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まえがき
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
室生犀星 『小景異情 その二』より
大学在学中の 4 年間、私は初めて生まれ故郷である新潟を離れた。18 年間ず
っと暮らしてきたまち、北魚沼郡堀之内町は、夏は蒸し暑く、冬は数メートルの
雪が降る。町の商店街はいつも閑散とし、ここが人でにぎわうのは年に一度の
十五夜祭りの時だけである。
東京へでできてからよく聞かれる。
「出身は?」
「新潟のどこですか?」私は
いつもその質問の答えに臆してしまう。答えようがないからだ。
「堀之内町」と
言っても誰もわかってくれるはずもなく、しかし他に何も伝えようがないので
ある。
なにも自分の故郷が全国的に有名になって欲しいわけではない。ただ自分が
18 年間暮らしてきたまちが、私という人間を形成してくれたまちが、両親が今
もふたりっきりで暮らしているまちが、私がこの世界中で唯一「ふるさと」と
呼べるまちが、
「どんなまち」なのか、胸を張って、誰かに伝えられる「勇気」
が欲しいだけなのだ。そしてその「勇気」を与えてくれるもの、それが「まち
おこし」なのであるならば。
この論文にも何度も登場するオートレースの場外車券売り場「アレッグ越後」
は、果たしてその「勇気」を私に与えてくれるものなのだろうか。この論文は、
1
堀之内町のような山間の小さな町村が苦しんでいる過疎化の状況を詳しく見て
いくことから始まる。そして、その状況を打破するためのまちおこしには、温
泉でも美術館でもなく、スポーツが適していると考え、スポーツのもつ様々な
機能などについて触れていく。最後には「理想」とされている総合型地域スポ
ーツクラブの現状と、スポーツ後進国である日本の元凶と思われるスポーツ行
政について触れ、最後に「アレッグ越後」の可能性について述べていこうと思
う。
美しき川は流れたり
そのほとりに我はすみぬ
春は春、なつはなつの
花つける堤に坐りて
こまやけき本の情けと愛とを知りぬ
いまもその川のながれ
美しき微風ととも
蒼き波たたへたり
室生犀星 『犀川』より
ふと、私は実家のすぐそばを流れる魚野川のことを思い出す。幼い頃、その
川でめだかをすくい取ったように、私はこの論文で「ふるさと」のありのまま
の姿をすくい取ってみようと思う。
また、お忙しい中、インタビューを快く引き受けてくださった堀之内町商工
会の八木さん、そして2年間お世話になった早川武彦先生、中島由美先生に感
謝の意を表したい。本当にありがとうございました。
平成 13 年 1 月
一橋大学社会学部 4 年 栗山 祐太
2
目次
まえがき
1
第1章 まちおこし・むらおこし
第1節
悩める地方
5
第2節
過疎化という現象
7
第3節
「まちおこし・むらおこし」の定義
11
第4節
まちおこしの現状
13
第2章 まちおこしとスポーツ
第1節
スポーツの機能
17
第2節
なぜスポーツか
21
第3節
スポーツによるまちおこし
23
第3章 事例研究 ∼アレッグ越後∼
第1節
ギャンブル・スポーツ
28
第2節
オートレース
32
第3節
アレッグ越後
35
第4節
アレッグ越後への提言
41
3
第4章 スポーツとまちおこしの将来
第1節
総合型地域スポーツクラブ
45
第2節
スポーツ行政のあり方
52
第3節
私の考える「スポーツとまちおこし」
55
あとがき
参考文献一覧・資料
62
64
4
第1章 まちおこし・むらおこしの必要性
どうして過疎化が起こるのか。どうしてまちおこしが必要なのか。愛知県東
海村は平成7年度の国勢調査で人口が198人にまで落ち込んだ。
「故郷」が亡
くなる?ありえない話では無くなってきた。21世紀を迎えて、新たな「地方」
の在り方、そしてそれを可能にする「まちおこし・むらおこし」について考えて
みようと思う。
第1節 悩める地方
地方分権と声高に叫ばれて久しい。首都機能も東京から地方へ移転、と
いう動きも出てきている。さらに IT 技術の革新により、地方と都市部の経
済格差が縮まる可能性もある。こういった状況、
「地方追い風」の時代にあ
りながら、地方の「過疎化・高齢化」の流れは依然とどまることを知らな
い。現在、過疎地域の指定を受けている市町村は全国に1230あり、全
国の市町村の約4割(38.1%)にあたるとされている。また同時に高
齢化も進んでおり、地方圏の中小市町村の人口の約2割(18.9%)が
高齢者という計算になる。
5
(1)
図表 市町村数、人口、面積(過疎、非過疎、全国)
市町村数
人口
面積
[団体 (%)]
[人 (
%)]
[k㎡ (
%)]
過 疎 地 域 1,230 (38.1)
7,965,656 ( 6.3) 184,749 (48.9)
非過疎地域 2,000 (61.9) 117,604,590 (93.7) 193,088 (51.1)
全
国 3,230 (100.0) 125,570,246 (100.0) 377,837 (100.0)
面積 市町村数
48.9
人口
過疎地域
38.1
非過疎地域
61.9
人口 6.3
93.7
市町村数
38.1
51.1
面積
6.3
93.7
48.9
過疎地域
51.1
非過疎地域
61.9
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 10
0
そもそも過疎(地域)とは、1990年4月 1 日から施行された過疎地域
活性化特別措置法によると、①1960年から85年までの25年間の人
口減少率が25%以上、②同期間の人口減少率が20%以上で、85年時
点の高齢者比率が16%以上、③同期間の人口減少率が20%以上で、8
5年時点での若年者比率が16%以下、というもので、この人口動態に各
自治体としての財政指数の状況が加わる。このように、過疎地域とは厳密に
数字によって定義されているが、これらの数字以上に過疎地域は暗く重く、
閉鎖的なイメージを持つ。
(1)
人口は平成7年度国勢調査、面積は国土地理院調べ「平成8年」による。
6
第2節 過疎化という現象
地方の中小市町村において過疎化が進む理由として考えられるのは大き
く分けて三つある。
Ⅰ 農林水産業(第1次産業)の衰退
高度経済成長の時代、日本は工業品の輸出で大きな黒字を得た。その貿
易黒字を解消するための対応として日本は、減反政策や農産品の自由化、
という農林水産業に対する公的介入で行うという選択をした。つまりここ
数十年の農林水産業とは経済政策の一環として進められ、経済政策を補完
する役割を担わされてきたに過ぎなかったのである。農林水産業に従事す
る労働者は仕事を失い、都市部へ出稼ぎに行くようになる。そのまま都市部
で生活をする世帯も増え、人口の流出は止まらなかった。
Ⅱ 地場産業の衰退
地元資本で経営している同一業種の中小零細企業が一定地域に集団をな
して立地している場合、通常それは地場産業と呼ばれている。地場産業は、
もともとそこに住む地域の人たちの衣、食、住などの需要を補充する必要
性から、地元で供給される原料を加工することに発生基盤を持っている。
労働力はもちろん、原料も技術も地場の物であるということから、地域産
業と言わずに文字どおり地場産業と言われてきた。その後、生産規模が大
きくなり、交通の発展や市場販路も拡張するにつれ、原料は外部から持ち
込まれることが多くなってきた。そこで今日では、地場産業といえば、地
域の技術的関連を基盤にした地元資本によって営まれている企業集団のこ
とをさすことになっている。地域によっては、製造業だけでなく、それに
原材料を提供する農林水産業を含め、広く用いられていることもある。
このように地場産業は、人々の生活とともに古く、また多業種に渡るが、
市場、生産方法、産地体制、成長性において遅れ、かつての勢力を喪失し
てきた。このことにより地域の雇用は減り、若年層は都市へ流出し、過疎
化は進展していくことになる。
7
Ⅲ 全総計画とその矛盾
1962年に始まった第1次全総計画(全国総合開発計画)から198
7年に始まった第4次全総計画は、一貫して日本列島における過疎・過密の
解消、というテーマを持ち進められてきた。第1次全総計画では拠点開発
方式(重化学工業化を軸とする資本蓄積の進展のために、工業生産基地の
地方への進出を図り、それによって資本と人口を分散させようとする計画)
、
第2次では新幹線、高速道路、空港などの大規模交通と、通信ネットワー
クの整備が計画の主題として掲げられた。第3次では定住圏(都市、農山
漁村を一体として、山地、平野部、海の広がりを持つ新しい生活圏)を設
定して、人口の地方定住を図ろうとした。第4次は交流ネットワーク構想
を柱とし、多極分散型国土の構築を目指した。
いずれの計画主題も、公共投資先をハード面に特化しているのがわかる。
そこにおいては国土計画に不可欠な土地利用計画はもちろん、国を支える
はずの地方における市民生活や産業の基盤であるべき文化・教育・福祉・情
報・国際化といったソフト面の計画についてはほとんど触れられていない。
それらの結果として、確かに地方においては新産業都市などの工業の拠
点は生まれたが、それらは住民の生活の拠点となるべき都市ではなかった。
ソフト面は相変わらず東京をはじめとする都市圏が独占する状況が続き、
それを求めて企業や人々(特に学生を含む弱年層)が都市圏に集中しつづ
けた。かくして全総計画は、過疎・過密の解消、といったテーマを主眼にし
ながらも、逆に過疎・過密を進行させてしまうという、皮肉な、背反した
構造を持つようになった。
哲学者の内山節氏によると、
「ヨーロッパの山村では過疎化という言葉
(2)
が成立しない」
と言う。内山氏の訪れたフランスとスペインの国境に位置
するある村は、戸数20戸の村であるのに、3軒ものカフェがあり、その
カフェで「村人同士が支え合い、助け合いながら生きていく村の基盤がつ
くられていく」のを目の当たりにして、内山氏はここでは「村人が個人と
してではなく、集団で生きていく社会が形成され」ていっていると見て、
このカフェこそヨーロッパの山村の過疎化を食い止めている最大の象徴で
(2)
内山節 『山里紀行―山里の釣りから2』 日本経済評論社 1990 p.11
8
はないかと判断し、先程の言葉を発するに至る。
つまり過疎地域とは、一般に人口減少率などで定義されるべきものであ
ろうが、再び内山氏の言葉を借りれば、
「一定の生活水準を維持」できず、
「共に生きることの楽しさを享受できなくなった社会」の状態のことを指
す、と言っていいだろう。逆に言えば、たとえ人口が減少し、高齢者の割
合が増えたとしても、ヨーロッパの山村のように、生きていく基盤(住む
ところ、働くところ)が整備され、共に生きる楽しみ(その地域に対する
愛着、誇り、面白さ)さえ見出せていれば、過疎化・過疎地域という言葉
は当てはまらないのではないか。人口が増え、まちが潤うのもまちおこしの
一つの成功例ではあるが、根本的には「生きる楽しみ」を見出すことが不
可欠である。
1989年(平成元年)に「ふるさと創生1億円事業」なるものが政府
の発案で行われた。これは一部の富裕団体を除く全国3000余りの市町
村に一律1億円ずつ交付し、この資金を起爆剤として「独創的・個性的な地
域づくり」をしてもらおうというものである。
「政府の人気取りだ」
「予算
の無駄遣いだ」と様々な批判も呼んだが、この事業が今までの事業と違っ
た点は「何に使っても良い」という所にある。今までの交付金は、
「ある事
業をやりたい」と政治家に申し出、そしてそれが受理されると、その事業
のためだけに予算が配分されるシステムであった。ここには国→都道府県
→市町村という縦割り社会構造が存在し、市町村は国や都道府県に対して
頭が上がらず、逆に国は地方に対して権威が保てるという図式がある。し
かし「1億円事業」はそういったものを一切介さず、市町村の自由な使い
