セクション A:家畜の多様性の起源と歴史 1.緒言 遺伝的多様性は、環境の変化と需要の変化に家畜集団を品種改良あい、適応 するための素材を提供する。動物遺伝資源(AnGR)の故事来歴は、持続可能な 管理の戦略設計に不可欠である。食料と農業のための世界の動物遺伝資源の声 明(FAO, 2007)の最初の報告(最初 の SoWAnGR)は、家畜品種の家畜化お よびその後の世界への分散に関する知識の現状を提供した。最初 の SoWAnGR が発刊されて以来、この分野で相当量の研究が行われた。とくに、さらなる遺 伝子 手法の開発(ボックス 1A1 を参照)は、家畜品種の歴史の様々な側面の調 査において広範な遺伝子情報の利用を可能にした。本節では、この分野におけ る最新の知識を、とくに最近の進歩を中心に提供する。それとともに、最初の 家畜化の過程、その後の野生種の家畜への遺伝子移入、家畜化後に起きた適応、 ならびに比較的最近の品種形成についても説明する。 ボックス 1A1. 家畜の歴史はどのように再構築されたか:考古学と DNA 考古学者は、体の大きさと形状を推定し、成長パターンを決定するために、 歯、頭蓋および骨格の形態学的変化の研究を含め、家畜に残された野生動物の 骨格の特徴を識別する様々な手段を使用している。生体組織の年代は、放射性 炭素年代測定によって決定できる。陶器に付着した有機物の同位体分析は、乳 の脂肪酸を識別できる。牛の歯における窒素同位体比は、早期離乳を解明し、 それによって搾乳牛の利用を明らかにするかもしれない。 DNA 多型マーカーの様々な種類は、家畜の歴史の異なる側面を明らかにす る(様々なマーカーの種類については、パート 4 セクション B を参照)。 ● ミトコンドリア DNA(mtDNA)は、母系遺伝し、祖先種を識別する手段 となり、雌の起源の数を推定し、家畜化の地理的位置を特定し、移動経路 を見極める。大半の mtDNA 研究は、ミトコンドリア遺伝子の超可変制御 領域を対象とするが、主要な mtDNA 型(ハプログループ)の間の関係を 確立するためには mtDNA 全遺伝子の分析が必要である。異なるハプログ ループの所定の数の存在が家畜化の独立した出来事と同じ数を常に示すと はもはや信じられておらず、一つの野生祖先集団が一つ以上のハプログル ープをもたらすこともある。ハプログループの地域的分布は安定傾向があ るが、ミトコンドリア DNA は初期の移住をしばしば示している。牛の場 合、これらの移行が深刻な集団的障壁に関与していることが示されている。 ● 哺乳類の Y 染色体変異は男系遺伝し、遠い過去や最近の出来事であろうと、 雄性遺伝子移入による遺伝子の流れを調べる有力な手法となっている。 ● 常染色体の変異は、両方の親を介して遺伝する。マイクロサテライト・マ ーカーは、常染色体変異の分析に広く用いられており、現在も有用である。 ただし、それらは高密度 SNP(一塩基多型)解析や全遺伝子配列解析によ って置き換えられている。常染色体座は、集団の多様性推定、集団の細分 -1- 化と分化の検出、遺伝的距離の計算および遺伝的混和の定量化に通常使用 されている。 最近の重要な発展は、先史時代の遺伝的出来事の詳細な再構成を可能にする 大規模なデータセットの分析のためのベイズの事後確率法の使用である。 2.家畜化の過程 家畜化の過程についての理論は、最初 の SoWAnGR が準備された時以来、 発展を続けている。動物が捕われの身で繁殖し、数世代後に、人間に飼育され ることに適応した場合に動物が家畜化したと考えられる。動物が一旦家畜化さ れると、その繁殖は飼育する人間によって制御され、避難場所と餌が提供され、 捕食者に対して保護される。体重 45 kg 以上の肉食でない陸生哺乳類 148 種の 内 15 種だけが家畜化されている(表 1A1)。10,000 種の鳥類の内、ごく少数 だけが食用として家畜化されている(鶏、七面鳥、キジ、ホロホロチョウ、ア ヒル、バリケン、ガチョウ、鳩、ウズラおよびダチョウ)。Diamond (2002) に よると、家畜化の成功は対象とした種のいくつかの特性の存在に依存している。 ● 人間による管理を容易にする行動の特性(たとえば、人間への攻撃性の 欠如、拘束された時に恐慌状態にならない傾向、強い社会的本能) ● 捕われの身で繁殖する能力、誕生までの間隔の短さ、(ならびに、でき れば)産仔数の多さなどの繁殖の特性 ● 急速な成長および肉食でないなどの生理学的な特性 図 1A1. 家畜化の 3 つの経緯 図には SoWAnGR の範囲に含まれない数種の動物が含まれている。 -2- 家畜化は、局在した人口の拡大および耕作農業の出現につながった更新世 (12,000 年から 14,000 年前)末の気候変動によって引き起こされた可能性があ る。家畜化の経緯は不透明なままである。ただし、それらが種を変化させたこ とは明らかである。「片利共生(commensal)」、「食用(prey)」および「監 督(directed)」の 3 つの説得力のある経緯が最近提案された(図 1A1 参照)。 これらの経緯の第 1 には、動物が人間の開拓地に惹きつけられ、食料源として 捕獲されたことが含まれる。2 番目には、肉の供給を確保する手段として、偶蹄 類の食用動物の捕獲が含まれる。一旦家畜化されると、それらの動物種は、乳、 毛、革などの製品も提供した。その後、一部は耕作のためにも使用された。3 番 目の経緯は、歴史上の後に起き、対象動物の特定の機能の意図的利用が含まれ る(たとえば、軍用、乗用、荷車用の動物としての能力)。 野生動物が家畜化された様々な品種の祖先であったことは、現在共通の理解 となっている(表 1A1)。家畜化は、世界の少なくとも 15 地域で起きたと考え られている(図 1A2)。家畜化の出来事の時期についての推論は、おおよその ままである(表 1A1)。骨格は、形態に基づいて家畜化された動物種が属する と特定され、最初の家畜化より古くはない。家畜かされた動物と世界のその他 の地域における野生集団(家畜化の中心地以外)の間の密接な遺伝的関係は、 遺伝子移入を示すと考えられている。家畜化の中心地の場所に関する見解は、 最初 の SoWAnGR が準備された時以来、進化してきた。たとえば、ヨーロッパ とインドネシアにおける豚の家畜化を示す証拠は、遺伝子移入の結果であると 現在見なされている。同様に、アフリカは牛の家畜化の中心地ではなく、水牛 はメソポタミアではなくインドに起源を持つ(後者の結論のための証拠は豊富 ではないけれども)ことが現在受け入れられている。最近の研究は、ロバのア フリカ起源、中国とヨーロッパのガチョウの異なる起源を示している。 最近、一般的な家畜化の仕組みとして、弱体化選抜が、家畜化に関連する行 動の退化およびいくつかの形態的・生理的特性の変化をもたらした胚の成長期 における神経堤細胞の軽度の欠損を誘発した(たとえば小さな脳と色素喪失) と Wilkins ら(2014)が提案した。 表 1A1. 家畜化、分散および遺伝子移入源 家畜 Taurine 牛 Bos taurus ゼブ牛 Bos indicus 祖先野生動物 時期 家畜化の場 所 分布 Aurochs 10,250 年前 南西アジア 全世界 Aurochs 8,000 年前 インダス川 亜熱帯、熱帯 Bos primigenius Bos primigenius -3- 遺伝子移入源 ・アフリカ aurochs 牛を交配 ・ヨーロッパ aurochs 牛を交 配? ・African Sang にゼブ牛を交 配 ・中国でタウリン系の交雑種 ・アジア以外のゼブ牛にタウ リン系牛を移入 ・中国南部で Banteng 牛を移 入 ・ネパールと青海省でヤク牛 を交配 ・インドネシアでゼブ牛をバ ンテン牛に交配 Bali 牛 バンテン Bos javanicus Bos javanicus Mithun インドヤギュウ Bos frontalis ヤク 野生ヤク Bos mutus 水牛 野生水牛 Bubalus bubalis Bubalus arnee 野生水牛 B. bubalis carabensis Bubalus arnee 羊 Asiatic mouflon Ovis aries Ovis orientalis 山羊 Bezoar Capra hircus Capra aegagrus トナカイ トナカイ Rangifer