平成 18年8月学術講習会 (社)日 本 鍼 灸 師 会 (社)東京都鍼灸師会 通算 656 回 厚生労働省後援 主催 (2006.8.27) 演題および講師 整形外科疾患 Ⅰ.「変形性膝関節症」 ―類似疾患と鑑別に役立つ基礎知識― 聖路加国際病院 整形外科 医長 黒田 栄史 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------鍼灸治療編 Ⅱ.「筋骨格系障害としての慢性前立腺炎」 ―慢性骨盤部痛症候群― 筑波大学大学院 人間科学総合研究科 講師 濱田 淳 「変形性膝関節症」 黒田 栄史 ―類似疾患と役立つ基礎知識― 原因疾患 【関節炎】 1. 変形性膝関節症 2. 関節リウマチ 1 3. 外傷性関節炎 4. クリスタル(結晶性)関節炎 5. 化膿性関節炎 【外傷】 1、 靭帯損傷 2、 半月板損傷 3、 関節内骨折(脛骨高原骨折、膝蓋骨骨折) 【神経痛(放散痛)】 1、 股関節疾患から 2、 腰部疾患から 膝関節痛があり、関節の腫脹があるときは積極的に関節穿刺をしてその時の関節 液の色、性状を観察する。場合によっては培養検査で細菌の有無を調べたり、偏 光顕微鏡下の結晶を知ることで確定診断される事があり、関節液は診断を大いに 助ける。 【関節炎】 1 変形性膝関節症 壮老年者の疾患で、軟骨・骨の変化が潜行して起こり機械的炎症を繰り返すこ とで症状がはっきり出てくる。痛みは、膝関節のこわばりを初徴として訴え⇒そ のうちに階段を降りる時の痛み⇒正座の後の立つ時の痛み⇒長時間歩行時の痛 み⇒安静時に痛みに発展してくる。関節液が貯留する関節腫脹は、出現・消失を 繰り返し、そのときの症状によって変わる。関節液がたまるときは急性炎症と考 え、冷やすことを勧める。一方、痛みが強く動けないときは NSAIDS(非ステロイ ド鎮痛消炎剤)を使用する。NSAIDS は局所の湿布や軟膏の外用薬、全身投与の経 口薬・座薬などの種類があるので、それぞれの特徴を生かして使用する。副作用 として外用薬はカブレ、経口薬は消化器症状が有名で、注意を要す。局所療法と 2 して関節液がたまったときに関節液を引く吸引すると症状が治まる。しかし、頻 回の吸引は手技によるコンタミネーションを起こす確率が出てくるので、その時 は NSADS を全身に投与して炎症を治めるようにする。関節穿刺は液を吸引するだ けでなく、関節に薬を注射する場合もある。以前はステロイドを関節に注入して 炎症を抑えたが、頻回の注射でステロイド関節症を起こし関節破壊がおこること が知れるようになり、最近はまれの使用になった。一方、ヒアルロン酸の注射は 症状を元から改善する可能性があり、現在良く使われている。患部にサポーター をつけると歩き易くなることがあるが、内反膝変形(O 脚)の場合は足底板を靴 の中に入れて荷重線を変えることで痛みが軽くなる。 保存療法として最も重要なことは、運動療法である。一般的に変形性膝関節症 になると大腿4頭筋の筋力が低下し、そのために症状が進む悪循環になる。それ を打破する為に自分の筋力で膝を伸展させる大腿4頭筋訓練が重要である。伸展 した状態で 5 秒止め、その後は逆の膝を伸展させ、交互に運動する。もし、症状 が進んで膝の屈曲拘縮になってきたら、ストレッチで伸ばしたり、入浴の後に長 座位に座り膝頭を自分の手で押して膝の矯正運動をして治療をする。 このような保存療法で効果が無いと手術療法になる。関節の破壊が少ない時は 関節鏡視下にデブリートメント(郭清術)をすると症状が軽快する。しかし、進 行期では効果が少ない。若・壮年期で内反変形が主な原因と考えられると荷重線 を変えるために、骨を切って角度を変える骨切り術は有効だ。しかし、末期の患 者さんの時は関節の人工膝関節置換術をする。この手術で痛みはなくなるが、感 染、DVT(深部静脈血栓症)⇒PE(肺塞栓症)、耐久性などの合併症があり、完璧 な手術ではない。 