発達の偏りや遅れが疑われる乳幼児への心理臨床的 援助についての

発達の偏りや遅れが疑われる乳幼児への心理臨床的
援助についての評価モデル試案
―母親/養育者と子どもとの並行グループの場合―
倉戸 由紀子
では、各子どもに子ども担当のプレイ・セラ
問題提起
ピストが1人づつ付き添い、1グループ数名
発達の偏りや遅れが疑われる乳幼児は近年
の子どもとそのセラピストたち、および全体
増加しているといわれている。そして、その
を見守る臨床心理士から構成される。母親グ
心理臨床的援助は前章で検討したように、早
ループはその子どもたちの母親/養育者たち
期発見・早期対応や情緒的交流を促進するよ
のグループで一人のファシリテーター(臨床
うな関わりがその後の社会適応への鍵となる、 心理士)とコ・ファシリテーターとで構成さ
と期待されている。また母親/養育者グルー
れる。有料で、1クール10回。事前にインテ
プにおいてはそれぞれの母親/養育者が本来
ーク面接、インテーク・カンファレンス、各
の自己を取り戻し、子どもの特徴を捉え過度
セッション後にはグループ・スーパービジョ
な期待をするより、むしろあるがままの子ど
ンをかねたケース検討が実施されている。ま
もの成長を受け止め、関わっていくことなど
た、1クールが終了したら、全セッションを
が望まれる。この望みが達成されるためにも、 ふりかえり、母親あるいは養育者と母親グル
評価することが必要である。
ープ担当のセラピストと子ども担当のセラピ
そこで、本章では母親/養育者と子どもと
ストたちによる合同ふりかえり面接が実施さ
の並行グループへの援助に対する評価をまだ
れている。
試案でしかないが、行いたい。具体的には、
さらに、希望者には継続して母子ともにグ
1)援助体制の概要と評価:セラピストの訓
ループに参加できるようになっている。必要
練の評価、クライエントの見立て、援助の方
なときのためには外部機関すなわち、児童福
法論と課題、2)実践過程の成果、3)セラ
祉・療育機関および医療機関などの連携機関
ピストの自己点検、を踏まえて評価モデルへ
が準備されている。
の試案を提案する。
Ⅰ−2 評価:セラピストに対する訓練の評
価ポイント
Ⅰ−2−1 専門的理論の学習:
Ⅰ.援助体制の概要と評価
心理療法における人間観と援助方法の理
Ⅰ−1 概要
解・遊戯療法・グループ理論・発達心理学・
心理臨床の実践施設で実施される母親/養
愛着理論・発達障害とその援助についての理
育者と子どもとの並行グループの場合:療育
論と方法論、現代の母親や障害を持った母親
施設から紹介された母子を対象に、子どもに
理解などの事前訓練がなされているか。
は集団遊戯療法が、母親には並行して母親/
Ⅰ−2−2 関わり方(援助技法)の訓練:
養育者グループが実施される。集団遊戯療法
傾聴(簡単な受容、反射、感情の明確化)
・
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アイ・メッセージ、オープンエンド・クエス
プレイ・セラピスト、グループ・セラピス
チョン、グループ・ワーク、エンカウンタ
ト、コ・ファシリテーター(それぞれ専門家
ー・グループなどグループ・アプローチでの
としての技量とコミットメントの確認がなさ
クライエント体験、多数の子どもとの遊びの
れているか)。
体験等により援助者としての基本的姿勢を身
Ⅱ−1−5 観察機能(観察ルーム)の可能
性:
に付けるなどの訓練がなされているか。
Ⅰ−2−3 セラピストの人間性(人として
Ⅱ−1−6 指導体制:
スーパ−ビジョン(プレイ・セラピー、グ
の在り方)を育てる訓練:
クライエントへの応答(言語化、非言語
ループに対して)、ケース・カンファレンス
面)ができるか、自己の気づきに拓かれてい
への体制は整っているか。
るか、状況を把握できるセンス、社会的感性、 Ⅱ−1−7 クライエントの同胞・家族への
託児:
倫理的感性、クライエントの精神的コンテイ
ナとなりうる在り方は身に付けられているか。 暖かい雰囲気で託児がなされているか。
Ⅱ−1−8 フォロアップ:
必要なクライエントには個人面接やコンサ
Ⅱ.実践過程の評価
ルテーションができる体制か。終了後のフォ
ロアップの有無
Ⅱ−1 援助前体制の評価のポイント
Ⅱ−1−1 インテーク面接
対母親/養育者:
Ⅲ.グループ終了後の体制への評価
来談動機・子どもの主訴・既往歴・生育
史・親として何に困っているのか。本プログ
1)フォロアップ・セッション(年2回)へ
の体制は整っているか。
ラムに何を期待するのか。誕生にまつわるエ
ピソード・家族構成・家族関係・同居人の有
2)継続希望者へのその後のグループ・セッ
ションや個人面接への体制。