tarandus Rangifer tarandus ヒトコブラクダ Camelus dromedarius フタコブラクダ Camelus bactrianus 野生ヒトコブラクダ 野生フタコブラクダ C. bactrianus ferus ラマ グアナコ Lama glama Lama guanicoe アルパカ Vicuna Vicugna pacos Vicugna vicugna 豚 野生イノシシ Sus scrofa Sus scrofaf 馬 野生馬 Equus caballus Equus ferus ロバ 兎 アフリカ野生ロバ Equus africanus 野兎 Oryctolagus cuniculus Oryctolagus cuniculus 鶏 赤色野鶏 Gallus domesticus Gallus gallus 七面鳥 メキシコ七面鳥 Meleagris gallopavo Meleagris gallopavo Equus asinus ホロホロチョウ 冠ホロホロチョウ Numida meleagris Numida meleagris アヒル Anas platyrhynchos マガモ Anas platyrhynchos バリケン バリケン Cairina moschata Cairina moschata ガチョウ Anser anser Chinese goose インドネシ ア Bos gaurus Bos grunniens 召沢水牛 5,500 年前 5,000 年前 青海省・チ ベット高原 4,500 年前 インド 5,000 年前 中国南部 9.750 年前 9.750 年前 2,500 年前 インドネシア、マレー シア、 ・マレーシアでゼブ牛 インド~マレーシア ・雲南省でゼブ牛を Dulong 牛に交配 アジア高地に続く青 海省・チベット高原 イタリア、バルカン、 南西アジア、エジプ ト、インド、ブラジル、 オーストラリア 中国南部、インドネシ ・中国とバングラディッシュ ア、フィリピン、ブラ において水牛と交配 ジル、オーストラリア 南西アジア 全世界 ・Argali と urial 雌羊 南西アジア 全世界 ・別の山羊種 シベリア北 部 ユーラシア北部 6,000 年前 アラビア? アフリカ北部と東部、 南西アジア、オースト ・雄のフタコブラクダ ラリア 5,500 年前 タジキスタ ン、イラン 黒海から中国北東部 6,000 年前 5,000 年前 10000 ~ 8500 年前 5,500 年前 5,500 年前 アンデス中 部~南部 アンデス中 部~南部 アンデス中部~南部 ・アルパカ アンデス中部~南部 ・ラマ 南西アジ ア、中国 全世界 ・数種の野生イノシシ集団の 雄と雌、19 世紀に欧州で中国 豚を交配 カザクスタ ン 全世界 ・イベリア馬の分散中に野生 雌馬と交配 スーダン 全世界(欧州と北米で は少数) 1,400 年前 南西フラン ス 全世界 4,500 ~ 8,000 年前 インド、イ ンドネシア 全世界 2,000 年前 メキシコ 全世界 2,000 年前 アフリカ 全世界 ・野生集団が常時存在 1,000 年前 中国南部 全世界 ・野生集団が常時存在 4,000 年前 南米 全世界 ・野生集団が常時存在 ハイイロガン Anser anser 全世界 サカツラガン Anser cygnoides -4- ・インドにおいて灰色野鶏 (Gallus sonneratii) 図 1A2. 考古学と分子遺伝学の証拠による家畜化の中心地 1:七面鳥、2:モルモット、ラマ、アルパカ、3:兎、4:ロバ、5:Taurine 牛、 豚、山羊、羊、6:ヒトコブラクダ、7:ゼブ牛、水牛、8:フタコブラクダ、9: 馬、10:トナカイ、11:ヤク、12:豚、13:鶏、14:召沢水牛、15:Bali 牛 (つづく 2016/2/16) ウシ属(訳注) アジア、欧州、北アフリカに 17 世紀まで生息していたオーロックス(Aurochs, Bos primigenius)を祖先とし、新石器革命(紀元前 1 万年から紀元前 2700 年頃の農 耕・牧畜の開始)時代にインドにおいてゼブ牛(Bos indicus)、欧州において Taurine 牛(Bos taurus)、アフリカにおいて Sanga 牛(Bos primigenius africanus) が誕生した。