2 関節リウマチ 全身疾患の関節リウマチの一部位として膝関節に症状が出ることは多い。20 か ら 40 歳代の女性に多く、初発症状として両側の手関節・手指関節(MP,PIP 関節) に繰り返される関節腫脹、痛み、可動域制限が出て、特に“朝のこわばり”が特 3 徴的な症状である。血液検査にて炎症反応(CRP や赤沈)が亢進し、リウマチ因 子が陽性になることが多い。関節液は混濁して漿液性だが、培養検査は陰性であ る。 治療として NSAIDS、DMARDs(疾患修飾性抗リウマチ薬)、生物学的製剤、ステ ロイドなどがあり、3 ヶ月ごとに薬の効果を判定して治療をする。それぞれ副作 用があり、注意して使用する。局所の症状が強い時は関節にステロイド注射する ことがある。頻回の注射は出来ないので外科的に滑膜切除術を関節鏡視下にする ことがある。また、末期で関節の破壊が進むと人工関節置換術をすることが多い。 3 外傷性関節炎 捻挫や打撲後に起こる関節炎で、症状が出る数日から半月くらい前の外傷歴が ある。一般的な関節炎と同じ症状で腫脹と疼痛であるが、運動痛だけで無く安静 時痛もあることが多い。関節液は一般の関節炎と違って血性である。治療は局所 の安静(運動を避ける)と NSAIDS(経口薬、外用薬)で一般の関節炎と同じであ る。氷冷が効果的である。 4 クリスタル(結晶性)関節炎 結晶を関節につくる疾患は高尿酸血症による痛風が有名である。痛風性関節炎 は突然に痛くなり、その痛みは非常に強く眠れない。また関節も腫脹する。採血 では炎症反応が亢進し、血性の尿酸値が高い場合は痛風と診断できる。痛風を考 え血液の炎症反応が高いが尿酸値は正常なときは偽痛風を疑う。その時は関節液 を偏光顕微鏡で検査し桿状の結晶があれば確定診断になる。治療は炎症を促進す る飲酒を控え、局所に氷冷をし、薬は痛み止めとして NSAIDS を座薬や経口薬で 処方する。数日以内に痛みは軽快する。痛風の場合、痛みが長引くため NSAIDS 投与中は高尿酸血症治療薬は投与しない。 5 化膿性関節炎 4 化膿性関節炎は免疫力が落ちた日和見感染(糖尿病や抗癌剤・ステロイドの使 用)で起こりやすい。膝の場合は血行性でグラム陽性球菌が多く、グラム陰性杆 菌が続く。関節液は白濁しているので抗生剤の投与の前に関節液、血液、尿、痰 の培養を提出しておくと、原因菌、原因の疾患を判別するのに役立つ。化膿性関 節炎を考えたら関節の洗浄は絶対適応であり、入院をさせる。手術室で麻酔をか けて切開洗浄して、持続チューブを入れる。術者によっては持続チューブを 2 本 入れ片方で抗生剤入りの生食を点滴して、もう他方で持続吸引する持続洗浄法を する。培養結果が出るまでは当初はセファロスポリンとクリンダマイシンの点滴 をして培養結果が出たら原因菌に最も効果的な抗生剤に切り替える。 【外傷】 1 靭帯損傷 靭帯損傷には関節内の前十字靭帯(ACL)、後十字靭帯(PCL)の損傷と、関節 外の内側側副靭帯(MCL)と外側側副靱帯(LCL)損傷がある。それぞれの靭帯の 単独損傷だけでなく複合靭帯損傷の場合不安定性が強くなり、半月板損傷を合併 しやすくなる。 ACL 損傷:関節血症を認め、半月板損傷の合併例も多い。理学所見で前方不安 定性を認める。若い人でスポーツを積極的に好む人には薄筋や半腱様筋を使った 靭帯再検術を関節鏡を使用して施術する。最近は入院は 1-2 週間で済む。スポー ツを積極的にしない人は経過観察する。ゴルフなど軽いスポーツをする時は不安 定性を制御する為にサポーターをすることがある。 PCL 損傷:交通事故などのような高エネルギー事故でおきやすい。関節血症に なり、後方不安定性を認める。一般的に日常生活は行えるので、保存療法が選択 される。しかし、コンタクトスポーツ(柔道、ラグビー、サッカー、バスケット など)ではパフォーマンスが落ちる為に手術で再建術をする。 MCL 損傷:最も頻度の高い膝靭帯損傷である。