方ができるのだ。中には金塊を購入するような的外れな政策を行った自治
体もあったが、特に多かったのが温泉事業である。日本の地形上、温泉を
掘り当てるのは比較的容易であるとはいえ、各地に温泉が乱立することに
なり、地域ごとの特性を活かしづらくなってしまった。図表のように、北
関東では温泉自体の数は年々増加しているものの、宿泊者数は横ばいで、
消費者を食い合う状況となっている。
9
図表 北関東の温泉宿泊客数等の推移(3)
自由な裁量が与えられた1億円も使い方が不鮮明であると、このような
結果に陥ってしまう。交付当時はバブルの絶頂期であり、地方にそれほど
の危機感がなかったこともあるが、地方も国、都道府県との馴れ合いのた
めに、真剣にまちおこしを考えていなかったのではないだろうか。
そこで「まちおこし」とはこうあるべき、という定義について次の章で
述べていきたい。
(3)
経済企画庁調査局編 『地域経済レポート99』 1999
10
第3節 「まちおこし・むらおこし」とは
ここまで曖昧にしてきたまちおこし・むらおこしの定義を、
①「まちの生活」と「まちの芸術文化」との「交差点」を、その「まち」の「あら
ゆる空間で発見し、設計し、実現し、評価する活動」を通して、真の②「豊かさ
(wealthy)
」
を生み出す一連の③「地域住民運動」
。
としたい。
①「まちの生活」と「まちの芸術文化」との「交差点」を、その「まち」
(4)
の「あらゆる空間で発見し、設計し、実現し、評価する活動」
地域に固有の祭り、街並み、生活様式、文化財、地場産業財、製造業の
製品、観光サービス、などを、単なる「モノ」や「サービス」として評価
せず、
「芸術文化を担うもの」
「かけがえのない固有の価値」として評価す
る。
一見「芸術文化」とは無縁にも思える地方の農村地帯にも、必ず何かし
らの「芸術文化」は潜在している。例えば、民謡や踊り、自然環境がそれ
にあたる。それら固有の芸術文化を何らかのかたちで復興させることで、
観光客や一度まちから離れていった人々が集まり、地域に「賑わい」が生
まれる。それがきっかけで、その他の今まで隠れていた文化を再発見、再
評価することにつながっていく。
(今回の論文の中で触れることになるであろう、私の故郷である新潟県北
魚沼郡堀之内町にも、
「まちの芸術文化」はある。民謡である『大の坂』や、
江戸時代に活躍した彫刻家、石川雲蝶の作品が多く残る永林寺。さらには
戦後歌壇界で活躍した宮柊ニは堀之内町の生まれである。平成4年11月
には雪国の民家をイメージした木造二階建ての「宮柊ニ記念館」が開館し、
短歌大会を開催している。
)
②「豊かさ(wealthy)
」
先程の『現代のまちづくり』の著者である池上淳氏は、
「豊かさ」につい
(4)
池上惇他編 『現代のまちづくり』 2000 丸善ライブラリー p.ⅲ
11
て次のように述べている。「一つは場所や財に対する評価を金銭で表現し
たリッチ(Rich)であり、もう一つは快適な充実感、人間の生きる喜びを
表現したウェルスィ(Wealthy)である」(5)と。これは第1節で既に触れた
「生きる楽しみ」とも言い換えることができるだろう。
rich から wealthyへの「豊かさ観」の転換は、地域のあり方、まちおこ
しの方向性においてもきわめて重要な提起となる。
③「地域住民運動」
まちおこしの役割を担うのは、基本的には市町村自治体であるにしても、
まちおこし、まちづくりは行政によってのみ行えるものではない。行政と
住民がクルマの両輪となって進められてこそ、より地域の実態に即したま
ちおこし、まちづくりが可能になる。その住民参加は、まちおこし計画設
定に当たってそこに参加することと、計画を進める過程の参加の両方にお
いて確立されなければならないと考える。現在も都市計画法による都市計
画の縦覧、公聴会制度など、住民参加が明らかにされているといえるが、
それらは形骸化しており、住民の意志を必ずしも反映しているとは言えな
い。
地域社会の住民が形成する既存のネットワークを拡大、整備し、その統
合と連帯を強化して、住民の問題解決・処理能力、特に地域振興を実現する
能力を高めることが必要となる。
(5)
守友裕一 『内発的発展の道』 1991 農山漁村文化協会 p.14
12
第4節 まちおこしの現状
Ⅰ 事業内容
各自治体は「賑わい」のあるまちづくりのため、多様な取り組みをして
きているわけだが、大きく分けて次の4つに分類されよう。
(例示したイベ
ント、施設は巻末の資料参考)
① 国際的な広がりを持つ地域イベントの実施
(紋別市の北方圏国際シンポジウム、飯田市の人形劇カーニバル飯田)
② 地域に固有な地理的、歴史的特性を活かした地域づくり
(喜多方市の蔵とラーメンによるまちづくり)
③ 高度な文化施設の建設等により地域に新たな独自性をもたせ、活性化
の契機にしようとするもの
(水戸市の水戸美術館)
④ 地域資源の活用を核とした地域づくり
(高知県の四万十川流域市町村における清流のイメージを生かしたま
ちづくり、熊本県小国町の地場産材を活かした悠木の里づくり)
いずれの場合も、恵まれた自然環境や歴史的・伝統的文化などそれぞれの
地域が有する諸資源を有効に活用して、地域のアイデンティティを確立し、
地域住民が共通の理念を共有すること、そして広く他地域に向けて情報発
信していくことが肝要である。それにより、住民が地域に誇りや愛着をも
って生活して行くことができるようになる。
かつて地場産業は限られた情報と限られたマーケットの中でのみ存在し
てきたが、情報機器の発達により、インターネットやオンラインショッピ
ングが身近になった現在においては、全世界に向けての情報発信も可能に
なってきている。何よりも自治体関係者が、いや地域住民自身がその地域
に根付く伝統文化、自然環境、優良資源を評価すること(に気づくこと)
ができるかどうかにかかっている。隣の町と違う何かがあるから違う町で
あるのだ。
日本リサーチ総合研究所が1999年12月に行った調査「現代消費者
の意識と態度」によると、「自分に必要ない機能やサービスがついていると
13
割安でも買わない方」と答えた人が、48.5%と、そうでない人(14.
4%)を大幅に上回った。(6)
このことは、今の消費者は「不要な(自分の欲求を満たしてくれない)
ものは、安くても求めようとしない」傾向にあり、逆に言えば、必要な(自
分の欲求を満たしてくれそうな)ものには、対価を払うのもいとわない、
という姿勢を表してはいないだろうか。
ホンモノでなければ消費者も地域住民も食いつかない。まちおこしにも
同様なことが言えるのではないか。
「固有」であり、
「ホンモノ」の文化を
再評価、あるいは新しく生み出すことがまちおこしには必要なのではない
か。
Ⅱ 運営形態
「まちおこし」≒「第三セクター」という図式が思い浮かぶほど、この
2つの関係は密である。公企業、民間企業をそれぞれ第一・第二セクター
と呼ぶことから、国や地方公共団体と民間の共同出資による事業体を第三
セクターという。地域開発・交通その他の分野で設立され、本来、国や地
方公共団体が行うべき事業を、民間の資金と能力を導入して共同で行おう
とするものである。
過疎地域における第三セクターの設立状況を見ると、平成5年度以降毎
年100件を超えている。また出資比率については、市町村の出資が50%
を超えるものが84.3%を占めている。また平成10年度までに設立さ
れた第三セクターの事業目的をみると、観光レクリエーション関係が40.
3%、地場産業の振興が34.5%となっている。
さらに平成元年度から10年度までに設立された第三セクターの運営状
況についてみると、解答のあった1、137事業所のうち、
「継続して赤字
である」
「この2∼3年赤字になっている」と回答した事業所が、全体の3
2.3%を占めている。
「年度によって異なる」と回答した事業所も21.
7%あるため、約半数の第三セクターが赤字で苦しんでいると推測できる。
(6)
讀賣新聞 2001年1月3日付 朝刊
14
図表 第三セクターの設立状況(7)
設立年度
組織形態
事業目的(
複数回答)
観
地 交 農
光・
場 通 林
レク
H
そ
そ
∼
株式 財団
産 機 地
H2H3H4H5H6H7H8H9 1 計
の 計 リ
の
元
会社 法人
業 関 の
エー
0
他
他
振 運 管
ショ
興 営 理
ン
雇用者数
常用
その
雇用
他
者数
476 71 77 86 128 126 102 135 120 115 1,430 1,010 222 198 1,954 787 675 91 114 287 16,842 9,548
なぜまちおこしの形態は第三セクターが多いのか。それは平成2年度施
行の現行過疎法により、一定条件を満たす第三セクターへの資金について、
過疎債の充当が認められているからだけではない、と私は考える。
公共機関の第一セクターでは柔軟なアイデアが出にくく、また民間の第
二セクターでは利潤追求のために「まちの文化」が損なわれてしまう可能
性もある。地域住民が不信感を持つこともあるだろう。そうなると住民が
まちづくりに参加しやすく、バランスの取れた第三セクターにならざるを
得ないのではないだろうか。
Ⅲ まちおこしの新しい動き
しかし、そんな第三セクターを中心としたまちおこしに変化が見られる。
1991年、三井物産無機・肥料本部内に発足した「ニューふぁ∼む21」
(8)
がそれだ。そもそも農林水産省が設立した外郭団体「財団法人21世紀
村づくり塾」に三井物産が参画したことで生まれたプロジェクトチームで
あるが、これまで40を超える市町村の地域振興、まちおこし事業に携わ
ってきた。
「ニューふぁ∼む21」の特徴は、
「町おこしに必要な事業の調
査から始め、その後の基本構想、基本設計、実施設計とすべてフォローア
ップするのがわれわれのやり方」(園田正彦氏 ニューふぁ∼む21チー
ムリーダー談)に尽きる。
直接事業を起こすのではなく、その地域に固有の文化、自然環境、資源
を「コンサルティング」することから始める。そのうえで提案するプロジ
(7)
(8)
自治大臣官房長官過疎対策管理室 『過疎地域の現状と対策』 1998
http://mitsui.mgssi.com/world/0004/toku_01.html (2001.1.14)
15
ェクトは、まちの基幹産業にかかわるものがほとんどである。前出の園田
氏は「町おこしは、そのプロジェクトを推進することによって、町に新た
なビジネスチャンスを生み出すことができ、それによって、ほかの産業も
活性化し、経済波及効果があるものでなくては意味がない」
「よくある例で
すが、美術館などを町に作る、これは一時的に観光客を呼んだり、町を盛
り上げることができるかもしれない、しかし、それは本当の意味での町お
こしにはならない」と述べている。
地域住民にとって、地場産業や伝統工業が復興し外部の人々に認知され
ることは、自分たちのアイデンティティを高揚させるのに役立つ。このこ
とからも、まちおこしには軸となる産業分野、しかもその地域に固有なも
の、が必要なのである。
16
第2章 まちおこしとスポーツ
第1章では、過疎化に悩む地方とまちおこしの現状などを述べてきたが、
第2章では、まちおこしにスポーツを活用する、という観点から話を進め
ていきたい。今でもまちおこしに「スポーツ」というソフトを利用してい
る自治体は少なくない。どうしたら、より地域の活性化に役立てることが
できるか、スポーツの持つ機能や成功事例などをもとに、スポーツとまち
おこしの関係について触れてみようと思う。
第1節 スポーツの機能
「戦後長い間、
(中略)スポーツは主に、個人的な趣味や嗜好に関わる話
題か、もしくは教育の世界との関連で語られてきたのである.しかしなが
ら80年代から90年代にかけて、スポーツがひとつの産業領域として急
速に成長し、経済的な波及効果を持つにつれて、スポーツが果たす新しい
役割に注目が集まり始めた.
