(2)言語活動の充実を図る家庭科教育の工夫

(2)言語活動の充実を図る家庭科教育の工夫
児童文化財である絵本の効果的な活用を通して
県立八重山高等学校
教諭 多宇
円香
1
テーマ設定の理由
本校の生徒は、
「家庭総合」を2年生で2単位、3年生で2単位、計4単位履修している。3年次の保育
分野の学習の際には、近くの保育所にて保育所実習を実施している。また、3年選択科目「発達と保育」
では、幼児を学校に招いてのふれあい体験実習など、地域の協力を得ながら保育分野を学ぶことのできる
環境に恵まれている。対象クラス一部への実態調査によると、
「保育分野の学習に興味がありますか」とい
う質問に対し、87%の生徒が「ある・少しある」と答えている。さらに「高校生にとって保育の学習は
大切だと思いますか」という質問に対し、97%の生徒が「思う・少し思う」と答えており、保育分野の
学習に対する関心・意欲は高いと考えられる。そのような中、生徒たちも幼児との交流の手立てとして絵
本に興味を持ち、積極的に活用している。
そこで、身近な児童文化財である絵本をより効果的に活用することで、思考力・判断力・表現力が育ま
れるような家庭科教育が実践できないかと考え、研究テーマに設定することにした。高校生の多感な時期
に絵本に出会い直し、その良さに触れることは、その後の生徒達の人生においても意義のあることだと考
える。
2
研究仮説
絵本は身近な児童文化財であり、子どもの心を豊かにするものとして認知されている。昔から読み継が
れてきた力のある絵本に高校生が出会い直すことで、絵本から伝わるシンプルなメッセージを自分の日常
生活に照らし合わせて思考し、判断する機会となるであろう。また、絵本を活用し幼児に読み聞かせを行
うことや、自分に関する絵本を製作することで、表現力が培われるであろうと考える。
さらに、自らが幼少期に絵本を読んでもらった経験を思い出し、親に感謝する気持ちを持つことや、将
来保育者として子どもに関わる時に積極的に絵本を活用しようとする態度の育成につながる。そして何よ
り、優しい色彩の絵本に触れることは、多忙な日々の癒しのひとときとなるであろう。
3 研究方法
(1)研究対象:「家庭総合」「発達と保育」履修者(2学年234名・3学年230名)
(2)研究方法:絵本作家による絵本講座の実施。授業の導入等に関連した内容の絵本を活用する。自分
に関する絵本「わたし絵本」製作。保育実習における絵本読み聞かせの実施。ふれあい体験学習におけ
る絵本読み聞かせ→関連した遊びの実施。家庭科室にて絵本の展示。文化祭における絵本関連の展示。
石垣市文庫連絡協議会の方を招いての講演会の実施。
(3)検証方法: 生徒に感想・アンケートを記入させることや行動観察により、結果を分析する。
4
研究計画
日程
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10 月
11 月
12 月
1月
取 組 内 容
テーマ設定 研究計画 アンケートによる実態把握
絵本作家(木内かつ先生)絵本講座 絵本を活用した授業①
家庭科室絵本展示 絵本を活用した授業②
「わたし絵本」の製作 保育園児とのふれあい体験 保育所実習
アンケート集計 中間まとめ
文化祭おける絵本関連の展示
地域で読み聞かせ活動をしている方を招いての講演会の実施
絵本を活用した授業③
生徒へアンケートの実施 アンケート集計
まとめ 発表準備
5 研究の実際
(1)保育所実習、幼児ふれあい学習における絵本の活用
1
テーマ:保育所実習において絵本の読み聞かせ
日時 7 月 2 日・9 月 11 日
場所 大川保育所 対象生徒 3 年 3 組・5 組
実施 近隣の保育所へ出かけ、保育園児との交流を行う。1 歳~5歳までのクラスにそれぞれ分かれて、
内容 絵本の読み聞かせを行う。年齢に合った絵本選びを心がけ、事前に練習を行う。
