潰瘍性大腸炎に対する外科的治療について

潰瘍性大腸炎に対する外科的治療について
1.
はじめに
潰瘍性大腸炎は難治性炎症性腸疾患のひとつですが,元来,癌などの悪史疾
患とは異なり,良性疾患ですので,その治療には内科的治療が優先されます.
しかし,本疾患を完治させる薬がない現在,後述するような場合には病変部を
手術で切除してしまう,外科的療法が必要となることもあります。
この説明書は外科的治療が必要となった,あるいは,外科的治療について知
りたいという,潰瘍性大腸炎の患者さんや家族の方々のために作製しました。
この冊子が皆様の治療選択の一助となれば,幸いです。
2.
大腸とは?
まず,消化管のしくみについて説明します.
食物は飲み込んだ後,食道を通過し,胃に入ります.食物は胃酸と消化酵素
で液状となった後,小腸に運ばれます.食物中の栄養素(ビタミン,ミネラル,
たんぱく質,脂肪、糖分など)のほとんどは小腸で吸収されます.消化吸収さ
れなかった食物は液状のまま,大腸に運ばれます.
大腸は 1.5〜2mの長さがあり,盲腸,結腸(上行結腸,横行結腸,下行結腸),
直腸に分かれています.大腸では1日 500cc 程度の水分を吸収する働きと便を
ためておく働きとがあります.
小腸
結腸
直腸
3.
潰瘍性大腸炎とは?
主として大腸粘膜に炎症が炎症がおこり,びらんや潰瘍を形成する病気です。
原因については未だ,解明されていませんが,自己免疫の異常が関係している
と言われています。つまり,自分の体の一部であるはずの大腸粘膜を,自分で
敵と判断して攻撃し,脱落させてしまった結果,起こってきます。この他に腸
内細菌の関与,HLA という血液の中の成分がの関与,乳製品などの動物性脂肪が
関係しているなどと言われていますが,まだ確たるものがありません。最近で
は遺伝子の研究も進みつつあります。
元々,白色人種に多いとされ,日本人には尐ない病気でしたが,最近の調査
では増加傾向にあります.平成 11 年 7 月には 54,000 人になったと言われてい
ます。
4.年齢分布
各年齢で起こり得ますが,20 歳台に高いピークがあり,若い人に多い病気と
されています。
5.症状
下痢,粘血便(粘液に血液が混じった軟便)が続き,腹痛,しぶり腹(便が
出そうで出ない),微熱などの症状がみられます。
6.診断
大腸内視鏡検査で大腸病変を確認し,症状,血液検査および組織学的検査に
て診断していきますが,便培養検査(糞便中の細菌や寄生虫を調べる)などに
て,ほかの腸疾患を否定して,はじめて診断がつきます。
7.
潰瘍性大腸炎の外科的治療について
1)手術適応
この病気は本来良性の病気であり,内科的治療が優先されますが,下記の場
合は手術が必要となります.手術を必要とする場合を手術適応といいます。下
の表は,厚生省難治性炎症性腸管障害調査研究班の手術適応をもとに作成した
ものです。
表 1.
潰瘍性大腸炎の手術適応
絶対的
緊急手術
1.
2.
3.
4.
激症または重症
大出血
穿孔
中毒性巨大結腸症
相対的
待期手術
1. 癌またはその疑い
待期手術
1.
難治性潰瘍性大腸炎
頻回に再燃緩解を繰り返す
再燃後6か月以上緩解しない
2. 局所合併症
狭窄
瘻孔
3. 腸管外合併症
壊疽性膿皮症
ぶどう膜炎
発育障害
4. ステロイドの副作用
5. その他
・
・
・
* 絶対的手術適応:
手術をしないと生命に関わるため絶対に手術を必要とする状態。
相対的手術適応:
外科的治療をしないと,患者さんの quality of life (QOL)が
著しく損なわれることが考えられるために手術を勧める状態。
緊急手術:
急いで手術をする必要がある場合。
待期手術:
患者さんの全身状態を整え,手術の準備を十分にしてから行う場合。
2)手術術式について
手術法は大きく分けて3つの方法があり,それぞれ長所・短所がありますが,
年齢,ステロイド投与量,肛門機能,術前の合併症などを検討し,決定します。
A. 大腸全摘出術,永久回腸人工肛門造設術
大腸全摘後の方法として,腹壁に回腸の人工肛門をつくる方法。この術式の
最大の欠点は永久的人工肛門となることです。現在,この術式が適応されるの
は,肛門の機能が非常に悪く自然肛門が残せない場合と,直腸に進行した癌の
ある場合のみとなっています。
人工肛門
切除範囲
お腹の創の状態
B. 全結腸切除・直腸粘膜切除・回腸肛門吻合術
全結腸切除後,直腸粘膜を切除し,回腸と肛門を吻合します.病変部がほぼ
全て切除されるため,根治性の高い手術法です.しかし,手術を安全に行うた
めに,通常,2回(2期分割手術)または3回(3期分割手術)に分けて手術
を行います.