」(9)
(9)
原田宗彦編 『スポーツ産業論入門』 1995 杏林書院 p.305
17
プロ野球や大相撲、そして学校の部活動が戦後のスポーツの中心であっ
たが、1984年のロス・アンゼルスオリンピックを境に、スポーツはひ
とつの産業として成立するに至った。アメリカでは、スポーツ産業は電信電
話産業についで11番目に高い総生産を計上し、国内総生産の2%を占め
るという。日本でも、ここ数年減少しているとは言え、国民総支出のうちの
1%はスポーツ関連に費やされている。図表のように、家計におけるスポ
ーツ関連の支出も年々増加しているという事実からも、スポーツ市場が拡
大していることがわかる。
図表 家計におけるスポーツ関連の支出の推移(10)
運動靴
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
4,217
4,661
4,848
4,971
4,931
4,847
4,962
4,985
運動
用具類
14,423
16,354
17,604
18,230
18,975
19,102
18,411
20,083
スポーツ
月謝
4,369
5,045
5,723
6,614
6,683
7,345
7,714
8,701
スポーツ
観戦・
ゲーム代
3,380
4,308
4,443
4,738
5,743
5,627
6,524
7,384
合計
26,389
30,368
32,618
34,553
36,332
36,921
37,611
41,153
消費支出
名目
増加率
4.1
15.2
5.5
7.4
2.5
5.9
2.6
5.1
2.6
1.6
1.2
1.9
1.7
9.4
3.6
単位(
円、%)
対前年
増加率
なぜ人々はスポーツをするのであろうか。もともと「遊び」のひとつの形態と
して生まれたスポーツには、近年、さまざまな機能が与えられている。主な機能
として次の6つが挙げられる。(11)
(10)
(11)
広瀬一郎 『スポーツマーケティング』 1994 電通 p.59
通産産業省産業政策局編『スポーツビジョン21』 1990 pp.26―27
18
① 自然な人間的欲求を充足する機能
身体的存在である人間の運動に対する自然な欲求を、楽しさと
喜びを伴って充足する。
② アミューズメント機能
身体を動かすことの喜び、爽快感・充足感等の楽しみは、スポ
ーツを通じて最も純粋に体験される。
③ ヘルス・メインテナンス機能
現代生活の過剰ストレスや慢性的運動不足に対して生理的な代
謝を促進するとともに、心身のバランスを回復し、健康や体力を
維持・促進する機能を持つ。
④ 学習・教育機能
スポーツにおける楽しみの追及は、その挑戦性・技術性・規範
性とあいまって、自発的な創意・工夫・努力を導き、心身の鍛練
と豊かな学習をもたらす。
⑤ 自己開発・向上機能
スポーツにおける楽しみの追及は、人間の精神と身体の働きを
ともに高めつつ、人間の身体的・感性的・理性的可能性を開きこ
れらを統合する。
⑥ コミュニケーション機能
スポーツは、競争や協同の関係を通して他者と、また開かれた
感性を通して自然や文化との豊かな交流を生み、育む機能を有す
る。
このようなスポーツの意義が社会的に認知されるようになったのは比較
的近い過去のことである。なぜならスポーツに与えられる機能とは社会的
条件とその背景に応じて移り変わるものであるからである。
明治以降戦前までは、スポーツは肉体的側面、特に体力の増強という機
能が重視され、軍事下における労働力や兵力の水準向上を目的とした教育
として行われていた。
戦後になると、スポーツはまず学校教育の一環として生活の中に広がっ
ていく。しかし東京オリンピック前後までは、スポーツの社会的側面や競
争の性格が強調され、ナショナリズムを喚起する競技スポーツが重視され
る傾向が強かった。スポーツで「勝つ」ことが何より大切で、スポーツで
「勝つ」ことが日本の戦後復帰を促進する布石となった。
その1964年(昭和39年)の東京オリンピックを契機に国民のスポ
ーツ熱は一気に高まり、高度成長による所得の増大などを背景に、60年
代後半から70年代にスポーツの大衆化が進んだ。同時にこの頃は、都市
化、機械化による運動不足や成人病の蔓延等から健康への不安が増大し、
19
また過剰なストレスの解消を求める欲求を高まって、先ほど挙げた③ヘル
ス・メインテナンス機能が重視された。
経済成長が一定の段階に達し、
「量」より「質」の生活にプライオリティ
がおかれる時代になると、スポーツにも文化的、遊戯的な性格が求められ、
心身の健康への寄与をベースとした、楽しさと喜びへの欲求、感動や高揚
の体験、自由で豊かな交流の実現をもたらすことが期待されるようになる。
まず近年では、アメリカやヨーロッパ諸国をはじめとする先進国が大衆化、
都市化への潮流の中でスポーツに対するの認識を変化させてきた。
1966年にヨーロッパ評議会が「スポーツ・フォア・オール」の概念
を採択し、スポーツの概念を「自由時間に参加する、自由で自発的な活動
である。その機能は、レクリエーション、娯楽、自己啓発である」(12)と定
義した。日本でも、スポーツ産業研究会が「スポーツは、自然な人間的欲
求を充足しながら、アミューズメント機能、ヘルスメインテナンス機能、
自己開発・向上機能、コミュニケーション機能、学習・教育機能等の様々
な機能を有しており、ヒューマニティー(人間性)の維持と向上に大きな
(13)
役割を果たすという文化的価値を持つ」
と報告している。
このころから、
生涯スポーツ、文化としてのスポーツが発展していく。
以上のように、これまでのスポーツの主眼は(教育・訓練・競技)から
(楽しみ・ヘルス・コミュニケーション・リクリエーション)へと移行し
てきた。そして現代では、こうした様々な機能を個々の判断で選び取り、
生活の質を高める新しいスポーツ理念が必要になっている。
(12)
ピーター・マッキントッシュ 寺島善一他編訳 『現代社会とスポーツ』
1991 大修館書店
(13)
『スポーツビジョン21』 p.1
20
第2節 なぜスポーツか
スポーツと同じようにまちおこしのためのソフトとして積極的に利用さ
れているものに、art がある。ここでは art を「人間のクリエイティブな才
能を表現したもの」と定義する。よって美術だけにとらわれず、音楽、街
並みなども指すのであるが、スポーツとこれら art が決定的に異なる部分
はどこだろうか。
それはスポーツが art 以上の普遍性を持つことに他ならない。protocol
(儀礼)のようなものはルールだけで、世界共通の言葉のようなものであ
る。スポーツには宗教、教養、職業、性別、年齢、階級、人権、思想、国
籍等の壁はない。それに比べ art は、あるレベルに到達するまでの障壁が
高すぎて、誰でも気軽に参加できるものではない。スポーツの場合、一流
の選手になるかどうかは別として、練習を積めばある程度の楽しさは経験
でき、それさえも不可能な人は見て楽しむという参加の方法もある。つま
り個々人により楽しむレベルが多彩であることが重要なのである。
さらにスポーツそのものが持ち得る一体感は、まちおこしを行ううえで
地域住民を結びつける大切な環である。須田直之氏はこの一体感を「フィ
ーバー」と呼んでいる。1985年、高知県伊野町にある伊野商業高校が
甲子園優勝校となり、地元に凱旋した時の様子は次のように報道されてい
る。「選抜甲子園野球大会に初出場で優勝して県立伊野商校チームが8日
帰郷。午後4時前国鉄伊野駅に到着し、待ち受けた大勢の町民から熱狂的
な祝福を受けた。駅前には全町民の4分の1に当る約5,000人が出迎
えた。
(中略)ナインはまず近くの神社へ優勝の報告。
(中略)同校体育館
で開かれた県高野連主催の歓迎会に望んだ。会場には父兄ら約1,000
人が詰めかけ、紫紺の優勝旗を手にした主将を先頭に選手が入場すると割
れんばかりの拍手。(中略)いつもは静かな和紙の町も、この日ばかりは優
勝歓迎一色となり、夜遅くまで沸き返った。
」(14)
このようなフィーバー現象は大都市よりも中都市、中都市よりも小都市
ほど熱狂的なものになる。現代スポーツには、地域住民を一つに結びつけ、
(14)
須田直之 『スポーツによる町おこし』 1992 北の街社 pp.16―17
21
そこにある種の社会統合をもたらす機能と、地域社会のシンボルと化して、
地域社会の共同体的性格を表現する集団表象性がある。社会統合機能と集
団表象性は相互に密接にリンクしており、スポーツによって地域住民の結
合が深まるにつれ、スポーツは地域の「顔」
、つまり町のシンボルとして結
晶する。そして、ひとたび地域社会のシンボルとなったスポーツは、住民
の連帯をよりいっそう強める格好のきずなとなる。
社会統合機能と集団表象性は地域に古くから伝わる「祭礼」にも見受け
られる。我が国では、年中行事化した各種スポーツ大会が終わり、活躍し
たチームや選手が郷里に帰るたび、伊野町のようなフィーバー現象が巻き
起こる。そこでは極度の熱狂、歓喜、興奮と突発的、逸脱的、非日常的な
行動(阪神タイガースの優勝決定の瞬間には多くの人が道頓堀に自ら飛び
込んだ)を伴うことが少なくないが、それ自体はなんら異常、偶然、無秩
序な反社会的な行動ではなく、日々の鬱憤や変化のない日常の中に生まれ
る一瞬の緊張解放を意味する反復的な現象なのである。人類学では「凪ぎ」
、
民族学では「ハレ」と呼び、それは「祭礼」の時にもしばしば見られるも
のなのである。しかし、
「祭礼」の研究ほど、スポーツにおける社会統合機
能と集団表象性の研究はまだ進んでいない。スポーツを低俗なものとする
見方(米国の哲学者 P.ウェースらの大衆文化排除論)や、低俗とまでは言
わないがマージナルなものであるとする見方(英国の R.ホガートらは上記
の大衆文化排除論を批判していたが、ことスポーツには「取るに足らない
活動」とみた)が未だ全世界的に根付いているからである。
私はオリンピックのフィーバーぶりを見るたびに、たとえどんなに商業
主義がはびころうとも、オリンピックを単なる「スポーツの祭典」として
片づけられない。それほどの可能性とエネルギーをスポーツには感じる。
22
第3節 スポーツによるまちおこし
まちおこしにスポーツを活用している地方自治体は意外と多い。
「ふる
さと創生一億円事業」の利用内訳を見ると、全国922市町村が何らかの
かたちでスポーツをまちおこしに利用している。廃線になった線路跡をジ
ョギングロードとして活用したり(鹿児島県鹿屋市)
、日本一の滑り台を作
ったり(兵庫県上月町)
、無人島にキャンプ施設を建造したり(沖縄県伊是
名村)と、多種多様である。
原田宗彦氏によると、スポーツが地域開発に果たす機能は次のようにま
とめられる。(15)
1. 資本を蓄積する機能(社会資本蓄積機能)
ここで言う資本とは、社会資本のことを指し、社会の公有となって
いる施設などのことを言う。つまり、現在のように環境保護や生活の
質的向上が優先される時代において、公園やスポーツ施設などを建設
し、資本として住民のために蓄積することを意味する。
2. 消費を誘導する機能(消費誘導機能)
市民、または外部からの参加者に対してリクリエーションやエンタ
ーテイメントの機会を提供することで、消費活動を誘導し、地域の経
済を活発化させる機能のことを言う。
「見るスポーツ」では入場料収入
や放映権料、
「するスポーツ」の場合は、参加料や施設利用料から収益
をあげ、地域経済に還元することができる。また私は、この機能には
新たな雇用の創出も含まれると考える。
3. 地域の連帯感を高める機能(地域連帯感向上機能)
スポーツは、時と場所を選ばない「リスク・フリー」なトピックであ
るので、日常生活の潤滑油となり、地域の連帯感の高揚や社会的交流
に役立つ。社会的な交流とは、世代間・家族間はもちろん、外部社会
との交流(コミュニティ形成効果)のことを指す。また、地域をフラ
(15)
前掲『スポーツ産業論入門』 pp.308-310
23
ンチャイズとするスポーツチームの存在(活躍)は、その地域住民の
アイデンティティを確立することも可能である。第1節で挙げた「フ
ィーバー現象」はこのよい例である。
4. 都市イメージを高める機能(都市イメージ向上機能)
単なる地理的なイメージではなく、スポーツの生み出した興奮、感
動が祝祭空間としてのイメージを生み出し、人々の記憶に残る。
「長
野」=「オリンピック」
、
「宮古島」=「トライアスロン」といった具
合だ。1996年にオリンピックを開催したアトランタ市は、オリン
ピックによる都市イメージの刷新(それまでアトランタ市は「退屈な
南部の大都市」というイメージしか持たれていなかった)に成功し、
1997年には、当初の計画であった州外からの企業誘致の目標をほ
ぼ達成したと報告されている。
これらの機能が最大限生かされれば、まちおこしは成功するだろう。た
だ私は上記の 3.地域の連帯感を高める機能(地域連帯感向上機能)が特に
重要な意味を持っていると考える。地域の連帯感・一体感が高まり、地域
住民のアイデンティティを確立することができれば、その他の機能も自然
とついてくるのでは、と思うからである。
ある街の郊外にチェーン展開を進める大型スーパーマーケットができた。
大量仕入れによる大量販売により、価格は安めで、近隣市町村の人が大勢
足を運ぶ。さらに、その町の中央に大企業の工場を誘致した。雇用効果や
税収入は大きいものがあり、製品輸送のためのインフラ(道路、高速道路
のインターチェンジ、鉄道網など)も整った。しかしそれだけで住民の生
きがいがどれ程増えるだろうか。
企業は営利を目的としている。いつ、倒産したり、撤退したりするかも
わからない。その時、その地域に残るのは必要以上に立派な道路と、最初
にくびを切られた非熟練労働者、そして仕事のなくなった下請け零細企業
や寂れたままの地元の商店街だけである。
仮にそのスーパーマーケットや工場が存続したとしても、教育を受ける
ために都会へ出た優秀な人材が再び帰ってくるとは限らない。そんな工場
は全国にいくらでもあり、もっと面白いことのできる本社や研究所のある
首都圏に行ってしまう。地元にいた若者も東京に行って面白い生活をした
24
くて仕方がない。本社から派遣されてきた社員も、早く東京の本社に帰り
たくてしょうがない。このような状況では、その地域にあるのはただ生き
ているだけの、単調でつまらない、日々の営みとしての生活である。
そこに必要なのが地域の連帯感・一体感であり、CIを見つけられるか