さらに、水牛(Bubalus arnee)、ガウル(Bos gaurus)、バンテ ン(Bos gaurus)がアジアで育成された。これらが基となって 800 種以上の系統 がこれまでに育成されてきた(List of cattle breeds)。 Aurochs From Wikipedia -5- Taurine cattle(Bos taurus) Zebu From(Bos indicus) Sanga(Bos primigenius africanus) Wild water buffalo Gaur(Bos gaurus) Banteng(Bos gaurus) Yak(Bos mutus) ホルスタイン (Holstein) 紀元前 100 年頃にドイツの Holstein 地 方からオランダ Friesland 地方へ移動 した民族が黒毛の牛を持ち込み、白色 の地元の Friesian 牛と交配したこと で白黒斑の系統が誕生したとされ、 Holstein-Friesian 種とも呼ばれる。 日本在来牛として現在も残っているの は、鹿児島県トカラ列島に生息する口 之島牛と山口県萩市見島で飼育されて きた見島牛の 2 種のみである。和牛は、 明治以降に日本在来牛と外国種との交 配によって改良された食肉専用牛であ る(ウシのおもな品種)。 ジャージー(Jersey) 英国のジャージー島で 1700 年頃から Taurus 牛を基に系統育成された。濃厚 な乳質はバター等の乳製品生産に重宝 されている。 3.家畜化された動物の分散 有史以前の家畜化の中心地からの家畜の分散に関する知識は、考古学と分子 遺伝学の相乗的組み合わせに基づいている。それ以降の期間については、文書 -6- と絵画も利用できる。牛については他の家畜より詳細な情報が利用でき、ヨー ロッパ内の移動は他地域よりも文書化されている(羊がそれに続く)。ゼブ牛 と水牛は、熱帯および亜熱帯気候地帯内でのみ移動したが、ヒトコブラクダ、 フタコブラクダ、リャマ、アルパカ、トナカイ、ヤク、バリ牛およびガヤルは さらに限定的である。最初 の SoWAnGR が準備された時以来、家畜品種の分散 についての知識のいくつかのギャップは分子学的研究によって埋められている。 ヨーロッパにおいては、南西アジアからの作物や家畜の導入は約 8500 年前 に起きた。家畜化された動物は 2 つの主要な経路でヨーロッパにもたらされ、 最初は地中海沿岸に沿って、2 番目はドナウ川沿いに、約 6500 年前にイギリス 諸島に到着した。羊、ヤギ、牛および豚の西方への移動を再構築した詳細な考 古学的研究は、これらの動物種が互いに独立して移動したことを示唆した。ス ペインにおけるアフリカ牛の T1 ミトコンドリア・ハプロタイプの発生は、遺伝 子の流入がジブラルタル海峡を跨いでも起きたことを示している。短角牛は、 南西アジアで約 5000 年前に現れ、ヨーロッパの多くの地域でそれまでの長角牛 に徐々にとって代わった。馬の導入は、約 4500 年前のインド ・ ヨーロッパ語 の広がりと関連しており、人と他の家畜の移動とおそらく一緒であった。 ローマ時代の間に、牛と羊はイタリアから帝国のその他の地域へ輸出された。 4 世紀から 8 世紀に、ゲルマン民族の移動は家畜の大規模な移動も引き起こした。 おそらく、これらの移動は、ヨーロッパにおける北部と南部の牛で検出された Y 染色体の対照的バラツキをもたらしたと信じられている雄の祖先の影響より先 行した。イギリスや北欧の羊における Y 染色体ハプロタイプ、およびヨーロッ パ中部と北部における山羊の Y 染色体ハプロタイプの固定も、雄の祖先の同様 の影響を示している。 アジアでは、羊、山羊および taurine 牛は、4500 年前より先に中国に移動 してきた。日本に牛が到着したのは約 2500 年前であった。ゼブ牛は 3000 年前 頃にさらに南方へ導入された。水田を耕すのに牛よりも適した召沢水牛の導入 は、中国、インドシナ、フィリピン、インドネシアの水田耕作に広がっていっ た。