無、地域社会からの家族への援助体制の有無
3)セラピストの技量向上のための事例検
などの聞き取り等が出来ているか。
対子ども:
討・事例研究、スーパービジョンへの体制
コミュニケーション能力の程度、応答の仕
は整っているか。
方、発語の仕方、環境への関心度、アイ・コ
ンタクト、スキンシップへの態度、身体的柔
Ⅳ.グループの成果の評価モデル
軟性、感覚過敏の有無、情緒的感性の程度、
共感性の程度、自閉性、寡黙、親子の関係性
Ⅳ−1 母親/養育者グループ参加者の内的
などの点検ができているか。
変化を評価する方法
Ⅱ−1−2 心理アセスメント:
Ⅳ−1−1 参加者(母親/養育者)の期待
の明確化(表−Ⅰ、表−Ⅱ)
心理査定=発達検査・WISCの準備、母親
の参加動機や期待などの聞き取りによるアセ
すなわち、本グループ参加の期待を明記し
スメントなど。
てもらうことによりグループ参加への心の準
Ⅱ−1−3 インテーク・カンファレンス:
備とアイスブレイキング的機能を持つ(表−
見立てと処遇の検討が柔軟に十分なされて
Ⅰ参照)。
いるか。
さらに表−Ⅱは本プログラムの終了時にも
Ⅱ−1−4 担当セラピストの選択:
記入を求めて、成し遂げたこと、できなかっ
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①参加者の期待の明確化(表−Ⅰ)
記入日
氏名
このグループに参加するにあたってあなたはどのようなことを期待されますか。ご自由にお書きくさい。
子どもさんにはどのようのことを期待されますか。
ご自身に対してはどのようなことを期待されますか。
②終了後の参加者の期待の明確化(表−Ⅱ)
記入日
氏名
いよいよグループも終了の時が参りました。本表を使って、グループ開始前に抱いておられた期待がどの程度成
し遂げられたのか、成し遂げられなかったのかを言葉にしてみてください。
子どもさんはどのように変化されましたか。期待はど
ご自身への期待はどのような変化がありましたか。も
のように満たされましたか。もしあれば記入してくだ
しあればご自由にご記入ください。
さい。
グループに参加されてどのような体験をされましたか。ご自由にご記入ください。
たことを明確にして、自己の気づきを促進す
どのような体験をしたのかを以下のアンケー
る(表−Ⅱ参照)。ここでは、終了後にどの
トによって明確にする。これはグループ過程
程度期待が充足されたか、どのような変化が
を観るためにも有効である(表−Ⅲ)。また、
みられたかなど、グループに参加したことに
このPMR(Post Meeting Reaction)を基盤
よって得られたことを記入してもらい、自己
にグループをふりかえることもできる。
の体験を明確化することをねらいとしている。 Ⅳ−1−3 Test・Retestによる評価
Ⅳ−1−2 PMRによるグループの過程の
参加した母親たちにグループ体験前とグル
ープ(1クール)終了後に同一のアンケート
評価
各グループセッションの終了時に参加者が
調査を施行し、その変化を数量的に算出する。
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倉戸 由紀子:発達の偏りや遅れが疑われる乳幼児への心理臨床的援助についての評価モデル試案
表−Ⅲ Post Meeting Reaction
PMR
少し とても
1)グループの中では他者の話をよく聴いた。
1――2――3――4――5
2)グループの中ではよく話せた。
1――2――3――4――5
3)グループへよく貢献をした。
1――2――3――4――5
4)気持ちよく参加できた。
1――2――3――4――5
5)今回のグループでの子育てや自己の気づき、体験したこと、感想など自由に記入してください。
質問紙の項目は、「育児の仕方」「育児感
情」
「対人関係」
「育児についての価値観」
「自
分自身の課題」の5つに分類されるが、さら
にそれらを30の下位項目に分類して設定して
ある(表−Ⅳ)。
6)セラピーの過程における自己についての
気づき。
Ⅴ.セラピストの自己点検
セラピストはそれぞれ記録をつけているが、
以下のポイントにおける自己点検も一方法で
ある。
1)本ケースにおいて自由にセラピーができ
7)セラピストの自己一致度は。
た。
(はい いいえ)
以下にどのようになのか説明しなさい。
8)専門性を培うために特に学んだところ。
2)話は良く聴けたと思う。(はい、いいえ)
3)クライエントとはアイコンタクトがとれ
ていたか。(はい、いいえ)
4)やりにくかったところは
9)今回のセラピー体験で発見された今後の
課題
5)セラピストはどのような応答をしていた
か(言語化、非言語の場合)
。