どうかなのである。CIとは一般に「企業の存在証明」(Corporate
Identity)であり、詳しくいうなら「他の企業との関係において、自らの
行動や価値観をユニークなものとする、企業の存在証明」である。これに
対し、ここで言うCIは City Identity である。こちらは文字通り「まち
の存在証明」である。
「まちの存在証明」とは、その町、つまりその町に住
む人々の、自分は何者なのか、何故そこに住んでいるのか、そしてどう生
きたいと思うのかという問い掛けに対する答えである。
以上に挙げた例のような町では、CIは見つからない。人々にとって自
分の勤める工場のある町以上の意味が見つからないからである。人々が町
に本当に定着するためには、住民にとってその町が当然いるべき場所でな
ければならない。人々をそこに引き止めておくには、物理的には職がある
こと、住居があることなどが挙げられるが、何より精神的に、生れ故郷と
して、または長年住み慣れた土地としての愛着、人間関係、面白さなどを
挙げることができる。
このようなときスポーツは、CIの確立に貢献する大きな可能性を持っ
ているのである。
人々が自分らしさを自覚するとき、自分のどの部分が他人と違い、もっ
とも特徴があるのかを考える。その時、その人が選んだ分野において、自
分の部分がその道の一流であることが大事である。人が簡単にできること
なら、誰でもが同じ能力を持つことになってしまい差が出ないからである。
そしてできることならそれが目に見える、目立つものであった方がいい。
企業のCIも、マークとかブランドとか、目に見えるイメージ(ヴィジュ
アル・イメージ)をつくることから始められる。
現在、清水市といえばサッカーが連想される。では、なぜ清水といえば
サッカーがイメージされるのだろうか。その理由には、清水のサッカーチ
ームが強いこともある。その組織がしっかりしていて、規模が大きいこと
もある。その上に市民の生活に定着していてファンが多いこともある。こ
れらをまとめれば、サッカーの質的にも、組織の質的にも、
「一流」
「ホン
25
モノ」であるということが言える。必要なのは、一流であるということで
ある。一流であるということを証明するには、勝つのが一番だが、必ずし
も常勝である必要はない。一流であるということは言い換えれば、この場
合は本物のサッカーに触れているということである。つまり、地域の特徴
とすることの本質に触れているということである。
アイデンティティの確立には人と違うことをやることが大事だと述べた。
しかし、ただ人と違うことをやるだけでは独り善がりなものになりかねな
い。一流であるためには、地域内に閉鎖性を持つことではなく、開かれた
態度が必要なのである。つまり、ローカルでありしかもグローバルでなけ
ればいけないのである。自分たちの持っている素晴らしいものを独り占め
することではなく、清水の例でいうなら自分たちのサッカーをより多くの
人に認めてもらい、伝授することが大切なのである。このようにアイデン
ティティは、他者との関わりの中で初めて芽生えるのである。優れたもの
を多くの人々に提供すれば、より多くの人々がその地域に注目し、集まる。
集まった人々は、たくさんの情報、お金、刺激を持ち込み、そして残して
いく。地域の人々は訪れた人々との関わりの中で、地域住民としての自覚
に目覚め、自分の能力を人に教えても追い付かれないようにさらにレベル
アップするように尽力する。このようにして地域が活性化されていくので
ある。
そして、スポーツはローカルなものにしてグローバルなものを目指しや
すい。それはサッカーの試合をみればわかる。サッカーは、1チーム 11 人、
敵味方合わせて22人の対戦形式で行なわれる。サッカーの戦術を考える
とき、専門的なことはここでは触れないが、フォーメーションやシステム、
攻撃的なのか守備的なのか、体力に優れるのかスピードあるいは技術に優
れるのかなど個々のチームにはチームカラーがはっきりと表れる。世界の
サッカーが大きくヨーロッパタイプと南米タイプの二種類に分けることが
できるのはサッカー界の常識である。このようなことは、どんなスポーツ
にも少なからず言えることであり、世界大会などではチームの性格が国民
性と関連づけられて語られることも多い。
スポーツで注目されることは、このように様々なカラーをまとったチー
ムが、単一のルールもとでプレーすることである。地域別のルールがある
ようなスポーツでも、大会の参加者はその大会のルールに同意して始めて
26
プレーすることができる。近代社会の特質である共通のルール、一般的な
社会でいうならば法によって治められている理想的な社会なのである。日
米貿易摩擦で問題にされる流通機構や商慣行の違いは、地域性の違いとい
うこともできるが、それぞれの主張が噛み合うようなルールづくりをつく
ることは容易ではない。これに対してスポーツは、共通のルールやレフリ
ーのもとで公平に行なわれている。
ルールのもとで行なわれるスポーツは、公平なプレーの進行を保障して
いるが、平等な結果を保障しているわけではない。まったくの素人集団が
日本代表チームと試合をすれば、素人集団は得点はおろかボールに触るこ
ともできないだろう。どんなスポーツでもルール違反をすればペナルティ
が課されるが、相手に得点を与えなくても反則にはならない。たとえばバ
レーボールなら、すべてサービスエースで相手にボールを触らせなくても
違反にはならない。スポーツは参加者に同じ結果を与えるのではなく、強
い者には勝利を、弱い者には頑張ったなりのそれぞれ異なった祝福を与え
てくれる。
このようなルールのもとで、人間の肉体の躍動感や美しさ、精神的な爽
快感や思考する楽しさなど、スポーツからより多くの祝福を受けるために、
練習をしたり、試合をしたり、応援をしたり努力をする。誰に強制を受け
るのでもないその行為が、個人と地域のアイデンティティを育むのである。
スポーツは、精神的豊かさという部分において、現代地域社会が必要と
している機能をフォローする可能性を十分に持っている。それは巨大な情
報化社会における個人の自主性を引き出す可能性である。以上から、地域
社会が嵐を避けて逃げ込む港ではなく、荒波を越えて進んでいく、絶対に
沈まない船となり、その原動力となるべき自主性と協調性を引き出し、船
のジャイロコンパスとなるべきアイデンティティをつくりだす可能性を、
スポーツは持っていると考えることができる。
27
第3章 事例研究 ∼アレッグ越後∼
1999年12月18日、新潟県北魚沼郡堀之内町にオ―トレースの場
外車券売り場である、
「アレッグ越後」がオープンした。この堀之内町とは
私の生まれ故郷でもあり、今も両親はこの雪深い小さな町で暮らしている。
スキー場もなく、温泉施設もない、この堀之内町にまちおこしの切り札
として造られた「アレッグ越後」
。
「ギャンブル・スポーツ」や、その中で
も比較的マイナーといわれるオートレースにも言及しながら、我が故郷に
思いをはせてみよう。
第1節
ギャンブル・スポーツ
「ギャンブル」と聞くと、何か不健全なイメージを持つ傾向がある。し
かし、驚くほど、我々の日常生活は「ギャンブル」で満ち溢れている。見
えない明日に希望を託して生きるのもいわば「ギャンブル」だ。
古代社会では、占い・賭博・競技などの境界ははっきりしないが、天候を
予測したり、獲物が居る方角を占うなどの日常生活は「神の意志」に依存
する賭けに頼っていた。日本でも、西暦712年に編纂されたと考えられ
28
ている『古事記』の応神天皇の章に、神どうしの賭けが記されている。賭
けの歴史は人類史そのものである。
学問の世界でも「gambling study」
「study of gambling and gaming」と
いう学問が存在するし、実際この章でも触れるオートレースを含む公営競
技は、何を隠そう、国や自治体が胴元となって開催している。
ロジェ・カイヨワは「賭け」についてこう述べている。
「目立たない人々が脱出するためには、異常なチャンス、奇跡が必要で
あろう。この奇跡を常に提示するのがアレア(alea-ラテン語、サイコロ、
サイコロ遊び)の役目なのである。アレアは、準備、忍耐、器用、資格な
どを否定する。ここでは、遊ぶ人は、完全に受身であり、自らの資質、能
力、技量、筋肉、知性といった手段を用いない。ただ、来たいと不安との
うちに運命の宣告を待つだけである。テオデュル・リボの表現によれば「ひ
とまとめに、苦労せず、一瞬のうちに手に入れる魅力」をもつ偶然の遊び
は、比較的多くの暇を持つ人々、いずれにせよ、労働によってすべての使
い得るエネルギーが吸収され尽くしてはいない人々、日常生活全体が労働
によって規制されてはいないような人々においては、芸術、倫理、経済、
そして知識に至るまで等しく影響を及ぼすほどの、意外な文化的意義を獲
得する」(16)日々のストレスにさいなまれる現代人にとって、
「ギャンブル」
は心の拠りどころとなる。
遊戯・ギャンブルの目的は、その遊戯・ギャンブルという行為そのもので
あって、
「緊張と喜びの感情を伴う《日常生活とは別物》という意識に裏付
けられた」(17)「合意の略奪闘争」(18)なのである。
つまり余暇を楽しむ人々、余暇を楽しもうと考えている人々にとって「ギ
ャンブル」は、文化的意義を持つ「遊び」なのだ。31頁の図表のように、
公営競技全体の開催日数は1998年1年間に1万1658日で、約1億
人が公営競技を楽しんでいる。売上は全体で7兆7000億円にも及び、
開催1日平均約6億6000万円であった。バブルの頃は(1992年)
、
年間国民1人あたり7万4500円を馬券、船券、車券の購入に充てたこ
(16)
ロジェ・カイヨワ 『遊びと人間』1970 岩波書店 p.24、pp.165―
166、 pp.211―212
(17)
ヨハン・ホイジンガ 『ホモ・ルーデンス』1963 中央公論社 p.32、p.
58
29
とになると言う。これだけ大きな市場を持つのだから、公営競技を実施し
ている自治体は金銭的にも、外部に対するイメージに関しても、非常に大
きな恩恵を受けているといえよう。
また平成13年春からスポーツ振興くじ(サッカーくじ/トト)が実施
される。このサッカーくじも文部省(省庁改編後は文部科学省)の管轄と
されるため、いわば公営競技の一つである。くじの売り上げのうち、約1
2%ずつが地方公共団体と、スポーツ諸団体に配分される。他の公営競技
も施工者収益金の一部は、第一国庫納付金、第二国庫納付金、あるいは特
別国庫納付金として、または一般会計の繰り出し金として、地方財政の重
要な財源となってきた。1948年から96年までの累計額は約17兆円
にもなり、この点はもっと広く社会へアピールしてもよいのではないか。
しかし、公営競技場のために交通渋滞が引き起こされたり、青少年の教
育に支障が出たりと、公営競技が及ぼす影響は良いことだけではない。国、
自治体が公営で行っているのであるなら、場内にあって国民に等しく楽し
ませる配慮を施すのと同様に、施設場外にある地域住民を考えた一層の環
境改善が求められる。それが可能になった時、公営競技は地域住民の誇り
となり、地域活性化・まちおこしの核になれるのではないだろうか。
(18)
紀田順一郎 『日本のギャンブル』1986 中央公論社 p.53
30
図表 1995∼98年度 中央競馬・公営競技年間売上・入場状況(19)
(19)
『月刊レジャー産業資料 2000年4月号』 綜合ユニコム 2000 p.
109
31
第2節 オートレース
①オートレースの歴史
「オートレース」の名称は、オートバイレースを簡略化した和製英語だ
が、この最初のレースは1910(明治43)年11月に不忍池のほとり
で開かれた自転車競走の余興であった。オートレースとしては1914(大
正3)年に兵庫県鳴尾競馬場で行われたのが最初で、翌年には東京目黒競
馬場で行われている。
この頃は製糸業先進国であったフランスから技術を導入し、生糸の輸出
と生産が伸びを見せて、農業部門における養蚕経営が拡大した時期と重な
る。オートバイの生産台数も、この時代に飛躍的に伸びた。
賭けができるオートレース開催を望む声が高くなったきっかけは、19
48年に競輪が開始され、成功していたことによる。最初のレースは千葉
県主催で、船橋オ−トレース場を舞台に1950年10月29日から6日
間開催され、入場者数は9万8439人であった。その後も兵庫県や大阪
市の主催でいくつかのレースが行われたが、国産オートバイの性能不良が
原因で車券(競馬で言う馬券)の売上は不振であった。
ル・マンやパリ・ダカールレースが自動車の性能向上に寄与しているよう
に、オートレースの発展もまた、オートバイの開発と生産技術開発の歴史
である。つまりオートレース場はオートバイ・メーカー各社の性能テスト
を兼ねていて、優良なエンジン、ギアなどを開発しては、生産、販売、普
及につながっていく。このように公営競技(スポーツ)が技術革新を促進
する一面は確かにあり、土肥原洋はこれらを総じて「スポーツ用具の向上
は技術の進歩によってもたらされ、スポーツの発展が技術革新を促進した」
(20)
と述べている。
②オートレースの特徴
ギャンブルとして特殊化していくオートレース専用のバイクは、トラッ
クレー スにのみ適合できる特殊な進化を遂げている。
(20)
池上惇・山田浩之編 『文化経済学を学ぶ人のために』 1994 世界思想社 pp.
148―149
32
・「ブレーキがない」
接近戦のレースでの衝突を防ぐため。
・「左ハンドルが高い」
左回りの狭いコースを終始傾斜して走るため。
・「各種メーター、ランプ等がない」
一層の軽量化を図るため。
・「タイヤは三角である」
カーブでの接地性をより良くするため。
さらにレース自体も、よりエキサイティングなものにするため、様々な
工夫が施されている。
・競馬でも実施されているハンデキャップ制が、重量ではなく、走る距離に
あたえられている。遅い、つまり実力のない選手・マシンほど走る距離が
短い。
・本番のレース前に試走が行われ、その日のコンディションが数字で現れて
くる。試走で故意に遅いタイムを出すことは認められず、試走タイムが前
回の本番のレースよりも遅いタイムであった場合は再試走となる。
さらに、ギャンブル型レジャーの中で、「最も若者向きなのは?」の問い
に対する答えとして、1位はオートレース(18.5%)
、次いで中央競
馬(18.4%)、地方競馬(5.8%)
、競輪(3.7%)
、競艇(3.