生徒 ・初めて会う子どもたちが、どんな本が喜ぶかを考えながら本選びをするのが楽しかった。
の
・
「おつきさまこんばんは」と「だるまさんが」の 2 冊を読み聞かせしたのですが、私たちには分
感想
からないときに笑いが起こったり、想像しなかった返答などが返ってきて、良い読み聞かせが
できたかなと思いました。保育園児は純粋なので反応がすごく新鮮で楽しかったです。
2
日時
内容
テーマ:幼児ふれあい学習①~さくら保育園(らいおん組)との交流~
7 月 16 日(木)2 校時 場所 武道場
対象生徒 3 年選択「発達と保育」履修者
絵本『しっぽのはたらき』のペープサート実演⇒しっぽとりゲーム
3
日時
内容
テーマ:幼児ふれあい学習②~あいの保育園(ばら組)との交流~
11 月 11 日(水)2 校時
場所 武道場
対象生徒 3 年選択「発達と保育」履修者
絵本『だるまさんの』のペープサート実演⇒だるまさんがころんだ
4
日時
内容
テーマ:幼児ふれあい学習③~しらうめ保育園(1.2 歳児)(3.4 歳児)との交流~
12 月 9 日、10 日 2 校時 場所 武道場
対象生徒 3 年選択「発達と保育」履修者
『サンタクロースと小人たち』の読み聞かせ⇒オリジナルクリスマスツリーを作ろう!
(2)家庭総合の授業内における絵本の活用
1
テーマ:家庭総合(保育分野)における絵本の活用①『おかあさんげんきですか』
日時 6 月
場所 HR 教室
対象生徒 3 年 3 組・5 組
実施 保育分野の導入で、絵本『おかあさんげんきですか』の読み聞かせを行い、親と自分との関係に
内容 ついて考える。
生徒 ・小学生の男の子の気持ちは今の私でも良くわかるなあと思いました。私も小さい頃本当にどう
の
でもいいものを大切に持っていたことを思い出しました。この男の子はお母さんのことが大好
感想
きなんだろうなと感じたし、お母さんも子どものことをとてもとても大切に思っていることが
伝わってきました。
・自分のお母さんを思い出した。うちもシングルマザーだったし、弟もいたので大変だっただろ
うと思う。
・小学校の頃とは違う感覚で聞こえた。
「僕」の気持ちもわかるけど、お母さんの気持ちもわかる。
・今日は本当に久しぶりに、たぶん小学生ぶりに読み聞かせを聞きました。何か自分が小さかっ
た頃に読んでもらった絵本など思い出して、懐かしい気持ちになりました。
2
日時
実施
内容
生徒
の
感想
テーマ:家庭総合(保育分野)における絵本の活用②『さっちゃんのまほうのて』
6月
場所 HR 教室
対象生徒 3 年 3 組・5 組
絵本『さっちゃんのまほうのて』の読み聞かせを行い、障害を持っている子どもの子育てについ
て考える。
・さっちゃんの家族はちゃんと指がないことと向き合っていて、事実もさっちゃんに言っている。
・さっちゃんに対する言葉がけがすごかった。さっちゃんは最初自分の手のことを気にしていた
けど、周囲の人の支えがあって、さっちゃんらしくなっていった。
・前にも見たことがあったけど小さすぎて覚えてなかったです。とても深い絵本だとおもいます。
泣きそうでのどが痛くなりました。
・さっちゃんの悲しい気持ちが伝わってきたけど、さっちゃんがお母さんになったとき、他の人
にはわからない大切なことを教えることができるんじゃないかなと思いました。
3
日時
実施
内容
生徒
の
感想
テーマ:家庭総合(自分らしい人生をつくる分野)における絵本の活用③『はなのすきなうし』
10 月
場所 HR 教室
対象生徒 2 年 2 組・5 組・6 組
「自分らしい人生をつくる」の分野にて絵本『はなのすきなうし』の読み聞かせを行い、主人公
ふぇるじなんどの生き方について考える。
・周囲にとらわれず、自分が好きなように生きていてうらやましい。また、お母さんの理解がな
かったら、ふぇるじなんどは幸せな暮らしはできていないと思うので、自分も子どもを理解で
