巻 1 号 111 頁、田口文夫 『専修法学論集』118 号 89 頁、木戸茜『北大法学論集』64 巻 5 号 293 頁、 白石友行『民商法雑誌』146 巻 6 号 611 頁] ― 47 ― 関東学院法学 第 25 巻 第 1・2 号 30) 田邨正義「弁護士費用」 『実務民事訴訟講座 2 巻』 (昭 44 日本評論社)153 頁、 小島武司『弁護士報酬制度の現代的課題』 (昭 49 鳳社)67 頁、平井宜雄『債権 総論(第 2 版) 』 (平 6 弘文堂)93、95 頁(弁護士費用の賠償問題の実質は、債 務不履行とは関わりがなく、司法制度を利用する費用の負担をいかにすべきかと いう司法政策上の問題である。 ) ・ 『債権各論Ⅱ 不法行為』 (平 4 弘文堂)142、 158、166 頁(損害の評価、過失相殺、遅延時期等が、一般の損害とは当然に異な ) 、兼子一・竹下守夫『裁判法(第 4 版補訂) 』 (平 14 る基準により判断される。 有斐閣)366 頁・376 頁 近年の立法関係については、小林久起・近藤昌昭『司法制度改革概説 8 民訴 費用法・仲裁法』 (2005 商事法務)21 頁・76 頁、山本和彦「民事訴訟法 10 年 ―その成果と課題」判例タイムズ 1261 号 90 頁、新堂幸司『新民事訴訟法(第 4 版) 』938 頁、北村賢哲「弁護士報酬の敗訴者負担に関する議論の近況」 『民事手 続法学の新たな地平』 (2009 有斐閣)1073 頁、本林徹・斎藤義房・辻公雄「 「弁 護士報酬敗訴者負担法案」廃案への軌跡」自由と正義 56 巻 4 号 49 頁など。 ― 48 ―
© Copyright 2024 Paperzz