0%)となっている。(21)オートバイは若い人たちに人気があることから、
この結果は妥当な気もするが、もっと決定的な理由もある。国民的アイド
ルグループ SMAP の元メンバー、森且行選手の存在だ。現在でも森選手の
人気は群を抜いており、森選手のホームグラウンドである川口レース場に
は、女性専用の観覧席まであるほどだ。また TV コマーシャルには仮面ラ
イダー役でおなじみの藤岡弘氏を起用している。これらの点から、他の公
営競技と比べても、話題性やファッション性は秀でていると考えられるの
であるが、売上のほうは芳しくない。
(21)
財団法人余暇開発センター 『レジャー白書97』 1997 p.102
33
③オートレースの現状
実は、公営競技は10年ごとに黄金時代を分け合ってきた。1960年
代の競輪、70年代の競艇、そして80年代の中央競馬、という具合だ。
そして90年代はオートレースの時代、というわけには行かず、結局は中
央競馬の一人勝ちが続いている状況である。売上は他の公営競技に大きく
水をあけられており、公営競技全体の中でわずか2.7%に過ぎない。低
迷の原因のひとつとして、絶対的な施設数の不足が挙げられるであろう。
図表 全国公営競技施設数(22)
施設数
競馬(地方・中央)
85(+1)
競輪
77
競艇
38
オートレース
7
注:施設数は競技場、場外売り場を含む。括弧内はオープン予定。
全国7ヶ所ではあまりにも少なすぎ、しかも最大商圏の一つである関西
地区に1ヶ所もない。しかし数を増やせば解決すると言うわけでもない。
「まちおこし」と同様に、個性を活かした経営方針が必要となってくる。
(22)
『月刊 レジャー産業資料 2000年 4 月号』2000 pp.110-111
34
第3節
アレッグ越後
ジリ貧の続くオートレース業界にとって、また人口の減少が止まらない
新潟県北魚沼郡堀之内町にとって、大きな意味を持つ施設が1999年1
2月にオープンした。伊勢崎オートレース場外車券売り場「アレッグ越後」
(アレッグとは Auto Race Entrance Gate の略語であり、オートレースへ
の入場門、オートレースの世界への入り口を意味している。
)がそれである。
1996年9月26日、一度堀之内町議会定例会において誘致断念を表明
し、再び誘致活動が同年11月に始まってから、3年と数ヶ月後の完成、
そしてオープンである。
ここで触れておかねばならない事柄がある。なぜ「アレッグ越後」を第
3章の事例研究として大きく取り上げたか、ということである。まず、先
にも述べたが、
「アレッグ越後」が私のふるさとである、新潟県北魚沼郡堀
之内町にオープンし、それに関する資料が比較的収集しやすかったという
点があったことは認めねばならない。しかし同時に、それだけではないこ
ともここで述べておきたい。
1. 堀之内町が典型的な「過疎化が進展している町」であること。
(人口の減少の歯止めがかからず、平成7年度実施の国勢調査では人口
が1万人を切った。
)
2. 「アレッグ越後」が(良し悪しはともかくとして)
「固有」の施設であ
り、他の町に見うけられない例であったこと。
(オートレースの場外車券売り場としては全国で初めてであり、新しい
試みであった。
)
3. 多くの文献・資料が「まちおこしの成功例」について述べている中に
あって、
「アレッグ越後」が決して「成功例」とは言えないこと。
(政府刊行の『まちづくり総覧』や地域活性化を題材とする書籍には驚
くほど失敗例が扱われていない。
)
などが挙げられる。新潟県は、2002年ワールドカップ開催地であり、
現在J2に所属するアルビレックス新潟の本拠地でもある。これらに関し
ては、当然触れるべきだ(アルビレックス新潟については第4章で少し触
れる)
、という御意見、御指摘もあるだろうが、この論文では敢えてまちお
35
こしの題材としては取り上げず、≪今現在、過疎化に苦しんでいる山間の
小さな町で、全国で初めてのオートレースの場外車券売り場が、どのよう
な試みをし、どのような悩みを抱えているか、そしてどのような対策を講
じるべきか≫ということに論題を限定し、まちおこしに対する私なりの主
張、考えを述べていきたいと思う。
① アレッグ越後誘致の経緯
まずは堀之内町を簡単に紹介したい。新潟県の南側、群馬県との県境近
くに北魚沼郡堀之内町がある。町の真ん中を信濃川の支流である魚野川が
流れ、周りを山で囲まれた、稲作中心の町である。県第2の都市、長岡市
まで電車で30分、スキー場、温泉で有名な越後湯沢まで40分という位
置にある。
「ユリ・シャクヤク」などの花き産業は全国的にも有名でトップ
クラスの出荷量を誇っている。また、豊かな自然と清らかな水で育った「魚
沼産コシヒカリ」
、大自然のなかで放牧されて育った乳牛からの「牛乳」は
高い評価を得、花きとともに、町の3大農業の柱になっている。
しかし人口の減少は歯止めがかからず、図表のように平成7年度の人口
は9,909人と、1万人を割るに至った。昨年度実施された国勢調査の結
果もおそらく好転していることはないだろうと推測できる。
図表 堀之内町の人口の推移(23)
昭和35年
40年
45年
50年
55年
60年
平成 2年
7年
人口(人)
11,645
10,940
10,205
10,312
10,616
10,554
10,407
9,909
世帯数(戸)
2,252
2,269
2,300
2,411
2,640
2,526
2,529
2,526
次に「アレッグ越後」完成までの経緯について述べようと思うが、この
(23)
国勢調査による。
36
ことに関しては、去る2000年11月8日に行った堀之内町商工会の八
木秀夫氏(以下八木氏)へのインタビュー調査をもとに話を進めて行きた
い。
Q1 「そもそも堀之内町がアレッグ越後を誘致したのはなぜか。
」
A1 「歴史的に堀之内はなかなかまちおこしに踏み切れない町だった。
JR只見線(小出∼会津若松)もJR飯山線(越後川口∼豊野)も隣町で
ある小出町や川口町に誘致合戦で敗れ、鉄道によるまちおこしはならなか
った。また近隣市町村には必ずといって良いほどあるスキー場も土地所有
者の反対や町長の意向により作らなかった。しかし、平成7年度の堀之内
インターチェンジの開通によって、少しずつだがまちおこしの機運が高ま
りだし、一旦は誘致に失敗したアレッグ越後ではあったが、私達の働きか
けもあってなんとか誘致にこぎつけることができた。
」
Q2 「どうして堀之内にオートレースなのか。
」
A2 「偶然、伊勢崎オートレースの関係者が堀之内の広大な土地に興味
を持ったのと、伊勢崎側としても、現在のオートレースの北限が伊勢崎
(オ
ートレース場は伊勢崎・川口・船橋・浜松・山口県山陽町・飯塚にしかな
かった)であることが懸案であったことから、新潟県の堀之内町を選んだ
ということもある。
」
Q2では歯切れの悪い回答しかえられなかった。陰に政治家の存在や大
きな金が動いたのは薄々感じるが、そのことについて言及し、糾弾しても
何も始まらないし、何も得られないので、ここでは八木氏の発言をそのま
ま受け取る。
(しかし、この縦割り行政や金権政治が地方分権や地域活性化
を阻害していることは疑いようもない事実である。
)
A1で八木氏も述べているが、堀之内町にはスキー場がない。しかし近
隣のスキー場は閉鎖、縮小が相次ぎ、苦しい状態が続いている。スキー人
口の減少と不景気のあおりをまともに食った状況である。スキー場も、第
1章で扱った温泉施設のように各地に乱立し、個性が出しづらくなったこ
とが影響しているのではと推測できる。
② アレッグ越後の現状
37
ここでは第2章に挙げた、スポーツが地域開発に果たす4つの機能を軸
にした質問を八木氏に投げかけてみた。
Q3 「アレッグ越後の誕生により、町の社会資本(公園、スポーツ施設)
は蓄積できたか。
」
(1.社会資本蓄積機能について)
A3 「オープンしてからまだ1年経っていないのでなんとも言えない。」
Q4 「アレッグ越後の売上はどうか。また新たな雇用の創出はあったの
か。
」
(2.消費誘導機能について)
A4 「売上(24)は芳しくない。予想を下回っている。オートレース自体の
人気が上がらない限り、厳しいだろう。雇用に関しては、新たに(株)ト
ータルスタッフ堀之内という会社を設立し、清掃・売店・投票券販売など
の業務を委託する、という形態をとっている。規模は40人くらい。施設
内の飲食店も地元の或る食堂に委託している。またそれほど成功していな
いこともあって、周りに飲食店やみやげ物屋を出店する動きもまだない。」
Q5 「地域の連帯感は向上したか。
」
(3.地域連帯感向上機能について)
A5 「地域の連帯感の向上はあまり感じられない。しかし、休日には家
族連れが目立ち、家庭の話題づくり、憩いの場としては対応しているよう
に思う。
」
Q6 「堀之内町のイメージアップにはつながったのか。
」
(4.都市イメ
ージ向上機能について)
A6 「まだ感じられない。露出が少ないのと、オートレース自体がまだ
マイナーなスポーツの域を脱してないので厳しいと思う。現在行っている
広報活動はTVのスポットCMと国道沿い・インターチェンジの出口にあ
る大きな看板くらい。
」
ここで八木氏から得られた回答に対する考察を述べると、
A3に対して:確かにオープンからまだ1年経っていないことを考えれば
(24)
巻末の資料参考 堀之内町役場 瀧澤氏から頂いた。
38
酷な質問であったかもしれないが、アレッグ越後がオープンする数年前に
は町民体育館が完成し、町の南部(アレッグ越後は町の北部)にある広大
な森林を利用した月岡公園も整備が進められているという。逆に考えれば、
こういった施設が完成し、町民のスポーツへの関心が高まっていたからこ
そ、アレッグ越後の誘致がなし得たとも受け取れる。少なくともここ数年
で堀之内町のスポーツ施設は充実してきてはいる。
A4に対して:巻末に添付する売上グラフを見てもらえば一目瞭然だが、
売上は下降気味である。土・日などの休日はそこそこの売上は出してはいる
が、平日は厳しい。地域住民(ここではオートレース自体に大きな関心が
あるのではなく、余暇を過ごす場所のひとつとしてアレッグ越後を選ぶ
人々のことを限定して指す)にとって、平日に開催されることはあまり意
味がないのではないだろうか。また雇用に関しては、若年層の都市流出を
防ぐには40人はあまりに少なすぎる。場外車券売り場であり、与えられ
る仕事の絶対量がもともと少ないのはあるとして、アレッグ越後だけに雇
用の創出を求めるのは間違いであったことを知る。アレッグ越後と関連し
た施設(ツインリンクもてぎのようなモータースポーツフィールドや選手
育成施設等)を作ったり、関連したイベント(実際のコースやオートレー
スを体験できるようなもの)を考案して雇用を増やしていくことが望まれ
る。
A5に対して:未だに町の中に「ギャンブル・スポーツ」に対するな強い不
信感があるのは否めない。八木氏は「新潟県人はギャンブルが好き(弥彦
競輪場外車券売り場であるサテライト中越、新潟競馬の場外馬券売り場で
あるオープス中郷は盛況である)
。
」と述べていた。しかしそれだけの理由
でアレッグ越後の誘致を決めたのなら、短絡的な判断であったと言えよう。
そもそもオートレースに無縁だった堀之内町にオートレースの場外車券売
り場ができたのだから住民が戸惑うのも予想できたはずである。さらに都
市部とは違い、山間の小さな町は新しい「モノ」を容易に受け入れること
に慣れていない、そういった文化的土壌も理解していたはずである。上で
も述べたが、オートレース関連の新たな施設、イベントを根付かせていき、
住民が誇りや一体感を持てるような「アレッグ越後」に成長させて行く動
39
きが望まれる。
A6に対して:オートレース自体の人気がまだ差ほどでないことは理解で
きるし、TVなどでの露出を多くしたところで「アレッグ越後」が全国区
の名前になるとは思えない。個人的な考えでは、外部に影響を及ぼすには
時期尚早である。地域内でのコンセンサスが得られないうちは、町のイメ
ージアップには貢献できない。しかし、その可能性を持つ、ということに
意味がある。
2001年1月4日、私も実際にアレッグ越後に行ってみた。築1年とい
うこともあって、施設は綺麗で、清潔な印象を受けた。県央の三条市まで
の無料送迎バスと正月休みのせいか、想像していたよりも客足は良かった。
記念すべき私の「初レース」は、家族と相談しながら、連勝複式の7点買
いに決めた。あらかじめ試走タイムやハンデが設定されているので、予想
はしやすく、予想は見事的中した。レース自体もハンデのきつい選手が、
レース後半から次々と抜き去っていくシーンは見ごたえがあった。
また予想台というものがあり、女性が出走表片手に、各選手の調子の善し
悪しや特徴などを記していた。その女性と客との会話もあり、場内はギャ
ンブル施設とは思えないほど、和やかな雰囲気があった。
オートレースの魅力やギャンブル施設に付き物のマイナス・イメージが全
く感じられなかったことなどは、実際一度足を運んでもらわねば分かって
もらえそうにない。あの和やかな雰囲気の中で、響き渡るエンジンの轟音。
このアンバランスさが興味深かった。
40
第4節 アレッグ越後への提言
第3節まで、新潟県のとある小さな町に生まれたアレッグ越後という施
設を中心に、
「ギャンブル・スポーツ」やオートレースについて述べてきた
わけだが、この章の締めくくりとして、アレッグ越後への提言をさせても
らおうと思う。
第1の提言 「多目的利用」
公営競技が余暇生活を充実させる地域の文化産業として発展するには、
施設自体が社会的機能を有する都市の顔としての「文化装置」でなければ
ならないし、多目的利用に見られるような「市民的公共性」をもつ必要も
ある。(25)
多目的利用に注目すると、公営競技の中でも特に競輪施設は積極的に「市
民的公共性」の獲得を目指している。図表の様に、全国の競輪施設が何ら
かの形で施設を「多目的」に活用している。
図表 競輪場の多目的利用の例(26)
場名
函館
前橋
(グリーンドーム)
大宮
立川
千葉
川崎
静岡
名古屋
