月刊 アジアの友 第 447 号 2006 年 8 月 10 日発行 1966 年 10 月 25 日第三種郵便物許可 一橋大学 留学生センター 横田雅弘 教授 ▲ オーストラリアの例(産業モデル) 留学生獲得のための英語 輸出産業としての留学生 英語から入れるというのはオーストラリア の留学生獲得にとって、とても大きなアドバ オーストラリアは 1988 年に1万 8000 人 ンテージですね。また、各大学とも、英語の だった留学生が今年はおよそ 15 万人になっ 教育には短期コースを含めて多様なプログラ ています。オーストラリアでは留学を輸出産 ムを持っています。 業と捉えており、同国の輸出産業サービス部 学問的には、例えばシンガポールが理系か 門の第3位の成績を上げています。また、当 IT、社会科学系だとビジネスに特化している 然ながら、当初中心だった国費留学生の数は のに対し、オーストラリアの場合はもっと幅 減少し、今ではそのほとんどが私費留学生に 広い分野で学生を集めています。そして大学 なっています。 院よりも学部への留学生が多い。つまり高校 留学生が増加した一番大きな要因は中国や 生の英語留学から始まって、学部入学が中心 インドネシアなど送り出し側のプッシュ要因 で、大学院に大勢入れようということはそれ が非常に大きくなっていることです。中国の留 ほどやっていません。 学生は早くから英語を学びたいということが ただし、そうした早い段階で留学生を大量 ありますし、オーストラリアは中華系の人が多 に入れるということが高等教育のレベル低下 く、親戚が移民として住んでいるといったケー を招いているのではと心配する関係者もいま スも多いので、行きやすいということがあると す。お金さえ払えば留学できるというのは一 思います。 つのリスクであり、結果様々な人が入ってく 1 月刊 アジアの友 第 447 号 2006 年 8 月 10 日発行 1966 年 11 月 25 日第三種郵便物許可 るということでレベル低下の問題が当然出て くるわけです。 もっとも、来てみたけどがっかりした、と いうことになると、長期的には失敗というこ とになってしまいますから、そこには競争原 理やサービス精神が働いて、教育の 質 と いった部分にはかなり力を入れています。つ まり、レベルを上げることに加えて、多様な 人に対応できるシステムを作り、初歩の初歩 から、そこそこのところまで教えられるよう にする、ということをやっているのだと思い ます。 しかしその上の大学院に行って、さらにそ の先端的なところでどれだけ学生を惹き付け られるかとなると、かなり分野が限られてく 39 大学のうち 38 の大学によって運営され るのではないでしょうか。 ている機関で、世界中に 100 カ所以上のオ フィスを持っています。このように政府と一 オーストラリア政府の留学生受け入れ政策 体となって留学生政策を行っているそれぞれ の機関が大規模で、スタッフ数も非常に多い。 オーストラリア政府は外国人に対して「い また各機関の連携の仕方も、特に経済分野の い教育を提供する」 、 「商品としての教育を提 機関との連携も含めて、日本の比ではありま 供する」という観点から非常に多くの人材を せん。 割いています。日本だと文部科学省と JASSO (日本学生支援機構)にあたる機関に、教 ▲ シンガポールの例(高度人材獲得 育 科 学 訓 練 省 と AEI(Australian Education モデル) International)がありますが、中には調査、 広報、さらには経済関係の部署まであり、そ 産業界とのパイプを生かすSIMとMIT れぞれの部署に何十人もの人がついています。 と組んだSMA また、これとは別の民間の機関に、海外で の広報やリクルーティングを行っている IDP シンガポールでは国内の優秀な学生の海外 Education Australia があります。これは国内 流出、いわゆる頭脳流出が多く、これを防止 2 月刊 アジアの友 第 447 号 2006 年 8 月 10 日発行 1966 年 10 月 25 日第三種郵便物許可 するための政策がとられました。具体的には 争率は留学生も含めて非常に高く大成功して 経済開発庁(EDB)を中心に、省庁を超えた いるプログラムです。ただし奨学金が出るか 組織的で一貫性のある政策がとられ、その結 わりに、卒業後3年間はシンガポール国内で 果国内の人材だけでなく、留学生をも惹き付 働かなければなりません。 けるプログラムが誕生しています。 