きる親になりたいと思った。
・戦う事を嫌い、おだやかなふぇるじなんどのほうが、私は好きだと思った。自分の好きな事を
して、人に流されないふぇるじなんどは 1 番強い牛だと思った。
・一匹狼のような変わり者のようなふぇるじなんどにどことなく親近感を抱かされました。自分
も変わっていると良く言われるので、ふぇるじなんどの母みたいに、個性を認める周りの人が
いてくれたらなと思いました。
(3)講師を招いての講座
1
絵本作家 木内かつ先生による絵本講座
日時 5 月 25 日(月)放課後 場所 被服教室 対象生徒 家庭クラブ・3 年「発達と保育」履修者
実施 「やさいのおなか」
「工作図鑑」等の著者であり、絵本作家としてご活躍の木内かつ先生による絵
内容 本講座。内容:高校生でもう一度絵本に出会い直しをしよう。絵本の魅力、楽しみ方。
生徒 ・改めて高校 3 年生になった今、絵本と向きあう機会ができてよかったなと思っています。い
の
ろんな感性だったり、大人になっていくにつれ失われていく素直さだったり、絵本を読むと
感想
それがまた身につくような気がしました。絵本には本にはないものがあるんだと思いました。
・木内先生の講座から「何でも決めつけるのはよくない。
」ということを教えられ、絵本は深く
とてもおもしろい物だということに気づくことができました。
・「よあけ」という絵本もただの夜明けの絵だけれど、わたしはなぜかとてもひかれました。そ
してどういう気持ちで描いたのかなと、気になるほどになりました。「かさをささないシラン
さん」という本もとても深くて、鳥肌が立ってしまいました。そしてとても真剣に聞いてし
まっていました。今回高校生でもこんなに絵本を楽しめることがよく分かりました。
2
日時
実施
内容
生徒
の
感想
テーマ:石垣市文庫連絡協議会 久原道代さんによる絵本講座
12 月 16 日(水)2 校時 場所 被服教室 対象生徒 3 年選択「発達と保育」履修者
石垣市文庫連絡協議会の会員であり、石垣市立図書館司書である久原道代さんの絵本講座。内容:
読み聞かせのための絵本の選び方、事前の準備、読み聞かせの方法、読み聞かせの利点について
・絵本の選び方で、食べ物に例えて自分が美味しいと思うものを選ぶというのが凄く分かりやす
くて印象的でした。また、読み聞かせは“愛情の受け渡し”ということが分かったので、私も
子どもを育てることになったら、読み聞かせをたくさんします。
・絵本の選び方から準備、方法について色々な視点からアドバイスを受け、多くの発見が出来ま
した。子どもへの気遣いを忘れずに、主役は絵本と子どもということを頭に入れて、これから
読み聞かせをしていきたいです。
(4)絵本製作
1
テーマ:「わたし絵本」の製作
日時 7 月
場所 HR 教室
対象生徒 3 年 3 組・3 年 5 組
実施 自分が生まれてきたときのこと、過去の自分、今の自分、未来の自分について 4 ページの小さな
内容 絵本にまとめる「わたし絵本」の製作、また製作した絵本をお互いで共有する場を設ける。
生徒 ・昔の写真をみてみると、小さい頃好きだったものとかやったことを思い出して、懐かしい気持
の
ちになりました。この 17 年間一人でやってこれた訳じゃないって改めて実感したし、周りの人
感想
たちに感謝したいと思いました。思い出がつまる絵本になった。
・昔の自分のこと、そして家族のことなど良く知れた良い機会でした。これからも家族を大切に、
自分を大切に、楽しい人生を歩んでいこうと思いました。
・写真を集めるためにアルバムをひっぱり出してきてリビングで家族とワイワイしながら探す作
業がとても楽しかったです。記憶はないけど写真は残っていて、この時こんなだったんだと改
めて自分を知れたのでよかった。みんなの作品を見て、一人一人にそれぞれ人生があって、小
さい頃の写真のギャップや可愛さに笑ってしまったり、前より親近感が湧きました。