大垣
(25)
(26)
多目的利用例
スケートリンク
住宅フェア、室内陸上、美術骨董品全国大会、ロ
ックコンサート、就職ガイダンス、相撲、収穫感
謝祭
陸上競技場
テニスコート
テニスコート、サッカー場
陸上競技場
図書館
トレーニングルーム
場内公園の一般開放
(リサイクルフェア、保育まつり)
佐々木晃彦 『公営競技の文化経済学』1999 芙蓉書房出版 p.100
同上書 p.107
41
富山
大津びわこ
京都向日町
岸和田
甲子園
松山
高知
門司
(ハイビジョンシアタ
ー)
競輪会館を開放
(バドミントン、卓球、バレーボール等)
テニスコート
テニスコート、陸上競技場、バレーボール場
テニスコート、バレーボール場
テニスコート、ゴルフ練習場
陸上競技場
陸上競技場
陸上競技場、映画、ハイビジョン衛星放送の放映、
まちづくりシンポジウム、
、ボランティア定例会
驚くべきは、静岡競輪場に「静岡競輪場ライブラリー」という図書館が
併設されていることだ。また門司競輪場では映画の放映やボランティアの
定例会などが催されている。まさに地域の「文化装置」の役割を担ってい
るといえるだろう。
アレッグ越後も物産展(伊勢崎の特産物を販売)などの催しを行ってい
るが、このような試みは是非続けるべきであるし、オートレースを開催し
ていない時に、大型マルチビジョンなどを利用した映画上映会や、観覧席
を地域の懇談会などのために積極的に提供すべきである。
(注:後日、八木
氏に確認したところ、施設内の大型マルチビジョンは特別な管理技術が必
要とされるため、オートレース以外には利用できない、ということであっ
た。しかし観覧席や広いスペースをもつ駐車場などは提供可能だという。
)
第2の提言 「関連施設・イベント」
堀之内町として、まちおこしについて考えたときに、アレッグ越後がま
ちおこしの核であることは間違いないが、アレッグ越後単独でのまちおこ
しではうまく行かない。第1章で定義したように、まちおこしとは≪「ま
ちの生活」と「まちの芸術文化」との「交差点」を、その「まち」の「あ
らゆる空間で発見し、設計し、実現し、評価する活動」を通して、真の「豊
かさ(wealthy)」を生み出す一連の「地域住民運動」≫である。オートレ
ースを「まちの芸術文化」であると仮定するならば、オートレースが「ま
ち」の「あらゆる空間」で感じられるものでなければいけない。そしてオ
ートレースが地域住民およびその地域を訪れる人々の生きる喜び・充実感
を喚起させるようなものでなければいけない。もちろんそれらは地域住民
42
が望む形で行われなければいけない。
東京都立川市の南口商店街も同じような悩みを持つ。JR立川駅前は大型
デパートが次々に進出し、若い人はもちろん、主婦や高齢者も商店街から
遠のいていき、地元の南口商店街はさびれて行く一方だ。
そんな中、2001年1月19日に、地元商業者と都市政策を専攻する
中央大学の学生が、商店街の活性化について議論した。(27)学生は「役と大
型店との行き来しかなく、活気がない」と分析し、同駅南口でマイナスイ
メージと見られがちながら、集客力のある場外車券売り場ウィンズ立川の
活用を提案した。活用方法としては、商店街で馬主になって馬名を消費者
から公募したり、「馬パン・馬クッキー」を作ったりして、馬がらみで統一
感を出し、幅広い客層を引き付けるといったものである。
「馬パン・馬クッキー」はいささかありきたりという気もするが、重要な
のはまちぐるみで統一感を出すことである。そのためには関連したイベン
ト・施設を作りあげていくことが一番の近道でもある。
堀之内町に当てはめれば、オートレースを実際に体験できるコースの建
造や、オートレーサーによる地元との交流会(先にも触れた森選手が来る
となれば、その影響は凄いものになるだろう)などが挙げられる。オート
レーサーの訓練所を誘致するのも面白いかもしれない。
第3の提言 「フィランソロフィー」
フィランソロフィー(philanthropy)という言葉がある。日本語では地
域貢献活動と訳される。
「結局、企業の成功を左右するのは、社会の安定と
繁栄である」とリーバイ・ストラウス社のボブ・ダンは言う。(28)カリフォル
ニア大学ロサンゼルス校ビジネススクールのデビッド・レウィン教授がI
BMの依頼で1989年と92年に行った研究によると、企業の地域社会
への貢献度は、従業員のモラルや、投資収益率などの財務状況に直接的な
影響を及ぼすという。まず、地域社会への貢献度が高い企業では、従業員
のモラルが高い。さらに、
「この間に地域社会への貢献度を高めた企業は、
(27)
(28)
讀賣新聞 2001年1月20日付 朝刊
ジョエル・マコワー 下村満子+村上彩訳『社会貢献型経営ノすすめ』1997
シュプリンガー・フェアクラーク東京 p.234
43
そうでない企業よりも株主資本利益率を伸ばしていた」とレウィン教授は
言う。企業が地域社会との相互依存関係を無視して、地域社会を一方的に
収奪して、地域に何も還元しなければ、優秀な労働力の確保は難しくなる。
社会問題に取り組む企業の姿は、世間の注目と好意を集め、従業員の技術
力とチームワークは向上し、顧客は厚い信頼を寄せるようになり、売上も
伸びるはずである。たとえ世間の注目を集めなくても、従業員は地域社会
に貢献していることに満足感と誇りを抱き、会社に対する忠誠心も高まる
だろう。
ミネアポリス郊外ミネトンカにあるカタログ販売会社であるフィンガー
ハット社は、全国展開を進める一方で、常に地元に関心を払ってきた。例
えば、ミネアポリスでは全米で最大規模の郵便物リサイクルを実施してい
るが、雑誌・カタログ・ダイレクトメールなどの郵便物は、一般には回収さ
れず、リサイクルの対象とはなっていない。そこで大量の紙を購入してい
る同社は、その影響力を駆使して、回収したこれらの郵便物をトイレット
ペーパーやペーパータオルにリサイクルする運動を進めている。この他に
も、失踪者の探索にも協力したり、植林計画を支援したり、酔って自動車
の運転できない人のためにタクシー代を負担する(1976年にフィンガ
ーハットの社員が飲酒運転で死亡した事件がきっかけ)
、という運動も行っ
ている。
「経営者と従業員が自分たちを地域社会の一員と考えるならば、その地
域の重要な存在でありたいと思うだろう。そうすれば行動は伴う」
「われわ
れは地域社会を支え、地域の労働力を大切にし、大事な顧客の役に立ちた
いと願い、そのために努力している」とはフィンガーハット副社長、エリ
ザベス・バザローの言葉である。
これらは民間企業だけではなく、公営競技においても同様のことが言え
る。もちろん広く全国から顧客を集め、オートレースが活性化するのも必
要なことだが、地域に目を向ける姿勢を忘れてはならない。多目的利用に
しろ、関連施設・イベントの建設にしろ、地域に「貢献」する活動の一環な
のである。
44
第4章
スポーツとまちおこしの将来
第3章まででスポーツとまちおこしの関係を、事例を挙げながら述べて
きた。この第4章では私の考える理想的な「スポーツとまちおこし」の関
係について述べていきたい。スポーツの持つ様々な機能を活かした、地域
一体となって推し進める「まちおこし」
。地域活性化のために日々努力を惜
しまない自治体関係者のための、ささいな参考となれば幸いである。
第1節
総合型地域スポーツクラブ
「総合型地域スポーツクラブ」とは、文部省が1995年(平成7年)
から始めたモデル事業であり、
「地域住民の多様なニーズに応じ、生涯にわ
たって継続的なスポーツに親しむ基盤づくりをするために始められた補助
事業である。現時点までに、全国で19ヵ所の市町村がモデル事業の指定
を受けている。(29)ヨーロッパでは地域スポーツクラブが各地に根付いてい
て、サッカーをはじめ、バスケットボールやバレーボール、水泳など様々
(29)
一橋大学スポーツ科学研究室 『研究年報1999』 1999 p.28
45
な種目が用意されていて、地域住民の健康増進、地域コミュニティーの形
成などに活用されている。
スポーツクラブとは、一般に、スポーツを愛好する人の自発的・自治的
団体で、規約など一定の規範の下にスポーツ活動を行うとともに、会員相
互の親睦を深める社交的な団体のことである。
我が国のスポーツクラブは、四つに分類できると言われている。
①学校スポーツクラブ(中・高等学校や大学の運動部など)
②職場スポーツクラブ(企業のサークルなど)
③地域スポーツクラブ(スポーツ少年団、家庭婦人バレーボール、お年
寄りのゲートボールなど)
④民間スポーツクラブ(スイミング、フィットネスクラブなど)
また、このようなスポーツ組織への加入状況は次の表のとおりである。
図表 運動部等に加入している者の割合(30)
区分
学校(職場) 地域のスポ 民間のスポ どこも加
の運動部・ ーツクラブ ーツクラブ 入してい
同好会に加 に加入して に加入して
ない
入している
いる
いる
小学6年生
30.5% 22.8% 13.9% 42.3%
中学3年生
60.2%
2.1%
2.7% 32.2%
高校3年生
34.3%
0.8%
1.5% 59.5%
19歳以上の国民
5.6%
8.1% 11.1% 74.6%
(注:複数のクラブに属していたり、回答が不明な者を含むため、合計は
100%にならない。
)
これまで日本のスポーツは学校を中心として発展してきた。表のように、
学校に通っている間は何らかのスポーツ組織に属している人が多いのだが、
卒業してしまうとスポーツに親しむ機会が著しく減少してしまう傾向があ
ることが読み取れる。日本のスポーツ実施率が低いのはこのことが影響し
ているのではないか。
現在、日本の地域スポーツクラブは、ある限られた年齢集団で単一種目
(30)
http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1999jpn/tb1.3.3.gif (2000.1.17)
46
を行っているというのがほとんどである。少年によるリトルリーグや主婦
によるママさんバレーなどがそうだ。1996年(平成8年)に財団法人
日本スポーツクラブ協会が行った調査によると、地域のスポーツクラブの
うち92%が単一種目型であり、60%近くが限られた年齢構成のスポー
ツクラブである。また、同調査によると、小規模なものがほとんどであり、
地域のスポーツクラブの規模は平均31人である。これに対し、ドイツで
は300人程度と言われている。31人ではクラブ運営は成り立たず、単
一種目型スポーツクラブは、その4分の1が5年から10年の間で消滅し
ていると言われている。
それに対し総合型地域スポーツクラブは、仲間、施設、活動プログラム、
指導者などが有機的に結合して定期的・継続的な活動をするが、これによ
り地域住民のスポーツに対する潜在的なニーズを実際の行動に結び付ける
とともに、スポーツ活動の継続を可能にする。総合型地域スポーツクラブ
は、生涯スポーツの拠点であり、以下のような様々な役割がある。
(ⅰ)ライフステージに応じたスポーツ活動
総合型地域スポーツクラブは、多種目にわたってハイレベルな指導者の
指導の下にスポーツ活動を展開するものであり、各人が性・年齢・体力に
応じて種目を選択できるだけでなく、個人のライフスタイルに応じたスポ
ーツの選択が可能である。 つまり、誰でも参加することが可能というわけ
である。
(ii)地域コミュニティの形成
ヨーロッパでは、総合型地域スポーツクラブはスポーツ活動の場という
だけでなく地域住民の社交の場にもなっており、地域コミュニティの基盤
となっている。 第1章でも取り上げたヨーロッパの山村の「カフェ」と同
様の機能をもつ。
(iii)子どもたちの社会教育の場
総合型地域スポーツクラブには、子どもから高齢者まであらゆる年齢層
の人が参加するので、子どもと大人といった異年齢間の交流が行われるこ
ととなる。特に、子どもをこのような異年齢集団の中で育てることは、心
の教育にも寄与する。
47
(iv)公共施設の有効利用
小さなクラブが、互いにスポーツ施設の占有を主張すれば公共スポーツ
施設は際限なく必要となってくるが、総合型化をすれば、施設使用の調整
等が比較的容易となり、公共スポーツ施設などの効率的使用が可能となる。
(v)地域への誇り
地域コミュニティの基盤である総合型地域スポーツクラブに加入するこ
とは、地域コミュニティの一員となり、地域への誇りを感じることにもつ
ながるものである。これは、地域の活性化にも役立つものである。
(vi)運動部活動との連携・協力による子どもたちのスポーツ環境の整備
総合的地域スポーツクラブから学校の運動部活動への指導者の提供など
総合型地域スポーツクラブと運動部活動が連携・協力を行うことなどによ
り、子どもたちに多様なスポーツ環境を提供することが可能となる。また、
学校で行われてきた体育授業・部活動を地域スポーツクラブに委ねること
も必要となってくる。近年の児童・生徒数の減少に伴い,運動部活動が1
校で維持できないような状況も生じてきている。こうした傾向は今後,ま
すます強まることが予想される。そういった場合に近隣の学校がスポーツ
クラブに集まり、ひとつの組織として活動する。指導者のレベルの向上も
図ることができるうえ、地域の連帯感も高められる。
では、地域総合型スポーツクラブを定着させるためには何が必要か。水
上博司氏は次の10項目を設立の条件として挙げている。(31)
(1)親睦と社交を最優先
総合型地域スポーツクラブは親睦と社交を最優先目的とした開かれた集
団でなければならない。クラブはこのビジョンでこのビジョンを失うとす
ぐさまメンバーが固定化をし、閉鎖的な集団になってしまう危険性をもっ
ている。
(中略)会員相互のコミュニケーションが豊かに繰り広げられる場
づくりがクラブ最大の魅力である。さらに、会員のスポーツ以外の楽しみ
や交流によって、スポーツクラブの活性化はもちろん、クラブメンバーの
連帯の力が地域活性化の原動力にも結びついていくような発展を期待した
(31)
http://hiramat.edu.mie-u.ac.jp/clubnetz/rensai1.htm
48