入学のための TOEFL(PBT) の平均スコアは まず、シンガポール初の国産私立大学であ 600 点以上なので、英語が相当できないと難 る SIM(Singapore Institute of Management しいということになります。ですから留学生 =シンガポール管理学院)は、もともとは はインドやマレーシアなど英語を日常的に使 EDB が設立した非営利団体で、企業の研修 用する国々、また中国で相当の英語教育を受 機関でした。ですから、インターンシップの けてきた学生ということになります。 機会も豊富にあり、現役バリバリの企業人 が教えており、企業との連携は非常に強いも シンガポールの狙い のがあります。ここは主にシンガポールの社 会人のための教育の場で、学生数およそ1万 最初は自国の学生が頭脳流出という形で海 5000 人、フルタイムの学生は 4000 人。そ 外に流出してしまうのを防ぐために始めたプ のうち留学生は 400 人程度です。現在その割 ログラムですが、 これだけ留学生が多くなると、 合はずっと大きくなっているかもしれません。 流動しながらも常にトップクラスの人間がシ 一方、留学生が全学生およそ 150 名 (2003 ンガポールに必要な部分残っているというこ 年 現 在 ) の 3 分 の 2 を 占 め る の が、SMA とになります。その人たちは入れ替わるかもし (Singapore MIT Alliance = シ ン ガ ポ ー ル・ れないけれど、必要な一定量の高等人材を世界 MIT 連携プログラム)です。同校はシンガポ をパイとして引きつけている。その人たちが出 ール国立大学(NUS) 、南洋工科大学(NTU) て行けば、また次のトップクラスの人を世界か と米国のマサチューセッツ工科大学(MIT) ら引き寄せる。 それによって中の人も活気づき、 による工業教育と工学研究の大学院生対象の 常に良い状態が保たれるのだと思います。 また、 共同プログラムで、MIT とシンガポールの大 卒業後3年、5年で外国に出て行ってしまった 学の修士と博士が取得できます。 としても、その期間いい環境で仕事をした人と SMA の全ての学生はシンガポール政府の奨 シンガポールのつながりは消えないというこ 学金で勉強しており、出願料も授業料も無料、 とです。 さらに生活費を賄うための手当もつきます。 ただ一つ、経済重視が前提のため、いわゆ これだけの奨学金がもらえて MIT の学位がと る人文科学とか、社会科学でも経済とあまり れるということで人気がないわけがなく、競 関係が薄い部分については難しい。そうする 3 月刊 アジアの友 第 447 号 2006 年 8 月 10 日発行 1966 年 11 月 25 日第三種郵便物許可 と人間的な成長とか広い教養という部分が い学校といえるのかもしれません。 どうなるのかという、その辺は心配な気がし そうしたオープンカレッジ風なところから ます。 スタートしているわけですが、最近海外の大 いずれにしてもシンガポール政府が繰り出 学とのツイニングプログラムや、フランチャ す政策というのは、いい意味で留学生を特に イズプログラムの制度を導入して、フルタイ 区別しないということでしょう。卒業後もシ ムの学生も受け入れるようになり、そしてき ンガポールに貢献してくれる高度人材ならば ちんとした学位を出せるようになっています。 どこの国の人であろうが大歓迎であるという 当初の駅ビルだけではなくて、地域の学校で メッセージを明確に表明しています。 使っていない教室なども借りて、経費をでき るだけおさえてどんどん巨大化していってお 香港の例(一般人材育成モデル) ▲ り、現在 10 万人の学生がいるそうです。香港 全体のこうした分野の市場が 20 万人というこ 生涯学習機関としてスタートした香港大学 とですから、およそ半分が香港大学 SPACE を SPACE 利用しているということになります。 香港大学 SPACE は、生涯学習の機会を与え 中国本土からの人気も ることを目的とした香港で最初の大学付属生 涯学習教育機関で、運営は香港大学が非営利 中国から入学したいという声は多く、学校 団体を通して行っていますが、基本的に独立 としてもいい学生を中国から入れたいと考え 採算です。1956 年の創立以来の在学者数は ています。そのため中国専門にリクルートを 150 万人で、現在は英国、米国、中国本土な 担当している先生もいます。 ど 59 の高等教育機関と提携を結び、卒業資格 中国そのものに送り出しの力があり、そう や学位が取れるプログラムも提供しています。 