膝の捻挫と言われることも多い。 大腿骨起始部での裂離が多いが、脛骨停止部の損傷もある。外反ストレスで不安 5 定性を認める。 X 線写真で普通の正面像と外反ストレスを書けたときのストレス写真をみて程度 を判断する。一般的に装具を使用して局所を固定するが荷重制限は痛みがなけれ ばしない。関節腫脹と痛みが消えたら装具をはずし無荷重で可動域訓練をして拘 縮の予防、筋萎縮の予防を図る。固定期間が 2-3 週間で済むと、筋肉の萎縮も少 ない。しかし、大腿骨起始部の骨の裂離骨折を伴うときなど不安定性が強い時に 稀に手術をする。 2 半月板損傷 荷重した状態で屈曲した膝に異常な回旋力が加わると半月板損傷を起こしや すい。裂け方によって縦断裂、水平断裂、横断裂があり、それぞれ組み合わさっ ていることが多い。 成人になると内側半月板損傷が多くなる。理学検査では関節裂隙の圧痛 McMurray test が有名で膝を屈曲した位置から内旋や外旋して伸展したときに膝関節の引 っかかり(click)を感じたり、疼痛を誘発させて調べる。最近では MRI の検査 で診断がつくことが多くなってきた。治療としてまず保存療法として局所の安静 (痛い間の運動を避けたり、サポーターをして日常生活する)を計って症状が軽 快することが多い。しかし、痛みやクリックが日常生活で感じたり、膝の可動性 が制限(ロッキング)されると手術療法になる。関節鏡視下手術が一般的で、断 裂の有無とタイプ、場所を特定し、若年者でスポーツ活動が高い人は縫合術を、 中年以降は半月板の変性も進み癒合しにくいので部分切除術をする。 3 関節内骨折(脛骨高原骨折、膝蓋骨骨折) 交通事故や転落など高エネルギー損傷の時に関節内骨折を起こすことがある。 関節液は血性で、骨折があると骨髄からの脂肪が関節液に混じり、吸引した液を 膿盆にたらして脂肪滴を認める。実際 X 線検査で骨折線がはっきりしなくても血 性の関節液に脂肪滴があれば、関節内骨折と診断できる。治療として骨折がずれ ていた場合は、手術の絶対適応である。手術しないと一生涯、関節の不安定性が 残ったり、可動域制限が後遺症として残る。 6 【神経痛(放散痛)】 1 股関節疾患から 股関節疾患があるのに初発症状が膝(特に内側)を痛がることがある。変形性 股関節症の患者さんに時々認める。股関節を支配している感覚神経が閉鎖神経で その神経が痛むと先端の膝に痛みを感じると言われている。膝か股関節のどちら かの原因かと検査するには臥位にて股関節を回旋して見る。膝の曲げ伸ばしで痛 みを訴えたら原因は膝にある。しかし、股関節の回旋にて痛みを訴えたら股関節 を丹念に診察する。治療は股関節の疾患により NSAIDS 使用するか手術する場合 もある。 2 腰部疾患から 腰から下肢への神経根は出ている。膝は L4 領域の感覚であり、L3/4 の椎間 板ヘルニアでは膝周囲の痛みを訴える。しかし、理学所見で膝を他動的に動かし ても痛まない。そのときは腰の病気も鑑別診断に入れる。腰の疾患の場合はコル セットしたり、理学療法や NSAIDS の服用で痛みをコントロールする保存療法が 一般的である。神経症状で疼痛だけでなく、特に麻痺症状が出たときは手術をた めらうと、麻痺が回復しなくなるので注意が必要である。 7 「筋骨格系障害としての慢性前立腺炎」 濱田 ―慢性骨盤部痛症候群― 淳 昨年、前立腺炎の概括を本会でお話させていただきました。今年は一部昨年と 重なるところがありますが、筋骨格系障害で起こる慢性前立腺炎/慢性骨盤部痛 症候群のお話をいたします。鍼治療の適応である病態が内臓疾患に含まれている ことを先生方と確認し、痛みを中心とした本症候群に内閉鎖筋をはじめとする治 療対象組織にどのようなテクニックをもって対処していくのか検討していきた いと思います。 8
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