いのである。
(2)クラブの公共性
クラブは地域に対して閉鎖的であってはならない。クラブづくりには地
域社会に貢献することがビジョンの一つに掲げられ、クラブの公共性が確
保される必要がある。具体的には、公共の福祉や教育、環境問題などへの
貢献である。こうした問題は即時的な解決策が見つかるような単純なもの
ではない。長い時間と目的を明確にした対応策が求められるのである。こ
のことは、クラブ自体が永続性をもって運営されることの必然性を意味す
る。公共性をもつクラブづくりは、永続的にクラブが存続できることを理
念にすることが必要なのである。
(3)住民の自発的・自治的運営
クラブづくりは行政主導で行われるものではない。地域住民の自発的・
自治的な参加、つまりボランティアシップがベースにある。大切なことは、
総合型地域スポーツクラブをつくる目的やわが町のスポーツ振興プランを
考えよう、という段階で多くの人、それはスポーツ関係者だけに限らず子
供会や老人会、PTAや学校などから広く意見を聞く場をまずもつことで
ある。一部の熱心なスポーツ関係者によって、理念や目的を議論してトッ
プダウン式に地域住民のみなさんに「クラブをつくろう!」と呼びかける
ようなことは避けなければならない。
(4)日常生活圏域の会員
クラブやスポーツ活動の場所は、自転車で 30 分以内の距離にあることが
望ましい。その目安としては概ね1中学校区のエリアがクラブ会員の入会
条件の基本単位となろう。30 分という自転車の距離は、小・中学生が比較
的移動しやすい距離として設定した。
(5)多世代の仲間
クラブへは、子どもからお年寄り、障害をもつ人誰もが個人の自由意志
に基づいて入会できることが大切である。
(6)継続できるスポーツ活動
クラブでは、年齢や技術レベル・スポーツ志向に応じた仲間を見つける
ことができ、さらに指導を受けることができる環境になければならない。
継続的にスポーツすることは、こうしたニーズを広くカバーできるプログ
ラムや仲間が用意されなければならない。
49
(7)低料金の会費
クラブメンバーは、比較的低料金で気長にスポーツを続けられることが
望ましい。そして、クラブは、財政的な主体性を確保できるよう会費収入
およびそれ以外の収入などを通して、永続的な運営ができるよう経営努力
を怠ってはならない。
(8)クラブハウスの所有
豊かなコミュニケーションの場としてクラブハウスの魅力は大きい。し
かし、現状では教室の空教室を利用するか(愛知県半田市成岩スポーツク
ラブ)
、公共施設の中の空スペースを使用しているのが現状である。それで
もないよりあった方がよい。現状では、電話とファックス、そして常駐で
きるボランティアの配置等を含めてクラブハウス(空スペース)の所有を
考えるべきである。
(9)公共スポーツ施設の運営受託
ヨーロッパ型のスポーツクラブと違って、わが国の場合、独自のスポー
ツ施設をもっているクラブは皆無に等しい。施設の確保はスポーツ活動の
継続性を大きく左右するし、クラブの永続性をもたせるためには必要であ
る。今後、スポーツ施設の運営や管理を請け負うクラブをどのように行政
がサポートするか、重要な課題になってくると思われる。
(10)地域住民の指導者
地域住民の多様なスポーツニーズに応えるためには、多くの指導者が必
要になってくる。総合型地域スポーツクラブでは、地域住民から広くスポ
ーツ指導者の人材を発掘し、クラブの公共性を確保するためにも、公認の
スポーツ指導者資格を有することをすすめてほしい。
これらに加え、重複する条件かもしれないが、当然財源の確保も必要と
なる。
「ドイツではフェライン法(クラブ法)という法律があり,非営利,会員
7名以上など一定の条件を備えたものは法人登録することができる。法人
登録したフェライン(クラブ)は,クラブ収入が非課税になるなどの権利
を得ることができる。施設についてはクラブが保有している場合もあるが,
クラブが公共スポーツ施設の運営を請け負う代わりに優先的に使用できる
場合もある。ドイツなどのスポーツクラブは平均約300人程度の大規模
のものが多く,主な運営費は会費収入やクラブの収益事業(物品販売収入,
50
飲食費収入等)によって賄われているが,市や競技団体などからも補助金
を受けている。
」(32)
上記のドイツの例のように、地域住民だけでは困難な面もあり、行政か
らある程度の支援が必要となってくる。特に施設については,クラブ自身
が施設を建設し,保有することは困難であるので,総合型地域スポーツク
ラブの定着のためには,公共スポーツ施設あるいは学校体育施設を優先的
に利用させるなど,行政からの支援も必要不可欠である。
このように地域総合型スポーツクラブにはまちおこしと関係する部分が
少なくない。
「ハコ」ものが大多数を占めてきたまちおこし政策にあって、
スポーツクラブは新たな可能性を秘めているように思う。ただ現状はまだ
厳しい。行政側の準備が整わないこともあり、1978∼84年までに設
立されたクラブが、日本スポーツクラブ協会の1989年調査では全体の
43.6%であったのに対して、1994年調査では全体の29.1%に
低下していたことがあげられている。全体のクラブ数の増加分を差し引い
ても、かなりの数のクラブが消滅したということはできるであろう。(33)現
状ではヨーロッパのような複数のスポーツ種目を包含し、安定した経営を
継続するには今の日本では無理がある。尾崎正峰氏は、ヨーロッパ式の「大
きくて、様々な種目を備える」クラブとは異なる、日本に適した「小さな」
クラブの正当性を述べている。その根拠は「小さな」クラブでも特徴的な
実践を展開していること、また「大きく」なることがすべての問題を解決
するのかという疑問があるからである。
いずれにせよ、地域総合型スポーツクラブは現段階では行政の協力なし
では考えられない。そういったものから切り離され、独自で運営していく
ことがクラブという存在の本質なのであろうが、今はまだ社会のシステム
が追いついていない。しかし、地域スポーツクラブがまちおこしとスポー
ツを互いに結びつけるものであることには違いない。次の節では、クラブ
の運営に大いに影響するであろう我が国のスポーツ行政・政策の現状と展
望について触れることにする。
(32)
(33)
http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1999jpn/j1-ch03.html#1.03.3 (2000.1.17)
尾崎正峰 「日本型」地域スポーツクラブは構想・実現できるのか? 前掲『研
究年報1999』 p.29
51
第2節 スポーツ行政のあり方
1998年、J リーグに衝撃が走った。横浜フリューゲルスの横浜マリノ
スへの吸収合併である。「地方自治体と地元企業と地域住民が三位一体と
なった」クラブを理想としていた J リーグだったが、実際は大企業のリス
トラがチームの存続を左右した結果といえる。
さらに1999年から2000年にかけて、多くの企業スポーツクラブ
が姿を消すこととなった。野球では住友金属・北陸銀行(ともに1999
年廃部)
、卓球では松下電器女子・さくら銀行(ともに2000年廃部)
、
女子サッカーリーグである L リーグでは強豪のプリマハムが1999年に
廃部を発表した。最近で言えば、日本のバレー界を名実ともに支えてきた
日立も2001年春季限りでの廃部を公表したばかりである。
こうした経済的な問題によるスポーツクラブの危機に対して、政府およ
び文部省は、一切を企業内の問題として支援の手をさしのべることなく、
また、企業スポーツに代わる新たなスポーツ母体を育てる具体策を実践す
ることもできなかった。
それは、政府の認識としても、国民の世論としても、スポーツがまだ「余
技」と考えられ、経済政策とも、社会政策とも切り離されているからであ
る。かたや、バブル経済崩壊後、政府が景気浮揚策として、金融システム
の再編や、公共事業等に約100兆円もの公的資金を導入したのにもかか
わらず、である。
第1節ではドイツのフェライン法について触れたが、諸外国、特にヨー
ロッパは、日本とは全く異なるスポーツ観を持つ。ヨーロッパではスポー
ツを「豊かな市民社会を築くうえでの、重要なインフラストラクチャー」
ととらえている。だからこそ、地域スポーツクラブが根付いているとも言
えるのだが、行政側も日本とは異なったスポーツ政策を行っている。
例えば2000年にシドニーオリンピックを開催したオーストラリアの
「スポーツ国家建設計画」では、規則的にスポーツを行う人が10%増加
するごとの心疾患と腰痛症が5%ずつ減少するという調査結果を基に、ス
ポーツ人口が10%増加した場合の便益総額(net benefit)は5億902
0万豪ドル(約400億円)、40%増加の場合は23億6080万豪ドル
52
(約1570億円)との試算を行い、スポーツに対する投資は大きな経済
効果を生む、という考えからスポーツクラブの育成等の政策を実施してい
る。(34)
またスポーツ先進諸国ではスポーツ省やもしくはそれに準ずる政府機関が、
スポーツ政策を専門に推進している。次の図の通りである。
図表 スポーツ行政機構(35)
<フランス>
青少年スポーツ省(SEJS)
県青少年スポーツ局
管理・サービス局
スポーツ局
青少年・団体育成局
<オーストラリア>
連邦政府 スポーツ大臣
オーストラリアスポーツコミッション
ナショナル・
トレーニングセンター
専務理事
専門・技術
スポー
広報・マーケ
法人
サービス
ツ振興
ティング
事業
しかし日本では文部省(体育局)の中に生涯スポーツ課と競技スポーツ課
を置く(2001年の省庁再編後の文部科学省でもスポーツ青少年局に同
様の2つの課が設けられる)にすぎない。さらにプロ・スポーツの経済効
果に着目する通産省、健康維持・促進のためのスポーツを推進する厚生省、
中高年労働者の健康づくり運動を推進する労働省と政策が分かれ、フラン
スやオーストラリアように一貫したスポーツ政策を打ち出せない状況が続
いている。
(34)
玉木正之「スポーツ行政・政策」 『ウィナーズ』 新潮社 2000 p.288
前掲『ウィナーズ』 p.288
(35)
53
ヨーロッパ式の地域スポーツクラブを育てるには、行政の、政府の支援
が不可欠であると第1節でも述べたが、そのためにはスポーツ省などのス
ポーツを専門とする政府機関、または市町村レベルでのそれが必要となっ
てくるのではないだろうか。
54
第3節 私の考える「スポーツとまちおこし」
まちおこしには地域住民の一体感が不可欠であることは再三この論文の
中でも述べてきたが、総合型地域スポーツクラブはその一体感を生み、そ
して高めることもできる。
そこで「私の考えるまちおこし」と題して、地域スポーツクラブのこれ
からを展望してみたいと思う。
1.総合型地域「ニュースポーツ」クラブ
ニュースポーツと一概に言っても、様々な捉え方があると思うが、こ
こでは、
① 国内外を問わず最近生まれたスポーツ
② 諸外国で古くから行われてきたが、最近我が国で普及してきたスポ
ーツ
③ 既存のスポーツ、成熟したスポーツのルール等を簡易化したスポー
ツ(36)
ということにしておく。ニュースポーツの特徴としては技術の習得が容易
なことからすぐにゲームを楽しむことができ、参加者の筋力や持久力の差
がそのまま競技力に反映することなく年齢・性別を問わずに誰でも活動で
きることである。また、従来の競技スポーツとは異なってルールに柔軟性
があり、
「楽しみ」を追求するという新しい理念を持っている。スポーツに
基本的要素である①「遊戯性」②「技術性」③「闘争性」④「社交性」の
うち、
「遊戯性」
「社交性」をより重視したスポーツとも言える。ニュース
ポーツを行うことによって、スポーツイベントの参加者が増加し、体育・
スポーツ嫌いの学生の意識が変わることが報告されているように、これま
でスポーツに縁のなかった人を巻き込むものとして適していると言える。
実際にニュースポーツを総合型地域スポーツクラブに導入した場合、ど
のような効果が期待できるだろうか。第1節で述べた水上博司氏の設立の
条件10項目を参考に挙げてみる。
(36)
『スポーツビジョン21』 pp.114―115
55
「親睦と社交を最優先」
そもそも歴史的に競技スポーツに対抗する意味で生まれてきたスポーツ
であるので、
「勝つ」ことよりも「楽しむ」というスタンスをとっている。
このことは地域住民の親睦を深め、コミュニティの形成にも役立つ。
「住民の自発的・自治的運営」
その地域の人々が生み出したスポーツであるので、そのスポーツには自
然と愛着がわき、そのスポーツがメジャーになるにつれ、地域住民のその
クラブに対するロイヤリティが培われることにつながる。
「多世代の仲間」
「継続できるスポーツ活動」
ニュースポーツは誰でも気軽に、安全に楽しめることを想定しているた
め、広い年齢層の参加が期待でき、また長い期間プレイできる。
「低料金の会費」
たいていの場合、ニュースポーツは既存のスポーツ用品を使用すること
から、また購入する場合でも決して高価ではないことから、地域住民が気
軽に楽しむことができる。
その一方で問題点もある。当然「新しい」スポーツであるため、理解者
や指導者が少ない。そうなると、財源の確保は難しく、ただでさえスポー
ツにはお金を使いたがらない国・自治体は財布の紐をきつくするだろう。
また、軌道に乗るまでは地道な普及活動が必要となり、労力がそちらへ傾
けられると、
「楽しむ」ことがおろそかになってしまう危険性もある。
実は私も大学生活4年間をニュースポーツと呼ばれる「アルティメット」
に費やしてきた。アルティメットについて簡単な説明を加えておくと、フ
ライングディスク(一般的に言われているフリスビーは登録商標であるた
め、正式名称はフライングディスク)の中の一つの競技で、7人対7人で
行うチームスポーツで、アメリカンフットボールのように、相手側のゴー
ルエリア内で、空中にあるディスクをキャッチすれば得点、というスポー
ツである。走る、取る、投げる、ジャンプする、様々なアクションが求め