いう方々にとって香港というのは最も行きや 鉄道の駅ビルを使い開校したのですが、ス すい所といっていいかもしれません。就職さ タッフの方曰く、香港人のアフタ−5はサイ え見つかれば卒業後は香港に住むこともでき ドビジネスをやるか、自分のキャリアアップ ますから、そのことだけをとってもかなり人 のために勉強をするかどちらかだと。学校は 気があると言えます。 そのキャリアアップをしたいというニーズに 日本がとるべき道 ▲ 応えるために始めたということです。教える 側もサイドビジネスで、企業の技術者やマネ 各国が戦略的な動きを見せる中での日本の ージャーが来ているそうで、まさに香港らし 4 月刊 アジアの友 第 447 号 2006 年 8 月 10 日発行 1966 年 10 月 25 日第三種郵便物許可 国際化の現状は きるシステムを作らねばならないということ です。 文部科学省が国際戦略本部設置のための予 日本留学に魅力はあるのか 算をつけていますが、なぜつけたのかという と、国立のトップ大学ですら国際戦略のきち んとした本部、インフラが無いからです。留 一昔前だと日本は高度経済成長を達成した 学生の受け入れはたしかに 10 万人を達成し 国だということで、その謎を学んで母国の成 ましたが、それに対してケアしているのは、 長に生かしたいという留学生がたくさんいま 限られたスタッフの留学生課であったり、た した。それが今は生産拠点としての中国に、ま またまそこに配置された人であったりするわ た市場としての中国に魅力があるわけで、将来 けです。留学生センターにしても、大学の中 ビジネスをするときのために中国を知ってお の出島のようになってしまっている。 くことは大切だということで、そちらに行って そうではなくて、もっと大学として戦略本 しまうケースが多くなりつつあります。中国の 部を立てて、受け入れだけではなく、送り出 場合は高度な技術を身につけるというよりも、 しもきちんとやるといった、大きなビジョン 中国を知る、中国人とビジネスをするにはどう を作りなさいということです。まだ日本では、 したらいいのか、それを知るために中国に行っ トップクラスの大学ですら国際化戦略を始め てみようという動きがあるわけです。 たばかりというのが現状でしょう。 もちろん日本はアジアの先進国ですし、市 早稲田や慶応、立命館といった私立大学の 場も大きなものがあるわけですから、日本に 中には、早くから国際性というものを明確に 来ることが魅力的でないということはありま 打ち出しているところもありますが、今、大 せん。ただ、留学生全体の数が増えていると 学全体としてどういうことをやるべきか、と いっても、ほかの国も、留学生の獲得をどん いうことが問われるようになっています。 どんやり始めていますから、比較すると、ど こうしたビジョンは大学それぞれで出すこ うしても日本に行きたいという人の割合が下 とも大切ですが、まずは国としてその位置づ がってきているのだと思います。 けを政策的にもっていく必要があります。各 日本の大学の戦略は 国非常に戦略的ですが、政府が戦略的という ことはすなわち省庁をまたぐということを意 味します。日本の場合も、国として政策を立 これからビジネスチャンスを広げたいと思 てるのであれば、文部科学省がリードする必 えば、マルチリンガルが求められてくる。英 要はあっても、省庁の壁を超えた取組みがで 語ができればいいということではなくなって 5 月刊 アジアの友 第 447 号 2006 年 8 月 10 日発行 1966 年 11 月 25 日第三種郵便物許可 くるわけです。そうすると、日本人からすれ います。 ば香港やシンガポールで中国語と英語の両方 「経済」とのかかわり が学べるというのは魅力的です。その逆で、 日本には興味がある、しかも英語もできるよ うになるということで、日本に来てくれると 企業の高度人材獲得ニーズ、少子高齢化と いうことはあると思います。英語だけで授業 いった社会の流れとも重なり、シンガポール を取ろうと思えば取れるし、日本語でも取れ などのような将来の高度人材獲得を日本の大 るから、やる気がある人にとっては英語、日 学、文科省も考えなければなりません。経済 本語の両方を使いこなせるようになる。こう 産業省がアジア人材資金を打ち出しましたが、 したことから、 立命館アジア太平洋大学(APU) こうしたものも含めて、大学の中だけのこと や早稲田大学アジア太平洋研究科などをはじ を考えている時代では無くなり、卒業した後 めとして、各大学が英語力を高めるための、 はどうなのか、ということも絡めてやりまし 授業の英語化を進めるという動きが出ていま ょうといった動きが始まっています。 