インド家畜化された水牛は、紀元前 900~1000 年ごろにエジプト、バルカ ン半島、南イタリアに到着した。 Taurine 牛とその他の家畜種は、約 7000 年前に南西アジアからアフリカに 到着した。ヨーロッパと同様に、元からいた長角牛は、アフリカの一部に未だ 存在しているが、短角牛に置き換えられた。約 4000 年前のエジプトのゼブ牛の 絵があるけれども、その当時ゼブ牛の実質的集団は確立されていなかった。ア フリカへのゼブ牛の輸入は、おそらく、紀元前 700 年以降のアラビアの侵略に よって促された。Taurine 牛と Sanga 牛のようなタウリン系集団との交配種は、 -7- 500 年以上に亘ってアフリカの中央部と東部における優勢な種となった。西アフ リカのタウリンへの遺伝子の流入は、フラニ族遊牧民によって促進された。 バンツー族のアフリカ大湖沼地域から西方への進出は、約 2000 年前に羊、 約 1500 年前に Sanga 牛のアフリカ南部への導入をもたらした。19 世紀末に、 牛疫の流行はアフリカの東部と西部におけるゼブ牛と少数の Taurine 牛の祖先 の拡大をもたらした。 1492 年以降のアメリカ大陸へのヨーロッパ人の移住は、牛、羊、山羊、豚、 馬、ラクダおよび鶏を導入した。南アメリカ、中央アメリカおよび北アメリカ 南部は、馬を含むイベリア半島の家畜を当初受け入れ、プレーリー(北米大草 原)の二次的固有集団を形成していった。さらに、北部の英語圏は北西部ヨー ロッパの家畜を輸入した。19 世紀に、イベリア半島由来の牛は南アジアのゼブ 牛によってほとんど入れ替わるか、交配された。 新しい地域への人間の移住に伴い、家畜集団の分散は、伝染病、飢饉、略奪 による大きな損失に続く近隣地域から動物を輸入する必要性によっても刺激さ れた。遺伝子の流入は、貿易、輸送用の馬とヒトコブラクダの利用、牛を放牧 する人々の遊牧生活、ならびに旧世界のいくつかの地域における羊の季節移動 放牧によって、さらに刺激された。 主要な家畜品種の広範な分散は以下の影響を及ぼした。 ● 「距離による遺伝的隔離」は、多くの地域品種を生み出し、その多くは 家畜の多様性が文書化され始めた 18 世紀に既に存在していた。 ● 家畜化の中心地からの距離と相関する分子遺伝的多様性の減少は、創始 者効果によるものであり、ヨーロッパ山羊、アフリカ牛、ヨーロッパ牛、 全世界の牛のミトコンドリア DNA(mtDNA)、アラビア馬でも見られ る。ただし、創始者効果は、野生種や別の家畜集団との交配によってし ばしば妨げられ(以下のサブセクション 4 と 6 を参照)、16 世紀以降 の羊の間でメリノ種の普及は、19 世紀と 20 世紀におけるその他の家畜 品種の普及の先駆けとなった。 ● 「多様性が遺伝子の流れを高める」と言われるように、多様な環境へ適 応の結果としてさらなる多様性がもたらされる。 (つづく 2016/2/25) 4.関連する動物種からの遺伝子移入 いくつかの家畜集団の遺伝的特徴は、野生祖先種からの最初の分岐後に改善 された(表 1A1)。説得力のある説明として、野生動物の捕獲が家畜集団に活 気を与え、野生動物の雄からの遺伝子移入が含まれる。 Taurine 牛とゼブ牛は、様々な Auroch 集団から派生した。アフリカ Auroch 雄牛の主要な寄与はもっともらしい。ただし、ヨーロッパの野生雄牛から実質 -8- 的移入があったかどうかは明確でない。アジアにおける地域集団は、その他の Bos 種から雌性移入を受けている。熱帯・亜熱帯の各地において、Taurine 牛と ゼブ牛は、様々な期間に様々な経路で導入され、接触してタウリン系集団を形 成した。中国の黄牛集団は、Taurine 牛とゼブ牛の両方の Y 染色体を持ち、ア フリカの Sanga 牛は Taurine 牛の Y 染色体と mtDNA の組み合わせを持ってい る。その他のタウリン系集団は、ゼブ牛の Y 染色体と Taurine 牛の mtDNA を 持っている。 羊と山羊の起源は、野生の祖先の地理的分布が狭かったためそれほど複雑で はない。ただし、別の羊と山羊の品種からの遺伝子移入の可能性は解明されて いない。