i) 分割手術について
手術の回数は尐ない方がいいに決まっていますが,クローン病と鑑別の難し
い場合や,穿孔や中毒性巨大結腸症などの緊急手術は3回に分けています。
上記以外の場合は2期分割手術を計画します。
以下に 3 期分割手術について説明します.2期分割手術は第1期と第2期手
術を1度に行ってしまうものです。
1期目手術:全結腸切除,直腸粘液瘻造設,回腸人工肛門造設術
まず病変部の大部分である全結腸を切除します。回腸の切除断端を腹壁に持ち
上げ,人工肛門とします。残った直腸は便が通らないので,病変部は安静とな
り,患者さんがご自分で直腸内を洗浄,治療することが可能となります。この
術式では術後早期から食事を開始することができ,栄養状態の改善を図ること
ができます。
切除範囲
人工肛門
直腸粘液瘻
残存直腸
2期目手術:直腸粘膜切除,J型回腸嚢肛門吻合術,回腸人工肛門造設術
第1期手術後,ステロイドの減量を行い,約3カ月後に第2期手術を行います。
まず,肛門括約筋を傷つけないようにしつつ,直腸粘膜を切除します.回腸で
J 型の袋(回腸嚢)を作成し,直腸のかわりに便をためる機能を持たせます.
その内容は直腸の粘膜のみを切除して,排便のコントロールをしている肛門括
約筋を温存します。回腸嚢と肛門を吻合します。回腸肛門吻合部より,口側に
人工肛門を造り,吻合部が安静になるように
します。
切除範囲
人工肛門
J 型回腸嚢
第3期:人工肛門閉鎖術
肛門括約筋の機能が回復した時期(約 3〜6 カ月後)に人工肛門閉鎖を行い,肛
門から排便ができるようにします。
人工肛門閉鎖
お腹の創の状態
C. 大腸亜全摘出術,回腸肛門管吻合
近年,我が国でも直腸粘膜を約 2cm 残して肛門管と言うところでJ型回腸嚢
と吻合する回腸嚢肛門管吻合術が普及しつつあります。この方法であれば,1
回で手術を終えることが可能です(1 期的手術)。当施設でも 1997 年より肛門管
に炎症がほとんどない場合や肛門機能が良好な患者さんに対しては本術式を導
入し,現在までに約 120 名の方に一期的手術を行っています.本術式の長所は
前述した B の回腸嚢肛門吻合と比べると術後排便回数や漏便の頻度が尐ないと
いうことです.一方,短所としては尐ないながら直腸粘膜が残るため,将来こ
の残った粘膜に炎症の再燃や,癌が発生するという危険性があります。しかし
ながら,当施設では,術後残存肛門管に制御困難な激しい炎症をきたしたり,
癌が発生したことは現在のところ,ありません.
回腸嚢
肛門管
歯状線
回腸嚢肛門管吻合(左図)と回腸嚢肛門吻合(右図)の違い
D.腹腔鏡手術
従来,潰瘍性大腸炎の手術ではみぞおちから下腹部まで約 15〜20cmの縦
切開が必要でした。腹腔鏡手術では図 3 のように,おなかに約 1cm程度の穴を
あけ,その穴からテレビカメラを挿入し,腹腔内をモニターに映します.モニ
ターをみながら,さらに数カ所の穴をあけ,その穴から特殊なハサミや鉗子を
挿入して手術を行います.この手術では最終的に下腹部に 6〜7cmの小切開が
必要ですが,従来の開腹手術に比べて,傷の痛みが尐なく,術後の回復が早い,
傷が小さく目立ちにくいという長所があります.
当施設では 2001 年より本術式を導入し,現在まで 60 名以上の方に行ってい
ます.