す。ただし、その学校が今後サバイバルでき 特に留学生の就職ということについては、 るのかという点から考えると、留学生用の対 今後5年くらいの間に企業との関係が変わる 策を採るか採らないかというよりも、留学生 可能性があります。実際に人材紹介・派遣会 も日本人学生も対象にできる国際化されたプ 社が積極的に動いていることも変化の一つで ラットフォームが構築できるかという問題に すが、文部科学省でも今までのように大学ま なります。 で面倒を見て、その後は知らないということ 立命館アジア太平洋大学は、日本人と外国 では駄目だということに気がついています。 人の割合が 6 割と 4 割です。留学生向けと日 そうした意識は、文部科学省だけでなく、大 本人学生向けに別々のプログラムを作っても、 学も、経済産業省も、企業も持っています。 一方しか享受できずに二つシステムを作るこ やはり 経済 が入ってくると物事の動き とになれば、コストや効率性の面で無駄にな は速いですから、少なくともこの5年くらい ります。だから APU では全体にかぶるような の間に経済界なり経済に関係する省庁・諸機 システムを作り、どちらからでも入れるよう 関が、留学生政策とからんで動き出すでしょ なプログラムを持っています。早いうちにそ う。その動向は5年くらいの間にわかると思 ういったことに着手するのなら、小さい大学 います。 でも生き残れる。もちろんそれが日本人の学 先ほど出た英語でも学べるような環境がで 生にとっても「おもしろい」となるかが最も きてくるかということと、経済関連の分野が 重要で、留学生だけ、というのは難しいと思 どのくらい留学生政策に影響を及ぼしてくる 6 月刊 アジアの友 第 447 号 2006 年 8 月 10 日発行 1966 年 10 月 25 日第三種郵便物許可 か。この辺で日本の留学生が今後さらに増え でしょう。 ていくのかどうか、かなり見極められてくる のではないかと思います。 日本独特のものを 世界に認められる国費留学生制度つくる 今後、日本が留学の中心になれるかどうか は分かりませんが、アジア全体が活況を呈す 日本はかなり大きな国費留学生制度を持っ るということはあると思います。早稲田大学 ていて、これまでかなりのお金を使ってきま が「東アジア共同体」構築のために先進的な したが、このことで「日本は途上国の発展の 試みを始めていますが、やはり東アジア共同 ために立派な制度を持ってますね」と考える 体の中心的な一角は日本ですから、これから 他国はあまりないと思います。もったいない の 10 年から 20 年、共同体の構想が実現して ことと思います。 くるのなら、日本は留学先として魅力のある 日本の得意分野で、途上国が実際に今困っ 国になるのではないかと思います。 ている問題に対応できるような人材を養成し 留学する魅力というのは多様です。日本ら て、卒業後は必ず母国に返すといった具体的 しい受け入れのやり方とか、貢献の仕方があ で明確な結果をもたらすような援助の仕組み るわけで、オーストラリアやシンガポールが をつくっていけば、世界からも今以上に認め やっているような高度人材争奪戦にきちんと られるのではないでしょうか。 戦略を立てずに乗っても勝ち残れる可能性は 今は国費留学生に対して、きちんとした追 低いと思います。せっかく援助の理念でやっ 跡調査はありません。そうしたことも含めて てきているところがあるわけですから、それ 今やっていることをきちんと把握、利用しな をきっちりアピールして行けば、いずれは日 がら日本が誇れる制度をつくるべきです。産 本にとってプラスになると思います。 業界と手を組んで、日本に貢献してくれるよ あるいは日本が標榜する平和、共同体、ア うな高度人材を育てる、あるいは国費留学生 ジアのバランスなど、西洋とアジアの接点と なら JICA や医療機関などと組んで、社会の いう役割をとってきた国としての日本留学の 基盤作りの為に活躍できる人材を育てていく。 魅力というのは、独特のものであってほしい いくつか戦略は考えられると思います。 と思っています。 トップクラスばかりを集めようとすると難 (終) しいと思いますが、中堅クラスでも真面目に 勉強しようという学生をたくさん入れれば、 それは様々な意味で日本の役に立ってくれる 7
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