ヨーロッパオオツノヒツジ(Mouflon)は、最初に導入された野生の子 孫であり、サルデーニャ島で羊と交配された。 ヨーロッパでは、最初の豚は西南アジアから移入された。連続した遺伝子移 入の結果として、これらの集団はヨーロッパ野生のイノシシと密接な関係にな った。馬の場合も、最初の家畜化は野生動物との交配だったが、馬の Y 染色体 が比較的相同であることは野生の雌のみが家畜集団に加えられたことを示唆し ている。同様の説明は鶏についても示唆され、mtDNA のパターンは様々なアジ アの赤色野鶏集団からの家畜化後の遺伝子移入を示唆している。インドの灰色 野鶏からの遺伝子移入は BCDO2 遺伝子変異を導入して黄色肌を与え、鶏で高 頻度に見られるようになった。 5.家畜化以降の家畜の適応 家畜化以降に、家畜品種は、行動、形態、外観、生理および生産能力の変化 を通して人間の飼育に適応した。家畜化の中心を越えて広がった品種は、新た な物理的環境(新たな気候、餌、病気など)にも適応しなければならなかった。 ほとんどの家畜とその野生の祖先との表面的に明白な違いは、羽毛や皮膚の 色である。迷彩や誇示の必要性よりも人間の美的感覚によって、一部の家畜の 色や模様は野生種では観察されなくなった。いくつかの品種では、家畜化によ って動物の取り扱いを容易にする小型化を伴った。さらに、雄が支配のために 戦う必要がもはやなくなったので、牛の品種の性の二形性は大きく減少した。 ヨーロッパでは、Taurine 牛は、ローマ帝国の時代に一時的に大型が好まれた が、新石器時代と中世末の間に徐々に小型化した。中世以降に、自給的農業か ら市場生産への移行は、動物の取り扱いの改善とともに、大型の牛を再び好む ようになった。同様の変化は、山羊、羊、豚でも起きた。牛、羊および山羊の 環境への適応の別の側面は、角の長さの減少だった。それがさらに進んで、牛 と羊のいくつかの品種では角が完全になくなった。 -9- いくつかの家畜品種において、適応は早い段階で様々な形態上の種類を導い た。 ● コブのない Taurine 牛とコブのあるタウリン牛集団の生態型は、独立し た家畜化の結果である(2 項参照) ● 細い尾、死亡の付いた尾、および太った羊の生態型、後の 2 つは砂漠環 境への適応 ● 温血(warmblood)、冷血(coldblood)およびポニー馬。 分子遺伝学的研究、とくに遺伝子が全面的に関係する研究と全遺伝子配列解 析は、遺伝子領域、遺伝子あるは突然変異に関連する適応形質も解明する。い くつかの例が表 1A2 に示されている。いくつかの形質は品種内の選別対象とな っているが(パート 4 セクション B の表 4B1 参照)、対応する突然変異が品種 形成に先立っていることもある。たとえば、牛の DGAT1 対立遺伝子に由来す る品種の分布は、ホルスタインにおける乳量の形質遺伝子(QTL)を特定する 努力の結果として検出され、乳牛の開発における古くからの初期の役割を明ら かにした。 6.家畜の多様性に関する最近の歴史 最近 250 年間は、家畜の多様性の歴史の中で前例のない規模の変化を見て きた。太古の時代から、家畜の飼育者は選択的交配によって自らの動物の特徴 に影響を与えてきた。しかし、18 世紀後半を通して英国における発展は、新し い時代の始まりを築き、世界における家畜の多様性の将来にとって重要な結果 をもたらした。体系的な実績の記録、動物の特定と血統の記録、繁殖協会によ る管理、および本に群れの記載は、より均一な品種の開発につながった。明示 された育種目標には、地理的に分けられた集団の既存の違いが強調された。こ のことは、太古からの皮膚の色とともに、品種の特徴の固定化のみならず、生 産の増加にもつながった。半世紀以内に、この新しい繁殖の実践はヨーロッパ と北アメリカで広く採用された。遺伝的分離の程度は、個々の品種毎に変化し た。島の品種と魅力的な品種は、しばしば隔離され、近交系が作成されたが、 ほとんどの品種は別の品種と交配され、改良のため意図的または非意図的な遺 伝子移入をもたらした。新しく形成された品種の全てが同じように成功した訳 ではない。19 世紀末の前ですら、いくつかの品種は他の集団に吸収された。 