モニター
腹腔鏡手術
E.手術方法の選択について
どの術式も長所,短所がありますので、担当医と十分ご相談のうえお決め
ください。
8.手術時あるいは術後の問題点
手術にともなっていろんな困ったこと(合併症)が発生してくる可能性があ
ります.合併症をおこさないように最大限の努力はしていますが,100%安全な
手術というのはありえません.以下におこる可能性のあるいくつかの合併症に
ついて述べます.
1)術前からの問題点
潰瘍性大腸炎の患者さんの最も大きな問題はステロイド治療を受けておられ
ることです。ステロイドは炎症をおさえてくれる重要な治療薬ですが,その一
方で,細菌など感染しやすくなる易感染性と傷の治りを遅くする創傷治癒遅延
をきたします。通常体内ではステロイドは副腎皮質という所から分泌され,ス
トレスがかかると普段の約 12〜15 倍の量が分泌されます。ところが今まで外部
からステロイドを投与されていたため,患者さんの副腎は眠ってしまった状態
となり,ステロイドをほとんど分泌しなくなっています。このため,手術時に
ステロイドの副作用を恐れて,ステロイドの投与を急にうちきると,手術のス
トレスに耐えきれなくて副腎不全という状態になります。
このため,術直後もステロイドの投与が必要です。これをステロイドカバーと
いいます。私達は投与方法を決め,ステロイドカバーをできる限り安全に行え
るようにし,その後徐々に減量していく方法をとっています。
2)術後合併症
A.出血,呼吸器合併症(肺炎,無気肺),排尿困難,創部感染
これらは他の病気であっても,全身麻酔を用いてお腹の手術をする場合,
いつもついて回る一般的な問題です。
B. 縫合不全
回腸と肛門(管)をつなぎあわせる(吻合)する際には器械を用いたり,手で
縫ったりしますが,この吻合部から腸内溶液が漏れる(縫合不全)ことがあり
ます.潰瘍性大腸炎の患者さんではステロイドを投与されており,創傷治癒不
良があるため,大腸癌などの手術にくらべると縫合不全の頻度が高く,約 5%
にみられます.多くの場合,絶食などにより自然治癒しますが,どうしても傷
が癒えない場合は再手術の可能性もあります.
c.腸閉塞(イレウス)
術後の腸管の一時的な麻痺や腸管癒着により腸内容の通りが悪くなる状態で
す.多くは
絶飲食などで改善しますが,なかにはイレウス管の挿入や手術が必要なこと
もあります.
C. 回腸嚢炎
回腸嚢に起こる原因不明の炎症で頻便,下痢(時に失禁,下血)
,腹痛,発熱
の症状で起こります。約 5%にみられるとされています。抗菌剤,抗生物質,ス
テロイドの注腸,絶食+高カロリー輸液などの治療で改善しますが,稀ながら
難治性の場合もあります。
その他,上記以外にもここでは充分な説明ができていない色々な合併症が発
生する可能性もあります.また,肝,肺,心臓の障害など,術前から併存疾患
を持っておられる方では術後合併症の発生率は高くなります.
9.退院後の問題点
1)術後 6 カ月における排便機能について
1日排便回数は最低 2 回,最高 10 回であり,平均 5-6 回/日です。
約 95%の人は,日常生活には問題ないとのことです。
5%の人は,1〜2 週間に 1 度程度,就寝中に便漏れがあるので,
pad をあてているとのことです。
2)食生活
退院直後は,食事内容によっては腸閉塞(イレウス)をきたしやすいものが
あるので気をつけてください.腸閉塞をきたしやすい品目を下記表にまとめま
した.これらの品目は全く食べられないというわけではありません.術後おな
かの状態が安定してきたら(約 2 カ月が目安)尐しずつ食べてみて下さい。も
し何度も調子が悪くなるものは避けていただかなければなりませんが,そうで
ないものは摂取可能と考えられます。
表 2.腸閉塞をきたしやすい品目
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
キノコ類
海藻類(わかめ,ひじき,昆布など)
糸こんにゃく
かんぴょう
ピーナッツ
ミカンの袋,リンゴの皮
もやし
3)通院
退院された後は定期的に当科外来に通院していただきます(場合によっては
消化器内科外来にも).退院してしばらくは 2 週〜1 カ月に 1 回程度です.全身
状態,排便状況が良好となってくれば,3〜6 カ月に 1 回程度になります.その
他,人工肛門が造設された方は退院後しばらくの間,ストーマ外来(月曜 PM)
にも通う必要があります.
製作:大阪市立大学医学部附属病院
初版:平成 16 年 5 月 6 日
改訂:平成 19 年 5 月 31 日
消化器外科
前田
清