られるため、アルティメット(ultimate/究極)と呼ばれる。基本的にフィ
ジカルコンタクトは禁じられており、レフリーを置かず、反則などは互い
のチーム同士で話し合い、解決する。男女混合(mix,co-ed)で行う大会も
56
開催されており、性別を問わず、楽しめる。結局、アルティメットに必要
なのは一枚のディスクとサッカーグラウンド程度のコートだけである。
私がそのアルティメット同好会に入会したのは、同好会設立2年目であ
り、当時会員は新入生だった私を含め、10人程度であった。大学2年生
の時に偶然、会長という役職に就くこともあり、ニュースポーツの光と影
を見る機会があった。
まず「新しい」スポーツであるため、会員全員が初心者であり、必然的
に「競う」ことよりも「楽しむ」ことに重点が置かれた。そのことにより
会員の一体感は高まり、上下関係のない和やかな雰囲気の同好会になった。
また学内で例を見ないスポーツであったため、会員のロイヤリティも高い。
学生ということもあって、低コストである、というメリットは今ひとつ実
感することはできなかったが、それでも他の体育会やサークルに比べれば、
割安なのではないだろうか。
しかし、まだまだ全国的にはマイナーなスポーツの域を脱していないの
で、練習場所の確保や新入会員の勧誘には苦労した。市役所などの自治体
も、サッカーや野球のようなメジャーなスポーツにはグラウンドを貸して
くれるが、アルティメットには全く聞く耳をもたず、現在は週3回の練習
を予定しているものの、練習場所が確保できず、実質週2回の活動を余儀
なくされている。新入生にもアルティメットの競技説明から話が始まるた
め、興味は持ってくれるものの、勧誘に時間がかかり、大所帯には歯が立
たない。それでも、一橋大学では昨年度からスポーツ講義の種目の一つに
アルティメットが採用され、学内での認知度も格段に上昇した。同好会員
もその講義に自主的・積極的に参加し、アルティメットの普及に努めてい
る。
ニュースポーツによるスポーツクラブ運営は、私の経験からも、一長一
短であることは間違いない。ただ、既存のスポーツクラブより、コストが
かからず、自由な発想が活きるので、まちおこしには適しているのではな
いかと考える。
2.複合型地域「プロ」スポーツクラブ
地域とプロは一見背反するようにも思えるかもしれない。しかし、その
57
地域に根付いたプロスポーツクラブが活躍することは、その地域の一体
感・連帯感を高める。しかもそれはプロスポーツの世界であるため、地域
レベルのそれよりももっと大きい効果が期待される。例を挙げれば、おら
がまちのプロ野球チームが日本一になった、おらがまちのサッカーチーム
が世界大会に出場した、などである。
広島県は「広島トップスポーツクラブネットワーク」
(略称:トップス広
島)というプロスポーツクラブ団体を設立した。当初の加盟クラブはサン
フレッチェ広島(サッカー・Jリーグ)
、JTサンダーズ(バレーボール・
Vリーグ)
、湧永製薬ハンドボール部(日本ハンドボールリーグ男子)
、イ
ズミ女子ハンドボール部(日本ハンドボールリーグ女子)
、広島銀行ブルー
フレイムズ(バスケットボール・W1リーグ)の計5チームである。
広島トップスの理念は「オール広島 オール・スポーツ」の実現と定めら
れており、
・すべての広島の人々が、すべての広島のスポーツ(チーム・選手)を
応援するような、郷土愛あふれる広島の実現に向けて努力します。
・多くの人々が、単一の競技種目にとどまらず、さまざまなスポーツに
接する機会をつくり、する人・見る人・支えている人、すべての人で感
動を分かち合い、
「スポーツって素晴らしい」
「スポーツって楽しい」
と
おもってもらえるよう努力します。
・そして、夢と潤いのある「スポーツ王国ひろしま」の実現と地域の活
性化に貢献したいと考えています。
・そのために、私たちが率先して、競技種目の枠を越え、協力していき
ます。 (37)
とされている。
プロスポーツクラブが競技種目の枠を超えて交流することで、地域の一体
感はより一層堅固なものになり、様々なスポーツ種目が一つの「広島」チ
ームとして活躍することで、外部に対するイメージ・アップも期待できる。
さらに加入条件として、
「全国のトップリーグまたはそれに準ずるリーグ
に所属していること」があるため、自然と広島トップスはハイ・レベルの
総合型スポーツクラブとなり、地域の誇りとなり得る。
(37)
http://hiramat.edu.mie-u.ac.jp/clubnetz/top-hiroshima.htm (2000,1,18)
58
私の地元の新潟県にあるアルビレックス新潟(サッカー・J リーグ)も、
昨年廃部した大和銀行男子バスケットボール部をそのまま引き継ぎ、同名
のバスケットボールチームを誕生させた。これにより、今までサッカーは
(する・見る)が、バスケットは(やらない・見ない)人や、サッカーは
(やらない・見ない)が、バスケットは(する・見る)人が互いにアルビ
レックスに興味をもつようになり、新たな接点が生まれる。
この総合型地域「プロ」スポーツクラブは、過疎化が進む中小市町村が単
独で取り組むのは無理であろうが、都道府県レベルで行うことは可能であ
る。都道府県レベルから、徐々に底辺を広げていけばいいのではないだろ
うか。例えば新潟主催の試合を各市町村が輪番で受け持ち、その市町村の
コート、グラウンドなどで行う。試合が無理なら、練習試合や子供のため
の講習会でもいい。何らかの形で都道府県内を規則的に回ることが大切だ。
現状のプロスポーツはチームの本拠地であるホームタウンしか、ベネフィ
ットを得ることができない。
「広島トップス」やアルビレックス新潟のよう
な、総合型地域「プロ」スポーツクラブがこれから増えていけば、都道府
県レベルでのまちおこしが活性化し、そしてそれは市町村レベルのまちお
こしにもよい影響を与えるであろう。
3.
「モータースポーツフィールド」堀之内
アレッグ越後はあくまでオートレースの場外車券売り場であり、その時
点で総合型スポーツクラブという枠組みからはずれる。さらに、総合型ス
ポーツクラブ設立の条件と照らし合わせてみても、オートバイは決して低
会費でまかなえるものではないし、ギャンブルということから、青少年と
の「密な」関係を築くのも難しいとも思える。騒音などの公害も考慮に入
れなければならない。言い換えれば、
「オートレース」という競技自体が、
総合型スポーツクラブで行なう競技種目としてはふさわしくないことがわ
かる。
しかし、日本でもモータースポーツでまちおこしを成功させている町が
ある。栃木県茂木町がその一例だ。茂木町は栃木県の東南端、宇都宮から
東に31㎞の茨城県境に位置し、面積約172k ㎡、人口18,200人の
町である。全体が八溝山系の山間地にあり、約70%が山林で占められ、
町を縦横に流れる那珂川や、その支流の清流と広葉樹が調和して美しい景
59
観を形づくっている。市街地から車で4㎞、山間を車で十分ほど走ると、
世界有数のモータースポーツフィールド「ツインリンクもてぎ」
(TRM)
が顔を出す。
このTRMは、F1でおなじみのヨーロッパ型レースが行われるロード
コースと、インディーやナスカーなどアメリカンモータースポーツが楽し
めるオーバルコースの、それぞれ独立した二つのコースを併せもつ世界初
のレーシングコースである。このほかに、安全運転トレーニング施設、車
博物館、ホテル、オートキャンプ場などもある参加型の多目的施設で、近
年中にはアミューズメント施設や文化村などの建設も予定されている。1
998年3月にはアメリカンモータースポーツの最高峰インディーカー・
カートワールドシリーズが開かれ、55,000人の観客が音速を超えるレ
ースに酔いしれた。
TRMは、開業以来茂木町に様々な効果をもたらしている。
茂木町の年間観光客数は約45万人で推移してきたが、1997年は1
32万人に増加し、さらに増加する傾向にある。このうちの半数はTRM
への来場者である。これに伴い宿泊客も急増し、約1,000人収容できる
18軒の宿泊施設がすべて満杯になった日が1997年は8日もあった。
このほかに雇用機会の増大、従業員の定住、新たなビジネスの創出、T
RMへの食材の納入、場内での物産販売、コンビニ、ガソリン、タクシー
の売り上げ増など効果は多岐にわたっており、1998年現在は12億円
と推計している。しかし、何といっても効果の大きなものは、TRMと共
に「もてぎ」の名が全国に発信されたことにより、町民が自分の町に自信
と誇りをもったこと、そして21世紀を担う若者に夢を与えたことである。
茂木町は、このTRMのインパクトを活用して、まちおこし事業を展開
している。そのひとつが、1996年7月にオープンした「もてぎプラザ」
である。栃木県の道の駅第一号に指定されたこの施設は、飛躍的に増加す
る観光客に対応するための情報案内、農・商・工・観光のネットワークづ
くりによる産業振興、新たなもてぎ文化の発信を目的に、住民主体の運営
である。開業以来二年間で105万人に利用され、大きな成果を上げてい
る。
もうひとつが「もてぎコンストラクターズ村」である。町が造成した国
内初のレースカーの組立・販売を行う企業のための団地で、5ヘクタール、
60
18区画を分譲する予定だ。新しい産業の創出と、新たな観光スポットと
しても期待されている。
堀之内町も茂木町のような取り組みを行なってみたらどうか。茂木町の
例を見てみると、重要なポイントが幾つかある。
① 世界的にも珍しい施設づくりと、世界的なイベントの誘致
② 大きな雇用が生まれ、地域の若い人が関心を持っていること
③ TRMだけで終わらない、継続性のあるまちおこし
①の世界的に珍しい施設や、世界的に有名なイベントの誘致は実際莫大
なコストがかかり、容易に解決できるものではない(TRMは本田技研工
業と株式会社鈴鹿サーキットランドが融資している)
。しかし、②と③は工
夫次第で解決できるのではないだろうか。私が特に着目したいのは「もて
ぎコンストラクターズ村」である。積極的に外部との接点を持とうとし、
さらにそれを町の活性化に繋げて行こうとする姿勢は見習うべきである。
堀之内町に置き換えてみても、オートバイの組立、生産、販売を行えるス
ペースの造成や、様々なオートバイの大会を受け入れられるコースの建設
などが考えられる。モータースポーツは特に若者の人気が高いスポーツで
もある。成功すれば、若年層の都市流出を防げるうえ、逆に都市からの流
入も見込める。
ここまで述べてきたことは、私の推奨する総合型地域スポーツクラブか
ら離れてしまっているかもしれない。しかし、あくまで目的は地域の一体
感・連帯感の向上にある。アレッグ越後という、ある意味でとても異質な、
施設をまちおこしの中心に据えるには、
「モータースポーツのメッカ」とし
てしか私は考えられなかった。そこまでやる必要はあるのか、という声も
聞こえてきそうだが、今のままではアレッグ越後は地域から乖離してしま
うおそれもある。
第3章第4節で述べた「アレッグ越後への提言」と合わせ、この声が堀
之内町に届くことを願ってやまない。アレッグ越後、そして私のふるさと
のこれからを期待している一人として。
61
あとがき
この論文で私が伝えたかったのは、
「一体感・連帯感」がまちおこしには必要
不可欠であること、そしてそれを助けるのがスポーツであること、であった。
私自身も小さい頃から野球やサッカー、そして今は、ニュースポ−ツとして
論文中でも紹介した、アルティメットを続けているが、スポーツをしていてし
ばしば感じるのが、
「スポーツは自己完結しない」ということだ。個人スポーツ
でもチームスポーツでも、常に相手や仲間(時には観客)がおり、いい意味で
「他者を巻き込んで」いる。まちおこしでも同様のことが言えるのではないだ
ろうか。自治体関係者だけではなく地域住民、自分たちの町だけではなく他の
町を「巻き込む」ことが肝要である。
「まちおこしの自己完結は、すなわちまちおこしの失敗を意味する。まち
おこしにあらゆるものを巻き込むことが、まちおこしの成功を意味する。」
この言葉を、堀之内町をはじめ、まちおこしに励む市町村に送る。そして少
しでも私のこの論文がまちおこしに役立てば、この上ない喜びである。
雪あたたたかくとけにけり
しとしとしとと融けゆけり
ひとりつつしみふかく
やはらかく
木の芽に息をふきかけり
もえよ
木の芽のうすみどり
もえよ
木の芽のうすみどり
室生犀星 『ふるさと』より
62
堀之内町はまだ雪が背丈ほど積もっていることだろう。しかし、必ず春は来
るように、必ず堀之内町が活気ある町になる日も来る。そう信じながら、筆を
置く。
平成13年1月
一橋大学社会学部4年 栗山 祐太
63
参考文献一覧・資料
著者名
松村和則
松岡憲司
山口泰雄
厨義弘・大谷善
博(編著)
原田宗雄編
池上惇・小暮宣
雄・大和滋編
須田直之
ホイジンガ(高橋
英夫訳)
出版社
道和書院
出版年
1993
法律文化社
1996
『生涯スポーツとイベントの社会学』 創文企画
『地域スポーツの創造と展開−
大修館書店
福岡市からの提言−』
綜合ユニコム
『地域づくり総覧』
杏林書院
『スポーツ産業論入門』
1996
文献/論文名
『地域づくりとスポーツの社会学』
『スポーツ・エコノミクスの発見−J
リーグは地域を活性化するか−』
1995
1995
丸善ライブラリー
2000
『スポーツによる町おこし』
北の街社
1992
『ホモ・ルーデンス』
中公文庫
1973
『現代のまちづくり』
中公新書
山崎充
『「豊かな地方づくり」を目指して』
通商産業省産業
『スポーツビジョン21』
通商産業調査局
政策局
建帛社
原田宗彦(編著)レジャー・スポーツサービス論
『研究年俸 1999』
広瀬一郎
守友裕一
本間義人
佐々木昇彦
1990
『スポーツマーケティング』
『内発的発展の道』
『まちづくりの思想』
『公営競技の文化経済学』
『ウィナーズ』
『月刊レジャー産業資料』
1991
1990
1997
一橋大学スポーツ
1999
科学研究室
電通
農山漁村文化協会
有斐閣
芙蓉書房出版
新潮社
綜合ユニコム
1994
1991
1994
1999
2000
64