その他の発展も、様性の地理的分布に大きな影響をもたらした。19 世紀に は、鉄道が移動を容易にし、家畜の長距離輸送を促進した。汽船は、海を渡っ て多数の動物の輸送を可能にした。これらの発展は 19 世紀から 20 世紀半ばま で続き、いくつかの成功した品種の地理的分布の大規模な拡張をもたらし、「遺 - 10 - 伝子の世界的流れの第 2 段階」として最初 の SoWAnGR に参照された。これら の品種のほとんどはヨーロッパに起源を持つが、インドのゼブ牛はアメリカ大 陸に輸出され、中国の豚はヨーロッパの品種と交配された(前述)。 第二次世界大戦に続く期間において、人工授精は牛と豚の繁殖において一般 的になった。これは、距離による遺伝子の隔離を打破する助けとなり、「遺伝 子の世界的流れの第 3 段階」を切り開き、現在も続いている。これらの発展の 結果として、限られた数の国境を越える品種(パート 1 のセクション B と C を 参照)は、広く普及し、世界中で家畜の生産をますます支配している。これは、 地域的に適応した品種(パート 1 のセクション B と F を参照)の減少につなが りがちである。同時に、米国とオーストラリアにおける Turine 牛とタウリン系 集団の交配品種およびイスラエルの Assaf 羊の作成を通して、世界の様々な地 域の品種の交配が繁殖の対象範囲に追加された。 現在の品種が持っている遺伝的多様性は、主に中立的なマーカー(すなわち 表現型に既知の影響がないマーカー)を使用してこれまで積極的に研究されて きた。上記の通り(ボックス 1A1 参照)、多様性の研究は、祖先、先史時代と 歴史上の移動、混合および遺伝的隔離を含む現在の家畜品種の多様性パターン を形成した遺伝的出来事を再構成するために役立つ。分子研究から導かれた家 畜の多様性の現在の状態に関するいくつかの一般的な結論は、ボックス 1A2 に まとめてある。家畜の多様性の特徴解明における分子手法の詳細については、 パート 4 セクション B を参照。 ● ● ● ● ボックス 1A2. 分子学的研究によって明らかになった家畜の多様性 個々の品種は、それぞれの家畜種の全ての分子的バラツキのかなりの部分 (通常 80%)を持っている;全ての多様性の一部だけが品種間のバラツキ によって説明される。 品種は、遺伝子の分子的多様性において異なり、一般的に、地理的または 管理によって隔離された品種で多様性が最も少なく、家畜化された地域に近 い品種、任意交配集団(集団内では無作為繁殖)および交配集団において多 様性が最も高い。 特別な評価が高い形質を有する明確に規定された品種は近交系となり、分 子遺伝的多様性が低い一方、規定されていない地域集団は分子遺伝的多様性 が高い傾向にある。 同じ地域や近隣地域の品種は、密接に関連する傾向がある。 7.結論 近年、最新の分子的手法が家畜化の遺伝的基盤の理解に貢献しており、適応 に関与する遺伝子リストの充実に役立っている。現在の家畜に存在する遺伝的 多様性の 4 つの起源は、区別することができる。 - 11 - 1. 野生祖先種の遺伝学的範囲の一部の隔離 2. 家畜化された品種の分散中に、別の集団や近縁種との接触の結果として 追加的多様性の獲得 3. 様々な環境への適応および様々な目的に役立つ能力を与える遺伝的変異 の選抜 4. 全体的な分子遺伝的多様性を減らす一方で、集団間の差異を強調し、生 産性を向上させる品種の形成と系統的な繁殖 保全の取り組みは 4 番目に焦点を当てる傾向があり、最近では、多様性の起 源、すなわち品種の形成によって生成された多様性が注目されている。しかし ながら、3 番目の環境への適応の起源に由来する多様性は、起源は古いが、将来 の繁殖の選択肢の維持に関連する可能性が高い。 家畜の種と品種の遺伝的組成は、過去にそうだったように、将来的にも動的 だろう。さらに、現在の家畜集団の分子学的特徴について増え続ける我々の知 識は、様々な種類の鹿や走鳥類などのその他の種の継続的な家畜化を指示する ために十分に利用されるだろう。 - 12 -
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