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追手門学院大学 心のクリニック紀要 第4号 2007
表−Ⅳ 子育てについてのアンケート調査( 回目)
子育てについての調査をしています。ご協力いただければ幸いです。
この調査の目的は、個人を評価するためのものではなく、全体傾向を検出することによって、より
効果的な子育て支援を模索するためのものです。したがって、個人情報は厳重に保護いたします。な
お、答えにくい項目は飛ばして、次の項目に進んでいただいても結構です。どうぞ、よろしくお願い
いたします。
子育てについてのアンケート 実施日 月 日
以下の質問項目を読んであなたにぴったりのところの数字に○をつけてください。
5.はい、かなりそうです。
4.やや、その傾向あり。
3.どちらともいえない
2.やや、ちがいます。
1.いいえ、全くそうではありません。
1.子どもの叱り方がわからない
1 2 3 4 5
2.子どもとの対話は楽しい*
1 2 3 4 5
3.すぐ腹が立って子どもに八つ当たりする
1 2 3 4 5
4.甘やかすと甘えさせるの区別が分からない
1 2 3 4 5
5.子どもとは眼を合わせ顔を見て話している*
1 2 3 4 5
6.子どもの食事のしつけには困っている
1 2 3 4 5
7.子どもの将来を考えて不安になるときがある
1 2 3 4 5
*
8.子どもは授かりものだと思っている
1 2 3 4 5
9.子どもは自分の期待通りに育てていきたい
1 2 3 4 5
10.子育てから学ぶことはない
1 2 3 4 5
11.子どもとともに親も成長していると感じる
*
*
1 2 3 4 5
12.子どもが家庭に居るだけで幸せだと感じる
1 2 3 4 5
13.子どもが生まれて人生観が変わった*
1 2 3 4 5
14.同じ子どもを持った親同士話すことはない
1 2 3 4 5
15.困ったときに気軽に相談できる人はいない
1 2 3 4 5
16.夫の子育てへの参加には満足している*
1 2 3 4 5
17.子育てには自信がない
1 2 3 4 5
18.子育てはマイペースでやっている
*
1 2 3 4 5
19.他の子どもと比較をして心配になる
1 2 3 4 5
20.自由になれる時間が欲しい
1 2 3 4 5
21.子育ての情報に惑わされる
1 2 3 4 5
*
22.子どもは自ら成長する力を持っている
1 2 3 4 5
23.他者の気持ちを感じるのは苦手だ
1 2 3 4 5
24.子育てがうまくいかないと自分を責める
1 2 3 4 5
*
25.しんどくなったときは気軽に助けを求める
*
1 2 3 4 5
26.夫と話し合って子どもを育てている
1 2 3 4 5
27.自分自身に正直になれる*
1 2 3 4 5
28.子育ては疲れる
1 2 3 4 5
*
29.生きることは意味のあることだ。
1 2 3 4 5
30.子どもは気持ちよく抱いてあげる*
1 2 3 4 5
(*印は逆転項目)
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倉戸 由紀子:発達の偏りや遅れが疑われる乳幼児への心理臨床的援助についての評価モデル試案
まとめ
以上のごとく母親/養育者グループについ
ての評価モデルを模索してきた。まだ試案段
階であるので、実際に限られた期間内ででき
るのか、さらに検討する必要があるだろうと
思われる。本母親/養育者グループには、一
部の院生相談員も関わっている。
したがって、評価は単に母親グループの成
果のみを見るのではなく、どのような教育が
なされ、今後改善される余地があるのかとい
う教育体制の観点からも点検をして、プログ
ラムを展開していく必要があろう。
評価については、相対評価、到達度評価、
認定評価、進歩の評価などが挙げられている
が(梶田,1995)
、今回は個人内部の変化を
捉えるために進歩の評価を主に実践している。
この評価のポジティブな可能性として、「自
分のペースで一歩一歩努力を積み上げていく
習慣が身に付く(梶田,1995、P. 165)
」と
しているが、今回のようなグループ前後に実
施される期待のアンケートやtest/retest方式
のアンケートはこれに当たる。この評価方式
の弊害として「独善的な自己の満足の習慣が
形成される」としている。評価は、評価に終
わらせず、改善し次のステップへの手がかり
とすることが重要であろう。
引用文献
梶田叡一 1995 教育評価 心理学事典 平凡社 pp. 163 165.
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