(5)文化祭(八重高祭)での取り組み
1
テーマ:文化祭における絵本関連の展示
日時 9 月 19 日、20 日
場所 被服教室 対象生徒 家庭総合履修者
実施 「わたしのおすすめの一冊」「四季折々の絵本」
「絵本と手作り人形」の展示に加え、家庭科室の
内容 蔵書も 30 冊程度展示し、来場者も気軽に絵本を手に取ることの出来る場とした。
《言語活動の充実を図ることができたかの考察》
○保育園実習における絵本の読みきかせにおいては、子どもたちに楽しんでもらおうと発達段階に即し
た絵本を選び出す場面で思考力・判断力、読み聞かせを行うことで表現力が磨かれたと考えられる。また、
幼児ふれあい学習においては、読み聞かせだけではなくその直後に、絵本の内容に関連づけた遊びを行う
ことで、絵本の世界の余韻を皆で楽しむことができた。○家庭総合の授業の中で、授業内容に関連した絵
本の読み聞かせを行うことにより、自らの人生と重ね合わせて主人公の気持ちを思考する生徒が多く、登
場人物への共感が、自分への肯定や内省に繋がっているのではないかと考えた。さらに、将来どんな親に
なり、どんなふうに子どもに接っするのが良いのかを自分なりに判断するところまで思考を広げている生
徒もいた。○講師による絵本講座においては、絵本の作り手である絵本作家のきうち先生と、絵本の語り
手であり、図書館司書としてお勤めの久原さんから、絵本の魅力や読み聞かせの方法等のお話をして頂い
た。生徒達は「絵本は子どものもの」という既成概念を打ち破り、絵本ともう一度出会い直すことの大切
さを教えて頂くなど、それぞれの分野で専門的にご活躍のお二人から、多くのことを学ぶことのできた有
意義な時間となった。○「わたし絵本」の製作を通しては、乳幼児期・学童期と発達を遂げてきた自分に
ついて調べ、小さな絵本にまとめることで、自分の家族や生まれ育った環境について知ることができた。
聞き取り調査をする中で親や家族の想いに触れ、自分を支えてくれている周囲の人々への感謝の気持ちを
持つことができていた。また、青年期を迎えた自分を様々な角度から見つめ、表現する力を育むことがで
きたと考えられる。○文化祭における絵本関連の展示により、高校生だけでなく来場した多くの親子が絵
本を手にし、読み聞かせをしたり、思い出に浸ったりする穏やかな空間を作ることができた。
6
まとめと今後の課題
実施生徒へのアンケートの結果、授業内で絵本を活用することについて多くの生徒が好意的に受け止め
ていることが分かる。
(右下図1)身近な児童文化財である絵本を活用し、言語活動の充実を図る家庭科教
育の工夫を試みてみたが、思考力・判断力・表現力の向上という面において上記の通り効果を得ることが
できた。また、絵本の効果は言語活動の充実にとどまらず、思いやりや感謝の気持ちなど情緒面に働きか
ける効果が予想以上に大きく、
「絵本の力」を再確認することができた。今後もさらに効果的な取り組みを
目指し研究を継続しながら、家庭科教室に置く絵本も少しずつ増やしていきたい。
7
参考文献
川田建文/藪内正幸絵
かがくいひろし作
1969
『しっぽのはたらき』 福音館書店
2008 『だるまさんの』
マウリ・クンナス作絵/稲垣美晴訳
後藤竜二作/武田美穂絵
2006
1982
ブロンズ新社
『サンタクロースと小人たち』
『おかあさんげんきですか』
ポプラ社
たばたせいいち、先天性四肢障害児父母の会、のべあきこ、しざわさよこ作
『さっちゃんのまほうのて』
偕成社
1985
偕成社
マンロー・リーフ作/ロバート・ローソン絵
1945 『はなのすきなうし』
木内かつ著
2014
『木内かつの絵本あそび』
柳田邦夫著
1936
『みんな、絵本から』 講談社
岩波書店
福音館書店
「わたし絵本」…ミニ絵本「わたし」のオリジナルは、木内かつ(絵本作家)氏の作品
図1:授業内で絵本を活用
する事について良いと思うか